「『私の味方になってください』そう言ったのは響ちゃん…あなたでしょう?」
その一言は現場だけでなくS.O.N.G.のブリッジ内にも響き渡った。
その場にいた全員はその言葉を知っている。かつて旧リディアン校舎で戦った際に全ての手を装者達に潰されて敗北した際に響がフィーネに言った一言。
フィーネそれは先史文明期を生きた巫女。しかしS.O.N.G.の面々はその一面よりは櫻井了子としての付き合いの方が圧倒的に長い。
櫻井了子、かつてシンフォギアシステムを生み出した超一流の研究者。
かつてカ・ディンギルという巨大砲台を使って月を穿ちバラルの呪詛を止めようとしたがそれを装者達に止められ掠らせるに留まる。そしてその一撃によって落ちてくる月の欠片を食い止めるために飛び出してその身を滅ぼしたのだ。
だが彼女には自分の遺伝子を持つ相手つまり子孫がアウフヴァッヘン波形を浴びるとその体に意識が宿り元の人物を塗りつぶして輪廻転生を行っている。
つまり世界のどこかで転生している可能性はあったのだ。
レセプターチルドレン、つまりマリア、切歌、調はかつてのF.I.S.がフィーネの主導で集められた自身の転生先として目された子供たちだ。
だが櫻井了子の死後も転生の予兆は無かったため、フィーネはどこか遠くの知らない誰かに生まれ変わっていると思われていた。
だが目の前にいる調は。
恐る恐る弦十郎は通信を使って調の体に問いかける。
『了子君なのか……?』
「はろはろ~っ…弦十郎くん?あなたの愛しの櫻井了子ですよ~?」
調がこれまで見たことの無いニコニコの笑顔で遠くで今自分をモニタリングしているであろう人物に向かって手を振っている。
いつもの表情筋が死んでいる調では考えられない仕草。
響はやはり目の前にいる人物がかつて自分を守るために命を散らせたその人だと言う事が信じられないため声をかける。
「了子さん……でもどうして……?」
「んーっとね、今まではこの子の中でじっと見ていたのよねぇ……ほら私が出てくると色々と迷惑がかかるじゃない?…それに私みたいにオバサンがあれこれしゃしゃり出るんじゃなくて……今を…そしてこれからを生きる人達が頑張らないとねって思ってねぇ」
調いやフィーネは人差し指を頬にぷにっと添えてそう言った。
彼女のその可憐な容姿でのその仕草はとても可愛らしいのだが、いかんせん中身はうん千年の年増なため酷い若作りだった。
「フィーネッ!」
「クリス何をっ!」
クリスはフィーネに向かって飛び込んで思いっきり殴りつけに行く。
マリアはそれに驚いた声を出す。
それは相手に簡単に受け止められてしまう。そしてクリスは顔を至近距離まで近づけて言う。
「…………今までなんで黙ってた!!あいつは…その体の持ち主はどうなったんだっ!!」
「……っ……一から十まで騒がしい子ね…ちょっと体を借りてるだけじゃない……」
フィーネはクリスに言われた言葉に最初一瞬だけ驚いたが、すぐさま調子を取り戻して思いっきり振り払ってクリスを後方へと飛ばした。
「う、嘘デスよ…だってフィーネの器は…あの時……」
切歌が思い出すのは鉄パイプが下りてくるのを受け止めたあの防御壁。
フィーネは申し訳なさそうに釈明した。
「ごめんなさいね…勘違いしているのは分かってたけど…出てきたらもっと混乱するでしょう?…そもそも出てくるつもりもなかったのよ?」
「そ…んな……」
切歌だ。
呆然とフィーネに乗っ取られた調を見ていた。
調の体そして調の声を被って話す誰かに耐え切れずショックで切歌はギアが解除されてへたり込んでしまう。
マリアは慌てて切歌に寄り添って必死に声をかける。
「切歌!しっかりしなさい切歌!」
「切歌ちゃん……」
しかし相手は声をかけられても俯いてへたり込んでいる。
茫然自失となったその姿に響は見覚えがあった。
かつてシェム・ハに仲間の装者を殺された時の自分だと。響には今の切歌はかつての自分とダブって見えていた。
既に切歌は心が折れて戦えない。そんな姿を見てフィーネは翼に顔を向けて話しかける。
「うーん……ところで翼ちゃんはどうする?…ここで私や響ちゃんを見逃してくれると嬉しいんだけど?」
「な、そ…それは……」
「させないわ」
翼は狼狽しているがマリアがすぐさま否定する。
