「投降の勧告をする」
「…………」
繭を見ていたサンジェルマンを迎え入れたのはそんな一言だった。相手は拳銃やライフル銃の銃口を突き付けて言う。彼女は少しだけ困った顔をする、この人たち弱すぎてどうしようみたいな。
彼女は取りあえず思った質問をぶつける。
「シンフォギアではないのだな?」
直接見たわけではないが今の装者達はカリオストロとプレラーティを撃破できる実力を短期間で習得したはずなのだ。自分を前にしてその最大戦力たちを出し惜しむ理由が分からなかったのだ。
そもそもアダムとの戦闘中は気にしなかったが、他のシンフォギア装者が出てこないのは今思えば不審な点だった。
相手達は俯いたり声に詰まっていた。どうやらそれが彼らのウィークポイントのようだ。
「今装者の皆さんは出動できない状態なんです」
「!」
突如視界内に現れた緒川に驚くサンジェルマン。戦闘中よりは警戒心を上げているわけではないがそれでも気配を感じさせずに出現した相手に驚いた。
緒川はそんなリアクションなど気にせずに本題に入る。
「出来ればこちらについ来てはもらえないでしょうか?もちろん捕虜ではなく協力者として」
◎
サンジェルマンは潜水艇の一室に通される。
「来てもらいまずはありがとうと伝えたい」
「まどろっこしい挨拶は不要だ、要点を伝えてもらおうか」
S.O.N.G.のリーダーであると言う男の挨拶に早く話せと急かすサンジェルマン。それは傍から見れば失礼な態度だがそれで彼が怒りを感じることは無い。
そこで背中に隠れていたエルフナインが前に出る。
「ではボクから」
「…お前は…キャロル…?…死んだはずでは……何故ここにいる……」
サンジェルマンは目の前に現れた少女に軽く驚く。
キャロルが想い出を使い切って生死不明なのは既に周知の事実だ。仮に生きていても記憶喪失では実質死んだも同然と決めつけられていた。
「キャロルの事を知って…いえそうですよね、パヴァリア光明結社は裏でキャロルを操ってたわけですから……ボクはキャロルではなく廃棄躯体の一人だったエルフナインです。訳あって今はキャロルの肉体を譲り受けているんです」
「なるほど記憶を……それはキャロルの十八番だったな」
その説明に納得する。キャロルは自身のホムンクルスを作って四百年もの間生き延びてきたのだ。そして目の前にいる錬金術師が恐らく賢者の石を無効化する仕掛けを施した張本人だと理解する。
「話を逸らしてしまったな、私に何を求める?」
「響を助けるのを手伝って欲しい」
未来はつい話に割り込んでしまう。それだけ響の置かれた状況に焦っているのだ。
サンジェルマンは一応未来の事は知っているようだが先ほどのように話が逸れるのを嫌い深くは掘り下げない。
「お前は……まあいい…助けるとはどういう事だ」
「今シンフォギアのコンバーターユニットは賢者の石を弾くための仕様で汚染して使用不可能になっているんです」
未来は自陣の重要な情報を惜しげもなく言った。
それには流石にサンジェルマンもポカンとするしかない。それを言ってしまったら今すぐにでも攻められるかもしれないのにだ。
エルフナインが未来に続いて話をする。
「なので賢者の石の情報が欲しいんです。あの不浄を焼き尽くす力を応用すれば汚染を今すぐにでも除去できますから」
「分かっているのか?その情報を口にするのは敵である私にするにはあまりにも危険すぎる。理解しがたいのだが」
サンジェルマンは取りあえず思った事を口にする。
未来は困った顔をしたのち言った。
「何というか…戦場で響はあなたを信じて背中を預けた…それが私の信じる理由かな……」
「……………………」
サンジェルマンは何も言えなかった。
◎
切歌は体内リンカーの洗浄を行うため、そして調はそれに付き添っていて現在不在。
それぞれオペレーター陣や裏方の人間は慌ただしく作業を始めているのだが、装者達はギアの不在で何も出来ないので邪魔にならないように休憩用に用意されたソファーに腰を落ち着かせていた。実際には全く落ち着きなどしていないのだが。
