過去に戻った立花響   作:高町廻ル

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火を見るよりも明らかでしょう

『まさか…それはっ……!』

『はい、神獣鏡のシンフォギアペンダントです』

 

 弦十郎の驚愕に未来は淡々と答える。その一言にブリッジはざわつく。

 神獣鏡のシンフォギアはかつて響に砕かれて修復は不可能。未来は研究を続けていたのだがどうしても櫻井理論を完全に掌握することが出来ずに再び彼女がまとうのは不可能に近いと結論づいたと思われていたのだ。

 しかし今現在は必死の努力の結果、弱い光で目くらましにしかならないがペンダントから浄化光線が放てるレベルになっているのだ。

 それでも武装として力を固着させる段階には至っていない。

 

『未来さん…どうやってシンフォギアの自作を……?』

 

 エルフナインは技術者だからこそ分かるのだ。資料を見よう見まねで再現した程度では櫻井了子にたどり着けないと。

 未来はギアを掲げてなんてことはないといった感じだ。

 

『えっとね…前にサンジェルマンさんの持ってた賢者の石を見せてもらった時にスペルキャスターも観察してデータを取ってたんだ。その時に手に入れたファウストローブのデータを使ったんだよ。このギアは櫻井理論の中でどうしても理解出来ないブラックボックスだった部分をファウストローブの理論で埋めたツギハギハイブリッドだよ。シンフォギアもファウストローブも元をたどれば同系統の力だからね』

 

 

 未来は高く飛んでいたがするとゆっくりと着地をする。

 飛行能力にそのホバリングは間違いなく神獣鏡の能力だ。

 

「未来……それは神獣鏡…どうやって…?」

 

 マリアはその姿と性能を見て間違いないと思いながらもやはり信じられないといった感じだ。

 確かに仮にフィーネが居れば自作や修復可能かもしれないが、今の彼女は調の体を使って失踪中なのだ。

 

「色々とね、後で話すから取りあえず今は休んでなよ。ノーブルレッド達は私に任せて、試運転がてら畳んでくるから」

 

 未来はそう言うとマリアからノーブルレッド達のリーダー格と目されるヴァネッサの方を振り向く。

 相手は一瞬ビクリとしたがすぐに顔に僅かな笑みを取り戻した。しかしそれは余裕や優勢ではなく強がりでしかないが。

 未来は事務的口調で淡々と言う。

 

「一応先に言っておきます。降伏するのであればS.O.N.G.は受け入れます。武装の解除、強奪した聖遺物の腕輪の返還、そしてあなた達を支援している組織の情報を開示してください」

「ふふふ…言われてハイそうですって行くと思っているのかしら…?」

「思ってませんよ?」

 

 ヴァネッサの苦々しい顔をしながらの強がりも未来はなんて事は無いといった感じで返す。

 それにノーブルレッド達はポカンとした顔をする。

 

「ただあなた達が無傷で拘束されるか、大けがを負って拘束されるかの違いしかないだけですから。それに生き証人ほど素晴らしいものはない」

 

 彼女の自身の勝利を前提としたセリフ、その一言がノーブルレッド達にとっての開戦の合図となった。

 

 それまでダイダロスの迷宮を構成していた立方体が未来を閉じ込めようとしてくるのだが、展開された七枚の両面鏡に紫色のエネルギーが充填されると光線が放たれて対象に直撃して簡単に消滅させてしまう。

 イグナイトモジュールを使わなければ切り傷を与えることが出来ず。迷宮に関しては全開放をしなければ破壊の目途すら立たない強度も、神獣鏡の魔を祓う一撃の前には無力だった。

 神獣鏡最大の特徴は魔を祓う光。正常な物理法則ではない異端技術と認識できる存在を容赦なく消滅させる破魔の光。それは怪物を隔て遠ざけ閉じ込める強力な哲学兵装、または積層された認識であっても容赦なくそしてあっけなく消し飛ばす。

 

 

 エルフナインは未来の戦いっぷりからおおよその解析と予想を立てる。

 

『神獣鏡は理論上の出力ではここまで簡単に哲学の迷宮は破壊できません…』

『しかし…光線は間違いなく通用しているが?』

 

 弦十郎はその発言とは裏腹に紙を切り裂くかのように悠々と破壊する様子が映っているのを見て異論を発する。

 エルフナインはその疑問に答えた。

 

