黄昏より昏き以下略を貴様に唱えさせてやろう   作:充椎十四

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その16

 京都は御三家のホームグラウンドだからとゆー理由で大阪を拠点にしてうろついてた傑は、奈良との県境にある市を歩いていた。大阪市内の安いサウナで一晩過ごそうとしたら襲われたからだ――同性に。うっかり殺しそうになったけど非術師だったから片方の玉を手持ちの呪霊に食わせ、それを除霊した。世のため人のため私のため、さようなら性犯罪者のゴールデンボール。

 ある程度現金を引き出してるけど資金は有限だし、どこかこっそりと過ごせそーな場所はないものかとあっちをふらふら、こっちをふらふら。最終手段は人のいない神社だろーななんて考えつつ昼ごはんを吉野◯で食べ――駅前を離れマンションや戸建住宅が入り乱れる市街地をぼんやりと歩いてた傑が見つけたのは……市民農園に倒れ伏す人の姿。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 入り口には少し距離がある。柵を飛び越えて農園に入りその人の元に行けば、七十かそこらの老人で――青い顔をして地面に横たわっている。

 

「どうしましたか、大丈夫ですか!」

「腰が……」

「腰が?」

「腰が痛い……」

 

 倒れていた老人の名は武田光一。地面に転がったシャベルを持ち上げよーとしたらギックリ腰になってしまい、大声を出すと腰に響くから助けを呼ぶこともできず倒れてたんだそーな。

 光一氏のかんたんケータイでご自宅に電話したら娘さん――って言っても傑より年上らしいけど――が車で迎えに来てくれることになった。

 十分と少しして農園に現れた光一氏の娘、武田光希は美人だった――困り眉、たれ目気味の一重に泣き黒子、厚めの唇……そして胸がでかい。骨太なのか腕やら首回りやらは細くないのに、胸がでかいから全体的に細く見える。傑は頑張って光希の顔を見た。視線を下げたらスケベ小僧扱いを受けるのは間違いない。彼女の顔面に視線を固定して「ぼかぁ紳士です」とゆー表情を保つ。

 

「ごめんねぇうちのお父さんが迷惑かけて」

「あ、いえ」

「でも見つけてくれてホンマ助かったよ。今日は農園に指導員さんがいはれへん日やから、あのまま君が見つけてくれんかったらお父さん寒空の下に放置されて夕方まで、とかなってたかもしれへん」

「うん、あのまんまやったら風邪引いてたかもしらん。助かったわ夏油くん」

「夏油くんが親切でホンマ良かったよ。ありがとうね」

 

 武田家に着くまでの十分足らずの間、ずっと傑は褒め倒されることになった。呪術師の任務でもこんなに褒められたことはないのにギックリ腰の老人をちょっと介護しただけで「人間ができてる」だの「気っ風がいい」だの「素晴らしい若者」と褒められるんだから……呪術界隈は殺伐としすぎではなかろーか。この親子が人を褒めすぎなだけかもしれないけど。

 しかしこの褒め殺しのお陰で傑の自尊心はこれ以上なく満たされた。そうなんです私は素晴らしい青年なんです、もっと褒めてくれてもいいんですよ。

 

 武田宅は築四十年くらいだろうプレハブ工法の一戸建てで、間口は広いけど駐車できるスペースはない。自転車置場はある。家の前で光一氏と傑は車を下ろされ「家の中入っとって」とゆー言葉と共に家の鍵まで渡されて光希の車はどこかに走っていく。

 

「ちょっと駐車場遠いねん。重いし寒いやろ、はよ入ろ」

「了解です」

 

 玄関は一畳くらいか。左手にある引戸は直に居間に繋がっている。居間の奥には階段。

 

「ガラス戸の右の奥に洗面台あるから、そこで手ぇ洗おか」

「分かりました」

 

