ソロモンの杖護送の任務を請け負った響は気合が入っていた。前の世界とは違い今回はウェル博士の自分勝手な承認欲求を止めてやると。具体的にはノイズを発生させたら即拘束して懐に隠した物証を抑えてやろうと画策している。
例にもよって未来に起きる事を話せない体質のため先んじて防げないのは辛いが、これなら人的被害は防げる。
F.I.S.にとってソロモンの杖はまさに生命線。実際に追ってから逃げたり、少ない人員をカバーするのに多用していた。それを失えば交渉のテーブルに着かせるのはそこまで難しくない。あの組織は杖前提で計画を立てている。
そして何より彼女らはカップ麺を御馳走だとのたまう超貧乏テロリストなので、はなから長期戦は想定してないはずだ。
仮にネフィリムがどうしても必要だとしたらボロボロになったデュランダルを使えばいい。この世界ではデュランダルは完全に消滅はしていない。2課の仮本部に安置されている。つまり餌には困らないのだ。
それなのにだ。護送列車は平和そのものだった。
「いやールナアタックの英雄がこんなに可愛いレディだとは!」
「…………」
「…………」
響は戸惑っていた。何故にノイズが襲ってこないのかと。
クリスは戸惑っていた。何だこの気持ち悪い男はと。
響はクリス、友里、ウェルの三人で列車の一室に座っていた。一瞬たりともウェルの怪しい挙動を見逃すまいと監視していた。
さっきから彼は激しい身振り手振りで装者2人に話しかけていた。一瞬でも懐の不自然な膨らみを見せたらアウトだというのに。
何故か上機嫌なウェルの話を聞いていたら護送任務が終わってしまった。ノイズは襲ってこなかった。
◎
友里が任務達成のハンコを押す。これで任務は本当に無事に終了なのだ。
「これで搬送任務は完了となります。ご苦労様です」
「ありがとうございます」
友里は朗らかな雰囲気で向こうの代表と握手を交わす。ノイズのケースは既にウェルの手を離れて基地の隊員の手に渡っている。他者の手に渡ればそう簡単に強奪する事は出来ないはずだ。
しかし響の表情は冴えない。それが気になったクリスは。
「なーにしけたツラしてんだ…まさかノイズや刺客と戦いたかったとか言うんじゃないんだろうな?」
「そ、んなわけないじゃーん、クリスちゃん!」
―クリスちゃんの指摘の通りなんです……
バリバリ戦う気満々でこの任務にやってきたのでバツが悪い。ついどもってしまう響。
ちなみにクリスはこの任務には並々ならぬ思いがあるはずだ。かつてフィーネの言葉を鵜吞みにしてソロモンの杖を発動させ、多くの人の人生を狂わせた負い目を今も感じているからだ。
すると駄弁っていた2人にウェルが話しかける。
「そういえばお二人は英雄についてどうお思いですか?世界がこんな状況だからこそ僕たちは英雄を求めている!そう―」
穏やかな表情から一転して狂気に顔が染まる。
「-誰からも信奉されるっ!偉大なる英雄の姿をっ!!」
「英雄なんていりませんよ」
ウェルの語りに対して響はあっさりと返す。ウェルは驚いて目を見開いている。否定の意味を込めた反論をされた事とそれが一瞬でが来たことに。
「人には守りたいものがそれぞれあって、それは英雄なんて人に守ってもらわなきゃいけないわけじゃないと思います。誰だって立ち上がっていいんです。英雄なんていりません」
「…………」
昔の響はシンフォギアをまとえる事、誰かの為に力を使える事、そして自身の身を削る行為に一種の優越感を感じていた。自分は特別なんだと。過去に体の侵食が悪化して命に関わる状況でも何故か死ぬ恐怖よりも力が使えない恐怖の方に焦ったのだ。
ウェルが一瞬不快そうな顔をする。否定というのが受け入れられないのだろう、それは見方を変えれば確固たる自信と持論を持っているとも言えるが。
