風鳴訃堂邸は既に決着待ちになっていた。
そうキャロルは待ち伏せしていたオートスコアラーとアルカノイズといった敵戦力全てを殲滅して、残るは弦十郎と訃堂の一騎打ちの結果を待つだけになっていた。
幾度かの立ち回りの末に二人は家の瓦屋根の上で向かい合っていた。キャロルはファウストローブを解いてその結果が出るのをじっと見つめている。
「キャロルさん……」
「オレは止めないぞ」
緒川が何かを伝えようとするがキャロルは全く相手にしない。
その甘さが悲劇の未来を生み出したのだから。立花響という悲劇を生み出したのだから。
弦十郎は息一つ乱さず体に負傷は見られ無い。
しかし対照的に訃堂は息を乱して、持っていた得物である刀は半ばからぽっきりと折れ、服はボロボロになって既にギリギリといった感じだ。
このまま戦えばどちらが勝つのか、その結果はもう見えていた。
訃堂は愚息と罵ってきた子供が今まさに自分の命を刈り取ろうと詰め寄ってきているのを見て苛立ちを見せる。
「貴様ァ…!」
「言ったはずだ。もう俺はアンタの息子ではない」
相手の思考を読んだのか弦十郎は絶対零度言葉を発する。
その目には迷いがない。この一騎打ちで仕留め損ねる事はあり得ない。
その視線を向けられて一層顔に憤りのしわが刻まれる。
予想だにもしていなかったのだ、本気を出した自分の息子がここまでの力を発揮するとは。そして一切の躊躇もなく自分を殺しに来るなど。
すると突如としてまるで昼間かのように明るい光によって辺り一帯が照らされる。
「っ…これは……」
キャロルはこの現象に一抹の不安を感じていた。何となくだが錬金術が使われているのを察知していた。
遠くを見ると明るい一つの眩い閃光を放つ光点があった。
弦十郎はそれを見て既視感を感じる。
「まさか…あれは……」
彼は知っている。あの力はかつて風鳴機関本部を一瞬にして焦土にした一撃だと。そしてそれが今遠くで炸裂しようとしている。
考えられるのは例のオートスコアラーが放とうとしているという事だ。
「…ふはは……」
訃堂は不気味にも笑った。
弦十郎は外していた視線を己の親に戻す。この絶体絶命な状況で笑っているのが理解出来なかったのだ。
「何にがおかしいんだ」
「どうやら儂はここまでのようであるが…鬼の意思はこの国に残り続ける…だが儂の目が黒い内にシンフォギアだけは抹消出来たようだ…」
既に訃堂は己の生存を諦めつつあった。
どう足掻いてもここを切り抜ける事は出来ないと、長い時を生きて数多くの修羅場を潜って来た経験がその解答を告げていた。
◎
「あははっ…これでおーわりっと…」
十束は空高く飛びそこから見下ろしていた。
視線の先には焼け爛れた焦土があった。先ほど翼が行ったそれとは範囲も深度どちらも桁違いのスケールだった。
アダムが放った時はそもそもの目的が装者を倒すことでは無く、神殺しの情報を隠匿するため狙いが甘かった。
しかし今回の相手はそのような目的が存在しないため、逃げようのない威力と範囲で確実に息の根を止めようとしたのだ。
凶悪なのは一帯を消し炭にした一撃を放ちながらも殆ど消耗している様子がなかった。
かつてのアダムでさえ黄金錬成を使った直後は疲弊の影響から、魔力が尽きかけて体捌きにキレがなくなっていた。
「うーん…ここまで爆発しちゃうと死体を確認出来ないなぁ……」
十束はうーんと伸びをしてなんて事はなさそうな口調でそう言った。
普通であれば蒸発しているであろう一撃。いくらシンフォギアをまとっていようとも地面シミになっていると考えるのが普通の人が行き着く思考。
(あ、危なかった…)
(間一髪であるな)
響の中にいる同居人との会話。
死体確認をどうしようかと悩んでいる十束のそのまた上にいたのは響だった。
彼女の今の姿はバーニングエクスドライブとフィーネが名付けた姿。その力で飛んで緊急回避を行った。
そしてそれ以外の装者達は響にとっさにしがみついて何とか先ほどの攻撃から逃げたのだ。
