過去に戻った立花響   作:高町廻ル

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ようこそ、異端の世界へ

 響の足取りがつかめなくなってから一週間の時間が過ぎていた。

 立花家はここで学校に退学する意向を伝えたのかこの日の朝になってから響が一身上の都合により転校した事が伝えられる。

 その噂は瞬く間に学校内に伝わった。そもそもあのイジメ、いやそんなオブラートな言葉で包むのは良くないのかもしれない、イジメではなく器物破損や暴力罪なのだから。

 

 その日の放課後、未来は俯きながら廊下を歩いていた。

 するとそこでかつて響の事を人殺しだと殺人犯だと追い詰めたグループを見つけてしまう。

 

「あはは……」

「そんでさー」

 

 未来は見てしまったのだ。響を排斥した人間が今日響が転校をしてそれを知って、そして行った事は響を元からなき者として扱った事だった。

 それを見た瞬間未来は頭に血が上ってしまう。その目には怒りよりも狂気が宿っていた。

 ズカズカと歩み寄って言い放ってしまう。

 

「なんで…?…なんでそんなに楽しそうに話していられるの…?……あなた達は響を追い詰めたんだよ…笑ってないで自分たちがした事を死ぬほど悔いなよ……」

 

 許せなかった。

 自分の方が胸が引き裂かれるほど苦しんでいて、直接の加害者が笑っている事実が。

 

「はぁ?なんだお前……ってああ、あいつの友達かよ…」

 

 相手は未来を見て驚いたがすぐにめんどくさそうな顔になる。楽しい仲間内のトークに水を差しやがってという事か。

 

「ってか殺人犯に対して人殺しって言ってなんか悪いの?」

「てかさーあいつ平気なふりしてたけど、アタシらの攻撃しーっかりと効いてたんじゃん?笑えるよねー」

 

 何一つとして反省をしていない態度に未来は激怒しかけるがそこで「アタシ」という一人称で思い出す。かつて響に対して殺人犯と同じ空気を吸いたくないと言ったガラの悪い同級生だ。そして響に煽り返されてとっさ手を出しかけた姿を。

 未来は彼女を見てとっさに彼女たちに罰を与える方法を思い付いた。

 

「ふふふ…」

「あ?何かおかしいの?」

 

 不気味に笑った未来にいぶかしげな表情をする女子生徒。それは周りの取り巻きも同じで不愉快そうな顔をそれぞれしている。

 

「いやだってね……そんなゴテゴテなアクセと化粧をしても無駄だよ…ボス猿がご立派にもめかし込んでもサルはサルなんだから山に帰りなよ……」

「何て言いやがったお前!?」

 

 未来に煽られた女子生徒は完全に頭に血が上って未来を頬を思いっきりグーで殴ってしまう。

 それを受けた未来は思った以上の衝撃に廊下に倒れてしまう、痛みで呻いていると口の中が衝撃で切れたのか端から血が流れる。

 流血を見て自分たちの行った事を自覚して相手グループはさっきまでの威勢など消えてしまい、青ざめて震えていた。すると―

 

「おい何をしている!!」

 

 すると教室に忘れものなのかもしくは見回りなのか一人の教師が倒れている未来を複数人が取り囲んでいる光景を見て焦って駆け寄る。

 響はツヴァイウイングの一件で教師からすら無視されていたが、未来の時は教師も反応を示した。いや響の一件があったからこそ生徒間のいざこざに敏感なのかもしれない。

 

「おい大丈夫か!」

「痛い……痛いよぉ……」

 

 先生の呼びかけに未来は頬を抑えながら涙を流して言った。

 演技ではなく実際に本気で殴られて痛すぎて涙が出たのだ。

 未来が教師に上手い事取り入っているのを見て殴った生徒が硬直から抜け出て反論をする。

 

「おいお前が煽ったのが悪いんだろ!ふざけんなぁ!」

「少し黙りなさい、前後関係は後で聞く、今は彼女の手当てが先だ。君たちは職員室前で待ってなさい、そこで話を聞く」

 

 

 そこから未来が思い描いた通りの展開だった。未来は保健室に連れていかれて湿布を張るなどの手当てを受けたのち職員室に呼ばれる。

 

「そいつが悪いんだ!アタシをボス猿って!」

 

 そこでは加害者生徒が悪口を言われたからやったと、未来も悪いと主張したがそれは裏を返せば自分は殴りましたと自白するようなもの。

 そしてどっちが悪口を言って喧嘩のきっかけを作ったのかという水掛け論は本来であれば喧嘩両成敗で仲直りしなさいと終わるところだが、今回は明確に未来は殴られたためそれは通用しない。

 分かりやすく頬は腫れて、口の中は切れている。それに最悪の場合は永久歯に影響が出る、そうすれば自然治癒はしないのだ。

 そうなればもう学校内で解決出来るいざこざで済まされず、民事または刑事事件や賠償金のレベルに発展しかねない。

 

「あの…」

「何だ?」

「殴ったのはそいつだけなんです……俺達は口喧嘩を見てたら突然殴ってて呆然としちゃって…なぁそうだよな?」

 

