「ごめんなさい!!」
エルフナインは一室で頭を下げて開口一番それを言う。
そんな彼女を見て未来は咎めるような口調になる。
「こんなに謝ってるんだからいい加減許してあげなよ。マリア、クリス」
「怒って無いわよ!?」
「怒ってねえよ!!」
冤罪にツッコム二人。
今彼女たちがいるのはトレーニング室に併設されている中の状況を逐一見るためのスペースだ。
弦十郎、友里、藤尭はこのやり取りを後ろで見ている。彼らも特にエルフナインに怒っているわけではない。
エルフナインは下げていた頭をあげる。
「対消滅の際に生じる反動のせいでギアのメンテナンスになってしまって」
「エルフナインちゃんだけのせいじゃないよ。私も浮かれてそこまで考えが行きつかなかったから……」
未来も愚者の石を手に入れてから浮かれてしまい視野が狭かった自分自身を恥じて頭を掻きながら言う。
マリアはそんな二人を見て微笑みながらねぎらいの言葉をかける。
「気にしないの…むしろ急ごしらえでよくやってくれたわ。ありがとう」
「おかげで抱え込んでたもやもやの一つがスッキリしたしな…」
クリスもそんなマリアを見て腰に手を当てながら肯定の意を示す。
二人のその一言に空気に温かいものが流れる。そんな言葉にエルフナインはホッとしてそれまで弱々しかった目じりに元気が戻る。
「反動汚染の除去を急ぎます!!あっ…」
「頼もしいちびっこだっ!」
クリスは相手に近づいて頭を撫でながらそう言う。少し弦十郎に似てきた感がある。
「クリスさんだって…」
「うん?あたしゃ大きいぞ?」
エルフナインの恥ずかしさを隠そうとする返しにも動じることなくクリスは言い返す。
そんな朗らかな空間の一方でトレーニング室では苦しい空気に包まれている。
今現在使用しているのは翼と調なのだがどうも連携が上手くいかない。
市街地を想定した場所の中、ホログラムで投影されたアルカノイズを相手にしているのだが、これなら合わせるよりも各個撃破した方がマシなくらいに合わせられない。
しかしそれではダメなのだ。
マリアとクリスのユニゾンで証明されたようにパヴァリア光明結社の幹部クラスは個々の力では勝機が薄い、歌を合わせる事でフォニックゲイン値を底上げする必要があった。
トレーニングルームは市街戦を想定したビル街がセッティングされている。
アルカノイズの一体が翼へと体当たりをしてくるがそれを翼は蹴って調の方へと飛ばしていく。
「呼吸を合わせろっ月読ッ!」
「はやいっ!?」
タイミングが合わず、敵を受け止めるのではなくぶつかって後方へと吹き飛ばされる。
倒れこむ調に慌てて歩み寄る翼。
「大丈夫か…?」
「っ……切ちゃんとなら…合わせられるのに……」
手を突いて立ち上がろうとする調には苦渋があった。
そんな光景を見た弦十郎は、
「調君は翼のリードにも合わせられずか……」
そう言った。
調だけはユニゾンの訓練が順調とは程遠かったのだ。
彼女は当然真剣にやっているし、この訓練の必要性も理解できているがどうしても合わせられない。
小型ノコを投擲してアルカノイズ達を一瞬で撃退していく。
「こんな課題…続けていても……」
彼女の顔は少しだけ目尻が下がり泣きそうな感じになる。
すると目の前につむじ風が現れてそれが晴れるとそこから緒川が現れる。それを調は認める。
「緒川さん…」
「微力ながらお手伝い致しますよ」
「その技前は飛騨忍軍の流れを汲んでいる…力を合わせなければ影さえとらえられないぞっ……!」
朗らかに緒川はそう言った。
それとは対照的に翼は声に緊張感をにじませてパートナーに忠告をする。
調は先ほどまでのアルカノイズとは違いワンランク、いやその上を行く緊張感につばを飲み込んで頷く。
今までの雑兵と違って緒川はその穏やかな雰囲気にも静かなオーラまたは凄みとも言うべきものがある。
すると遠くで響と練習していた切歌から声がかけられる。
「調!無限機動で市中引き回しデスよ!」
「うん!」
調もその声に呼応して気合が入る。それを見た緒川は、
「出来ればお手柔らかに…」
少しだけ困った声を出すがすぐさま構えを取る。
トレーニング室のメンバーだけでなく、観戦しているクリス達もじっとその光景を見る。
調はヘッドギアを伸ばしてその先に大型ノコの生み出して、それで相手に斬りかかりに行く。
緒川は憎たらしくも簡単に避けてくれるのだが相手が飛んで避けて着地する瞬間を狙う。飛び上がって脚装の先にノコを生み出して相手に叩きつけようとする。
「隙だらけッ!!」
調の好戦的で勝利を確信した声。
しかしそれが当たる瞬間に緒川の姿が掻き消える。これには彼女も驚愕せざるを得ない。
「うそっ!?」
「僕はここに」
調の背後の電灯の上に立って悠然としている緒川がいた。
その声のする方向に振り向きざまにヨーヨーを投げつけるがそれも一瞬でかわされる。
ふと周りを見ると消えたり現れたりを繰り返しながら緒川は視覚で混乱を誘っている。
「追いかけてばかりでは追いつけませんよ?」
(切ちゃんはやれてる…誰と組んでも…でも私は切ちゃんでなければっ……!)
