風は俺の頬を荒々しく切り裂いても、花を撫でる時はいつも優しかった。
花を愛でた後は、己が自身の方が浄化されたように、猛々しく大きくうねり、天井の穴へ抜けると、世界へ飛び去っていく。
屋根を貫いてぽっかり天井に開いた穴は、かつて伍番街プレート上から放り出された俺の体を、この花たちと共に助けてくれた痕跡だ。
あれから幾度となくこの教会を訪れた、それどころかここを寝床に間借りさせてもらっている身の上としては、塞ぐのは当然のこととも思えるが、未だその踏ん切りが付かずにいた。それは花たちに適度な雨を与えるためでも、快活な陽光を射すためでもない。
あの穴を塞ぐことは、彼女との繋がりまで断ってしまう。
そう思えてならない俺の弱さだ。自覚はしている。いや、自覚していると自分に言い聞かせることで自己防衛しながら逃げ、その責任をどこか彼女に肩代わりさせているのだ。
奴なら、こんなことにならないだろう。やはり俺は、いつまで経っても奴の足下にも及ばない。奴の分まで、強く生きると決めたはずなのに・・・。
俺は花たちの傍らに体を横たえた。
俺は今でもこの花の名を知らない。彼女の口からそれを聞きたかった。
雑草すらまともに生えないスラム街で、この教会には数多の花弁が花開くのは、未だ彼女がここにいることを示すようで、俺は地面に耳を澄ます。
彼女の声は聞こえないだろうか?
ここに花が咲くのは、間違いなく清らかなライフストリームの渦がこの地の元に這っていることを意味している。俺の手の中から魔胱の海の底にこぼれ落ちていった彼女もまた、星の中心から俺に耳を澄ましてくれてはいないだろうか。
この花、なんて名前なんだ、おしえてくれ・・・。
「はい、おばさん。頼まれてたお花」
「まあ、なんて綺麗なお花たち!すまないね、エアリス」
孤児院ひまわりの会のおばさんは、かごの中の花たちに負けないくらいの笑顔を咲かせた。
「いいのいいの、気にしないで。なんせ仕事ですから。ね、クラウド」
俺は無愛想に腕を組んでそっぽを向いた。
気にしないでくれと、このときはまだ言えなかった。なにせクラス1stの元ソルジャー。北条によって埋め込まれたジェノバ細胞、その擬態化能力の隷属下に俺はがんじがらめだったのだから。
いや、ずるいな。
俺自身そう演じたかったのだ。魔胱耐性のない欠陥品。ソルジャーになれなかった落ちこぼれ。その自分の現実をいつまでも受け入れたくなかったのだ。その嘘を決行するのに、ジェノバは俺にとっても格好の都合の良い理由だった。この頃はそんなこともわからないまま、ただ奴との約束。生きることに必死だったのかもしれない。言い訳かもしれないが、それもまた事実なのだ。
「なんでも屋始めたんだってね。噂は聞いてるよ、いくらだい?」
「報酬はすでに頂いております。子供たちからね」エアリスの目配せの先、俺の胸に小さな紙製のバッジがぶら下がっていた。俺を描いたイラストと共に、伍の一文字と、小さく防衛隊と記されている。
エアリスとおばさんは同時に笑いをこらえる。俺のイラストを見ての反応であることは明らかだ。バッジの中の俺は、デフォルメされ、可愛らしくはあるが、しかしぐりぐりと魔胱の緑で塗り潰された鬼のような瞳で彼女たちを睨み付けていた。
「2000ギル取ってもいいんだぞ」
「うそうそ、クラウド。これで仕事も終わりだし、うちでごはんでも食べよ、ね。ね。おばさん、まいどありがとうございました~」
エアリスは俺の背中を押しながら、おばさんにウインクして立ち去った。
後ろ手にスキップをリズム良く、エアリスは軽快に自宅への帰路を跳ねる。
「おばさん、喜んでたね。なんでも屋、いいかも」
「危険なことも多い。それにあんたはただでさえタークスって厄介な連中にも・・・」
その噂の磁力のせいか、前に赤髪と坊主が従えた一団がこちらに向かってくる。俺は咄嗟にエアリスを物陰に隠し、一団と対峙する。
「覚えてるぞ、と」新羅カンパニー総務部の実行部隊、通称タークス所属の赤髪のレノが俺をゆらゆらと眺める。レノとは、その隣にいる強面サングラス坊主のルードと共に一線交えたばかりだ。エアリスを追う者たち。