響はゆっくり敵の真下まで移動すると一直線に目標に向かって自由落下の勢いに任せて突貫する。
「え…?」
突如何かが飛んでくる音がして訝しげな声を発してしまう。
航空機や戦闘用の車両の音ではない。そのようなけたたましい音は発生していない。
なら何だと上を向くとそこには捻り潰したと思っていた装者たちが皆五体満足で自分に向かってきているではないか。
「な…どうしッ!?」
何でどうしてと口にしようとする前に装者たちの攻撃が直撃して発言する事を許さない。
吹き飛ばされて地面に思いっきり叩きつけられる。そのあまりの勢いに地面が地割れを起こす。
普通であればこれで終わり。そう、普通であれば。
攻撃を加えて地面に着地をした響たちだが、相手が起こした土煙の方を注視する。そして段々と煙が晴れるとやはりそこにいるのは無傷で立ち上がる十束だったのだ。
やはりこれといったダメージを与えることが出来ない。
「いやー…驚いたよ、まさか無事だったなんてね…そう言えばあなたのその姿の事忘れてたよ」
相手は不意打ちを食らったばかりだと言うのに呑気なテンションでそう言った。
やはり命のやり取りをしているこの場面に相手のそれはとてもそぐわない態度だった。
「まあでもその力を使ってなお私は倒し切れないみたいだね?」
その一言に皆が顔をしかめる。
現状意図して起こせる力で最大級の火力を発生させることが出来るのはこのバーニングエクスドライブだったのだ。
その一撃を持ってしても回復してしまったのだ。
「もうあれしかねえぞ……」
クリスは苦々しそうな顔で言った。
事前に敵が強力だった場合に想定していた戦法。それは六人がユニゾンをした状態で絶唱を重ねるというものだ。
そんな事をすれば皆が無事では済まない。だからこそ最後まで取っておいた最後の一手だったのだ。
だが誰一人としてその奥の手を良しとはしていない。
仮に世界を救ったとしても、そこにみんなが無事で居なければ意味が無い。
「じゃあ今度こそ終わりだね?」
十束はそう言うと再び中高く飛び上がって掌を空に向かってかざす。再び黄金錬成を使う構えだった。
エネルギーを改造されたチフォ―ジュシャトーから半永久的に補充できる十束からすればいくらでも連発可能な力だ。
先ほどは響のバーニングエクスドライブを想定していない攻撃だったが、今度はそれ込みで撃とうというわけだ。
先ほども巨大な一撃だったが今度のはそれ以上の被害を出すのは想像に難くない巨大な炎の球体が生み出される。食らえば今度こそ終わりという一撃。
マリアはそれを見て慌てて警鐘を鳴らす。
「次が来るわよ!」
「でもっどうするデスかっ!?」
切歌は半ば錯乱しながら問いかける。
先ほどの攻撃ですら逃げる一途しかなかったというのにこれから叩き込まれるのは回避すら困難な攻撃。次も響の力で逃げられる保証はない、そもそもS.O.N.G.には退路がない。
「ッ…!…あっ…えっ…?」
すると突如トドメを刺そうとしていた相手がうめき声をあげる。
そして生み出していた火球がみるみるうちに小さくなって消滅した。
「どうしたんだ…一体何が起きた…?」
翼は怪訝そうな表情で呟いた。
敵がここで情けを掛ける理由が無かったのだ。
何故か攻撃を停止した、考えられるのは何かしらの外的な要因で力の供給がストップしたという事だ。
『響聞こえる!?』
彼女の耳に聞こえたのは未来の声だった。
その声色に感極まってつい大声で反応してしまう。
「未来!?無事だったんだね!どこにいるのっ!」
『今はチフォ―ジュシャトーにいるんだよ』
未来は通信越しにそう言った。
◎
「あ…ぐっ…くうっ……!」
未来は呻きながら地面に倒れこんでいた。
彼女は敵を巻き込んだ自爆攻撃で何とか脅威こそ退けたが持っていたギアペンダントも合わせて消滅してしまった。そのため着ていた服ごと消滅してしまい、また戦いの疲労がここに来て一気に溢れ出して立ち上がれなくなっていた。
(早くしないと…とにかくチフォ―ジュシャトーにっ……)
そう思うのだが体が思うように動かないのだ。
