過去に戻った立花響   作:高町廻ル

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乱れる心にイグナイトは禁物

「おい、いい加減前を向けよ」

 

 クリスは目的地に向かって走る中で心ここにあらずな響にしっかりしろと声をかける。

 その言葉に相手はハッとして驚く。そして重要な任務を受け持っていたのにそれに対して前のめりでなかった自分を恥じて俯く。

 

「分かってる…私がしっかりしないと勝てるものも勝てなくなる……」

 

 走りながらも彼女は何とか言葉を絞りだす。

 分かってはいるのだ。ここで後ろを振り向けば未来の覚悟が無駄になってしまう。

 もちろん未来は負ける気など毛頭ない。

 しかしそれでもあの場で朽ち果ててもいい覚悟で提案して残ったはずなのだ。

 散々彼女の人生をめちゃくちゃにしておいて、それでなお捨て駒にするような扱いをしてしまったのだ。

 そんな風に思われる事を未来が望んでいない事は重々承知なのだが、それでも考える事を止めることは出来ない。

 そんな事を考えていると無意識に響は唇を噛みしめていた。この現状は自分の力のなさと至らなさが招いた結果なのだ。

 

 もし仮に償い報いる方法があるのなら神の力を打倒して見せる事。

 改めて目標と自身が持っている力を再確認して気合を入れなおす。なすべきことはもう決まっている。

 

 

『チフォ―ジュシャトーまで現在の進行速度で約十分です』

 

 通信越しに友里の報告が入る。そしてこのまま敵がすんなりと通してくれるわけも無いだろうと皆が思っていた。

 装者達が目的地に向かって順調に走破していると前方から敵性オートスコアラーたちが彼女たちに向かって来ている。

 通信越しに友里から報告が入る。

 

『敵オートスコアラー!その数一万!』

「多すぎデス!」

 

 切歌はその報告に対して間髪入れずにツッコミを入れる。

 風鳴機関は響を捕まえるため、そして捕まえられなくても世界を相手取るためにこれだけの戦力を秘密裏に用意していたのだ。

 

「皆!これ以上時間をかけていられない!イグナイトモジュールを使って一気に突破する!」

 

 未来がこの戦いで見せた覚悟と今現在進行形で行われるであろう国連の横やりが考えられる。

 翼は考える、目の前にいる敵たちに時間をかけている余裕はないと。

 皆はその宣言を見て頷く。未来やS.O.N.G.スタッフの奮闘を考えると翼の意見に首を縦に振る。

 いくら強くても、無敵でも無限でも無いのだ。

 装者達全員が胸元にあるギアペンダントに手をかけてそこから外して起動の準備をする。

 

『イグナイトモジュール、抜剣!!』

 

 ペンダントから光の刃が伸びて装者の胸に突き刺さる。そしてシンフォギアの意匠がそれまで白色を基調としたものから、黒色を基調とする禍々しい色と鋭角なフォルムに。それがイグナイトモジュールだ。

 

 しかし―

 

『ウガアアアァァッ!!』

 

 理性や知的差を感じないただただ溢れ出す破壊衝動を吐き出すだけの醜悪な叫び。

 翼だけはイグナイトの起動に失敗して全身が黒色になる暴走状態に陥った。

 

『アメノハバキリが暴走!翼さんのバイタルに異変が!!』

 

 通信越しに伝わってくる友里の報告。

 それが無くても装者達全員は目の前で何が起きたのか気が付いていた。

 響は隣で翼がかつて自分が何度も陥ったそれになった事で驚愕の表情をする。

 

「何でっ!?」

 

 どんなに力を御してもダインスレイフの欠片はその身に宿した主に常に寄り添い破壊衝動とその人物が持つトラウマを刺激して来る。

 それが強力な力を得るリターンの代わりに内在するリスクだった。

 可能性でいえばこうなる確率は決して低くは無いのだが、それでもこの重要な局面での暴走はあまりにも最悪過ぎた。

 

「ど、どうするデスかっ!?」

 

