「あぁ……課題だるかったぁ……」
「お疲れ響、これジュース」
響と未来は自分たちが住んでいる今の住居になる寮の一室で夏休みのひと時を過ごしていた。
響は椅子に押しかけてダルそうに、未来はコップについだ飲み物を渡して。
夏休み課題は何とか終わらせたが、七月の通常の授業分の課題も溜まっており、また一ヶ月近く監禁拘束されて勉学に対してのブランクが存在したため四苦八苦しながらも急ピッチで終わらせたのだ。
「やー、良く頑張ったね~響偉い!」
「うぅーなんかムカつく……」
未来は幼子をあやすようなわざとらしい褒め方をする。
彼女はS.O.N.G.での任務や個人的な研究をこなしながらも課題や定期テストは好成績で突破するのだから響は妙に納得がいかない。
サボりがちなのに何でこんなに頭がいいんだと……
「あいたた……」
「大丈夫なの?」
響は軽くだが呻いてしまう。それをすぐさま心配する未来。
キャロルの戦いからもう既に三週間ほどが経過していた。後遺症こそ残らないが体をまともに一ヶ月近く動かせなかったため念には念を入れていまだ杖での生活を余儀なくされている。
とはいえ後遺症が残るわけでも、一生涯杖生活ではなく、その気になれば歩くだけなら可能で、二週間もすれば軽めの運動も可能だと医師から言われている。
融合症例時代とは違い一瞬で傷を癒したり高い身体能力を宿せるわけでも無い。それに対して少しだけ焦りやもどかしさもあるが、同時に自分が人として歩むことに必要な事なんだという事も理解している。
「そう言えば今日何を食べるか決めてないよね?」
未来は冷蔵庫を漁りながら響に問いかける。
ちなみに負傷中の響に代わって未来が食事を作る事が多いが、不味くも無ければ美味くも無いといった具合だ。
「あれ?そもそも食材がない……早く買い物に行かないと……」
彼女は食い意地ばっかりの響が買い物を全くしていなかったり、自分にお使いを頼まないのを不審に思っている。
しかし響は知っている。今日はバルベルデから国連がらみの任務で招集される日で、買い物をしても食材を無駄にすることを。
そしてS.O.N.G.に正式に入っている未来も家を空けるため今日に調整して腐りやすいものは極力冷蔵庫から排斥するようにスケジュールを合わせていたのだ。
ぴりり…と二人が弦十郎から配布されているS.O.N.G.用の携帯端末から連絡が入る。どうやら任務の通達が来たようだ。
「はい師匠」
『響君今から本部まで来てくれ、車は表に出す内容はこちらに来てから全員の前で話す』
「分かりました」
短いやり取りを済ませて通話を切る。未来も他のオペレーターから似たようなことを言われた。
「ちょうど食材切らしてたけどよかったね、本部の食堂もそこそこ美味しいし」
「まあそうだね、食費浮いたね」
響のラッキーといった意味を込めた言葉に未来は金銭的事情を入れたせこ臭い意見を返す。
未来と響は杖を片手に部屋から出た。
◎
響と未来は車に乗せられ港に停泊中の本部潜水艇に到着、そしてブリッジに到着する。
「遅くなりました!」
「同じくすみません」
二人は謝罪と共に入る。
ちなみにクリス、切歌、調は既に到着済み。ちなみに響の体の事は知っているので誰も遅いとは言わない。
ブリッジ中央のいかにも司令の椅子ですよと言った場所に配置されている座席から立ち上がった赤いシャツに野性味のある風貌の男性、風鳴弦十郎が立ち上がり振り向き話を切り出す。
「揃ったな?では早速ブリーフィングを始めるぞ」
そう言うと前方に存在するモニターに映像が映る。そこには左からマリア、緒川、翼の順に映っている。
それを認めると、
「っ先輩!」
「マリア…そっちで何かあったの…!」
クリスの軽い驚きの声と調がごく当然の疑問をぶつける。
それに対してモニターに映るマリアは返す。
『翼のパパさんからの特命でね。S.O.N.G.のエージェントとして魔法少女事変のバックグラウンドを探っていたの』
手でやれやれといったジェスチャーをしながらも返すのだが、
『私も知らされていなかったのでてっきり寂しくなったマリアが英国までついてきたとばかり……』
『だからそんなわけないでしょう!?』
翼が茶々を入れる、いや厳密には翼は本気で言っているのでふざけてはいないのだ。マリアが顔を赤くして食いついても、何か私が変なことを言ったのか?といった具合でポカンとしている。