『はい…恐らくは賢者の石の持つ浄化能力が上乗せされて、このような強力な出力を実現していると考えられます』

 

 

 ミラアルクはダイダロスの迷宮はもう通用しないと悟ったのか、閉じ込めるのは諦めて直接的な攻撃を加えるために同じ目線まで降り立つ。

 

「ダイナミックッ!!」

 

 背中の二つの翼がぐにゃりと形がうごめいて一つに融合する。そしてカイロプテラを一つのブーメランに変形させてそれを思いっきり投げつけた。

 それは風を切りながら強力な回転を持って未来を切り裂こうとする。しかし未来はそれを避けるわけでも無く、小型の両面鏡を正面になだらかなカーブを描いて配置して、それを直接受けてベクトルを曲げていなしてしまう。ブーメランは明後日の方向に飛んで行ってしまう。

 しかしこれまで遠距離攻撃から装者本人を守ってきていた両面鏡全てを使い切った一瞬を見逃さずに、エルザが大きな咢のテールアタッチメントを構えて上空から勢いよく振り下ろしてくる。

 未来は躱すのではなくその細い両手を攻撃に向かって突き出した。

 

「っ…ぐっ…!」

 

 彼女は歯を食いしばりながらも相手の腕力を受け止める。

 神獣鏡の腕力はシンフォギアの中でもダントツで最低値。本来であれば受け止められる出力は兼ね備えてはいない、それでも力負けをしていなかった。

 

 

『ファウストローブの持つ出力が上乗せされる事で単純なシンフォギアだった頃よりも数段上の力を生み出しています…!』

 

 腕力で負けていない現状を見て解析を行うエルフナイン。

 今の神獣鏡には大きな弱点が存在しないという事だった。

 

 

「はああっ!」

 

 未来の力を入れた咆哮。

 掴んでいたテールアタッチメントを力任せに引っ張って引きちぎる。エルザが宙に投げ出されてしまう。それを見て未来は拳を構えて正拳突きの構えを取る。

 

「不味いでありまっ…!」

 

 エルザは素早くテールアタッチメントを臀部から着脱してとっさにトランクを正面に構えて防御の姿勢を取る。その上から思いっきり拳を叩きつけると、壊れはしなかったが大きくトランクは凹んで衝撃でエルザを遠くまで吹き飛ばして見せた。

 

「こんなところで諦めるわけにはっ…いかないであります!」

「その通りっ!うちらはここで退くわけにはいかないんだぜ!」

 

 すぐさま立ち直ったエルザとミラアルクは圧倒されている現状と大技を使った疲労なのか声に焦りと焦燥を滲ませながらも声高く叫ぶ。

 エルザは新たなテールアタッチメントを装着して自分を半球体の形で覆って回転しながら突撃をする。

 ミラアルクもまた翼を変形させてカイロプテラを腕にまとわせて肉厚な形に変形させる。

 エルザの回転のエネルギーをまとった突撃攻撃に対して、未来は衝突の瞬間に足の裏を思いっきり相手のテールアタッチメントに叩きつける。

 

「うわあっ!?」

 

 すると相手に信じられないほどの衝撃が伝わって武装ごと粉々にして吹き飛ばす。

 神獣鏡のホバリングは応用次第で蹴りの力に転換することが出来る。

 

「エルザッ!?このおっ!」

 

 仲間が吹き飛ばされたのを見てミラアルクは真正面から腕を叩きつけようとする。それを腕力と脚装の移動能力を応用した体重移動でつかみ合いに持って行かせずに、ベクトルを曲げて腕を大きく跳ね上げさせられて隙だらけになったボディに一撃入れて沈める。

 

「エルザちゃん!ミラアルクちゃん!?」

 

 ヴァネッサは仲間が簡単に目の前の理不尽の権化に潰されたのを見て歯噛みをする。

 そして勇ましく戦場に降り立つ。

 

「それでも私達は神の力を求め欲するっ…!神の力でもう一度っ…人の体と戻るためにいいいっっっ!!!!」

 

 そう叫ぶと腕、腰、脚から容赦なくミサイルや銃弾を解き放って面を覆いつくす攻撃を放つ。

 それに対して未来は両面鏡の光線を使って自身に当たる一撃を的確に撃ち落としていく。

 ミサイルが爆発して辺り一帯に土煙を起こすがヴァネッサは攻撃の手を緩めない。たちこめる煙の中から迎撃用の光線が飛び出していまだに攻撃を防いでいるのだから。

 

