「お出かけ日和デースっ!!」
雪はまだ残るが晴れて空気が澄んだ日。
エルフナインを連れて未来、翼、切歌を連れて都内のなうでやんぐな若者が溢れる街中に繰り出していた。
こうなったのもクリスとマリアがエルフナインに偶には年齢相応らしく街で遊んでくるように言って未来が休日のスケジュールを組むことになったのだ。
そしてもう一つは暗く俯きがちな切歌に気分転換をして欲しいというマリアからのお願いもあって連れてきている。
実際にマリアが切歌を外を歩かせて公園に連れて言ったらだいぶ持ち直したのだ。それを願っての事だ。
今は明るく振舞っているが実際はかなりの焦燥に駆られて神経をすり減らしていると思われる。
「…………」
翼は無理して明るく振舞うその姿を心配そうに見つめていた。
ベクトルこそ違うがかつて奏を失った彼女も傷つくのを恐れて他者を拒絶する形で自分の弱さを誤魔化して補強しようとしていた。
切歌は表面上は平気そうに振舞う事でボロボロな心を周りにだけでなく己すらも誤魔化そうとしている感じか。
「取りあえずボウリングに行きましょうか」
未来は珍しく空気を読んで切り出す。
彼女たちが着いたのは大型ゲームセンターの一階にあるボウリング場だった。
切歌はすぐさまレーンに突撃しそうになる。
「よしっ突撃デース!」
「まずは専用の靴を借りないとね」
「靴……デスか…?」
切歌はどうやらボウリングのマナーとルールをよく理解していないようだった。
そもそもこの場には未来以外一般的な感性や常識が欠如したメンバーしかいないので、常識的な彼女が三人分の介護をしなければいけない事に今になって気が付いた。
(くっそぉ……)
未来は脳内で二人に向けて愚痴った。マリアとクリスがあれやこれやと理由をつけて参加しなかったのはこういう事かと。
彼女は気を取り直して取りあえず受付で四人分のゲームの申請と、指にあうボールと足にピッタリな靴のサイズを選ぶように言う。
「最初は…翼さんですね」
スコアを見るとゲームは翼から始まる事になっている。
「どうやら一番槍は私のようだな…では参る」
「ストライク期待しています」
「すとらいく…?というものはよく分からんがボールであの白いものを倒せばいいのだろう?任せろ」
最初に投げるのは翼のため取りあえず声援を送る未来。それにつられて切歌とエルフナインも「がんばれ」と声をかける。
しかしここで異常事態が起きる。翼が肩にボールを掲げて構えて投げようとしているのだ。そのフォームは砲丸投げのように見えて……
「嘘でしょ!?」
未来は慌てて止めるはめになった。上手投げなどしたら一発で出禁だ。
ボウリングを二時間ほど行ってゲームセンターを出るとそれなりの時間になったので軽食をとる事になった。
そこは都内ではそれなりチェーンが存在する無難な喫茶店だった。
未来は食べ歩いたりすることに興味がなく、口に入ればそれでいいやと言う考えなので無難で万人に受けやすい店をチョイスしたのだ。
「このお店はドリンクはセルフでパンケーキが売りらしいよ」
「なるほど…」
エルフナインは未来のその言葉にメニューを広げてパンケーキが載っているページを見てうんうんと悩んでいる。
皆がああだこうだと言って注文するパンケーキを選ぶ。
「じゃあ店員さんを呼ぼうか…切歌近いからお願い」
未来は四人ボックス席の奥を陣取る切歌に呼び出しボタンを押すようにお願いをする。
そして来た店員に四人分のパンケーキを注文する、出来れば多くの味を楽しむ為に全員違うものを注文してそれらを分けることにしている。
「そりゃーっ!カルピスとオレンジジュースのミックス!」
「す、すげーデス!すっごく特別な贅沢をしているみたいデス!」
「ぼ、ボクもやってみます!」
ちびっこの憧れドリンクバーでの好きなものミックスを披露する未来。
当然切歌とエルフナインは目を輝かせて自分もやろうとする。年頃の女の子がするには微妙なやり取りだが、相応な他の楽しみよりはもっと幼い観点から日常を謳歌した方がこの面子にはあっている。
翼はどうやらちびっこのロマンに疎いようで「…?」と疑問符を浮かべ普通にアイスティーを選んでいた。
「美味いなこれはっ!」
翼がパンケーキに口をつけて開口一番に言ったのはそれだった。
彼女は健康を考えてバナナ味を頼んでいた。特徴はバナナを切ったものが乗っかっている事だ。
普段はスタイルや体調の維持の為に節制している彼女にとって甘みと糖分の塊は劇薬のはずだ。この日以降の節制が大変になりそうだった。
多少は腹を太らせたところで四人は街中のデパートの洋服屋に向かった。
何となくで入ったお店で肩出しの洋服を勧められるエルフナイン。
