星漿体の少女の護衛任務――呪詛師集団Qとゆー探偵学園を思い出す組織やら盤星教とゆー怪しげな宗教団体やらから星漿体の少女を守り、天元と同化する日にはそこへ少女を送り届ける。
はっきり言って胸くそ悪い任務だ。
星漿体の少女――天内理子がネットで賞金かけられてるとか、賞金目当ての呪詛師が何人も現れるとか、人質取られて沖縄に来たけど滞在期間伸ばして一泊した分の旅費は経費で落ちるのかとか、様々な悩みを抱えつつ天元同化当日の朝の便で東京に戻った。ちなみにこたつで食べるアイスは正義だから詰め合わせを伏黒宛で送ってある。旦那の方はともかく奥さんの方はいつも高専にいるから荷物を受け取れるし、持ち帰るより安全安心。
わらわらと襲撃があって――いま四人がいるのは東京都内、小平駅から数百メートルの霊園だ。人気のないところへと移動した結果なんだけど、駅からこんな近くに大規模霊園があるってどーなんだ? いちおー四十分くらいで渋谷に着くとゆー便利な土地のはずなんだけど。
ちなみに小平の隣にある田無とゆー土地は、田んぼがないから田無とか種籾すら残らないくらい重税を課されたから種無とか――後者だとこの地域に住む男性諸氏への罵倒としか思えないので前者であることを祈ろう――まあ諸説ある。前は……って言っても四十年以上前になるんだが、陸穂の田と里芋とかが植わった畑が広がって何もない場所だったから、きっと前者であるはず。
さて小平の大規模墓地。地方出身者は「やっぱり都内って金があるんだな」って悲しくなっちゃうくらい綺麗に整備されてて、ベンチの並んだ広場があれば街路樹も植わってるし何より道が広い。墓地なのに片側二車線とかふざけてんのか墓地なのに。
車道も歩道も広いし植樹で空気が美味しい場所だからジョギングの人やら犬の散歩中のお爺ちゃんやらもいる。すぐ横には新青梅街道が通ってるけど植樹のお陰か、墓地はひんやりと静かだ。
その静かな墓地に、男が一人立っていた。男から天内理子に向かう殺意……また敵さんが来たよーだ。
「一応確認するけど、俺らのお迎えじゃないよな?」
「いいや、お迎えさ。……あの世へのね」
上手いこと言ったつもりの奴って恥ずかしくてやーね、と悟がせせら嗤えば男は額に青筋を立てた。
「呪術師一族の箱入りお坊っちゃんには現代の文化的素養というものが欠けているようだ。人生を豊かにしてくれるテレビドラマや映画など見たことがないのだろう? だから私の言い回しの魅力が分からないのだろうね」
「ドラマの持って回ったような言い回し、現実でやると嫌われますよ」
「腹の立つ口調じゃな」
夏油と天内のツッコミで更に増える青筋。
「ふん、教養のない者はこれだから困る。――君達が価値のないものと決めつけて観もせずにいるドラマは私にたくさんのことを教えてくれたよ。一つ、頭脳明晰な者は今の私のような口調をしていること。二つ、命を懸けた戦いの場は静かな場が……この墓地のような場所が似合うこと。三つ醜い浮世の鬼を」
「退治されんのお前なんだけど」
桃太郎男の出番、終了――!
