黄昏より昏き以下略を貴様に唱えさせてやろう   作:充椎十四

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その3(われらがすばらしきとき)

 本来、リタの世界の「魔術」とゆーやつは、『混沌の言語』で呪文を唱えることになっている。この『混沌の言語』は一言でゆーと「魔王や魔族に通じる特別な言葉」だ。この言葉で「へいへいお兄さん」「私に◯◯ってゆー力を貸しちくり!」ってゆーのが黒魔術の呪文で、赤眼の魔王シャブラニグドゥの力を借りるつよつよ黒魔術『竜破斬』もとーぜんながらその形式をとっている。

 ま、お願いする立場のくせに「あんたの使ってる言葉難しくてしゃべれないから、あんたがこっちの話してる言葉を理解してね。そんでもって力を貸してちょーだい」なんてのは普通に考えてありえないわな。だから魔道師は『混沌の言語』を学び、魔族の言葉で呪文を唱える。

 

 ところがどっこい、この世界の魔王リタ・ギニョレスクは二十一世紀の日本から死んで異世界トリップした女の子……女の子(?)である。魔道師の一人として『混沌の言語』はペラペラのペラリン子なのだが、思考回路の根本にある言語は現代人の日本語だ。

 それがどーゆーことを引き起こしたかと言えば、他の精神魔術やら精霊魔術やらはともかくとして、地球においてだけだけど――赤眼の魔王系統の魔術は呪文詠唱の言語が日本語になってしまったのだ。

 

 下校中に小学生の詠唱を聞かされている禪院甚爾くん(16)は泣きながら師匠にすがった。混沌の言語で唱えても発動しないのはもうしゃーない、諦めた。だからせめて詠唱破棄できるようにはできないのか、詠唱破棄させてくださいお願いします。

 でも強大な魔術を奮うにはきちんとした手順が必要で、赤眼の魔王から力を借りる魔術は世界の創造主たる『混沌の海にたゆたいし王』から力を借りる魔術の次に強大だ。詠唱破棄なんてどだい無理な話。優しい師匠は優しく「無理ね」と微笑んだ。

 この世の中ってままならないことばかりなのよね。

 

 甚爾は身体能力の怪物だけど頭もまあまあ良かったので、京都市内にある私立男子高の普通科に通っている。特進科の生徒が京大東大阪大神大にバンバン入学してるよーな凄いところなのに、勉強だけじゃなくて体育祭や文化祭とかのイベントの盛り上がりも凄い。この数週間は体育祭の準備で学校全体が熱く、甚爾も釣られてアチチと燃えている。

 体育祭のお陰でクラスメイトの頭からラノベやアニメの話題がすっぽ抜けていること、準備で遅くまで学校に残るから小中学生の下校と被らないことも甚爾を喜ばせていた。そこかしこから聞こえる呪文のおかげで気が滅入ってたのだ。

 

 夜は九時近くに帰宅した甚爾は、今日学校で配られたプリント――体育祭の案内を適当に丸めてゴミ箱に放り込んだ。

 

 禪院の親にそれを渡すなんてことは絶対にありえないから除外するとしても、同居する師匠たちにまでプリントを渡さないのは何故か。

 

 小学生や中学生だった時、授業参観などで保護者として学校へ来てくれたのはゼロスだ。プリントを見せれば「いいともー!」と見に来てくれるだろう。

 晴れ姿を見てほしいとゆー気持ちがないわけじゃない。だけどゼロスはあまりにも小説の挿し絵の『獣神官ゼロス』と似すぎてる。いや本人なんだけどさ。

 中学の時、授業参観日の休み時間にクラスメイトが「お前の兄ちゃんゼロスに似てんね」と声をかけてきて、甚爾は返答に困った。そうだろ似てるだろと頷けば良いのか、似てるのは顔だけだと否定すりゃ良いのか。そうですゼロス本人ですなんて言えるわけない。

 

