夏油が高専で受けた最後の任務地――県道が細く繋がってる以外は私道しかない小さな村は、文明開化や大正デモクラシィを知らないらしかった。今や年号は昭和……も過ぎちゃって平成時代がそろそろ二十年になろうっていうのに、人を人とも思わないよな行為――まだ年齢が二桁に届かない子供を地下牢に閉じ込め、罵りながら叩いたり蹴ったり――を平気で行ってしまえるとゆー人権意識の村民しかいないおっそろしー環境。
そんで、それが何を起こしたかとゆーと。夏油傑は呪詛師になって、村は見事な薔薇園と化し、関東の呪術師が後片付けに追われて、関西では禪院家がベルコ貸し切りにして三十数人分の経を上げた。
夏油はたくさん壊し、たくさん殺して表の世界を去っていった。悟の同級生は硝子一人になった。でも、禪院家の当主が「夏油が壊したビデオ類全部弁償しろバーカアーホ」と高専生を振り回し、
――悟が高専に入学してから四回目になる夏が来た。
休み時間、戸愚呂仮面が廊下の角を曲がったのを見届けてから席に戻ると、悟は机の中から白い板を取り出す。
「ごじょー何してんの?」
「アキネ◯ターやろーと思って。
「ああ……」
悟がケータイからあいぽん(検索避け)に買い換えたのはついこの間の日曜日だ。メールと電話しかしないならケータイで十分って思ってたんだけど、あいぽん(検索避け)は画面がデカい。デカい画面の方が見やすいって硝子が言ったから、硝子に倣ってあいぽん(検索避け)を買った。
ツルツルの画面と向き合う背中は丸い。
「いやいや別人だわ。つまんね」
白い板型の精密機器(検索避け)を机に放り投げた悟は「はぁー」と息を吐きながら背筋を伸ばした。
「誰を想定してたんだ?」
「THE MOMOTAR◯Hのモモタロウ。何回やっても童話の桃太郎しか出てこねー」
「難しすぎるだろそれは」
ワイド版になったしパート2も連載されたシリーズなのにこの仕打ち。酷いわ、にわの先生が可哀想! とワザとらしい泣き真似をした悟の耳に扉が開く音が届く――甚爾だ。
次の時間は体力錬成じゃないはずだし、まだ休み時間は充分ある。どーして甚爾がここに。
「ルナとアルテミスから応援要請。レイちゃん出番よ、変身して!」
「なんですってぇ今すぐ変身よ!――変身ペンどこ!?」
「ワロス」
今もどこかで
でも悟にはこんな態度を取れる理由がちゃんとある。
「あいつら今日は栃木だよな」
「確かそのはず――あ、五条、お土産にたまり漬けチーズよろしく」
「道の駅にあったら買うわ」
カラリと窓を開けて、サッシに足を掛けたと思ったら――悟の姿は消えた。
「何度見ても便利だな、瞬間移動」
「あいつだけ超能力バトル漫画で生きてる感ある」
「お前の反転術式もたいがい超能力だろ」
超能力じみた身体能力に
――さて、栃木県某市。マンション建設のため造成されたその土地はかつて……江戸時代の中頃まで首塚だったんだが、まあそんな場所には誰も住みたくないもんで長いこと竹林になってた。それを伐採しようマンション建てようって話が出たのはひとえに立地が良いから。駅から徒歩十分圏内にある。
再開発で地域を盛り上げようって話なわけだ。
「ッ
七海たちが事前に聞かされたのは「地域に伝わる首塚の呪いやらなんやらって噂から生まれた呪霊だけしかいない」って情報のみ。そいつが二級から準一級に届こうとゆー強力かつ悪質な呪霊で、報告書にあったのはその
『ででッでてででてってデでででてってデデデッでデてっててテデ』
造成に関わった、地元の孫請工務店で怪我人が二人ほど出ていた。首塚だった場所にマンションを建てようとするからだ、呪いだ、なんて噂もあったらしい。
現場にいた呪霊は二体。一体は首塚の昔話から生まれた呪霊で、もう一体は首塚跡地が人の侵入を拒むとゆー噂から生まれた呪霊。……前者は報告通りだけど、後者は報告になかった。
後者――色で呼び分けるなら赤い方――は見た感じ三級以下のさして強くない呪霊なんだが、半径一メートルの距離まで近づくと不可視の結界らしきものにより五メートルから七メートルほど後方に弾き飛ばされる。近距離肉弾戦派の七海が不得手とするタイプの呪霊だ。
七海の補助に回る灰原も近距離から中距離タイプだからどーにもならない。このままじゃ赤い呪霊に一発も入れられないまま二人の体力が尽きるし、なにより呪霊は二体いるのだ。
『執行、執行! 刑を執行するぞい!』
高めに見積もって準一級だろう呪霊――色で呼び分けするなら緑の方――は右の手に打刀を左の手に短刀を持った六腕の異形だ。むきむきの上半身からにょっきり生えた円錐型の脚は膝も踝もないただの棒なんだが、直立の姿勢でぬるぬる縦横無尽に動くもんだから足裏に車輪でも付いてんのかと疑いたくなる。あと口調が爺臭いしムカつく。
色んな意味で気持ち悪いその緑の呪霊を倒すのに集中しようとすれば赤い呪霊に弾き飛ばされて邪魔され、赤いのを避けるのに気を割けば緑のに襲われる。嫌な組み合わせだ。
「糞きつねがっ」
弾き飛ばされた七海が吠える。
色が赤と緑だからきつねとたぬきだ。見た目は動物とほど遠いけど。
「そろそろ、ヤバいかも、体力的に……!」
灰原の体力回復のためマルちゃんらから距離を取る。一体どれだけの時間まる子ちゃん相手に戦っているんだろうか――時計を見る余裕はない。終わりが見えないことも二人の疲労を強める。
どっちがまる子でどっちがたまなんだ……!