『マリアさんの捜査で一つの組織の名が浮上しました、それがパヴァリア光明結社です』
緒川は二人のじゃれ合いに一瞬だけほおを緩めたがすぐさまいつもの任務モードに戻って言う。
「チフォージュシャトーの建造にあたりキャロルに支援していた組織だったようです」
「なるほど……どうやってキャロルはあんなに大きな計画を単独で動かせたのか、不思議だったけどそう言う裏が……」
エルフナインの追加情報に未来は疑問に思っていたことが解消されたようだ。
いくらキャロルが巨大な力を持っていても一人で出来る事には限度がある。
「はい、裏歴史に暗躍し…一部に今の欧州を暗黒大陸と言わしめる要因とも囁かれています…」
エルフナインは正面のモニターに数々の事件や蛇の意匠のある結社のマークを提示して、過去に起こった錬金術がらみの事件と大元と言える組織の可能性が高いと告げた。
「あのマークっ!見たことあるデスよ!」
「確かあれって…」
結社のシンボルを見て切歌と調の2人は口にする。
『そうね……』
マリアは二人を見て痛みをこらえる様に目を閉じて話を続ける。
『マムやドクターと通じF.I.S.を武装蜂起させた謎の組織……私たちにとっても向き合い続けなければいけない…闇の奥底だわ…』
F.I.S.であの武装蜂起に関わった面子の脳裏に浮かぶのはナスターシャの机に置かれた一通の手紙の焼き印のマーク。不気味な意匠だなと感じていたがここで出てくるとはといった感じか。
『フロンティア事変と魔法少女事変の双方に関わっていた組織……パヴァリア光明結社……』
翼は得た情報を総括して顔に不安を刻ませていた。
「これを機会に知られざる結社の実態へと至ることが出来るかもしれません」
『存在を伺わせつつもなかなか尻尾を掴ませてもらえなかったのですが…マリアさんからの情報をもとに調査部でも動いてみたところ……』
エルフナインはこれから反撃に入れるかもしれないという情報。緒川は報告の最後に一枚の写真を提示する。そこにはアルカノイズたちが戦場で暴れている絵だ。
『アルカノイズ!』
響を除いたブリッジにいる装者たちは驚いた声を出す。
そこには魔法少女事変で散々シンフォギア装者たちに辛酸をなめさせた憎き仇敵が映っているのだから。
『撮影されたのは政情不安な南米の軍事政権国家……』
「バルベルデかよ!?」
「…………」
緒川は言葉を切って写真を切り替えるとそこでクリスにはどこで撮影されたものか得心がいってそれに驚いたようだ。
響はクリスの生い立ちを詳しく把握はしていないが、幼少期のクリスが両親とバルベルデに行ってそこで家族を失った事は何となくだが把握している。しかし、それを知っていると不審がられるので黙り込んでいる。
「装者たちは現地合流後作戦行動に移ってもらう、忙しくなるぞっ!」
『はいっ!』
弦十郎に一部を除いて景気よく返事をするメンバー達。しかし、
「響君はメディカルルームで待機だ」
「ええ?」
一番元気よく返した響が司令に待機命令を出されて気の抜けた返事をしてしまう。
「何でなんですか!」
「その体で出せるわけがないだろう、ここに呼んだのは一人置いていくと錬金術師にまた狙われる可能性があるからだ」
「ぐぬ…」
響はすぐさま復活して問うが、弦十郎の返しに何も言い返せなくなる。
少し前までキャロルにうかつにも拉致されそして監禁されていたためこれには何も言い返せない。
響の構想ではステファンという少年の足は切断させないつもりだったのだ。
多少は怪しまれても彼の住んでいる村にすぐさまギアをまとってそこへ急行をしてアルカノイズを召喚する軍人を取り押さえる算段だった。
クリスは彼を負傷させたことやその姉がかつての友人だったことで、自分の両親の願いと自分の向かうべき道について再び向き合うのだが、可能ならやはり響はクリスには傷ついて欲しくないのだ。
「…………分かりました。クリスちゃん…くれぐれも気を付けてね…特に民間人の安全とか……」
「いやなんであたしだけに注意なんだ…?」
響は指示への了承とクリスへの注意喚起を行う。当然クリスは当たり前のことを自分にだけ注意されて憮然としていたが。
◎
ところ変わってバルベルデの森林地帯。
