『ありがとうございます。あと弦十郎さんにもお願いしたい事があるんです』
『何だ?もうこれ以上は驚かないぞ』
弦十郎はまだお願いがあるのかと呆れた声を上げる。
『はい、デュランダルをいつでも戦場に射出する用意をしておいてください』
『何っ?』
未来のお願いの内容に驚いて聞き返してしまう弦十郎。
デュランダルはフィーネとの戦いで半壊しており本来の性能には程遠いのだ、あの月を破壊した時のような出力は理論上出せない。
あの日から置き場に困っておりとりあえず当時の二課預かりになっていたのだ。それはS.O.N.G.の体制になってからも変わらない。
『仮に今のデュランダルを使っても暴走と隣り合わせです。何より現在の破損状況では出力が足りずキャロルの錬金術にはギリギリ届かないかと、一度振れば破損しかねません』
藤尭が出すマイナスな情報。
現状のデュランダルでは確かにキャロルには届かないだろう。
しかし、
『いいんです一度っきりの一振りだけで、それだけあれば響ならその意図を汲み取ってくれるはずです』
未来は親友を信じて言い切った。
◎
S.O.N.G.本部のモニターに映っているのはエクスドライブに至った戦姫たち。
誰も声を上げない息を呑む。
翼を携え、元の色を残しながらも全身が純白の装い、その神々しさに言葉を発する事で心の内にある感想を述べるなど失礼だと本能で思っていた。
「これが最後の奇跡……これが…奇跡の……カタチ……」
エルフナインのかすれた声、それはまさに誰もが美しくそして目をそむけたくなるほどの輝き。
モニター越しに映るそれに手を向けて力尽きて腕がだらりと落ちた。
◎
キャロルは黙ったままエクスドライブという奇跡をまとった六人の戦姫の目の前まで飛んで行く。
「単騎対六騎……」
「…………」
マリアの人数差の確認に黙るキャロル。
「錬金術師であるならば彼我の戦力差を指折る必要もないだろう」
「…………」
翼の遠まわしな確認と降伏要求に黙るキャロル。
「おまけにエクスドライブ!これ以上はしまいだっ!!」
「…………」
グッと右拳を握り勝利を確信しているクリスに対して黙るキャロル。
「キャロルちゃん…私は…………いや降伏して、これ以上は……」
響はこの状況になった場合にどのような決着に至るのか知っている。
だからこそここは退いて欲しいと言っている。
その事はキャロルも分かっている。
「やはり奇跡をまとったか……奇跡などはびこる病魔にも似た害悪だ!!ゆえに俺は殺す、認めてたまるか!!」
「みんなで繋いだこの力を!」
「奇跡と片づけるのは許さないデス!」
エクスドライブを遠回しに否定してくるキャロルに憤慨冷めやらないとばかりに怒りを見せる調と切歌。
「奇跡などっ!」
相手は語り始める。自分の行動指針を、それを定めたきっかけを響に伝えてそして揺らいでくれと。
キャロルの父イザークは蔓延する疫病を救うための特効薬を開発した、彼は努力を重ねた末に得たその功績を奇跡の一言で片づけられた。それどころか資格なき奇跡の代行者として火あぶりの刑にされて殺された。
そんな事を語る。
「万象に存在する摂理と術理……それらを隠す覆いを外し……チフォ―ジュシャトーに記す事がオレの使命……すなわち万象黙示録の完成だった…………」
己の願いを淡々と語っていく。
そして、
「だったのにっ……!」
ここでギリッと奥歯を食いしばる。
彼女の目には涙が浮かんでいた。
『響、キャロルを止めてあげて』
インカムから未来の声が聞こえる。
現在半壊したシャトーに隠れている。
「未来…?」
『あの子もきっと私と同じで…どうしようもなく理不尽な世界の中で誰も頼れずにただ力を手にしてそれを誇示する事でしか周りと向き合えなかった過去の私なんだよ』
響はただ未来が伝えようとする言葉を真正面から受け止める。
フロンティアで戦った時にギアペンダントをバラバラに破壊された未来はただ一言『ありがとう』と言ったのだ。
そうだ響に出来るのは真正面から向き合って最後に手を取る事それだけだ、それだけしか出来ないのだ。
「私はキャロルちゃんを止めるよ」
「何をっ!!何をもってしてオレを阻む!何を願うのだお前は!?」
響はここまで散々自分を苦しめた相手を救うと言った。
キャロルは理解できないなぜそこまで出来るのかと。