調はそんな事を考えながら緒川を追いかけて攻撃を加える、しかしそれこそが相手の思うつぼだった。
焦りと、相手に思いっきり手を抜かれている事実に冷静さが失われてしまっている。
翼はそれを見て調の精神状態を見てすぐさま気が付いた。かつて自分が響とやり合った時も、怒りと焦りが先行して同じように視野が狭窄して簡単にあしらわれたのだ。
怒りと焦り、そして私情も全てを飲み込んで完全に支配下に置いたその先にこそ一流の戦士の扉があるのだろう。
少なくとも響はその扉の前に立っている。
「はやるな月読!」
しかしその言葉も耳に入っていない。
明らかに視野が狭くなっており単調でフェイントも何もない叩きつけるだけの行動しかとれなくなっている。
精神的な疲労からなのか息も肩もが上がっている。
(一人でも戦えなきゃ……!)
翼は調の隣に移動する。
「連携だ月読!動きを封じるために!」
「だったら面で制圧!逃がさないっ!」
そう言って調は小型ノコを大量にばらまいて相手をとらえようとする。
すると切歌の焦った声が響く。
「ダメデス調!むしろ逃がさないと!!」
その声に気が付いた時には遅く、ノコの一つが緒川の体を上下サヨナラにしてしまう。
現場の人だけでなく、観戦していた面々も顔を覆っている。
その光景に切歌も唸ってしまう。
「どえらい事故デス……」
しかしその瞬間緒川の体が爆発してスーツの上と丸太だけがその場に残る。
「思わず空蝉を使ってしまいました」
驚愕を顔に張り付けていた調の背後からしっかりと五体満足な緒川の声がする。
調も慌てて後ろを振り向く。
「力はあります…あとはその使い方です」
緒川のその言葉にホッとしたのか足から力が抜けてへたり込む。
同じくトレーニング室を使っていた響と切歌も慌てて駆け寄る。
「調っ!大丈夫デスか!?」
そんな光景を見て翼は悲しそうな顔をする。
(あれは私だ…いつかの私……)
◎
ブリッジで先ほどのユニゾン特訓を観戦していた面々が話し合っていた。
友里が会話の先陣を切る。
「これで各装者のユニゾンパターンを全部試したことになりますが……」
「調さんだけが連携によるフォニックゲインの引き上げに失敗しています」
エルフナインがユニゾンの結果を話す。
弦十郎は顎をこすりながら困ったように言う。
「思わぬ落とし穴だったな……」
「切歌と調はユニゾンが既に使えていたので、コツも掴んでいててっきり簡単にマスター出来ると思ってたんですけどね……」
未来は誰もが想定した皮算用を口にする。
切歌は誰とでも連携出来たが調はどうも上手くいかない。
「司令、内閣府からの伝令です」
「繋いでくれ」
藤尭の報告に弦十郎は返事をする。
すると前方スクリーンに表示されたのは風鳴八紘その人だ。
「八紘アニキ…何かあったのか?」
「神社本庁を通じて情報の提供だ」
八紘はそれに肯定の意をしめす。
「神社本庁と言えば…」
「各種のレイライン観測の件かもしれない」
