黄昏より昏き以下略を貴様に唱えさせてやろう   作:充椎十四

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その18

 リタのいた世界――呼び名がないとこれから面倒なのでスレイヤーズ世界とでも呼ぼうか。スレイヤーズ世界は、世界が誕生してからウン万年、赤眼の魔王シャブラニグドゥが七分割されてから八千年、竜破斬を編み出したレイ=マグナスが北の魔王として封印されてからは四千年、リナ=インバースが活躍したのがもう三千年前、リタが飛び出してから千年。

 少なくともスレイヤーズ世界の人類が文明を持ってから四千年は経つのだ。経つはずなのに――あまりにスレイヤーズ世界は変わらな(・・・・)過ぎた(・・・)

 

 時代と共にファッションは変わる。服だけじゃない、武具や防具のデザインも変わっていくのが当たり前だ。なのに、少なくともレイ=マグナスの時代からリタの生まれた時代まで、デザインや素材の変更がそんなにない。

 似たよーな肩当てに似たよーな剣に似たよーな呪符。――スレイヤーズ世界はあまりにも変化がない(・・・・・)。少なくともリナ=インバースのいた三千年前からはずっと文化が停滞している。昨日と変わらない今日、今日と変わらない明日、千年前と同じ千年後……だから、創造主は()を見た。忙しなく進化していく技術、十年単位で変わる常識、一分一秒の変化がめまぐるしい世界、地球を。リタが繋いでしまったその異世界を興味深げに覗き込んで、基点(リタ)と縁深い、世界に(・・・)大きな(・・・)影響を(・・・)与えそうな(・・・・・)子供がいるのを知った。

 平穏な水面が広がる世界にはもう飽いている。何が起きるのか分からない、未知を見たい。知りたい。――この子供と一緒にいれば楽しめそうだが、どうすればこの子供の側にいられるだろう?

 観察を続けていたら、その子供に息子が生まれた。子供は息子を毎日抱き上げて毎日一緒に寝て毎日会話をしている。なるほど子供は親になったのだ。

 

 子供(とうじ)の息子は良いことを教えてくれた。私に恩を売ったり物を教えることなど滅多なことではできないのだぞ、困ったことがあったら私が薙ぎ払ってやろう。礼だ。

 

 ほら、こうしてこの世界に生まれてやったんだ。私を楽しませてくれ。甚爾。

 

咲良(さら)ちゃんは今日もかわいいでちゅねー」

 

 やめろ。私は楽しませろと言ったのであって、顔にキスしたり顔を擦り付けたりしろとは言ってない。痛いのよ髭が。

 だが押し退けても押し退けても甚爾は飽きることなく堪えることなく顔を擦り付けてくる。それも毎日だ。

 

 人間として生まれたのは失敗だったろうか?

 

 

 

 

 

 もちろんながら咲良ちゃん地球で爆誕とゆーヤバい状態に気付いてるゼロスとリタは、知ってて放置を貫いてた。ちゃんと理由はある。「あたし甚爾ちゃんと一緒にいたいのばぶばぶ」って言ってる咲良もといL様(ロード・オブ・なんとやら)の意向を尊重してるのだ。近づいたらどんな目に遭わされるか分かんないからじゃあない――ほんとほんと。嘘じゃない。

 リタは「赤ん坊はまだ小さいんだし、しばらくうちに帰ってこなくていいわよ」「ちびが二人に増えると長距離移動の車内で面倒見るの大変でしょ。家でゆっくりしてたらどう?」「従姉弟の交流も大事にしなよ」と美しい言い訳で甚爾の京都帰省を断り、横に反らし、不機嫌咲良様との対面を先送りにし続けてきた。でも恵くんが「おばーちゃんち行きたい」と言ってるそーで、そろそろ帰省するかもしれない。

 

