「えっ…へ…あっ…?」
銀色の光の奔流を呆然と見ている十束。
光の中に向かって攻撃を加える事は当然可能だった。だが機械の身である彼女でも、直感で最大限の悪寒と危機感を覚えた。
相手が自分の今出せる最大級の一撃を裁き切ってみせた響をただ見やる事しか出来ない。
光が止むとそこには当然ながら響が立っていた。
その姿は当然ガングニールのシンフォギアをまとっているのだが少しだけその意匠が異なっていた。
まず全体的に黄色もしくは橙色のボディースーツや装甲が銀や白色になっていた。
そして彼女の髪は白色に変貌している。
なによりその表情は少しだけ冷たさを感じる無表情になっている。
『……響なの…?…それとも……』
未来はそれを見て最初に口を開いた。
その顔や佇まいは立花響その人である事は間違いないのだが、その姿はあまりにもかけ離れていたため不安になって問いかけてしまったのだ。
「……うん、私は…立花響でもあって…シェム・ハさんでもあるよ」
響は自分は消えていないと、ここにいるよとそう言った。
未来はその回答を聞いてホッとしたような漏れるような息遣いをする。またそれを見て聞いていた装者達も同様にホッとしたような表情を作る。
「よ、よく分からないけど大丈夫なのよね…?」
「あ、ああ…どうやら立花と問題なく話せるようだ」
マリアと翼は攻撃から生き延びた事と響が無事だったことを確認し合う。
ここで十束は自分が完全に蚊帳の外にされているのを感じて声をあげる。
「ふ、ふーん!…よく分からないけど耐え切ったみたいじゃん」
「…………」
「ッ…!」
しかし無言で響は瞳を向ける。
彼女はその何もかもを飲み込むような虚無を感じさせる瞳に射竦めされて体が強張ってしまう。
人形とはいえ人間のプロトタイプであるアダムのデータを流用されているため、第六感や本能と言うべきものが存在しているのかもしれない。
響は緩慢な動作で敵に向かって掌を向ける。
それを見て戦場にいた面子全員が何をしようとしているのか分からないといった感じで見つめている。
そして手をグッと握るとそこには引きちぎられたと思われる腕が握られていた。
「なにが……」
クリスが目の前で何が起きたのかまるで分らないといった感じで間抜けな顔を晒してしまう。他の装者たちも大なり小なり同じ感じだ。
しかし一人だけはそうはいかない。
「えっなにっ!何なのっ!?」
その叫び声は十束だった。
慌てて装者達はその声の主を見ると左腕が根元から引きちぎられて焦ってもう片方の手で押さえている場面だった。勿論、その体は機械なので血が出なければ痛覚が通っているわけでも無いが。
十束の肩口が光り始めるとみるみるうちに引きちぎられていた腕が再生していく。それはネフシュタンの鎧が持つ再生機能。
「相手に使われるとこうも憎たらしいとは…」
それを見てフィーネは苛立たしそうに唸る。
かつての自分と相対した二課の面々はこのような気持ちだったのかと。
響を除いた面々が苦々しそうにしているのを見て、何とか気持ちを立て直した相手は強気な笑みを浮かべる。
「ふ…ふふっ…どんな手品を使ったのか知らないけど…倒せないと意味ないねぇ…?」
「ほう?いまだに置かれた戦力差も自覚せず…口のネジが緩むか」
相手のその軽口に応えたのはシェム・ハだった。
いまだに勝てると思っている相手を内心あざ笑っており、言葉の節々に滲み出ている。
「ッ…何なのよ…あんたは……」
この戦いに入ってから何度か顔を見せる、響の中にいる誰かに笑われて不快そうな表情を作る。
相手が苦々しそうに唸っているのを見て、響は足の裏に力を込めて思いっきり飛び出していく。それはまるで砲弾のようで一気に距離を縮める。
手を握り拳の形に変えるとそのまま敵に向かって突き出していく。
「なっ…!」
あまりの速度に驚き、そして咄嗟に腕をクロスして防御を図る。
その腕に響の拳が吸い込まれる。叩きつけられたその勢いを殺し切れずに相手は後ろに向かって吹き飛ばされてしまう。
