「未来をーッ‼」
6人のシンフォギア装者と錬金術師キャロルの力を束ねた拳はシェム・ハのあらゆる物の構造を改造する絶対の力を弾き、その肉体を討伐せんとする。
「グッ……」
ここに来てシェム・ハの顔から余裕が消失する。アヌンナキ、神である自分に匹敵どころかそれを超えていこうとする人間の底力に畏怖と焦りを感じている。
あと一歩力を束ねれば、気合いの一閃でトドメがさせる、人類が勝利をおさめるその瞬間-
「呪われた拳で私を殺すの?」
「‼」
「フン…」
―響は力を緩めてしまった。シェム・ハはさっきまでの醜悪な表情ではなく、まるで本物の未来かのような表情で。
未来の体を奪われて以降、響が頭の中で必死に考える事を拒否してきた事。ガングニールの付与された神殺しの力でシェム・ハを討てばそれと一緒に小日向未来も殺してしまう。辛い時、悲しい時、そして嬉しい時を共有してきた一番の親友が死んでしまう。
そんな響の思考を見抜き鼻で笑い、未来の顔はシェム・ハに戻る。響がしまった!と思った時にはもう遅く、シェム・ハから大きな力が解放され装者達を巻き込んだ。
爆風に巻き込まれた装者達は地面に叩きつけられひるむ。それは神を前にするには致命的すぎる時間。当然そんな隙を相手が見逃してくれるはずはなく。
「無粋に足掻く。だが散り際は白銀に煌めくがいい!」
空にたたずむ超越者は一切の容赦も良心の呵責もなく全ての物質を白銀に変える光線を放つ。
◎
(あ…れ…?私は…)
攻撃を受けたノックバックから復帰した響は自分の身に起きたことの整理を始める。
月から帰還して、キャロルちゃんと再会して、みんなで戦って――そしてシェム・ハから手痛い反撃を受けて!とそこで響の意識がはっきりとした。そして前方の強烈な光を認めた。
「キャロルちゃんの…黄金錬成…」
神の白銀光線を錬金術師の磨き上げてきた力が防いでいた。
「錬金術を応用して?だが乱発かなわぬこの力に拮抗するとなると…」
『そう!僕達二人の思い出を!すべて焼却すればー!』
銀と金、力の拮抗が崩れ金の力が打ち勝ち、そのエネルギーが相手のヘッドギアに直撃する。一瞬の事とは言え神を上回ったのだ。
「キャロルちゃん!」
「忌々しい。だが自分の全てを燃やし尽くしたようだな」
しかし一矢報いたその代償は大きすぎた。どさりとファウストローブが解除され、エルフナインの体が倒れる。息があるので死んではいないがすぐに戦線に復帰するのは無理だろう。
無駄にするわけにはいかなかった。キャロルとエルフナイン、二人が繋いでくれた命を何故無駄に出来ようか。響は折れかけた心を奮い立たせ立ち上がる。
しかしそこで響は何かがおかしいと感じ始めていた。
響、シェム・ハ、キャロル、エルフナイン、自分を含めて4人の声しか聞こえない違和感に。ギ、ギ、ギと後ろを振り返ると、仲間たちが倒れこんだままだという事に気が付いた。
「う…あ……?」
一番考えたくない可能性が脳裏をよぎる。いやいや気を失っているだけだと。そうあまりにも苛烈な攻撃だったと。この戦場に来る前も連戦続きで極度の疲労を抱えていたと。そうみんなは疲れているだけ―
「気が付いてなかったのか神殺し?後ろのそいつらはもう死んでいるぞ?」
―残酷な真実を告げる。現実逃避は許さんと言わんばかりに。
「……あぁ…?」
「貴様は神殺しが付与されている分耐えきったようだがな」
理解できない。厳密には響の頭が理解することを拒んでいる。
膝を着く。この時、響の心は完全に折れた。ガングニールが解除される、まるでお前にはもう戦う資格など無いと言わんばかりに。
俯き、目の焦点は合っておらず虚ろ、魂の無い抜け殻と化していた。立花響は失敗した。人類は完全敗北を喫した。これから先人類に未来など存在しない。アヌンナキの支配の元すべてを奪われることが確定した。
今の彼女はシェム・ハに殺されるのを待つだけの肉塊。
「ふん……折れたのならばまあいい。そこで見ていろ…さぁ還るのだ5000年前のあるべき姿に」
相手は何かしらの行動に移ろうとしているが、響にはもう何も出来ない。行動を移す意思が肉体に宿らない。もう無駄なのだ。いまさら一人奮闘したところで何になるというのか。もう全てを塞いで静かに終わりを待とうと、心も考える事も閉ざしてしまおうと―
「た、ち…ばな……ひ…びき…!」
響の鼓膜を揺らす弱々しくも確かに聞こえる小さな声。ハッ!っと前を向くとそこにはぐったりとしながらも自分に視線を向けるキャロルの姿が。
「き、キャロルちゃん……」
「は、やく…手、を…取れ……!」
キャロルの必死の呼びかけに僅かだが体に力が入り、そしてのろのろと近づきその手を取ろうとする。
「貴様ら何をしている?」
シェム・ハの怪訝そうな声。
確かに神殺しの力は彼女にとって脅威ではあるが、今の心の折れた響は全くとして脅威にはならないので捨て置いていたのだ。
一方のキャロルも力を殆ど出し切っており、シェム・ハの攻撃を耐えきる事は出来ない。
この戦いは彼女の勝ちであり、生かしておくのも勝者の余裕と気まぐれというだけだ。