そこに小平までトコトコ迎えに来た補助監督が到着し、車で高専に向かう。彼女が天元に同化できないと世界が滅亡しちゃうレベルのVIPだけど、迎えに来たのはロ◯ルスロイスじゃなくて防弾ガラスの国産車。もちろん車内に冷蔵庫もワインの用意もない。
「妾の迎えがそこらで良く見かけるような国産車……おかしくないか? 妾は天元様ぞ? 天元様ぞ?」
「護衛対象が目立ってどうすんのさ」
「車を襲撃される度に数十万から数百万円するワインとワインを楽しむための一式が無駄になるわけだし、もったいないからでは?」
「そんな常識的で庶民的な回答は欲しくないのじゃ!」
襲撃に即座に対応できるよう気を張りつつもふざけたおしゃべりをして――高専に着いた。補助監督は桃太郎男を高専内の留置所もとい呪詛師を監禁しておくための専用施設に連れていくため、四人を鳥居の前でおろす。
鳥居を入れば天元の結界内だ。申請がある者以外が入ればアラートが鳴り響くよーになってるから、この中なら気を張り続けなくても問題ない。
「そんじゃ――」
天元がいる地下へ、と言いかけた悟の背中から腹を貫くように、杭か……いや、巨大な針が刺さっていた。
「おや、ずれてしまったか」
ばっと振り返った悟たちの背後にいたのは、さっき補助監督が連れ行ったはずの桃太郎男。そのはずなのに何故だろう。男の呪力はさっき迎えに来た補助監督のそれと同じだ。
「貴様……!」
夏油と黒井が天内を庇うように前へ出る。悟は背中を夏油に向け、針を夏油が掴み引き抜いた――針の頭には白い袋があり、中に液体が入っていたのが窺える。
「私の術式は一族で連面と継いできたものでね、陽炎呪術と言う」
四人に走る緊張。術式の開示だ! ここでさっさと倒してしまえればいいんだろうが、桃太郎男の呪力はさっきの墓地の時とは全く違う。夏油に勝るとも劣らない量だ!
どうやってこれだけの呪力を隠していたのか? 呪力が変わっている理由は? そしてこの針は何なのか。
「これは物語に登場する非実在人物の能力を一人だけ選んで使うことができる、というものでね、たとえ物語にされていようが『過去に実在した』人物の能力を使うことはできないし、複数の非実在人物の能力を使うこともできない。また、自分が考えた物語を使うのも不可だ。だからかつて私の一族では、親が子のために利便性の高い能力を持った人物の物語を作ってプレゼントしていたものだ」
不便そうに聞こえるが、能力と物語を上手く作れれば何でもできるようになる術式だ。手強い敵かもしれない。
「だが、今や様々な能力の物語が巷に溢れている。ドラマ、小説、映画、漫画、アニメ……! 私はドラマチックな展開が大好きでね、弱いと見て倒したはずの敵が実は強かった、という話が好きなんだ。むろん私はその強大な敵の方にこそロマンを感じるのだがね?――さあ絶望するがいい、泣いて許しを乞うといい。私が選んだ非実在人物はジョジ◯の奇◯な冒険のカーズ! 地球上全ての生き物の可能性を持った存在、アルティメット・シィングのカーズだ!」
「なにぃっ!?」
「めんどうくせぇのが……」
悟や夏油世代のジャ◯プ愛読者にジ◯ジョを知らない奴はいない。つい数年前までは本誌連載だったのだ。
「か、カーズって……なんじゃ……?」
知らないのは天内だけらしい。カーズの名前に疑問を持たずゴクリと唾を飲み込んだ黒井は二部をリアルタイムで追っていた可能性がある――なんせこの場で唯一の三十路だ。桃太郎男がいくつなのかは知らんけど。
「カーズは漫画の敵キャラクターです。……倒す手段がなかったため、火山の爆発を利用して宇宙に飛ばすという方法でカーズを地上から排出して解決としました」
「宇宙に!?」
日光のエネルギーだけが弱点だった強者が日光を克服してしまえば倒す方策などない。――その能力を真似ていて、術式の開示でその精度などを上げている。そう簡単に勝てる相手ではない、かもしれない!