ギアをまとう事により副次的に付与される装者の体への守護そして補助機能が切れているため、それまで遠ざけてきた痛みと疲労が一気に襲って来ていた。
ここでするべきは本部へ連絡を取る事だが端末の類は全てギアと共に破損してしまっていた。そしてここでの激戦の影響でカメラの類が復活するのもそれなりの時間がかかると思われる。
すると未来の耳にざっざっと何かを踏みしめる足音が聞こえる。
「あら…こんなところで地面にキスしている子がいるわね」
「あなたは…どうしてここに……」
未来は顔を少しだけ上げて声をかけてきた相手を確認する。それは予想外の人物だった。
「ヴァネッサ…さん…どうしてここに……」
ノーブルレッドのヴァネッサだけでなくエルザとミラアルクも目の前に現れた。
未来の驚き混じりの呟きに答えたのはミラアルクとエルザ。
「べっつにーただあのクソジジイに一泡吹かせないとこのムカつきが収まらないだけなんだぜ」
「そうでありますね、あのクソジジイが悔しがる姿が見たいのであります」
どうやら二人は受けた仕打ちに対して相当頭に来ていたらしい、それは当然ではあるのだが。
未来はリーダー格のヴァネッサに聞いたわけで、二人に問いかけたわけでは無かったが答えが返ってくる。
最後にリーダーであるヴァネッサが答える。
「そうねー大体は二人と同じかな…あとは…あの時の答えをね……」
彼女はそう答えながらも同時にある事を思い出す。
『お前たちは世界全ての人に自分たちを受け入れてくれないとその目で見て確認したのかよ?』
『つーか、神の力を使って世界を脅かそうとしたのに受け入れてくれないって……そりゃ受け入れねーだろ。逆の立場だったら拳銃をこめかみ突き付けられて笑顔で仲良くしましょうとか言われれたら相手に笑顔で返せんのかよ。そもそも自分の生まれや境遇を免罪符にして、甘ったれんな』
『そんでもう一度聞くが…これからどうするんだ?お前たちは今何がしたいんだ?』
あの時クリスが問いかけたその数々の内容が耳から離れない。
決して雪音クリスの信念や考え方全てがこの世界の人々に通用して心を強く揺り動かせるものでは決してない。
だが少なくともあの時彼女は強く揺り動かされた。
その後、起きた二人と話し合ってもその問いかけへの明確な答えは出なかった。
だからこそもう一度戦場に出て見聞きして、そしてクリスに再会した時に胸を張れる何かを求めてここに来たのだ。
◎
「ノーブルレッドの三人に連れてきてもらってシャトーを停止させたんだ」
未来は現場で戦っている装者たちにそう言った。
ちなみに服はヴァネッサのライダースーツを借りている。股がギリギリ隠れてこそいるが普通に不審者だった。
内部にいた護衛用のオートスコアラーやアルカノイズはそこまで数はおらず、なんとか退ける事は出来た。
「そうか…それがお前たちの答えなんだな……」
その話を聞いてホッとしたようなのはクリスだった。
実は不安で仕方がなかったのだ。
彼女自身も経験したことだが立花響の言葉は不器用で上手いワードをチョイスはしていないがそれでも相手に通って染みる。
それは彼女にとって一つの憧れだった。
その想いがあるからこそノーブルレッド、そしてヴァネッサに慣れないながらも説教じみた事をしてしまったのだ。
クリスのその行動は間違いなく相手を動かす一助になっている。凝り固まった心を解きほぐせた。
「そんな…まさかあんな奴らに…一杯食わされるなんて…」
そう言ったのは十束。その表情は苦悶に満ちていて悔しそうだった。
これまで相手の無敵性を誇ってきた高速修繕と埒外物理。だがその片翼がへし折られた今優位性は完全に失われた。
もはやガングニールの神殺しを受ければ簡単にその体は砕けてしまう。
「響さん今だよ!」
「この為の神殺しデース!」
調と切歌が声をかける。
その言葉を聞いて響はバーニングエクスドライブの力をまとった勢いのままに飛び出す。
「うおおおおっ!!」
その掛け声とともに拳が握られて敵を打ち砕くグーの形を作る。
