雪音クリスの朝は仏壇に手を合わせるところから始める。
その仏壇は当時の2課からの給料で買ったものだ。目をつむりかつて自分を愛してくれた両親が見てくれるその前で祈りをささげるのがクリスのルーティーン。
たっぷりと時間をかけたのち、
「それじゃ……がっこに行ってきます」
中々恥ずかしくて他人には見せない優し気のある柔らかな笑みを浮かべて手を向けて家を出る。
仏壇には先日行った自身の誕生日会の集合写真が飾られていた。そこには決して短くない期間の中で手にした不変だと信じた仲間たちに囲まれた恥ずかしさで顔を真っ赤にしている自分が。
クリスは冬の制服にコートをまとって通学路を歩いていた。深紅のマフラーに赤紫色の手袋とフル装備でも寒そうだった。
南極ほどの寒さでは無いはずなのに日本の寒さが身に染みていた。
「えっくしぶっ!」
口に手を当てて控えめなくしゃみをする。そして天候へと零す。
「…かーっ…この寒さ…プチ氷河期どころじゃないぞぉ…」
「クーリスちゃん!」
クリスの背後から自分を呼ぶ声が聞こえる。いつまでも先輩にちゃん付けをする不届きものは彼女の知る限り一人しかいない。
チラリと彼女が後ろを見るとそこには自分と同じ装いで橙色のマフラーを首に巻いてにこにこと人懐っこい笑みを浮かべる立花響がいた。
いつもは天然でくるくるぱーな言動や態度を取るのだが、時折クリスよりも大人びた言動を取る不思議な人物。
だがクリスは不信感こそあるが嫌いにはなれない変な魅力を持っている。一番の理由は敵であり傷つけた自分を何のわだかまりも感じさせずに助けて受け入れようとした事だ。
響の隣には同じく冬用の制服にコートをまとい紫のマフラーを巻いてうつらうつらとしている小日向未来がいた。
正直に言うとクリスの相手に対する最初の印象はハッキリと言ってしまえば嫌いだった。
それもそのはずで神獣鏡のステルス能力を利用してウェル博士を離脱させソロモンの杖を盗んだ張本人だからだ。
それだけに留まらず陰ながら暗躍そして持ち前の戦闘力で二課を翻弄し続けた。
しかし、F.I.S.が瓦解して以降はS.O.N.G.に組み込まれて自身の経験と学んできたことを十全に活かして何度も危険からクリスやその仲間たちを救っている。
今更過去に行った悪行を掘り返す気はクリスにはない。そもそも過去を掘り返したら自分の方がよっぽど黒歴史だからだ。
「おはよう…寒いね……」
「おはよ…ああそうだな寒いな…」
未来は眠そうながらも挨拶をし、クリスはそれに返す。ただしクリスは若干だが不機嫌そうだ。
「寒いよねぇ~」
響はそう言って背後から隣まで出てクリスの持つ手袋を見やる。そして最後に手を頬に当てて恍惚そうな感じで言う。
「でもあったかいよねぇ~お似合いの手袋~っ!」
「毎朝毎朝押しつけがましいんだよバカぁっ!」
「うぎゃああああ」
その言い方に苛立ったクリスが鞄で不届き者の頭をぶつ。響は軽い悲鳴を上げる。
「響……」
未来ははしゃぎ過ぎな親友をたしなめる…かと思われたのだが、
「その辺にしなよ、クリスだって恥ずかしいんだよ。本当にいじられるのが嫌ならとっくに手袋を外しているから、本当は欲しがっていると分かっていても」
「おいてめぇ!?」
未来のたしなめるかと思いきやの援護射撃にクリスは荒げた声を出してしまう。
「いやさー…一緒に選んだあの手袋クリスちゃんに喜んでもらえてるみたいだからうれしくてさ~」
「あうっ!?」
響の一言に変な叫び声をあげてしまうクリス。一瞬驚いた顔をしたのち顔を赤くして背けてしまう。
それを見た響と未来が隙を見逃すはずもなく。
「手袋して休まず登校してくれるし!」
「言われてみれば…推薦で進学も決まってるのにねぇ?」
「それはだなぁ…あたしはぁ……みんなより学校に行ってないから…その分を…だなぁ……」