「私は何にでもなれる。五条悟……キミにもなれるし、さっきの補助監督にもなれる。呪力を増やすことも無くすことも他人に似せることもできる。むろん動物にもね、二部のカーズはそうだったろう?」
質の悪い呪術だ。
「キミに刺したのはスズメバチの毒。3センチかそこらのスズメバチの毒の量と成人男性である私の刺した毒の量とを考えれば……君の未来の姿は明らかだね」
スズメバチの毒はアナフィラキシーショックを起こすし、目にそのスプレーを浴びると失明の危険もある。というのもスズメバチの持つ毒はそれぞれ別の効果がある成分が複数混ざったカクテルになっていて、痒みや腫れを引き起こすヒスタミン、タンパク質を分解するプロテアーゼ、呼吸不全を引き起こす神経毒のセロトニン等々が含まれるからだ。
一匹のスズメバチによる毒液は数マイクロリットル(1マイクロリットル=1/1000ml)に留まる。だが、ちょっと刺されただけでも腫れやら痛みやらが酷いのに――成人サイズのスズメバチから射出された毒ならどうなるか。
「君達は私を倒すことなどできない。私は億……いいや、兆にも届く数のスズメバチとなり君達を襲い、殺すことができるのだから!」
男の言うとおり、悟の背中は今焼きごてを押し付けられたかのように熱い。――蜂毒の血清なんてこの場にあるわけがないし、間に合わない。
甚爾を呼べたら、甚爾が来てくれたら――
いいや、と下唇を噛む。無い物ねだりしてどうする? 今から呼んだところで甚爾が間に合うかも分からないのに。
「傑! 少し任せてもいいか!?」
「もちろんだとも――だが、医務室に電話して間に合うか?」
「間に合わねぇ……間に合わねーけど、なんとかする!」
履歴から甚爾の番号を呼び出し、天内に放り投げる。
「その電話の相手に高専の入り口前に急いで来いって言え!」
喉が潰れていくような息苦しさ。悟は地面に膝を突いた――もう立っていられない。だけど顔だけは正面を向いて男をきっと睨み付ける。男は圧倒的な自信ゆえか、ゆっくりと指先からスズメバチの群れに変わっていく。
「助けを呼んだところで間に合わないさ。五条悟、君に成り代わってあげるよ。そうすれば星漿体の抹殺代金と五条家の莫大な資産が手に入る……一石二鳥というものだね」
じわじわと殺してやろう、とニタニタ笑む男に夏油が何体もの呪霊を放つも、あちらの持つ圧倒的な数の有利を覆せない。生身で近寄れば蜂に群がられるから近接戦闘は難しい。糞みたいな嫌らしさだ。
スズメバチはレギオンと化し、黄色と黒という危険色の帯が騒がしい羽音を立てながら空を覆い尽くさんと広がっていく。
黒井に守られてはいても何ヵ所も刺されている天内が「急いで来て! 悟が死んでしまう!」と通話相手に涙声で叫ぶのを聞きながら、悟は潰れかけの喉で、唱えた。十四歳の時に身につけた
「……よ手御、の、し癒るな聖」
この世界の言語ではない、誰も聞いたことのない言葉。男はスズメバチを生み出していく腕を天へ掲げるようにして哄笑した。
「おやおや、人間の言葉を話せなくなったようだが……頭にまで毒が回ったかな?」
心配そうに振り返る夏油に片目をつぶった。体の中で練り上げられた魔力が背中の熱さを越え、なのに頭は冴え渡っていく。
「……えまたき除……り取、をのもるな浄不、す汚……を体身のら我」
――できる。俺ならやれる。
このままでは死ぬという状況が、悟に成長という名の階段を三段飛ばしに上らせた。
「
リタたちがいた世界では神官や巫女だけの魔術――主に利権の問題で宗教関係者しか使えない決まりになっている白魔術。だけどここは地球だ。あっちの利権なんて関係ない。
呪文は知ってるけど、宗教関係者に睨まれるからほぼ使うことなかったんだよね、とリタは言っていた。だから