一瞬で拳が当たる間合いにまで近づいて撃ち放つ。その拳は見事に相手の顔面に吸い込まれて直撃。
頭部が見事に砕けて吹き飛ばされる。確実に攻撃が当たった手応えがあった。
「終わったの…?」
マリアはあまりにも呆気ない敵の最後に自信が持てないのか周りに聞いてしまう。
十束の頭部は見事に砕けていて倒れており完全に沈黙している。
翼はそれを見てもポツリと呟く。
「これで醜悪な防人の願いも潰えた」
いまだに現実感こそ無いが、徐々にだが戦いが終わった事を自覚し始める。
クリスはある事を思い出してそれを口にする。
「つーか早くオッサンの所へ行こうぜ。さっさと訃堂ってじいさんをとっちめないとな」
その一言に皆が頷いてもう片方の目的を果たそうと歩き出す。
「まだ勝った気になるのは早いんじゃないの?」
『ッ!?』
背後からかけられたその言葉、そして声色に皆は慌てて後ろを向く。
そこには体が完全修復された十束が立っていた。しかしその姿は先程までと変わっていた。
鎧を纏っていた。
それはかつてクリスとフィーネが纏った完全聖遺物。
「何で…ネフシュタンの鎧が…?」
響は呆然とした表情で言った。
それを見て苦々しい表情をする調。
「そういうことね…成る程…何処までもやってくれる…」
調ではなくフィーネだった。
翼はそれを見て得心がいった様子の相手に問いかける。
「櫻井女史…何か心当たりが…?」
「……考えられるのは私が死んだ直後に砕けてカケラになったであろうネフシュタンを秘密裏に回収したんでしょう」
『成る程ね…それをシンフォギアやファウストローブの技術で応用したと…』
答えたのはフィーネだけでなく未来も目の前の現象が何なのか気がついたようだ。
かつての彼女はシンフォギアとファウストローブのハイブリッドギアを作成した経緯がある。だからこそ敵のオートスコアラーがその力を使ってもおかしくはないと思い至ったのだろう。
「おー…大正解っ!」
敵は相変わらず呑気なテンションで口を開く。
それとは対照的に戦場の空気はとてつもなく重い。一難去ってまた一難。
あの鎧の厄介さは元二課のメンバーは嫌というほど知っている。
それをアダムのデータを手本にして作られたオートスコアラーがまとう。それがどれほどを災厄か想像するのも恐ろしい。
「えへへ…凄いでしょ?」
皆が苦渋の表情をするのを見て楽しくて堪らないといった感じで十束は言う。
まるでドレスを着たのを見せるかのようにその場でクルクル回って自分のまとう衣装を見せつける。
「もう無限のエネルギー供給は無いわ。サプライズには驚かされたけど倒せない相手じゃないわ」
口を開いたのはフィーネ。
これまで敵の優位性を確立してきたチフォージュシャトーは既に未来やノーブルレッドの活躍によって沈黙している。
先程まで装者たちを苦しめてきた高速修繕や黄金錬成を使える回数には限界がある。そして埒外物理はガングニールで封殺可能。
勝負の天秤は間違いなくS.O.N.G.側に傾いているはずなのだ。
しかしそんな事は相手も気が付いているはずなのに何処か余裕そうな笑みを手離さそとしない。
何かしらの秘策をまだ持っているのか、そもそも計算や算段が出来ないのか、不安そうな顔をするプログラミングがアダムと違ってそもそも書き込まれていないのか。
「ッ!」
響は不安を打ち消すように短く気合を入れて飛び込んで行く。
指を丸めて相手を殴り飛ばす握り拳の形にする。そして勢いそのままに殴り飛ばす。
「へっ……」
飛んで行った相手を見て殴った本人は驚いた声を上げる。
こうも簡単に当たるとは思っていなかったのだ。相手は防御姿勢や回避行動のどちらも取らなかった。
十束は空中で姿勢を制御して足で着地して立ち上がる。
よく見ると先程殴られた頬にひびが入っており、そこがみるみる直っていく。ネフシュタンの鎧に付与されている回復機能だ。
埒外物理は無効化出来てもガングニールにネフシュタンの鎧の回復機能を無効化する術がない。