「理由か…だってさ…………」
ポツリと言う。止めると言った理由を。
「キャロルちゃんのお父さんが残してくれた想い出が人を殺す事だなんて悲しい……キャロルちゃんの中にもちゃんとあるはずだよ…お父さんとの楽しかった日々が確かに……それを守ってみせる。復讐なんてつまらない事は絶対にさせない」
宣言した、私はお前を止めると、そして救うと。
彼女にもあった。料理が下手糞なのに背伸びをして失敗する姿。誰かの為に嬉しそうに特効薬を作る姿が。
キャロルはその宣言にぽかんとした後、
「うわああああああっ!!!!」
叫ぶ。そして突如力を全開放してフォニックゲインの奔流が吹き荒れる。
生み出された弦たちが飛び出してキャロルにまとわりついていく。響が守ると言った記憶を焼却して心を手折ろうとしているのだ。
「ただ見てるはずがないだろう!マリア行くぞ!!」
「分かっているわ!」
翼の掛け声に呼応するマリア。
お互いに大剣を生み出し体を重ねて回転して、剣先を一点に集中してドリルのように貫通力を増した一撃を加えてやろうとしている。
しかし、その一撃はあっさりと防御壁で跳ね返され、アームドギアである剣を手折られる。
先ほどまでとは桁違いの強固さを誇っている。本当に彼女は全てを燃やしているのだ。
「先ほどまでとは……」
「文字通り桁が違うわ……」
エクスドライブに至ってなお跳ね返してくる相手にさすがに二人も唖然としている。
一方で弦がキャロルの体にまとわり動きが収まるとそこに碧の獅子機が現れた。
前の世界と違い素早く出現させたのはそれだけ容赦なく想い出を燃やした急ごしらえだからだろう。
「キャロルちゃん…………」
響は悲しそうに相手の名を呼ぶ。
この世界でも彼女が転がり落ちるのを止められないのかと。
「仕掛けてくるぞ!」
獅子が何かモーションを起こすと察したクリスは周りに躱すように指示を出す。
すると口から炎を吐いてきたのだ当たれば余りの高熱に塵になる一撃。攻撃が通った後は鉄だろうが何だろうが全て溶けて消滅する一撃。
「おいおい!どんだけだよあの威力!」
クリスもあの一撃には畏怖を感じたようだ。
「だったらやられる前に!」
「やるだけデース!」
調と切歌は勇ましく特攻していく。
しかしだ、
『うわあああっ!!』
獅子が首を振ると簡単に二人は吹き飛ばされてしまう。
単純な馬力が違いすぎるのだ。二人の攻撃は表面を撫でるにしか至らない。有効打にはなっていない。
「クリスちゃんミサイル!」
「ああ!」
響の声にクリス反応して大型ミサイルを放つ。
それらは獅子のボディを貫くには至らずにミサイルが当たって留まっているが、その上からミサイルを響の拳が押し込んでいく。
「いっけーっ!!」
響の咆哮。
すると大爆発が起きて煙が晴れると僅かにだがひびが入っていた。あれだけ上から強引に押し込んでもダメージは皆無に近い。
全員が余りにも桁違いな強固さに攻めあぐねていると。
獅子機がここで声を発する。
『立花響……ここまで来たらお互いにやる事は一つ……オレを止めたいならあの一撃で打ち砕いて見せろ』
「…………」
響はキャロルの言葉に俯いた。
そして顔を上げて言う。
「みんなのアームドギアとエクスドライブのエネルギーを預けてくれませんか?」
「確かにあの鉄壁は散発を繰り返すだけでは突破できないわね」
「全員の力を束ねてS2CAで鎧通すしかないと言うわけか」
響の提案にマリアと翼はすぐさま合意をした。
相手の意見が合意したのを見てなのか獅子の口に力が溜まっていく。全てのエネルギーを収束させて全てを吹き飛ばす気なのだ。
「身を捨てて拾う瞬間最大火力!」
「ついでにその攻撃を同時収束デス!」
調と切歌も勇ましい宣言をする。
「御託は後だっ!増し増しが来るぞっ!」
クリスの言葉に全員がアームドギアと体のアーマーのエネルギーを解除して響に向かって打ち込んでいく。
すると力を受け止めた響に自身の背丈の二倍はある巨大な腕型のアームドギアが生成されていく。
誰かと手を繋ぐため、手を取って引き留めるための手、そして当たると痛い拳を。
「キャロルちゃんのお父さんのため、そしてキャロルちゃん自身のためにもあなたを止めるよ」
『ほざけっ!あがっ!?』
響の宣言に勇ましく返そうとしたキャロルだが、突如苦しみ始める。
