人助けをしたら幻想郷にさらわれたので呑気に暮らそうと思います   作:黒犬51

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最終話 Farewell hero

 

 薄ぼんやりと光る壁、何とか歩みを進める先だけは確認できる。時折、天井から滴る水滴が身体に触れて不快だ。全身が痛む。どこが痛むかなんて、考えたくはないほどに。だが、これまでのような心の喧騒はない。久々の静寂を噛み締めながら、歩き続ける。どこまで歩こうかと思っていると、少し先に灯が見えた。少なくとも、そこまでは歩こうと思う。

 棒の様になった足を引き摺って、歩みを進める。空を飛ぼうかと思ったが、少ない力を少しでも温存したい。最後にもうひと仕事しないといけない。

 思えば、幻想郷に来てからの時間はこの人生で最も充実した時間だった。たまにバイトをして、大学に行き、ゲームをする。そんな怠惰な大学生活を送っていた俺が、目的をもって今こうして多くの人を救える。俺の生きる意味が見つかったという意味では有意義だった。

 だが、もし俺が幻想郷に来ず、社会人になっていたらどうなっていたかを考えた事がない訳ではない。だが、きっと今よりは充実も、満足もしていないだろう。社会の歯車になって無機質な日常を繰り返す。時に出会いもあり、もしかすると子供ができていた未来もあるかもしれない。だが、それは、俺からすればつまらなかった。もしかすると色彩豊かな楽しい人生が待っていたかも知れない。だが、そんな【もしも】の話は意味がない。

 気付けば、目の前が開ける。どうやら湧き水があるらしく、透明な水が小さな泉を作り、地底の上にあったものと同じ石が少し高い天井についていて、全貌を照らしている。それほど広い空間ではないが、暗い洞窟よりかは幾分もマシだ。

 既に感覚が無くなりつつある足に鞭を打って、泉の横に腰掛ける。水に足を入れようかと思ったが、やめた。こんなに綺麗な水を、自分の血で汚すのは気が引けた。

 

「大丈夫ですか?」

 

 聞き覚えのある声がした。この幻想郷で一番聞いた声で、今一番聞きたくない声でもあった。駆け寄ってくる足音が聞こえるが、もう振り返る余力がない。何とかして絞り出す様に返答を行う。

 

「あー、大丈夫大丈夫。気にしないでくれ」

 

 自分でも笑ってしまう様なバレバレの嘘だった。そんなもの、当然心を読める彼女にはバレる。だが、別に問題ない。念のため、能力で心を偽装する。

 

「くだらない嘘つかないでください」

 

 全くなんで、こんなタイミングで来るのか。どうせ幻想郷が余計なことをしたんだろう。パタパタと走り慣れていないのが分かる音とともに、走って来たさとりは俺の傷を見て絶句する。

 無理もない。もう、足なんて大腿骨が見えているし、横腹には風穴、臓器は既にどこかでこぼれてしまっている。腕も、片方はもう無い。目と口だけ辛うじて無事だったのは奇跡だろう。というか人間だったらとっくに死んでいただろう。自分を騙していなければもうとっくに激痛で動けていなかっただろう。

 

「本当に大丈夫なんだ。もう助からない」

 

「どうしてこんな...まさか地上での争いに巻き込まれたんですか」

 

 もう、手の施しようが無いことを理解してくれたのか、さとりが横に座る。地上での争いに大きく関係あるが、俺が主犯だなんて言えない。

 

「そんな感じだ」

 

「なら、少しお話ししませんか」

 

 古明地さとり。いや、幻想郷の全ての住人は俺の存在を覚えていない。というのも、俺はあの戦闘の開始直前に全ての住民から俺の記憶を奪った。彼らの殺意を鈍らせない様にするというのもあったが、本当の目的は別にある。今、地霊殿にいる古明地こよみを本物とする為だ。

 俺の存在自体を消すというのも、選択肢にはあった。だが、その場合、俺という変数が消える影響を計算できない。やり直すのであれば、状況は同じにしたほうがいい。幻想郷は最初拒否したが、その方向で同意した。

 

「こんな半分死んでるやつとか?」

 

「何故か、貴方は他人な気がしなくて、それに1人で死ぬのは寂しいでしょう」

 

 一瞬心臓が跳ねた、だが本当にそんな気がしただけのようだ。いや、きっと、他人ではない気がするというは嘘だろう。全くの他人でも、さとりはきっと同じことをするのだろう。