マリアの顔には怒りが浮き出ている。
「その体は調のものよ…持って行かせないわ……何が何でも…!」
「あらぁ?あなた前に私が居ぬ間に名前を勝手に使ってたと思うけど?アイドル大統領さん?」
フィーネの挑発交じりの言葉に完全に頭に血が上ってマリアは短剣を逆手に飛び込んでしまう。
マリアは気絶を狙おうとヘッドギアに向かって思いっきり剣をぶつけようとするのだが、それを相手は一瞬で見切る。
ミリ単位でかわした瞬間に脚装のローラースケートで体の回転を起こして勢いをつけた裏拳をマリアに食らわせる。
「あぐっ!?」
「マリア!」
思いっきり頬を殴られてバランスを崩し地面に倒れこんでしまう。
翼は仲間が簡単にいなされた事に驚いて声をかける。
かつてカ・ディンギルを巡った際に争ったがやはりフィーネの戦闘技術は確かなものがある。
そんな中、突如響の耳元に未来からの通信が聞こえた。
『響聞こえる?』
「未来…?」
『響は今そこから逃げたいんだよね?なら手伝ってあげる』
「え…?」
未来からの通信に響はとっさに小声で応答してしまう。相手から伝えられたその内容はS.O.N.G.のスタッフとしてはあり得ない提案だった。
「でもそれは……」
響はここで自分に協力をしたらどれだけ立場が悪くなるのかを案じて尻込みをしてしまうのだが、相手は優しそうな声で言い切った。
『うん、そうなんだけど…でも私はいつだって響の味方だから』
未来はそう言って手元の端末を操作し始める。すると異常が発生する。
『システムサーバーダウン!!』
『コンソールに謎のパスワードが!!戦闘管制出来ません!!』
藤尭と友里の焦った声が装者達に響く。
未来の言った通り逃げるのにこの上ないチャンスが転がり込んでいる。
響にとって悩ましかったのはいくら逃げてもアウフヴァッヘン波形が捕捉される限りどこに逃げても無駄だという事だ。そして解除しても最後にレーダーに映った先をしらみつぶしに捜索されたら逃げようがない事だった。
今の混乱に紛れればいくらでもやりようはあった。ここさえ逃げ切ればS.O.N.G.も風鳴機関も欺ける隠れ家があるのだ。
「食らっとけフィーネっ!!」
「雪音止めろ!!」
クリスはミサイルポッドを展開して辺り一面に爆弾を撒き散らしていく。翼はとっさに止めるように言うのだが時すでに遅し。
辺り一面に彼女が放った爆弾が着弾して爆音と土煙が充満して視界がゼロになってしまう。
そして視界が晴れたと思ったらそこには響もフィーネもいなくなっていた。
今の爆風とレーダーの機能不全に紛れて逃げ切られてしまう。
◎
「マリアはブリッジに行きなよ……ここは私が見てるから……」
「そうね……任せるわ……」
未来はマリアにメディカルルームを出て本部ブリッジで間もなく行われるミーティングに参加するように促す。相手もそれに対して首を縦に振る。
マリアの外傷は頬に軽くだが貰っただけなので無傷に近い。
今現在メディカルルームのベッドでは切歌が横になっていた。
未来はその看病をしていた。しかし切歌に目立った外傷はなく、寝込んでいる理由は調がフィーネであり体が乗っ取られた事による精神的なダメージによるものだ。
まるで現実という悪夢から覚めたくないと拒否するかのように。
未来がブリッジにおらずメディカルルームにいる理由は単純で、響を逃がすために本部のコンピューターへハッキングとウイルスを流した事によって罰として現状は立ち入り禁止と本部内での待機になっているのだ。
本来であればそんな危険な行為をすれば牢屋にぶち込まれてもおかしくないのだが、弦十郎は極力寛大な処罰を行った。
実際に入れないのはブリッジだけで、研究室は自由に使えるしシンフォギアの修復も必要であれば仕事を回されるだろう。
勿論弦十郎が極力他者を猛烈かつ強硬に罰する事を嫌うのもある。
もう一方でそれくらい貴重なのだ、聖遺物を深く理解している専門家は、シンフォギアを修理できるほどの腕は。
◎
先ほどの戦闘で気落ちこそしているがブリッジにいる皆は何とか気丈に振舞っている。
「回収したアタッシュケースの解析完了」
「結果をモニターに回します」
藤尭の報告と友里が手元のデータを正面モニターに回す。
出てきた画像は穴が開いたアタッシュケースとぶちまけられた血液パックだった。