彼は悪足掻くかのように質問をする。
「…………実際、響さんはノイズ召喚事件やルナアタックの主犯を打ち取った英雄ですよね?」
「英雄かどうかはともかくそうですね。でもノイズと戦いたいならシンフォギアがなくても、避難誘導でもいいです、後方でオペレーターになってもいいです、災害後に被害者の方に対してボランティア活動をしてもいいです。シンフォギアの有る無しは手段の1つに過ぎません、それにこだわる必要性はないですから」
相手のあがきに対して響はこれだけは譲れない持論を展開する。
前の世界の響はシンフォギアが無くても小さな女の子を助けるためその子を抱きかかえて逃げた。それはシンフォギアに比べたら小さな行いでしかないのかもしれないが、確かにそれは戦いだった。
気に入らない思想なのかウェルは不愉快そうに唇を噛んでいたがすぐ紳士な仮面をつけ気を取り直して、
「……皆さんが守ってくれたものは僕が必ず役立ててみますよ」
「頼んだからな……」
彼の発言にクリスはそう応える。
朗らかにそういうが響はやはり信じられなかった。彼は脳みそでも改造したのかと。
響はずかずかとウェルに歩み寄り白衣を手にかけると、
「ちゃーんとネタは上がってるんですよ!!」
そう言ってバッ!っと彼の装いの白衣を剥いだ。
そこには彼が下に来てる濃い緑のシャツしかなかった。杖はない。
「え…………?」
何が起きたのか分からない響。だって前の世界で彼は懐に隠していたと公言していたのだから。
『……………………』
辺り一帯が静まり返る。この小娘なにをしているんだ?と……
「すみませんウェル博士!!」
友里がすぐさま謝る。大人として、そして響たちの責任者として当然の判断だ。
◎
「おい何やってんだこのバカ!」
「響ちゃんどうしたの?」
「ごめんなさい……調子が悪いみたいです」
怒られアンド心配。バツの悪い響。謝罪と言い訳を行う。まさか懐にソロモンの杖を隠し持っているのを知ってましたとは言えない。
「あ、この時間なら翼さんのステージに間に合いますね!」
話題の切り替えを図る響。2人はとりあえずこの話は一旦保留にしてくれるようだ。友里が口を開く。
「2人が頑張ってくれたから司令が東京までヘリを出してくれるそうよ」
「じゃあ行きましょう!」
響は大きな声でもうこの話題は終わりにしましょう!という意思表示をした。
肩透かしだったが無事ならそれでいい。フィーネの死に方が変わった事で未来が変わったのだろうと考えた。響は後ろ髪を引かれる思いでその場を後にした。
響のその考えは間違ってはいなかった、確かに未来は変わっていたのだ。ただしフィーネのせいではなく響の行いのせいで。
ところ変わってヘリポートに着く3人。
いざ東京へ!となったところで友里の持つ2課から配給されているPCから緊急連絡が来る。彼女はメールを開くと、
「えっ!」
「どうしたんですか?」
「なんだよ?」
驚きの反応に怪訝そうな響とクリス。
「すぐさま戻ります!」
「お、おいどうしたんだよ?」
流石にただ事ではない様子に心配になるクリス。
友里は決定的な一言を発する。
「ウェル博士が行方不明!そしてソロモンの杖が紛失したそうよ!」
「あ……?」
響は血の気を失った。何かの歯車がずれた。
◎
『はい、死傷者や建物に被害は出ていないのですが。行方不明者の中にウェル博士の名前があります。そしてソロモンの杖もまた……』
「そうか……分かった。急ぎこちらへ帰とうしてくれ」
『分かりました……』
急いで事件のあった現場に戻った友里から通話を受けた弦十郎。
通話が切れると藤尭が推測を口にする。
「今回の襲撃……やはり何者かの手引きによるものなのでしょうか……証拠を何一つ残さず瞬時に屈強な軍人6人を気絶させた手腕……明らかに計画的犯行です」