 体育祭には一年と二年の全員が参加する。ひとクラスで完結する授業参観とは参加人数の規模が違うのだ。普通科よりも特進科の方が『かなり濃ゆい』とゆー噂だし……特進科のやばい連中が「ゼロス激似なお前のお兄様紹介しろください!」と突撃してきてみろ、甚爾は迷わず学校から逃げる。

 

 「来るなよ、絶対来るなよ! ダチョウ倶◯部のネタじゃないからな!?」「校舎前のグラウンドで体育祭するわけでもないから学校に来ても無駄だからな! いいか!?」と念を押しまくって迎えた体育祭、高校の飛び地ならぬ飛びグラウンドを囲むように作られた各クラスの看板は――実は動く。裏側に機構などつけて、赤白の応援合戦の時に動かしたりなんだりとゆーゼンマイ仕掛けを仕込むのだ。

 その看板のひとつに栗色の髪の女の子が描かれたものがあり、甚爾はそれを見て「うへあ」と顔をしかめた。

 

 応援合戦の時にラグナ・ブレードだろう黒色の剣が上から下へ振り下ろされ、甚爾の目は死んだ。特進科の看板だった。

 

 身体能力に関して他の追随を許さない甚爾は綱引きやら短距離走で一位をかっさらった。クラス全員が往路復路の二組に分かれたムカデ競走は甚爾一人の力ではどうにもならず三位。時々特進科の生徒が趣味で動かしているらしいラグナ・ブレードの看板が視界に映る度に目と胃が死ぬことを除けば、楽しい体育祭だった。

 

 いま、甚爾の青春は輝いていた。あのまま禪院家で燻っていたら絶対にできなかっただろう経験を積んで、人と関わって、くだらないことで笑って、悩んで。休み時間に前の席のやつと将棋を指してたら両隣から次はどこに指せあそこが良いお前それは悪手だろーがと口を出されたりして。

 きっと、御三家に生まれた誰よりもキラキラした青春を送っている。

 

「おい、禪院甚爾」

「……ふが?」

 

 体育祭翌週の月曜日、肉屋で買ったコロッケを食べながら山への道を歩いていた甚爾の前に現れたのは、二ヶ月くらい前に見かけた五条家のガキもとい麒麟ボーイ。甚爾より十歳くらい下だから六つかそこら、次の春から小学生だろう――普通なら。

 甚爾もそーだが、御三家のお偉いさんの子は小学校に行かない。なんてったってぽっくんは歩く身代金だし、『とってもとーとい』血統だし、わざわざ学校に通わなくっても教師が家に来るお宅。きっと幼稚園にも行ってない。アニメなんて存在すら知らないだろーし家にあるゲームはボードゲームだけでテレビゲームなんてもってのほか……そんな生活を送るなんてゴメンだ。息苦しいったらない。

 

 小学生だった時分には分からなかったことも、高校生になれば見えてくる。今は没交渉な禪院家の連中がかつて甚爾に対してとっていた態度は『児童虐待』とゆー犯罪で、師匠が「あたしは師匠だからね」なんて言って甚爾にゲームを買ったり一緒に宿題したり飯作ったりしてたのは全然「当たり前」のことじゃないのだ。内弟子だからってゆっても甚爾たった一人に金と時間と手間をかけすぎだ。でもご覧ください、そのおかげでこんな健全に育ちました。

 禪院の術式と呪力を持って生まれなくて良かったと甚爾は思っている。持って生まれてたら、きっとこの五条の麒麟児みたいに冷めた目をして、世の中に対して斜に構えて、つまらない人生を送ってただろう。

 

 改めて考えればこの子供はやっぱりラノベやアニメのライバルキャラだ、主人公ってキャラじゃあない。お育ちがよろしくクールな性格で、初登場時は周囲を見下してるのだ。型破りな主人公に振り回されて酷い目に遭わされるうちに性格が丸くなっていくんだろう。

 

 手の中のコロッケを食べきって、甚爾は五条の麒麟児に向き直った。

 