その命は神羅カンパニー社長プレジデントと、俺を魔胱漬けにし、ジェノバ細胞を植え付けた科学部門の北条によるものだと後になって知ることとなる。星の聲を聞くことのできるセトラ(古代種)の唯一の生き残りであるエアリスを放っておくには、あのファシストと、マッドサイエンティストを地でいくヒトデナシには、到底無理なお願いというものだろう。
そんな事情を知る由もない当時の俺は、ただただ仕事としてエアリスを守らんと背中のバスターソードに手をかける。
「早合点するな」ルードが俺に見向きもせずに、通り過ぎる。
「今日は別件だぞ、と。当の彼女と鉢合わせれば話は別だが。お前の相手をしている暇はないぞ、と」
レノもまた一般兵たちになにやら指示しながら、消えて行った。
「どうしたんだろうね、一体」
エアリスがいつの間にか俺の横で、彼らの去った道をしげしげと見つめていた。
「さあな、また見つかる前に家に帰った方がいい」
「あんた、元ソルジャーのクラウドだな」
背後からの唐突な声に、俺とエアリスは思わず戦闘態勢を取る。その声の主を一瞥して、さらに警戒心が強まった。
魔胱を帯びた瞳・・・。その鮮やかなエメラルドグリーンが、紛れもなく彼を神羅カンパニーの強化兵士ソルジャーであることを示していた。
「そう身構えないでくれ、俺たちはさっきのタークスの連中とは違う。武器屋のオヤジになんでも屋のあんたの噂を聞いてきたんだ」
そうソルジャーは言うと、隣にいた一人の一般兵と共にカラの諸手を挙げた。それでもそう易々とは信用できない。俺は剣の柄を握り込むが、エアリスが割って入った。
「どういうことかな、お兄さん方」
「おい。あんた・・・」
「クラウド、話だけでも聞いてあげよ。人は見かけに寄らないよ」
俺は呆れてものも言えなかったが、一応依頼主の意向は尊重する。剣の柄から手を離し、ため息と共に俺は腕を前で組んだ。
「ありがとよ、お姉さん。俺はトーレス。お察しの通りソルジャー、そのクラス3rdだ。こっちは一般兵のアイン」アインはよろしくお願いします、と丁寧に深々と頭を下げた。
「神羅の人間が俺になんの依頼なんだ」
「あまりデカい声では言えないんだが、ここ最近、この伍番街スラムで連続行方不明事件が起きてるんだ」
「連続行方不明事件?そんな事件聞かないけど・・・」エアリスが頭を傾げる。
「そりゃそうさ、消えてるのは神羅の人間だけなんだからな。先週から昨日にかけて、一般兵が三人。ソルジャーが三人。いずれもこの伍番街スラムで行方が途絶えている。それを上の連中はどうやら誘拐と見ているらしい。確かに、場所と数の不自然な一致から、なんらかの意図を感じるのは明らかだからな、間違いではないのだろう」
「ソルジャーを誘拐?そんなことをできる奴がそうゴロゴロいるわけがない」
「そこなんだよ。社は看板商品であるソルジャーがあっさり神隠しにあったことをかなり危惧している。情報は隠匿して、実力に引けを取らないタークスをその捜査に当たらせてる程だ。そしてその最有力容疑者が、この間立て続けに魔胱炉を爆破して見せたアバランチさ」
「バカな!」思わず声に出してしまったが、トーレスは違う意味に取ったようで、話を続ける。
「察しがいいな、その通り。三日前の壱番、そして昨日の伍番魔胱炉爆破のときにソルジャーが消えている。その奇妙な一致に意味があると思えなくもないが、当然アバランチの手練れ共は魔胱炉爆破に手一杯。わざわざ人員を割いてスラムに出張って誘拐を決め込む理由が見つからないし、ソルジャーをヤれるような下っ端がわんさといるのも考え辛い」
俺は咳払いを挟んだ。トーレスは続ける。
「誘拐されたソルジャーは2ndと3rd。3rdはともかく2ndを簡単にヤれるとしたら、タークスクラスかもしくは・・・」
そう言いながらトーレスは俺を見る。
「ソルジャー1stクラスの実力者というわけか」
「そんな!クラウドがそんなことするわけない!」エアリスが柄にもなく噛み付くようだが、トーレスは諸手を振って窘める。
「わかってる。昨日2ndが消えた時間前後、あんたはレノとルードと戦り合ってた。だからあいつらも素通りしたのさ。でなけりゃ、証拠なんかなくても無理矢理引っ張ってるだろうさ」
「で、その犯人捜しを俺に?」
「ああ。誘拐された3rdは俺の、一般兵の一人はアインの・・・友達だったんだ・・・」
友達だろ。
クラウド、逃げろ!
