人助けをしたら幻想郷にさらわれたので呑気に暮らそうと思います 作:黒犬51
「貴方、本当はこよみなんじゃないですか?」
「そんなわけないじゃん。会いたいからって無理があるよ」
笑って目の前の少女は手を広げて身体を見せる。ただ、確信に変わった疑念はもう目の前の少女を氷の妖精とは認識できなくなっていた。
そんな私を見てか、少しずつ妖精の表情が変わっていった。そして、しばらくの静寂の後に問いかける。
「なんでそう思ったの?」
「1つは私が心を読めなかったから。私はさとり妖怪。心を読む妖怪です。そんな私が全く心が読めなかったのはこれまでたったの1人だけ。八雲紫でも感情は読めます。でも貴方はなにも見えませんでした」
目の前の妖精の顔色は変わらない。
「2つ目はチルノさんの一人称はあたいです。一度だけ、貴方は一人称を俺にしていました。この幻想郷は女性が多いですから、一人称が俺で心が読めないなんてもう1人しか居ないんですよ」
そこまで聞いて目の前の少女は特大のため息をつく。そのまままるで蜃気楼のように少女の体が揺れると少しだけ疲れた表情をした白シャツに黒のチノパンの1人の少年が現れる。
初めて見た姿、心も読めないが、それが古明地こよみだということはすぐにわかった。
「天下のさとり妖怪を騙し切れるほど俺は器用じゃないらしい」
「こよみ...」
思わず飛びつき、彼の胸に頭を寄せて、心臓の音を聞く。そしてその音を聞いて実感した。彼はまだ生きている。私たちと同じように。
彼は驚いたようだが、諦めたように私を抱き返してくれた。
「ごめん。さとり。でも俺は決めたからさ、俺はもう帰れないけどここにはあのこよみもいる。彼は消えない」
「なんで貴方が犠牲にならないといけないんですか。何か別の方法があるはずです」
私の発言を聞いて少しだけ私を抱く彼の力が強くなった。それには何の意味が込められているのか、心の読めない私にはわからない。
「ないんだ。俺が犠牲にならないと幻想郷自体が消えてしまう。そうなるとさとりもこいしも生きていけない」
それは否定しようのない真実だった。幻想郷が消えてしまえば多くの妖怪は消える。私のような外の世界でも消えていない畏れを糧にしている妖怪は消えはしないだろうが大きく変わってしまった外の世界では生きていけない。
「それに...ずっと他人の仮面を被って生きていた人形の俺が、やっと見つけたやりたいと思える事なんだ。だから...やらせてくれ」
もう家族を失いたくない。そう願っていた。でもそれは叶わなかった。彼はもう消えてしまう。私が家族として迎え入れた彼は死んでしまう。どこかに残るわけでもない。私の知っている古明地こよみは完全に消える。
止めたい、何をしてでも。ただ、少しの間でも、彼の家族であった私にとって彼の言葉の重みもわかっていた。
彼は度重なる同調の果てに自分を喪失していた。例え、何かをしたいと思ったとしてもそれが自分の意思かはわからない。そんな彼が遂に見つけたやりたいこと。
それは彼が人生を賭けて探していたもので、見つけなくてはいけないものだった。
「ずるいですよ。そう言われたら私が止められないこと、わかっていたんですよね」
「...うん。わかってた」
私は今。どんな顔をしているのだろうか。わからない。ただ、彼の声色はどこか、悲しそうだと思った。それを感じて、彼も私と同じ気持ちなんだと安堵した。
「ありがとう。家族として迎えてくれて。最初、突然こんなところに来てびっくりしてたんだ。本当に助かった。最後にお別れができて良かった」
「私は、また守れないんですね」
彼に抱かれたまま、頬に一筋の涙がつたう。
「いや、守ってくれたよ。少なくとも、俺の意思は、それに幻想郷も守れる」
「私は家族として、一緒にいたかったんですよ...」