彼女たちが置かれてる現状は響の生死不明に皆が混乱の真っただ中にいた。
「どうしたらいいのかしら……」
「そうだな…そもそも立花が無事なのかどうかすら……」
「歯がゆいわね……こうして連絡を待つ事しか出来ないなんて……」
翼もマリアも座って時を待つ以外出来ない。
「…………」
クリスは黙って何かを考えていた。
◎
『立花響が神の力と称される存在に取り込まれてから四十八時間が超過……』
風鳴八紘の報告。
既にあの日から丸二日が経っていた。いまだにビルにへばりついている例の卵はわずかな鼓動こそしているが進展はしていない。
『国連での協議は最終段階……間もなく日本への武力介入が決議される予定だ…そうなるとお前達S.O.N.G.は国連指示のもと先陣を切らねばならないだろう……』
「やはりそうなってしまうのか……」
分かっていた事とはいえハッキリと言われて弦十郎は呻くしかない。
周りにいる面々も沈んだ雰囲気になる。
『さらに状況が状況であるため事態の収拾に反応兵器の使用も考えられる』
反応兵器、つまりは核兵器の使用の可能性が日本に向かっているという事だ。弦十郎は当然怒りをあらわにする。
「反応兵器!?だがあの中には響君がっ……」
『無論、そんな暴挙を許すつもりはない。だが世界規模の災害に発展しかねない異常状態に米国政府や各国の鼻息は荒い。それに日本があの神の力を自分達の武力として利用しようと画策していると言われる始末だ』
響がティキの砲撃を空に向けさせなかったため衛星が破壊されなかった。しかし一方的な高火力に神殺しを覗けばどんなダメージも一瞬で直す不死性、やはりあのディバインウエポンの存在は脅威以外の何物でもないだろう。
「兵器利用…そんなバカな話が……!」
彼は肩を震わせる。
パヴァリア光明結社が兵器利用するのを阻止するために弦十郎たちは命を削って戦ってきたのだ、何のためにやってきたのか分からなくなりそうだった。
ただそれを兵器利用しようとするバカな男が一人彼の身内にいるのだがそれを知っているのは響だけだ。
『引き続き局面打開に尽力して欲しい、それがこちらの交渉カードになりうるのだ』
「分かった…すまない兄貴……」
そのやり取りを最後に前方モニターの八紘からの通信が途切れる。
弦十郎は感謝を述べた、熱くなりそうになる中、冷静に振舞ってくれたおかげで何とか最低限の思考は確保できた。
自分たちに達者な政の手腕はない。ただ出来るのは響を助けるために抗う事それだけだ。
緒川は皮肉と言った感じで口にする。
「国連決議による武力介入…ほんの数週間前のバルベルデと同じ状況に今度は我々がなってしまうなんて……」
ただバルベルデの際は容赦なく敵を倒せばそれでいいシンプルなものだったが、今は下手をすると響を手にかけかねないのだ。ここにいる皆がそんな覚悟など持っているはずがなかった。
エルフナインと未来が神の力の現状を報告する。
「あのサナギ状の物体の内部に響さんの生体反応を確認しています」
「完全に取り込まれてはいないんだろうけど……」
未来の声は何かが引っかかっているように聞こえる。しかしだれもそれには口を挟まない。
「時間が稼げてるうちに対策を!」
「ああ…既に作戦は進んでいる。マリア君たちに繋いでくれ」
翼の発案に弦十郎は答える。
友里は「はい」と答えるとモニターにマリア、切歌、調の3人が映し出される。
『こちらの準備は出来てるわ』
「そんでどうやってあいつをあそこから引きずり出すんだ?」
クリスの当然の疑問、それに答えたのはエルフナインだ。
「これを使います」
その手に握られていたのはリンカーの入った注射器だった。しかし中身が黄緑色ではなく赤色の。
『リンカー?違うあれは……』
『アンチリンカーデス』
調と切歌はそれにピンときたようだ。
かつてウェル博士が開発した人体と聖遺物の適合係数を下げる薬品。フロンティア事変の際に切歌が調に打ち込んだことがある。
エルフナインは説明を続ける。
「リンカーとアンチリンカーは表裏一体、リンカーを完成させた今アンチリンカーも精製可能です」