俺と成り代わる? 冗談きついわ。五条家の主人って地位は、てめーなんかに務まるような楽なものじゃあない。
喉の痛みは全くない。暗くなりかけていた視界もクリアだし、むしろ肩が軽いよーな気分すらする。顔を伏せて笑った。
「あんた創作物が好きなんだよな? ならこれも知ってるだろ」
「ふむ……? 毒の回りが遅いのか……?」
言い訳をさせて欲しい。この時の悟はテンションが高かった。ハイテンションとゆー表現ではぬるいほど――脳内麻薬がドバドバ出てて、ラリってた。仕方ないよね命の危険に晒されたばかりだもん。
悟はゆらりと立ち上がると、体を揺らしながらへらへら笑った。その姿は毒で頭がやられたよーに見えたかもしれない。
夏油も黒井も天内も、仲間の誰も悟を気に掛ける余裕がない。目の前の蜂を打ち落とすのに必死だ。
誰も悟を止めない。止められない。
「『黄昏よりも昏きもの、血の流れより紅きもの』」
「有名なアニメの呪文じゃないか。それがどうした」
五条悟の術式は有名だ。四百年ぶりに生まれた相伝二つの抱き合わせ。無下限呪術に六眼の両方をもって生まれた五条家の麒麟児。
男の陽炎呪術と似た術式を持っているという噂は聞いたことがない。また、他家から相伝を取り込んできた禪院ならまだしも、血統に誇りを持っている五条に陽炎呪術の持ち主が生まれるとは想像しがたい。
毒が頭に回ったんだろう。男はそう判断した。
「『時の流れに埋もれし偉大な汝の名において、我ここに闇に誓わん』」
それに――五条悟は
「『我等が前に立ち塞がりしすべての愚かなるものに、我と汝が力もて、等しく滅びを与えんことを』」
だが。だがどうして、五条悟の手元には赤く球状の
――本来であれば、悟は
竜破斬は「人間として最大級の魔力容量」を必要とする魔術。着弾した相手の精神を破壊すると共に余剰エネルギーが爆発、街一つが瓦礫に沈む、完。……そんなわけでリタの出身世界では「ドラスレ魔道師を数人抱えてる国は外交上大きな顔ができる」とされてて――まあざっくりゆーと、ドラスレ魔道師は自動追尾システム搭載で多発式な小型爆弾のよーなものと考えればよろしい。
悟は御三家のお坊ちゃんで、期待を一身に受けた跡継ぎで、無下限術式に六眼の抱き合わせ。これだけ既に恵まれてるってのに魔力も豊潤で魔術の才能に溢れてる……ってのは流石に神様も許さなかったらしい。リタの出身世界では
本当なら竜破斬なんて打てない。だけど他の魔道師にはなくて悟にはある
他の魔道師は自分の魔力だけを使って
繰り返し言おう。悟のテンションはマックスを突き抜けて天にまで届きそーな勢いだった。身内はともかく周辺の施設への被害が、とかそんなもん知ったこっちゃなかった。
「『
男が吹き飛んだ。一緒に鳥居も吹き飛んだ。男は精神を破壊されてこの世からさようなら、男の一部だったスズメバチは爆風で塵と化し、木々は倒れ建物は鉄骨も折れて倒壊、天元様が待つ高専地下への門――百以上ある鳥居はまとめてみんな瓦礫になった。
「ここで何が起きた?」
電話を受けて押っ取り刀で現場にやってきた甚爾は、手持ちの呪霊をクッションにして黒井と天内を守ってたらしいズタボロの夏油に訊ねた。悟は少しはなれた場所で俯せに倒れてて――爆心地は悟っぽい。何があったんだ。
「悟が……」
「悟が?」
「悟が――異世界に飛び立ちました」
「あそこで寝てるように見えるが?」
夏油は必死に頭を横に振る。
「飛び立ったんです! 異世界にというか、三次元から二次元にというか!」
「……ここに女子供を寝かしとくのは不味い。とりあえず中に入るぞ」
甚爾は嫁に電話をかけた。ビデオカメラ用意しといて。
近々仕事の都合で仙台に行き夕飯を食べてから帰るんですが、セリ鍋が良いか牛タン定食が良いか悩む。