 あと三年くらい帰って来ないでほしい、お願いだから帰ってくるな頼むと毎日祈って十二月、『山』に転がり込んできた青年は当たり(・・・)だった。リタと同じでモノを取り込むのが得意な体質――ただ、リタは取り込んだものを消化吸収して自分のものにし、青年こと夏油傑はそのままの状態で保管し利用するのに長けている。

 傑の持つ術式はリタの特性と似てるけど違うものだと悟たちから聞いてたから、リタは傑に対して「悟の友達」とゆー以上の興味はなかった。

 

 ――でも、違った。傑本人の口から語られた呪霊操術の真価――極ノ番『うずまき』は、対象呪霊の術式を(・・・)抽出する(・・・・)

 この子ならあたしと同じことができるんじゃない? ううん、あたしにはできないこともできるんじゃあないの?

 

 傑を客間に寝かせたあと、居間に戻り後ろ手で戸を閉める。

 

「ゼロス、いるんでしょ」

「はーい♡」

 

 闇から現れたのはおかっぱの男、もとい獣神官(プリースト)ゼロス。そのゼロスにリタは固い声で命じる。

 

「魔王の魂の欠片を持ったヤツ、捕まえといて」

 

 傑の術式なら、シャブラニグドゥの欠片を持った人間から欠片だけを抽出できる可能性がある。

 欠片だけ分離してくれれば、リタがそれを消化吸収し、そのまままるごと自分の力に出来る。食べた分全てをロスなく積み上げられる。強くなれる。

 

 現在ゼロスはこうしてリタのパシリをしてるとはいえ、上位魔族の一人……一体だ。七分の一の魔王を七分の二に――いや、七分の三とか四とかにしたいとゆー想いを持ってるはず。しかし魔王として目覚めたレイ=マグナスの封印は四千年過ぎても解けず、レゾとルークはリナ=インバースにより欠片ごと滅ぼされた。レイ=マグナスとリタを除けば魔王の欠片は残り三つしかない。

 残る欠片をリタが吸収すれば、リタの人格をベースにした魔王シャブラニグドゥ……いや、新魔王リタ・ギニョレスクが誕生する。竜神の四分の一ずつである竜王たちと、八千年の封印で弱体化したシャブラニグドゥの七分の四ではどちらが強いのか。希望的観測かもしれないけど七分の四シャブラニグドゥの方が強いに違いない。強いはず、メイビー。

 

 欠片を取り込むのに多少時間と体力を消費するかもしれないけど、この世界にいる限り竜王たちからの横槍は入らない。天敵のいない環境で強化を重ねられるとゆーのは安心だ。

 

 リタは強い魔王になる。ならねばならない。もちろん世界を滅ぼしたいなんてリタは思っちゃいないが、今よりもっと強くならなければならない。

 残る三つ全てを取り込んで七分の四シャブラニグドゥになれば、タイマンでなら竜王に勝てるよーになるだろう。ああそうだ、竜王の力を取り込んじゃうのもいいんでは?――そして聖魔王って名乗るとかね。就任して五年が過ぎたら二代目候補者集めて戦わせるやつ。

 

 竜王を食べるかは別にしても、残るシャブラニグドゥの欠片を全て集めれば間違いなくパワーバランスが魔族に傾く。今の拮抗状態……数千年続いた停滞が終わる。

 なんらかの変化が起きる、はずだ。

 

 ――まだ咲良の産み月まで余裕がある伏黒夫婦が『山』に帰省した際、リタと二人で留守番になったときに恵が言った。「ママのおなかの赤ちゃん、ヒマだーって言ってるよ」。

 

『あっちはずーっとずーっと何にも変わらないから、こっちに何か楽しいのないかなって探したらパパを見つけたんだって』

 

 そして伏黒家に咲良が生まれた。混沌の魔力を抱いた赤ん坊が生まれてしまった。

 今のリタでも地球に対して過剰戦力だとゆーのに、もし咲良が適当に魔術を放ったりしたら……物理的な意味で地球が割れる。そうなる前にお帰りいただかねば「人類は衰退しました」じゃなくて「人類は(地球ごと)滅亡しました」になってしまう。まだリタは地球に来た目的の一つのなに◯黒牛を食べてないのに。