「なんか用か」

「用があるから呼び止めたんだろ」

 

 初登場時に視聴者や読者の反感を買うことでキャラを立てるやつだ、分かりやすい。季節設定が秋から始まる第一話……なるほど秋アニメ。

 

「へーへー。で、ごじょーけの跡継ぎでいらっしゃるおぼっちゃまくんが禪院のミソッカスに何のご用ですかねぇ」

「貴様、若様に対して態度が過ぎるぞ!」

 

 甚爾の態度に激昂したのは五条の麒麟児ではなくお付きの男だった。あと数年もすれば二十一世紀になるってなご時世に「若様」なんてまあ……笑って良いのか? 馬鹿馬鹿しいこったと甚爾は内心ため息をついた。

 五条の麒麟児は輝くような青い瞳で甚爾を見上げ、命じるのに慣れた偉そーな声で言った。

 

「お前、『山』への立ち入りを許されてるらしいな。どうやったらおれも『山』に入るのを許されるんだ? 教えろ」

 

 魔王リタ・ギニョレスクはむかし呪術師から「あいつは魔物に違いない」だの「鬼の生き残りじゃーないか」だのなんだのと色々言われていたらしい。呪霊の親玉めなんて言って徒党を組んだ呪術師が『山』まで討伐に来たこともあるとか。「我が家の回りに集ってわーわーうるさいし邪魔だったから全員経ヶ岬まで吹き飛ばしてやった」とは魔王本人の言だ。

 そんなことが続いたからか、三百年くらい前、当時の呪術師らによって『山』は禁域に指定され、御三家の当主ら以外の人が入れなくなった。御三家の当主たちはその時だけ協力し合って『山』に結界を張って……許可のない者の出入りを禁じ、魔王を『山』に閉じ込めた。半月ごとにご飯とかを差し入れるから出てくるなよ、とゆー約束――縛りも結んだ。

 結んだはずなのに魔王は平気の平佐で山を出入りしてるとゆー。魔王に縛りなど効かんのだよ。

 

 はじめは身内の若いバカが暴走しないようにアーンド魔王を閉じ込めておいて安心したいとゆー理由で結界を張ったわけだけど、三百年も経てば色々変わる。

 いつからか『山』は神格化されるわ、魔王に会えるのは当主の特権とゆーことになるわ……これだから口伝は信用ならんのだ。

 

 魔王はただ『山』に住んでるだけだから、会うのに資格なんてものはいらない。むかし甚爾が肉をたかりに『山』を登ったときだって魔王は全然怒らなかった。

 五条の麒麟児はたしかにいけすかないクソガキだけど、甚爾がここで入山を「無理だ」「諦めろ」と断ってしまうのは――違うんじゃなかろーか。お付きの男は口パクで「ことわれ」と繰り返してるけど。

 

「んー……」

 

 甚爾は頭を掻いた。五条の麒麟児が『山』に入りたがってるなら好きにすりゃ良いとゆーか、自分にゃ関係ないところで勝手にやってほしい。でも五条の麒麟児は甚爾を頼ってきたのだ。頼られたら、応えてやりたいと思う。

 でもどーやって『山』に連れて行けば良いのやら分からない。だって甚爾が『山』に入れたのは呪力が全くないからで、当主や当主が認めた同行者が『山』に出入りできるのは割印があるからだ。割印を持たない呪力持ちが『山』に入る方法なんて知ってるわけがない。

 

「お前が『山』に入れるかどうか分からねえけど……ついてくるか?」

「行く」

「わかった……ちょっと待ってろよ、今からウチに連絡すっから」

 

 通りの店の前にある公衆電話で『山』に電話をかける。――禁域に電話線を引いたことがバレたら御三家の爺連中は泡を吹いて倒れるかもしれない。実はつい先日インターネットケーブルも引いた。甚爾がDIYしたのだ。

 電話口の向こう、魔王は「あんた家に呼ぶよーな友達いたの?」とかなり失礼なことを抜かした。愛弟子に対して酷い言い様だ。

 