獰猛な肉食獣や不気味な色合いの両生類など人が気軽に踏み込んでは生物たちの生き残りをかけた食物連鎖の戦場がある。しかし今は人が己の野望と利権をかけて争う戦場となっている。
静かな森林を切り裂く爆発音と炸裂音。人が命が散っていく音。
そんな戦場を切り裂く重低音のバイク音。それを補足した軍人たちは情報をもとにやり取りをしていた。
「高速で接近する車両を確認」
「対空砲を避けるために陸路の強行して来たなぁ…だが浅薄だっ通常兵装で我々に太刀打ちできるものか」
部下の現状報告に余裕の笑みを見せるグラサンをかけた上官然とした人物。彼の余裕の源はただ地形を利用した作戦でも、最先端の兵器でもない。
バイクの反応を認めると地面に仕込まれた装備がタケノコのように飛び出して何かを噴出する。それはアルカノイズを発生させる召喚結晶だ。
彼の自信と余裕の源は物質人体を問わず何もかもを分解せしめる生物兵器だ。これがある限りどんな兵装でも兵士でも一瞬で撃退が可能なのだ。
しかし相手は召喚されたそれを認めても一切スピードを緩めずに突貫してくる。するとそれを目視したオペレーターは慌てて報告をする。
「接近車両をモニターで捕捉!」
「こいつはっ……」
部下の報告に慌てて声を上げるがうまく声を上げる事が出来ない。聞いてない想定していないのだ、こんなやつが来るなんて。
青いバイクに猛然と乗る風鳴翼がジャングルから飛び出してきた。
「敵は……シンフォギアです!」
◎
翼はアルカノイズを認めても一切スピードを緩めずに敵の間を突破していく。通った後には時間遅れで切り裂かれたアルカノイズ達がいた。
彼女の任務はアルカノイズの討伐だけではなく、敵軍の優位を誇っている対空砲を破壊してS.O.N.G.と国連軍の作戦が行いやすいようにすることだ。
当然相手もそれに気が付いて「対空砲に近づかせるな!」と指示を受けるがバイクで飛び回る翼の奇襲に対応できるわけも無く侵入を許してしまう。ブレーキとクラッチを握ってバイクを倒す、しかしただ倒れるのではなく傾けてバイクから出したブレードを使い砲台を切断伐採していく。
「緒川さん!!」
空中の安全は確保したと頼れる付き人に連絡を入れる。すると翼の視線の先には巨大な凧に乗っている緒川とクリスの姿が。ちなみに「凧」には忍と書かれている。
敵もそんな目立つ標的を見逃してくれるはずもなく驚きながらも拳銃やガトリング砲で撃ち落とさんとしてくる。
二人はすぐさま飛び降りて基地への直接攻撃を図る。
緒川は降りながらも煙幕を張って敵の視界を遮る。アルカノイズは対人で対処できないため一般兵を可能な限り無力化していく。
クリスの射撃でアルカノイズを蹂躙していく。分解に対して錬金術を使った耐性防御フィールドが張られているため脅威ではない。
翼とクリスはアルカノイズ達を蹂躙していくとライフル銃を持って弾丸を放ってくる人間兵と戦車が砲を向けて待ち構えている。いくら数を揃えても的確な連携や意図のない攻撃は翼には通りはしない。自分の柔肌に着弾する当たりのみを刀で的確に弾いて突貫していく。
そして躱せない距離まで詰められてところで戦車が砲弾をぶっ放してくる。これを翼は三つに綺麗に3等分して構わずに前進していく。これには敵兵士も動揺が隠せず指示が出ていないにも関わらずに後退していく。逃がさないと戦車を切り裂いて戦闘継続不能に追い込んでいく。
クリスは対人用のライフルに撃ち込まれるがシンフォギアの力を防御に回せばこの程度は脅威にもならない。一切傷を貰わずに受け切ってみせた。そして武器や乗り物のタイヤだけを的確に狙って可能な限り人に被害が出ないようにしている。
『国連軍の上陸は一五分後!迎撃施設を無力化するんだ!』
二人に弦十郎から連絡が入る。
一台の戦車がクリスが前にいるアルカノイズに集中していると見るやその隙を狙おうとミサイルを放って討ち取ろうとしてくる。外見だけなら生身の人間に見える相手にそれを容赦なく放つ。
「なっ!」
流石に想定してない方面からの攻撃に驚いた声を出すクリス。しかし、
「シッ!」
翼が素早く動いてミサイルを横から剣で下から上に向かって叩いて軌道をずらして上に向かって飛んで行く。
「雪音っ!」
翼のその声の意図に気が付いて銃でミサイル爆破して地面落下の被害を避ける。
その一瞬にも翼はそれを撃った戦車を真っ二つに切り裂く。