「一時間半過ぎていれば、補助監督が、連絡しているはずだ」
「うん……」
「五条さんが、来るまで……頑張ろう」
「マーズ先輩なら……きっと、来てくれるよね……」
今日の補助監督は五条派閥だ。一時間半持ちこたえれば間違いなく応援が来る。それを信じて二人は一瞬視線を交わし、前を向いた。
――ぼぼぼっ!!!!
その目の前で、緑のまるちゃんが飛び散って消えた。汚ぇ蕎麦だぜ。
たぬき蕎麦がいたはずの場所には――マーズ先輩もとい五条悟その人。二人は一時間半持ちこたえたのだ。
『でデでででてってデデデでデでてっデでデデデデデてってェぇぇぇ!!!!』
狂ったみたく騒ぐきつねうどんに悟は後頭部を掻く。
「うるせーなあ。デデデってお前、さっきの呪霊デデ◯大王だったわけ?」
「はいっ! 語尾がゾイでしたッ!」
悟が来た瞬間元気になった灰原が手を上げて答えた。
「へー。ま、俺ってば確かに『無限の力を持つ伝説のヒーロー』だし? デ◯デ大王なんてちょちょいのちょいよ」
「五条さんッ! そいつの半径一メートルに近づくと撥ね飛ばされます!」
「ふーん、あんがと」
一時間半近く自分達を振り回していたきつねうどんが悟に飛び掛かるのを見て、七海は叫んだ。疲れもあった……一時間半もの間生死の境で戦ってたのだ、悟の術式なんて、強さなんて頭からすっぽ抜ける。
「でも、こんなの全力を出すまでもないんだよな」
悟が前に向かって手を伸ばせば、赤い呪霊は痕跡一つ遺さず消えた。赤子の手を捻るとはまさにこのことよ。
自分達が苦労した相手をそんな一瞬で倒すな、もっと苦戦して苦労しろこの野郎、なんて理不尽な考えが七海の頭に浮かぶ。バーカ! ちくしょーめ!
「二人とも苦手なタイプと戦って疲れたろ。帰ろうぜ」
高専へ帰る車内、七海と灰原は今日の失敗の原因――二人とも近接メインで中から遠距離攻撃に欠けていること――についてぼそぼそと話し合った。
「私か灰原のどちらかが有用な遠距離攻撃手段を持っていれば、五条さんを呼ぶことにならなかった……」
「うん。悔しいね、七海」
鉈を投げればきつねうどんに攻撃が届いた。今までだって遠距離攻撃には鉈を投げたりその他の呪具を投げつけたりしてきた。だけど今日――敵は一体だけじゃなかった。緑の方はほぼ準一級、七海や灰原では無手で相手できるレベルじゃあない。武器を奪われたり失くしたりする可能性のある攻撃手段は選べない。
二人とも、武器がなくなれば死ぬと分かってたのだ。
「投げたりうっかり手を放したりしても手元に戻ってくる武器ってないですかね……」
「あはは、いいね! めっちゃ呪われてそう!」
「――武器か」
助手席の悟が独り言なのか会話するつもりなのか、一言ぽつりと呟いた。二人は自然と黙って悟の白い後頭部を見る――何も続けないから独り言だろう。
それからおよそ半月。ツクツクボーシが校舎周辺の森のあちこちで大合唱してるもんだから聴覚からも暑さがいや増す平日。
教室から来るには少し不便な場所にある自販機はメーカーとかブランドとかがごちゃ混ぜで、コ◯コーラの隣にダ◯ドーの炭酸ゼリードリングが並んでたりする。市中ではなかなか見つからない変わり種も数種類あって選ぶ楽しさがある。
七海はざっと商品一覧を眺め、五回振るプリンシェイクのボタンを押した。最近のマイブームドリンクだ。滑らかな食感が好きだから五回以上振って、開けて、飲む。ぷはー!