クリスは病院やメディカルルームで何度か見た事があるそれを口にする。
「あれは…血液パック…輸血用のか……?」
「あれは全血清剤…成分輸血が主流となった昨今あまりお目にかからなくなってる代物だ」
弦十郎がクリスの発言に捕捉を加える。
成分輸血とは患者の症状によっては赤血球が不足する場合、血小板が不足する場合、血漿が不足する場合など相手によって必要な要素を重点的に入れて調整した輸血用血液。メリットとして必要な分を無駄なく輸血するので体への副作用が少ないなどがある。
全血輸血は人から入手した血液に保存液を加えたシンプルなもの、主に突然の大量出血で血液そのものが不足して危険な患者に使われる。
エルフナインは椅子ごと体を向けて口を開く。
「それ以上に気になるのがその種類です。Rhソイル式、百四十万人に一人とされる稀血と判明しています」
「まさか…輸血を必要としてるとでもいうの?」
マリアは相手の狙いがさっぱり分からなかった。
先史文明期以前に存在したと思われる聖遺物の腕輪を狙ったかと思えば、珍しい血液型の輸血パックを手に入れようとしている。この二つをどうつなげたらいいのか見当つかないのだ。
「現場周辺にいた目撃者からの聞き取り終わりました」
「お疲れ様です緒川さん」
調査から帰ってきた緒川がブリッジへ帰って一言言った。
その手には聞き取りデータが入ってるタブレット端末を持っている。翼は素早く相手をねぎらう言葉をかける。
緒川は「ありがとうございます」と返したのち報告をする。
「埠頭にて彼女達と黒ずくめの男二人を目撃し麻薬の取引現場だと思ったようです」
「つまりパヴァリア光明結社の残党を支援しているものがいるという事か」
「ええ、そして取引を息を潜めて見ていると…響さんがコンクリートの塊を投げつけて血液パックの入っていたアタッシュケースを破壊して戦闘に発展したようです」
弦十郎は黒ずくめの男と聞いて敵にはある程度の大きさのバックアップが存在すると確信する。
その直後に緒川が「響さん」と口にすると一帯の空気は冷たく重いものになる。
今現在響とそれに協力した調、いやフィーネは見つかっていないのだ。未来のハッキングによってできた隙を逃さずに姿をくらまされてしまった。
「立花はどのような経緯で輸血パックの取引場所を特定したのだろうか…」
「響さんが…たまたまあの現場に居合わせた可能性もありますが……」
翼の言葉にエルフナインはまだ断定はできないと返す。
しかしそうは言ってもこれまでの響の不審な行動の数々を考えると何かしらの方法で取引場所や時間を特定してたのでは?と勘ぐってしまうのだ。
そして新たに発生した問題、それは。
「立花響もだけど調がどうなったのか…」
「…………前に聞いた際は意識を塗りつぶすって言ってたな……」
マリアは薄々分かっていながらもそれを口にする。クリスはおずおずと言った感じでかつてリディアン校舎で聞いた話を口にする。
フィーネに乗っ取られる前に櫻井了子だった誰かは、体を乗っ取られた際に消滅している。となる考えるのはそこだった。
それを聞いて空気に大きな鉛球が括りつけられる。
「俺は…信じたいがな……調君を殺すような真似はしていないと……甘いと言われるかもしれないが……」
弦十郎は呟くように言った。
あの日、響の手を取ろうとしたときの櫻井了子はただ自分の目的のためであればいくら他人が傷ついても良いという考えを捨てたのだと。そして意見を発する。
フィーネの協力者として支援しながらも裏ではその功績を掠め取ろうとして日本で政治家の暗殺など暗躍をした。
フロンティア事変では情報の独占等を行ってF.I.S.が離反するきっかけを作った。自分たちが不利になるとみるやマリア達装者を秘密裏に葬ろうともした。
パヴァリア光明結社との戦いでは、国連の決議を無視して反応兵器を独断使用すらした。
何より日本がシンフォギア技術を独占している現状に不満を抱いており、結果としてアヌンナキの遺体とその聖遺物を政治的なやり方で掠め取ろうとしているのだ。
挙げたらキリがないが、これだけを見れば今回の残党を秘密裏に支援しているのは米国政府だと決めつけようとしてもおかしくは無いのだ。
友里も藤尭のその意見に肯定をしめす。
