過去に戻った立花響   作:高町廻ル

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あの時とは逆みたいだ

 幼き頃から刷り込まれた防人としての生き方…なのにそれを語る祖父は国を、そして自身のプライドすら売り渡す売国奴だった。

 それは翼の持つ防人として培ってきた価値観からして許せる事実ではなかった。

 幼い頃から誰かに見てもらうため歌と共に国を守るために己を剣として鍛え続けてきたのに、それは全くの幻想であり、無駄だったと知った時のその絶望は計り知れなかった。

 いったい何のために二十年近くも心を殺して鍛え続けてきたのだろうと思う。

 

 鍛えた事が全くの無駄だったとは思ってはいない。

 この力があるからこそ多くの人の笑顔を救う事、生きている街並みを守ることが出来た。それはかつて響と街へ遊びに行った日の夕方に教えてもらった事。

 偶然にもそれはかつて奏が語った事と同じだった。

 

 彼女もかつてはノイズへの復讐心ばかりを口にしていたが、救助活動を通じて感謝の言葉を受けてから力が生み出すものには笑顔もある事を知って考え方が変わったと語ったのだ。

 当時の翼にはその言葉の意味は理解出来なかったが。

 奏が死んだことで悲しい思い出ばかりで楽しかったことに蓋をしてしまったのだが、響の言葉で楽しかったことも思い出せるようになった。

 

 それどころか響は翼が楽しい事を忘れないように一緒に覚えていましょうと言ったのだ。

 いつまでも奏!奏!と引きずり続ける翼に呆れるのではなく、引きずってもいいからこれから出会う人も大切にしてくれと全面的に彼女の生き方を肯定してみせたのだ。

 それはこれまで誰も翼には言わず、また彼女自身の中にも存在しなかった考え方だった。

 あの時に相手に語ってもらった言葉で自分のすべきことは国ではなくそこに生きる人を守る事、それこそが自分がこれまで生きてきた理由であり剣を研いできた意味なのだと再確認したのだ。

 

 だがそんな大切なことを思い出せてくれてかつ優しく導いてくれた恩人を一番苦しめているのは紛れもなく防人のせいなのだ。

 だからこそ自分の手でケジメをつけなくてはいけないのだ。

 己で手にかけなくては許されないのだ。

 

 

 依然として翼の暴走は継続している。

 状況だけ見れば敵の雑魚オートスコアラーの頭数が消えていくのはいい事ではあるのだが、このまま暴走し続ければ翼にどのような悪影響が出るのか分かったものではない。

 敵を倒し切れば次に何を破壊しだすか分からない以上はすぐさま何かしらの対応をしなければならないのだが。

 

「ど、どうすれば……」

 

 調は驚きと困惑の混ざった言葉を発する。

 それに対して皆は何をしたらいいのか分かっていなかった。

 そんな中で最初に反応したのは響だった。この世界では暴走したことは無いのだが、前の世界では何度か暴走して何とか生き残っている。

 

「経験談だけど…止めたいなら……言葉を掛けて…精神を揺さぶるとかかな……少なくとも私はそれで何とかなったけど……」

 

 確固たる自信があるわけでは無いため尻すぼみなセリフだったがそれをみんなは聞き入っていた。

 その言葉を聞いて前に出たのはクリスだった。

 

「あたしがやる」

 

 自分に任せてくれとそう言ったのだ。

 マリアはその声の主に視線を送る。ここまで堂々とした態度には何かしら勝算があると思ったのだ。

 

「何か考えがあるのかしら?」

「特にねえよ」

「ええ…」

 

 策なしときっぱりと言い切ったものだからマリアは困惑のうめき声をあげてしまう。

 正直他のメンバーもまた肩透かしを食らった気分だった。

 

「けど前にイグナイトを失敗しかけた時に引っ張ってもらったからな。次はあたしの番だってだけだ」

 

