「イチイバルだと!」
指令室は騒然としていた。突如現れたアウフヴァッヘン波形を観測してモニターに表示される。そこには「Ichii-Bal」と表示される。
「アウフヴァッヘン波形検知!」
「過去のデータとも照合完了!コードイチイバルです!」
「失われた過去の聖遺物までもが渡っていたのか」
◎
今のクリスはこれでまで通りにはいかないぞと響は気合を入れなおす。
これまでのクリスはネフシュタンの鎧を使いこなせているとは言い難かった。
鎧はその気になれば約38万キロ先まで鞭を伸ばせるとはいえ、基本的に高い防御力と回復力が売りの近中距離の近接型だ。対してイチイバルはゴリゴリの遠距離型。戦闘スタイルが根本的に違うのだ。
鎧の方が性能は間違いなく上だが、慣れないスタイルではクリスの実力を十全に引き出せてはいない。
格闘術の達人が突然コンバットナイフや拳銃を与えられても簡単に戦闘力は上がらない。手に馴染まない武器は逆にその人の足かせになってしまう。
「歌わせたな……」
「…………」
「あたしに歌を歌わせたなァ……教えてやるッ私は歌が大っ嫌いだ!」
赤が基調のドレスのような装いになったクリスが憎しみ滴る声で言う。
基本的にクリスのイチイバルは矢、銃弾、ミサイルをお構いなしに連射してくる、面で圧倒するタイプ。しかも基本的に弾切れしない。
両手に片手ボウガンがそれぞれ生成され矢型のエネルギーが連射される。すぐさま響はダッシュで横に逃げる。
逃げた先をガトリングガンで追撃してくる。かわすには厳しい間合い。響は咄嗟に全力で地面に拳を叩きつける。一方でクリスはこれでもかと響のいた場所に撃ちまくる。響とクリス両名が起こした土煙が吹き荒れる。
「やったか……?」
撃つのをやめる。かわせる間合いではないとはいえ、今までの響のしぶとさから自分の攻撃に自信が持てない。土煙が晴れるとクリスの攻撃で穴ぼこだらけになっているが、よく見ると1つだけ大きな穴が生まれている。
「死ぬかと思った……」
その穴からひょこっと響が土で汚れた顔を出す。咄嗟に拳であけた穴に逃げ込んでいたのだ。
「お前はモグラかよ!?」
「私はモグラじゃない!響だよ!」
「ちげーよ!私が指摘したのは固有名詞じゃなくて種族名だ!」
苛立って突っ込むクリス、調子は上がっている。
ぱかっとスカート型のミサイル発射ポッドが横に開く、そこには大量の小型ミサイルが充填されているのが分かる。
(うわきたあっ!)
辺り一帯を吹き飛ばさんと無茶苦茶に連射する。さらにガトリングガンもプラスして。
距離を取るのはイチイバル戦ではご法度だが、小型ミサイル相手に遮蔽物の無い場所にいるのは好ましくない。それを分かっていてクリスも撃っている。
響は林に向かって退避する。容赦なく吹き荒れるミサイルの雨と弾丸の嵐。
「ちょちょちょちょっとお!」
悲鳴を上げる響。何発かは木に当たり防ぐが、流石に全てはかわし切れない。
響は咄嗟に手足の装甲にエネルギーを集中させて、体を丸め防御に全ての力を注ぐ。ミサイルと銃弾が直撃する。致命傷は避けるがダメージは受けてしまう。
「はぁ…ぜぇっ……」
後先考えず全力を出したためクリスの息が上がる。
土煙の中は物音ひとつ聞こえないので逆に不気味だった。ミサイル相手では穴を掘って避けるのは考えにくい。仮に爆風が穴の中に入れば避けようのない衝撃波を食らってしまうからだ。さすがにダメージは通ったはずだと考える。
すると林があった場所に頭や体の随所から血を流している響を見つける。若干だが頭が斜めに傾いている。また体も若干ふらついている。しかし体は倒れていないし、じっとクリスを見ているのでまだ戦闘継続は可能だ。
「お前……あたしの今出せる全力を耐え切ったのか…………」
呆れたような畏怖するような声を発する。
すると突然クリスに向かって飛んでくる巨大な剣が。しかし前と違って翼の援軍は常に頭の中にあったので難なくかわす。
炸裂音と強力な振動が辺りを埋め尽くす。
剣の上に立つ、翼が響に声をかける。
「立花、大丈夫か?十全ではない体で無理は通すな。選手交代だ」
「……すみません、助かります」
翼の到着に響はクリスの説得タイムが終わった事に気がついた。
翼は視線をクリスに向けて、
「それはイチイバルか」
「アンタもおいでなすったかぁ?」
シンフォギアの正体が割れている事に動揺はない。
「ネフシュタンの鎧が散乱している、それにその口調貴様が中身だな」