彼からの回答はない。灯の消えた部屋の中。すでに寝静まっているのか、外部からの音もなく、あるのは2人の息遣いだけ。
「ごめん。さとり...時間だ」
腕を離し、こよみとさとりは距離を置く。少しだけ悲しそうに笑うこよみ。性別も姿形も異なる彼だが、その笑い方には覚えがあった。少し困ったように笑う、そんな顔は確かにこよみのものだった。笑顔をする事に慣れていない笑顔だ。
それを見て、心が少し熱くなる。胸がいつもよりも早くリズムを刻む。私は長いことこれを家族愛だと思っていた。でも違う。これは、家族へと向ける愛ではない。なら、この心は何なのか。
私の中ではすでに回答がある。でも、彼はずるい。ずるかった。私が絶対に拒否できないことをわかって、あんな言葉を投げかける。なら私から最後に意地悪をしてもきっと地獄の閻魔ですら裁けはしないだろう。
だから最後にこんな悪戯をする。
「こよみは私の感じている感情が何か分かりますか」
私の言葉にこよみが固まる。そしてまた困ったように、そして悲しそうに笑う。
「そうだね。知ってる。でも、それを伝えることは何の救いにもならない。何だったら、今後さとりを縛ってしまう。だから伝えたくない。それにさとりがその感情を知らないとは思えない」
「ええ、知っています。なので、貴方にはここで回答をして欲しいんです」
明確にこよみの表情が固まる。答えは二つしかない。私はそれ以外を認めるつもりはない。そしてこの思いも、きっと彼にはわかっている。
しばらくの静寂の後、彼は諦めたように口を開く。簡単に逃げられるはずなのに、逃げないあたり彼は本当にいい人だ。
「それは家族愛じゃない。恋慕だよ。まずはありがとう。俺もその感情は知っている。そして、」
ここまで告げて彼は再度口を閉ざした。開けられたままの窓から風が吹き込む。外を見て、少し言い淀んでいたが、本当に時間がないのか、彼は大きく息を吸って吐く。その行為でもって決心を固めたらしい。
「俺も君のことが好きだった。俺もこの感情が家族愛の類ではないことは気づいていた。でも、気づいた時には自分の最期もわかっていた、だから
その先の言葉を言う前に彼の唇を奪う。それはまるで小鳥が啄むようなものだったが、彼の言葉を止めるには十分だった。一歩下がり、まだ彼の体温が残る唇に人差し指を当てる。
「それ以上は良いです」
「まさかさとりがこんなに積極的だったとは知らなかったな」
珍しく動揺したようで少し頬を染めたこよみが、こちらを見ている。こんな姿を見たのは初めて一緒にお風呂に入った時くらいだろうか。
「貴方の珍しい顔も見れましたし満足です。」
私は悪戯っぽく笑う。でも、彼のこんな顔ももう見れなくなってしまう。もう終わってしまう。
その心まで気づいたのか、それを見たこよみは私の頭を撫でる。
「私は子供じゃないんですよ」
「悪い。ただ、俺にはこれくらいしか出来なくて」
しばらく撫でた後、彼の手が離れる。そして彼が、外を眺める。地上での事件を受けてか、いつもの喧騒はない。
「時間だ。行かないと」
踵を返して、彼が窓に向かう。そしてそこに足をかけた彼に手を伸ばそうとして辞める。彼がこれから消えるとわかっている。それなのに、ここでまた足止めしてしまっては、こよみがあまりにも可哀想だ。そんな理性が私の足を止める。ただ、理性は口まで止めることは出来なかった。
「初めてだったんです。大切にして下さいね」
一体何が初めてなのか、それについて言及はしない。ただ、それを聞いたこよみは少し笑う。そして窓際に立ってこちらに身体を向ける。
「ありがとう。ここにいた時間はこれまでの人生で一番楽しかった。頑張ってくるよ。そして...さようなら」
私は窓から外に出た彼に手を振ることしかできなかった。しばらく飛んで、彼はスキマに姿を消した。
ただ、もう私には何も見えない。ただ、最後の彼の満足げな困っていない笑顔だけが、残っていた。