 

「そうか。わかった。でもそんなに色々は話せない。見ての通り、もう長くない」

 

「では、貴方の家族について教えてください」

 

 家族か、血のつながった家族であれば、俺には弟と妹がいた。だが、彼らは俺のことを覚えていない。だからと言って、ここにいる家族も俺のことを覚えていないわけだが。まぁ、後者は俺が記憶を奪ったのが原因だが。

 

「家族か。明確に家族っていうのはいない。けど、幻想郷の住民はみんないい人達だった。この世界のために死んでもいいと思うくらいにはな」

 

 嘘も偽りもない。俺が死ぬのは、幻想郷のため、それはここにいる彼らが魅力的で、生きるという熱にあふれ、明日を見ていて、俺なんかよりもよっぽど未来を見るべきだからだ。

 

「そう。ですか、なら最後に一つ。貴方の人生はどうでしたか?」

 

「最後らしい質問だな」

 

 さとりの問いかけに笑って後ろに倒れる。さとりが慌てて支えてくれた。危うく頭を強打するところだったので正直助かった。もう、俺には本当に時間がないらしい。だが、これだけは答えないといけない。そんな気がした。

 俺の人生の総括。いやもう人間でも妖怪でもなんでもないので、人生とは言えないかもしれないが、その人生とはどうだったのか。

 怠惰に生きて、バカみたいな力を手に入れたのに何も救えず、多くが傷つき死んで、最後に自己犠牲で全てを巻き戻す。自分でも、バカだなと思う。もっと優秀な人間だったら、もっと早く動いてもっと多くの人を救えただろう。

 俺はヒーローになりたかった。なりたかったが、その結末が、全ての敵となって消滅。誰の記憶にも残らず。この世界を救えたのかもわからない。

 俺にとって、ふさわしい結末。愚鈍で愚昧で

 

「そんなことはないですよ」

 

 俺は何も発していない。そのはずなのに、さとりにその先を止められる。能力は確かに使っていたはず。なら彼女は一体何を見たのか。

 支えられた手によってさとりの膝の上に頭を乗せる形になる。そして、そのまま、頭が近づき、唇を奪われる。

 動揺で一瞬思考が止まる。抵抗しようにも隻腕になり、死にかけの俺にそんな力は残されていない。少しの後、俺の血で赤くなった橋と共に、解放された。

 

「こよみは、ヒーローですよ」

 

 突然の告白に、再度思考が止まる。

 

「まて、なんで」

 

 なぜ俺をこよみと呼ぶ。俺の記憶は全て奪ったはずだ。なのになぜ。

 

「同調で大量の感情がある時は例外でしたが、元々こよみは、動揺すると心が読めるようになるんです。きっと騙す能力の弱点なんでしょうね」

 

 悲しそうにさとりが笑う。恐らく、能力がぶれている間に多くの情報を読まれてしまった。今更だましたとて意味はないし、もう一度俺についての記憶を奪うだけの余力はもうない。

 

「最後まで、結局何もうまくいかないな。ということは俺の目的も理解しているってことでいいかな」

 

「はい」

 

「そうか。正直なことを言えば、誰にも知られたくなかったし、特にさとりには知られたくなかった」

 

 言ったところで仕方がない。だが、もうさとりの読心に対して抵抗するつもりもない。であればどうせバレる情報、少しくらいの嫌味は言っても良いはずだ。

 

「それはすいません。でも、家族を1人で逝かせる訳にはいかなかったので」

 

「そうだな。さとりはそういうやつだ。けど一つ、なんで必然俺にキスした?もし俺がこよみじゃなかったらどうするつもりだったんだ」

 

「確信があったので。それに私、一度看破してますしね」

 

 俺がチルノに化けてさとりにお別れを告げたあの時のやつか。確かにあの時もバレた。さとり妖怪として、読心を出来ずとも何かわかるのか、それとも家族としての勘なのか。

 

「本当に実は痴女なのかと思った」

 

 さとりが頬を膨らませる。そんなわけが無いことは知っているが、こんな風に揶揄うのも。最後だ。

 

「確かに、今思えばあの時のキスも怪しかったな。あれで薄々気づくべきだったな。まぁ、でも別れの言葉はあの時告げたんだ。もう、話のネタがない」

 