 居間に入って右手にあるガラス戸を開ければダイニングキッチンで、四人掛けのテーブルや食器棚、冷蔵庫でごちゃっとした印象を受ける。右に短い廊下で蛇腹のカーテン、その向こうに脱衣所兼洗面所。洗面所の左はトイレで右が風呂場らしい。

 洗面台の下には子供用の踏み台があった。

 

「お孫さん……ですか? いらっしゃるんですね」

「うん。今保育園行ってるからおらんのやけどね」

 

 光一氏を背負ったまま体を屈めて手を洗わせ、ダイニングキッチンの椅子に座らせてまた洗面所に戻る。浴室の磨りガラス戸横の籠に――暴力的なサイズの下着を見つけてしまった傑は顔を覆った。

 傑は必死に頭を振った。相手は子持ちの人妻だぞドーマンセーマン、陰陽師を呼べェ去れ煩悩! 臨兵闘者皆陣列在前! 除夜の鐘を打ち鳴らし百八つの煩悩を打ち破れ! 大丈夫だ悪は滅びるし煩悩は去る、だって梁山泊の英傑は全員死んだから。

 

 ――そんで、傑は武田家に泊まることになった。優しい子だとか体格が良くてかっこいいよだとか年上二人から褒めに褒められ、熱い煎茶にお煎餅を出され、お礼に夕飯食べていきなと誘われ……その流れで「うちで食べるなら親御さんに連絡しないとね」と言われ、慌てて「実は今自分探しの旅の最中で、実家は関東なんです」と言い訳したせーだ。二人がどこまで傑の言うことを信じたかは分からない。もしかしたら家出っ子と思われた可能性もある。

 ここにいたいだけいたらいいよと言われたけど、一晩宿を借りたらそのままお暇するつもりだ。御三家の皆様……特に禪院の当主と息子に見つかったら武田家に迷惑がかかる。あの二人は傑の手甲を手に入れるためなら周囲の被害を省みない屑だし。

 

 夕方になり武田家に増えたのは光一氏の孫・宗介くん五歳、お母さんに似た一重たれ目の男の子だ。伏黒家の恵くんで子供の相手に慣れていたのが功を奏し、傑は数十分もせずに宗介くんと打ち解け……馬になった。なにせ武田家にいるのはギックリ腰をするよーな年齢のお祖父ちゃんと、ママだ。馬になれる人がいない。それに対して傑は若いし体格のいい男だから馬に必要な素質を完璧に備えていた。

 時々暴れ馬になり騎手を振り落としたり、二足歩行の馬人間に進化して騎手を振り落としたり、牡の十九歳馬・スグル号は何度も落馬事故を起こした……んだけど、騎手は愛馬を見捨てなかった。別に見捨ててくれてもよかったのに。夕飯の席でも馬()の背中から離れようとしない宗介くんはママに怒られ、渋々椅子に座って唇を鳥のくちばしみたく突き出した。ちびっこが不貞腐れても可愛いだけだ。

 

 夕食のあと光希がギックリ腰老人の風呂介助をしようとするのを見て、傑は「男同士ですから」とか「僕は力持ちですから」とか言って役割を交代した。風呂場横の籠にはバスタオルが掛けられていて安心なよーな残念なよーな。

 

 今回のギックリ腰はかなり痛みが酷いらしくズボンを脱ぐだけでも辛いとかで、光一氏は今日は早じまいすると言って宗介くんを連れ、ヨボヨボと二階の寝室に消えた。宗介くんがいると傑が休めないから、ゆっくりできるよーに配慮してくれたんだろう。

 騒がしく暴れまわるちびっこがいない静かな居間のこたつで、ぬくぬく暖まりながら隣室の向こう端に置かれたテレビを見る。耳の遠い人用の手元スピーカーから「奥さん、漏電がどれくらいビリビリするかご存じですか?」「ビリビリビリビリ! こんなもんですか?」とゆーシュールなCMが聞こえる。なにこれ。

 