『でも適合係数を引き下げる薬を使ってどうやって……』
マリアはエルフナインの出す作戦にピンとは来ていない。
するとモニターにヨナルデパズトーリとディバインウエポンの二つの画像が表示される。
「ヨナルデパズトーリとディバインウエポンどちらも依り代にエネルギーをまとって固着させたもの……まるでシンフォギアと同じメカニズムだと思いませんか?」
『!!』
その言葉に皆がこれからすべきことに気が付いたようだ。響から神の力を分離する方法を。
「響君を取り込んだエネルギーと……ギアを形成する聖遺物のエネルギーの性質が近い物だとするならば……」
「アンチリンカーでぽんぽんすーにひん剥けるかもしれないんだな!?」
弦十郎が現状の障害になっている神の力を依り代に固着するその性質からシンフォギアと似たメカニズムだと言う。クリスは変な日本語だがとにかくアンチリンカーで助けられると声をあげる。
エルフナインは肯定と共にその手にギアペンダントを見せる。
「はいそのために」
「コンバーターユニット…それでは…!」
「反動汚染の除去完了。いつでも作戦に投入可能です」
翼の言葉に肯定する。
そして彼らはこの土壇場で手を挙げてくれた協力者の元へ向かう。
◎
本部になっている潜水艇のとある一室にサンジェルマンはいた。
協力者という立ち位置なのだが黒服のエージェントたちに拳銃を向けられている。彼女は例え撃たれても対処できるため余裕からなのか、もしくはS.O.N.G.が自分を撃つわけがないと高をくくっているのか特に反応する事は無く無表情だ。
それも致し方のない事だ。彼女はパヴァリア光明結社の幹部の1人であり、装者相手でも一体一なら凌駕しかねない戦闘能力を持っている。
その部屋に先ほどブリッジにいた面々が入室する。銃を向けられているサンジェルマンを見て弦十郎は。
「協力者に失礼だ、銃を下げろ。何かあったとしても…俺が動きづらくなるだけだ」
彼女はそんな態度を見て僅かに口元を釣り上げて笑みを浮かべる。
それが自分に対する甘さを見たからなのか、単に賢い選択をした彼らを褒めたのかは彼女にしか分からない。
「情報は役に立ったのかしら?」
「賢者の石に関する技術なくしてこの短期間に汚染の除去はできませんでした。ありがとうございます」
「何よりだわ」
エルフナインはにこにこでタブレット端末を持って言った。液晶画面には賢者の石のデータが記されている。
弦十郎は錬金術の会話に入る。
「それで……我々への協力についてだが……」
「それでも……手は取り合えない……」
サンジェルマンは体ごと逸らして言った。彼女にとってS.O.N.G.の面々の心意気と在り方は眩しすぎた。
するとアラーム音が鳴る。弦十郎は何があったのかと尋ねると風鳴訃堂が直接通信を寄越してきたと連絡が来る。
その部屋のモニターにくだんの人物が現れる。
『護国災害派遣法を適応した』
「な……」
「ごこくぅ…?」
弦十郎はともかくクリスにはピンとこなかった単語のようだ。翼はその意味を理解して問い詰める。
「まさか…立花を第二種特異災害認定したのですか!?」
「…………」
サンジェルマンは無言を貫く。目の前でふんぞり返る老体を見定めようとしている。
訃堂は彼ら彼女らの反応など自身の意見を曲げる材料足りえないとして無視して発言を続ける。
『聖遺物起因の災害に対し無制限に火器を投入可能だ。対象を速やかに…殺処分せよ!!』
「ですが現在救助手段を講じており……」
『はかなきかな……』
弦十郎の反論にも一切取り合おうとはしない。
『国連介入を許すつもりか!その行使は反応兵器!国が燃えるぞ…!』
彼の意見は決して間違っているものではない。
もし核兵器を撃たれた場合、日本の土地が再生不能なまでの大災害が起き、国民に安住の地は無くなる。
それにとどまらず兵器使用の前例を作ってしまえば、これまで核の未所持だった国々も自衛として開発と保持を掲げる可能性があるのだ。そうすればこの先にあるのは地獄のような世界だろう。
「国を守るのが風鳴ならば…鬼子の私は友を…!人を防人ります!」