クリスは顔を真っ赤にして恥ずかしそうにするしか出来ない。いつの間にか寒さは吹き飛んでいた。
「でも…嬉しいよ…こうして送ったものを大切にしてもらえて身に着けてもらえて…本当に…」
「あー!!もういい加減に…」
クリスはいつまでも響がいじるものだから反撃してやろうと振り返る。そこには楽しそうに話す姿ではなく悲しそうにそして噛みしめるように、そうこの瞬間を精一杯に感じている顔だった。
それを見てクリスはフリーズしてしまう。
クリスがそれをぱちくりと見ていると相手は表情をいつもの朗らかなものに戻す。未来はクリスの方を向いていて気が付いていなかった。
「どうしたの?」
「あ、いや…そろそろ呑気に学校に通ってるわけには…行かないかもしれないなってな……」
咄嗟に話題を変えるクリス。
彼女はこの時は響がなぜ憂いたのか分からなかった。
◎
曇りはあれど青空が確認できる晴れの日。1月の寒さが染みるが概ね気分が良いと言える天気の日。
そんな中、海沿いにあるアリーナで今度のライブに向けて詰めの練習をしている翼。しかしその表情や動きのキレにいつものものは無い。何か悩みや引っかかるものがありいつも動きを陰らせているのだ。
現場のスタッフはそんな翼を見て明らかに不安そうな顔をする、そしてそのままではダメだと首を横に振る。ダメ出しをする事で翼の機嫌を損ねる可能性もあるがそれでも媚びずに堂々としてみせるところにプロとしての誇りがある。
緒川はそんな様子を見て隣にいる人物に呟く。
「何かに…心を奪われているようですね…」
「そ、そうね…」
彼の隣にいるのはマリア。この場ではスーツにサングラスと翼のマネージャーと関係者ですよといった装いをしている。
心を奪われると言われて彼女はサングラスをくいっと上げて言葉を繋げる。
「任務の合間に陣中見舞いしてみればこの体たらく…凱旋ライブの本番は三日後だと言うのに……」
マリアはステージ袖にある欄干に体を預けて言う。声に若干だが張りがあった。翼が何に囚われているのか心当たりがあるのだ。
緒川はそんなマリアを苦笑いで見ていた。マリアもまた同じ悩みに囚われているのに気が付いている。
すると足跡が聞こえる。2人が音のする方へと振り返るとそこには翼が歩いてきている姿が見えていた。
「お疲れさまでした」
「…いえ……」
緒川からのねぎらいの言葉に翼は素直に受け取ることが出来なかった。
練習とはいえそれはプロとして大事な仕事、それを他の事へと心移りしてふがいない姿を見せるのは許されないと思っているのだ。
欄干に体を預けたままマリアはそんな翼に声をかける。
「世界に再び脅威が迫る中……気持ちはわかるけどね」
そして体を翼の方へ向けて言葉を結んでいく。
「でも…ステージの上だってあなたの戦う場所でしょう?」
「それはそうだが……南極からの帰還途中で…あんなことが起きたのに…はたしてここは私の立つ所なのだろうか……?」
翼は相手に正面から言われてつい反射的に視線を背けてしまう。
そして思い出されるのは先日、日本への帰還の途の中で警戒アラームを聞いたあの日。
◎
切歌と調を除く装者達は警戒アラームを耳にして急いでブリッジに集まっていた。翼が代表して質問をする。
「状況は!!」
ブリッジ内にある前方モニターには米国の空母がアルカノイズに襲撃されている映像が流れている。
「洋上にアルカノイズの反応検知!」
「米国空母トーマス・ホイットモアが襲撃を受けています!」
藤尭と友里がすぐさま報告にはいる。
アルカノイズが何故襲撃してきているのかここにいる全員は心当たりがあった。響は思い当たる節を口にする、というよりも事実だが。
「やっぱり、南極で回収した遺骸を狙って……」
「こっちの申し出を無下にしやがるからっ!」