 キッチンにいた光希が居間に戻ってきて、傑の前に煎茶とスーパーで通年売ってるよーなみたらし団子が配膳された。

 

「ごめんねぇホンマ、お礼のはずやったのに宗介の面倒見てもろてしもて……。家には無茶振りできる大人の男の人がおれへんから興奮してもーたみたい」

 

 武田家には光一の物以外に男物の服はなかった。細身の老人である光一のシャツは傑にはサイズが小さくて入らない……まあ、傑は背も高く体格がいいからLサイズであっても小さいんだけど。そのせーで着れる服がない傑はノーパンでネズミ色のスエットを穿いて半纏を着てるとゆー変態チックな格好だ。お陰様で尻の据わりが凄く悪い。

 

「あの子のお父さんとは離婚してねぇ、出戻りなんやわ、うち」

「あ、顔に出てましたか」

「いやいや、ふつー疑問に思うやろ。なんでこのうち旦那おれへんのやろーって。半年……もう一年近く前になるかな? テレビでも雑誌でもすんごいニュースになったから覚えてると思うんやけど。盤星教って宗教団体が女子中学生の誘拐事件起こして、警察が入ったやんか」

「ああ……」

 

 盤星教女子中学生誘拐事件は傑がほぼ一から十まで関わった事件だ。天内に粘り強くしつこく殺し屋を送り続けてきたから、わざと彼女を誘拐させ、持たせておいたGPS情報を使い「ここに連れ去られてます!」と警察に追いかけさせて施設に突入。盤星教は「神のために女子中学生を誘拐した」頭がおかしい犯罪組織として紙面を賑わせた。

 盤星教のお陰で国内の殺し屋さんは激減したし、殺し屋さんに依頼を繰り返してた盤星教自身も消えて日本は平和になった。盤星教ありがとう。

 

「あそこの幹部の一人、うちの旦那やってん」

「はい?」

 

 苦笑を浮かべる光希を傑はまじまじと見つめた。あのとき現場にいた信者全員の顔を覚えてるわけじゃないけど、光希の顔には全く見覚えがない。

 

「うちはユルユルのお西()っさんやから盤星教とはなんも関係ないんやけどね。旦那がなんの宗教を信じてようが、うちに押し付けてこーへんなら好きにしたらええと思ってたんやけどさ……入信しとったのがまさかの性犯罪宗教団体とか、夫婦続けんのなんて無理やん?」

 

 離婚届見せたらめっちゃ泣かれたけど、組織ぐるみで女子中学生の誘拐企むよーな犯罪者と家族で居続けんのはちょっと考えられへんやん。罪を償って社会復帰頑張りやってゆーて大阪に帰って来てん。

 ――そんな話をネタに出来るとゆーのは、ここらの土地全体の治安と人々の雰囲気がいいからなんだろーか。それと光希本人がサバサバした性格だから、とか? 普通なら「元旦那が性犯罪組織に関わってた! やばいやろ!?」とか他人に言えないだろーに……いや、もしかしてこれが大阪のノリだった?

 そんな考えが顔に出てたのか、光希は手を伸ばして傑の頭をポンポンと叩いた。

 

「傑くん、なんか悩んでんにゃろ。顔見たら分かる」

 

 へ、と目を丸くした。すぐそばに泣き黒子がある。

 

「うちの話、傑くんの自分探しの役に立たへんかな。世の中にはこんな人もおるんやって知るだけで何か変わるんちゃう?」

 

 ――その時、傑くんの脳内で悪魔がこう言いました。

 

『エロくて美人で親切な関西弁元人妻ってAVかな? 押し倒せ! いけ! 男を見せろ傑!』

 

 それに対して天使はこう言いました。

 

『人の親切をスケベ解釈するんじゃねーよ! あと今の自分の格好を考えろ!』

 