響はそれを見て苦々しい表情を作る。それを見て十束は楽しそうな笑みを作る。
しかしそこで、
「焦るでない…完全聖遺物でない以上は無限に駆動する事はない」
口を開いたのはシェム・ハだった。
宿主の中にいる以上は響の不安は全て筒抜けになるため、安心させるために出てきたのだ。
マリアは自分に向けられた言葉ではないがそれを聞いて、
「とにかく神殺しが無くても攻撃を当てれば疲弊させられるはず!手をこまねいているわけにはいかないわよ!」
その一言に皆が首を縦に振って頷きアームドギアを構え敵に向かって突撃する。
「まーそうするよねー…でもそれを想定しないわけじゃあ…ないんだよなー…」
追い詰められつつあるというのに相手の表情には憐れむような、無知を嘲る様なそれがあった。
すっと右手を目の前にかざして何かを掴むかのような構えを取る。すると何も無かったはずなのに突如その手に柄が握られていた。
そして握ったそれを思いっきり振りまして装者達をほとばしるそのエネルギーで吹き飛ばした。
その一撃はまるで抗う事を許しはしない暴風かのようで成すすべなく吹き飛ばされてしまう。
「まさかそれは……」
吹き飛ばされたクリスは上体だけを上げて己を吹き飛ばした相手を見る。その瞳には剣が握られていた。
そう、デュランダルが握られていたのだ。
「何故…その剣を持っている…」
翼は思った疑問をストレートに問いかける。
それはかつてフィーネがカ・ディンギルの動力源として使われて、ひびこそ入って本来のスペックを出せなくなったが貴重な聖遺物として二課、そしてS.O.N.Gの預かりだった。
その後長らく死蔵されていたが、キャロルとの戦いで窮地に陥ったシンフォギア装者たちがエクスドライブに至る為に必要な大量のフォニックゲイン確保のために使用して砕けたのだ。
そう砕けた。完全に消滅したわけではなく欠片になったのだ。
ならばネフシュタンの鎧の様に再利用したのではなかろうか。
「おいおい……って事はあの無限に等しいエネルギーも再現てか…?」
クリスはあって欲しくないといった感じで問いかける。
勿論あって欲しくない嫌な予感は的中する。
「ふっふっふー…ネフシュタンの鎧にデュランダルのエネルギー!まぁチフォージュシャトー程じゃないけど十分強いんだよ?」
敵は嬉しくてたまらないといった感じで話す。
先程よりは弱体化しているわけだが装者にとっては最悪な状況に変わりない。
「ど、どうするデスか…?これ以上はイグナイトが保たないデス…」
「切ちゃん機密を喋っちゃダメ」
切歌の迂闊な発言を素早く調は嗜める。
制限時間を口にするなど愚の骨頂ではあるのだが、それでも言いたくなるのはその場にいる皆が共感していた。
足止めのアルカノイズやオートスコアラー達を相手にして、そのまま十束と戦ってきたのだ。既にイグナイトモジュールを展開できる時間が無くなりつつあった。
暴走を利用する力は闇に飲み込まれるリスクだけでなく、限られた時間制限というリスクも内包していた。
「んじゃそろそろ終わらせるね?」
十束は再度剣を掲げて力を充填する。
それはフォニックゲインだけでなく、腕輪から発生する神の力もミックスした一撃。
いくらシンフォギアの防御能力でも、そして神殺しでも防ぎきれないと装者たちは肌でピリピリと感じるオーラで察していた。
(どうすれば……)
響は考える。
(どうすればいいのっ…!)
考えても考えても答えが出ない。
ガングニールの防御力ではたかが知れている。神殺しならば腕輪の力は防げるが、デュランダルのエネルギーは防ぎきれない。バーニングエクスドライブを使っても受け止めることも、その場から逃げる事も叶わない。
今の響にはこの状況で生き残る為の手札が無かった。
(我の力を受け入れば良い)
(!?)
ふと響は真っ暗な何も無い空間の中にいた。
厳密には目の前に白く輝く女性がいたのだ。声でこそ何度も聞いたが、その姿を見るのは初めてだった。
目の前には白く長い髪を携えたアヌンナキであるシェム・ハが立っていた。
(ち、からを…?)