「あれは何デスか!」
切歌は遠くに飛ばされた相手の手を見て驚いた声をあげる。
「な…ななっ…!」
十束もまた自分の腕の感覚に違和感を感じて見やると信じられない光景が映っていた。その衝撃で体が震えてしまう。
響に殴られた部分が銀色に変色していたのだ。厳密には銀そのものに変換されていた。
それはかつて前の世界で装者達を苦しめてきたアヌンナキであるシェム・ハが得意とする元素の強制的な組み換え。
「くっ…グッ…!…直らないっ…!」
十束はいつまでも光り輝いて修復しない己の両腕を見て焦る。
そんな目に会わせた張本人はそれを見ている。
「次で終わりにするよ」
響は驚いている皆や相手を前にして言い切った。
「ッ!ふざけないでよね…!」
相手はその宣言に対して怒り極まりないといった感じで吠える。
そして同時に自分の銀になった腕を思いっきり太ももに叩きつける。一度では何も起きないが二度三度叩きつけると銀にひびが入ってついに壊れてしまう。
壊れた先から光り輝いて完全に修復される。
「私は負けないもんね!おじいちゃんのためにも!!」
「そう…それでも次で終わり」
相手の行動、そして口上を聞いても響の表情に揺らぎは一切ない。
既に勝利に対して絶対の確信を持っている。
「ッ…!…うわあああっ!!!!」
覚悟の決まっている相手の瞳を見て十束は頭に血が上ったのか、剣を上段に構えて怒りのままに真っ直ぐ突進してくる。
しかし響は相手の振り下ろした剣を紙一重でかわすとカウンター気味に胴に向かってブローを加えてくる。余りにも強力な一撃はめり込むのではなく、その体を貫通してまう。
「あっ…!…ガハッ…!」
相手は想定を超えたその一撃を前に後ろに向かってたたら足で後ずさってしまう。
しかし何とか立ち止まって敵意を込めた目で攻撃してきた相手を見やるのだが、気が付くと目の前に響が立っていたのだ。
「……これで終わり」
響は緩慢な動作で十束の両肩を力強く掴む。
すると触れた先から銀色が人形の体を侵食していく。それはじわじわ巡る毒のように少しずつだが全身に回っていく。
「あっ…あ…そんな……」
「…………」
ただ呆然と理不尽を受け入れる事しか出来ない相手に対して、少しだけ痛ましそうな瞳で響は見ていた。
そして表情に恐怖が刻まれた、悪趣味な銀の銅像が生み出された。もう既に機能は完全停止をしている。
それを生み出した張本人は触れていた肩から手を放してじっと見て言った。
「もうこれで二度と動き出すことは無い…」
それは響なのか、それとシェム・ハなのか、もしくは両方か。とにかく響の姿をした誰かが勝利を宣言した。
「今度こそ…本当に…終わったんだよね…?」
調は恐る恐るといった感じで切り出す。
先ほどまで何度も二転三転としたため、まだ何か敵に策が残っていると思ってしまうのだ。
『…うん…後は風鳴訃堂だけだと思うけど……』
それに答えたのは未来だった。
少なくとも彼女の把握している範囲では風鳴機関に手札は持っていないはずだった。
「そうか…終わったな……」
クリスはいまだに背中を見せて何かを考えている風な響に声をかける。
訃堂には弦十郎とキャロルがいる以上は負けているビジョンが浮かばないのだ。
それを聞いて先ほどトドメを刺した十束から視線を切って背後に視線を向ける。無表情気味なのは相変わらずだったが、少しだけ目元に柔らかさが滲んでいるように見える。
それは全てをやりきって肩の荷が下りた事への安心感か、シェム・ハへの恐怖心を克服した事による精神的な成長が見せたものか。
「うん…これが最善で最高の結果だったのか私には分からない…けど、こうしてみんな無事だからきっとそれはいい事なんだろうね……」
響はクリスの言葉に対して一瞬十束の絶望に染まった表情を思い出して苦しんだが、それでも気丈で綻んだ笑みを見せた。
ついに響はたどり着いたのだ。過程や内容はともあれ神の力を抹消して、装者達全員を生存させることが出来るこの選択肢をつかみ取った。
