過去に戻った立花響   作:高町廻ル

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例えばこんな日常も

「あったかいものどうぞ」

「あったかいものどうも」

 

 友里からのコーヒーの差し入れに対してそう返す藤尭。

 ここはすっかり二課の仮ではなく本部になった潜水艇の指令室。

 フロンティア事件の後、二課はS.O.N.G.と組織の名を変え国連直轄の部隊として組み込まれ、いまは各国の災害への対処を主だった任務としている。

 すでにナスターシャ教授の遺体回収の任務から三ヶ月が経っていた。

その事件で宇宙船が墜落しかけて、着陸の為にK2の標高が世界第三位に変わるなどのハプニングはあったが人的被害は無しで乗り越えることが出来た。

 

「このまま定年まで大きな事件とかなく給料もらえたら万々歳なんだけど……」

 

 フラグともとれる藤尭のその発言の直後、部屋にアラームが鳴り響き未確認の反応を検知する。

 二人の間にあった弛緩した空気は一瞬で引きしまる。

 

「横浜港付近に未確認の反応検知!」

 

 その友里の報告直後に反応がロストする。

 普通に考えれば誤検知と考えるのだが。

 

「消失……?急ぎ司令に連絡を!!」

「了解っ!」

 

 しかし、長年聖遺物や超常現象と向き合ってきたS.O.N.G.のスタッフは小さな違和感でもおざなりにはしない。

 

 

 夜の港。

 一人の少女が走っていた。外見は十歳ほどに見える。

 

「はあっ……はあっ……」

 

 息を切らして全力で逃げる。

 彼女は今追っ手から逃げていた。

 紐パンに上からフードを被っただけという、常識的に考えてもあまりにも刺激的な格好をしていた。

 キキンッ!っと足元に何かが投擲されて驚き足をもつれさせてしまう。

 慌てて体勢を立て直して物陰に隠れるが完全に撒けた訳では無いためすぐに再捕捉されるだろう。

 

(ドヴェルグダインの遺産……すべてが手遅れになる前に……この遺産を届ける事が僕の償い…………)

 

 その償いには複数の意味が込められている。

 心の中で覚悟の再確認を決めたのちもう一度走り出す。自身が定めた目的のため。

 

 

「私に地味は似合わない。だから次は派手にやる」

 

 容姿に無機質な印象を持たせる、短髪癖っ毛で黄色の服を着た女性が逃げる少女を高みから見下ろす。

 

 それは新たな戦いの始まり。

 

 

「起きて未来、朝だよご飯だよ起きてってば」

 

 響は4月から同室になった親友の肩をゆすって起きる様に促す。

 本日は澄んで明るい初夏の日。薄着とタオルケットだけで寝るには十分な環境。ちなみにベッドは一緒ではない。

 理由は彼女が夜遅くまで夜更かしする常習犯、つまり夜型人間でギリギリまで起きてから寝ようとするため同室の友人を起こしてはいけないという本人の判断だ。

 彼女はいつも早めに寝て、朝早く起きてランニングの後、朝食を用意して未来と学校に臨む。

 それはここ3か月半で作られた響の平日のルーティーンだ。

 彼女にとって朝早くに食事を作るのは苦痛では無い。

 一緒に生活する中で彼女が気が付いたのは前の世界の未来と違って、今の世界の未来はそこまで生活能力が高くはないという事実だった。

 食事を作る事もする事も掃除をこなす事も出来なくはないが響自身がした方が圧倒的に早く効率よく出来るという事実。

 寮生活、つまり平たく言うとルームシェアなのに未来がダメダメの実を食べたダメ人間化していたため響が全て面倒を見る状態になっている。

 

「う…うぅ…ん……?」

 

 覚醒を促されて寝ぼける未来。

 まだまだ寝足り無いよといった反応を見せる。可愛らしいがいかんせん状況が可愛くない。

 

「ぐぅ…………」

「起きてよ未来!!そろそろ起きないと食事が冷めちゃうし遅刻しちゃうよっ!」

 

 遅刻、その鬼気迫った響の言葉にさすがに未来も目が覚める。

 