クリスは右の握り拳を左の手のひらに打ち付けて持って行きようのない怒りをぶつけている。
マリアは怒りと不安でブリッジ内が埋め尽くされる中、不安を出さずに努めて冷静に振舞う。
「警戒待機をしていた調と切歌は?」
「先行しています!」
友里がすぐさま答えた。
◎
切歌と調は移動用のロケットに乗って太平洋上を移動していた。
ロケットが現場の空母上空に着くと、外側がパージして中にいる調と切歌が宙に身を躍らせて戦場に向かって落下していく。
「リンカーを忘れるなんて!」
「よく気が付いたデス!」
調はリンカー片手に大声で叱責する。切歌は本気で忘れていたようで笑顔で感謝を伝える。
そして二人は手を繋いでから抱き合いリンカーの入った注射をお互いの首筋に付けて一気に注射する。
『Zeios igalima raizen tron』
切歌はイガリマをまとい、アームドギアの鎌を持って空中にいたアルカノイズたちを切り刻みながら空母に着地をする。そして刃をブーメランのように飛ばして敵たちをなぎ倒していく。
調は脚装のローラーで動き回りながら滑るように敵の中を疾駆して回転ノコを使い切り刻んでいく。
そんな様子を見てブリッジにも安心した雰囲気が流れる。
『アルカノイズが相手であれば調さんと切歌さんの敵ではありません、これならイグナイトモジュールを使わなくても……』
『あぁ…だとすれば…そうだな……』
しかし特殊災害での修羅場を何度も経験してきた弦十郎の表情はすぐれない。そうアルカノイズが現れるという事はそれを召喚した錬金術師が存在するという事なのだから。
調は小型のノコを射出してアルカノイズ達を殲滅していきこれ以上の人的被害を押し留めていく。
するとそこで海中から空母の大きさを優に上回る両手に解剖器官を供えた超大型のアルカノイズが現れる。腕を振り回すと空母のブリッジを破壊する。切歌は破壊された瓦礫に押しつぶされる。
しかし、鎌を回転させてコマのように回転しながら苦衷へと身を躍らせる。敵はそんな切歌を見て腕を向けてエネルギー波を放つが、切歌は鎌をサーフボードの様にして肩のアーマーを噴かせてそれをかわす。
そして二撃目の砲撃も鎌の刃の部分で受けてその側面を滑るようにしてやり過ごしながら敵へと肉薄して、鎌の刃と脚装を連結させて一気に肉薄して敵の体を貫いてトドメを刺す。しかし―
「うわあっ!?」
「切ちゃん!」
倒した切歌は地面に着地をしたのだが、その直後に横合いから不意を付かれた一撃を食らってしまう。調は慌てて声をかけたのち攻撃の方へと視線を向ける。
そこには狼薄いピンク色の髪に、狼の意匠を感じる容貌の少女がいた。トランクを持っておりそこに先ほど切歌に一撃を加えた武装が収納されていた。
ブリッジは驚きと納得の二つの気配が内包される。
『錬金術師!』
「やはり出てきましたね……」
「ああ……この一連を裏回しするパヴァリア光明結社の残党だ…!」
装者達、厳密には響以外は驚きの声と緒川と弦十郎の納得と言った声が響く。
パヴァリア光明結社、それは世界の裏側から表の世界へ秘密裏に干渉して来た秘密結社。局長のアダムを筆頭に錬金術師というシンフォギアと同じ超常的な力を扱う世界の敵。しかし今は頭を失い、幹部は拘束されて事実上の空中分解をしている。
そして何よりフロンティア事変と魔法少女事変を裏で扇動して起こしたS.O.N.G.にとっての仇のような存在。
不意打ちをかました錬金術師は切歌と調を見て口を開く。
「…どうやらもう一つのターゲットはここには来ていないようであります」
「ターゲット?」
「何デスかそれは…?」
二人はその言い方に何かが腑に落ちなかった。
そもそもこの空母にアルカノイズをけしかけたのは聖骸を狙ったからだと思っていたのに、相手にはそれ以外の狙いがあるかのような言い方に不信感を感じてしまう。