少しだけ弛緩したその空気の中、本部のオペレーターから焦った声の通信が入る。
『み、みんな!早く司令の所まで急いで!!』
「ど、どうしたのですか…?」
友里の焦った声に翼は驚いて詰まった声を出してしまう。
皆もまたその切羽詰まった声に何事かと再び気を引き締めなおす。
キャロルがいて窮地に追い込まれたというのだろうか。だとすれば既にかなり消耗しているシンフォギアでは荷が重いのではないのかと不安が辺り一帯を支配する。
しかし伝えられた情報はそんな予想から外れた情報だった。
◎
『立花の事も月読の事も…そして祖父の事も…私はどうしたらいいのか分からないのだ……』
『翼……』
『だがもし、風鳴機関が黒幕と決定づけられたら……私の手で身内の恥は……』
『翼っ!?』
『ッ!』
―誰だ、一体誰なんだ。誰が翼をここまで追い詰めているんだ。
トレーニングルームの中で話し合っている翼とマリアのそんな悲痛な会話を弦十郎はその部屋の外から盗み聞いていた。
そもそも盗み聞きするつもりはなかったのだが、ふと漏れた二人の声、そんな重苦しい雰囲気を出している二人を見てしまい、つい足を止めて隠れて聞いてしまったのだ。
翼は風鳴の家にこそ生まれたが、他者を切り捨ててでも目的に対して邁進できるような非情な精神性は一切持っていない。
かつて天羽奏がノイズの襲撃によって親を失い復讐に燃えていたのを見た時、思ってしまったのだ『この子は使える』と。
親がおらず孤児だった子供は、当時動物実験しか行えずに難航していた装者の量産計画の一つ、リンカー開発の投薬実験対象に丁度良かった。
天羽奏は翼よりは低いながらも凡人よりは高めのフォニックゲインを偶然にも内包していたのだ。実験をするならば僅かでも装者としての適性がある方がいい。
だからこそ優しい言葉と復讐の機会を与えると言う甘言で相手をマインドコントロールした。
本気で天羽奏の事を考えているのであれば異端技術には近づかせない。
風鳴翼は生まれた環境のせいで戦闘訓練やアブノーマル経験こそ積んでいるとはいえ、心にある核、柱とも言える部分はただ純粋で優しい少女なのだ。
その事を弦十郎は誰よりも理解していて、分かっていながらもシンフォギアを扱う装者としての才能があるがゆえに無理矢理戦わせてしまっている。
翼が愛に飢えており他者から認められたい、居場所が欲しいという強い欲求を利用して戦闘兵器として鍛え上げ、そして利用して来た。
それは彼の罪だ、これまで頑なに目を逸らしてきた。風鳴訃堂といったい何が違うと言うのだろうか?
口では装者達を大事に、そして人権やその人の選択を重視しているように言いながらも、その裏では逃げ道を入念に塞いで異端の敵から国を守るために利用して来た。
―そうか……俺のせいか……
これまで心に誤魔化しを掛けてきた靄が晴れて、彼は自分の罪深さを直視してしまった。
それは致し方のない事だったのかもしれない、ノイズという超常現象に抗えるのは櫻井了子が発明したシンフォギアシステムだけ。それを扱える才能を持った風鳴翼は絶対に手放してはいけなかったのだ。
もし仮に真剣に彼女を大事に思っているのなら、奏が亡くなって気落ちしてしまった翼に対して優しく慰めるなり、いつまでもメソメソしている彼女を厳しく叱責をするなりしなければいけなかった。
当然彼はしなかった。
理由は単純、翼が分かった風な口をきかれたり、説教をされてもう言う事は聞かないとヘソを曲げてしまってはいけなかったからだ。
結果として翼に寄り添い、そして前に進ませるきっかけを与えたのは響だった。
彼以外の人物が同じ立場に置かれたとしても、絶対に同じような行動を取る。
それは致し方のない事なのかもしれないが、行ってきた事をそうやって割り切れるほど風鳴弦十郎は己を簡単に納得させられる人物ではなかった。
この時彼の中で理想に勝る覚悟とも言える思考が僅かにだがポツリと生まれた。
目の前でキャロルは響の歩んできた壮絶な人生を口にしていく。