 切歌は予想だにもしていなかったトラブルを前にしてオロオロとした感じで周りに意見を求めてしまう。

 これまで何度も抜剣をしてきたのだが、一度正常に起動してからは暴走状態に陥った範例は存在していない。それがゆえに何をしていいのか分からない。

 皆が突然の現象に驚いてどうしていいのか動きあぐねている間、翼は怒りの咆哮と共に敵オートスコアラーに向かって飛び出していく。彼女が通り過ぎた場所にいた敵は一瞬のうちにしてバラバラの残骸へとなり果ててしまう。

 暴走状態だとしてもその力はやはり半端なものではない。

 今は敵を倒しているからいいもののこの状態を放っておいていいわけでは無い。

 こうしている間にも翼の精神が汚染されており、長引けば何かしらの形で障害が残ってもおかしくないのだ。

 

「ッ……翼っ…!」

 

 マリアはその光景を見て痛ましそうな表情をする。彼女だけはこの状況に心当たりがあった。

 調はそれを見て質問をする。

 

「マリア…何か知ってるの…?」

「…………」

 

 質問をされた瞬間に沈痛な面持ちで相手は俯き黙り込んでしまう。しかしすぐに顔を上げて話始める。

 

 風鳴機関が限りなく黒に近いグレーだと判明してからというもの、翼は信じたくないと思いながらも風鳴訃堂に対してケジメをつけなければいけないと思い詰めていた事。

 自分の手を汚してでも一族の恥さらしを抹消すると思い込んでいた事。

 そうしなければ恐怖に陥れた日本国民や世界中の人にも、そして響に対しても罪を雪げないと考えている。

 そんな殺意や怒り、そして悲しみを滾らせた精神状態でイグナイトモジュールを制御下に置くのは至難の業だろう。

 

 そんな話をしている間も翼が暴走して辺り一帯を破壊している。

 しかし皆はそれを横目に話を聞いていた。

 

「そ、んなことを」

 

 その話を聞いて最初に反応したのは響だった。その表情は悲しそうで。

 皆もまた一様に同じ表情をする。

 

「…………」

 

 ただし雪音クリスを除いては。

 彼女は眉を少しだけ吊り上げて不機嫌そうな雰囲気を醸し出しながら暴れまわる翼を見ていた。

 

 

 未来と神獣鏡の力を持つオートスコアラーは戦闘中だった。

 敵の攻撃を未来は的確に対処してアルゴリズムを見極めようと観察をしている。

 

 敵は光線で未来を牽制してきたが僅かに横にホバリングをして見切ってみせる、敵はその一瞬を使って飛び出してきて殴りかかってくるが左手で簡単に拳を跳ね上げて、右手に持っていた鉄扇で胴を殴り飛ばす。

 

 敵はすぐさま立ち上がる。そして顔部分の結晶からしか光線を放てないのだがそこで背中がパカッと開いてビットを生み出してくる。

 かつてF.I.S.のエアキャリアに内蔵されていた神獣鏡の援護用の追加武装だった。

 それに攻撃を当てると光線が曲がり、そして枝分かれして真っ直ぐに飛ばすしか出来なかった光線攻撃にバリエーションが生まれてくる。

 未来はそれを見て的確にかつギリギリの間合いでかわして見せる。しかし光線をビットに当てて一帯に飛ばし、檻のような形を作って対象を取り囲み確実に死角を消して追い詰めてくる。

 敵はキッチリ攻撃の対象の外にいてあとは光線の檻を締め付けてチェックというわけだ。

 それを見て未来は感心したような素振りを。

 

「なるほど…他の皆ならそれで倒せるね…でもその程度の戦法を私が思いつかないとでも?」

 

 素早く鉄扇からの光線と両面鏡を飛ばしてビット自体の破壊と光線自体に両面鏡を当てて軌道を変えて檻を破壊する。

 この戦法には繊細なコントロールが要求される。それを乱すのはそこまで難しい事ではない。

 