相手は二人の質問に答える懇切丁寧さなど備えておらず、すぐさま破損した地面の切れ目に体を躍らせて空母内部に潜入してしまう。
「やらいでかっ!」
切歌はすぐさま相手が逃げて行った切れ目に向かって走っていく。
「デースっ!」
「切ちゃん!…もっと常識人らしくっ!」
空母の内部にそこから掛け声と共に飛び込んでいく。調も軽い叱責の後、その切れ目に飛び込んでいく。
しかしそこで内部は複雑入り組んでおり、二人は別々の場所で迷ってしまう。周囲を警戒しながらゆっくりと足を進める調だがそこで背後に何かが動く気配を感じる。
「ッ…鬼ごっこならシュルシャガナで…!」
気配を辿って行った先には切歌に先ほど不意打ちを食らわせた錬金術師がいたのだが、そこで背後を何者かに取られてしまっている事に気が付いて後ろを振り向くとそこには攻撃態勢に入っているアルカノイズがいた。
追い詰めたと思っていたら逆に罠を張られて追い詰められていたのは調の方だったのだ。振り向いた瞬間に攻撃を加えられて防御をまともに取れずに吹き飛ばされてしまう。
「アタッチメントッ!」
錬金術師の掛け声と共にトランクから何かが飛び出してくる。それはロープのようなものでそれが相手のお尻の尾てい骨あたりに接続される。
「ネイル!ぶち抜くであります!!」
そして飛び出してきたのは大きなツメだった。倒れた調に追い打ちをかけるように思いっきり叩きつける。
「あ…がはぁっ…!?」
腹部への衝撃に体内に存在する空気が一気に抜かれて呻くしか出来ない。
その戦闘音は艦内に響いておりそれは切歌にも聞こえていた。
「調ッ…!」
周囲への警戒を解いて音のする方へと振り向いた瞬間に側面の壁をぶち抜いてアルカノイズ達が攻め入ってくる。
「今更ノイズが何体来たところでえッ!」
鎌を振りかぶろうするのだがここは狭い廊下の中なのでガアン!と壁にあるパイプに刃が引っかかってしまう。それを見て彼女は驚く。
「でええぇすっ!!」
余りにも間抜けな状況に情けない声をあげるほかなかった。そのチャンスを敵が見逃してくれるはずもなく狭い廊下を埋め尽くしながら迫ってくる。
「他愛ないであります…完全なる命を砕いたシンフォギアがこの程度だなんて……」
床に倒れている調を見て失望したという風にくちを開く。
すると床をころころと転がっているヨーヨーが突如起動して少女を守るように立っていたアルカノイズを切り刻んでいく。
「な……」
アルカノイズが撃退された際に生じる赤い霧を見て驚いた反応を示す。すると彼女のアタッチメント越しに押し返される反応をキャッチする。
「まさかっ!」
「私を変えてくれた人がいる……私を強くしてくれた人がいる…!」
調は落ち着きながらも力強さを感じる口調で言い返す。するとヘッドギアから伸びた大型ノコを回転させて盾のようにして爪を力づくで跳ね返していく。
「簡単には負けられない!!」
そう言って小型ノコを射出して反撃に移る。相手は爪を盾にして何とか防ぐのだがその怯んだ一瞬を見逃さずに、調は射出した自分の攻撃よりも早く移動して敵の背後を取ってヘッドギアを使った攻撃を加える。
その攻撃に敵も機敏に反応して紙一重でかわして爪を使った一撃をお見舞いしようとするがそれは調のヘッドギアが簡単に受け止める。
「くっ…」
相手は力を入れた攻撃を受け止められたのを見て顔をしかめる、若干だが先ほどまでの自信に陰りが生まれる。
調はヨーヨーを投擲して追い詰めようとする。相手はそれを高い反射神経でかわしていくのだが、かわした攻撃の足跡にヨーヨーの糸が残り続けるため少しづつ躱せるスペースが殺されていく。
すると廊下の端から声が聞こえる。
「ダウンサイズしてしまえば狭くたって問題無いのデス!」
両手に小型化した鎌を持っている切歌が調のもとへと駆け付け敵を挟む形になる。
「調ッ!」