(このまま攻撃しても勝てないわ…どうすればエルザちゃんとミラアルクちゃんを連れて逃げられるの……)

 

 ヴァネッサは今の硬直を利用して次の作戦を立てようと必死に思考を巡らせていた。

 すると。

 

「もう終わりだよ」

「な……」

 

 ヴァネッサの背後から未来の声が聞こえていた。

 声をかけられた相手は信じられないと声を漏らす。いまだに煙の中から光線は射出されているのだから。

 攻撃を止めて煙の中に目を凝らすと両面鏡だけがその場に残っていた。つまり鏡だけをそこに置いて未来は飛行して秘密裏に敵の背後まで移動したという事だ。相手の認識の裏を突いた立ち回り。

 

「最終警告です。このまま戦って拘束されるか、降伏して拘束されるか選んでください」

 

 未来はこれ以上語る事など無いとそう言い放った。

 ヴァネッサはここからどう動いても不意打ちは通用せず勝機など無いと理解したのか肩を震わせたがすぐさま落とす。

 

 するとアラームが装者達のインカムに鳴り響く。

 

『現時刻を以て装者全員の作戦行動を中止とする…日本政府からの通達だっ…!』

 

 弦十郎の悔しそうな押し殺すような声が。

 当然現場にいる面子は不満爆発で、代表してクリスが苛立つ。

 

「どういう事だオッサンッ!あと一歩じゃねぇか!!」

 

 本部のブリッジは銃持った日本政府の部隊に制圧されてしまう。

 部下たちが両の手を上げていたが、弦十郎だけは決して腕を上げて降伏のポーズは取らなかった。

 

 その隙を突いてヴァネッサはエルザを抱えて、ミラアルクの二人は飛んで逃げようとする。

 

「預けるであります…シンフォギアッ…!」

 

 エルザは負けず嫌いなのか完敗だったのだが捨てゼリフを吐く。

 ミラアルクは飛べないエルザを抱えているのを見て確認をする。

 

「離脱するぜヴァネッサッ」

「ええ…」

 

 ヴァネッサの顔は恐怖を刻まれたものの表情だった。

 誰よりも人間にあこがれているのに人を恐れる目をしていた。人を見た目で判断する事を誰よりも嫌っていたはずなのに。

 そして朝日が差す空を飛んで行った。

 

 

「まさか……本当に……」

「本部が制圧されるなんて……」

 

 クリスとマリアは目の前に起きているそれをみて険しい顔で言う。

 日本政府からの通達だと聞いてまさかとは思っていたのだが実際に銃を持ってブリッジ内を制圧されている光景を見て事実だと確信する。

帰ってきた装者達を出迎えたのはそんな光景だった。

 この場でリーダー格だと思われるちょび髭を生やした中年の男性が、制圧という言葉に反応して下賤な笑みを浮かべて言う。

 

「制圧とは不躾な…言葉を知らぬのか?」

「護国災害派遣法第六条…日本政府は日本国内におけるあらゆる特異災害に対して優先的に介入することができる…だったな……」

 

 弦十郎の落ち着いた対応に対して令状らしき紙を見せつけて相手は二ヤツいた笑みを深くする。

 

「そうだっ!我々が日本政府の代表としてS.O.N.G.に査察を申し込んでいる。威力による制圧と同じに扱ってもらっては困る…世論がざわっとするから本当に困るっ!」

「どう見ても同じなんだけど」

「あの手合いを刺激しないのっ」

 

 ブリッジの端に追いやられた半眼の藤尭を窘める友里。

 明らかに相手の話し方は悪意と挑発が込められている、そのような反応も致し方なかった。

 

「国連直轄の特殊部隊が野放図に行使できるのは、あらかじめその詳細を開示し日本政府に認可されている部分が大きい!違うかな?」

「違わないだがっ!故に我々は前面に正式な手続きをもと……」

 

 弦十郎は反論をするのだが相手の査察官は左手の手のひらをすっと向けて主張を止めさせる。

 横目で未来に下賤な視線を向ける。

 

「先ほど見させてもらった武装…あれは前に開示された資料にも載って無ければ…使用者も事前に登録された人間ではないようだが?さてぇ…?」

「なるほど?神獣鏡を口実にね……」

 