 すると一緒に職員室に呼ばれた男子生徒が加害者生徒だけが殴ったと悪いのだと仲間を売り始めたのだ。

 そこからは未来は暴力を一方的に振るわれた可哀想な生徒として扱われた。

 そこから被害者と加害者両方の親が呼ばれるなど子供を対象とするの事情聴取は終わり、その保護者責任者である大人たちが話を進めていった。

 

 その生徒は謹慎を言い渡されたのち数日後に学校に復帰したのだ。

 だが学校中の生徒たちに白い目で見られ無いものとして扱われることに耐え切れずに転校することになった。

 

 それを知っても未来の中にある虚しさが埋められることは無かった。

 

 

『次のニュースです。元ツヴァイウイングの風鳴翼さんがソロアーティストとして復帰再デビューする事が決まりました』

「へ……?」

 

 ある休日の朝、未来はテレビを見ているとたまたま風鳴翼の復帰ライブが決まったと言うニュースが流れてきた。

 もう既に響がいなくなってから半年が過ぎて季節は冬になっていた。

 当たり前だが未来は彼女に恨みは持っていない、逆恨むことも無い。

 だが知りたかったのだ、もしかしたら響が見た景色をそこに行けば見れるかもしれないから。

 自分や響以上に彼女は大きな挫折と絶望を味わっているはずだ、それでもなお立ち上がる選択を取った。そこに行けば今もわだかまり続ける胸につかかるモヤモヤを晴らしてくれる何かを。

 

 

「すみません。チケットを買いたいのでここで待ってていいですか?」

「はいわかりました」

 

 未来は後日、倍率の高いその風鳴翼の復帰ライブのチケットを入手するために近所のコンビニに張り込んだ。

 そして運よくチケットを手にすることが出来た。昔ならともかく、達成感はあったが高揚感は何一つ感じなかったが。

 

 家からは泊りがけになる距離だったが問題ない。

 もう既に小日向家の家族関係は冷めきっていたからだ。

 未来は中学生である以上親から離れる事は出来ない、そのため高校は寮生活できるような場所でバイトしながら少しずつ自立できるように計画立てていたのだ。大学はバイトと奨学金制度を利用して自分の力で生きていく算段を立てていた。

 

 

 未来は風鳴翼の復帰ライブになけなしのお小遣いを全部つぎ込んで行った。

 電車を乗り継いで着いたライブ会場には多くのファンたちと風鳴翼のグッズが所狭しと置かれていた。まさに熱狂としたお祭りだった。ファンであれば折れそうな心奮い立たせて立ち上がる翼を応援しないわけにはいかないのだ。

 会場にはたくさんのお客さんがいた、しかし素直に応援に来た人もいればガラの悪い明らかに翼を攻撃する意図を感じさせる人も散見された。

 

(何でそんなひどい事を考えられるの……?)

 

 これだ。これに未来は響を奪われたのだ。ノイズだけではない、この他者を踏みにじる悪意に未来の親友は奪われたのだ。

 午後6時のライブ開始時間になるとメインのステージがパッと照らされてステージの袖から翼が歩いて出てくる。するとその場にいたファンたちは大熱狂するのだが。

 

「よっ!人殺し!」「どの面下げてライブしてんだぁ!」「死神が人前に出てんじゃねーよ!」

 

 ガラの悪い人間が集まった一角が暴れて高揚した雰囲気が悪くなった。明らかに悪意を持ってわざわざ攻撃するためにチケットを買っているのだ。

 翼はそれを見て一瞬沈痛そうな面持ちを作った。それを見て効いているのが嬉しいのか俄然悪意の雰囲気が高まっていく。

 

『歌を…聞いてください……』

 

 翼はすぐさま表情を凛々しいものに戻してマイクを口に近づけて、腰を折って言う。

 彼女が歌い出すとそんな喧騒はピタリと止んだ。誰もがその一挙手一投足に見惚れて、その美声に耳を喜ばせる。

 

「凄い……」

 

 未来は翼の歌のうまさだけを驚いたのではない。先ほどまで悪意で埋め尽くされなかったこの場所をマイクの1つだけで黙らせて認めさせたのだ。

 風鳴翼の歌はみみっちい悪意には決して負けないと見せつけた。

 それは未来には無い力だった、世界の覆う悪意に何も出来なかった自分には。響の周りにあるものを何一つ変えられなかった未来には。クソッタレな人間すらも黙らせる神のような存在。そして響はこれをあの場所で見てきたのだ。

 

 その日のライブには感動したが、同時に未来自身のちっぽけさ、力の無さに苛立つ結果になった。

 

 ライブ会場を出て帰ろうとする。多くの観客は夢のような舞台を見て笑顔と終わりを告げる帰り道に名残惜しそうな悲しそうな顔を。

 鏡が無いから自分の顔は見れないが恐らくどちらにも当てはまらない酷い表情をしているはずだ。とてもあのライブを見てきたとは思えない顔、それは凄くよく目立ったはずだ。

 とりあえず未来はネットカフェで年齢を偽って一泊しようかと、街中に向かって踏み出そうとした瞬間、

 

