甚爾が高一の秋に『山』を出入りするようになった悟は、師匠の影響を一年半も受ければ「いけすかないクソガキ」から「そこらにいるクソガキ」に進化した。つまりそれがどーゆーことかと言えば、呪力や術式を持っているか否かで人を判断する視野の狭いクズから、真面目に勉強をしている甚爾の横に寝転がって週刊チャン◯オンを読む悪タレになったとゆーことだ。
五条家の連中から「貴様のせいで若様が狂った!」とか「貴様とは比べ物にならぬほど尊い天の使いたる悟様を下層に引きずり込もうとする悪魔め、死ね!」とか言われて殺されかけたことは一度や二度ではない――時代錯誤な若様呼びだけでもお腹いっぱいなのに「尊い天の使い」って、あいつら目が腐ってんじゃなかろーか。
外では態度を取り繕えと怒っても悟は「やだぷー」とか抜かすし、悟をクソガキにした張本人は「年相応でいーじゃない、背伸びして可愛いわね」とか言って悟に注意しよーともしない。
まあ、糞みたいな実家で「大人しく静かに物分かりが良い素直な子」なんてやってられないのは分かるから、甚爾もあんまり強く悟を怒れないんだけども。
春休みに遊び惚けていたらすぐバレる年度始めの実力考査のため三日前から真面目にちゃぶ台に向かってたけど……そろそろ勉強するのも飽きてきた。横でチャンピ◯ン読みながらゲラゲラ笑ってるガキがいるんだもん、仕方ない。
甚爾は教科書を放り出して悟の手元を覗き込んだ。紙面は坊主頭のクソガキとツインテールのクソガキと鼻水垂らしたデブのクソガキたちが暴れまわる漫画――浦鉄だ。
「さとる、お前さぁ……流石にコ□コ□は置いてないけどウチにはジャン◯やサンデ◯もあるだろ? なんでわざわざチャ◯ピオン。それも浦鉄」
「えー、ジ◯ンプはスラダン終わったから読む気おきねーし、サ◯デーはパクり載せてるからヤだね」
「はぁ? そんなこたあないだろ。何が何のパクりなんだ」
「うる◯やつら、可愛い魔女ジニ◯のパクり。まあジ◯ンプの過去作品でもキャッツ◯アイがチャーリ◯ズエンジェルのパクりだけどね」
「それはオマージュとかインスパイアとかってやつだろ。……お前いつの間に洋モノドラマにかぶれた?」
「リタの棚にあった」
師匠の趣味の部屋は凄い。年中湿度や室温が一定になるよーに空調が効いていて、日焼けを防ぐため部屋に窓はなく、明かりは豆電球まで。ものすごい本数のビデオやレコードが揃い、古い月刊誌からラノベに漫画も並んでる。
なんとも偏執的、こーゆーのをキチガイとゆーのだ。
ちなみに専門書やら古書やらが並ぶ部屋もあるけどそっちは子供二人から不評だ。江戸時代の洒落本とかも棚にあるんだけど、そーゆーのに興味ない子にとってはただの古い本だもんで。
「まだマキ◯オー連載中だろ。ラッキ◯マンとかマサルさんとかもあるし」
「絵がリアルじゃないからやだ」
「あー……」
好みの問題はどうにもできぬ。
そんなこんなで迎えた高校の最終学年。二年の時は白紙で出してた進路希望調査のプリントに、甚爾は「就職」と二文字書きなぐった。なんてったってフィジカルジーニアス、どっか企業所属の選手とか収入も良いんでは? そろそろ部活でも本気出そうかななーんて考えてたんだが、担任に「お前の頭なら国立を狙える。もったいないことをするな。馬鹿な真似はよせ」と止められ親に電話され――実家、禪院家に呼び出された。
そこで浴びせられたのは五割罵声、三割恨み節、二割嘲笑ってな酷い対応。当主は別件で不在だってんで叔父やら従兄やらが甚爾を囲んで騒ぐのなんの。甚爾はしおらしい顔を作ってウンウン頷くふりをしながら、内心べろべろばーと舌を出した。
「『山』のお方が貴様を愛でているから禪院の名を名乗るのを許しているだけで……」
