人助けをしたら幻想郷にさらわれたので呑気に暮らそうと思います 作:黒犬51
神などいないからだ。神などという物は人が統治や人心掌握、縋るために作り上げた都合のいい作りものでしかない。だからこそ、神は人を救わない。眺めることすらしていない。だが、その事実に目を向けず愚直に神を信じる者たちがいる、だからこそ人々は神を使うのだろう。
人ならざる者の集まる世界。俺はここに誘拐された。けれどその訳は未だに知らされていない。人間の、いや、感情のある人間に近しい者の行う行動には全て理由がある。その理由は本能的な物で説明できないものもあるだろうが、大抵のものは自己の目的を果たすために行われる。一応、俺が能力を持っていたからという理由はあった。だが、そんな理由だけで人を拐うだろうか。何か大事な事を見落としている気がしてならない。
「隠していた訳ではありません。ただ、一人で納得していたのでそれで良いかと思っていました。大きくは変わらないんですが一応説明しますね」
さとりから嘘は感じ取れない。恐らくこれから語るには真実だろうし、そこまで衝撃的なことでもないのだろう。
横を通り過ぎたカラスが一声鳴いた後、さとりは語り出す。
「この世界には同じ人間は誰一人いない。これはご存知ですよね。同じ才能を持つ人間はいない」
「それは流石に知ってるよ」
依然として前を飛び続けるさとりの後を追いながら同意する。さとりの顔はこちらを見ていないが桃色のコードに繋がれたサードアイはこちらを見ていた。
「これには第六感的な霊感なども含まれています。これはかなりの種類と、それごとにその力の大きさに個人差があるんですが。そこに触れると長いので触れないでおきます。重要なのはその部類の中に『他人の想いを集める』というものがあることです。妖怪とは人間の畏れから生まれる存在。神は人間からの信仰を集めてその信奉で生まれる存在です。その想いを集める性質のある人間というのは妖怪や神になることが可能になります。でも別にこの特性が珍しいという訳ではありません」
確かに、性格などの面だけではなく、その特質が異なるという解釈は納得いくものがある。性格、才能、それだけでは人間が皆異なるという説明は少し不十分だとは感じていた。実施、AさんがBさんと全く同じことをするのは不可能だが、それは翌日のAさんも同じだ。
「大丈夫そうですね。続けますよ。その特性自体は特に珍しいものでもないんですが貴方の場合は他人に同調することでその他人の想いと他人にかけられた想いを一時的に集積、回収してしまうんです。その結果、貴方は畏れと信仰を同時に集めすぎてしまう。その為、存在が人間と妖怪と神の間をウロウロとしているので非常に不安定、だからここに来た時に体の作りが変わると言った事態が起きたり。本来人間は空を飛べないのに簡単に飛ぶことができたりするわけです」
「なるほど....なら今の俺は妖怪寄りか神寄りなのかとかはわかる?」
さとりが突然飛行をやめてこちらを振り向く、思わぬ急停止のためさとりにぶつかりそうになるが直前で止まる。
数秒間じっと身体を隅から隅まで舐め回す様に見られる。
「今は妖怪ですね」
「自分じゃ全然わかんないな」
「慣れればわかるかもしれませんね」
どうだろうね。と苦笑してさとりの横に並ぶ。
カラスがまた鳴いている。その声は、誰に向けての声なのだろうか。家族を呼ぶ声か、挨拶か、はたまた慟哭か。
「行こう」
「あややややや!」
今から移動を再開しようとした瞬間に声をかけられた。
「あややややや?」
「それ挨拶じゃないので復唱しないで貰って良いですか?」
手には大きい紅葉のような団扇。黒い髪と背中から生える黒い羽根はまるで鴉のようだ。頭には見たことのない六角形の赤い帽子が載せられて、その左右からは紐が伸びてふらふらと風に揺られている。この帽子とは対照的に意外にも服装は普通で黒い白いフリルのついたスカートその上に白いシャツにネクタイのように首に黒いリボンをつけている。
「取材いいですか?」
「取材?」
