『山』に泊まった翌日の朝食のあと、リタから「スレイヤーズは知ってる?」と聞かれて傑はもちろんと頷いた。ついこの間、伏黒家のめぐくんが重破斬を唱えよーとしてパパに止められていたらしい――
「いいか恵、それは必殺技だ。必ず相手を殺す技と書いて必殺技と言うんだ……分かるな?」
「分かった! 闇よりもなお暗き
「待てなんでパパに撃とうとするんだ」
「パパを倒したらママがぼくと結婚してくれるって言った!」
伏黒家に家庭崩壊の危機勃発、と硝子が教えてくれたのを思い出す。どうせアニメの呪文だし、めぐくんは噂によると投射呪法の使い手。言霊を使えるわけでもない。そこまでカリカリしなくていいだろーに、と二人で笑った。
「なるほど、主要登場人物や用語は分かってるのね。そりゃ良かった」
うんうんと頷いて、リタは言った。
「実はあたしスレイヤーズに出てくる魔王なの」
「はあ……つまり?」
「主食が他者の負の感情ってことよ」
残念な厨二の人もといリタ曰く彼女は負の感情を食べて生きる魔王で、およそ千年前に地球にやってきたのだとか。
彼女の頭は大丈夫なのか、とゆー隠しきれない疑心が伝わってしまったらしい。リタは快活に笑った。
「ま、信じられなくて当然よ」
「あ……いえ……」
とっさに否定したけどそりゃ、信じられるわけがない。それにスレイヤーズの魔王はシャブ――シャブなんとかのはず。リタ・ギニョレスクなんて名前は聞いたことがない。
それが顔に出てたんだろう、リタはうんうんと頷く。
「最初はさ、ちゃんと説明してやれば小学生でもあたしの話を理解できるんだからスグルくんも大丈夫だろ、って気楽に考えてたんだけど……。要素だけ抜き出してみたらあたしの身の上って『漫画から漫画を渡り歩く最強オリ主多重トリップもの』なのよね」
「はあ」
なんだ俺つえー系オリ主設定だって自分で分かってるんじゃないか、とゆー言葉はどーにか飲み込んだ。
「で、そーゆーウェブ小説読んでるヤツほどあたしの話をちゃんと理解できないよな、と昨晩寝る前にハッと気づいたわけ」
「はあ」
「とゆーわけで」
リタが顔の横で手を叩いた。さっきまでと一転して固い声で「ゼロス!」と――ゼロス?
ぬるりと何もないはずの空間から傑の隣に現れたのは、伏黒家のテレビや原作の挿し絵で何度も見た顔の男。艶のある黒髪はおかっぱで、糸目、裏のありそーな笑顔。
「さい」
再現度が高いコスプレかと口を開きかけたところで肩に手が触れて、そして――
目の前に現れたのは物凄く嫌そうな……嫌悪感を隠しもしない表情をした四人。いや違う、四人が現れたんじゃない。傑が移動したのだ。古代ギリシャの神殿っぽい建物だ。一定距離ごとに立つ石の柱は太く、少なくとも十メートルはある。天井には絵はないけど竜やらモンスターやらがモチーフなんだろう彫刻が一面に広がってて、日が差し込んでないし灯りもないよーに見えるのに全体がぼんやりと明るい。ひんやりと肌寒いのは一瞬前までこたつでぬくぬくしてたからだろーか。
こんな神殿が現存するなんて聞いたことがない。ここはどこなんだ?
手足になる呪霊が一体もおらず、呪力を回して防御力を高めることしかできない傑の耳に、石田◯の声が囁いた。
「ようこそ、スレイヤーズの世界へ♡」
「は?」
ぎょっとして振り返れば黒い錐が宙に浮いていた。鋭利な先端が傑の顔のすぐ横にある。
「原作を読みアニメも見ているなら」
黒い錐が一瞬で人間の姿に変わる。
「ご存じでしょう、僕のことを」
ご存じでしょうも何もゼロスはスレイヤーズの主要キャラの一人、知らないわけがない。
これは幻覚か――そんな雰囲気はなかったけど領域に引きずり込まれたのか? 呪力なんて全く感じなかったのに。警戒を強める傑の背中をゼロスがゆっくりと押し、嫌そうな顔の四人の方へ歩かせる。
コスプレにしか見えないファンタジックな格好の四人のうち三人が男で、一人が女。男の一人は髪は表面がぬめぬめして見える深紫だ。はっきり言ってコスプレイヤーにしか見えない。
「
「
「
四人がお互いを肘でつつき合い、聞いたことがない言語で何やら言い争い始める。傑は後ろを振り向かずゼロスに訊ねた。
「あの、彼らは何と? そしてここはどこなんですか」
「……おやおや。失念していました、言語が違いましたね」
ゼロスは「困ったなー」と全く困ってない笑顔を浮かべる。
世界が違えば言葉も異なる。傑が魔道師なら混沌の言語を共通語にできたかもしれないけれど――どちらの言葉も使えるゼロス以外、二者を繋げられるモノはない。
二歩進んでゼロスは傑の前に出る。