俺の分まで・・・生きろ・・・。
「クラウド・・・?大丈夫?」
エアリスはもちろん、トーレスとアインも心配そうに俺を見つめていた。
「あ、ああ。大丈夫だ。すまない、続けてくれ」
「ああ。その捜査はレノとルードに一任され、少数精鋭での捜査とされた。俺たちはいても立ってもいられなくなって、独自に調査しようとも思ったんだが、見つかればただではすまない。それに相手はソルジャーを攫うほどの実力者。見つけたところでどうにもできないかもしれない。そこであんたに頼みたいってわけだ」
「お金はいくらでも払います!お願いします・・・」アインは訴えるようにすごんだが、大きく項垂れて呟く。「仲間を・・・友達を・・・助けたいんです・・・」
5000でどうだ?そうふっかけようとしたところで、エアリスがずいと前に出た。
「わかった。お金なんてどうだっていい。お友達、助けてあげなきゃ」
「本当か!・・・すまない・・・」
「ね、クラウド」
俺はいまいち乗り気になれないながらも、浅く頷いた。報酬の交渉は後からでもいいだろう。
トーレスとアインは改めて深々と頭を下げた。
「誘拐事件なんて・・・。この街でそんな物騒な事件聞いたことなかったのに」トーレスとアインと別れ、情報を集めに街の酒場へと向かう道中、エアリスが呟いた
「あんたはどうなんだ。毎日のようにタークスに付け回されてる」
そう言われてみればそうかも、そうエアリスはカラカラと笑う。
「確かにそうなんだけど、この街って俗に言う一般的なスラムとは微妙に違うの。もっと村に近いっていうのかな。貧しいだけにみんなで今日を生きるために助け合うし、目の前の危険ていうとスチールマウンテンとその谷、駅までの路地に出るモンスターと、いろいろとしつこい神羅くらいだから。喧嘩はしても、嫌がらせや対立し合うなんてこともないの」
「なるほどな。人は見えない線で引かれた境界の向こう側と争おうとする。一定の外敵が存在する内は、内部闘争も起こりにくいか」
エアリスが膨れた。「純粋に仲が良いの」
俺はバツが悪くなって、目を逸らした。が、そんなことを気にしてるのは俺だけだ。
「ねえ、クラウド、ゴンガガって村知ってる?」
「いや」
「そっか。行ったことはないんだけど、知り合いの村なの。とても仲が良い村なんだって。思い出しちゃった」
「教会からの帰りに言ってた、ザックスって奴か?」
「うん・・・」
ザックス・・・ザックス・・・
ザックス・・・?
「ザックスって言ったか、今あんたら?」スラムの住人には見えない、いかにも根無し草という男だ。金を持っていそうには見えないが、武器や道具は充実している。俺は猛獣狩り(モンスターハンター)か、財宝狩り(トレジャーハンター)かと当たりを付けた。
「誰だ?」
「猛獣狩り(モンスターハンター)のエイジだ。ソルジャーのザックスを知ってんのかい?」
「私の知り合いなの」エアリスが前のめりに、しかし控えめに言った。
「ほう。いやな、神羅による情報管制が敷かれてるが、ここ最近、神羅の人間が連続して誘拐されてるらしくてな」
「噂で聞いてはいる」俺はとぼけながら腕を組んだ。ヘタにこちらの情報を出すのはウマくない。尚且つ、この男の正体を探りながら、こちらに有益な情報は引き出す。心苦しいが、これも世渡りの一つだ。
「デカい声では言えないが、その第一容疑者に、ザックスの名前が挙がってるのさ」
「そんなわけない!」エアリスは俺の考えなどよそに、目の色を変えた。「あのザックスが、優しいザックスがそんなこと・・・」
「俺に言われてもなあ、それにあくまで噂なんでね。今日二人の遺体が駅の脇道の通りで見つかったらしい。おそらく一般兵のものらしいが・・・」エイジはなにやら勿体ぶるような間を踏んで続ける。「二体とも、首から上がなかったそうだ」
エアリスが思わず口元に手を当てた。俺はエアリスの想像力を断ち切るために、エイジに続きを促す。
「目的がさっぱりわからないな、犯人の目撃情報はないのか」
「その近くで、黒いマントに身を包んだ奇妙な人物が目撃されてる。目撃者の証言によると、おそらく男で、その瞳は鮮やかなエメラルドグリーンだったそうだ」
俺の脳裏に、七番街スラムの自分の部屋の隣の住人、そしてこの街でも見かけた、同じ共通点を持つ男の陰がちらついた。いずれも黒マントに身を包み、腕には数字の刺青、そしてその瞳には魔胱の緑を確かに湛えていた。
「ザックスだと疑われる根拠は?」