「いやぁ~すんばらしいライブでしたねぇ?」

 

 声をかけられた。

 

「ぇ……?」

 

 未来はそんな間抜けな声を発してしまう。1人で会場に来たのだから誰かと話す事など想定していなかったのだ。

 彼女が声のした方を振り向く。声をかけたその人間の装いは眼鏡に白衣というまさに研究者然とした姿。この会場には相応しくないものだった。

 

「あなた素晴らしいですよー……特にその目!愛におぼれながらも同時に人を憎むその目!力が欲しくはあぁりませんかァ?」

「ち、から……」

 

 普通ではない男に畳みかける様に喋られて驚く。

 普通に考えればこの男を無視するのが最上の選択だ。

しかし、未来は何故かこの男についていけば何かが変わるのを直感として分かっていた。

 信頼など出来そうにはない、むしろ嫌悪感や反吐が出るような相手だ。

 しかし、無力さを感じた直後の未来は修羅の道への切符を取る事を選んでしまったのだ。もう戻れない道を。

 

「力って何ですか?教えてください」

 

 

 ウェルと名乗るその男にノイズの事、フィーネ、聖遺物、シンフォギアそして2課の存在を教えられた。

 あのライブはネフシュタンの鎧と呼ぶ完全聖遺物を覚醒させるためにセッティングされたものなのだ。それをフィーネと呼ばれる存在が掠め取るために起きた事件なのだと。

 ウェルと言う男が所属する組織はそのフィーネが関わるのだから滑稽な話だ。フィーネが復讐の対象になりえる未来に力を与えようというのだから。

 未来は悲しかった。あの風鳴翼は逆境の中で立ち上がる自分や響と同じあの事件の被害者の1人ではなかった。

 同時に知った、シンフォギアと呼ばれる特殊な才能を持っているが故のあの神々しさなのだと。

 

「あなたにはシンフォギアの力を手に出来る才能の一端が間違いなくある」

「私に……?」

「えぇ、私も聖遺物やシンフォギアに関わる人間でしてね?」

 

 ウェルの誘いに未来は考える。仮に自分がシンフォギアの力を手に出来たとして何がしたいのかと。

 復讐をしたい?却下だ。少なくとも響は復讐には走らなかった。それに自分が響の仇を取ったが何も満たされなかった。

 

 二課を潰したい?却下だ。ネフシュタンの鎧の一件は許せないが、同時にあの組織が無ければもっと多くの人が死んでいた。必要悪とも呼べるものだ。

 

 フィーネを倒したい?確かに多くの人を惑わす相手は許せないが、取り入れば力が手に入るかもしれない。虎穴に入らずんば虎子を得ずだ。

 

 ここで気が付いた、ウェルの話を聞いて少し満足をしている自分が。

 たくさんの事を、そして理不尽を知る事で何をしたいのか選択肢を複数出せる自分がいた事に。

 少し前の未来は響を失うという一択しか無かった。

 未来が力を欲したのはただ苦しい事に対抗するためだけではない。何も知らなければ何も選べないという現実が嫌いなだけだったのだ。

 

 答えは出た。気に入らない事や許せない事は多々ある、ウェルに対しても、二課に対しても、そしてフィーネに対しても。

 しかしここはグッと我慢して、取りあえずは選べる側の人間になるために手を取ろうではないか。選ぶための知識と力を手に入れるのだ。

 

「お願いします。何でもします、だから私に力をください」

 

 

 ウェルについていくと決めた未来、後ろをついて行くとそこには中学生でも分かる高級車が待機していた。

 

「これ……」

「んん?まあ高級車ですよ?」

 

 未来の間抜けな反応にそのまんまの回答を返す。

 意地が悪いというよりは、詳しい車種や性能などをここで語っても意味がないからしないのだ。

 

「とりあえずこれで飛行機の発着場までそのまま行きますよ」

 

 ウェルはあっさりと言う。

 何の知識も無い彼女は黙って言う事を聞くしかない。

 乗った感想は高級車って爆音で揺れまくるのかな?と思ったが思ったよりもゆっくりと一定のリズムで振動が来て乗りやすかったのだ。

 伊達に見た目や値段で売ってないなと考える。

 

 車が止まったのは空港の裏口だった。厳密には未来は表の入り口しか知らないため裏側だと言う想像しか出来ない。

 

「ここはいったい」

 

「あなたはこれから不法出国するんですよぉ?真正面から出られるわけないじゃないですかァ?」

 

 当然だった。もうすぐ未来は、日本生まれの日本人育ちという肩書を捨ててただの真っ白な何処かの誰かになるのだ。

 ある意味ではここが最後のターニングポイントだった。この一歩を踏み込んだらもう戻れない。

 

「…………」

 

 しかし未来は一瞬、本当に一瞬だけ逡巡したのち一歩を踏み出す。

 もう覚悟を決めた、無力だけを嘆いて何も選べない自分から脱却するのだ。

 ウェルは未来の覚悟とその目を見て楽しくてたまらないといった目をする。

 

 その日、小日向未来は失踪した。


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