そうですそうですと首を縦にふりながら胸元からメモ帳を取り出す。胸のポケットにメモ帳とペンが入っていたようだ。どこからか飛んできたカラスが肩に留まって丸い目で此方を見ていた。どうやらただカラスに似ているというわけでもないらしい。
「どっかに書くの?」
「私、新聞屋を営んでましてね。その記事にさせて頂きたいなと」
「おー、一気に有名人になれるってわけね」
有名になるというには別にいいことだけではない。特に俺の能力の関係上、下手に人気になると面倒なことになる可能性もある。ただ、わざわざ挨拶回りをする必要性もなくなるかもしれないと考えれば悪いことだけと言うことでもない。
「うーん」
片目でさとりを見る。その動きに気付いたようで少しの逡巡の後に受けておきましょうと結論を付けたようだ。
「いいよ、何聞きたい?答えれる範囲では答えるよ」
「あや!正直断られると思っていたんですが、意外にもすんなり受けてくれましたね」
「貴方、断るとokを出すまで地上に来るたびに聞きにきますからね。今のうちに受けた方が後々のためですから」
それは確かにめんどくさいな。心中でそう思うがあえて口には出さない。さっさと終わってしまった方がそれなら確かに楽だろう。
「記者魂ってやつですよ。褒めていただけて光栄です」
「褒めてないです」
笑顔で受ける文とやれやれといったような表情のさとり。恐らくそこまで仲が悪い訳ではないんだろう。
この記者メンタル強いなぁ。基本的に何を言われても一切に気にすることはなさそうだ。記者をするならそれぐらいのメンタルはあった方がいいのだろう。
「はは、ではさっそくですが質問しますね。私は文文。新聞の記者、射命丸文と言います。貴方のお名前は?」
「古明地こよみってここでは名乗ろうかなって思ってる」
少女の発言に合わせてペンが信じられない速度で文字を綴っていく。別にまだそこまで書くこともないだろうに。
「では、問題なければ、能力を教えていただいても?」
まぁ、聞くよな。わかり切ってはいたが、それと言って対策を講じているわけでもなかった。ここで、能力を言ってもいいが、別に、言わなくてもいい。問題は俺がこの先、地底から出て交友関係をどれだけ持ちたいかどうかに一任されるだろう。
「あーね。二つあって。一つは同調する程度の能力。もう一つは騙す程度の能力だね」
ここで嘘をつくか隠しても、そこから構成できるのは嘘で包まれた偽装の関係性だ。それは望んではいない。そして、面倒だ。
「おー、珍しいですね。では次の質問です。外来人とのことでしたが、外では何をしていたんですか?」
「あぁ...それね」
忘れようと。思い出すまいとしていた記憶が、ゆっくりと浮上してくる。夕食を囲んだ家族の笑顔、共に青春を過ごした友人。ただ、その夕食は、彼らと笑う会うこともできない。もう二度と。
「普通の人間だったよ。特に何の変哲もない...ね」
意識してはいなかったが、恐らく自分のその笑顔はとても悲しそうだったのだろう。文が察したようで申し訳なさそうな顔をする。
「ごめんなさい。聞くべきではありませんでした」
「いや、大丈夫だよ。結構な頻度で思い出してるから」
苦笑いする。少女を見るカラスが悲しそうに一声鳴いて文の方から飛び去った。きっと仲間の元へと帰るのだろう。
「最後に一つだけ。貴方に夢はありますか?」
「夢?」
あまりに唐突な質問だった。夢....か考えるがそれと言って浮かばない。あまり考えたこともなかった。他人に合わせて生きてきた人生。良い人であれと親から学び、それを実行したそんな俺の人生においての夢とは。少し考える。
風が吹き、木々を揺らす。山で吹き上がった風が彼女たちに届いた。
「俺の思うように、生きたいように生きたいな」
それは夢というにはとても曖昧で、少女にとっては傲慢だった。だが、それが幻想郷で生活をすると決めた元少年のたった一つの願い事。照れた様に笑うこよみに文が笑顔で返す。
「良い夢ですね。きっと叶いますよ。では用事もあるのでしょうしここでおさらばしますね。ご協力ありがとうございました!新聞お送りしますね〜!」
そしてとんでもない速度で文は去って行った。とてつもなく速い、先程の魔女と同等かそれ以上。山の方へと消えた影に背を向けてさとりに向き直る。