(なるほど…確かに強いけど光線が防げない訳じゃない…これなら倒せる……)

 

 オートスコアラーだけあって基礎的な身体能力は低くないが見切れないほど高速挙動ではなかった。

 浄化の光線も両面鏡で弾いて拡散させることは十二分に可能だった。

 未来にとって怖いのは目で見えないスピードで攻撃される事と防御など紙屑のように容易く突破して来る圧倒的な攻撃力だった。

 目の前の人形はそのどちらの条件も兼ね備えていなかった。

 この程度の相手なら無傷で完勝して響達の援護に迎えるなと皮算用を行う。

 

 かつてフロンティア事変の際の響はその見切れない速度によって未来を一撃で沈めてみせた。今思えばあの驚異的な出力はバーニングエクスドライブになりかけていたと考えられる。

 

 未来は既に勝利を確信していた。あとは頭部に内蔵されているギアペンダントを破壊するだけだからだ。

 そして聖遺物の破壊は神獣鏡の専売特許だった。

 

 そこで敵の体からみるみる色が抜け落ちていく。景色に姿が溶け込んでいく。

 

「え……」

 

 未来はそれを見て呆然と間抜けな声を出してしまう。

 それが何なのかは知っている。

 ステルスだ。確かに強力な力ではあるのだがアームドギアの類が一切合切使えなくなるため戦闘では役に立たないと決めつけてきた攻撃だった。

 そもそも神獣鏡シンフォギア自体は直接的な攻撃力は低いため、異端技術が相手では透明化して不意打ちは殆ど効果が無かったためほぼ死蔵して来た力。

 

 だからこそ理解できなかったのだ。この場での戦闘では透明化などそこまで使い道はない。

 一瞬の思考の空白の後、敵の狙いに気が付いた。

 

「…………まさかっ!」

 

 未来は慌てて両面鏡に指示を出して光線を放ち辺り一帯を円状に包囲して逃げられないようにする。

 それは先ほどまで敵がやった事と同じ事。唯一違うのは敵の位置が特定できないため、慌てて展開したため自分自身も内側に囚われているという点だ。

 気が付いたのだ。敵の狙いは神殺しのガングニールの破壊であるためここで戦い続けるメリットなど皆無なのだ。

 だからこそステルスで逃げようとしたのだ。

 

「あうっ!?」

 

 そこで未来は真正面からいきなり殴り飛ばされてしまう。彼女は情けなく悲鳴を上げるほかない。

 咄嗟に持っていた腕を振り回すのだが手ごたえはなかった。

 逃げられないと見るや敵は透明のアドバンテージを使って一方的に攻撃を仕掛けてきたのだ。

 しかし未来は反撃が出来ない、後手に回るほかない。

 

 ここで今彼女がやるべきなのは逃げる事でそれが取れる行動の内の最善手。

 だがそれは小日向未来が単独での判断に過ぎない。

 今の彼女は装者達を無事に敵のオートスコアラーに送り届ける事が自身に課した任務なのだ。それだけは全うしなければいけない。

 仮にだが逃げるには光線を使った檻を解除しなければいけない、それをすれば敵はすぐさま響のもとに向かってしまう。

 同じくステルスを使おうにも、透明化している間はアームドギアの一切が使用不可能になってしまうのだ。

 迎撃しようにもアームドギアである両面鏡は全てこの場に敵を縫い付けるために使い切っているため武器が半分捥がれている状態。

 

『ダメだっ全く反応が計測できない!』

「ですよね…」

 

 通信越しに藤尭の苦しそうな声が聞こえる。

 未来はそれを聞いてだろうなと冷静に受け止める。

 ありとあらゆる反応を消して、レーダーを突破する性能を持っているのは使い手である未来自身がよく知っているのだから。

 