「誘拐された者には2ndクラスのソルジャーが含まれてる。少なくとも2nd以上の実力者であることは明白。ソルジャー登録者の中で、居場所の特定ができず、最近ミッドガル近辺で消息を絶ち、1stに限りなく近い実力の持ち主はザックス以外にいないのさ。あんたのように元ソルジャーって可能性もあるが、街のみんなの証言からあんたは昨日からその姉ちゃんと街中でずっとなんでも屋業に勤しんでいたみたいだし、あんた以外に元ソルジャーらしき人物がここを出入りした事実もない」
エアリスは下唇を噛みながら呟く。
「ザックス・・・ザックスは絶対そんなことしない。でもその人がザックスの可能性はあるのよね。なにか理由があるのかもしれない。でも犯人は絶対別にいる、断言できる」
エアリスの瞳は、不安と確信で入り乱れている。
「遺体発見現場に行ってみるか」
「現場は神羅の兵士や鑑識の人間がウヨウヨだぜ。それに、あんなところで人目を盗んで人間を解体するなんて不可能だ。駅の通りはあくまで遺体を置いただけに違いない。真の現場は別にあるはずだ」
「別?」
「駅に直結していて、遺体を心置きなく解体できる場所なんて一つしかないだろう」
俺とエアリスが目を見合わせた。
「スチールマウンテンか」
「ご名答。あそこは特に地下のある廃屋が南の方にいくつかあったから、俺はあそこが怪しいと見てる。墓場も近くにあるし、格好の場所じゃねえか」エイジはミステリー小説のトリックでも見抜いたように、得意げに笑った。
「なるほどな。面白い話だった。・・・で、いくらだ?」
「あん?」
「どうせ俺たちが依頼を受けていたのを見てたんだろう。金は払う。その代わり今の話間違いじゃないんだろうな」
エイジはわざとらしく頭を掻いた。
「あちゃー、バレちまってたか。見ての通りの流浪者なんでね。情報屋も俺の仕事の一つなのさ、許してくれよ。ただ情報は間違いなく本物さ。俺の推察の部分も信じてくれるんなら、だがな」
俺はエイジの懐に500ギルをねじ込み、とっとと消えろと促した。情報屋と目立って会っていて禄なことはない。エイジも慣れた足取りで、振り返りもせず路地裏に消える。
「ザックス・・・」エアリスは尚呟いた。
俺はなぜか胸にちくりとしたものを感じた。それがなんなのか、見当も付かない。そのなにかに目を背けるように、俺は一歩を踏み出した。
「おい、行くぞ。ザックスの嫌疑を晴らしにな」
エアリスは両拳を握って、大きく頷いた。
「ありがと、クラウド」
俺はドッグタグを拾い上げた。ゲイルという名と共にコードが印字されている。谷から風で攫われた砂塵で、随分見えにくくなっていたが、汚れてはいない。落としてからそれほど時間は経っていないだろう。それはスチールマウンテンの廃屋の林立する荒れ果てた広場で、どこか俺たちを誘うようだった。
「なに、それ」
「神羅の一般兵が身に付けてる認識票さ、本人を特定できるコードが刻まれてる。こういう職業だからな。遺体は駅で見つかったにもかかわらず、タグはこのスチールマウンテンに。どうやらあの嘘くさいハンターの推理は当たっていたらしい」
「クラウド」
エアリスの指さす、そそり立つ崖に連なる廃屋の一つ、その扉の鍵が荒々しく、しかし真新しく壊された跡がある。エアリスと俺は互いに目配せし、意を決する。
「行こう」
くたびれた木造の廃屋、当然電気はきていない。が、埃かぶった屋内に、地下へと続く階段にだけ、不自然に埃がない。俺はここが犯人の仕事(解体)場であることを確信した。階段から階下を覗くと、下の部屋から灯りが漏れている。エアリスがごくりと生唾を飲み込んだ。
「俺から離れるなよ」そう言って、ふたりで一歩階段に踏み出したところで、俺は意識が遠のくのを感じた。体が言うことを聞かない。エアリスを横目に見ると、彼女も同じように所在なき瞳をまぶたが塞ごうとしているのを捉えた。エアリスを見て自分の状態を知った、が時すでに遅し。
エアリス・・・逃げ・・・。
誰かが背後から俺たちの体を担ぐのがわかった。それからはなにも覚えていない。
クラウド・・・
クラウド・・・
俺の分まで生きろ。
ザックス、俺・・・
俺たち、友達だろ。
「クラウド・・・」エアリスが俺の顔を不安気に覗き込んでいた。
「あんた・・・いや俺たち・・・」体が思うように動かない。手は後ろ手に拘束され、それに頭が妙に重く、ぼんやりしていて、まだわずかに微睡んでいるのがわかる。
「捕まっちゃったみたい・・・」