 

 ――L様が停滞に飽いて地球に興味を持ったなら、元の世界が流動的になれば意識をそっちに戻すだろう。戻してほしい。

 

「残る三つの欠片のうち一つくらいは捕捉してるでしょ? その人間をこっちに連れてくるか、スグルくんを連れて向こうに行くか……どっちの方が簡単?」

「どちらも似たようなものですが、彼女を抑え込むための戦力という点では向こうでやる方が有利でしょう」

 

 そうなの、と頷く。その人はきっと有能な魔道師なんだろう。

 

「分かった。残る二つも探すようにあっちに伝えといてちょうだい。……必ずスグルくんの協力を取り付けるから」

「畏まりました」

 

 L様の機嫌如何で地球が滅びる――混沌の海へ帰ってもらうために協力してほしいと傑に説明しないといけない。

 それに『うずまき』で魔王の欠片だけを抽出できるのかはやってみないと分からないし、会ったばかりの相手から「咲良ちゃんは異世界の創造主で、うっかり機嫌を損ねたら地球が滅ぶ」なんて言われたところで傑は半信半疑だろう。お試しで異世界に連れていけば信じるだろーか?

 

 信じてほしいし、協力してもらいたい。だって欠片と宿主がくっついた状態でも欠片を取り込めないことはないんだけど、その場合、リタは宿主を食べねばならない。

 ちなみにリタはカニバリズムの嗜好なんて持ってない。

 

 ゼロスが闇に溶けて消えたあと、居間の電気をつけて湯呑みや急須をお盆に乗せていく。布巾でテーブルを拭いて、立ち上がる。

 

 タイムリミットは……あと十五年くらいだろーか? それまでにシャブラニグドゥの欠片を三つ集めて吸収しないと。

 

 ――そんでこちら、仮称スレイヤーズ世界……の精神世界。魔族が生まれ、育ち、住処とするその場所で、中位から上位の魔族たちは上を下への大騒ぎになっていた。

 ゼロスがひょこっと帰ってきたと思えば「リタ様が魔王の欠片の保持者探せって命令をしたよ!」と伝えたせーだ。

 

「あの暴食の魔王リタ・ギニョレスクが帰ってくるのか!? そんな、俺たちはもうおしまいだ」

「あの女のことだ、異世界の全ての生命を食い尽くしたに違いない……」

「適当に千人くらい人間を集めてあっちの世界で繁殖させればしばらくは帰ってこないでしょきっと。定期的に輸出しましょ」

「終焉の始まりだ――魔族の存在意義としてはいいことなんだが、リタ・ギニョレスクに食われて消えるのは勘弁」

 

 嘆く者、考察し始める者、解決策を提案する者、そしてまた嘆く者。

 魔族は世界の滅亡を望む存在ではあるんだけど、自分の滅び方は選びたい。

 

 世界と一緒に滅ぶ――最高じゃね?

 世界の破滅に巻き込まれる――悪くないね。大将、おかわり。

 リナ=インバース大暴れ期みたく、作戦の途中で邪魔される――ふざけんな貴様が死ね。

 リタ・ギニョレスクに踊り食いされる――お前に人間の心はないのか! やめてください! 無理です!

