黄昏より昏き以下略を貴様に唱えさせてやろう   作:充椎十四

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その10(結局ジュピターは不在)

 甚爾は自分の天与呪縛を便利に使っている――

 

「呪霊ェ? はぁ、見えないっすね。ほら俺ってば呪力ないんで」

呪霊を倒すなんてっ、ボク、呪力がないからそんな怖いことできませんっ

「呪術は専門外でーす、担当者にどーぞ」

「身体能力だけが取り柄だから俺、現場には出ねーぞ」

 

 リタから貰ったグローブかトンファーを使えば呪霊の力の源を削れる……干柿さん家の鬼鮫さんがブンブンやってる鮫肌みたいな道具だと思えばいい。

 グローブとかを使わなくても魔皇霊斬(アストラル・ヴァイン)を使えばそこら辺の鉄パイプを呪具もどきにできるし、呪霊四王陣(アストラル・ブレイク)なら呪霊はもちろん術師のみなさんのメンタルを破壊できるし、霊王結魔弾(ヴィスファランク)では正義執行とゆーお題目の撲殺……もといタコ殴りができる。霊王崩爆旋(ガルク・ルハード)なんて酷いもんだ、その場の自分のそばにいる奴以外の全員が精神と肉体を殺られる――フレンドリーファイヤを気にしないとゆー豪快な魔術だもん。

 

 でも非常勤講師の伏黒先生は現場に出ないから、お休みが多い。

 

 ええーっ、正月休みがない? 大変だねぇ学生さんなのに任務だなんてヒャハハハ。そーいや学祭もなかったな……お前ら何を楽しみにガクセー生活送ってんの? あ~いや~すまんなぁ俺は正月休みあるからさぁ、ちょいと帰省するんだわ。つっても姉ちゃんのところだから京都じゃねーぞ。なんか土産買ってきてやろうか? ん? 要らん? はっはっはっそ~かそ~か。ま、お疲れさん。

 

 あえて言おう、(甚爾は)カスであると。奥さんと息子が稼いだ好感度がなければバッドエンド真っ逆さまな煽り方だ。生徒たちからクズだの人非人だの人の心がないだの糞教師だのと罵られても屁の河童、わざと彼らの前でたばこをふかして「ホラおれ、ぐれぇとてぃーちゃーだし?」と見る者全員を腹立たせる表情を晒し、ネタが古いと罵られた。

 

 そーしてルンルン帰省(?)した田舎で待ってたのはマリリン――波多野万里と娘の津美紀。だらだら畳の上で転がったり公園でキャッキャと遊ぶ幼児二人の監督をしたりしながら迎えた年末、高給取りの甚爾が「年末はカニを食うもんだって決まってる」と強行してカニすき、焼きガニ、カニ雑炊。大晦日は年越しそばに乗せるのがかき揚げかたぬきかニシンの甘露煮かで意見が分かれ、最終的に全部ちょっとずつ食べる案が採用された。

 ちなみにおせちは「少しずつ色んな種類を作るのって面倒くさいんだよ」とゆー料理担当(よめ)の声が尊重されたため百貨店で買った。有名料理人監修らしいおせちには伊勢海老が鎮座ましまし、どうぞどうぞと三人で譲り合って甚爾の口に入った。

 蒸したのも美味かったから今度は刺身で食べたい。

 

 正月っていいな。正月特番はどこもみんな雛壇に乗ってて放送局毎の区別がつかないけど、仕事が休みで餅が美味い。水ちょっと多めで蒸して作った餅であんこをくるみ、両面を軽く焼くと梅ヶ枝餅っぽくなるので太宰府が近くにない人は試してみよう。

 ――スーパーが四日から開くのでレジ打ちパートの万里も四日から仕事。三日の朝に波多野家を出たけど冬休みは十日まで。じゃあ今度は京都に行くか、と甚爾が運転するレンタカーで渋滞と無縁な高速を走り着きましたる『山』。嫁さん子供と荷物を『山』に置いて車を近くのレンタリースで返却し、滞在期間五日の里帰りとなった。

 

 居間には寝転がって漫画を読んでる悟の姿。横に山積みになってるのは、見たところ花◯ゆめの漫画本だ。

 

 ――『山』にある漫画は少年向け少女向け関係なく揃ってて、甚爾も少女向け漫画を読んだ。BASA◯Aとか彼方◯らとかのファンタジーものには特に夢中になった覚えがある。