「これエルフナインちゃん着てみなよ」
「え、ええっ…ボクにこんな派手なものは……」
「いーからいーから」
「デース」
「何事も挑戦だぞ」
いつもは着ない派手めな装いにエルフナインはつい及び腰になってしまう。
しかし逃げるのは問屋が許さねえと三人は退路を断とうとする。恥ずかしがりながらもエルフナインは勧められた服を着ることになる。
暫くして衣擦れの音が消え、そして試着室のカーテンが開くとそこには水色の洋服を顔を赤らめながら来ているエルフナインがいた。
「似合う似合う」
「いけてるデスよ」
「ふむ……もっとラフな方が似合うか…?」
エルフナインを着せ替え人形にする事二時間は遊んでいた。
最後のスケジュールはカラオケになった。
事前にプロの歌手である翼に、仕事道具でもある喉を使って私事で歌う事は問題ないのか聞いたら二つ返事で了承を得て店に突撃するに至る。
『また逢う~日まで~……』
エルフナインはマイクを握ってその小指を立ててノリノリで歌っていた。
切歌はタンバリンやマラカスを鳴らして盛り上げようとしていた。
「ふむ…小腹が空いたな…何か注文をするか?」
「…………」
翼がメニューを取ってあれこれ仕切り出したのを未来は驚いて見ていた。どちらかといえば浮足立っていた人物がここでは落ち着いていたからだ。
「ん?どうかしたのか?」
「いえ…翼さん手慣れてるなーって……」
少しだけ失礼気味な未来の言い分にも相手は特に気を悪くするわけでもない。
翼は客観的に今日は未来が仕切っていたのに、ここではいきなり手慣れた様子で注文を取りだしたら驚くよなとここで思い至った。
翼は「ああ、なるほど…」と頭に付け加える。
「前にカラオケは立花に連れてもらった事があってな」
「響に…ですか?」
「ああ…迷惑をかけた代わりに付き合ってくれと言われたんだ」
「迷惑?」
「私の勝手で立花に強く当たってしまってな……」
未来が響と聞いて食い気味になったので簡潔に遊びに付き合ったきっかけの理由と自身の奏を失った過去を述べる。
あの日は翼にとって思い出に残る日だった。
奏が死んで失意の中、これまで二課の様な詳しい裏事情を知らない多くの人が翼に寄り添おう支えようとした、だがその多くの人が奏を引きずるな前を見ろ、辛いのは私達も同じとか、あなたの苦しんでいる気持ちが分かるという勝手な理屈を言ってきた。
それは相手が翼にいつまでもその場でうじうじして欲しくないという意志である事は分かっていたし、彼女自身もキチンと理解しなければいけなかった。
だが心の弱かった彼女では今のように親友の死を過ぎた事だと語れるほど強くある事は出来無かった。
そんな後ろ向きのままがむしゃらに強さを、己の剣を鋭く研磨して来たのだ。
そんな投げやりな気持ちで刃を研いでもただのなまくらでしかないと気が付かないままに。強力な一太刀は整えられた精神から生み出されるものだ。
二年後、ソロアーティストとして再デビューして地位を築き上げてきた彼女が高校三年になった時に現れたのが立花響だった。
突如ノイズが現れて当時の壊れる前のリディアンの校舎の地下に建てられた基地へ入って伝えられたのは、ガングニールの反応が確認できたという信じられない一報だった。
その場に向かうとそこには確かにガングニールをまとう一人の少女が徒手空拳ではあるのだが間違いなくシンフォギアをまとってノイズを蹴散らしている姿だった。
その後、当時の二課は響にシンフォギアを使ってノイズと戦うように要請した。それは全くおかしな話ではない、だが翼だけはそれを受け入れられなかった。
ガングニールは天羽奏がそれこそ脚色なく血を吐くほどの実験の末に手にしたシンフォギアをまとう力だというのに、何も特別な過去も無く変哲もない両親から生まれた人間が使う事に途方もない不快感が。
そして響が「一緒に戦っていきましょう!」といった時、翼は自分の隣にいるのは奏以外は許せなかったがゆえにいちゃもんをつけて響に攻撃を仕掛けたのだ。
結果は思いっきり手加減をされて圧倒されたという事実だった。
相手は戦う覚悟の証であるアームドギアを出せないにも関わらず殴る蹴るで翼の技をいなして見せた。
奏を目の前で失いネフシュタンの鎧を奪われ、それでも次は同じ過ちを犯すかと研磨して来た己の技は響には何一つとして通用しなかった。
そして気が付いたのは響のその戦闘技術と強さ、そしてまとう雰囲気は遊びや偶然で手にしたわけではないという事それだけだった。覚悟のない人間では戦場で剣を向けられたらそれだけで戸惑い、そして硬直するからだ。
そして何より印象に残ったのは立花響がただ悲しそうな顔で拳を握る姿だった。