友里の疑問に藤尭が答える。
八紘は藤尭の回答に応える様に話始める。
「曰く…神出ずる門の伝承……詳細については直接聞いて欲しい、必要な資料は送付しておく」
その神という一言に皆が反応する。
パヴァリア光明結社の目的が神の力を生成そして制御する事が現状の目的だからだ。
相手は伝えたいことは全て伝えたようで通信を切る。
「どうしますか?司令」
友里の言葉に、弦十郎は思いつめた調の姿が脳裏に過ぎる。
「気分転換も…必要かもしれんな」
◎
マリアが運転するバンに乗って装者達は移動していた。
座席は助手席にクリス。その後ろに響と未来。最後尾にザババの二人。
響はクリスが持つタブレット端末越しにエルフナインからの情報を聞いていた。響は知っているが一応初見アピールをする。
「埼玉県の調神社、そこに大事な情報があるんだね?」
「はい、多くの神社はレイライン上にありその神社も例外ではありません。更に『神出ずる門の伝承』があるとすれば……」
「つまり指し手の筋を探る事で逆転の一手を打とうというわけね」
エルフナインは響の言葉に答え、マリアは今からするべき事を総括する。
するとそこで背後から何かを咀嚼する音が聞こえる。
未来はその音の発信源の切歌を咎める。
「うわ食べかすが散るじゃない、掃除するの面倒なんだから車内で食べないでよ」
「つーか特訓直後だってのに元気だなぁ…」
クリスも呆れている。
疲れると内臓もだるくなるのだ。
「いやですよ~ほめ殺すつもりデスか?」
「どーゆー理屈でそうなる」
そんな軽口の中、調は窓の外の夕暮れを見ていた。
思い出されるのは白い孤児院初めて切歌に声をかけてもらった時の事。
『これ…何て読むのデスか?』
『えっ?』
切歌は漢字が読めないため読み方を聞く。相手は声をかけられて驚いていたがすぐさま質問に答える。
『「つくよみしらべ」だって』
『ヤジロベーみたいでいかすデス!』
名前を褒められても調の顔は冴えない。
褒められているのか微妙な言い回しなのもあるがそれよりも。
『本当の名前は思い出せなくて……ここの人達が持ってたものから付けてくれた……』
『あたしの誕生日もここに来た日にされたデス!似た者同士仲良くするデス!』
「調っ!」
「へっ」
ここで彼女の意識は現実に引き戻される。切歌がぼーっとしているから体調不良かと心配しているのだ。
「どうしたデスか調?鋸じゃないから車酔いデスか?」
「ううん…何でもない…」
調は無理した笑顔で返す。
翼は外でバイクを運転しながらその様子を外から見ていた。
◎
「はい響」
「ありがと」
未来は先に車から降りて周りこみ響が降りやすいように手を差し出す。
ここは調神社。S.O.N.G.から来た情報でここに神の力に関する文献があるかもしれないのだ。
装者達は神社の入り口に集う。
(そう言えば兎から連想されるのは月、月って不和の象徴だよね?なんで神社でまつっているのかな…?讃える事で浄化して欲しいとか?)
