人助けをしたら幻想郷にさらわれたので呑気に暮らそうと思います 作:黒犬51
既に消灯された薄暗闇に包まれた部屋のドアがゆっくりと開かれ、黒い帽子にオレンジ色のリボン。古明地さとりの服の色をを反転させたような服をきた緑髪碧眼の少女が入ってきた。
「ねーねーおねーちゃん」
返答はない。寝台には一人の少女が横になっている。小さな寝息と白い肌。肩まで伸びた黒い髪。これだけ見れば多くの人は彼女が昨日までは男だったなどとは思いもしないだろう。
「私も一緒に寝る」
唐突な発言の後に、起きない少女の返答を待つことなく、エメラルドグリーンの髪をした帽子を机に置き、少女は寝台に入り込む。そして眠っている黒髪の少女の腕を強引に取り枕のようにして眠りについた。
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陽光で目を覚ますことはない。それは外でも変わらない事だった。日が登るまでゲームをして陽光を避けながら眠りにつく。目を覚ませば日は沈みかけている。まるでフクロウのような生活だと家族に苦言を呈された。そんなことももう言われることはないんだろうと思うと少し寂しい。
「あ、起きた?」
「金縛りかと思った。多分さとりの妹?」
起きた直後、右腕が動かず。何事かと周囲を見渡すと腕を枕にすやすやと眠る少女がいた。風貌や、服からして恐らくさとりの妹だと断定できる。決定的だったのはその胸もとに浮かぶ三つ目の目。さとりの物は開いていたが、彼女の物は閉じていた。寝るとシンクロして閉じるのだろうか。
「そうだよ。よくわかったね」
「似てるからね。手がもう限界だから退いてくれるとありがたいんだけど」
「寝心地良かったよ」
そう言って笑顔で頭を退ける少女。余りにまぶしい笑顔だ。子供とは純粋でいいと思った。きっと今の自分にはこんな純粋な笑顔は浮かべられない。大人になるといろいろ知ってしまう。
「それは何より」
立ちあがり腕を上げて回す、かなり血の周りが悪かったのか熱い何かがドクドクと流れるのを感じた。
「たまには帰ってきなよ。さとり寂しがってた」
「うーん。毎日おねーちゃんが腕枕してくれるなら考えようかな」
「さとりならやってくれそうじゃない?」
会いたいといっていた妹がそれでここにいてくれるなら、さとりは快諾しそうだ。
「さとりおねーちゃんはなんか怖いからダメ。こよみおねーちゃんで」
「いや、なんか怖いって何が起きるんだ。にしてもおれかぁ...要検討で」
妹に怖いと言われるとはなにをしたんだろうかなどと疑問に思いながらカーテンを開く。胸が重い。そこまで大きくはないが、胸で肩が凝ると言われている理由も理解できた気がする。
「そういえば俺の名前は知ってるみたいだけど君の名前は?」
重さを感じる肩を回す。これは走ったりすると尚痛いんだろうと思うと元々インドアであったこともあり外に出るのが憂鬱になる。
「私?私はこいしだよ」
「こいしね。覚えとく」
ジャンプすると胸が重力に引っ張られる感覚がある。世間の巨乳の人はまじで痛いんだろうな。本当にそこまで大きくなくて良かった。
「今日どこか行くの?」
「河童のとこにゲームの機器とか作れないか聞きに行くよ。今思うとあの俺を拐った金髪ロングの女に持って来させればよかったと思ってる」
「金髪ロングの女?紫のことかな、呼べば出てくると思うよおばあちゃんって」
「なにそれ、確実に煽ってるじゃん」
思わず笑ってしまった自分の声に驚く。そんなに声が高かっただろうか。元々男の中では声は高い方ではあったが、今のは確実に女の笑い声だ。体だけではなく、声まで女になっているのだろう。ただ、もうどうしようもない。ならもう受け止めて生きるしかない。それに今思えば、女の体に男の声はおかしいだろう。都合がいいと言えば都合がいいが。
「どうしたの、そんな驚いた顔して」
「んや、何でもないよ」
「起きてますか?」
扉が開けられ少し見慣れてきた桃色と、優しそうな声が聞こえた。寝癖がすごいことになっている。跳ねまくっている。
「起きてるよ」