その後、一ヶ月程響とノイズ殲滅を行った誰もが彼女の実力を認めた。
彼女の単独での実力もだが、翼の苦手な相手や死角を埋めるように立ち回る事で加入前よりも任務の成功率や効率が段違いに上がったのだ。
それは心情は抜きにして翼も実力は認めざるを得なかった。
そんなある日、地下鉄と広場にノイズ達の反応がみられたため急行はしたのだが案の定響が全てを撃退していた。しかし問題はそこではなかった。
ふと二人にかけられたのは「ようお二人さん?ちょっとツラァ貸せよ?」と言う言葉だった。その声とともに現れたのはネフシュタンの鎧をまとった当時敵だった雪音クリスだった。
響は「話し合えば分かり合えます」といったが一顧だにもしなかった。
翼はかつて奪われたそれを見て頭に血が上り、まとう武装の性能差も考えずに飛び込んで簡単に返り討ちにあう。
その後狙いが響だと判明。彼女が直接相手にしたのだが高い戦闘スキルで武装の差を埋めて相手を追い詰めて見せた。そして最後に響がソロモンの杖を振り回すカウンターを食らいそうになった時に影縫いを使い動きを止めてダウンさせたのだ。
そこまでならまだよかった。素直じゃない先輩がやっと態度が軟化したのを示せたというだけなのだから。
そして響がクリスを完全に行動不能にしようとした瞬間に体が硬直したのだ。
翼は何故動きを止めたのかが理解出来なかった。命を奪うわけではなく、意識を奪ってネフシュタンの鎧とソロモンの杖を引きはがすだけなのだから。
相手は反射的に気を抜いてしまった響に鞭を放って体を貫いてしまった。つばさはそれを見て反射的に飛び出すが疲労困憊の状態では手も足も出ずに帰り討ちにあう。
しかしその一瞬で響はクリスに組み付き拘束をして絶唱を唱え始めたのだ。
翼はそれを見てあの日奏が絶唱を唱えたのを重ねてしまう。そして莫大なフォニックゲインが発生して敵も翼も吹き飛ばされてしまう。
翼が目を覚ますとそこは病院の一室だと思われた。
ベッドの傍には緒川がおり、立花はどうなったのかと問いかける。帰ってきたのは既にあの戦いから丸一日が過ぎており、いまだに立花響の処置が終わっていないという報告だった。
それを聞いて待合室の一室で脱力して力の入らない体で後悔をした。自身はやはり無力であったことと、最初から落ち着いて協力をしていれば最小限の負傷で済んでいたかもしれないからだ。
そんな翼の姿を見て緒川はある事を口にする。
響が翼と仲直りをするために二課の面々にリサーチをしていた事や仲直りのアドバイスを緒川に求めていた事だ。
彼女からすれば理解の及ばない行動だった。少なくとも響に好かれる行動は取っていないし、響はアーティスト風鳴翼の熱狂的なファンという感じはしなかったからだ。
その後、デュランダルの護送任務で窮地に陥った時に響が助っ人に入って難を逃れたのち一般病棟に移されてキチンと話す機会を得て遊ぶ約束をした。
そして夕日のさす丘で、死んだ奏の事を引きずってもいい事、響もまた天羽奏を忘れずに覚えている事、そしてその上でこれから来るであろう出会いも大切にして欲しいと伝えられてやっと前に進めたのだ。
「まあそんな感じだ」
翼は可能な限りまとめたとはいえ長い話を終えた。
その話はメンバーの中でも比較的古参であるクリスですら知らない、翼と響だけが経験した話。
聞いていたのは未来だけでなく、歌っていたエルフナインとタンバリンで盛り上げていた切歌もいつの間にか聞いていた。
「どうやったら……みんな…そんな風に平然とできる…んデス…か…?」
切歌がポツリと言った。
その声に他の三人は彼女に視線を向ける。その視線を受けて切歌は今感じている事を話し始める。
「翼さんは……いなくなった奏さんを平気そうに話せるデス……未来さんも今響さんが居なくても…一時は拒絶されていても頑張ってたデス…エルフナインも…キャロルが返ってくるのか分からなくても…努力してるデス……」
彼女のその顔は泣きそうなほど崩れていた。いつも彼女らしさからはかけ離れた表情。
それを皆は黙って見つめていた。
「でも…あたしは…調が居なくてダメダメで…強がっててもそれだけで……情けないデス……」
その告白に誰もが何を言うべきか戸惑った。
慰めるべきなのか、情けないぞと発破をかけるべきなのか何が彼女の心を奮い立たせることが出来るのか迷った。
「平気ではないぞ」
翼が最初に沈黙を切り裂いた。
切歌はそう言われるとは思っていなかったのか「え…?」と顔を上げた。
「……奏とのあの別れは今もそしていつだって私の心を痛めつけ苦しめてくる……死ぬまできっと克服する事など出来ないだろう……」
翼は苦しそうな表情で言う。