『彼にはこちらの世界の言葉が通じませんし、滞在中ずっと五人で囲むのは流石に威圧し過ぎでしょう。僕が案内役として彼につきますので、みなさんには欠片の持ち主の輸送等々をお願いします』
『りょーかい』
『直接地球人と会話するなんて怖気がする。是非そうして』
『あと、彼には今から色々と説明をしないといけないんですよね。欠片の持ち主は……そうですね、三時間後にここへ連れてくるということでいかがでしょう? それまでは別行動で』
『三時間後か、分かった』
『たのんます』
この場を離れたい覇王と海王の部下ら四人にそれを認める旨の声をかけ、ゼロスはコミカルな動きで傑を振り返ると日本語に言葉を切り替える。ちなみに四人は文字通り逃げるよーにして傑の前から消えた。
「では改めまして。初めまして、僕はゼロスと言います――君の知る、スレイヤーズに出てくるキャラクターの一人。……なんて言うとメタ発言っぽくなってしまいますかね?」
「はあ……」
大袈裟な動きで胸に手を当てて腰を軽く折る。人の姿では傑の方が背が高いからゼロスが傑を見上げる形になった。
自称ゼロスは名乗ったとーり、スレイヤーズに出てくる胡散臭い魔族・ゼロスとそっくりだ。ラノベの挿し絵やアニメで見たとーりの格好だし、ゼロス本人だと信じてしまうレベルで似てる。
「そしてここは君が知るスレイヤーズの世界です。案内しながら説明しますから、とりあえず外に出ましょうか」
「まあ……分かりました」
傑は自称ゼロスの言葉に頷いた。消えた四人は傑に汚物を見るよーな目を向けてきてたけど、自称ゼロスの顔に嫌悪感はない。
とりあえず自称ゼロスに付いていってみるべきだろう――ここがどこであれ、目の前の男に害意はなさそーだ。今は従っておこうじゃないか。
促されるまま神殿の中を歩き……階段を登り、砂漠に出た。じりじりと日光が地上を焼き、砂漠の表面はゆらゆら揺らいで見える。
これは日本じゃないな。日本にはこんなに赤い砂漠はないし、太陽は漂白されたよーに白い。
これで、ここが領域ではないことが分かった。領域ならもっと範囲が狭いし、寒い屋内から砂漠に変わるような景色・環境の変化はない。一瞬で外国に連れ去られたのか――瞬間移動の術式だろーか?
「砂漠は広いですから、少々失礼して」
「へ?」
そー言って脇を抱えられ――傑は空を飛んだ。
「うわっ!?」
見る間に遠ざかる地表、ぐんぐんと後ろに去っていく地下神殿の入り口。
傑は今、ファンタジーを体感していた。
空の旅は昔話と共に行われた。
――『山』にいる、赤毛に赤い瞳の女ことリタ・ギニョレスクは魔王シャブラニグドゥの欠片をその身に宿して生まれた。他の宿主と彼女が違ったのは一点……自分の魂の形を知覚していたか否か。
自分の魂に貼り付いた異物が魔王の魂の欠片だと分かる前から、彼女はそれを自分に取り込むために動いていた。その異物が巨大な魔力を内包したモノであることは分かっていたから……それを吸収できれば強くなれると考えたのだ。
果たしてリタ・ギニョレスクはシャブラニグドゥを飲み込んだ。レイ=マグナスやルークみたいに魔王と混ざるわけでも共存するわけでもなく、自分の一部として取り込んでしまった。
それは魔族にとって信じがたい出来事だった。人間は魔族より劣る存在。普通の人間は逆立ちしても魔族に勝てない――リナ=インバース一行みたく魔族をバンバン倒す人間は例外中の例外で、千年に一人いるかいないかの激レアさんだ。
そんな弱者であるはずの人間の一人が、七分の一の欠片とはいえ魔族の王たるシャブラニグドゥを吸収した。
想像してみてほしい。ふだん食卓に並んでいる物――例えばサンマが「人間って美味いのかな」とか言い出して食卓の主人を喰い殺し、巨大化してゴ◯ラかキング◯ドラになり「これからは私が捕食者だ。ふはははー!」とか高笑いしてみろ。B級サスペンスホラー映画が現実になったのだ、この世を儚む魔族が現れるのも仕方ない。魔王ですら喰われたのだから、そこらの魔族なんて食後のデザートだろう。
リタ・ギニョレスクはやばい。――格上の同族以外から感じた身の危険、我が身が被食者になる恐怖。縦の繋がりがないと全く協力し合わない個人主義の魔族たちはこの時ばかりは手と手を取り合い、リタ・ギニョレスクをスレイヤーズ世界の外へ放流するという目標に打ち込んだ。
へー、地球で生きた記憶があるの、それでお故郷に帰りたいのね。良かったねぇ母星が見つかって。さようなら二度とこっちに来ないでね。