 天使のゆーとーり、ノーパンの上にスエット穿いて上半身は裸に半纏の変態的格好の傑が「奥さん……」「ダメよいけないわ二階には幼い息子と父が」なんてふざけた展開になれるわけもない。

 結局、傑は居間の隣の部屋に布団を引いて健全に寝た。

 

 暖かい布団でぐっすり寝た翌日。光希が仕事に行くのに合わせて傑も武田家を出ることにした。駅前の小児科で受付事務をしてるから、朝はそんなに早くなくていいそーな。

 

「今日はどうすんの? まだ大阪におるんやったらホンマ、うちを拠点にしてくれてええんやからね」

「いえ……友人から京都で『見えない山』を探すようアドバイスされたので……京都に行こうと思います」

 

 朝食の席でそう話せば、光希が「へえ」と声をあげた。

 

「京都行くん。ならお父さんの弟一家が京都市内に住んでるし、一泊でも泊まらして貰えんか聞いてみよ。な、お父さん」

「せやな、それがええわ。傑くん、今から誠二に――京都に住んでる弟に電話するさかい、今晩はそこに泊まり」

「えっそんな、そこまで迷惑掛けられませんよ!」

「ええのええの、どうせ誠二んとこももう子供はみんな独立しとるし。お客さんの一人や二人かめへんかめへん」

 

 断ったのに住所を書いた紙を押し付けられ、「油小路の隣の筋やねん」と説明されたけど油小路がどこなのかすら分からない。京都駅で地図とにらめっこすることになりそーだ。

 

 出勤準備のため光希が忙しそーにあっちへ行きーのこっちへ行きーのしてるのをよそに、光一がふむと息を吐いた。

 

「『見えない山』ね……」

「何かご存じだったりしますか?」

「いや、見えない山は分からんが、山がある日突然消えたぁ言う話なら聞いたことがある」

「……詳しくお聞かせ頂いても?」

 

 京都市内の生まれ育ちだった光一の話によると――時は遡り、大石内蔵助ら四十七人が吉良邸に討ち入りし一般庶民を喜ばせていた頃……つまりだいたい三百年くらい前。京都の東にあったはずの山がある日突然なくなったのだとか。昔話によるとその山には健康長寿の神様が住んでいて、山の麓に詣でるだけで病が治るほどだった。が、その山が突然消えてしまったもんだから天変地異の前触れだとゆー噂が流れ、京都は上から下から大騒ぎになったらしい。

 『見えない山』ってソレではなかろーか。いやでも、こんな簡単に答えに辿り着けるはずがない。きっと他に別個で『見えない山』があるに違いない。

 

 だいたいどこらへんに『突然消えた山』があったのかを教えてもらい京都へ向かう。京都市内に入ってからはバス移動になったんだけど、どの路線がどこと繋がってるのか、京都初心者には良く分からない。……傑は迷子になった。

 言い訳になるが、傑が迷子になるのは仕方ないのだ。以前禪院から呼び出された時は京都駅に迎えの車が来たし、御三家襲撃の際は呪霊に乗って空を移動したからバス停がどこにあるか知らなくても問題なかった。

 だから傑は悪くないのだ。京都のバスが悪い。

 

 光一に教えて貰った『突然消えた山』の最寄りのバス停を下りたのは午後四時過ぎ。そこから三十分ほど東に向かって歩けば『山』があったはずの場所に着くらしい。

 

 ――こんなに簡単に『見えない山』の情報が手に入るはずがないし、どうせ外れだろう。そう思っていたんだが。

 

「まさか初回で当たりを引くとは……」

 

 地面に打ち込む釘型の呪具は帳を長期間固定するための補助具だ。

 この『特別な帳』の向こうにはきっと――山がある。

 

 電柱の上に停ったカラスが、太い声でカァと鳴いた。




腰痛マシになりました。ご心配くださいました皆様、ありがとうございました。
病院で買ったコルセットの名前がR2で、どんな顔をすればいいのか分かりませんでした。
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