切歌のその声に呼応して調は二つのヨーヨーを連結合体させてサイドスローの要領で投げつける。
「そんな大雑把な攻撃がっ…当たるわけがッ…!」
特に不意を突いたわけでも無いその一撃を敵は簡単にかわしてくれるが、それは織り込み済みで攻撃を背後で切歌の鎌で受け止める。
「嘘でありますッ!」
背後で起きた現象に驚くがすぐさま思い通りにはさせないと爪で攻撃しようと図るのだが小型ノコたちが投擲されて爪での防御を強制されてしまう。
すると調のヨーヨーに鎌の刃が合体してそれを投げ飛ばす、するとそれは二つのコマとなった。それを調が糸を使って操作して狭い通路内を追い詰めていく。そして直撃して大爆発を起こして壁に大穴を開ける。するとそこは外と面していた。
「やったね切ちゃん!」
「今夜はハンバーグなのデース!」
二人は勝利を確信して頬を緩める。
ハンバーグというのは敵を切り刻んで挽肉にしたという事なのだろうが、それをここでツッコんでくれる人はいない。
すると瓦礫が何もしていないのに動き出してそこから敵錬金術師が飛び出してくる。どうやら攻撃を受ける一瞬に武器である爪で体を覆って直撃だけは避けたようだった。
「やってない!任務遂行を優先してっ…こちらが加減してたのであります!」
よほど負けず嫌いなのかこの場で戦力的にも、人員的にも、地理的にも不利なのは自分だという事も忘れて睨みつけて吠える。
『そうよエルザちゃん。やりすぎて船ごと聖骸沈めるわけにはいかないわ。まあそれは相手もイグナイトモジュールを使わない事から見ても同じ。撤退しましょう?』
「撤退でありますか…?そんな簡単に……」
全く納得していないと言った反応を示すエルザ。
『かわいいエルザちゃんをぼろぼろにしてまでの任務じゃないわ。聖骸を奪うチャンスは消えてないし、もう一つの本命はそこにいないわけだしね』
「っ~!」
その声はテレパシーだが耳元で聞こえる妖艶な声で可愛いと言われてゾクゾクした反応を示す。
「…がんす…帰投であります……」
彼女の手にはテレポートジェムが握られており、表情には先ほどとは打って変わって初期の冷静さを取り戻していた。そして転移して逃げて行った。
「取りあえず…勝てた?」
「少なくともあの気味の悪いミイラは守れたのデス…」
作戦は成功したのだが二人には妙な胸騒ぎだけを残していった。
一方でブリッジのも同じ雰囲気を残していた。
「直ちに救護班を向かわせろ」
「世界に敵対する新たな脅威……」
弦十郎が指示を出す。そして翼は今回の錬金術師を見て改めて気を引き締めていた。
◎
「我々S.O.N.G.も極冠にて回収した遺骸の警護に当たるべきではないでしょうか?」
翼は先日起きた米国空母襲撃の一件を思い出してそう提案した。
「気持ちは分かるわ。でも遺骸の調査・扱いは米国主導で行うと各国機関の取り決めだから仕方ないじゃない」
「日本政府とS.O.N.G.にこれ以上聖遺物と関わらせたくない国も少なくないからですね」
マリアは腰に手を当ててやれやれといった感じ、緒川もまた申し訳ないといった感じでで言う。
錬金術師に正面から対抗出来る公の戦力はシンフォギアしかないのだがその力を保有しているのは国連であるのだが、その実態は日本のみという現状に不安と難色を示す国や勢力は多い。
かつて百年ほど前に起きた核開発保有競争と同じで他の国よりも優れた技術と軍事力を持たなければ国際的に優位に立てないという嫌な競争が聖遺物を巡って成立してしまっている。
かつてのバルベルデはその誘惑に負けて錬金術師、パヴァリア光明結社を政府の深いところまで入り込ませてしまい結果として指導者と国力の多くを失った。
異端技術の面では日本政府は大きくリードしているため、あの手この手でルールを作り、隙あらば搔っ攫おうとする思惑を持つものは山ほどいる。