 かつてのクリスはキャロルと補給中の本部になっている潜水艇を狙われた際にエルフナインが修理したダインスレイフを内蔵した新型ギアを持ち出して戦った。

 しかし、いざイグナイトモジュールを起動させようとすると暴走に吞み込まれそうになった際に、先んじてイグナイトに成功した翼が自身の経験談を語ってクリスを鼓舞して心の中になる傷や闇を乗り越える一助になってくれたのだ。

 この状況はかつてのそれと全く逆のシチュエーションなのだ。

 だからこそ今回は自分が力になってみせると言うわけだ。

 

「あたしが先輩を止めるから、その間敵たちを倒して引きつけて近づけさせないでくれ」

 

 クリスのその言葉に皆は首を縦に振る。

 取るべき作戦は決まった。

 

 調はヘッドギアから小型のノコを飛ばして翼が殲滅していた敵たちを先んじて倒していく。

 翼はギロリと己の暴走欲求と破壊衝動を晴らす相手を横取りした相手を睨む。

 

『ウグガアアッ!!!!』

 

怒りの咆哮と共に邪魔した相手に向かって飛び掛かっていく。

 

(フィーネお願い!)

(分かってるわ)

 

 調は真正面から暴走した相手を手玉にとれるような高い戦闘スキルなど持ってはいない。

 だが体をシェアする同居人はこの世界でも有数の戦闘スキルの持ち主なのだ。

 調の顔つきが若干だが変わると薄皮一枚の間合いで翼の突撃をかわすと、そのまま回転した勢いで回し蹴りを用いてクリスの方に蹴り飛ばす。

 その隙を見てマリア、切歌、響の三人は素早く他のオートスコアラーを倒すために散開する。

 

 フィーネとクリスは倒れる翼に素早く組み付いて拘束を図る。

 彼女はは苦しそうな表情でもう片方の相手に語り掛ける。

 体術を極めていても元の体が備えている戦闘能力がそもそも違いすぎる。そう長く拘束はしていられない。

 

「クリスッ…ちゃっちゃと翼ちゃんを連れ戻しなさい…!」

 

 クリスはその言葉に頷いたのち顔を相手に近づけて語り掛ける。

 実際の所、翼を完全に抑え込めているわけでは無く暴れまわっている中で相手の手足が当たって痛いのだがそれに堪えて、相手の腕を力強く握りながら言葉を掛ける。

 

「なあ先輩…一人で暴走するしか出来なかったあたしに言ってくれたよな…『別ればかりを気にして新しい出会いから目を背けるのは』…ってさ…」

 

 その言葉に反応したのか翼の動きがピタリと止まった。確かにだが確実に言葉が通じたのだ。

 それを見て言葉を繋いでいく。

 

「だから苦しいなら言ってくれよ…これも新しい出会いだろ…勿体ないんだろ……みんなはきっと先輩の苦しさやカッコ悪さを受け止められないような…情けない連中じゃ…きっとねえよ……」

 

 それだけがクリスが今相手に伝えられる心だった。

 するとそこで真っ黒に染まっていた顔にある真っ赤になっていた瞳から涙を流していた。それは僅かにだが理性を取り戻しているという証左。

 

「先輩……」

 

 その涙を確認するクリス、その声は僅かにだが安堵が含まれている。

 すると微かにではあるのだが黒いオーラが剥げて翼の肌が見えていた。

 

「わ、わたしはっ…こうしなければ…許されない……立花に顔向けできない……」

 

 ここで翼は誰にも出さずに心に押し留めていた弱音や苦しみを表に出した。

 もう既に防人として培ってきた強さなど欠片もなくなっていた。

 

「……許すとか許さないとか…それを決めるのは間違っても先輩じゃねえよ」

「ッ!」

 

 翼の血を吐くような苦しみを聞いてクリスは間違っていると切り裂いた。

 相手はその突き放すような一言に目を見開いて硬直してしまう。

 

 クリスはかつてステファンに対して己の迂闊のせいだとして自分で自分を追い詰め続けてきた。勿論彼女がもっとしっかりとしていれば防げた事故なのは間違いなかった。

 それを痛いほど自覚していたからこそあれだけ苦しんだのだ。

 だがステファンはクリスの悩みなど何のその、そんな勝手に大事にしている悩みや苦しみなど事など知った事かと自分の足で立ち上がって前に進んでいったのだ。

 