「それは何よりです。お風呂入ったら行く準備をしましょう。服も着替えなきゃですしね」
「朝風呂いいねぇ。出たら教えて」
そう言ったこよみの服を掴んでさとりが引き摺って行く。
「え、ちょ、力強くない?」
華奢な少女とは思えない力でズルズルと風呂場まで連行される。その後ろをこいしが呑気に鼻歌混じりに歩いている。道中でかなりの動物と会ったが誰も近づいてこなかった。昔から動物には好かれない体質な上に、俺自身がアレルギー体質で近付けなかった。
「いや、俺元男だしさぁ。風呂はよくないと思うんだよなぁ」
愚痴をこぼすこよみの服をさとりが器用に脱がして行く。
「でも今女の子じゃん」
隣で服を脱ぎ終えたこいしが帽子を置いてさとりを手伝い始める。これでは要介護者のようだ。
「そうなんだよなぁ」
さとりが服を脱ぐ間にこいしに手を引かれて浴場へと連行された。身体を洗って、風呂に浸かる。昨日よりは少し温い気がするがそれぐらいが正直丁度いい。少し遅れてこいしが風呂へと飛び込む。盛大な水飛沫を顔面に迫り、直撃した。
温泉成分が盛大に目に染みる。顔を手で拭うが、温泉に使っていた手では意味はない。
「こいし。お風呂はプールじゃないのよ」
「同じような物じゃない?」
さとりが体を洗い終わったようでこよみの横に座りタオルを手渡してきた。
「ありがと」
それを受け取って顔を拭う。乾いたタオルが顔についた湯を吸ったおかげで目の痛みは少し楽になった。そのまま使ったタオルを少し畳んで頭に乗せる。
「思うんだけど俺はいいとしても君らは良いの?元男に裸体を晒している訳だけど」
湯船を泳ぐこいしも横に座るさとりもタオル一つ巻いていない。何もかもが見えている。無防備どころの騒ぎではない。こいしの泳ぎが止まり、さとりからは困惑が感じ取れた。
「私は...別に」
「わ...私も別に」
いや、顔赤くなってるやん....という感想は胸にしまう。正直男からすればこんな環境は嬉しいものでしか無い。今は女になったせいかあまり感動しなかったが。
「姉妹揃って若干天然だよね」
天井を眺める。白い大理石が並んでいた。足元は黒い石で埋め立てられているようだが、天井は大理石らしい。よくこんな建築ができるものだと思う。外であればさまざまな機器があるのでそこまで苦労しないだろうが人力でこれを制作するのはかなり大変だろう。
「建築が得意な妖怪もいるので、あと天然じゃ無いです」
「なるほど。ならポンコツ...?」
「一回ぶっ飛ばします?」
「勘弁」
はは、と乾いた笑みを溢す。楽しい、楽しくはある。楽しいのだろう。紫というあの女に能力を教えられた時から思っていたことがある。いま感じているこれは本当に俺の感情なのか、ただ他人に同調したものなのではな
いかと。
「辛いですか」
「辛いというか分からんくなるんだよね。自分が」
何をもってしても今感じているこれが自身の感情だと証明することはできない。残酷な話だ、知らなれければ良かったことだった。ただ、そんな気がする程度であればここまで苦悩することはなかっただろう。
「あー、まじで」
「そろそろ上がりましょう。河童に会う前に貴方には試してほしいことがあるので」
その後、さとりは風呂を上がり、そのあとを追う様にこよみも風呂場を後にする。
こいしはどこかのタイミングであがっていたのか姿が見えなかった。さとりが心配していないあたり、問題はないのだろう。また置かれていた服に着替える。さとりの服を黒と灰色にした喪服のようなデザインの服だった。少しの苦戦の後にさとりの助力もあってそれを着た後に初めて屋敷の外に出た。
「やっぱりにぎやかだね」
町の喧騒は屋敷から出ると一層はっきりと聞こえるようになった。閉められた門の先では酔っているのであろう人ならざる者たちの姿が見えた。一人は歌い、一人は踊っている。そのような外と隔絶するかのように門の中は静寂で満たされている。庭は広く、中央には白の大理石で作られた噴水があり、永遠と水を吐き出し続けている。屋敷を囲う様に建てられた塀の内側には整えられた椿が白い花を咲かせている。地面は道を作るように石で舗装されており、そこ以外は自然のままに土が露出していた。