 

 実は『山』の図書室には全年齢向けだけじゃーなく、成人以外立入禁止の暖簾が掛けられた隣室にスケベな物も揃ってたりする。エロゲやエロ漫画――有害図書の指定を受けてる作品は全部暖簾の向こうに置かれて十八歳以下は入れない。有害図書ガー青少年の健全な育成ガーと国会で問題になる前……時期としてはだいたい沙織事件(エロゲの制作会社フェアリー◯ールの社長が猥褻図画販売目的所持の罪で逮捕された事件。ちなみにそこの親会社はジャ◯トってゆーんだが、文書作成ソフト一◯郎の会社とは関係ないので注意されたし)の前あたりは暖簾がなかったんだけど、『甚爾ん家に行ったらエロ本が読める』なんて噂が広まるとヤバいので入室に制限がかかった。

 甚爾はショックを受けた。目覚めてからまだ一年ちょっとの熱い性的衝動をどうしろと?

 

 項垂れた甚爾に、リタが言った。

 

「あんたが隠してる物まで取り上げるつもりはないわ」

 

 そして甚爾は――パチ屋に入ろうとしていたいかにもスケベそうな顔をした爺さんに千円渡して「めちゃくちゃエロいのを買ってきてくれませんか」と頼んだ。爺さんは「任せろ」と雄々しく頷き、パチ屋に消えて戻ってこなかった。

 世の中は糞だと学んだ。

 

 そして高校は男子校、クラスメイトの兄貴の物とゆー話のエロ本を回し読みして語り合った。女の子のおっぱいには夢が、おしりには希望がつまってるんだ!――勉学の偏差値は高いのに馬鹿丸出しな会話だった。

 高校卒業後は荒れたけどなかなか男女関係とゆーものとはご縁がなく、姉のよーに慕ってるマリリンが水商売してたから風俗で脱童貞したらマリリンに噂が届きそうで怖かった。

 

 甚爾は顔が整ってる方なのに、女性と縁の薄い人生を送ってきた。伏黒女史がアタックしてくるまで女の影とゆーものが存在しなかった。性欲がなかったわけでもないのに。

 

 もしかすると甚爾の弟分も――悟もそれと似たよな人生を送るのかもしれない。いや、甚爾の半生より酷い可能性もある。実家とほぼ絶縁して東京をふらふらできた甚爾と違い、悟は五条家の跡取り。地位とか血筋とか面の良さとかに惹かれた蛾が周囲に集ってくるのではなかろーか?

 少女漫画にあるよーな恋愛なんてできないに違いない。悟が自由にできる金と権力は余るほどあるから、借金抱えた女の子を……みたいなことはできるだろーけど。

 

 五条家の跡継ぎといえば。

 

「おまえ実家は? 正月の挨拶あるだろ」

「めんどいからフケた。ん、お土産は?」

 

 寝転がったまま悟は掌を突き出し、その悟の手を甚爾は軽くチョップする。

 

「ゼロスにもう渡したよ」

「え? 俺の分は?」

「個別に買って帰るわけがねえだろ。リタにねだれリタに」

「可愛い弟が健気に待ってたってのに、俺用の土産がないとは……あーあ、ケチくせぇ兄貴だぜ」

 

 悟は漫画を閉じて起き上がり、漫画を山の上に重ねた。

 

「ま、おかえり」

「おー。ただいま」

 

 煎茶のお茶請けになったのは東京呪術高専の話。甚爾が語った「みんなから愛されてる素敵な甚爾先生」なんて疑わしいから誰も信じなかった。これが信頼とゆーやつだろう。

 

 悟はひでんマシンならぬ「ふしぎなあかいいし」がまだ溶けきってないそーで、魔術の訓練は高専に入ってからになる。甚爾が高専の教師になってくれて良かったぜ、あっちで魔術を教えてくれよなと笑った悟は知らなかった――理解できていなかった。

 呪霊の湧きが多くなる長期休みに、甚爾がのんびり里帰りできているのは何故なのか。高専で長期休みとゆーものと無縁になる悟に、ニチャついた笑みを浮かべた甚爾が「がんば★」と家族旅行に旅立つ背中を見送らされる未来が訪れることを。

 

 悟は考えてもいなかったのだ。

 