 未来が前に響に向かって言った、積もりに積もった罪悪感を薄れさせるために謝り続けるなと言ったそれだ。

 クリスもそして翼もそして響もまた取り返しがつかない過去ばかりで目の前が埋め尽くされているのだ。

 

「過去は変えられない…けど…未来は変えられる…先輩が望んでいるものは…そんな未来じゃないんだよな?」

「わ、わたしは……」

 

 この時点で翼は既に暴走そのものは行っておらず、黒い暴走を象徴する衣を体の所々に纏った状態だ。

 正気か暴走かその狭間を行き来している。

 

「そっか……なら早くイグナイトモジュールを成功させて奴らを畳まないとな」

 

 その言葉はかつて翼がクリスに行ったのと同じそれ。

 すると黒い衣が剥げていき放出されたエネルギーが翼の体に固着されていく。

 

 

 そんな戦いの中マリア達は敵をなぎ倒していく。

 一体ごとの強さはさしたるものではないのだが何せ数が多いため、イグナイトモジュールを起動できる時間制限との戦いになる。

 

「多すぎデース!」

 

 切歌は皆が思っていた感想を代弁する。

 その言葉に装者達はいちおうに心の中で頷いたが、言霊と言う概念があるため弱音という形で外には出さない。

 

「みんなその場に屈め!」

 

 するとそこで翼の言葉が辺り一帯に響いた。

既にその声色には不安や苦しみは無く真っ直ぐ現実に向き合う力強さがあった。

 それを聞いた装者達は振り向くことなくその場にしゃがんだ。すると頭の上を通過するのは巨大な大剣。

 それは翼の生み出したものでブーメランのように地面に平行する形で回転しながらも炎を吹き散らしながら辺り一帯のオートスコアラーたちを蹂躙していく。

 その剣が通過した場所はその余波だけで森林たちを燃やし尽くして焦土へと変えてしまい、遠くにあった山々に突き刺さってそれを削ってしまい景色を一変させてしまう。

 イグナイトモジュールの持つ防御力がなければ装者達は余波で吹き飛ばされて炭にされていた。

 

「はあっー…」

 

 翼は大技を決めて息が上がっていた。

 それを心配した皆が翼の元へと駆け寄っていく。

 

「翼大丈夫!?」

「マリアか…ああ…少し疲れただけだ……」

 

 マリアの心配をしたという言動に翼は大丈夫だと少しだけ険の取れた態度で返した。

 それは前と違い強がりや不安を押し殺すそれではなく、本当に嘘偽りない心からくる態度だった。

 その二人の空間とやり取りに入ってきたのは問題の響だった。

 

「翼さん…その…よかったです……」

「立花……」

 

 響が心から心配しているのを見て翼は苦しくなる。

 彼女が闇の力に呑み込まれてしまったのには様々な理由があるのだが、その内の一つが響への罪悪感だからだ。

 

「立花…私はだな……」

「私は…別に翼さんに謝って欲しいとか…償って欲しいとか…一切考えたことはありません…」

 

 響は翼に謝らせなかった。

 そう言われて翼は驚いた顔をする。これまでずっと響は風鳴という名前すら嫌悪していると思い込んでいたからだ。

 実際に風鳴機関本部に訪れた際にはあからさまな苛立ちを見せていた。

 当時はなぜそんなに怒っているのか不機嫌なのか理解出来なかったが、響の真実を知ってすべてに合点がいっていた。

 

「だが…私は風鳴だ…立花にとっては許せる存在では無いはずだ……」

「はい。私は風鳴が大嫌いです」

『ッ!?』

 

 響は翼の一言に間髪入れずに肯定した。

 この場面でそんなことはありませんよと言っても相手は納得がいかないだろうし、既に正体はバレているし事実として嫌悪の対象なのだから偽る気はもう無かった。

 その迷いない返答に翼に限らず他の装者達も驚きの表情をする。

 響の性格を知っているものならここまでストレートな物言いはしないだろうと思っていたからだ。

 