翼は訃堂の決定を切って捨てた。その瞬間、相手の顔は怒りに染まり、体が抑えきれない震えが生まれていた。
『翼!その身に流れる血を知らぬか!』
「知るものか!私に流れているのは…天羽奏という一人の少女の生き様だけだ!国とは所詮人を守るための枠組み…!ならばッ私は人を守ります!」
翼にはもう訃堂の意見など通じなくなっていた。彼女にとって守るべきなのは人だからだ。当然相手もそれで退く様な精神性は持ち合わせてなどいない。
『貴様……!』
そんなやり取りを見て未来が呆れながら口を開く、
「もう黙ったら?若い人に見向きもされない老人なんて見苦しくてみっともないだけだよ。ここにいる誰もあなたの意見なんて求めてないんだから」
そう言って訃堂を全否定して見せた。当然そう言われて、
『貴様…誰が認めてやってそこにいると思っている……』
「勘違いしないで、私はあなたの部下でも手下でもない。私は響の力になるためにここにいるだけ。先に言っとくけど、仮に響を切り捨てるのならS.O.N.G.でも国連でも風鳴機関であっても絶対に許さないから、地球の裏側まで追い回してでも私は一切の容赦なくすり潰す」
もはや未来は妄執すら超えた何かとしか思えなかった。あの日、空になった立花家を見てから彼女にとって唯一絶対に優先すべきは響なのだ。
そこにいた全員がその言葉に黙り込んでしまう、今更になって今目の前にいる少女のもつ強烈な歪みを見たからだ。それは過去に旧二課がネフシュタンの鎧の起動実験を行い、彼女の親友を傷つけた事で残した罪だった。
とそこで再びアラームが鳴る。友里の合わせた声が響く。
『指令!響ちゃんの周辺に攻撃部隊の展開を確認!』
『作戦開始は二時間後…我が選択した正義は覆さん』
そう言って訃堂は強引に通信を切った。
「あれもまた……支配を強いるもの……」
サンジェルマンは無表情を貫いたが、内心ではやるせない気持ちを抱えていた。
響と自分は同じく理想の世界のため譲りたくない信念を持っているが、その所属する組織の上には訃堂とアダムという他者を簡単に踏み台にそして食い物にする人間がいる。
これでは下の人間がいくら世界を良くするために動いても意味はない。
◎
もうすぐ言われた二時間が経過する。それほど時間は残されていない。
「では作戦を説明します」
エルフナインは用意した作戦を装者に説明をする。
「これまでの神の力は全て巨大な姿を取っています。響さんも巨大なディバインウエポンのような姿で出てくると予想されます。なので大量のアンチリンカーを注入するために大型の注射器…いえもうアンカーに近いですがそれを用意してもらいました」
「装者の皆にしてもらいたいのはアンチリンカーの打ち込むための時間稼ぎに拘束です」
未来の言葉にマリアと翼が反応する。
「となると翼と私ね」
「影縫いがどれほど通用するか分からないが人事は尽くそう」
あれこれ言い合いながらもおおよその作戦が決まっていく。
おずおずと未来が話を切り出す、彼女が持っていたのはアンチリンカーの入っている人数分の通常の注射器だった。
「あとこれを…何というか……勘なんですけど……そう簡単に行くとは思えなくて……」
◎
二時間後、訃堂の指示のもと軍隊が繭の前に陣取って攻撃を加えていた。
戦車からの砲弾が直撃する。
『ついで第二波、攻撃開始!』
『第二波攻撃開始』
その掛け声と共に砲弾が撃ち込まれその外殻にひびが入って内部の光が少しだが溢れていた。それを見て部隊員の一人が報告する。
「全弾命中!対象の外殻部に亀裂確認!効果あり!」
そんな光景をブリッジから見ていた藤尭と友里は。
「彼らは知らされていないのか……あの中に人が取り込まれているんだぞ…!?」
「このままでは響ちゃんが……」
そう言って焦りと焦燥を顔に出していた。
更に砲弾を撃ち込もうと軍が動くと、繭のひびが広がっていき強い光を放っていく。だが砕けた欠片は光の粒子となって中心に取り込まれていく。そしてそれは光を放ちながらゆっくりと地面へと降りていく。
そして―