「……おはよう響」

「おはよう未来、さっさと食べよう」

 

 未来の呑気な挨拶に呆れたように返す。まだ眠いのか目がしょぼしょぼしている。

 今日も今日とて平和な一日が始まる。

 

「響いただきます」

「いただきます」

 

 二人は朝食にありつく前に日本人恒例の挨拶をかわす。

 ご飯に味噌汁と言った日本の食卓然とした匂いが二人の空腹中枢をガンガンに刺激してくれる。

 未来は魚をぱくりと口にすると、

 

「おいしーねっ」

「それは良かったよ~」

 

 平和な会話だ。

 この二人が半年前までは世界の命運をかけて争ったとは到底思えない。

 今の未来の肩書は「学生兼S.O.N.G.オペレーター見習い技術者」という事になっている。何だこのややこしい肩書は。

 F.I.S.時代には聖遺物の勉強をしていたその知識を活かすため、そして響とまた一緒に歩むために彼女はこの道を選んだのだ。

 響としてはまた一緒に居られて半分嬉しいが、そもそも未来を聖遺物関連に関わらせたくなかったため半分苦しいのだ。

 それでも響がいるからだけではなく自分を活かせる場所として選択した道。響はそれを応援すると決めている。

 そんな事を考えているとうつらうつらとする未来。その手に持っている茶碗が落ちそうに。

 

「うおっとお!!」

 

 掛け声とともに落ちそうになるそれをギリギリキャッチ。もし落としていたらモーニングが台無しになるところだった。

 

「いい加減覚醒して~っ!」

 

 響の叫び声が部屋にこだまする。朝の寮は静かにしましょう。

 これはもはや介護の領域に近い。

 彼女は後悔した。なぜあの日、未来をつき放したのかと。

 

 

 平和な朝の登校時間。

 生徒たちが友人たちと昨日振りに再会をして一日の始まりを確認する時間。

 雪音クリスは悩んでいた。後輩二人に舐められている現状を。それを許してしまっている自分を。

 

「ク~リスちゃぁ~ん!」

 

 立花響、舐めた後輩一号が抱き着こうとしてくる。

 そんな事はさせまいと鞄をぶつけて撃退する。

 ドシン!と脳天に直撃する。朝の穏やかな時間には不似合いなそれを。

 

「ぐはっ」

 

 響は小さめなうめき声をあげる。

 本気で殴ったわけでは無いのですぐに回復する。

 

「あたしは年上で学校では先輩!こいつらの前で示しがつかないだろ!」

 

 説教をするクリス。

 傍にはこの四月から入学した暁切歌と月読調の二人がいる。

 

「ふわぁ~朝からクリスは元気だね…………」

 

 あくびをしながら声をかける未来。

 小日向未来、舐めた後輩二号が呑気そうに言う。万年寝不足なのかあくびばかりのアクビガールだ。

 彼女は風鳴翼をさん付けで呼ぶがクリスの事はなぜかタメで呼ぶ。これは親しみを感じているのか舐められているのか。

 実際は三年前まではツヴァイウィングのファンだったころの名残でついついさん付けをしてしまうだけだが。

 

「お前もあたしが先輩だって認識してないだろ!!」

 

 怒りの大声を上げる。

 周りも驚いたのかそちらを向くが、いつものやつかとすぐさま視線を外す。周りもなれたものだ、いや慣れてはいけないのだが。

 

「あ、おはよう切歌、調」

 

 未来はクリスの指摘など何のその、2人を認めるやすぐさま朝恒例の挨拶をする。元仲間だけあって気軽い感じが若干だがする。

 

「ごきげんようデース!」

「おはよう……ございます」

 

 2人も当然挨拶を返す。

 切歌は相変わらずだが、調はその場を考えて丁寧な言い回しを努める。

 相変わらず二人一緒で仲がいいのが分かる。幼いころから一緒のもう家族みたいなものだ。その期間で築き上げた信頼は大きい。

 未来は2人の手を見て言う。

 

「こんなに暑いのにお熱いね」

「おっ」

 

 響はそれを見て小さく驚いた声を出す。

 二人の手が握られている、厳密には恋人繋ぎというそれ。手に顔を近づけて言う。

 