 相手の理由づけに未来は呆れた感じで頷く。

 神獣鏡は既に壊れていると公表されており、また小日向未来の肩書は装者または戦闘員ではなくオペレーター兼技術者という事になっている。

 穿った見方をすれば突如としてシンフォギアをまとって暴れまわった正体不明のS.O.N.G.が無断で持ち込んだ戦力とも言えないわけだった。

 しかしそうではない事はS.O.N.G.の面々もそして相手の査察官も、そう、ここにいる全員がきちんと理解出来ている。

 

「この口ぶり…最初から難癖付けるつもりだろ……」

 

 藤尭の言う通りあの件が無ければ他に理由をでっちあげただけだった。

 弦十郎は悔しそうに歯を食いしばった。

 

「風鳴司令…悔しいですが…ここは退くしかありません……」

 

 翼は俯いて悔しそうにそう言った。

 これ以上反発してこの場を悪くするのは得策ではないと。

 

「えぇ~……」

 

 切歌はそれを聞いて納得がいかないといった感じだ。

 

「暁の思うところは分かる…だがここで国外退去などと言われたら立花や月読が…それこそ本当に孤立無援になる……」

「そうですなぁ…S.O.N.G.にはテロ行為への補助の疑いもあったなぁ……」

 

 相手は翼の言い分に反応してそう言った。

 未来の件が無ければそれを制圧の言い分にしたであろうことは想像に難くない。それは言われたら客観的な否定の難しい材料だ。

 

「取り合えずこちらが要求するのは、後ろ暗さを感じていなければ素直に査察を受け入れてもらいたいのですが?」

「ぬ…ぐぅ…」

 

 査察官の要求に苛立ちや悔しさを隠さずに唸る弦十郎。

 彼はここで粘っても相手から妥協など取れないと察して落としどころを作ろうとする。

 

「いいだろう…だが条件がある。装者の自由とギアコンバータの携行許可、今は戦時ゆえ不測の事態への備えくらいはさせてもらう!」

「折り合いの付け所か…ただしっ!あの未登録武装についてはこちらの認可が下りるまで預けさせてもらおうかっ!」

「何だと…?」

 

 相手が神獣鏡を渡せと言ったのを信じられないといった感じで返す弦十郎。

 先ほど戦時中だと言ったのに武装を取り上げるという主張がやはり理解できなかったのだ。

 その要求をするという事は日本政府のその上にいる人間の目的は火を見るより明らかだった。

 

「何を言っている!!先ほども言ったが今は戦時ゆえ、錬金術師やアルカノイズへの対応ができる人材は貴重なんだ!戦力を削ぐことがお前たちの掲げる護国にとってどれだけのマイナスなのか理解できているのかッ!!!!」

 

 弦十郎は怒りの籠った主張を繰り出すが相手はまるで柳かのようにのらりくらりとする。

 

「いやいや……削ぐだなんて人聞きの悪い……ちゃーんと武装のチェックと使用者の登録が終われば返しますよぉ…」

「ッ……ぐっ……」

「分かりました」

 

 弦十郎は爆発寸前だったがこのまま爆発するとまずいと思ったのか未来は持っていたギアペンダントを査察官にぽいっと下手投げする。相手はそれを片手で受け止め上着のポケットに入れる。

 

「未来くん!」

「そうそう……それでいい……」

 

 査察官は自分の主張が通って恍惚そうな顔を一瞬だけする。

 

「では視察を開始しろ!」

 

 

「灯台…下暗しであります…」

「まさかここを宛がわれるとは思っても見なかったぜ……」

 

 あの後未来から逃げきれたノーブルレッド達に宛がわれたアジトは意外な場所であった。

 

「護災法の適用以来国内における特異災害の後処理は全て儂の管理下にある。裏を返せばここは誰も簡単に手を出せぬ聖域に他ならぬ」

 

 そんな彼女たちのもとに現れたのは黒服の部下を二人連れた風鳴訃堂だった。

 そう、彼こそが敗北寸前まで追い込まれた際に査察官を送って逃がして、ここチフォ―ジュシャトーを宛がったのだ。

 ヴァネッサは目の前の老人に自分たちを道具のように見る部分に不快感を感じてはいる。しかし人間の体に戻るためと、自分たちの生命線である稀血を提供者であるため丁寧な対応を心掛ける。

