人助けをしたら幻想郷にさらわれたので呑気に暮らそうと思います 作:黒犬51
可哀想に、嬉しい。おめでとう。しんでしまえ。助けて、殺して。愛して、嫌って。寂しい、1人にしてくれ。大好き、大嫌い。
頭の中でほぼ全ての感情が渦巻いている。辛かったが、もう慣れた。外の世界にいた頃、こんな目にあっていたら耐えられなかっただろうが、今の俺ならしばらくは持たせることが出来る。
目を開くと、周囲には虹色の結界。いつでも出られる。あの言葉に嘘はない。ただ、それはしない。時間あげると約束したから。
ふと、これまでの人生を思い起こす。外の世界の暮らしは、良かったと思う。家族もいた、友人もいた。兄妹もいた。衣食住に困ったこともない。とても恵まれていた。
そういえば今頃彼らは何をしているんだろうか。俺の記憶は無くなっているから、悲しんだり、さがしたりはしていないんだろう。
両親は元気だろうか。弟は無事に大学に入れただろうか。妹は高校生活を楽しんでいるだろうか。友人は今日も賑やかにゲームをしているのだろうか。
でも、もう会う事はない。会おうとも思わない。一瞬、その事が辛いと思った気がしたが、他の感情たちに流されていった。
ただ、流される感情の中、思った事がある。自分にも、他人にも嘘をついた。嘘塗れの人生だった。だが、最後に、自分のしたかったことをやって死ねる。これは嘘だったと言われるともう、何も言えないが、もうそんなこと俺にも分からない。なら、これは俺の真意ということにしよう。
黒い鎧に包まれた少年だったソレは。自嘲的に笑って目を閉じる。
***
「起きてください」
少年が目を覚ますとそこは見覚えのある部屋だった。白い天井に、閉じられたままのカーテン。勉強机だったものの上にはデスクトップパソコンが置かれており、そこに座るための椅子に、見覚えのない少女が腰掛けていた。
見た目は中学生ほど、白いワンピースに腰まで伸びた黒い髪。手足は絹のように白い。どこか幼さもある顔立ち。きっと清楚という概念を絵に描けば彼女になるだろう。
「やっと会えた」
その問いに少女はこくりと頷く。どうやら少女もまた、少年に会いたかったらしい。
「おはよう。古明地こよみ。もう、調べていると思いますが、挨拶をさせてください。私は幻想郷」
「あぁ、おはよう。そしてありがとう。ここは確かに俺の戻りたかった所だ」
その回答を聞き、幻想郷は、とても悲しい顔をする。一方の少年は、周囲を見回す。棚には、見覚えのある本が並んでいた。それほど長い時間はたっていないはずだが、ひどく懐かしく感じた。ここは、こよみが外の世界で暮らしていた部屋だった。
「もう、お互いに時間ありません。だから早速本題に行きましょう。本当にいいのですか?あなたのやろうとしている事は」
幻想郷が最後を言う前に、こよみが遮り、淡々と言葉を返す。
「あぁ、わかってる」
短い言葉ではあったが、そこには明確な覚悟があった。
「私としては嬉しいです。でも、これでは......これでは貴方があまりに報われない」
「まずは心配してくれてありがとう。だけど、俺は十分報われてた。それに、どっちにしても幻想郷は壊れてしまう。違うか?」
幻想郷は何も言わない。そして、今回、この無言は肯定だった。
「確かに、貴方がいると幻想郷は壊れてしまいます。けど、貴方が犠牲になる必要はないんです。貴方には逃げるという選択肢もあります」
幻想郷からの問いかけに、こよみは静かに頷く。けれど、
「でも、俺が逃げても幻想郷は壊れてしまうだろ。俺一人の犠牲でこの幻想郷が救われるなら、それでいい」
常識だとでもいいたげに自殺宣言を行うこよみに幻想郷が悲痛そうな顔をする。そして、叫にも似た声をあげる。
「あなたにとってここは生まれた場所でも、なんでもないじゃないですか。なんで、なんでそこまでしてくれるんですか」
こよみは、寝台に腰掛けたまま、目の前の少女を見据える。同調なんてするまでもなく、彼女は少年を憐れんでいる。だが、こよみにとっては簡単に答えが出る問題だった。
「たった一人の犠牲で、この幻想郷の全ての命が助かる。なら、俺は一人の犠牲を選ぶ。今回は、その一人が俺だったというだけだ。それに、俺は最後くらい、全員の正義の味方になりたいのさ」
「でも、それならば、貴方が次の幻想郷になればいいじゃないですか。そうすれば、」
そこまで言って、幻想郷は何かに気づき、信じられないとでも言いたげにこよみを見つめる。
「そう、俺は全員の味方になる。君も例外ではない。それに、俺は君の作った幻想郷に感動した。確かに完璧とは言えないが、俺にこれ以上のものは作れない。それに、八雲紫はその欠点を知ったうえで対策を打っていた。今回のように、八雲紫が行動不能になることがなければ今よりも長く持ったはず」
「でも、それでは貴方があまりにも救われません。貴方の犠牲で幻想郷が続くのに、それを知るどころか、覚えているのは私だけになってしまう」
気づけば、少女は椅子から立ち上がっている。それを見たこよみが困ったように笑う。
「そんなに同情しなくてもいい。それよりはこれから先の幻想郷をどうするかを考えてくれ、リソースも生まれるわけだし」
「わかりました。でも、私から貴方にできることはないんですか」
その発言にこよみは少し迷った後、一つお願いをした。そして、立ち上がる。
「もう、時間だ。さようなら、幻想郷」
「さようなら。私達の正義の味方」
それを聞いた古明地こよみは少し楽しそうに笑うと消えていく。そして、虹色の結界の中で目を覚ました。