「多くの魔族にとってリタ様は、人間の皮を被った外宇宙からの侵略者、人型のブルーギル、ハリガネムシ、その他色々。……まあ、悪評しかありませんね」
他にもゼロスが持ち帰る報告と資料のお陰でリタには「最終鬼畜変態」やら「悪趣味界の王」やら「変態性欲」やらとゆー悪評が広まってるし、地球人全体は性的異常者の集団だと思われてる。だけどスレイヤーズ世界の言葉を知らない傑がそこまで知る必要はないから安心してほしい。
傑が知ってればいいのは二つ。一つ目はリタ・ギニョレスクの紹介である傑が魔族から馬鹿にされたり嫌がらせされることはないとゆーこと。でも嫌がらせされないだけで仲良くなれるわけじゃないので注意。二つ目はリタが魔王の欠片を集めて取り込みたいと考えていること。
「どうしてあの人は自分の他の魔王の欠片を取り込みたいんですか?」
当然出るだろーと想定してた質問に、ゼロスは誤魔化さず答えた。
こーゆーときは煙に巻くより身内として巻き込む方が話が早いんである。
「地球にL様がちょっかいを出し始めてましてね。L様に平和裡にこの世界へお戻りいただくには現在の状態では力が足りないんですよ」
スレイヤーズ世界のパワーバランスを魔族に傾け、数千年間停滞していた世界を破る。もちろんそーなれば多くの人が苦しむし死ぬだろう。それでもその方がマシなのだ。
「L様というと『金色なりし闇の王』?」
「ええ。……不思議に思いませんでしたか? 何故五条悟は竜破斬を唱え、魔術を発動させられたのか。それも混沌の言語で唱えたのではなく日本語で唱えたんですよ。原作の設定ではそんなこと出来ません」
五条悟が竜破斬を撃った跡には残穢がなかったでしょう、あれが呪術だったと今も思い込んでいるんですか? 君が五条悟経由でリタ様から貰った手甲の素材が何なのか――呪装螺旋丸の跡に残穢がほぼない理由を考えたことは? 滅多に休日がない身の上なのに、五条悟は伏黒甚爾に課外訓練をお願いしている――それはどうしてでしょうね?
昨日聞いたばかりなのにもうお忘れですか? 伏黒甚爾は……リタ様の養い子です。リタ・ギニョレスクは地球における魔王シャブラニグドゥ本人、だから日本語で詠唱が通じるんです。呼び掛ければ聞き届けられるのです。
次々並べられる言葉に傑の心が揺らぐ。
L様がリタ様同様、日本語による呼び掛けに応えるようになればどうなるか分かりますか?
今のところ地球に『生まれつき魔力を持った人間』はいませんが、これからL様の影響がどのような形で現れるか分かりません。地球で神族と魔族が発生したり、生まれつき魔力を持った人が増えるとか――何の気なしに唱えた呪文が力を持っていて人を傷つけてしまう、なんてことが起きるかもしれませんね。
傑の耳元でゼロスが囁く。
「リタ様はL様が地球に滞在されることを望んでいません」
お帰りいただくには力が必要ですが、今の七分の一ではどうしても足りない。でも貴方の『うずまき』なら宿主から欠片を抽出しうる。貴方にしか頼めないんです、あなただから頼むんです。
「ですから……手伝っていただけますよね?」
傑はふわふわした頭でウンと頷いた。傑の目の前には白い城壁に囲まれた大都市がある。アニメで見たのと全く同じ――六芒星の都市、セイルーンシティ。それを上空から見下ろしている。
一目で分かる魔術の世界が、広がっている。
ゼロスは傑を抱えたまま「有難うございます!」とはしゃいだ声をあげた。
「貴方のおかげで地球が救われますね♡」
『うずまき』がどの様な術かは知らないが、魔王の欠片を抽出
何事も起きず無傷で解放できるかもしれないし、死なせてしまうかもしれない。――地球人の、特に日本人の心は脆い。人の死が身近な呪術師でも、
だが、大義があれば変わる。傑の行動により救われる数は六十億人で、失われる数はたったの三人なのだと囁けばいい。『私しか世界を救えない』という張りぼての大義があるだけで、人は人を躊躇なく殺せるのだ。
「私が……地球を救う……」
ゼロスの言葉を繰り返した傑に、にっこりと笑みを浮かべる。
「そろそろ神殿を出てから二時間半くらいになりますし、戻りましょうか」
空の旅は来た道を折り返す。『うずまき』が役に立つのか役に立たないのかは――三十分後に分かるのだ。
B級邦画「逆襲のサンマ」、梅田ブル◯7、ユナイテ◯ド・シネマ・キャナル◯ティ13にて2551年4月1日公開!
傑は理想郷で椎◯・赤◯板に常駐してそう。
追記
一部タグが上手く使えなかったため、剥がしました。
追記2
コメントで助言いただいた通りで区切ったら上手くルビ振れました! ありがとうございます!