人助けをしたら幻想郷にさらわれたので呑気に暮らそうと思います 作:黒犬51
窓の外、見慣れた景色。街では酒に飲まれた妖怪が騒ぎ、祭りにような喧騒がこの館まで響いている。この館に住み始めた当初はうるさいと思っていたけれど、今となってはもう慣れた。視線を机の上に積まれた妖怪たちからの意見書に移して、淡々と処理を進める。大抵は店から地上の酒を入荷するための許可証なので許可で問題ないけれど、稀に店の出店依頼だったり、外に出るための許可を求めるものだったりするので適当に見ることはできない。あまりにも面倒だったので、何度か効率を上げるために書類ごとに提出先を分けようとしたけど、彼らはその全てを無視して出してくるので諦めた。
地上の特定の酒を求める依頼書に許可を出し、所定の金額を準備するように指示書を記載して一息つく。私の1日は、ほぼこの作業で潰れる。面倒だけれど、他の人に会って一緒に何かするよりは遥かに楽なので文句はなかった。それに、家事もペットたちがしてくれている。私は恵まれていると、そう思う。
「さとり様」
ノックと共に私を呼ぶ声がした。入っていいですよと回答して迎え入れる。動脈血のような赤い髪に黒い耳、尻尾は二股に分かれている。黒いワンピースに深緑のフリルのついた少女はお燐、私のペットであり、色々な仕事を手伝ってくれている火車の少女。
「地上から本日納品の酒をとってきました。ここに置いておきますね」
「ありがとう。あと、こよみを呼んでくれますか。少しお願いしたいこちがあるので」
「わかりました」
仰々しくお辞儀をして少女が部屋から去っていく。お燐が去ってから数分でどこからともなく少女が現れる。黒い髪を肩まで伸ばし、シャツにチノパン。彼女曰くこれが一番落ち着くらしいけれど、幻想郷という場所では浮いている。
彼女はこの館に住んでいる私の家族の1人。血は繋がっていないので正確には家族ではないけれど、この幻想郷の外から八雲紫によって連れてこられた元人間。幻想郷に入った瞬間性別が逆転したらしく、最初は色々と戸惑っていたけれど数ヶ月経った今では特に何の問題もなく暮らしている。
そんな彼女は同調という、読心と似た能力を持っていた。違うのは読むだけではなく相手の情報を保管できる事。結果、他人の能力や戦闘経験を使うことができる。そんな能力がある彼女は当然戦闘力も地底でトップクラス。そのため、いざこざが起きやすい商品の配達と集金を任せている。
「酒の配達依頼?」
「そうです。あそこに置いてあるものを髑髏酒場に持って行って貰えますか」
酒場の名前を聞いた途端彼女は少しだるそうな顔をする。
「髑髏酒場か。あそこ値切ってくるから面倒なんだよなぁ。わかった。一旦行ってくる」
愚痴は言うものの、しっかりと仕事はこなしてくれる。こよみが少し肩を落としながらお燐に部屋の隅に置かれた酒を手に取ろうしたタイミングで何かを思い出したようでこちらに歩いてきて、1通の封筒を机に置いた。
「そうそう。今日机の整理をしてたんだけど、さとり宛ての手紙があったから渡しておくわ。でも誰が書いたかわからないんだよな。呪術的なものがないことは一応確認したけど気をつけて」
そこまで言ってこよみはスキマを開いて消えて行った。にしても私宛てに手紙。誰からなのか。自慢にもならないけれど、私は交友関係が狭い。理由の一つは私があまりそう言ったことに積極的ではないからと言うのもあるけれど、さとり妖怪だからと言うことがある。さとり妖怪の能力は読心。誰もが心に秘密を抱えているのにそれを暴いてしまう私の能力は嫌われて当然。
机に置かれた封筒は特に何の変哲もない。こよみに罠がないことを確認してもらっているので問題はないはず。けれど、私の方でも一応の確認を行う。白い封筒に黒い薔薇の形どられた封蝋。宛名は私だけれど、送り主の記載がない。
一旦の確認は終えたので、警戒は解かずに封を開ける。
「普通の手紙ですね....」
中に入っていたのは何の変哲もない便箋だった。綺麗に畳まれたそれを開くと文書が書いてある。けれど、どこにも送り主の名前がない。不気味ではあるのですぐに捨てることもできたけれど、仕事に疲れたこともあり気分転換にそれを読むことにした。
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古明地さとり様
こんにちは。おはよう。あるいはこんばんわでしょうか。
これをご覧になっているという事はきっと平和に暮らせているのだと信じております。
綴りたい事は山のようにありますが生憎私にはもう時間がありませんので一つだけ。
私の愛した貴方がこの幻想郷で呑気に暮らせることを祈っています。
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短い文章だった。手紙というには送り主の名前もわからない。恋文というには私は相手を知らなすぎる。にもかかわらず、途方もない悲しみと喪失感が心を襲っていた。
理由はわからない。どれだけ記憶を探っても私にこんな手紙を送ってくるものは浮かばない。何かの悪ふざけかと思うけれど、この感情が否定する。
ふと、便箋の最後に何かを消した後を見つけた。それなりの筆圧で書いていたらしく、光にかざすとその文字が見えた。そこにはたった一言、他よりも少し汚い文字で一言だけ、ありがとう。
それを見た瞬間、涙が溢れる。相変わらず、それがなぜなのかは全くわからない。ただ、きっと私のこの涙は、無意味に流れているものではないということだけは理解できた。
「え、さとりどうしたの。大丈夫?」
顔を上げるとそこにはこよみが立っていた。どうやら配達を終えて帰って来たようで、すでに酒は持っていない。代わりにその手には金に入っているであろう封筒がある。
「もしかして、あの手紙に何か入ってた?」
おろおろとあわてるこよみを手で制す。読心なんてしなくても、こよみの考えはわかる。確認したと言った手前、何かがあった際は自分の責任だと考えているのだろう。
「大丈夫です。きっと私にとって大事な人からの手紙だったんだと思います」
「そうか、ならよかった」
次に私が何を言おうとしているのかを察してか、これお金。と言い残し、こよみは部屋からそそくさと退散した。
「全く、恥ずかしがり屋さんですね」
1人残された部屋で意味もなく封筒を抱いてみる。自分でもなぜそんなことをしたのかはわからない。でも、なんとなく、そうした方がいいと、そんな気がした。