 

「つまりアジトとするにはうってつけというわけですわね」

「計画の最終段階に着手してもらおう」

 

 訃堂がそう言うと部下の一人がアタッシュケースを開く。

 そこにはヴァネッサがアメリカ基地から強奪した腕輪が入っていた。

 

「神の力を防人が振るう一振りに仕立て上げるのだ」

 

 相手のその言葉を聞いて腕輪の入っている方のアタッシュケースをエルザが丁寧に受け取る。

 受け取ったのを確認してから訃堂はチフォ―ジュシャトーの外壁を見て言う。

 

「ここにはそのための環境は時間をかけて整えておる。エネルギーについても事前に幾つか案を説明した」

「ですが…まだ器が手に入っておりませんし……その算段もついておりませんが…どうされますか……?」

 

 ヴァネッサは相手の要求に難色を示す。

 腕輪の力は普通の人間が使用しは前に黒服の一人の時のように体内から暴発してしまう。器足り得るのはバラルの呪詛から解放されている立花響しかなり得ないのだ。

 しかしその器は風鳴機関やS.O.N.G.が現在血眼になるほど探しているが手がかりすらない状態だ。

 もう一人の部下がアタッシュケースを開くとそこには稀血の入った輸血パックが入っていた。

 

「儚きかな……」

 

 訃堂はそう言ってパックの一つを取り出して地面に置くと容赦なく踏みつぶしてダメにした。

 

『なっ!?』

 

 その行動に彼女たちは驚くしか出来ない。

 訃堂は冷静な口調ながらも僅かにだが苛立ちを感じさせる声色。

 

「ろくに役目をこなせぬ者がいると聞く。おかげで儂の周辺で犬が嗅ぎまわるようになっているとも」

「それはっ…!…くっ…!」

 

 ヴァネッサは反論することが出来ずに歯噛みした。

 あの時、未来に手も足も出ずに風鳴機関の横やりで逃げることが出来たが、それは「ノーブルレッド達を支援しているのは風鳴訃堂ではないのか?」と多くの者に疑念を抱かせるのには十分すぎる行動だった。

 そう遠くない内に答えに辿り着かれるのは時間の問題。

 

 ヴァネッサはふと思い出した。自分がどうしてこうなったのか、その半生を。

 

 

 彼女はかつてファウストローブの研究をおこなう研究者だったが、実験中の不慮の事故によって瀕死の重傷を負ってしまう。

 バラバラになったが、失われた生体部分をファウストローブの研究を応用してサイボーグ化して生き延びこそした。完全なる命を至上とする結社においては蔑まれデータ採集用の実験動物に成り下がる結果となった。

 屈辱と苦痛の中でも耐えきれたのは同じ実験体だったエルザとミラアルクが共にいたからだ。

 やがて地獄にも終わりは来る。シンフォギア装者達がアダムを打倒し、幹部たちを撃退・拘束されて結社は空中分解する事となった。

 しかしその体は稀血が無くては生きていけない体になっていたため逃げてもいずれは終わりが来てしまう。そこで出会ったのが風鳴訃堂だった。

 私兵を持たない彼は血液の提供と願いの成就を条件に私達に計画の参加を呼び掛けてきたのだ。

 

 

「怪物なら…怪物なりに務めを果たしてもらうぞノーブルレッド。既に次善の策は用意しておる、その通りに動けばよい……」

 

 彼女が過去を想起している間も訃堂は一方的に命令を下す。

 言い切ると部下の一人に稀血を渡せと視線で指示を送る。部下もそれに頷いてミラアルクにアタッシュケースを投げる。

 

「計画は走り出したのだ…最早…何人たりとも止めさせはせぬ……」

 

 

 ブリッジが占拠されて数時間が経った頃、風鳴八紘の携帯電話に一通の通話が入る。画面を確認するとそこにはあらかじめ示し合わせていた番号があった。それを迷いなく通話ボタンを押す。

 

「そろそろだとは思っていたが…盗聴は大丈夫か…?」

『御用牙時分から昵懇の情報屋回線を使わせてもらっている。勿論念の入れようは十重に二十重だ』

 

 電話をかけてきた相手は八紘の弟の風鳴弦十郎だった。

 弦十郎は本部ブリッジの占拠と査察を許している間に、これまでの客観的な事実から自身の親がノーブルレッドを手引きしていると読んで、逃れられない証拠を突きつける準備と法の元捌く用意をしているのだ。