(そうだ。我の力を使えばあのオートスコアラーを倒す事など赤子を捻るより容易い)
響が何を言いたいのか分からないと言った言葉に対して、特に苛立つわけでもなく説明をする。
本来のアヌンナキの力であれば確かに苦戦している敵を畳むことなど容易いだろう。
しかしだ。
(でも……シェム・ハさんの力は神殺しで封じられてて…)
響が申し訳なさそうな感じで答える。
それを聞いて相手はピクリと眉を跳ね上げる。
相手が明らかな不機嫌なオーラを醸し出したのを見て、響は肩を窄ませて俯いてしまう。
(神殺し…か……しかしだな…ガングニールには本来神殺しは備えられておらぬ。あるのは神を恐れ拒絶する者達が長年かけて積み重ねた呪いの積層だ)
(呪い……)
本来神を貫くが出来るのは、かつてイエスキリストを貫いたとされるロンギヌスという槍だ。
ガングニールは槍ではあるが神を殺す伝承そのものを初めから備えているわけでは無いのだ。
だが多くの人間が神という存在を恐れて、神を殺せる退けられる概念を欲した結果、ガングニールという強力な力を込められた槍に神殺しという哲学が無理矢理付与されたにすぎないのだ。
(立花響…貴様は我を恐れ遠ざけようとしているだろう)
突然の一言に呆然としてしまう。
そして何とか返すのだがハキハキとした言葉が出てこない。
(……あ…なに…を……)
(分かる。この体を共有しているからこそ貴様の抱いている恐れが常に伝わるのだ……)
それは当然の話だった。
響は前の世界ではシェム・ハによって一番の親友も辛さや嬉しさも共有して来た仲間たち全てを奪われたのだ。
その相手が常に傍にいて、何の恐怖も感じずに受け入れろと言うのが土台無理な話だったのだ。
(神殺しはアヌンナキを恐れ遠ざけようとする概念。であるならば今貴様の抱いている恐れもまた神殺しが宿る事を助長している)
世界中の人間の恐れだけでなく、響自身の恐れや恐怖もまた神殺しとして顕現している。相手はそう言ったのだ。
だからこそシェム・ハは響の体を乗っ取れないし、埒外物理といった神の力を取り上げられている。
(わ、わたっ!私はっ……)
(我を…信じろとは言えん…が…貴様が守りたいものを間違えるな…)
その言葉によって想起されるものはS.O.N.G.の皆や学校の友人に家族の顔が自然と浮かんだ。
(私が…守りたい…もの……)
彼女はもう二度と失いたくはないのだ。その為に今日まで必死に戦ってきたのだ。
その為なら何だってする。恐怖だって乗り越えてみせる。
だから覚悟は決まった。
響の意識がシェム・ハの誘った空間から戻ってくると目の前にはデュランダルから放たれる力の奔流があった。まさに今十束が溜め込んだ一撃を振り下ろしている最中だった。
他の装者達は出せる遠距離技を繰り出して必死に対抗しようとしているのだが、あまりの出力差であるため意に返さない。
それを認めて響は意を決して攻撃に向かって一直線に飛び込んでいき真正面から攻撃を受け止める。
「っておいっ!?何してんだよっ!!」
一見無鉄砲にしか見えないその行為を見てクリスは叫んでしまう。
しかし響には狙いがあった。
『Gatrandis babel ziggurat edenal Emustolronzen fine el baral zizzl Gatrandis babel ziggurat edenal Emustolronzen fine el zizzl』
「絶唱……」
「何をする気デスか!?」
調と切歌は呆然と驚愕といった感じで声を出す。
いくらバーニングエクスドライブであってもフォニックゲインと神の力をミックスした一撃を受け切れるとは思えなかったのだ。
「あっ…っ…ぐうっ…!」
響は苦悶の声を漏らしながらも力の奔流を押さえつけていた。
この世界ではフィーネとの一戦で、前の世界ではキャロルの力を利用した様に、外的要因によるシンフォギアの機能の開放を狙っている。かつてフィーネの時の様に、そして前の世界ではキャロル相手に行った。外的なフォニックゲインからのシンフォギアの機能解放を狙っているのだ。
思い出されるのはかつて旧リディアン校舎でフィーネと対峙した時にカ・ディンギルの砲撃を絶唱を唱えて押さえつけたあの一幕。
その時の響は決して跳ね返そうとしたり、弾こうとはしなかった。ただ考えていたのは力を受け入れて融和を図る。
彼女の心には確かにシェム・ハを恐れて遠ざけようと拒絶する心があるのだ。
だけど今だけは受け入れて前に進まないといけない、いやかつての怨敵であっても理解しようと手を伸ばして踏み込んでいくのが立花響だ。いつの間にかトラウマばかりが心を占めてその事を忘れてしまっていた。
「一体何をしようと……」
攻撃を真正面から受け止めに行くという無鉄砲な行動に呆然といった感じの十束。
すると先程まで迸るエネルギーを発していたデュランダルから力が抜けていく。
「これは……」
マリアはそれを見て響が行なっている事を朧げながらに理解した。
フォニックゲインならまだしも神の力すら絶唱特性で奪っているのだ。しかし神殺しを宿しているガングニールの力を考えればあり得ないはずの光景。
二つの力が混じった攻撃は神殺しが邪魔をして、上手く収束そして吸収は困難になっているはずなのだ。
それ以前に敵の攻撃は個人でどうこう出来る量を超えているはずなのだ。かつての響はカ・ディンギルの砲撃を解け止めきれずにダメージを受けている。
しかし今の彼女は真正面から受けていても、苦しそうな声こそあげてはいるがしっかりと二つの足で踏ん張って受け止めている。
エネルギーを吸収しきった響の体が強く発光したかと思うと銀色の閃光が辺り一帯に迸っていった。