とか、
「どうして『山』のお方は無能の貴様などを」
とか、まあ話がだらだら長い。二時間半か三時間か……もしかするとそれ以上の長さの叱責の結論は「一般企業に就職など許さん。お前は呪術界で雑用してろ」とゆーものだった。
何が悲しくて実家と関わって生きていかねばならんのだ。やだやだ家出しよ……あ、もう家出してたわ。じゃあ縁切ろ。
縁切りの方法って何があるかね。うざい親戚を一人か二人くらいちょちょいのちょいとラ・ティルトして病院送り(脳死)にすれば簡単に縁を切れるだろーが、そーすると呪詛師として追われることになるかもしれない。それは困る。
どーしたもんかなと転がりぼんやりフォ◯チュン・クエストをぱらぱらめくっていたら庭から悟が部屋を覗き、サンダルを脱ぎ捨てて掃き出しの窓から入ってくる。サンダルはどこか遠くに飛んでいった。
「暇人かよ、修行しろよな」
「俺はもう師匠から免許皆伝貰ってるんでぇ、修行中の悟くんとは違うんでぇ」
「うざっ」
子供の容赦ない蹴りが甚爾の腹に炸裂した――けど身体能力オバケの甚爾の腹筋は鋼のように硬く、痛ぇと泣いたのは悟の方だった。
「いてーだろ、力抜けよ!」
「力抜いたら俺がいてーだろーが。あのね、俺は暇じゃないの、どっか行きなさいシッシッ」
「はぁ!? 寝転がって小説読んでるだけじゃん! 暇なんだろ、ゲームしようぜ」
スーファミは今や悟の所有物と化した。でもいいのだ、甚爾にはプ◯ステがある。
「あんね、お兄様は今将来について真剣に悩んでんの。いつまでも師匠の脛かじってるわけにもいかねえし、高校出たら独立して就職するつもりなんだわ。楽して稼げて周りにウザいのがいない仕事はないもんか、スポーツ選手は稼げそうだよなとか真面目に考えてるわけ」
「え、就職……? だ、駄目だ駄目だ駄目だ! 甚爾が会社で虐められて自殺して呪霊になったらお前を祓えるのなんておれだけだぞ!?」
過労死に関する法律が整備されはじめるのは二十一世紀になってからだけど、それ以前から仕事内容や職場環境を苦にした自殺やらなんやらの話はたくさんあった。
例を挙げるなら……元財閥の住◯とゆー会社があるんだが、そこの悪評たるや――「定年退職した直後に(過労で)死ぬ」なんて言われてたのだ。労働者をどう搾れば定年後に上手いこと殺せるのかぜひとも聞いてみたいものだ。もし事実なら飴と鞭の使い分けが凄く上手いに違いない。
噂がただの噂でしかないことを祈ろう。
もちろん甚爾はそーゆーやばげな会社に勤めるつもりなんて全くない。チームプレーが必要なくて、人間関係が狭くても良くて、年に何回か試合に出れば莫大な賞金が手に入るよーなスポーツをしたいと考えている。
悟の言う「会社で上司や同僚にいびられて死んで呪霊になりました」なんてのは絶対ごめんだ。甚爾はゾロリみたく真面目に不真面目がモットー、でも同じ怪傑ならゾロリよりズバットの方が好き。
労働環境の黒い噂はもちろん、昭和の時代、企業にはブラック規則がたくさんあった。判例の有名どころだと証券会社の野◯やら自動車の日◯やら、さっき名前をあげた◯友、球団も抱えてたダイエ◯……大企業がそんな状態ならいわんや中小企業をや。
判例つまり裁判所が出した結論が残ってる事件とゆーのは、弁護士を交えた話し合いで決着がつかなかったから裁判になったわけで。訴えた側にも訴えられた側にも弁護士費用やらなんやらかんやら金が要るから、泣き寝入りした被害者だってたくさんいただろーね。
二十一世紀において労働基準法は厳格に定められてて、一日の基本労働時間は八時間が上限、従わなければ行政指導やら処分やら。そして形だけでもとりあえず男女同権、お茶汲み嬢ってなんですのそれ。