「今日は月曜だぞ。それにもうこんな時間だ、友達呼んだりするわけねーだろ。五条のガキにお前んち連れてけって道で絡まれたんだよ!」

『あらま』

 

 甚爾の心配をよそに、五条の麒麟児は何に遮られることなく『山』に入った。お付きの男が『山』に入って良いものかと結界の前であわあわやってるのを放っといて緩やかな階段を上れば、玄関前に仁王立ちのゼロス、武装はエプロン。

 

「おやまあ、なんて美味しそうな方なんでしょう! 良い具合に熟成されていて……今日はご馳走ですね」

「おれは食肉じゃないぞ!」

 

 甚爾は、とっさにか甚爾の服の裾を掴んだ五条の麒麟児――悟の頭をわしわしと撫でる。

 

「心配すんな、こいつは人間なんて食わねーから。お前にまとわりついてる負の感情を食うんだよ」

 

 甚爾の周囲は平和だ。負の感情を食べる魔王たちが側にいるおかげで呪霊による被害の話は一つもないし、甚爾の行動範囲内では心霊現象すら起きない。

 きっと五条悟の周囲は不穏だ。嫉妬やら苦痛やら……溢れ返るような負の感情を含んだ空気を吸って生きているに違いない。

 

「これだけ負の感情が体表で熟成された子を見るのはほんとーに久しぶりですよ。ざっと千年ぶりでしょうか? いやー懐かしいですねぇ」

 

 満面の笑みのゼロスの案内で客間に通され、紙パックのオレンジジュースとコップ二つ乗せたお盆を渡された。自分で注げとゆーことか。

 

「リタ様、リタ様ー。もう表に出ていらっしゃっても構いませんよ、美味しそうな子でしたー」

「やっぱりあいつは人間を食うんだな」

「食わねーよ!」

 

 廊下から響くゼロスの声を聞いて覚悟を決めた顔の五条悟が立ち上がろうとするのを、どうどうと宥めて座らせる。

 それにたとえゼロスが人間を食う生き物だとしても――人間は、呪術師は魔族に勝てない。だって魔族に効くのは精神魔術だけなのだ。除霊のための能力である呪術師の「術式」で攻撃したところで……悲しいことに、全く効果はないんである。立ち向かうだけ無駄とゆーのが現実だ。真・大魔王バーンはナイフでも傷つけられるのに、こちらにおわす魔族と魔王は文字通り次元が違う生き物なので傷一つ付けられない。そんなズルが許されて良いのか、こいつらには人の心がないのか!? 魔族だけど。

 

 最近見返しているトップを狙うOVAに影響されたのか床下からガイナ立ちで現れた魔王は、ちゅるんと美味しそーに、甚爾たちには見えない負の感情をご賞味あそばした。

 

「うーむ……うまいっ! うまい、うまい、うまいうまいうまいっ! 牛鍋弁当よりうまい!」

「良かったですね、最上級の味ということですよ」

 

 褒められて悪い気はしないらしく五条悟は自慢そうに「そーだろ!」と頷いた。

 だけど、魔王が食ってるのは「五条悟に向けられた負の感情の醸成物」なのだ。濃くて強い念であればあるほど美味しいのだ。つまりそれは、周囲の面々が五条悟に向けている負の感情が強いことを、何十人も何百人もが五条悟を妬んでいたり呪っていたりすることを意味している。

 

 甚爾は自分の横に座る子供の丸くて小さい頭を見下ろして、以前この子供に掛けたのと同じ言葉を繰り返した。

 

「強く生きろよ……」

 

 甚爾は既に呪術界という戦線を離脱したけれど、悟はこれから戦争に飲み込まれていく。

 S君(6)の戦争は――まだ、始まったばかりだ。




~お礼~
誤字脱字報告助かります。ありがとうございます!

あと感想で頂いた疑問はそのうちに。

ちなみに高校のモデルは◯南。
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