 ――そして迎えた春、チョウチョが飛んだから一年生。隣に座る子はいい子かな……と期待していた悟は、開きっぱなしの扉から教室を覗き込んで頭を横に振った。

 

「甚爾、こりゃ駄目だ」

「何が駄目だ。はやく教室に入れ」

「だってきょーしつん中、このご時世にボンタン着た目付きが悪い不良と、高一のくせに平気な顔して教室でたばこふかしてる不良しかいねーもん。ここでやってくのは無理だ」

「残念ながらそいつらがお前の同級生なんだわ」

 

 俺とおんなじ一年生? あれが? 嘘だろ絶対。ならあいつらサバ読んでるんだろ、ボンタンは甚爾の同年代で、たばこふかしてるのは二十歳越えてるんだな。

 今まで学校とゆーものに通ったことがない悟は、高専で出会う同級生に夢を持っていた。ドキドキドン! と胸を弾ませていたのにクラスメイトは不良二人。嘆きたい気持ちは分かる。

 

「傷つくなぁ……。私は不良じゃあないさ。ただ私に似合うファッションがボンタンだった、というだけなんだが」

「そーそー。私たち同い年だよ、怖くないよ」

 

 教室前の廊下で騒げば中に丸聞こえなわけで、扉の枠にもたれ掛かったボンタンと、その後ろから体を曲げて身を乗り出した違法喫煙者が悟に笑み掛けた。

 

「うわ、うそくせ……」

 

 そんなこんなで始まった新年度。担任が任務で不在になったから、東京呪術高専一年生の始まりは――副担任の伏黒甚爾の挨拶から。

 

「副担任の伏黒だ。呪力はないが体術は……まあ、実際に訓練すりゃ分かるこった。そんじゃ白髪、女の子、お団子頭の順番で自己紹介しろ」

「せんせー、コレ白髪じゃなくて白髪(はくはつ)でぇす」

「細かいこと言うなよ。シラガだろうがハクハツだろうがどっちにしろ色素細胞が死んでるんだ」

 

 「ワキガじゃないだけマシと思え」なんてよく分からないことを言われ、そういう問題だったっけと首を傾げながら悟は立ち上がり、ピチピチの一年生仲間――ボンタンの不良と喫煙の不良を交互に見やった。

 

「俺は五条悟。好物は土産物のお茶請け、嫌いなものは外野から口を出してくるだけの連中。よろぴく」

「五条悟くんでしたー、拍手ー。はい次、女の子」

「家入硝子。たばこは術式に必要だから吸ってるだけで不良じゃないよ」

「なんだそれなら仕方」

「ま、嘘だけど」

 

 副担任の前でも平気な顔をして喫煙してる家入はやはり癖の強い生徒のよーだ。物言いたげな表情の悟はスルーで次の人。

 

「それじゃ最後、お団子頭のうさこちゃん」

「先生、私のお団子は一つだけですし私は男です」

「おっ、お前セーラーム◯ン見てたの? 親近感覚えるわ、よろしくな」

「妹がいるので……」

 

 たんこぶ一つのうさこちゃんは夏油傑、崇高な信念を持って呪術師になることを決めたっぽい一般家庭出身の少年だ。――この三人が今年の東京呪術高専の新入生。これでも同級生が多い方なんだから、呪術界隈は万年人手不足とゆーのも納得しかない。

 

「うさぎちゃん、俺のことはレイちゃんって呼んでいいよ」

「おや……じゃあ私のことは亜美ちゃんって呼んでね」

「ノリノリだなお前ら。先生はコードネームはセ◯ラーVでいくから、ブイちゃん先生とお呼び」

「この学校には教師も生徒も馬鹿しかいないのか……?」

 

 そんなわけで、セー◯ーV伏黒甚爾、セーラ◯ムーン夏油傑、セーラーマ◯ズ五条悟、セーラーマーキ◯リー家入硝子とゆー後世に残る酷いあだ名を持つ学年が誕生した。きっと担任がタキシ◯ド仮面をしてくれるはずだから、あとは他学年にジュピターとかルナとかを用意すればいい。

 京都の呪術高専にウラヌスとかネプチューン向きの人材がいますよーに。

 

「さて、今こうやって自己紹介をしたわけだが……我が校には一般の学校には存在する『入学式』、『始業・終業式』、『卒業式』といったイベントがない。当然『新年度のガイダンス』なんてものもない」