「基本的にみんなお酒を飲んでいるので」
「幸せそうでいいね。で、試すことって何」
「空を飛んでみてほしいんです」
「はい?」
唐突にかけられた言葉。一瞬その意味を理解できず、思考が止まる。だが、ありえないこと続きの今であればできないこともないのかもしれない。
「なんか頭につける竹とんぼみたいなやつがったりするの?」
「そんなものはありませんよ。普通にこうやって飛びます」
さとりの体がふわりと宙に浮く。
「おーまいがー」
目の前で重力がログアウトした。目の錯覚かと思うが地面に足はついていない。背中にジェットパックのようなものがついているのではないかと疑うがそのようなものは見えない。ただ、重力に逆らって上に飛んでいた。
「俺にもこれをしろと」
「いえ、できないなら私が持ち上げるので」
よし、飛べるようになろう。生殺与奪の権を他人に握らせるなという声が頭に響く、それ以前にさとりのあの細腕に持ち上げられ、高所を運ばれるというのは恐ろしすぎる。
「コツとかはある?」
「早い話、飛んでいる私に同調すれば飛べると思いますよ」
「かしこい」
そのまま浮いているさとりに同調する。その考えはシンプルだった。自分は飛べるとそう信じる。だけだった、目を閉じ目を開く。身体は浮いていた。地面から足が離れ、まるで映画のお化けのように体が浮いている。
「すげぇ!でも俺高所恐怖症なんだよね」
「下見ないようにしましょうね!」
にっこりと笑っているが確実に何かを隠している。いったい何を....
「最初からとんで行くのもあれでしょうし、どうせ通ることになるので町を通っていきましょう」
「いいね。それにこの格好でとんだらパンツ見えるだろうしね」
「え」
門を開けようとしていたさとりの手が止まる。
「え?」
当然のことを言ったにも関わらず驚いたさとりに驚いてしまう。まさか
「あの人たちが私のパンツの色を知っていたのはそのせい...」
「あー...そいう事だろうね」
恐らくさとりはこのスカートの格好で、町の上を当然のように飛んでいたのだろう。そうなれば、結果は見えている。やはりさとりは天然なのではないか。
「ちがいますよ」
そっかとだけ言い残し開いた門から外へ出るとどこかから声を掛けられる。どうやら町からのようで一人の人ではない者が歩いてきていた。下駄をはいているようでカポカポと特有の木が固いものにあたる音を立てており、右手には巨大な赤い杯。おでこの部分から一本紅い角が生えている。赤い着物をほぼ着崩しており胸もとは完全に開いている胸がかなり大きいこともあり相当妖艶な雰囲を醸し出していた。
「あんた、見ない顔だね」
「昨日来たので、一応こよみって言います」
人間ではない、だが今のところ敵意は感じない。ならわざわざ身構える必要もないか。ただ、人間でないことは確か、何も警戒しないわけにはいかない。
「勇儀さんですか」
「あんた、外来人らしいね。能力は?」
チラリとさとりを見る。俺の能力は他人に嫌われるようなものだ。それをわざわざ伝える必要があるのか。この世界では他人と健全で、良い関係を築きたい。だが、真実を伝えないというのも良い関係には繋がるとは限らない。
「彼女は大丈夫ですよ」
「そっか。俺の能力は、同調する程度の能力」
ここで一拍。正直、同調よりももう一つの能力の方が嫌われる事になり得るだろう。我ながら......ひどい能力だ。相手はこれを知ってどのような感情を抱くのだろう。
「そして、騙す程度の能力」
「ほーん。能力二つ持ち、ねぇ。まぁ地下に連れてこられるわけだ。だが安心しな、ここは元々そういう奴らの集まる場所さ、誰もあんたを遠ざけようとはしない。歓迎するよ」
「なるほど。そりゃめっちゃ嬉しい。正直迫害されると思ってたから安心したよ。よろしく、勇儀」
にこやかに笑い、握手を求めるこよみの手を勇儀も笑顔で受け取る。それを門の前で見るさとり。
その表情は、まるで目の前で一匹の子犬が轢かれ、それに何もできなかった時のように。歪んでいた。