この状況をひっくり返す一手などありはしない。将棋ならば王手、チェスならばチェック。この詰んだ盤面をひっくり返すことなど出来やしない―
突如、金色の魔法陣が現れて響とキャロルの二人を中心に光り輝く。
「なに――?」
シェム・ハは驚いた声を出す。この状況で攻撃を?何が出来るというのだ?と疑問符しか浮かばない。
驚いたのは彼女だけではない。
「キャロルちゃん…何を……」
「……お、前が…変える、んだ……お前が…み、んなを…救うん、だ……」
息も絶え絶えといった調子のキャロル。ブツブツと話すが響は相手が自分に何を伝えようとしているのかその真意が分からない。
「ま…さか…それは……」
ここに来てシェム・ハはキャロルが何をしようとしているのか気が付いた。
アヌンナキの一柱であり。神秘ともいえるバランスを保つ生物の構造を司り、現代のプログラムを即座に理解し干渉を行った高名な頭脳の持ち主。ありとあらゆる法則を理解できる英知を持つ存在。
だからこそ気が付いたのだ。今キャロルが放とうとしている一発逆転の一手を――!
「はあああああぁぁぁっ!!!」
焦ったシェム・ハは響とキャロルに向かって飛び掛かる。さっきまでの余裕など投げ捨てて。
攻撃が接触すると同時にキャロルの魔法陣が発動した。
◎
響を突如襲う激痛。胸を切り裂かれたような鋭い痛み。背中を強打したような鈍痛。血で服が赤く濡れる気持ち悪い感覚。
ふとよみがえるのはシェム・ハが最後に放った攻撃。響は「あぁ私は死んだのか」とか「せめて天国でくらい痛みが無くてもいいじゃないか」とかそんな呑気な事を考える。
すると―
「おい死ぬなーッ!目を開けてくれッ!」
(え………?)
見知った声が聞こえる。それは何度も聞いた声ではない、人生でたった一度だけの邂逅。
響は何者かに肩を抱かれ体が起こされる。肩に置かれたその手は優しくて暖かくて。
「生きるのを諦めるな!」
「………ぁ………?」
天羽奏がいた。トップアーティスト「ツヴァイウィング」の片割れ。ニカッとした笑顔が素敵で姉御肌といった印象を与えるサッパリとした気持ちのいい人。
そして彼女は2045年現在故人。
彼女は響が生きていることに安堵したのか、緊張と疲労に満ちた顔から険が取れていく。
そしてふと立ち上がると何かを決意したかのようにノイズの大群に向かって歩み始める。
錬金術師が生み出したアルカノイズは存在するが、ここのステージには灰が蔓延している。目の前にいるのは通常のノイズなのだ。1年以上も前にシンフォギア装者6人がかりで全滅させたあの忌まわしい存在。
「…いつか心と身体…全部空っぽにして…思いっきり歌いたかったんだよな…」
(あ…あぁ…やめて………)
響はこれを覚えている。これから起きる事を覚えている。忘れたくても忘れる事など出来るはずもない突然の出会いと早すぎる別れ。
「今日はこんなにたくさんの連中が聞いてくれるんだ…だから私も出し惜しみなしで行く」
手に持っていた槍を空に掲げる。観客たちはライブ会場から既に逃げおおせて、そこには響とツヴァイウィングの二人、そしてノイズたち。
「とっておきのを送ってやる―絶唱」
その場の空気が支配される。そして紡がれる破滅への呪文、命を燃やす最後の歌。
「Gatrandis babel ziggurat edenal Emustolronzen-」
「いけない奏!歌ってはダメェェッ!!!!」
「-fine el baral zizzl Gatrandis babel ziggurat edenal Emustolronzen fine el zizzl」
(…やめてよ‼)
響は4年前の焼回しを見せられていて思う。何故自分の体は動かないのか、何故自分は無様にも見ているだけなのか。
そして思う、これは罰なのだろうかと。シェム・ハから何一つとして守れなかった自分へ、世界がお前は徹底的に苦しめと。悪夢にも程がある。
風鳴翼の血を吐くような制止の言葉を振り切りそれを唱えきる。唱えきった奏は穏やかな、そして何かから解放されたような顔をしている。
生まれる高レベルのフォニックゲイン。強力なエネルギー波はノイズたちを根こそぎ薙ぎ払っていった。
そしてふらりと奏の体から力が抜け、倒れる。翼が慌ててぐったりとした体を抱き留め、涙の混じった声を送る。しかし奏は…
奏の体は崩れ去っていった。
そして響の意識はここで途切れた―
◎
響の意識は浮上する。外は騒騒しい。廊下を走る音が絶えない。鼻にツンとつくのは薬品の匂いと清潔なシーツの洗剤の香り。
「っ…くぅ………」
響が激痛に顔をしかめながらも目を開くと、広がるのは見慣れた白い天井。ここは病院の4人部屋の一室。
何故か響はここが病院の4人部屋だと瞬時に断定した。
「わ…た、しは……?」
自分の物とは思えないかすれた声が喉から出る。何があったのか?彼女は朧げな意識の中で必死に思い出す。シェム・ハと戦いそして仲間が皆殺しにされ、キャロルと共にとトドメを刺されそうに―
(そうだっ!あの後どうなってっ!?)