「七海じゃん、お前もそれ飲んでんの?」
「ああ、五条さん……お疲れ様です」
悟は任務から帰って来たばかりなのかサボったのか、三時間目が終わったところなのにビニール袋を下げていた。
「それ俺のお気に入りなのよ。美味いよな」
「ああ……」
甘党だもんな。
七海と同じのを買って悟は三回振った。固形が残ってる方が好みなんだろう、一口呷って「うまー」と笑顔を浮かべる。
「七海たちさ、前に遠距離攻撃手段欲しいっつってたよな。なんか良いの見つかったか?」
「――いえ、思ったようなものは見つかっていませんね。遠距離が不得手だというのは一年の時から分かっていたのでずっと探しているんですが、なかなか」
「やっぱかー……。なあ話全然違うけど七海ってなんの漫画好き? アニメでも良いけど」
「本当に突然ですね」
好きな漫画やアニメか、と七海は記憶を探る。アニメ好きな父親が録画してくれたアニメを土日に二人で見るのが好きだった――高専に入ってからは時間の余裕も気持ちの余裕もなくてサブカル全般から離れてしまったけれど。
「先ず『あず◯んが大王』」
「アニメ、ペンギンのちよちゃんがエンジェルだよな」
「見てたんですか」
「うん」
「はあ。他は、原作や漫画版アニメ版を問わずですが、ハ◯レン、ガン◯レ、ぱに◯に、ヘル◯ング……えーっと、最終兵◯彼女、ガン◯リ、ブラッ◯ラグーンあたり。ロボットものは興味が湧かなくて全く見たことがありませんね」
「鬱展開と人の死亡描写に心がしんどくなったからまったり系も見たって感じがぷんぷんするわ。――あんがと、参考になったわ」
「はあ、どういたしまして?」
悟は「作りましょー作りましょーさてさて何が出来るかなー」とハイテンションで歌いながらふらりと消る。
口に出して列挙して、自分の好みはガンアクションとかミリタリー系だったんだなって今更な気付きがあった。そーいや呪具で銃を見たことがない。だから武器庫のどれもしっくり来なかったのかもしれない、と思い――それがフラグだったらしい。
翌週三年の教室に乱入してきた悟の両手は塞がっていた。
「後輩ども、先輩からのプレゼントだぞ~アルテミスはこれでルナはこっちな」
「わあ~、コレなんですかマーズ先輩!」
灰原には小さな箱、七海にはギターケース。
「遠距離武器欲しいっつってただろ? ってことで用意してみた。まあ得手不得手があるし、使いづらいとか自分には合わないと思ったらすぐ言えよ。別の出してやるから」
「へ? この中身呪具なんですか?」
「そーそー。高専の呪具庫ってなんでか近接武器しかねーじゃん? うちにあったやつ持ってきたからやるよ」
これでも先輩としてお前らを可愛がってるつもりなんだぜ。その後輩に死なれちゃあ後味が悪いからさ、とゆー言葉には後輩愛が含まれてる気がして、七海は唇を引き結んだ。ちょっと照れ臭かった。
「首輪……?」
早速箱を開けた灰原が首を傾げた。中身は楕円形の輪だ――つい七海の視線も厳しくなる。
「ちげーよ、後輩に首輪贈るとか事案だろ。冤罪! あのね、ルナちゃんはフリスビー得意だっつってたからコレにしたんでちゅよ。――緊箍児をイメージして作られた呪具だし、いちおー額飾りってことになるはず。相手に投げつけて使うからムーンテ◯アラアクションみてーに自動で手元に戻ってこないけど、捕まえた相手の動きを封じれるから使い勝手悪くはねーだろ」
「うす! ありがとうございます!」
「何故ムーンティアラア◯ション……」
で、次。ギターケース。
「こん中に入ってんのはライフル。ガンアクション好きのお前なら使い方も整備の仕方もすぐ覚えるだろ」
「ライフル……本物ですか」
「本物です」
免許を持ってる人が後で整備を教えてくれるとゆーアフターフォロー付きのプレゼント。七海は「そんなに頂けません」と悲鳴を上げた。
「あんな、お前らが死んだら、お前らに回るはずだった任務が俺に来る。お前らが生きてたら、俺に時間の余裕が出来るし後輩が生きててハッピー、分かる?」
「それは、分かりますが――」
悟は某忍者漫画の抜け忍みたく七海の額を小突いた。
「お前らこういうの手に入れるツテねーだろ。先輩の好意は受け取っとけ」
「うわぁ、マーズ先輩マジ神! ね、七海受け取っておきなよ。僕たちが元気で任務を果たすことがお返しになるんだ」
申し訳なさとか金額はどれだけ掛かったのかとか銃の所持許可ってどうやって取れば良いのかとか色々思いつつ、七海はライフルの入ったギターケースを受け取った。
「マーズ先輩マジ神! ありがとうございまーす! これからゴッドマーズ先輩って呼びます! ね、七海も!」
「……ゴッドマーズさん、有難うございます」
「いやそれ別の版権。……いや、待て、俺はゴッドマーズだった?」
ゴッドマーズは鉄壁の防御力(無下限)と回復力(反転術式)を持ち、光の速さで歩けるし(『蒼』)、必殺技でだいたい敵は死ぬ(『茈』)。五条悟はゴッドマーズだったのだ。間違いない。
――関西に世直しマンが生まれたように、関東にはゴッドマーズが生まれた。日本はどこに向かっていくんだろう。
お久しぶりでがんす。
追記
どん◯衛とまるちゃんをごっちゃにしてました。指摘有難うございます! 直しました!