「アンタに喋り方をどうこう言われたくねえっ!」
翼は辺りを見回して鎧のパーツが散乱しているのを見て言う。
クリスは苛立って剣の上にいる相手に銃弾をばら撒く。それを剣から飛び降りてかわす。一直線にクリスに向かって走り出す。銃弾が体を貫かんとするが、かわせない分は剣を生み出して銃弾を逸らす。
そのまま切りかかるが相手は何とか後ろに下がって体勢を立て直そうとする、しかし翼は響のように後ろに下がって攻撃に備えるヘマはしない。慌てず近距離ダッシュで距離を詰めて相手に立て直す隙を与えない。
距離を開けられない事にクリスは焦りだす。近距離ではミサイルは自分も爆風の餌食になるため使えない。
また翼は左右にステップを踏みながらクリスを翻弄してくる。そんなに単純な話ではないが振るワンアクションで攻撃できる剣と違い。銃は銃口を向けて撃つツーアクションが必要になる。近接戦闘において剣と銃では絶望的なスピード差がある。
現状のクリスは翼の剣劇に銃身を盾にして防ぐのが精いっぱい、自らの攻撃のリズムに入れない。とっさに思い切って銃身を振って翼を軽く後ろに飛ばす。距離が出来たここしかない!と銃弾を撃ちっぱなすが、翼は軽やかに飛んでクリスの背後に着地する。イチイバルは背後をピンポイントに攻撃できる技が存在しないため慌てて背後を向くが、そんな事など織り込み済みと下段斬りをガトリングにぶつけてそれを跳ね上げる。
「うわっ!」
クリスが驚いた声を出し、一瞬視界から翼を外す。気が付いた時には背後に回られ、肩に剣を添えられる。
「翼さん!その子は……」
響が翼に懇願の色のある声をかける。
「分かっている」
「チッ!」
戦場の中で舐められたことに舌打ち、そして響の言葉で一瞬弛緩した空気を読んで銃を剣にぶつけて弾き返し距離を取り翼に向き合う。距離は7メートル、アメノハバキリの前では一瞬で詰められる距離だ。
(刃を交える敵じゃないと信じたい……10年前に失われた第2号聖遺物の事もたださなければ……)
クリスと翼の向き合う姿はまるで西部劇のガンマンの決闘。お互いに体の僅かな動きを見逃すまいと集中力を研ぎ澄ましている。いつ再戦の火ぶたが切られてもおかしくない緊張感。
だが戦いは余計な茶々が入った事で唐突に終わりを告げる。
突如上空に現れた飛行型ノイズがクリスに襲い掛かる。
「なにっ……」
銃をピンポイントで破壊され一瞬何が起きたのか分からなくなる。そしてとどめだと最後の1体が彼女に襲い掛かり―
「っ!」
響は彼女を襲うノイズに体当たりを仕掛けて倒す。そのままの勢いでクリスに倒れ掛かる。
「立花!」
「お前何やってんだよっ!」
庇った響に2人は驚きの声を出す。翼は2人を守る形で剣を構える。
「何となくこうしなきゃいけない気がしたから……」
クリスの疑問に簡潔に答える響。響にはクリスを守るのに特別な理由は存在しない。
「バカにして!余計なおせっかいだッ!」
クリスは信じられなかった、響のそれは無償の優しさで彼女が信じたくても信じられないものだ。フィーネは自分が使えなきゃ愛してくれないから。
そんなクリスの思考を読んだかのように声が響く。
「命じたことも出来ないなんて……あなたはどこまで失望させるのかしら」
戦っている内に海沿いまで移動していたため海の見える丘の上にそいつはいた。ソロモンの杖を持つフィーネだ。金髪にサングラスをかけている。
「フィーネ……!」
(フィーネ……?終わりの名を持つもの……)
翼はその姿を認めると警戒を一層強める。
「こんなやつがいなくたって!」
響の体を突き放す。抵抗できず突き飛ばされる。病み上がりではさすがの響も限界が近い。
「戦争の日種くらい私一人で消してやる!そうすればあんたの言うように人は呪いから解放されてバラバラになった世界は元に戻るんだろう!?」
「ふぅ…………」
クリスの言葉に対して溜息をつく。お前には失望したと。
「もうあなたに用はないわ」
「ッ!?な、何だよそれ!!」
冷徹な一言に苛立つクリス。
響はそのやり取りを二重の意味で痛ましく思った。1つ目はクリスが信じていた者に見限られた事、2つ目はフィーネのその努力は無駄でしかない事だ。後者に関しては言えないのがもどかしい。
フィーネが右手をかざすと辺りにばら撒かれたネフシュタンの鎧が彼女のもとに集まっていく。
響は退散しようとするフィーネに向かって言う。