俺は情けなくて仕方がなかった。別の依頼を受けたとは言え、まだエアリスのボディガードも継続中。依頼主を危険に晒し、あまつさえ拘束までされてしまった。後ろ手に拘束された拘束具を破壊したいところだが、上手く力が入らない。なにか細工がされているのか。道具を探そうと周りを見渡すと、業務用のドデカい冷蔵庫がひとつと、俺のバスタードソード、その並びに洋剣から和刀、ダガーに至るまで、物騒な刃物がずらりと壁を彩っている。そして気になるのが、明らかに新しく設置されたであろう床下金庫のような扉だ。これは一体なんなのだろうか。
「ようやくお目覚めか、元ソルジャークラス1st、クラウド」
そう言いながら入り口から姿を現したのは、黒マントの男だ。顔は口元にまでマントが巻かれて見えず、声色もこもって聞き取りづらいが、あきらかに男のそれだとわかる。そしてなにより、そのマントの奥に見える魔胱を帯びた眼光。ソルジャーだ。
「ザックス・・・じゃないよね?誰なの、あなた・・・」
エアリスの言葉に黒マントの男は、得意げに両手を広げ、俺たちを見下ろす。
「さあ、どうだろうな」
「あんたの目的はなんだ」
黒マントは、軽やかな足取りで業務用冷蔵庫へと近づいて観音開きの取っ手を両手で握りこむ。
「見てくれるか、俺のコレクションを」冷蔵庫の扉を開け放った。
俺はその直前、天啓でも受けたように中身に勘付いた。「エアリス、見るな!!」
俺の叫びはむなしくも一拍遅く、彼女の瞼を制すには至らなかった。中身を凍結させた白煙と冷気が俺たちの周りを一瞬で汚染すると同時に、エアリスは悲鳴と共に顔を伏せる。
「どうだ、美しいだろう」
冷蔵庫の中には四つの人間の頭部が、寸分の狂いなく等間隔に整列していた。そのいずれもが、強制的に目を押し広げられたのだろう、不自然に、しかし満開とばかりに開眼しており、そしてそのどれもが魔胱の緑を輝かせていた。
「そいつが誘拐の理由か」
「ああ、眼球だけくりぬくことも考えたんだが、眼窩に収まったままの方が綺麗に染まるし、保存状態も良いんだ」
「染める・・・?」
エアリスは声を発することができない。
黒マントは、今度は床にある扉の取っ手に手を掛け、そして開く。
床の扉、その中からきらびやかな光が辺りを七色に彩る。僅かだが、確かに星命の流れの一端。
「ライフストリーム・・・。そういうことか・・・」俺は心底胸くそが悪くなった。「あんた、狂ってるよ」無意識に言葉が衝いた。
マントで口元が見えなくても、下衆に笑いを浮かべているのがわかる。エアリスはなんら理解できず俺を見た。
「こいつ、このライフストリームに誘拐してきた奴を漬け置いて、殺害した後に頸部を切断。魔胱色に染まった眼球を頭部ごと保存していやがる」
エアリスはその俺の言葉にまで拒否反応を示す。
「美しいだろう、この輝き。見ているだけで惚れ惚れする」
「なぜわざわざ神羅の人間を?それに捕獲するのに比較的楽な一般兵ならまだわかる。なぜソルジャーまで・・・」
「染まり方が微妙に違うのを知ってるか?」
「染まり方?」
「実はスチールマウンテンにやってくる旅人なんかではじめは試したんだ。いなくなっても誰も騒がないしな。が、魔胱適性のない一般人は精神崩壊して仮死状態になる人間ばかりでね、意識をしっかり保って生きていてもらわないと上手く染まらないんだ。ソルジャーは一般兵から昇格することも多いからな、それで一般兵を選ぶようになった。そしてまたひとつ判明したこと。二度漬けすると、さらに微妙に違う染まり方をするのさ。だが実験室の美しい染まり方とは違う。それで手っ取り早く、既に一度魔胱に浸かっているソルジャーを拉致することにした。全く、北条は気色の悪い奴だが頭が下がるよ」
「ひどい・・・」エアリスは頭を伏せたまま呟く。
「それで俺を拉致した訳か。だがエアリスは関係ない。はなせ」
「いや、そいつの目も実に良い。見たことのない不思議な目の色をしている・・・。そのまま保存しておきたいくらいだ」黒マントが舌なめずりをしているのがわかる。「どんな色に染まるんだろうな・・・」
「彼女はタークスが追ってるぞ、手を出さない方が良いんじゃないか」
「当然知っているさ。関係ないね。それならはじめから神羅の人間を拉致しちゃいないさ。見つからなきゃいいんだからなあ」
「じゃあ俺から奴らに言ってやろうか、犯人が直々に俺に捜索を依頼してきたってな」
黒マントの瞳がぴくりと不自然に挙動した。驚きの色。沈黙。