 弦十郎はあくまで自分の親が真犯人ではない可能性をギリギリまで追いかけるつもりであるが、ただそれは恐らくは希望的観測で終わるだろうと思っている。

それらを気取られない為に公衆電話から特殊回線で連絡を取るという徹底ぶりだった。

 

 八紘は最初に「はぁー…」と溜息をつく。そして椅子に深く腰掛けて悲しそうな声色になる。

 

「お前の読み通りだ……今回の一件、正式な手続きの査察ではあるが担当職員の中に不明瞭な経歴の者が含まれてるようだ」

『……そうか……』

 

 弦十郎は不明瞭な経歴を言われて、とある査察官が脳裏に浮かんだ。あの男は己の仕事と職務に真っ当な心掛けで望んでいるとはとても思えなかったのだ。

 

「そして巧妙に秘匿されてはいるが鎌倉の思惑と思しき痕跡が見受けられるな」

『くっ…!』

 

 八紘の報告に弦十郎は悔しそうに呻くしか出来ない。

 調べれば調べるほど自分の血を分けてくれた実の親が犯人だという証拠がゴロゴロ出てくるのだから。

 そしてなによりも彼自身もあの親なら手引きした真犯人でもおかしくはないと思っている。

 

「こちらも米国と例の交渉が佳境だった故後手に回らざるをえなかったのだが……」

『兄貴……結社残党のノーブルレッドを擁してるのやっぱり……』

「早まるな、弦!」

『ッ!』

 

 弦十郎はやはり自身の親をブタ箱にぶち込まなくてはいけないのかとつい弱気な心が出てしまうが、それを八紘は窘める。

 

「全てがつまびらかとなるまでは疑うなっ…私とて信じたいのだ……風鳴訃堂は曲がりなりにもこの国の防人…何より私達の父親ではないか…」

 

 八紘は最後まで人類善人説を信じたいという。

 だが二人の脳裏にある風鳴訃堂という男は自分たちの方を向いているのではなく常に後姿ばかりを見せる人だった。人とちゃんと見てはいない。

 

『ああ……だがしかし……』

「私は人を信じている。最終的に信じ抜く覚悟だからこそいかなる手段の行使すら厭わない」

 

 八紘は椅子から立ち上がって力強い口調で言い切った。

 最後に裏切られてボロボロになるその時まで信じぬくとそう言った。

 

『八紘兄貴……』

「だから私は政治を自らの戦場としているのだ。今は関係悪化している米国とも協力体制を必ず実現してみせる。月遺跡合同調査の提案もそのお膳立てにすぎん。なおもこじれるなら我が国への反応兵器発射事実を切り札に、国際社会からの孤立を恫喝させてもらうさ」

『そいつは堪える……やっぱすげぇな八紘兄貴は。兄貴の中でも一番おっかない』

 

 恐ろしい事を平然と言う八紘。勿論本気で米国の孤立など望んではいないが。

 弦十郎はそんな物騒な物言いに苦笑いしか出来ない。それでも強い口調に少しだけ心の炎を灯してもらったのは事実だった。

 

「前線は託すぞ弦。計画が綻びを見せるのはいつだって走り始めてからだ。この先にチラつく尻尾を逃さず掴めば必ず真実は明らかになる。疑うのはそれからでも遅くはない」

『ああ…そうだな…』

 

 弦十郎は限りなく黒に近いとはいえ首肯をした。

 

 

 弦十郎は兄との通話を終えて盗聴防止用の特別回線を使うためのチップをタバコ屋に備え付けられている公衆電話から抜き取る。

 

「ばぁちゃん。ありがとね」

「またいつでもおいで」

 

 彼は協力者であろう人へそれを返す。

 励ましてもらったものの彼の頭には多くの問題が山積みだった。

 S.O.N.G.の海上研究所が爆破された事。

 いまだに尻尾すら出さない響。風鳴機関が総力を挙げて関東一帯を包囲してしらみつぶしにしているにもかかわらずここまで見つからないという事は、ある程度の逃亡を視野に入れてあの会場の爆破を行ったという事。

 限りなく黒に近いグレーである父親。ノーブルレッドが絶体絶命のタイミングで横やりを入れた事や未来の神獣鏡を理由にこそしていたが実際は他にも査察の口実はいくつか用意していたと思われること。