「…………」
彼の推測に誰も答えを出せなかった。ただ何かが始まる予感だけはした。
◎
緒川は本部からの連絡を受けていた。
「状況は分かりました。それでは翼さんを―」
『無用だ。杖の紛失で装者の手をいちいち煩わせる訳にはいかない。それに言えば今日のステージを放り出しかねない』
「そうですね。ではそちらにお任せします」
本部との通話を切る緒川。それを見計らい翼が椅子から腰を上げて声をかける。
「司令からはいったい何を?」
「今日のステージを全うして欲しいと…………」
「はぁ……」
その回答に翼は呆れたといった感じで立ち上がり手を組む。
「眼鏡を外したという事はマネージャーモードの緒川さんではないという事です!自分の癖くらい覚えておかないと敵に足元を救われ―」
「お時間そろそろでーす、お願いしまーす」
「あ、はい!今行きます!」
スタッフに説教を中断されて慌てて返事をする翼。説教キャンセルでこの場が微妙な空気になる。
「あ…………」
「傷ついた人の心を癒すのも風鳴翼の大切な務めです。頑張ってください!」
「不承不承ながら了承しましょう……詳しいことは後で聞かせてもらいます」
最後に忘れんぞ!と言う意思表示を付け加えて翼は会話を打ち切る。
◎
F.I.S.の実質的な指導者であるナスターシャ博士はネフィリムの卵のモニタリングとライブ会場の中継を監視していた。すると通信が入る。
『ナスターシャさん、ウェル博士を連れてきました』
「ええありがとう。やはりあなたは頼りになります」
◎
日本の歌姫風鳴翼と海外の歌姫マリアのデュエットライブ。会場のボルテージは最高潮だ。特にマリアはチャートに入って数ヶ月で既に全米に名をとどろかせている世界的有名人だ。
2人の装いは白と黒で分けられていてとても映える。手には西洋の剣を模したマイクを握っている。
会場は2人の歌姫の熱唱で盛り上がる。
一曲歌い終わると、トークタイムに入る。翼から口火を切る。
「ありがとうみんなっ!私もいつもみんなと沢山の勇気を分けてもらっている!だから今日は私の歌を聞いてくれる人たちにっ!少しでも勇気を分けてあげられたらと思っている!」
翼の熱い口調と誇らしげな顔はその言葉に何一つとして嘘が無い事を物語っている。するとマリアも負けじと口を開く。
「私の歌を全部世界中にくれてあげる!振り返らない!全力疾走だっ!ついてこれる奴!ついてこいっ!」
この女かなりの小心者のくせに無理してど偉い口上を述べている。
しかし彼女の内心とは別に世界中が感動と熱狂に包まれている。やはり人目を引く容姿と歌を兼ね備えている。
「今日のライブに参加できた事を感謝している。そしてこの大舞台で日本のトップアーティスト風鳴翼とユニットを組み歌えたことを」
「私も素晴らしいアーティストに巡り合えた事を光栄に思う」
2人ががっしりと握手を交わす。会場は当然マックスボルテージ。日本とアメリカの若きスターの共演だ、否が応でも盛り上がるだろう。
「私たちは世界に伝えて行かなきゃね、歌には力があるって事をね」
「それは世界を変えていける力だ」
マリアは一瞬寂しそうな表情をしたのち翼から視線を外してステージ全方へ歩いていく。
「そして……もう一つ」
翼が怪訝そうな表情をする。予定にはない行動だからだ。マリアはバッっと腕を開くと突如ノイズたちが発生した。
『うわああああっ!』『キャアアアッ!』など多種多様、バラエティに富んだ悲鳴が発生するがその全てはノイズと言う人類の天敵への恐怖からくるものだ。
翼の脳裏にはあの日の記憶がフィードバックする。
マリアは恐怖に叫ぶしか出来ない人達をみて、
「……ぅろたえるな」
ぽつりと自分だけに聞こえる、それも自分に言い聞かせるように言う。そして
「狼狽えるなあぁっ!!!!」
