人助けをしたら幻想郷にさらわれたので呑気に暮らそうと思います 作:黒犬51
幻想郷の地底、相変わらずの喧騒の街の奥、まるでボスステージのように立っている屋敷の一室で桃色の肩まで伸ばし、目にクマをつけた少女が机に突っ伏している。そんな彼女の目の前には書類が積もり、山脈を築いていた。
何とかしないといけない。ペットや妹まで心配をかけている、ただ全く手が動かない。
こよみが行方不明になった。
その報告が入ったのは、こよみが妖怪の山に行ってから1週間が経過した時だった。かなりの妖怪が犠牲になったが、ある日突然妖怪の山を襲う人間がいなくなったらしい。死体も残さず忽然と、その影響で人間の攻撃がとまり、一時的に平静が訪れたと報告を受けた。
そして、こよみがいないことも。最初は、戻ってきていると思ったらしい。だが、こよみは戻っていない。地底のどこかにいるのかといろんな人に聞いて回ったが、誰も知らないという。すでに地上では射命丸さんが探してくれている。だが、一か月経ってもなんの報告もなかった。
「一体どこに」
最悪の想定もしている。だが、それは認めたくない。こよみは強い。例え、どれだけ人間の武器が強くても負けることはないと思えるほどに。決して自分が強いだなんて自分からは言わないが、心の読める私には隠せない。ここに戻るたびに、こよみは強くなっていた。その理由もわかっている。こよみの能力、同調は相手のすべてを調べることができる。そして、その情報を自分に永遠と集積する。外の世界であれば、それはただ世界が退屈になる程度のものかもしれない。だが、幻想郷であれば、それは意味を変えてくる。誰かと会うたびに、こよみの中には数百年を生きた者たちの経験が集積する。戦闘、生き様、考え方、なぜ生まれたのか。本人の記憶していない細部まで。その全てを無限に集積する能力。だが、当然それだけ強力な能力であれば犠牲を伴う。
その犠牲とは何か。
それは、自分自身。
蓄積していく膨大な情報量に、自分自身が埋もれていく。その結果、何が起こるか。
自分が埋もれ、見つけられなくなる。一度そうなったが最後、どれだけ探しても、それらしきものを見つけたとしても、それが自分かわからなくなる。
「まさか」
最悪を超えた最悪の想像が頭をよぎる。もし、限界を超えたのだとしたら。冷静になればわかったことだった。外の人間と幻想郷の人間。得られる情報量が違う。こよみ自身が限界点をわかっていたとして、もしそこを間違えていたら。その結果、キャパシティを超えた同調を行ってしまったら一体どうなるのか。
「おねーちゃん」
その答えは残酷にも。目の前に現れた。
「こんばんわ」
そこにいたのは、一人の少年。表情を曇らせたこいしに手を引かれ、人里の人間が着る麻でできた服を着た何の変哲もない普通の少年。
「あ...」
だが、気づいてしまった。それはただの人間ではない。その少年は初めてここであったとき、その時の彼。
「こよ...いえ、貴方、お名前は?」
「あ、俺ですか。俺は、レキ。帰り道探してたらこの子に捕まってしまって。でも不思議なことに間違っていない気もしてるんですよね」
からからと笑う少年。その言葉を聞いたこいしの顔色がさらに曇る。彼の発言に嘘はない。ただ純粋に疑問に思っている。
「レキ...さんですか。ところで何処に帰りたいんですか?力になりますよ」
どんな回答が来るのか。それによって、今後の対応が変わる。一体何処までリセットされたのか。見ている限る幼児退行はしていない。つまりは何処かをポイントに再構成している。
「東京って所なんですよ。本当にここが何処かわからなくて、困ってるんですよね。みなさんコスプレしてるんで何処かのテーマパークなのかなと思ってるんですけど違うんですかね」
東京。八雲紫から渡された本で聞いたことのある地名だ。日本という国の首都。しかし、であれば何か引っ掛かる。
「そうなのですね。東京という名前には記憶があります。しかし、申し訳ありません。今は出来ません」
「できない...?まぁ、今すぐ帰りたいってわけじゃないしいいか」
彼は、壊れている。こいしが壊れた時と同じ。だがそれよりももっと酷い。心が壊れているだけではなく。記憶も壊れている。そんな状態でも普通に会話ができているのは、彼が少しずつ作り直しているからだろう。今話している最中も周囲の話を聞きながら自分の記憶を辻褄が合うように組み直している。
そのため、彼は自分が何者かが分かっていない。レキという名前すらも自分で勝手につけている。そして自分の名前がわからないということに何の疑問も持たない。
本来はおかしい、異常事態もいい所だ。けれど、彼自身がそれをおかしくない事だと定義している。故に彼の中でこれは普通のことであり、違和感を感じる事ではない。
「では、帰れるようになるまでここに居ませんか?見ての通り大きな館ですので部屋はありますから」
もし彼を放っておけばどうなるのか。それがわからない以上、家族として彼を保護する責任が私にはあった。その誘いを受けた彼は少し驚いたようだが、帰ることもできないのであれば丁度いいと快諾してくれた。
そんな彼を見て、私は決めた。もう2度と、彼をあんな目に合わせない。
私が彼を守ってみせる。