「美しい……」
男はモデリングされた立体映像を見てそう呟いていた。
それは何処か男の面影を残した美女の顔、見る人が兄妹だと推察するかもしれない映像に男は釘付けだった。
「言っておきますがこれはかなり難度の高い手術になります。貴方の体のDNAから作りだした異なる染色体の体に脳を丸ごと移植する手術ですから失敗も当然考えられますし、下手をすると一生植物人間になるかもしれません」
「成功率はどれくらいなのだ?」
「準備が万全なら八割は成功します。しかし二割のリスクは覚悟してください」
「男か女か二分の一を引けなかった俺には中々のリスクかもしれないな」
目の前の彼は顔を包帯でグルグル巻きにしているので表情はわからないが、きっと笑っているのだろう。
「別に其ほどの無茶をしなくても、ガワをこの体に限りなく近づけることは可能ですよ?まあ妊娠や女性特有のあれこれなんかは起きませんが、リスクはほぼゼロですし」
「それでは駄目なのだ!……女の様な男ではない、女になることに意味があるのだ」
「……まあ言っときますが手術後は私達も裏切りが怖いので万が一の為の処置をしますがいいんですね?」
「かまわない……妖星は死に俺は……いや私は美しい自分に生まれ変わるの!」
そう笑う彼に手術を担当する男達……代表とアミバはヤベー奴引き込んじゃったなぁと、若干後悔していた。
「あれはどうなんだ代表?本当は十分なデータを実験できたから失敗する確率は相当低いんだろ?」
「まあ試算では雷に当たる確率位低いですけどねぇ……成功例がアレだけいれば失敗を盛れませんでした」
「性同一性障害だったか?……お前の妙なお人好しのせいで始めた研究だったがあんな人物が釣れるとは思わなかったぞ」
「あれはもっと別の病気な気がします……強いて名前をつけるなら……美醜アレルギーですかね?」
「かもしれんなあ」
代表とアミバは溜め息をついた。代表からすればこんなバタフライエフェクト等望んではいなかったのだが本人の希望なのでどうしようもない。
「まあ例のごとく手綱を握るための準備は怠りませんがね」
「ナノマシンだったか?……もう俺の理解の及ばない領域の科学技術だが効果は凄まじいな」
「材料は金属ではなくタンパク質と植物の電気反応を利用したバイオテクノロジーの産物ですよ……これが改良されていけば体内の死の灰の成分だけを吸着して体に何の拒否反応もなく排泄物として出すことも可能ですからね……遣り甲斐のある研究です」
「俺は経絡秘孔の気の衝撃による運動反応が大詰めだからな……そちらには余り手は貸せんぞ?」
「トキ先生にケンシロウさんとジャギがいるから解決は早いのでは?」
「馬鹿言え、あいつらは拳士としては超一流だが科学的アプローチは二流もいいとこだよ。トキは兎も角ケンシロウとジャギは使い物にならん」
「おや、意外です」
アミバは代表の驚いた顔にフンと鼻を鳴らす。
「あいつらは破壊に理屈を求めんからな……ケンシロウもジャギも体で覚えるタイプだし研究の戦力としては使えん」
「拳法家って体育会系ですもんねえ……だとするとあの三人は練兵場ですか?」
代表はあの三人の場所をアミバに聞くと、アミバはうなずいた。
「水影心だったか?……あの奥義で色んな拳法家から技や奥義を吸収してメキメキ強くなっているよ……まあ個人差があるがな。ジャギとトキは同じくらいだがケンシロウは化け物だ。技の理解度や再現度が飛び抜けて速く深い……伝承者ってのはあの水影心がどれ程出来るかが鍵のようだ」
アミバは代表も認める鋭い観察眼で北斗神拳伝承者に求められるものを推察していた。
「ほう……確か北斗神拳の究極奥義は哀しみを背負った者が体得できると聞いたことありますが……あらゆる屍の上に立つ無敵の暗殺者なら行き着ける境地というわけですね」
「水影心によって死者と共感し、哀しみという名の他者の感情や技を取り込む……そこに自己は無く、無念無想……感情や挙動の乗らない一撃必殺の拳が生まれるわけか……流石は長い歴史を持つ暗殺拳だ、陰惨だねぇ」
アミバの言葉に代表は困った顔をする。
「その陰惨な拳を使って天を目指す傍迷惑な覇王がいますからねえ……まあその原因を作った人間はもう亡くなっていますけど」
「原因を作った人間だと?」
アミバは少し驚く、こんな状況を産み出した人間がもう亡くなっていることに。
「誰だ?……拳王が天を目指す原因とは?」
代表は言った。
「死した人間を貶すのは私は好きではないんですが……ラオウが覇王という道を進まざるを得ず、ジャギが道を踏み外しかけ、トキやケンシロウが兄弟と死闘を繰り広げるのを宿命とさせてしまった原因……それは勿論先代伝承者リュウケンその人ですよ」
次回、リュウケンという人物