 響は「でも…」と付け加えた上でこう言った。

 

「私は翼さんの事は好きですよ」

「え……」

 

 その好きという温かさに翼は真っ白になってしまう。彼女からすれば好かれるような生い立ちも行動もとったつもりはないからだ。

 響はそのリアクションに困った表情を作る。

 

「あー…何て言うかですね…生まれなんて意図して選べないものなんかで人を嫌いになるとかバカバカしいじゃないですか…もしかしたら相性抜群で仲良くなれるかもしれないのに…確かに翼さんと一緒にいて嫌な事や不快だったことは山ほどありますけど…それは翼さんだって同じでしょうし……同時に励ましてもらったり真剣に怒られたり真正面から向き合ってもらったりもしました…それは間違いなくかけがえのない私の財産で…って何言ってるんですかね…バラルの呪詛は無いのに……伝えたい事は沢山あるはずなのに相変わらずまとめるのが下手でごめんなさい…」

 

 響は支離滅裂気味な自身の言葉に情けないなと顔をしかめながらも最後にこう言った。

 しかし口から紡がれるものはとても暖かい。

 

「…でも…今もこうして関係が続いているのはきっと一緒にいるのが嬉しくて楽しいからだと思います」

「…………」

 

 翼は何を言ったらいいのか分からなかった。ただ黙って響の独白を聞く事しか出来なかった。

 

「えっ…へっ!ええッ!?」

 

 響は突如として素っ頓狂な叫び声をあげる。

 他の皆も声こそ上げなかったが同様に驚いた顔をしていた。

 

「ど、どうしたんだ皆」

 

 翼は他の皆が自分を見て驚いた表情を作るものだから何かおかしいのかと問いかける。

 調はいまだに何が起きているのかに気が付いていない相手に対して代表して答える。

 

「翼さん泣いてる…」

「えっ…」

 

 その指摘に翼は驚いて目元を拭うと指先が濡れていたのだ。

 

「わ、わたしはっ…っうううっ……」

 

 泣いている事を自覚すると寸前のところで押さえていた嗚咽を抑えられなくなってしまう。

 これまでマリアの前でしか弱さを見せられなかった。厳密にはマリアに対してであってでも本心や弱い部分全てをさらけ出せていたとは言い難かった。

 今ここには翼の弱さも脆さも全てを受け入れてくれる器を持った人たちしかいない。

 その安心感と暖かさからか今までしっかりと締めることが出来ていた涙腺が緩んでしまったのだ。

 そして自覚してしまったらもう止まらない。

 マリアとクリスはそんな嗚咽を漏らす翼の背中をさすっている。

 そして二人は声をかける。

 

「先輩が風鳴で悩むのは仕方ねえよ。だけど殺すのはダメだ。もし殺したらその訃堂ってジジイと同じになっちまう、それだけはダメだ。だけど一発くらいはぶん殴ってもバチはあたらねーだろ。こっちだって積もりに積もったものはあるからなっ!」

「そうね。国を防もろうと戦った高尚な戦士として死なせはさせないわ。この国を売ったテロリストとして堂々と裁くわ。ウェルのようにね」

 

 翼はここで完全に憑きものが落ちたような表情になった。その顔には涙の跡が残っていたが既に晴れ晴れとした面構えになっていた。

 するとここで響がピクリと体が震える。それに目ざとく気が付いたのは切歌だった。

 

「どうしたデスか?」

「これは…どうやら奴の方から出迎えてくるようだ」

 

 切歌の問いかけに答えたのは響ではなくシェム・ハだった。

 皆がその言葉を聞いて最初は理解できなかったがそこで思い出したのだ。自分たちがここに来た理由を。

 

「う~ん…殴るとか裁くとか…おじいちゃんをいじめるのはいただけないなぁ…」

 

 いつの間にか翼が先ほど焦土にした場所に立っていたのは響達が撃退目標と定めた存在だった。

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