 そんなやり取りと思考を重ねている間も相手は攻撃を加えてくる。

 恐らく殴る蹴るで一撃を加えるのだが彼女は脚装の半重力エネルギーをその場に浮くことに注いで、殴られても踏ん張らずに滑るようにしてダメージを軽減させる。

 しかしそれでも完全に無効化出来るはずもなく、受けるたびに未来の体にガタが来る。

 ファウストローブの力が加えられているとはいえ攻撃力と同じで神獣鏡は防御力もまたそこまで高いわけでは無いのでこのまま戦いを続行すれば負けるのは未来だ。

 流石に攻撃を食らい続けても耐えきれるほど頑強な性能は兼ね備えていない。

 

 このままではジリ貧なのは分かりきっていたため、彼女が考えたのは空を飛ぶこと。

 だが相手もまた神獣鏡の力を持っているため飛べる可能性が高い。

 

(飛ぶのは……無しかな……)

 

 そもそも敵を視認できない事がネックになって苦戦を強いられているのに360度全方向に体を晒すのは自殺行為なためすぐさまその案を却下する。

 まだ地面を下にして戦った方が相手の攻撃のパターンを限定することが出来た。

 

 敵の攻撃を裁きながらも未来はこまめに移動している。

 檻は彼女を中心に半円状に展開をしている。檻に引っかからないため、敵も見えてはいないのだが未来と一定の距離を取って檻に囚われないように間合いをコントロールして来る。

 当たりさえすればペンダントを破壊するのは難しくないのだが。

 

 つまるところ、ここで逃げる事は許されず。逃げないのであれば敵を倒す方法が存在しないという最悪な状況だ。

 かといって鉄扇の光線を山勘に任せて放つのも難しい。

 確実に当たる間合いと隙を突けているのであれば問題無いのだが、外れた場合展開している檻が解除されてしまい敵に逃げられるため光線はもう使えない。鉄扇は振り回すほかなかった。

 

「あっがあっ!!」

 

 とうとう未来が殴り飛ばされて地面に倒れてしまった。

 ここまで慎重に行動して敵の攻撃を見極めようとしたが、当たった瞬間に敵の動きに合わせる合気道のような挙動は流石に未来には不可能。ついに敵の攻撃がクリーンヒットしてしまったのだ。

 

(ダメだ…このままじゃ負ける…ここで負けたら風鳴機関が……)

 

 彼女は倒れながらも考える。どうすれば光線を確実に直撃させることが出来るのかと。

 その時ふと脳裏に想起したのは、

 

『…………分かった。未来も早く倒して追いついてね……』

 

 響がそう言った言葉。

 その敵を早く倒して追いつてくれというメッセージ。未来はその思いを裏切るつもりなど無かった。

 だがそのお願いを無視するのであれば敵を倒す方法はなくはないのだ。

 

「…………守れそうにないかな」

 

 わずかの時間ではあるのだが考え込む。そして覚悟を決めた。

 

「藤尭さん、友里さん。これから起こる事は響達には伝えないでください」

『未来さん?』

 

 未来の意味深な言葉に藤尭は怪訝そうな反応を。この状況でそれはあまりにも不審過ぎた。

 

「目の前の敵は私の手で何が何でも倒します」

 

 彼女はそう言うと手をぐっと握る。

 するとそれまで半球状に展開されていた神獣鏡の光線で構築していた檻がいきなり縮み始めて未来の元へと収縮し始める。

 

『まさか…それだけはダメだ!』

 

 藤尭は未来の行っている事の意図に気が付いて慌てて静止を促す。

 だが彼女はそれを言われても一切行動を緩める事はせずに檻を収縮させていく。

 自分自身の安全を度外視するのであれば自分に向かって光線を収縮させればいつかは敵に当たる。そう考えて捨て身の特攻に走ったのだ。

 もちろん分かってはいるのだ。人間が神獣鏡の光を浴びてはいけない事は。

 それでもこの詰んだ状況を打破するにはもはやこれ以外の方法を彼女は思いつかなかったのだ。

 

 敵もまたそれを察したのか殴る蹴るで未来を攻め立ててくる。彼女はボコボコにされていくが決して倒れはしない。

 

 そして光が未来のいた一点に収束されて、二つの神獣鏡の反応が消失した。

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