脳裏に浮かぶのは絶唱を唱えて体が崩れていく奏の姿。あれを平気だなんてとても思えない。
「だが立花に勿体ないと教えられてな…奏が死んだことだけをいつまでも考えていたら……奏の存在がただ悲しいものだけになってしまう…確かにあったのだ……楽しかった思い出が……」
翼の脳裏には先ほどとは打って変わって揶揄われたり、一緒に歌やダンスのレッスンをした思い出がよみがえる。
それにシンフォギアで災害救助をした際にお礼を言われて人生観が変わったと言った姿や翼が特訓を頑張れば頭を撫でて褒めてくれたりと楽しい事もたくさんあったのだ。
未来は微笑みながら切歌に向く。
「そうだよ。調がどうなるかはしっかりとした事は言ってあげられないけど…今はみんなも協力してあげられるし一人で抱え込まないで大丈夫」
「はい!ボクも頑張ってダイレクトフィードバックシステムを確立してみせます!」
エルフナインもまた両手をぐっと握って励まそうとする。
皆が辛いのはお前だけじゃないとか、その辛さは理解できるのような安い同情はしなかった。大切な人を失った悲しみを知ってはいる、いるからこそ簡単に理解出来るとは言わない。
切歌はその励ましに少しだけ笑みを浮かべる。
するとそこでぷるる…と翼のS.O.N.G.用の端末から通信が入る。
翼はすぐさま通信に応える。
「こちら風鳴翼。暁も一緒です」
『現在、査察継続中につき戦闘指令は査察官代行である私から通達します』
「…………そうですか」
翼は相手の発言に怪しむような訝し気な声をあげてしまう。
彼女は既にマリアから風鳴機関は裏切っているのではとストレートに言われたので、その息がかかっている可能性の高い人物の指示に素直に打てば響く山彦のように応答できなかった。
仮にノーブルレッドを支援するのが風鳴機関なら、このアルカノイズ襲撃は自作自演で裏で何かしらの作戦を遂行している事になる。
『第三十二区域にアルカノイズの反応検知。現在当該箇所より最も近くに位置するSG-r01とSG-i02はただちに現場へと急行し対象を駆逐せよ』
「……その指示は……正しいのでしょうか……?」
『質問の意図を理解しかねます。それに管制からの指示にあなた方に拒否権はありません』
「分かりました……」
翼は嫌な予感こそしたがこれ以上噛みついたら査察官がいちゃもんをつけてくるのは分かっていたので素直に支持に従う事にする。
四人は慌ててカラオケ店を出るとそこには逃げ惑う人々と空を我が者顔で飛び回るアルカノイズ達がいた。
「二人は避難を!」
翼は未来とエルフナインに指示を出す。
アルカノイズに対して自衛能力を現状持たない二人では足手まといになるからだ。それを理解しているため頷く。
「暁行くぞっ!」
「がってんデース!」
翼と切歌はそこはかとない不信感を感じながらもシンフォギアをまとって敵へと切り込んでいった。
占拠されたブリッジではオペレーティングが行われていたが、その指示の速さも分析力も本来の人員には遠く及ばないものだった。
『こちら風鳴翼!付近一帯の調査を要望します!!アルカノイズである以上これらを召喚した錬金術師がどこかにいるはずです!何かしらの意図を持って召喚と配置がされているはず!!』
「現在装者周辺にアルカノイズ以外の敵性反応は見られません。SG-r01はこちらの指示に従ってアルカノイズの掃討に専念されたし」
『そんなはずはありません!地図に出る敵性情報だけでなくその裏まで見てください!錬金術師がただ意図のない襲撃を行うはずがありません!狙われている施設や敵が集中している場所まで確認を!!』
「これ以上の指示に従わないのであれば権限の凍結を行い拘束をすることになります」
『ッ…分かりました……』
自身の要望に取り付く島すらない反応に隠しきれない苛立ちを募らせる翼。切歌もそれを見て不安そうな表情をしている。
薄々勘図いているのだ。今現在敵の指示で自分たちが動いている事に。
するとそこでブリッジに入ってくる人物たちが。
「査察は中止だ!令状はここにある!」
弦十郎が不正な方法で査察を行っている事を証明する紙切れを持って突撃する。それには緒川とマリアもついている。
ついてきた緒川が拳銃を構えてブリッジ内にいる人員を見渡すのだが。
「該当査察官見あたりません!」
「くっ…!…鼻が利く……」
その報告に弦十郎は苦々しく顔を歪めるほかない。
この一件に深く関わっていたであろう下賤な査察官は既に逃げていた。
「戦闘管制引き継ぎます」
友里と藤尭が普段の立ち位置に戻る。
そのブリッジでのいざこざを聞きながら戦闘を行っていた翼はある事を考えていた。
(無念だが…今回の査察が不正なものだとしたら風鳴機関はやはり…だとすればまさか…!)