響はそんな事を考える。世界における月の象徴と日本における月のイメージは違うのかもしれない。
「およ~っ!」
切歌は神社の入り口に鎮座している兎の銅像を見て興奮している。両手を頭に添えてぴょんぴょんと跳ねて兎の真似をする。
「ここ!狛犬じゃなくて兎がいるのデース!…ん?」
切歌はふと調が冴えない顔をしているのを見てしまう。彼女の瞳は夕焼けに染まり寂しそうで、また揺れていた。
「…………」
それを見て切歌は浮かれた気持ちが失せてしまう。
境内には兎をモチーフにしたものが所狭しと並べられている。その中に手を洗う手水舎にも水が出る場所が兎の像になっている。
「みてみて響、この兎さん水を吐いているね。まるでゲ」
「そんな汚い言葉を口にしないでよ!?」
下品な未来につい怒ってしまう響。パラレル未来に頭が痛くなる。
そんなこんなでお参りをする賽銭箱前、拝殿に集まる。建物の節々に黄色系の色がちりばめられており、月を強く押し出している。
神社を見てマリアがウキウキした感じになる。
「兎さんたちがあちこちに…カワイイっ!」
「話には伺っておりましたが…」
年配の男性の声が突然聞こえて全員がその声のする後方を振り返る。
「いやー…皆さんお若くていらっしゃる」
「ここの宮司さんでしょうか」
響は知っているが一応初見という設定なので尋ねる。
相手はそれににこにこと笑んで答える。
「はい、皆さんを見ていると事故で失った娘夫婦の孫を思い出しますよ。生きていればちょうど皆さんくらいの年頃でしてなぁ……」
その思い話に響以外こ皆が沈んでしまう。
身に覚えのない人たちの話であっても人が死んだと言われて喜んだり頬を綻ばせるような異常な精神性を持つ人間はここにはいない。
しかしここでクリスは気が付いた。
「うん…?おいおい!あたしら上からばらけた年齢差だぞ!いい加減なことをぬかしやがって」
上は二十二から下は十五と結構ばらけている。
宮司の男性は頭に手を当てて参ったなと言った感じ。
「冗談ですよ。ちょっと小粋な神社ジョーク!円滑な人つき合いに不可欠な作法です」
『……………………』
全員無言で返す。
そんな反応にも差して気にしたわけでも無く話を繋ぐ男性。
「初対面ではありますが、これですっかり打ち解けたのではないかと」
「むしろ不信感が万里の長城を築くってのはどういうこった……」
クリスはうんざりとした感じで答える。
相手の年上に対するなってない態度にも咎める事は無く本題に入る。
「では早速本題に入りましょうか。ところで皆さんは氷川神社群というのを御存じですかな?」
◎
装者達を客室に通して折りたたまれた資料を見せる。それは地図で真ん中に点とそれを繋ぐ線でオリオン座の形が描かれていた。
マリアはそれを見て真っ先に感想を述べる。
「これは……オリオン座…?」
「正しくは、ここ調神社を含む周辺七つの氷川神社より描かれた鏡写しのオリオン座とでも言うでしょうか……受け継がれる伝承において鼓星の神門、この門より神の力が出ずるとされています」
皆は宮司のその話をそれぞれ噛み砕いて受け止めている。神の力が出ずる、神の力を求める相手にはピッタリの情報。
翼が口を開く。
「憶測と推論にすぎないが…それでもパヴァリア光明結社の狙いと合致する部分は多く無視はできない…」
「……………………」
響は知っている。仮に地上に流れるレイラインを操作遮断しても、アダムが自身の魔力で無理矢理に遠く離れた星のレイラインを手繰り寄せて結局は神の力の降臨を止められない事を。
そしてバラルの呪詛が解除されているのがバレて風鳴機関に。
クリスはそんな響に目ざとく気が付いた。彼女だけでなく全員が響が怖い顔をしている事に不安を感じる。
「おい…大丈夫か……?」
「ぇ……」
響はここで自分が眉を寄せて資料を睨みつけていた事に気が付いた。慌てて誤魔化しにかかる。
「あぁ…いやね…ほらレイラインを利用するのはもうバレてるって相手は想定してるかもしれないじゃない?…だからもしかしたらレイラインを利用する事自体が何かのブラフで……もしかしたら本命は別にあるかも~って……」
その意見になるほどと皆が唸る。
実際はそんなものなど存在しないのだが。
「確かに以前にキャロルがレイラインを利用したわけだが、なら既にその手は明かされていると頭に入れて企てているのかもしれないな」
「そう断定するのは危険ね。やはりもう少し情報が必要だわ」
翼とマリアは響の意見を取り入れた上で自身の考えを述べる。マリアも言ったが情報が少ないためここで今結論は出せなかった。
響は申し訳ない気持ちに、特にしなくてもいい疑問を抱かせてしまったからだ。
「ならまずは夕食にしましょうか、ここにある古文書の全てに目を通すには時間もかかりますし、お腹いっぱいにして元気でないと。それに私の焼いたキッシュは絶品ですぞ?」
「そこは和食だろ…神社らしく……」
宮司の発言にクリスは半眼でツッコム。