 なにより未来の神獣鏡のギアペンダントを取り上げるメリットなどノーブルレッドを動きやすくする為にS.O.N.G.の戦力を削りたいとしか考えられない。

 

 

「一部を除く関係者に特別待機……って物は言いようだな!…とどのつまり査察の邪魔をするなって事だろ!?」

 

 クリスの不満が爆発した。

 今装者達は休憩用のカウンターにいた。とはいっても休憩したいわけではなく査察の邪魔をするなという事で追い出されただけだが。

 

「翼……やはりこの手際とあのタイミング……ノーブルレッドを支援しているのはやはり……」

「言うなマリア…私だって…そうは思いたくないんだ……あの人は歪んではいる……しかしだ……国を売るような卑しい行為などしないと信じたい……」

 

 マリアの指摘に翼は俯いて苦しそうな声をあげるしか出来ない。

 しかし今までに起きた出来事の全てが風鳴訃堂はノーブルレッドの支援者であると言外に告げていた。本当であれば身内の恥では済まされない。

 そしてもしそうであり、響がこの事実を知っているのなら姿を現さない理由にも一定の納得があった。

 

「ここ最近働き詰めだったから休みを貰えてよかったと思ったらいいんじゃないかな?」

「あなたねぇ……ギアを取られたのよ?もっと焦りなさいよ……」

 

 未来は本を読みながら呑気にそう言った。マリアはその姿に半眼で呆れる以外ない。

 先ほどシンフォギアを取られたとは思えないほどの落ち着きっぷりだった。

 

 そして切歌はカウンターの机に突っ伏して静かにしている。明るく振舞うのに疲れたのか目を開くのが嫌なのか。

 マリアはそれを見て痛ましそうな顔をする。

 調を取り戻すために頑張ると強気にそして気丈に保とうとしても現状そこまで強い希望が持てないのだから。

 本当にギアをまとって最低限は動ける程度でしかない。

 

「あ、そうだ!エルフナインはお休みの日は何をしているのかしら!?」

 

 マリアはこのままではまずいと、流れを変えるため違う話題を振りまこうとしている。

 

「お休みの日は気晴らしをしています」

「へぇー」

「ダイレクトフィードバックシステムを応用して脳領域の思い出を記録された電気信号と見立てる事で―」

「それはお休みじゃないわね!?」

 

 骨の髄までワーカホリックなエルフナイン。マリアは実質寝る以外は休んでいない事実にツッコミを入れてしまう。

 切歌はダイレクトフィードバックシステムと聞いて肩を少しだけ動かしたが顔は上げない。

 クリスは申し訳なさそうに口を開く。

 

「エルフナイン…そりゃ気晴らしじゃなくて…仕事だと思うぞ……?」

「なんとっ!」

 

 エルフナインは驚愕!といった感じで目を見開く。どうやら先ほどのはボケではなくマジらしい。

 

「だったら僕はお休みの日に何をしていいかわからないがっかりめの錬金術師か何かです多分…」

「だったらぼくわぁ~じゃないだろ全くぅ…偶にはまともに休息をとってみろってんだ……」

 

 クリスに言われてエルフナインは困った顔をする。

 悩んでも仕方のない事なので素直に質問をする。

 

「休みの日らしいことって何をすればいいんですか?」

『……………………』

 

 全員が黙り込む。

 ここには一般的な感性で生きてきた人間は一人もいない。まともな休日と言われてもなかなか明確な回答を返せなかったのだ。

 

「休日か……」

 

 翼はふとある事を思い出す。

 それはまだリディアン前校舎が存在した時に響に街中へと連れ出されてあの日を。

 あの時夕焼けの中で響に奏の死を引きずってもいいと言われたからこそキチンと前に進めたと思うのだ。

 

「あ、そうだ未来」

「はい?」

 

 マリアからの問いかけに本から視線を外して話しかけてきた相手に顔を向ける未来。

 

「あなたって中学までは一般家庭育ちなのよね?」

「そうだね、厳密には中学二年までだけど」

 

 未来は相手の質問に肯定しながら情報に細かい修正を入れる。

 それを聞いてクリスが確信したといった顔をする。

 

「なら……決まりだな」

「うん?」

 

 未来は何やら勝手に決められたようで疑問符を浮かべる。




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