◎
「防衛ラインが瓦解します!このままではっ!」
部下のオペレーターの報告に苦々しそうな表情をする。
どんな兵隊や特殊部隊が来ようがアルカノイズさえあれば簡単に殲滅できると思っていたのだ。しかし、シンフォギアだけは聞いてない。
「ぬ……ぐううっ……!」
「隊長!?どちらへ!!」
上官は突如としてその場から走り去った。
◎
順調に殲滅作戦を遂行していくとそこで基地から上空に向かって何かしらの光りが放出される。
「あれは?」
「なんだ?」
翼とクリスは光の先の空を見ているとそこに紫色の魔法陣と共に巨大な空中戦艦が突如として現れる。上空にあった雲を吹き散らして空の景観をぶち壊す鉄の塊が。
「本丸のお出ましかっ」
クリスは苦々しそうに言う。
そこでヘリ二台が地面すれすれまで接近してくる。ヘリの風圧で2人に髪がたなびく。
『二人ともぐずぐずしないで!追うわよ!』
ヘリのスピーカー越しにマリアの声が聞こえる。
いつどこで学んだのか知らないがヘリコプターを運転するスキルを何故か持っているマリア。
◎
先ほど基地で指揮を放棄した上官兵は召喚した戦艦に乗り込んでシンフォギア装者を上空から一方的に攻撃してこの窮地を打開せんと考えていた。
彼の手元にあるレーダーに映るのはヘリ二機がこの戦艦に向かって接近しているということだ。
「ふふん…ヘリか…ならば直上からの攻撃は凌げまい」
彼の言う通りヘリは上ががら空きだ上空を取れば優位は揺るがないのだ。
スイッチを押すと下方に向かって撃つ用のミサイルを無造作に撃ちっぱなす。素直に重力落下を行いヘリたちに直撃して爆発。
「やったぜぇ狂い咲きィ!!」
興奮冷めやらぬと手も痙攣するほど歓喜を感じていた。
「あ、うん?」
しかしその興奮はすぐさま冷めざるをえなかった。それもそのはず、レーダーに出ているヘリの反応はいまだに消えていないのだから。
次にレーダーではなくカメラでとらえた映像を確認するとヘリの上にシンフォギア装者がいた。その一人が明らかな遠距離武器のガトリングガンを見せつけてくる。
「シンフォギアで迎えうっただと……なら非常識には非常識だっ!」
グラサン上官兵は苛立ちをぶつける様に、ヘリを落とすための追尾型のミサイル発射するスイッチを叩きつけるようにして押す。
◎
クリスはヘリに向かって来るミサイルを的確に撃ち落としていく。
「雪音、殿は任せる!」
「おうともさ!」
翼はそう言って、飛び上がりミサイル足場にして空中戦艦に向かっていく。
ミサイルは際限なく撃ちっぱなしているので、それを辿っていけば相手が何処にいてもどの高さにいても発射してる本体にたどり着ける。
「マリアは早く戦域を離脱してくれ!」
翼が下りた事で役割を果たしたので乗せていたマリアのヘリに指示を出す。
装者を運ぶヘリは特別何か細工をされているわけではなく、ただのミサイルが直撃したら一瞬で鉄くずに成り下がってしまう。
ミサイル破壊して逃げる時間を確保にかかるが、撃ち漏らした一丁だけがヘリに向かって行く。
「切歌!調!」
マリアは逃げるのを止めて後方から迫ってくるミサイルを横から受ける様に方向転換する。
「行くよ切ちゃん!」
「ガッテンデース!!」
そう言いあうと同時にヘリの扉を開いてミサイルをその場に通過させて躱して見せた。そのミサイルはクリスがすぐさま打ち落とす。
マリアの指示の意図を的確に汲んでいなければ出来なかった連携だ。長く一緒に暮らしてきたからこそのそれだ。
ミサイルを伝って空中戦艦の前方上空にたどり着いた翼は、
「初手より奥義により仕る!!」
そう言って剣を自分の全長の三十倍以上の大きさにまで巨大化させた。それを無造作に振り下ろす。対人戦では隙が大きすぎて使い道が限られる大技。
すると超大剣はそれをあっさりと二分割して見せた。
「な、なあ……」
運良く切られずに、いや巻き込まれ潰されずに済んだ上官兵はただ唖然とする以外なかった。
「貴様が頭だな?」
目の前には彼にとっては恐怖のシンフォギア装者がいた。
翼は相手の胸倉を掴んで乗物から離脱する。そして、
「雪音、主犯の一人の確保に成功もう撃って大丈夫だ」
「了解!」
クリスは翼からの連絡に肯定を示したのち、ありったけのミサイルで分割されたもう鉄くずになった空中戦艦を砕いて行った。