「依頼・・・?」エアリスが俺の言葉に思考が巡らないようで、首を傾げたが、俺はそのまま続ける。
「おかしいと思ったんだ、ここに辿り着くまであまりにできすぎていた。突然の依頼、情報屋、ドッグタグ、俺たちへの罠、そしてその魔胱の瞳・・・」
黒マントは尚も沈黙を守ったままだ。
「ソルジャークラス3rd、トーレスなんだろう」
黒マントは再度ぴくりと目を挙動させた。同時にエアリスも目を大きく開く。
「トーレス?そんな・・・じゃ、誘拐された友達って・・・」
「単にアインのことを言っていただけさ。アインはどうした、殺したのか」
僅かな沈黙の後、黒マントは手をゆっくりと顔へと持って行く。
笑っていた。
「・・・惜しかったなあ。だああああれがソルジャーなのかなあああ?」
黒マントの男の片眼から、魔胱の緑が失われている。
「コンタクトレンズ・・・?」
黒マントがフードを取ると、そこには片眼だけ緑に輝いたトーレスの顔があった。コンタクトレンズの色、虚構の緑。俺たちを卑下するように、嫌らしい笑みを満面に浮かべている。
「フェイクか・・・。ソルジャーを装って周りの目を欺いて・・・トーレス・・・」
「残念ながらそいつも偽名だ。ネタばらしをすると、本当のソルジャーはアインなのさ。ソルジャーのアインと一般兵の俺が入れ替わり、さらに名前を変えて動いていたってわけだ。それだけで誰も俺たちだと気づかない。行方不明者リストに俺たちも入っているにも関わらずなあ」
と、この状況にふと俺は疑問が脳裏をよぎる。六人の被害者、階段の罠、四つの保存された頭部・・・。
「おい、じゃあアインはどこに?殺害したか?いや、どういう・・・」
トーレスは得意げに笑う。
「何言ってんだ?勘の悪い奴だな。俺とアインは共犯なのさ。これだけの仕事をするのに一人でなんて無理だ。それにソルジャーを相手にするんだ、奴のソルジャーとしての戦闘能力も不可欠なことくらいちょっと考えればわからないのかね、元クラス1stさんよ。奴は今、次の獲物を捕らえに行ってる。一般兵をもう一人用意しないといけないんでね」
俺の中で全てが繋がった。
「馬鹿野郎!!とっととこれ外せ!!」俺の言葉にトーレスも、そしてエアリスにも疑問符が浮かぶ。
「何寝惚けたこと言ってやがる。おとなしく待っていろ、ゆっくり染め上げてやっからよ。それにしてもお前の眼光は1stらしくねえな、もう少し透明度が増すはずなんだが・・・」
「そんなこと言ってる場合か!!手遅れにな・・・」
次の瞬間、トーレスの腹から和刀の刃が突き出た。磨き抜かれた刀身は、トーレスの血の赤でぬらぬらと蝋燭の光を反射している。
「喋りすぎだ、ゲイル。そろそろ黙れ」
ゲイル。ドッグタグに刻まれた誘拐されたであろう一般兵の名。それがトーレスの真の名であることを知る。
「て・・・めえ・・・な・・・んで・・・」
トーレスの背後には、同じように黒マントをすっぽり被った男が立っていた。深い深い瞳の暗黒。そのさらに奥にはまだ見ぬ深い闇を感じる。片手にはトーレスを串刺しにした和刀が握られている。男はトーレスの体から手荒に和刀を引き抜くと、床に転がした。トーレスから流れ出る生命は、床をみるみる赤に染め上げていく。
「寝惚けてるのはお前だ。そこのなんでも屋は気づいていたぞ。もう一人の一般兵犠牲者はお前だ、ゲイル。情報屋のエイジを始末してきた。これで準備は整った」
俺は男を睨み付ける。
「アインだな」
「なかなかキレるじゃないか、なんでも屋」フードを取り、ゲイルと同じように指を瞳にやると、やはり同じようにコンタクトレンズをはずす。不自然なほど真っ黒の瞳から、魔胱の緑が輝く。その鮮やかなエメラルドグリーンが、一般兵を装ったソルジャーであることを示している。
「誘拐された六人、そこからあんたら二人を除いたソルジャー二人、一般兵二人、計四人の頭部。1st、2nd、3rdで染まり方が違う眼球。眼球の色味の違いを比べながら観察したいんだろう?エアリスは例外、そこに1stの俺を足しても、それぞれ染まり方の差異を比べるなら、一般兵が一人足りない。ソルジャーであるトーレスが犯人なら、当然一般兵のあんたが三人目の一般兵犠牲者になると予想できるからな。そしてそれが逆なら・・・」
「見事な推理だ」
「俺たちをどうやって捕らえた?魔法なんだろうが、トーレスは魔法なんざ使えそうもないし、あんたはあのときこの廃屋にはいなかっただろう」