 

 リタが聞いたら「好き勝手言ってくれちゃって、あんたたちから食ってやってもいいのよ?」とキレてもおかしくない言い様だ。

 だけど魔族の感覚からしたらリタに吸収されるのはタンノくんに丸飲みされるよーなものなのだ。いくら自殺願望があろうが死ぬならポックリ痛みを感じず死にたいのが普通であって……タンノくんに丸飲みされて窒息死は生理的に無理でしょ、とゆー。

 

「みなさん落ち着いてください。なにも今日明日すぐリタ様がこちらへ帰ってくる訳じゃありません。竜王たち神族を圧倒するため、残る欠片全てを安全な場所で吸収しようと考えていらっしゃるのです」

 

 ゼロスが説明を繰り返したおかげでどーにか混乱は収まったけど、今度は誰が(・・)現場に(・・・)出るか(・・・)で押し付け合いが始まった。

 

 地球は性癖がヤバい世界なんだろ、前にゼロスが報告してたから知ってるんだ。特殊性癖と特殊性癖でバトルしてるよーな世界なんだってね。そこの住人の相手なんて絶対にごめん被る。

 ゼロスが持って帰ってきた薄っぺらい絵本読んだら泣いちゃったよ。あんなのってないよ。

 

 ――白蛇のナーガがあんなビキニアーマー……ビキニと肩当てだけの格好で町から町をウロウロできたのはスレイヤーズ世界の皆様の性癖が健全だからだ。だからママは子供に「(変態だから)見ちゃいけません」って注意するだけだったし、スケベなヤツが鼻の下を伸ばす程度のことで済んでいた。

 お前を強姦するから卵を産めとリナに要求した魚類(ヌンサ)? ほらあれは特殊性癖じゃなくて種族の違いだから。

 

 ゼロスの報告を聞き知ってる魔族たちにとって、地球人は「なんでもスケベに繋げる恐ろしい思考回路の奴ら」だ。

 腐女子のことを「なんでも掛け算する恐ろしい生き物」と怖がる前に、地球人……特に日本人は我が身の性癖を振り返った方がいい。他人から見れば目くそ鼻くその可能性がある。

 

 仮にも彼らは中位や高位の魔族だ、魔王の欠片だけ取り出せる可能性がある凄い魔道師には興味があるし、そんな魔術を使えるなんて珍しいから見てみたい。――けど、そいつは地球人なのだ。もしそいつと顔を合わせたら、そいつのおぞましい想像で好き勝手に穢され、脳内であーんなことやこーんなことをされる……かもしれない!

 そいつと会うくらいなら今すぐ滅びてやると自殺未遂者まで現れた結果、シャブラニグドゥの腹心五人のうち存命の三人……の直属の部下たちが、地球から来る予定の変態・スグル=ゲトーの対応に当たることで決まった。

 

 嫌だ嘘だぁと頭を抱える覇王と海王直属の部下のみなさんに、獣王唯一の直属の部下ゼロスはにっこり微笑む。

 

「一緒にがんばりましょうね♡」

 

 ――実は、ゼロスが地球から持ち帰る報告書は二部ある。一部は彼の上司である獣王に渡す「客観的事実」のみ記したもの。もう一部は地球のアレなところを濃縮し羅列したものとその参考資料(R18どうじんし)

 実際にはリタ・ギニョレスクはタンノくんではないし、食事と娯楽を与えていれば大人しいし、魔王としての自覚をうっすらながら持っている。多くの魔族が考えているよーな「魔族の活け作りを食い荒らす特殊性癖の持ち主」ではない……けど、彼らがそれを知る必要はない。勝手に怖がって近寄らずにいてくれればいい。

 

 そうすれば、封印されていない自由な身の(・・・・・・・・・・・・・)魔王が最も信頼する側近は――ゼロスと、ゼロスの上司である獣王になる。まあ、今頃リタがまともな感性を持っていると知ったところで遅すぎるのだけれど。もし今からリタに媚びたところで覇王と海王の地位は獣王より――ゼロスより更に下になる。

 地球への道ができたとき、配下を一人でも送れば良かったのだ。そうすればリタとの繋がりが持てた。リタから信頼され、命令を貰うことができた。

 魔族に寿命はあってないようなものだが……千年の積み重ねのあるなしは大きい。

 

 ゼロスはくつりと嗤った。

 

 これから楽しくなりそうですね、と。




北の魔王「おいこらてめぇゼロス」

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