「行こう」
「彼女の向かった方向が目的地なんですけどね。折角なのでもう一つの神社も行きますか。神になるかもしれないなら会っておいたほうが良いでしょうし」
苦笑するさとりの横に並んで山を目指す。あまり彼女が笑っている姿を見たことが無かったが笑うとまるで見た目相応の子供の様で愛しいものがあった。
「神様に会うのかぁ。まじでとんでもないところに来たって感じして良いね」
「これからここで自由に生きるならそんな非日常が日常になりますよ。意外と楽しいものです」
色々と思うところがある様で郷愁の様な感情が感じられた。
「意外だわ。引きこもりの方が楽しいっていうタイプの人....妖怪だと思ってたよ」
「とっても失礼ですよ」
頬を膨らませるさとりが小さな子供のふくれっ面に見えてしまい、けらけらと笑うつもりが喉から出たのは鈴を転がした様な声。少し驚いたが、神にこれから会うのだからこんな事で驚いてはいられない。突然頭に顎からたこの触手が生えた神のような者の姿が浮かぶが、それを慌てて振り払う。にしてもかなり飛ぶペースがゆっくりだ。恐らく俺を気遣ってくれているのだろう。だが、もう慣れた。これからのためにももう少しスピードを出す方法を学んでおくべきだろう。
「もうちょい速度出そうよ。これだといつまで経っても終わらなそう」
「そうですね。十分慣れたようですし、ついてきてくださいね」
ここからは一瞬だった。さとりのスピードがぐんと上がり、それを追う。先ほどよりも風は吹きつける。まるでジェットコースターに乗っているような感覚。死が急速に迫っているような気もするが、それ以上に体で受ける風が心地いい。
「見えてきましたよ。あれがもう一つの神社、守矢神社です」
山の上に大きな境内が見える。先ほどの博麗神社とは比べ物にならないサイズだ。その中央には社がある。それもかなり立派だ。外でもなかなか見ることのできないほど大きな社には巨大なしめ縄が飾られている。さとりと鳥居をくぐると奥から一人の少女が駆け寄ってくる。巫女服は袖の部分が青く染められ、スカートは夜空のように青い。だが、その巫女服よりも目を引くのはその緑髪。こいしのそれよりも深い緑のそれは光を反射し、森のように輝いていた。
「さとりさんと、うわさに聞く外来人の方ですか。ようこそ、守矢神社へ、そしてようこそ幻想郷へ。楽しんでいますか?外とはかなり違うでしょう」
「ありがとう。その口ぶりは外のこと知ってる?」
「私も外来人ですから」
連れてこられたのは俺だけではないことに少し安堵したが、その話をするのはやめておくと決めた。ここに連れてこられたのならば、俺と同じ様に家族とは離れることになったはずだ。それを思い出すのは少しつらい。だからこそ俺は聞かないと決めた。それに正直、そこまで興味もなかった。
「おー、いいね。同じような人がいてよかったよ」
「お、君が最近来た外来人の子か」
社の中から二人の女性が出てくる。一人は紫髪のショート、赤い服に黒いスカート、ベルトにはしめ縄、胸元には鏡が飾られ、背中には原理はわからないが円を描いたしめ縄が付いている。もう一人は女性というよりか女児といった見た目、小麦色の髪に邪馬台国の人々のような服装。服にはカエルの絵が描かれており、麦わら帽子のような帽子には目玉が二つ付いている。一見妙な格好をした人間だが、出てきた場所と雰囲気からするにこの二人はさとりの言っていた神なのだろう。
その現実を見て、俺は正直。残念だ。そう思った。
「神様って思ったよりも人間の見た目なんだなぁ」
「おやおや、見ただけで分かるとは優秀だねぇ」
少し嬉しそうに笑う女性の神に対し小柄な神は若干面持ちが険しい。理由を探るため同調してみるが、そこにあったのは俺という存在への警戒だった。神を名乗るのだから幻想郷での地位もそれなりに高いのだろう、そうなると紫から俺の能力を前もって聞くことくらいできると考えるのが妥当だ。それなら無理もない。
「神様いるってさとりから聞いてたからね。それにお社から出てきたし。にしても神様とこうやって話す時が来るなんてなかなか信じられないわ」