翼はこの一件で相手が求めた報酬が何なのかに気が付いた。
慌ててその場から飛び出してカラオケ店の方へと戻っていく。
『ブリッジ!小日向とエルフナインに連絡は取れますか!?』
「つ、翼どうしたの?」
『早く!』
翼のあまりにもな剣幕に押されてマリアは怯んでしまう。
しかしすぐさま立て直して登録している未来の電話番号にかける。
しかし―
「…………出ないわ…」
『くっ…!…小日向とエルフナインにもGPS付きの端末を支給されているはず!すぐさま位置情報を!』
マリアからもたらされた予想を的中させる最悪な情報に歯噛みする他ない翼。
「翼さん曲がり角を進んだその先です。その位置だけ監視カメラが潰されています!」
『了解!』
友里からの指示で急いで街中を跳躍に近いレベルで飛び出していく。避難しているから当たり前なのだが不気味なほど人の気配を感じない。
指示によって着いたそこは狭い裏路地で、血の水溜りが地面にべっとりと溢れていた。未来とエルフナインの手荷物は地面に乱暴にぶちまけられていた。
『ばかな……』
翼は既に手遅れであるという事実に気が遠くなるような眩暈を感じていた。
◎
未来はエルフナインの手を引いて裏路地を疾走していた。ミラアルクに遭遇して必死に逃げているのだがシンフォギアの持たない彼女では対抗しようがない。
それを追い回しながら見ているミラアルク。前に未来と対峙した時はその隔絶した実力にまるで赤子の手を捻るかのように負けた。
「まったく手をかけさせやがるぜ……だがぁ…シンフォギアさえなければあいつは怖かないんだぜ?」
そう言って監視カメラの一つを殴って壊す。
そして飛んで逃げていく方へと先回りをする。
「ようよう?ちょこまかと逃げ回ってくれたがもう逃げられないんだぜ?」
「私のシンフォギアの前じゃ何も出来なくて逃げてたくせに丸腰と分かった途端に随分と強気だね?」
未来はエルフナインを背中に隠すようにして庇いながらも、相手に怯えるわけでも命乞いをして媚びるわけもなく強気に返して見せた。
そう言い返された事で相手は不愉快そうな顔をする、それを言われたくはなかったのだろう。
「エルフナインちゃん…早く逃げなよ」
「ダメです!未来さん!」
未来が死を覚悟でそう言うもののエルフナインは反射的にその意見を否定するが、それでこの現状が改善するわけも無かった。
「くっふっふっふっ……こうも簡単にお前達を本部の外に連れ出せるとはなぁ……」
下種な笑い声が聞こえる。
路地から出てきたのはこの前ブリッジを占拠した査察官だと名乗った男。その首には神獣鏡と思われるペンダントがかけられている。分かっていて見せつけているのだ。
「何であなたが……」
エルフナインはそう言いながらも、相手がここにいる理由に気が付いていた。要は嵌められたのだ。
ミラアルクは口を開く。
「さてと…指示通りにお仕事と行くんだぜ?」
「エルフナインちゃんは早く逃げてよ」
「でも未来さんがッ!」
「ここに残って何が出来るんだっ!!」
未来がもはや怒鳴るに近い大声で指示を出すがエルフナインは従おうとはしない。
ミラアルクは右手人差し指の爪を鋭利な刃物のように伸ばして仕事に取りかかろうとする。
「う~ん!テレビではすっかりお目にかかれなくなったシーンに私!あちこちの昂ぶりを抑えきれないぃっ!」
査察官もどきは体をよじらせて興奮といった感じだ。
そして爪が振り下ろされて一つの命が終わる。