だから俺は救世主じゃねえって   作:ガウチョ

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誤字脱字報告ありがとうございます。
相変わらずストックはないです。


救世主かも知れない男

「トキ……随分と元気そうだ」

 

 

顔中ボコボコになって自分で氷嚢を当てて椅子に座るケンシロウはトキを見て心から嬉しそうな顔で話しかける。

あの別れの時、トキの顔に死相がうっすら見えていたのをケンシロウは覚えていたからだ。

 

「代表にはずいぶん世話になっている。私の医者としての腕を大変買ってくれていてね、こんな立派な病院まで作ってくれたのだよ」

 

 

椅子に座るトキにそう言われたケンシロウは病院の入り口を見た。

 

ひょろりとした背丈にそれなりに鍛えた体の青年は、バットに用事があると言ってシンやケイジという名の男も連れて外に出ていき、今は病院にケンシロウとトキしかいなかった。

 

 

「不思議かな?何故あの青年がこうして皆に頼りにされているか」

 

「……はい」

 

「あの者はここにいる者にとって救いなのだよ。この世紀末で人は必要な者と必要ではない者に分けられることになった……そしてあの代表は必要ではないと言われた者すら必要としてくれるのだ」

 

 

トキは水の入ったコップをケンシロウに渡し、病院の窓まで歩いていく。

 

 

「かつて私は目指す頂が遠いものだと知り、何よりもその頂を目指し、精進を重ねていた。そしてそれを実践するためにまずこの村だった頃のここに訪れて、いざ己の技を試そうとした時、代表に出会ってこうしてここで医者をやることになったのだ……」

 

 

窓枠に手をかけるトキの顔はケンシロウから窺えない。

 

 

 

 

「トキ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私はトキではない、俺の名はアミバだ」

 

 

 

そう言い放ったトキ……ではなくアミバは静かにケンシロウの対面の椅子に座った。

 

ケンシロウは面食らうと同時に、手に持った水が入っていたコップを見た

 

 

「安心しろ、水には何も入っていないし代表も俺をトキではないと知っている」

 

「……では何故あの男はお前をトキ先生などと呼んだんだ」

 

 

ケンシロウは沸々と燃える怒りを目に宿し、アミバを睨み付けた。

 

 

「本物のトキを救うための準備さ……」

 

 

アミバは自嘲するように笑って、ケンシロウを見るのだった。

 

 

「俺は顔を変えてトキに成りすまし、トキの名声を落とすためにこの街が村だった頃にやって来たのだ。全てはトキに復讐する為にな」

 

 

アミバはケンシロウが持っていた溶けた氷嚢を受けとると、新たな氷嚢を冷凍庫から取り出してケンシロウに渡してきた。

 

 

「だが結局代表に見つかってな……さっきいたシンとケイジに倒されて意識を失ったあと、気が付けば体の中に爆弾を仕込まれたのさ、今俺は何か馬鹿な事をすれば心臓と脳がゴッソリなくなるという寸法よ」

 

 

そう言ってアミバはほれ、と胸の辺りを見せてきた。確かにうっすらと手術痕が残っている。

 

 

「そして抵抗できなくなった俺に代表はこう言われたのだ……本物のトキを救う為、貴方にはトキの偽物として生活して貰うとな」

 

「どういうことだ?」

 

「トキは今、拳王様の手によってカサンドラという牢獄に幽閉されている。そして俺が偽物だと知るのは恐らく代表の最側近達と拳王親衛隊ぐらいだろうからな……トキとお前を引き合わせない策として、拳王様は俺を利用したかったのだろう。結果はご覧の通り代表によって俺は自由に歩き回れる囚人といった所だが」

 

 

アミバはため息をつくと水のお代わりは?とケンシロウに聞いてきた。

 

ケンシロウはコップを差し出し、アミバはコップを受けとると水差しの中の水をコップへ注いでケンシロウに渡した。

 

ケンシロウは一瞬水を飲むことを躊躇する仕草をするとアミバはフッと笑い。

 

 