「いいね。いい信仰心だ。どうだい、ここでの生活は」
「まだ来て2日目だから何とも言えないけど。いいとこだと思うし、外よりもみんな生き生きしてる感じはするかな」
「ここは自由だからね。外の人間と比べるのは少しかわいそうさ、彼らはあまりにいろいろな物に縛られているから」
何か思うところがあるようだ。だが、それをわざわざ探ることはしない。そういった部分に踏み込むべきではない。というのもあるが、それ以上にもう一人の神からの目線が気になる。未だに一言も話さない彼女は未だに警戒を強めている。俺の予想に過ぎないが、神としての力は今陽気に話しているしめ縄の女性よりも目の前の少女の方が強い。ただの感、だがそんな気が少し前からしている。威圧感というか、何か表現しにくいものを感じる。
「そうだね。俺もそう思うよ。俺もそれが嫌で病んでた時期とかあったしね。思ってたよりも神様がフレンドリーでよかったよ。俺実は河童に用があってここまで来たらここらへんでお別れしようかな。また暇なときに来るね」
さとりに目をあわせ意思を伝えると小さくうなずき軽く神二人に会釈をして空へと飛んだのでその後を追う。
「どうでした?」
「神様だなって感じはしなかったな。思ったより人間っぽくてびっくり。そんでもって若干がっかりかな」
「がっかりですか」
横を飛ぶさとりが不思議そうな顔をする。無理もない、神が人の形をしているのがおかしいというのは異常と言えば異常だ。
「神様も人間の信仰によって造られたんだなってことを知りたくなかったなってね」
急激に感情が冷める感覚。感傷が、感動がゼロに戻る。目をつむり、静かにそれを受け入れる。気温が変わったわけではないが、体の芯が冷たくなる。その冷たさを体にゆっくりと慣らす。
「どうしました?」
「んや。大丈夫だよ。ちょっと疲れただけかな」
心配をさせないためにも笑顔で応対する。事実、なんの問題もない。この感覚には慣れている。倒れたりすることはない。家族のだれにも言ったことはないが、心を読めるさとりなら隠したところで一発で看破されるだろう。騙そうにも突発的なこれを隠すのは無理だ。
「貴方は、もう少し自分を大事にしてください。貴方は元々、心に尋常ではないダメージが入っています。なんで今こうして普通に話せているのかが正直分かりません」
さとりがゆっくりと正面に回って目をのぞき込んで来る。その顔はとても真剣で、目には悲しみが満ちていた。感情は悲しみと、同情、そして怒り。
「どうしたの?」
「辛いときは辛いと、苦しい時は苦しいとそういってください。私たちはもう家族なんです。貴方の名前は古明地こよみ、誰が何と言おうと外ではお兄ちゃんでもここでは私の妹なんですから。頼っていいんです、それが家族なんですから」
明らかに言葉に嘘はない。俺を家族だと思っての言葉だった。未だにさとりの目は俺を見ている。頼ってもいい、助けられてもいい。兄であり、弟や、妹を守らなくてはいけない俺からすれば考えられないような行為だった。俺は守られる側ではなく守る側。そのために様々なことをしてきた。そして、その家族と強引に引き裂かれた。高ぶる感情、それはある一定まで上るとゼロに戻る。弱い部分は見せてはいけない。そんな自負。でもさとりはそれを否定し受け入れるといった。出会って二日目の特に何も知らない俺を妹と呼び、家族と呼んで弱い面でも受け入れるといってくれた。こみ上げてきてはいけないものがこみ上げてくる。それは弱さの証明。もう出さないと決めたもの。
「ごめん。やっぱつらかったわ」
涙が零れる。もっと家族と一緒に居たかった。ここに来たくはなかった。でも帰れない。どうしようもないから受け入れた。忘れようとしても家族との記憶は消えない。家族と過ごした時間が想起されていく。
さとりがそんな少女をゆっくりと抱きしめた。まるで宝物を守るかのように。さとりにとってこよみは妹、胸の中ですすり泣く少女を鼓動を感じるほどに強く抱きしめる。その心には二度と家族を悲しませない。あんな悲劇は起こさせない。そんな決意が満ちていた。