仮に聖遺物や聖骸を研究すればシンフォギアやそれに類する新たな異端エネルギーを保有できるかもしれないのだ。これに飛びつかないはずはなかった。
「せめてっ…私達が警護に当たれれば被害も抑えられ……あいたっ」
翼はそこまで行ったところで中断されてしまう。マリアがデコピンをして翼の口説を止めさせたのだ。
翼がおでこを抑えているのを尻目にマリアが声をかける。
「今やる事とやれることに集中するの」
「うぅ……」
翼は少しだけ恨めしそうな顔でマリアを見やる。
「ステージに立って歌うのはあなたの大切な役目のはずでしょ?」
「うむぅ……不承不承ながら了承しよう……」
とりあえず翼はマリアの意見に納得したようだ。
しかし直後に「だが」と言葉を付け加えて。
「それには一つ条件がある」
「は?」
マリアは翼が自分のサングラスを取って言った言葉に疑問符を浮かべる。見ると緒川も何のことやらと言った感じだ。
翼の不敵な笑みだけが残る。
◎
『報告書には目を通した』
S.O.N.G.の本部ブリッジの前方モニターには隠居した身でありながらもいまだに国防に関する一定の権力を握っている齢にして百を超えるであろう老人が、弦十郎を締め付けに来ていた。
『政治介入があったとはいえ、先史文明期の貴重なサンプルの調査権を米国にかすめ取られてしまうとは…なんたる無様ッ!』
風鳴訃堂はお冠だった。それもそのはずで国防面において資源に乏しい島国でしかない日本が大国とやりあえているのはひとえに聖遺物研究の成果があるからだ。そのアドバンテージを崩しかねない今回の聖骸の不利すぎる落としどころに文句の一つや二つも言いたくなるというものだった。
独占とまではいかなくとも日本と土地内で研究を行わせシンフォギア装者の護衛をつけさせるか、日本人研究者も実験に立ち会える状況にはするべきなのだ。
それなのに大国の影響を恐れて引いてしまってはこれから先も舐められた態度を取られるのは確実だった。
弦十郎の父親は行き過ぎた言動が多く分かり合えない面は多分にあるが、どんな状況でも一歩も引かない強情さと政の手腕があるのだ。
少なくとも国を守ると言う視点でだけで見たら相手の言動には間違いはないのだ。その過程がどうしようもなく間違っているのだが。
弦十郎はその通りすぎる意見にただただ謝罪をする他なかった。
「反応兵器の使用をはじめ今日までの争乱に様々な横槍を入れてきた米国に対し…一層の注意を払うべきでした…」
『さらにはパヴァリア光明結社の残党をのさばらせおって!』
「…それについても対応中であり…」
『お前にも流れる防人の血を辱めるな!』
訃堂の目は目の前の説教をしている人間以外の何かを見ていた。そして一方的に怒るだけ怒ったら通信を切ってしまう。
「ふぅ……」
弦十郎は通信が切れると机に腰掛けてネクタイを緩めて溜息をこぼしてしまう。
そのタイミングで友里がコーヒーの入ったカップを渡す。
「司令、あったかいものどうぞ」
「ああ…あったかいものどうも…すまないな」
彼は疲れてこそいたが朗らかにそれを受け取る。
そんな姿を見て藤尭が体を相手に向けて口を開く。
「鎌倉からのお叱り、今まではほとんどなかったのに随分と頻度が増えましたね」
「うむ……そうだな……」
弦十郎はそのお叱りが神の力が降臨したあの日から増えたように思えて仕方なかった。
◎
「エルフナインちゃんあったかいものどうぞ」
「え、あっ未来さんありがとうございます」
深夜のブリッジで夜の番と集めていた資料を見返していたエルフナインは未来に話しかけられて驚きながらも感謝を伝える。
エルフナインが休まずに働き詰めているのを見てポツリ。
「働き者だなぁ……」
「未来さんだってここ数ヶ月本部の研究室に籠りっぱなしじゃないですか」
「そうなんだけどねー」