「先だっての反応兵器の発射以来……冷え切った両国の関係を改善するために勧められてきた月遺跡の共同調査計画……疑い始めたらそれすらも隠れ蓑に思えてきてしまうわね……」
「もしかしたらあのバカなら……何か大事なことを知ってたのかもしれないな……」
クリスはあの時に逃した事を少しだけだが後悔した。
それは自分の良心が選んだ選択とはいえ良かったのかと。その答えは今は分からない。いつも自分の選択の正しいか間違っているかは未来が教えてくれる。
その時だった。緊急アラームが鳴り響いた。
「米国ロスアラモス研究所がパヴァリア光明結社の残党とおぼしき敵生体に襲撃されたとの報せです!」
「なんだと!?」
藤尭の驚いた声での報告に弦十郎は信じられないといった声を発する。
それはアメリカがパヴァリア光明結社に関与を否定する材料なり得る事件だからだ。
送られた映像には炎に包まれた施設の中にたたずむ褐肌でライダースーツを着たロングヘアーの女性が映っていた。
◎
ミラアルクとエルザのノーブルレッド達はアジトで休息を取っていた。
外傷だけなら大したことは無いのだがベッドで横になるエルザの息が分かりやすく荒れていた。
「私めの不始末であります……」
その苦しそうな彼女は泣きそうな顔でそう言った。
目には僅かにだが涙が潤んでいた。
「あの時……死んでもケースを守らなくてはいけなかったのにであります……」
あの時お目当てのものが手に入ってうっかり周りの警戒を解いてしまったがために自分たちのターゲットである響にケースごと破壊されてしまった。しかもその響には結果として逃げられてしまっている。
目的達成に遠ざかってしまっているのが現状だ。
つぎの一手を打とうにも彼女たちの体は特殊な血液型の血清を必要とする体に改造されてしまっており、このまま時間をかけていると動けなくなってしまう。
既にエルザは体の血が濁って動けなくなりつつある。
前に切歌と調の二人とやりあった疲労が回復していないのだ。
自責で苦しんでいる仲間に笑顔でミラアルクは言う。
「何言ってんだ……死んだら元も子もないんだぜ?」
「ですが…血液を必要としてるのはミラアルクだって同じ事であります……」
「戦わなければしばらく力は持つはずさ……ヴァネッサが戻るまでにはなんとかしてみせるぜ」
相手の心配を振り払うように相手の頭を優しく撫でながら、いつも通りの声色でありながらも力強いトーンで言う。
撫でられていたエルザは逃げてからずっと気になっていた事を口にする。
「あのターゲットに催眠をかけようとしてからミラアルクは……辛そうであります……」
「……ああ…そうだ……あの時あいつ以外の何かがこっちをのぞき込んであたしを引きずり込もうとしてきやがったんだぜ…」
その言葉にミラアルクは顔をしかめる。思い出す、あの時感じた寒気をそして圧倒的な存在感を。
あの時に催眠、または魅了の邪眼をかけようとすると失敗したのだ。動揺の隙を突けなかったのではなく、響以外の何かが彼女を引きずり込んで廃人にしようと強力な力で意識を引っ張りこんできたのだ。
立花響は事前のデータから特別な血縁が無ければノーブルレッド達のように改造された痕跡は存在していない。なのに邪眼を上回る何かしらの力を持っていた。
不安を振り切るように気丈に振舞う。
(うちはどんな手を使ってでもエルザとヴァネッサを…)
『他者を傷つけるやり方じゃ、世界の誰もあなた達を受け入れてはくれない……あなた達に居場所が無いのは…ただ不幸にも望まない力を押し付けられたからだけじゃない…その自分達さえよければあとは誰が傷ついても構わないその思想と行動のせいだって分からないの…?』
思い出されるその言葉。それは彼女たちがこの体にされてからの夜の数だけ数えた事。
自分達が普通の体だった時、果たして周り全ての人達に褒められて尊敬されるような立派な人物だっただろうか。
そもそもただの人間の間ですら排斥と暴力が消えることは無い。
(そんな事とっくに分かってんだぜ……でもバケモノは心までバケモノにしなくちゃ生き残れないんだぜ……)
誰よりも排斥される疎外感と痛みを知りながらも、結局は痛みを与える側に立ってしまうというジレンマ。それはバラルの呪詛が引き起こす不和の形の一つなのかもしれない。