『こんな時に拒絶反応!?いや違う……これはオレを止めようとするパパの思い出……?』
『料理も錬金術もレシピ通りにすれば問題無いはずなんだけどな……どうしてママみたいにいかないのか……』
『パパはね……世界の全てを知りたいんだ……人と人が分かりあうためにはとても大切な事なんだよ』
『キャロル……生きてもっと世界を識るんだ……』
彼女の脳裏に浮かぶイザークはいつも穏やかな笑顔だった。
理不尽な理屈で奇跡の代行者などと言われ火あぶりにあっているその瞬間もキャロルに穏やかな顔を向けていた。
きっと彼が伝えたかったものは。
「認めるか…認めるものか…!オレを否定する思い出など全部燃やして力に替える力と変われーっ!」
今の彼女を動かすのは理屈ではなく意地だ。
例え歪んでいると知ってなお四百年かけて培ってきた、譲れなくなってしまったもので拳を握っている。
獅子が火炎を放出する寸前までに至った。
「はっ!」
響の小さな掛け声と共に腕型のアームドギアがその形を変えて、響の体積の十倍を超える大きさになった。
あの時と同じお互いの全てを燃やし尽くす瞬間が整った。
「っ……」
響はそれに気が付いた途端に涙が頬を伝った。
悲しいのだ、自分を救ってくれたキャロルをこんな形でしか止められない自身の無力さと至らなさに。
そんな響の涙など吹き飛ばすと言わんばかりに獅子の収束された火炎が襲い掛かる。響も真っ向からそれを拳で受け止める。
「わあああああっ!!」
『うおおおおっ!!』
お互いの死力を振り絞る咆哮が炸裂する。
響の方が押されている。このまま獅子が押し切るかと思われたが。
『……お、前が…変える、んだ……お前が…み、んなを…救うん、だ……』
それは響の記憶。
キャロルが奇しくもイザークのように終わりを迎える直前に残した言葉、響にあの時の彼女が一番伝えたかったであろう言葉。
それはみなを救って欲しい、そのシンプルな願いが込められていた。
そしてきっとそれは自分自身も含まれている。
「うわああああああっ!!!!ガングニィィィィィィィール!!!!」
キャロルの集中力が散漫になったその瞬間を見逃さず、叫びと共に炎を弾き返して拳が獅子の顔にめり込んでいく。
これで勝者と敗者が決まった。
顔がめり込んだため獅子の内側にいたキャロルが外気に剝き出しになる。
「ああぁ…………」
「…………」
涙をただ流し空虚な笑いを漏らすキャロルと、顔をしかめながらも頬に涙の跡を残す響。それはきっと誰も望まなかった決着。
すると獅子機が宙へと浮いていき光が拡散していく。溜め込まれたエネルギーが行き場と制御を失い爆発寸前に陥っているのだ。
『行き場の失ったエネルギーが暴走を始めています!』
『被害予測開始します!』
『エネルギーが臨界点到達まであと60秒!!』
『このままでは半径十二キロが爆心地となり三キロ以内の建造物は深刻な被害に遭います!!』
友里と藤尭の切羽詰まった声。
それらは勿論装者全員に伝わっている。
『ぬうっ……マリア君!とにかく未来君を確保して離脱するんだ!!』
「わ、分かったわ!」
弦十郎の言葉にすぐさま行動に移るマリア。
ギアを持たない彼女では爆発に耐えるのは不可能だ。
「うぎゃあっ!!」
一方で獅子が散発的に爆発をしてキャロルが悲鳴と共に宙に向かって吹き飛ばされる。このまま確保しなければ地面に叩きつけられて死んでしまう。
「キャロルちゃん!!」
飛ばされていった相手を追いかけて手を伸ばす。しかし、スピードが足りない、このままでは僅かに届かない。
「……………………」
キャロルは目をうつろにして落ちていく。
「手を取って!抜剣!」
『キャロルッ!!』
彼女の視界には響と自分の半身とも言える相手が映る。そして、
『キャロル……世界を識るんだ…いつか人と人が分かる会う事こそ…僕たちに与えられた命題なんだ。賢いキャロルには分かるよね?そしてそのためにどうすればいいのかも……』
彼女は父の姿を幻視した。
(そうか…あの日焼き殺されるパパを見るのが辛くて…ずっと蓋をしていた……パパが伝えたかった事を…想い出の奥底にしまって……そうかだからオレは……あの時世界の命運をかけた戦いに…………)
ぱしっと響の手がキャロルのそれを取る。
そして爆発と共に眩い閃光が辺り一面を埋め尽くした。