「いやー暑いのに相変わらずだね~」

「いやそれがデスね。調の手はちょっとひんやりしてるデスよ~」

 

 照れた表情で返す切歌。

 若干だが顔が赤いのは気温のせいか、指摘されて恥ずかしいのか。

 調もそう言われて発言をする。

 

「そういう切ちゃんのぷにっとした二の腕もひんやりしてて癖になる」

 

 そう言って二の腕をつまむ調。

 切歌はくすぐったくて恥ずかしそうだ。そんな外から見れば癒されるやり取り。しかし、

 

「そう言えば二の腕の柔らかさって胸のそれと同じって本当?」

 

 未来の爆弾投下に静まり返る四人。

 性に興味津々な男子中校生がしそうな話題だ。クリスはその話題に対してうぶなのか顔を真っ赤にしている。

 

「え、えっと…………」

 

 調は律儀に返そうとする。

 まさかあるのか切歌の胸を堪能したことが。

 

 会話が危険な領域へと突入しようと―

 

「ってなに言っとるんじゃあああああっ!!!!」

 

 クリスの鉄拳制裁が未来に下される。

 

 

 午前一発目の授業は水泳。夏だけできる特別カリキュラムだ。

 ある程度授業が進み生徒たちの自由時間にいつもの四人と未来は雑談をしていた。話ながらもプールに足だけつけて指先で水を感じて楽しんでいる。

 主だった内容は親を挟んでの進路相談だ。

 

「進路についての三者面談もうすぐですわね」

 

 詩織が口火を切る。

 すると成績に自信のない弓美はうへぇと言った感じで、

 

「憂鬱……成績の事はママよりもパパに聞いてもらいたいよぉ……」

「ビッキーとヒナは誰が来るの?」

 

 弓美はそうぼやく。

 創世はふと二人に話を振る。ちなみにヒナは未来のあだ名だ。

 

「うーん私はおばあちゃんかも、両親とも働いているしスケジュールが難しいんだよねー」

 

 響は現状可能性が高い選択を話す。

 実際に父親は毎日忙しく、母親もパートとの兼ね合いがある。一番フリーな時間が取れるのは祖母である。

 

「私は里親の人が来てくれるみたい」

「色々あるよね!?」

 

 未来は重い身の上をサラッと言う。

 それを聞いていた3人は心配そうな顔をする。それを見て響は慌ててフォローをする。実際は政府の役人が代役で来てくれる手はずになっている。

 何というかさばさばしているのだ彼女は。

 

 小日向未来は約二年前に失踪届が出されている。本当であれば今すぐにでも両親と顔を会わせるべきなのだ。

 未来の両親はいまだに健在である。今でも娘の生還という微かな期待を胸に抱いて今も待っている。

 しかし、未来は両親のもとに帰る気は一切無い。ただ未来は本気で両親の事が嫌いではないのかもしれない。本当に嫌いなら小日向未来という親から最初に貰ったそれを今も名乗りはしないだろう。

 

 響は瞬時にそこまで考える。悲しいと思うし、未来には両親の元へと戻って欲しいと考えている。

 しかし、前の世界の響のように家族の再生を望んでいるのとは違って、本当に彼女は家族の事をどうでもいいと感じているので無理強いは出来ないのだ。

 

「今日の夜更かしを考えたら今のうちに疲れてお昼寝しようよ!」

 

 話題を無理矢理変えるために響はメンバー全員に泳ぐのを勧める。みなもそれを察したのかプールに飛び込む。四人はわいわいと盛り上がっている。

 それを見ながら、未来は自分を気遣ってくれることにほおを緩ませる。

 

「気にしなくていいのに響ったら……」

 

 ぽつりとそう言って未来もそれに続く。

 気にかけてもらえる事に悪い気はしない。

 

 

「ぐおおおおっ…………」

「すぴー…………」

 

 授業の時間、響と未来は本気で寝ていた。本気で今日の夜の予定に合わせて昼寝を敢行していた。

 ちなみに友人三人は教員に響の夜更かし作戦をチクっていた。

 その話を聞くにつれて怒りの小じわが刻まれていく。

 