 

 表情を引き締めた三人に、甚爾は教卓に手をついて――にやりと笑った。

 

「担任がいないから科目の授業も呪術の授業もない。だから……これから体術の授業だ。そのままの格好でグラウンドに集合! 十分後に始める!」

「はーいブイちゃんせんせー、体操服に着替えなくていいんですか?」

いい質問よ亜美ちゃん、今回は制服のままがいいの。……あ、かなり走るからスポドリ買ってこいよ」

 

 初対面。家入はノリがいいけど悟は始めての学生生活で緊張してたし、夏油は真面目なんだろーけど少々面構えが不良くさい。結果的に三人は会話一つせずグラウンドに出た。

 グラウンドに並べられていたのは水がなみなみと入ったバケツが三つとリュックサックも三つ。三人とも頭からバケツの水をぶっかけられた。

 

これから、うさぎちゃんたちにはその濡れ鼠の状態でグラウンドを走ってもらうわ

「その女言葉やめませんか」

これの目的は三つあるの。一つ目はあなたたちの今の体力を調べること、二つ目は今の改造制服で任務に行って、どんな場面でも自分が思ったように動けるかを確認すること、そして三つ目は同じ悲惨な目に遭わされた者同士で仲間意識を醸成することよ

「悲惨な目?」

 

 三人は制靴つまり革靴を履いていたから、頭から水を被ったら靴の中がスニーカーより酷い状態になる。それだけでも走りにくいのに十リットルの水袋入りリュックサックを背負わされてヨーイドンだ。同年代の中では体格が良くて体力に自信があった夏油も十五周目には踵やら膝やらが悲鳴を上げ始める。

 全員ゲロ寸前まで走らされ、大の字を三つ並べて青空を見上げる。三人の頭がある方に鬼畜生甚爾がしゃがんだ。

 

「革靴は走りにくかっただろ。あとボンタンとスカートも足に貼り付いて邪魔だったろ?」

 

 高専の制服はお前らの仕事着だ。雨に降られたり、劣悪な足場を移動しなきゃいけないって場面はこれから何度も起こりうる。だから――

 

「今のファッションを貫きてぇなら体力つけな。そうじゃないなら、スニーカーを履くとか動きやすい格好しな。お前らには身体能力を底上げさせられる呪力っつー便利な力があるが、基礎体力がミジンコならいくら底上げしたところで魚のエサにしかなれねえよ」

 

 翌日夏油が履いたのは普通のスラックスで、家入はスカートの下から七部丈のレギンスが覗いていた。三人とも靴は軽く動きやすいスニーカー。授業の後、事務員に頼んで最寄りのショッピングモールへ連れてってもらったのだ。

 

 寮の食堂で昨晩の残りをチンして食べ三人仲良く外へ出た――ちょうどそこに、隣接する教職員寮から出てきた甚爾がいた。いい子の夏油が「おはようございます」と良い子の挨拶をする。

 

「おーおはよー。そうだ、昨日伝え忘れてたけどな、担任は昨晩帰ってきたから今日の朝礼は担任がやるぞ」

「はーい。じゃあブイちゃん先生は来ないんですか?」

「行く行く行こうぜベルサイユ。あ、言っておくけど、あなたたちの担任は幽◯白書系のイケメンよ。楽しみにしてなさい

 

 幽◯白書系のイケメンとは一体、と三人は顔を見合わせた。

 そりゃ蔵馬だろ、いけすかない性格だけど顔が良くて人気がある。飛影もカッコいいよ……背が低いけどね。影のあるイケメンなら樹とかはどうだい。あ、おっぱいのついたイケメン枠で躯!

 昨日初めて出会ったよーには見えないくらい打ち解けた様子なのは、課外に一緒に買い物したからだろーか? 

 

 わくわく教室で担任を待ち――揃ってツッコミをいれた。

 

「「「戸愚呂弟じゃん!」」」

 

 担任の名前は夜蛾正道。戸愚呂弟とタキシ◯ド仮面を組合わせて「戸愚呂仮面」と受け持ちの生徒から呼ばれるようになり、次第にそのあだ名が学年を越えて広まっていき……一般の呪術師らからも「戸愚呂さん」と呼ばれるまでになって、彼は泣いた。


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