「スリプル(睡眠魔法)とサイレス(沈黙魔法)、それからリフレク(反射魔法)を同時詠唱すると、スリプルとサイレスをリフレクの中に封じられた空間を作り出すことができる。ここの階段は私の唱えたリフレクの効果領域にあり、一歩踏み入れば、入った人間に睡眠と沈黙効果を発動させるトラップになるのさ」
「そいつは知らなかったな、あんたほんとに3rdか?」
「背伸びした3rdさ。ソルジャー適性を合格ラインギリギリで滑り込んだ口だ。だが別に恥じてはいない。魔胱について知りたかったし、おかげで最新のマテリアは使い放題。俺は元々科学者気質なところがあってね。体育会系のソルジャー達に合わせるのは実に骨が折れたよ。私があんたらの運動神経に、そして私の頭脳をあんたら筋肉集団に合わせるのにはな。一つ覚えで与えられた使い方しかできないバカ共。それじゃマテリアに使われてるのと同じさ。この程度の魔法の使用法くらい、実践の前に試してみないことの方が私には不思議だ。あんたらを拘束してるその拘束具もミスリルガードを加工したもので、さらに効果を反転させ、逆に魔力を低下させる作りになってる。効果に偏りのあるものというのは、使い方によって毒にも薬にもなるのさ。そいつは自前の腕力だけで引きちぎるしかないぜ」
「科学部門の方が向いていそうだな」
「褒め言葉と受け取っておくよ、興味はないがね。私は自分の好奇心に忠実なだけだ。試験管やデータとにらめっこするのも、それを神羅のために使うのもまっぴらごめんだね」
トーレスが息も絶え絶えに、アレンを睨みつけた。
「て・・めえ・・・。自分のためだけに・・・俺を利用して・・・」無慈悲に溢れ出す血液を腹に収めようと、トーレスは傷口をかばいながらもがく。が、その衝動むなしく血だまりは床に広がるばかりだ。
「どの口が言ってる。お前もそうだろう。私のソルジャーの能力を利用して、己が快楽を満たそうとした。が、私に利用されてしまった。先ほどなんでも屋にも言ったが、使われたくなければ使う努力をするんだったな。お前はもういい。とっとと朽ちてしまえ。私はその女の方に興味があるんでな」
「エアリスに手を出すな!1stの首を手に入れるのが難儀だったんだろう!俺で試せばいい!」
「クラウド、なに言って・・・」
「そう。今まではレアな1st獲得に奔走したが、こいつは別格だ。なにか不思議な求心力を持ってる」
「お前の目的はなんだ!なんのためにこんなことをする?」
「目的・・・?そんなことはどうだっていいさ。俺はこの女が・・・、なぜ必要なんだ?」
アレンの眼が所在なく微睡む。なんだ?様子がおかしい。
「余計なことを考えるな。女が・・・、いや・・・私が求めていたのは女だったのか・・・?母さ・・・ん・・・」
「母さん・・・?」
「なんだ・・・母さん?私に親類はすでにいない。母親の顔さえ覚えてはいない。首・・・。かあさ・・・ん・・・」
アインの意識が混濁してる?どういうことだ、が今はどうでもいいエアリスを助けなくては。
アインは意識半分でエアリスの首根っこを鷲掴みにして引き寄せる。
「ク・・・ラウド・・・」エアリスは意識を失ったのか、目を閉じ、だらりと四肢を投げ出す。
俺の視界を邪魔するノイズ。
慟哭。
血・・・。
伝説のソルジャー・・・。
「お前・・・セフィロス・・・」
「クラウド・・・。お前は私の呪縛からは逃れられない。この娘はもらうぞ」
俺の目にはそのとき、確かにアインがセフィロスに見えていた。
「その前に、もう一度俺を殺っておくか?あの時のように・・・」
ニブルヘイムの惨劇。
次の瞬間、俺は自由を奪っていた拘束具を弾け飛ばした。セフィロスはエアリスをその場に放り捨て、どういうカラクリか、和刀の刀身をすらりと伸ばし、己が名刀正宗と変化させると、俺に斬りかかる。
俺はひるむことなく、壁に立てかけられたバスターソードを手にし、右袈裟から振り下ろされた正宗の一の太刀を弾き上げる。俺はそのまま舞い上がり、勢いを殺すことなく、大きくのけぞったセフィロスの開いた胸板に、兜割りを昇華したブレイバーを叩き付けた。が、セフィロスは正宗をいともあっさりと放棄し、ブレイバーを予測していたのか、俺の首を片手で捕獲し、締め上げる。さらにもう片方の手で、バスターソードを握った俺の両の手を器用にホールドし、ブレイバーの発動を止めた上に、反撃すら許さない。俺の体はセフィロスの人智を超えたパワーで宙に浮いたままだ。