「なるほど……」

 

 先生は怒りに顔を歪ませる。

 声も平坦であるものの抑えきれない何かがある。

 響も問題行動を繰り返すのだが、新入生の未来も負けず劣らずの問題児だった。

 遅刻欠席居眠りは当たり前。正直何のために学校に来ているのか分からない状態だ。未来は学校自体に興味は無いのだが。

 この(響)親友にこいつ(未来)ありと言った感じだ。

 

「私の授業を昼寝に当てると……そう言う事なのですね!?立花さん!!小日向さん!!」

 

 教師山脈が噴火を起こした。

 

 

 放課後、響と未来はロンドンで行われる翼とマリアのライブの中継を見るために鑑賞のお供を近くのスーパーで調達していた。

 静かなスーパーの一コーナー。

 

「ポテチ、ポッキー、クッキー、マシュマロ、ポップコーン、チョコレート、マカロン、マドレーヌ、スコーン、キャンディー、ゼリー、キャラメル、おっとっと、アイス、いもけんぴ、おかき、柿の種、ジュース……」

「どんだけ買うの!?その量は八人分じゃないよねっ!?」

 

 響がかごにあまりにも入れるものだから大声で突っ込む未来。

 お菓子は響と未来がS.O.N.G.から貰う給料で払うためそこまで懐に問題は無いがその量が問題だった。

 とてもじゃないが八人でライブを楽しむのには過剰と判断せざるを得ない爆買い。

 

「いやー足りなくなったら困るし」

「響は力士と相席する気なの?その半分もあれば十分足りるよ」

 

 響の懸念に必要はないと返す未来。

 響は素直に意見を聞いて半分まで量を減らしてレジで会計を済ませる。二人で八人分の量を買ったため対応をしたレジのおばさんは若干引いていたが。

 クリスの家に行くまで二人で分けて運んでいく。

 その途中で考え事をする響。

 

 今日は歴史の通りならキャロルが現れて世界を分解・解剖するために表に出てくる日なのだ。

 キャロル、前の世界でその力を振り絞り響を助けてくれた命の恩人。

 響は何が何でも彼女の破滅を防ぎたかった。

 幸いにもキャロルの計画の全貌は理解している。要は装者六人全員のイグナイト攻撃を避ければ計画の最終段階には到達しないのだから。

 キャロルの計画、その身でまずイグナイト攻撃を食らう事で譜面を作成して、オートスコアラーに奏者と聖遺物の個々の攻撃を刻むことで音色を記録、重ね合わせて莫大なエネルギーを生み出す。それを音叉増幅器であるチフォ―ジュシャトーに送ってフォニックゲインを増幅し、世界の分解を行うというものだ。

 最善なのは説得で矛を収めてもらう事なのだが具体的なことを口で説明できないのに説得など不可能だ。

 相変わらず説明できない呪いは継続中だが響が素早く1人でオートスコアラーを撃退すれば問題ない。

 恐らくイグナイトの旋律は複数無いとほとんど効果は無いはずだ。

 個体ごとの癖や傾向は実際の戦闘とその記録映像で見た事があるためそこまで脅威ではない。そもそもオートスコアラーの戦闘力はイグナイトで倒せるレベルに調整されているのだから。

 

 そんな事を考えていると未来がじーっと響を見ていた。

 その視線に気がついて問いかける。

 

「ど、どうしたの?」

「いやなんか深刻そうな顔してる」

 

 未来の視線に驚いて疑問をぶつけるが、ストレートに言われて驚く響。

 

「そ、そりゃー私だって悩みくらいはあるよ……世界平和とか」

 

 響の苦しい言い訳にますます訝し気な表情を強くする。

 しかし、前の世界の未来とは違い言いたくない事はむやみに掘り下げない主義なのかこの場は見逃す未来。

 

「そっか、でも手遅れになる前に周りにちゃんと相談しなよ」

「うん分かった」

 

 響が隠している事なんてバレバレだよと言った感じで返す未来。

 それに対して響も素直に答える。

 

 そんな会話があったものの他には特に問題なくクリスの家に着く。

 


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