「あなたの好きなようにはさせません……みんなの為にそして…………なによりあなたの為に…………」
「…………」
「私も翼さんも…そして2課の皆さん……そしてクリスちゃんも…舐めてると足元をすくわれるのはフィーネさんあなただ……」
響の明確な宣戦布告にフィーネから余裕の笑みが消える。サングラスと逆光でハッキリとは見えないが射殺さんばかりの勢いで響を睨みつけている。長年一緒に過ごしたクリスはここまでフィーネが負の感情をあらわにするのを初めてみたため目を白黒している。
フィーネはそんな響の宣戦布告を真正面から受け取ったのちノイズを操作して、襲い掛からせる。しかし翼の敵ではなく一刀両断のもと始末されるがそのころには海の先に飛んで逃げた。
「待てよ……フィーネッ!」
「クリスちゃん……行っちゃダメだよ……」
響の制止を無視してクリスは慌てて追いかける。
「……逃がしたか」
翼の悔しそうな声。
そしてギアを解除し俯く響をチラリと見て。
(立花……お前は何者なんだ…………)
先ほどフィーネとただならぬ関係を見せた少女。今までなあなあにしてきた疑問がここに来て再燃した。
◎
「反応ロスト。これ以上の追跡は不可能です」
「こっちはビンゴです」
モニターに写るのは2年前の新聞記事。とある少女の失踪事件を扱ったもの、そう雪音クリスだ。
「あの……少女だったのか……」
弦十郎の悲しそうな表情。
◎
簡易的な治療を終えて響は翼と了子と共に指令室に到着する。ガーゼや包帯が痛々しい。
「響君!全く……なぜ病室を出た?あとでちゃんと病室に戻すからな!」
響は一泊空けて、
「何となくですけど……外に出たらあの子……クリスちゃんに会える気がしたんです……勝手なことをしてごめんなさい……」
「……まあいい……翼に響君、2人とも無事でよかった」
響は素直に頭を下げる。心配させたことは事実だ。
ミーティングは響の体力を考えて、今日あった内容を話し合い、共有して、齟齬が生まれないようにすり合わせるに留まった。
◎
「何でだよ……フィーネ……」
雪音クリスは夜の街をあてどなく歩き回っている。フィーネの事を考えるが同時に響の言葉が脳裏から離れない。
『ねぇクリスちゃん、こんな戦いもうやめようよ…ノイズと違って私たちは言葉をかわすことが出来る。ちゃんと話をすればきっと分かり合えるはず……だって私達同じ人間だよ!』
『……そっか…………勝手だったけど約束は守ってくれてありがとう』
『クリスちゃん……行っちゃダメだよ……』
思い出す度に胸がモヤモヤする。そして締め付けられるのだ。
(アイツ……クソッ………)
どうしたらいいのか分からない、いや何をすべきなのかは何となくだが分かっているのだ。だがそれをすると自分の決意と過去の行動が否定されるようで怖いのだ。
ふと周りを見るとベンチに座って泣いている女の子とそのそばで立っている男の子がいる。
クリスの中の正義の心が燃え上がる。彼女は弱い者の味方なのだ!
「弱いものをいじめるな」
「いじめてなんか無いよ……妹が……」
「うわぁぁぁん」
さっきよりも激しく泣き始める妹。
クリスはぐっと高く上げて言う。
「いじめるなっていてるだろうが!」
「うっ」
殴られると思ったのか咄嗟に手で顔を覆う兄。
「お兄ちゃんをいじめるな!」
妹が殴るのをやめて庇いだす。
どうも上手くいかない、クリスは手をおろすと、
「お前が兄ちゃんからいじめられてたんだろ…?」
「違う!」
「はぁ?」
兄から説明が来る。父と別れてしまった事、探し回ったが妹が疲れて泣き出した事、つまりは迷子だった。成り行きでクリスは迷子の世話をする事に。
兄妹の手を取り夜の繁華街を歩くクリス。
現代では迷子になっている子供を助けようと声をかけただけで通報されたり、最悪逮捕される事例がある中でここまで付き合おうとするクリスは良心のある人物だ。
仮に同じ年齢の男性なら110番通報だが。
「--―――」
「……」
「な…なんだよ?」
クリスは妹子にじっと見られてどうしたのかと聞く。無意識に鼻歌を口ずさんでいたのだが本当に無意識で気が付かなかったのだ。
「お姉ちゃん歌好きなの?」
「歌何て大嫌いだ……特に壊すしかできない私の歌は……」
歩き回ると父親らしき人物と遭遇する。仲の良さそうな家族を見てクリスは一つ質問する。
「そんな風に仲良くするにはどうすればいいのか教えてくれよ」
兄妹は一瞬何を言ってるんだ?といった表情をする。すると妹が兄に抱き着くと、