「代表にウォーターサーバーでも頼むかね……今現在まで代表は密かに武道家達に接触し、拳王様に捕まる前にこことは違う秘密拠点に武道家達を匿っている。それは来るべき拳王様との闘いのため。カサンドラに残る武道家達もその為に助けるための戦力集め……という作戦を隠れ蓑にしたトキの救出も計画しているのだ」

 

 

アミバが淀みなく語る代表達が秘匿した作戦の内容にケンシロウは驚くしかない。

 

 

「代表は何故そこまでの事を……」

 

 

ケンシロウの呟きにアミバは真面目な顔で答えた。

 

 

「代表は拳王様の強さにそれだけ警戒しているのさ。拳王様は正に世紀末の覇王だ。ゆえにその拳王様を倒しうる可能性を持つ者を探し続けていた。この救出作戦にも南斗聖拳の使い手と接触を図って招聘するらしいが……本当の目的は知己を得て拳王様打倒の助力を得たいんだろう、あの人は準備に手を抜かん。だからこそケンシロウ」

 

 

ビシリとアミバはケンシロウに指差した。

 

 

「代表はお前を待っていたのだ」

 

「俺を?」

 

 

驚くケンシロウにアミバは話を続けていく。

 

 

「言っただろう、代表は拳王様打倒の戦力を集めていると。拳王様と同じ北斗神拳の使い手で、尚且つ先代リュウケンが認めた北斗神拳正当後継者のお前を知らないわけがあるまい。ここにはお前と因縁のある者も何人かいたからな」

 

「シン……そしてジャギか」

 

「察しが良くて助かるぞ」

 

 

アミバはケンシロウの前にあったテーブルに大きな紙を広げていく。

 

 

「これはカサンドラ近辺を調べて描かれた見取り図だ。代表は表の作戦としてカサンドラに収容された者達の救出作戦を発動する。そして並行するように裏の作戦としてトキの救出をお前とごく少数の者で行うということだ。私はトキとしてここに残り、お前に変装した者と一緒にこの街の防衛をすることになる」

 

「何故俺の偽物まで用意する」

 

「そうすればこの町に潜む拳王軍の密偵が私と共にいるお前の偽物を本物のケンシロウと誤認するかも知れんからな、ようはトキを助ける為じゃないとブラフを張るのさ……お前がトキを大切な者だと思うなら、この作戦に参加したほうがいいぞ?」

 

 

アミバから急に自分が組み込まれた作戦の全ての話を聞いたケンシロウが考えていると。

 

 

「お話は終わりましたか?」

 

 

まるでタイミングを計ったかのように病院に代表が一人で入ってきた。

 

 

「…俺の事は全てお見通しというわけか」

 

「全てではありませんよ、私にも調べられる限界がありますし、無理矢理貴方を戦力として計画したトキ救出作戦を断っても構いません。幾つか代案もありますからね……くれぐれもこの作戦を吹聴しないでくださいよ?」

 

 

そういって代表は本当にそんな大それた作戦の責任者とは思えないほど軽く、断ってもいいとケンシロウに言ったのだ。

 

 

「俺が断ると思っているのか?」

 

「人には譲れない仁義というものがあります。私は面倒臭がりなんです、だから譲れないものがあるなら潔く諦めて別の策を実行する……何もかも足りないこんな世の中を生きる私の秘訣ですよ」

 

 

そう笑った代表に気負いはなかった。

 

死にゆく者が多い今の世界で、眩しい程に強く生きる代表にケンシロウもつられて微笑んだ。

 

(これが皆が慕う強さの片鱗か……)

 

彼は機械という力で人々を救い、その生き方が人に楽に生きてもいいと思わせる何かを感じさせる……ケンシロウは何故か唐突に目の前の青年がこの世界で惑う人を導く(しるべ)のように感じた。

 

 

「救世主とは、お前のような者なのかもしれないな」

 

 

そういうケンシロウに

 

 

「いや、私は救世主じゃないですから」

 

 

特に貴方に言われたくないですと、代表は酷く嫌な顔で言ったのだった。




特殊フォント初めてつかいました。

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