 残っていた腕で身体を起こそうとする。能力を維持するだけの力も切れてきたのか、とんでもない激痛が走った。思わず苦悶の声を上げてしまう。そんな俺の額に手が置かれる。それだけで簡単に俺は起き上がることができなくなる。無力とは辛いものだ。

 

「貴方は優しいですね」

 

「優しい?優しいやつは地上であんなことしない」

 

 小馬鹿にする様に笑ったと思う。だが、そんな表情を見たさとりの表情は曇っている。

 

「いいえ。貴方は優しい人で、幻想郷のヒーローです。皆さんから貴方についての記憶を奪った理由は、手を緩ませない様にするためですよね。それに、負ける気はないなんて言って、本当は勝つ気が無かったんじゃ無いですか?」

 

「こうなっては嘘をつく意味もないか。確かに、俺は勝つ気が無かった。俺の能力は少数戦には強いけど、複数になると弱い。だから、幻想郷の住人が手を組めば、俺に負けるはずは無い。だが、その中で【俺】という周知の存在はノイズになる。シンプルに強力な外敵に対して協力できるかを知りたいならそれは消すべきだ」

 

 嘘はない。ただ、それだけではない。時間を戻した後、それだけでも俺についての記憶は消えるはずだが、うまく消えなかった場合を想定し、俺の記憶を消しておくことは必要だった。俺の記憶が残ってしまえば、残された古明地こよみが自由に生きられなくなる。

 突然、顔に何かが落ちてくる。さとりが泣いていた。なぜ泣いているのか、もう同調もできない俺にはわからない。

 

「なんで自分を大事にしないんですか」

 

「大事にしてるさ。だから古明地こよみは残す」

 

 さとりの言いたいことはちがう。わかっている。わかっているが。俺の嘘の代償は大きかったらしい。

 

「大事に、してませんよ。ここで生まれたわけでも、ここがないと生きていけない訳でもないのに、こんな身体になってまで、幻想郷の人々を守るために犠牲になろうとしてる」

 

 ぽつぽつと言葉が紡がれていく。思えばここにきたきっかけも、橙を助けた事だった。もしあの時、俺が助けなければ、俺はここには居なかっただろうか。それとも、八雲紫に連行されたのだろうか。

 少しずつ意識が薄れていく感覚がある。もう、始めなくてはいけない。

 それを感じ取ってか、さとりは言ってはいけないと理解した上で、その一言を絞り出す。

 

「私は......私は貴方に生きていて欲しかった」

 

「さとり......もう時間だ」

 

 どこまでも優しい彼女の膝の上から抜けて、体を浮かせる。もう、おしまい。まさか会えるとは思っていなかった、会いたくないとは思っていたが、実際に会ってみると嬉しいものだ。1人で死ぬ覚悟はしていたけれど、寂しくなかったというと嘘になる。やはり死ぬのは、寂しいし、怖い。手を伸ばしてくるさとりに笑顔を手向ける。

 泉の真ん中に向かって飛び、残された全ての力でもって魔法陣を起動する。

 

「回れ、周れ、廻れ。代償は私。褒章は要らず。賞賛も要らず。願いだけを残そう」

 

 幻想郷に打ち込んだ大量の俺の力が反応する。上空に書き込んだ魔法陣の起動も確認した。俺の最後の仕事は終わり。さとりが泣きながらこちらに飛んでこようとして、その手が触れる直前で、世界が灰色に停止し、動き出す。申し訳ないことをしたな、と思う。

 草木が芽吹きの時に戻り、種となり、土に帰っていく。さとりが逆再生で戻っていく。

 

「さようなら。さとり。幸せになってくれ」

 

 洞窟から外へ向かうさとりに手を振ろうとして、もう自分の手がなくなっていたことに気づいた。まるで光の粒子にようになって消えていく。

 こんなことを言うつもりはなかったのに、まるで溢れてしまったように言葉を出た。

 

「まぁ、覚悟はしてたけど。やっぱり死ぬのは怖いかな」

 

 そんな弱音を吐く自分がなぜか面白くて、笑ってしまう。

 

「なんだ、自分の死は怖がれたんだな」

 

 その言葉を最後に、少年の姿は完全に光となって消えた。

 だが、その後も時間だけは巻き戻る。少年がここにきたその日まで。

 




長い間お付き合いいただき本当にありがとうございました。
これにてこのお話は終幕となります。

もしかすると1話、こよみと幻想郷が交わした約束について、
後日譚を書くかもしれません。
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