その声はステージと観客席に響き渡り、空間を支配する。観客たちはしん…っと静まり返る。
◎
二課では、
「ノイズの出現反応多数!場所はクイーンオブミュージックの会場!」
「なんだと!?」
部下の報告に驚く組織の長。
目の前に起きた事に驚くことしか出来ない。
◎
ナスターシャ博士は手間取り、また煮え切らなそうなマリアに多少モヤモヤしながらもやっと計画が始まることに内心安堵する。
「遅かりし……ですがようやく計画を始められます」
『でもマリアはそこまで非情になれないと思いますけど……私もリザーブで行きましょうか?』
「いえあなたは今回ギアを既に使っています、連続での使用は体の負担が大きすぎます。それに出来ればあなたの存在は隠しておきたいですので。いざと言う時は調と切歌を行かせます」
◎
ノイズに怯えながらもその場で待機する観客たち、まさに蛇に睨まれた蛙。
装者の二人は急いでヘリで現場に急行している。
「了解です。装者二名と共に状況介入まで40分を予定。事態の収拾に当たります」
本部からの連絡に応える友里、通信が終わると2人に指示を飛ばす。
「聞いての通りよ。お願い」
『はい』
2人はライブ会場の中継を見ながら、
「またしても操られたノイズ……」
クリスは憎々しげに答える。
ソロモンの杖が狙われた事とライブ会場がノイズを利用して占拠された事が全くの無関係とは思えないというのは全員の共通見解だった。
しかし響は、
(どうなってるの?誰がソロモンの杖を盗んだの?何が起きてるの?)
身に覚えのない事が起こる。
自分の知らないところで何か取り返しのつかない事が起きているような気がしていた。
◎
翼はノイズに包囲されているためその場でギアペンダントを確認する。それは翼の首にしっかりとかかっている。
「怖い子ねぇ、この状況にあっても私に飛び掛かる機をうかがっているなんて……でもはやらないの、オーディエンスたちがノイズからの攻撃を防げると思って?」
「くっ……」
マリアの発言に翼は憎々し気な返事しかできない。言外に告げている、ここにいる観客たちは人質だぞと。
「それに……」
そこで翼から視線を外しステージに設置されているモニターに目を向ける。
「ライブの映像は世界中に中継されているのよ?日本政府はシンフォギアについての概要は公開しても、その装者については秘匿したままじゃなかったかしら?ねぇ風鳴翼」
そして私はお前の正体を知っているぞという明確なアピール。
「甘く見ないでもらいたい。そうとでも言えば私が鞘走る事をためらうとでも思ったかっ!」
翼はマイクを向けてマリアに返す。その言葉はノイズで人質を取るなら、私はシンフォギアでお前を人質にとるぞという事だ。ただこの作戦には重要かつ致命的な要素が欠けているのだが。
「あなたのそういうところ嫌いじゃないわ……あなたのように…誰かが誰かを守るために戦えたら……」
そこで悲しそうな、そして翼が眩しくて見てられないといった風に視線を落とす。
「世界はもう少しまともだったかもしれないわね…………」
「…………なん、だと…マリア・カデンツァヴナ・イヴ……?貴様はいったい?」
翼は今現在進行形で優位を取っている自分とは思えないため不審に思う。
しかしすぐに調子を取り戻したようで、
「そうねそろそろ頃合いかしら?」
マイクを口に向けて吠える。
「私たちはノイズを操る力を持ってしてこの星すべての国家に要求するっ!」
「世界を敵に回しての口上!?これはまるでっ……」
宣戦布告。そして、
『Granzizel bilfen gungnir zizzl』
黒いガングニールをまとうマリア・カデンツァヴナ・イヴがそこにはいた。黒いマントを携えて。
「私は……私たちはフィーネ!そう、終わりの名を持つものだっ!」
うすうす…