シェム・ハが支配したであろう世界でなぜ自分が病院で治療を受けているのか。用意されたベット、清潔な病院服、腕や体中に付けられた点滴と電極。彼女を混乱させるには十分すぎる状況だった。
「立花さん!目を覚まされたんですね!すぐに先生を呼んでくるので待っていてくださいねっ!」
看護師とおもわしき人が、大声過ぎず、それでも興奮と歓喜しているのが分かる声が聞こえる。そしてパタパタと早歩きで病室から出ていく。
程なくして、先生が現れる。響にとっては見覚えのある顔だった。それは4年前にお世話になった人。
今も現役でお医者さんなんだな、いやでも何でまた私の担当医なんだろう、響はそんな間抜けな思考をする。
「立花響さんだね?意識はちゃんとあるかな?手術が上手くいってよかった…」
「先生、私はご両親に連絡を…」
「ああ、頼むよ。響さんはじっとしていてね、無理せず寝ていてください」
響の顔を見て、そしてベットの横にある電極モニターを確認して安堵した様子をみせる。
一方で看護師の方は病室から再び出ていく。
ここに来て響は途方もない違和感を抱いていた。おかしい何かが致命的におかしい。
◎
「響大丈夫っ!」
「響無事かっ!」
「二人とも落ち着きなさい」
「……ぁ?おかあさん、おとうさん…おばあちゃん……」
暫くすると病室に新たな来訪者が現れる。両親と祖母の声が響の耳に届く。未だに薄ぼんやりとした十全とは言い難い感覚器だが、確認できる容姿と声は響の記憶の中よりも、どこか張りがあって若々しいように感じた。何より記憶の最後にある二人よりも仲が良さそうで、そしてお互いに信じあっているような。
そもそも、前提として病院のベットの上にいる人物が大丈夫でも無事でもあるわけがないので、二人の動揺ぶりがうかがえた。
二人がしっかりと仲直り出来て良かったなと彼女は自分の現状にそぐわない思考をする。
一方で自分たちの娘の内心での動揺など気づきようもない二人は娘の手を握り良かったと涙を流す。
そして―
「響っ!目を覚ましたって!!」
「え……」
病室のドアが乱暴に開けられる。病院でのマナーなど知った事かと言わんばかりの大声。
声が聞こえる。もう失われた二度と聞くことなど無いはずの声。立花響にとって何よりも代えがたい居場所が、陽だまりが。
「な、何で…」
シェム・ハでは無い、大切な親友だからこそ分かる。未来の細かい所作、声色それは立花響の脳裏にあるそれと全く相違ない。若干風貌が幼いことを除けば。
「未来…どうして…シェ―」
シェム・ハはどうなったの?と聞こうとした瞬間響の体にそれは起きた。
「ぐ、くぁ…ひ、ひゅー……」
突如喉が絞められるような圧迫感が生まれる。ひゅうひゅうと声が掠れる。
いきなり苦しみだした響を見て、両親と未来は傍に寄り添い手を取ったり、優しく体を撫でる。そしてナースコールを使い医師を呼ぶ。
◎
響の保護者達が別室で娘の治療経過や今後の方針についての説明を受ける中、響と未来は二人っきりになる。厳密には同室の患者や見舞客が他にもいるのだが。
「…響ごめんね…わ、私がライブに誘ったばっかりに……ごめんなさい、本当にごめんなさいぃ……」
ボロボロな響を見て、目に涙を溜めながら懺悔する未来。
一方で響は目を覚ましてから時間が経ちだいぶ思考がクリアになってきていた。そして彼女は懺悔するその既視感のありすぎる光景に対して、一つの結論を出そうとしていた。
響は気にしていないと返したあとで、一つの質問を投げかける。
「未来……今日は…何年の…何月何日……?」
「え……あ…そ、そうだよね気になるよね。ごめんね自分の事ばっかりで…えっと今日はね―」
響が月日だけでなく年数まで聞くことに若干の違和感を感じたものの未来は答える。彼女の口から告げられたのは4年前日付。そしてツヴァイウィングのライブ会場で起きた事件から3日後だった。
そう立花響は過去に戻っていた。
A.賄賂