エルフナインは若干だが頬をぷくーっと膨らませてその言われ方は不服だと伝える。しかし相手はその指摘にもあっけからんと言った感じだ。
「そう言えば明日は翼さんのライブではないのですか?」
エルフナインは気になった事を質問する。明日の用事を考えたらここで夜更かしはまずいのではないのかと。
未来はそれに対して答える。
「明日というかもうすぐ今日になるけど、ライブは午後五時スタートだから正午までに起きれば問題ないからね」
響達とは午後の二時に落ち合う算段になっており、S.O.N.G.のスタッフに車の手配は既に頼んでいるのだ。
未来はそこで「ところで」と付け加えて。
「何を見ているの?」
未来は何となく気になった事を質問する。すると相手は見ていた資料を相手に見せながら話始める。その資料には先日棺と戦った響の映像と画像が載せたあった。
「先日、響さんが融合者から適合者になったのはバラルの呪詛が神獣鏡の輝きによって祓われた可能性が高いと言う仮説を話しましたよね?」
「うん覚えてるよ」
未来はアダムを倒した後日、ここと同じ場所で弦十郎と三人でその仮説を聞いた。
かつて未来は融合が深化した響を助けるために、神獣鏡の魔を祓う光線をぶつけて体内に巣くっていたガングニールを消滅させたのだ。
その後、響はフロンティア内でマリアを前にして聖詠を唱えたかと思ったら突如マリアのまとっていたガングニールを奪って自分のものにしたのだ。
「先日南極での戦いで響さんはマイナス5100℃の一撃を受けてその氷を破壊する際にフォニックゲインが爆発的に上昇したんです」
エルフナインのその一言に未来はうんうんと首を縦に振る。実際にその高まったエネルギーをぶつけて棺をダウンさせたのを見た。
「でもそれがどう…し……」
未来はそこである事に気が付いた。
エルフナインは相手の様子を見て自分が何を言いたいのか察してくれたと確信する。
「そうです。あの時響さんは歌っていなかったのに突如として大量のフォニックゲインを生み出したんです」
「そうだ……あの時響は意識が混迷していて歌ってなかったはず……ならどこからエネルギーを生み出したの……?」
シンフォギアはフォニックゲインと呼ばれる歌う事で生み出すエネルギーに起因して起動する。逆に歌わなければ起動しないはずなのだ。
「この現象を解析すれば響さんが適合者になった謎が分かるはずです」
「それだけじゃない……解明できればもっと多くの人が適合者になれるかもしれない…それにフォニックゲインの不足や適合係数を超えて…リンカーも不要になって今よりずっと安全なギア運用が出来るかも……」
エルフナインと未来は意見をすり合わせていく。
二人が無言で思考の奥底に潜っていたのだが、そこで緊急アラームが鳴り響く。それに未来は驚いた声を出す。
「へっ…?なにっ」
「これは……」
エルフナインは手元の端末を操作するとそれを前方に表示する。そこにはアウフヴァッヘン波形を観測したと言うメッセージ。そこには「GUNGNIR」の文字が。
未来はその文字を見て訝しげな表情を。
「響のギア使用許可申請は入っていないはず……まさか敵襲……?」
「いえ…アルカノイズや錬金術師の反応はありませんが……」
エルフナインもこれには眉をひそめて不安げな表情を作る。
シンフォギアの起動呪文は日常生活の中でうっかり暴発するようなワードの組み合わせにはなっていない。
するとそこで緊急コールが入る。相手は弦十郎だった。
『エルフナイン君聞こえるか!!』
「あ、はいっ!」
相手の切羽詰まった言葉につい引いた感じで答えてしまう。
そして飛び込んでくる衝撃的な報告。
『響君がシンフォギアを使って翼のライブ会場の一部を破壊した!今すぐに足取りを追ってくれ!!』
それはS.O.N.G.や日本の立場を危うくする最悪な一報だった。