誰もがその悲惨な半生を聞いて絶句してしまう。何を言えばいいのか、どう声をかければいいのか誰もが分からなかったのだ。
弦十郎はキャロルの発する言葉を聞きながらも、視線はどんどん顔色が悪くなっていく響を見ていた。
まるでここは法廷で、罪を暴露されているかのように彼女は俯いて所なさげにして苦しんでいる。
彼女は黙って裏であれこれ暗躍していた事を許されない罪科だと感じている。
―違う…響君は何も悪くない…悪いのは……
弦十郎は痛ましい気持ちで目の前で今現在進行形で起きている悲劇を見ていた。
立花響は何も悪くなかった。
ただ友達に誘われてツヴァイウイングのライブを楽しんでいただけの、小さな嘘すらまともにつけないほどに純粋で優しくて、それでいて誰よりも傷口に敏感で傷つきやすいただの女の子だ。
いや、ただの女の子だった。少なくともシェム・ハに親友も仲間も皆殺しにされて全てを失う直前までは。
何故響の人生はそうなってしまったのか。その最初の切っ掛けはあのライブ会場での悲劇だった。
あの一件によってガングニールの破片が体に埋め込まれて装者になってしまい、二課に目を付けられる切っ掛けになったのだ。
それ以前にライブ会場で生存した人間へのバッシングによって、自分の自尊心を幼いながらに深く傷つけられてしまった響は自分の命をまるで投げ捨てるかのような無謀で捨て鉢な生き方をするようになってしまった。
そして父親は娘のバッシングが飛び火して社会から抹殺されかけて蒸発をした事も彼女を深く傷つけた。
生来の気質もあるとはいえ、結果として人助けを積極的にして他者からの肯定を強く求めるようになったのだ。
生存者のバッシングの理由は生き残った人や遺族に多額の補償金が支払われたことに起因している。
補償金、これはライブ会場に多くの人を集めて利用したという、自分たちの勝手な実験によってノイズに対応できずに被害を出してしまった弦十郎が罪滅ぼしの為に兄の八紘に頼んだことによって可決された方策だった。
今思えば己の罪悪感を薄れさせたいだけの自己満足にすぎない勝手すぎる政策だった。
しかし同時期に発行されたゴシップ誌の内容によると、一万人以上の死者の中には将棋倒しのようにして人同士の争いや生き残るために我先にと争って亡くなった人がいると発表された事が擁護や攻撃へとその風向きを変えてしまったのだ。
本当に弦十郎、ひいては風鳴機関に悔恨や反省の思いが真剣に存在するのであれば、全ての事情を説明して多くの被害者とその親族に対して真摯に頭を下げるべきだった。
だがそれをするには国にとって最高機密であるシンフォギアを発表しなければならず、またそれによって生まれそして雪崩れ込んでくるであろう世論のバッシングが必ず二課や風鳴機関の存続を危ぶむと考え、自分たちの身と組織の保身を優先してしまった。
結果として取ったのはだんまりを決め込むというもの。
そもそも前の世界でシェム・ハが復活したこと自体が風鳴訃堂、風鳴機関の勝手な願望が暴走した結果、彼女の親友の小日向未来を拉致して勝手に利用したせいなのだ。
なのに響はツヴァイウイングの一件を含めて全てを知ったうえでそれらの事を一言も漏らさなければ責める事もしない。必死に理性を働かせて抑え込もうとしている。
もし復讐に走ってしまえば、これまで戦った敵のように同じことの繰り返しになってしまうからだ。
負の連鎖は自分が受け止めると小さなその身で必死に耐え忍んでいる。
響の人生が転がり落ちた切っ掛けを作ったというのに都合よく二課やS.O.N.G.の下で戦わせるなど、そんな勝手な事が許されるわけがない。
翼も響も傷つき血を吐きながらその身を切って戦っているというのにいまだに弦十郎は自分の親を手にかける事に迷っている。
すると彼の心の片隅にいる自分が語り掛けてくる。
『いつまで返り血一つない綺麗なままでいるつもりだ?』
囁いてくる。その手を汚せと。
もう逃げる事は許されない。
もう目を逸らす事は許されない。