「ここで終わらせよう、クラウド。俺たちの物語を。お前の死を以て」首の骨が折れんばかりの力を感じた。
死。
戦闘不能・・・。
生きろ。
生きろ。
俺の分まで・・・。
突如俺の胸から光が瞬き、四肢を包み込む。
子供達のくれたバッジ。俺のイラストが燃え上がり表面が剥がれると、中から現れ身代わりとなった精霊のピアスが弾け飛ぶ。リレイズが封じられた特殊なピアス。
レイズ発動。
エアリスの入れ知恵だろう。エアリス、そして子供達が守ってくれたのだ。
友達だろ。
わかってるよ、ザックス。
俺はその機を逃さず、バスターソードのつかを、セフィロスの片眼にたたき込んだ。眼窩から吹き出す紅。セフィロスは悶絶し、倒れ伏す。
俺もまた地に足を着けることを許され、ひざまずいて何度か咳き込んだ後、セフィロスを一瞥すると、そこには片眼を潰され、魔胱の緑を失ったアインが横たわっていた。
セフィロスは、どこにも存在しなかった。
俺はエアリスに駆け寄る。
「ク・・・ラウド・・・?」
「大丈夫か?」
「うん・・・」エアリスは頭を振りながら体を起こす。「トーレスとアインは?」
俺はその凄惨な現場に顎を振る。
「タークスの連中に伝えよう。いるかどうかはわからないが。少なくとも遺体の捨てられてた駅に神羅の人間はまだいるはずだ」
「うん・・・、クラウド・・・ありがと」エアリスはやさしく微笑んだ。
「・・・仕事・・・だからな」
「礼を言わなければならないのは俺の方だ」
俺は教会の地に横たわったまま独り言を紡いだ。
あの後神羅の人間を呼び、トーレスとアイン、いや本名ゲイルとデュークは命を取り留め、投獄された。四人の被害者は家族の元に遺体を返され故郷で手厚く埋葬されたそうだ。が、聞いた話では、ゲイルとデュークは後に伍番街の地下研究所に移されたらしい。それ以後彼らの姿を見た者はいない。
セフィロスもまた、そこに現れることも、デュークから覚醒することもなかった。
今思えば、このときのセフィロスは、カダージュ達に近い遺伝思念として現出したのではないかと思われる。セフィロスコピーでも、ジェノバの分断された肢体でもないデュークがセフィロスと化す論理としてはそれしか考えられない。
ゲイルの眼球フェチはともかく、デュークの犯行動機は未だに不明だが、おそらく体内に仕込まれた僅かなジェノバ細胞がリユニオンを発動。神羅ビルに安置された胴体に首を戻そうと無意識的に行動していたのではないか。
しかし細胞の矮小さから不完全に発動したリユニオンは、ジェノバの首ではなく、ジェノバの思念を僅かながら内包した魔胱漬けの首を集めさせた。本来リユニオンは、胴体にではなく、頭部に集約されるが、それも不完全さ故、一時的な頭部の代用品を胴体へと運ばせたと考えれば一応の説明は付く。
また、その魔胱漬けの課程で、ライフストリームを通じてデュークに流れ込んだ、当時北の大空洞で凍結されていたセフィロスの因子によって、擬態化能力も同時に発動。デュークはセフィロスの意思を模倣するように行動し始める。それは彼が和刀を携帯していたことからも、決して穿った推測ではないはずだ。
それが俺との接触によって覚醒し、セフィロス化を可能としたのだろう。
デューク、あの場所、俺、ジェノバ細胞、セフィロス因子。
あらゆる偶然が重なり、一時的な思念体としてのセフィロス召喚の魔方陣となったというわけだ。
もしかしたら、エアリス。その存在もまた、一因かもしれない。
なあ、エアリスどう思う?
それが本当なら、あんたを召喚することも可能なんじゃないか?
いや、召喚なんて。
俺はまだあんたのボディーガードをやめたつもりはないんだ。デート一回。いや、花の名をおしえてくれるだけでいい。
俺はまた地面に耳を澄ませた。
聞かせてくれ、あんたの声を。
教えてくれ、あの花の名を。
何も聞こえない。
もう二度と・・・。
突然、天井の穴から勢いよく風が吹き込み俺の頬を強く叩いた。
少しだけ目が冴えた。
聖堂の中心に湧く泉の脇に目をやる。見慣れない花が一本、力強く花開いていた。
俺は思わず吹き出した。
また、知らない花の名が増えてしまった。エアリス、悪かったよ。寝惚けてただけさ。
俺は立ち上がり、まっすぐ入り口の扉へと向かう。
と、一瞬背後になにかを感じた。
振り向くが、誰もいない。
ただ、花たちが優しく風にゆられ、優雅に踊っていた。
「わかってるさ。行ってくる。なんでも屋は、いや運び屋は大忙しだ」
クラウドはやはりメンヘラに限ります。