降りながらも爆風に消えていくそれを見る翼。
「あとは彼らの出番だな」
翼は地面に着地の際にブースターを使って衝撃を和らげて安全に降下した。そして見上げるのは国連の支援組織だ。
◎
国連の難民支援部隊が到着。すぐさま戦渦に巻き込まれた人たちのテントの設営、食料の配給、手当てが迅速に行われる。
職員たちの懸命かつ賢明な対応で大きな混乱は起きずに対処されている。国連軍の経験と対応が早いからこその復興作業。
これからの生活に途方に暮れている人たちを見るのは翼やクリスは決してなれる事は無いだろう。二人は金網フェンス越しにぼんやりと救助活動風景を見ている。
「パパ!パパーっ!」
するとそこへ短髪の泣いていなければきっと元気がトレードマークであろう少女が泣きながら。血を流して浅い呼吸で苦しんでいる父親に向かって必死に声をかけている。
「……………………」
クリスは無意識にそれを見てフェンスを強く握ってしまう。本人は気が付いていないが顔に険が刻まれて怖い事になっている。
あの子はまだ失わずに済んでいる。クリスと違いギリギリで崖の下に転がり落ちずに済んでいる。
しかしクリスは力を持つ者の欲望と気まぐれで己を包んでくれる愛を失った。
この戦場はかつての自分を原点回帰させようとしている。勿論今の彼女は昔のように言われるがままに兵器を握りなどはしない。
自分で何をすればいいのか絶対の結論は出せないが、少なくとも自分で考えて旧二課やS.O.N.G.に在籍してシンフォギアをまとっている。そしてそれに誇りも感じている。
それでも戦場で腐るほど見るこの力なきものが一方的に虐げられる光景は耐えがたく、そして無力感とやるせなさを増大させてくるのだ。
かつて力を持たずに虐げられるしかなかった自分を投影してしまうのは致し方の無い事だろう。簡単に割り切れるほど精神的に大人ではないのだ。
「…………」
翼はクリスが何かを堪えるような顔をしているのを心配そうに見つめる。
背後に荷台付きトラックが止まる。二人はそれに気が付いて後ろを振り向く、その時にはクリスの顔には険が取れていてやや不機嫌に下振れているが平均的と言える雪音クリスになっていた。
「市街の巡回完了デース!」
それに乗っていた切歌が敬礼をして報告をする。
今の彼女たちはS.O.N.G.の職員用の装いをまとっており、切歌は一人前になれた気がしてちょっとテンションが上がっていた。
S.O.N.G.は軍人ではないが一応武力自体は持っているので、だからこその敬礼なのかもしれない。
そしてそのトラックには運転席にマリアと荷台に切歌と調がいた。
「乗って、本部に戻るわよ」
マリア運転席からが二人に乗るように指示をする。
ヘリを運転したかと思いきや次は荷台付きトラックを運転するあたりかなり器用だった。
二人を追加で乗せると五人が乗るトラックを彼女は発進させる。
走り出す車の車内に作戦は成功したというのに明るい雰囲気は無かった。
ゲームでの戦争や戦闘は倒すことに一定のカタルシスこそ感じる。しかしだ、現実の戦争や紛争はただ何の罪もない人たちが不条理にも踏みつけられ、誰も抗いようのない虚しさと、その土地で長い時間をかけて育まれた歴史が一瞬の気まぐれの風で吹き飛ばされてもう戻っては来ないのだ。
紛争跡に残るのはただ虚しさだけで、最初は元気だった切歌も含め皆がその風にあてられてしまっている。
「私達を苦しめたアルカノイズ……」
調は何となく口を開く。
切歌は黙っていたが相手が話始めると何だろう?と気になって視線だけを向ける。他のメンバーも耳だけはキチンと傾ける。
アルカノイズ、それは一ヶ月ほど前に現れたノイズという炭化変換によって人間を殺すようにプログラムされた生物兵器を模して造られた錬金術師の分解人型兵器だ。
最初に現れた時にアメノハバキリとイチイバルを一瞬にして分解してシンフォギアの脆さ脆弱さを見せつけられた。あの時の衝撃は今も忘れる事など出来ない。
「錬金術の断片が武器として軍事政権に渡っているなんて目にするまでは信じられなかった」
調の言葉に視線を下にして体を固くするクリス。翼は何となくかつて市街地だったであろう瓦礫群を見やる。
そこには人の営みなど破壊されて見るも無残な現実だけがあった。力の有無では変えることの出来ない現実がそこに。