「そんなの分からないよ。いつも喧嘩しちゃうし」
「喧嘩しちゃうけどいつも仲直りするから仲良し!」
◎
櫻井了子は2課本部内の自分用の研究室にいた。
頭から離れないのは響の言葉。
『あなたの好きなようにはさせません……みんなの為にそして…………なによりあなたの為に…………』
『私も翼さんも…そして2課の皆さん……そしてクリスちゃんも…舐めてると足元をすくわれるのはフィーネさんあなただ……』
お前はどこまで知ってるんだ?私に何を求めているんだ?そんなことを考える。
仮に「フィーネ=桜井了子」だと知ってる場合、何故それを風鳴の人間に話さないのか、これが理解できない。弦十郎や2課の連中はまだ了子の正体を掴み切っていない。
仮に自身の思想に賛同するシンパなら何故ことごとく邪魔をするのか、これが理解できない。
フィーネ本人ではなく背後にあるアメリカを狙っている?もしかしたらアメリカ側が情報を漏えいさせているのか。
もしかして鎧、剣、杖を狙っているのだろうか。
答えはフィーネに死んでほしくないなのだが、彼女は決して答えなど出ない思考を重ねていく。
◎
数日後、響は退院をして学校に復帰をした。
教室に入ると、
「立花さんあの翼さんを助けたって本当!?」
「翼さんとお近づきなれたって!」
「翼さんと毎回病院でよからぬことを……」
3人に話した嘘が変に広まってしまっている。響は事態の収拾に追われることに。
真面目にノートを取る響。学校の授業は病室で教科書とノートを持ってきてもらい継続していたのでついていけていた。
一方で先生は響を指摘したくてうずうずしている。今日の響は真面目さんモードなのでボロは出しません。
比較的平和な学園生活を満喫する響であった。
◎
フィーネは自身の隠れ家で苛立ちを隠せない口調で電話を受けていた。アメリカの出したボロが2課に捕捉されつつある。自身にたどり着かれるのも時間の問題だからだ。
するとそこにクリスがやってくる。
「あたしが用済みってなんだよ!もういらないって事かよ!?あんたもあたしの事物のように扱うのかよ!!」
頭を抱えながら慟哭する。
「頭んなかぐちゃぐちゃだッ!何が正しくて何が間違っているのか分かんねえんだよっ!!」
フィーネはクリスを煩わしそうな表情で一瞥して、受話器を置く。
「あなたといい……立花響といい……どうして誰も私の思い通りに動いてくれないのかしら…………」
そう言ってソロモンの杖を向けるとノイズ達を召喚する。それは明確な拒絶、あなたはいらない子。
その時クリスの脳裏に浮かぶのは、
『クリスちゃん……行っちゃダメだよ……』
彼女はこれを予期していたというのか。
咄嗟にイチイバルのペンダントに手をかける。それを使うという事はフィーネから手を切るという事だ。歪んだ精神の持ち主ではあったが、日本に帰国して以降自分を育てた存在を……
クリスは泣きそうになる、いや涙が既に滲んでいる。
「さすがに潮時かしら……」
「え……」
「前に立花響を刺した時、その時からあなたはダメになったわ」
フィーネの発言にクリス脳裏には吹き出す血とそれを浴びる自分の生臭い匂いがフィードバックする。
「そうねぇあなたのやり方じゃぁ……争いをなくすことなんて出来やしないわ。せいぜい1つ消して新たな火種を2つ3つ増やすだけだわ」
「アンタが言ったんじゃないか!痛みもギアもアンタがあたしにくれた」
ここに来てクリスはフィーネに利用されていたんだと理解した。
「私の与えたシンフォギアをまといながらも毛ほどの役にもならないなんて……そろそろ幕を引きましょっか?」
フィーネの体が発光していく。クリスは目の前で起きている現象に驚愕する。
「な……」
「私もこの鎧も永久に不滅…未来は無限に続いていくのよ?」
光が弾けるとそこにはネフシュタンの鎧が装着された彼女が。
クリスは気が付いた、自分の時よりも鎧が明らかに力強い波動を放っていると。
「カ・ディンギルは完成しているも同然…デュランダルも起動した事だし…あなたに固執する理由も無いわ……」
「カ・ディンギルそいつは…………」
相手の意図の分からない固有名詞に呆然とする。
合図と共にノイズたちが一斉にクリスの命を刈り取らんと突撃してくる。とっさに横に飛んでかわす。
「あぁ…そうだわ……あなたの鎧を装着したデータには助けられたわ……感謝してあげる」
「畜生……ちっくしょう!」
クリスの慟哭が虚しく鳴り響く。