ところがぎっちょん、『今』はまだ二十世紀、1997年の春。世界に悪名高いKAROUSHI真っ盛りだし、女性は結婚退職するのがまだ一般的。他にも79年にとある精神科医が出版した本のせーで「子供の登校拒否は親に責任がある」なんて思われてたし、地元でぶいぶい言わせてた新隊員は基地の隊舎屋上でタイマン張って班長にどつかれてた。でもしかセンセーは聖職で、体罰の何が悪いんですってな、そーゆー時代。
師匠に引き取られ、頭の良い同級生に囲まれて育った甚爾から見た『ニッポンのジョーシキ』は糞だった。でも呪術界のジョーシキはもっと糞。前者が下痢してる時の屁なら後者は猪鍋食った後の屁、猪鍋の屁の臭さたるや……嗅がされた方は床で悶絶するのだ。全く恐ろしいほどの悪臭だった。経験者は語る。
先に言った通り、いちお世間では男女同権、男女雇用機会均等法は86年に施行。女性は一個人として尊重されるべきとされている。実態が伴ってるかは知らんけど。
ところが呪術界は男女不平等が大前提で、呪力の強弱や術式のあるなしで人間の価値が決まる。木の股から生まれたのか貴様は、って聞きたくなるよな男尊女卑が横行しているだけでもヤバいのに、家業に役立つ才能がない者は人に非ずと養育を放棄ときた。世間にバレたら非難轟々どころの騒ぎじゃない。
そんなだから呪術界で働くなんて絶対に嫌だ。無菌状態の寒天に汚い手を押し付けたら寒天が汚染されてしまうよーに、呪術界に籍を置いたりしたら……清く正しく美しい純白の甚爾くんは汚い呪術界に穢されてしまう。寒天培地を扱うように、
「そうだ! 甚爾、おれのお付きか相談役になれよ!」
「はあ?」
悟は精神破壊魔術をバンバン使ってくる危ない特級呪霊・TOUJI・ZENNINを想像したらしい。もしそんなヤバいのが野に放たれたら日本どころか世界は終わりだ。どーにか甚爾の就職を止められないか考えたんだろう……悟はそんなことを言い出した。
「おれの相談役なら楽に稼げるし周りにウザいのがいない職だろ。甚爾の仕事はおれとゲームすることな。決まり!」
「何言ってんの、お前の周囲にゃウザいのしかいねーだろ」
よその家を悪く言いたくはないが、五条家の若様こと悟様のお付きやら世話役やらとゆー皆さんはどいつもこいつも呪術界の悪いところをじっくりコトコト煮込んだ鍋底に溜まったヘドロのよーなやつらだ。
禪院本家にもヘドロで溢れてるからきっと加茂も似たよーなもんだろう。ヘドロ御三家がトップをしてる呪術界で就労なんて絶対に嫌だ。甚爾は表の世界でスポーツして楽して稼いで女子アナか女優と結婚するのだ。
甚爾が弟子入りしたとき、師匠は「魔道師ってゆーのは職業じゃあなくて資格の一つ。だからあんたがなりたいと思う職業を見つけたら、それを仕事にすればいーの」と言った。
資格を生かした仕事に就いてもいいし全く別の仕事をしてもいい。才能がありそうだから弟子にしただけで、魔道師として生きていけと強いるつもりはない。
――そんな師匠と十年近く暮らしていたせーか、甚爾は気楽に考えていた。遠くに逃げてしまえばこっちのもんだと思っていたのだ。
「なんでぇ」「ゲームぅ」とギャン泣きする悟は蹴っ飛ばし、師匠とゼロスにはお世話になりましたと頭を下げて、甚爾は東京で企業所属の陸上選手になった。……その直後だ。社長や幹部らが変死した。呪霊の仕業なのは明らかだった。移籍した先の会社も会長と社長が血痕だけ残して失踪。呪霊に喰われたんだろう。
偶然なんかじゃない。誰かが……禪院が、甚爾が表の世界で活躍しようとするのを邪魔している。
移籍すればそこでまた同じことが起きるだろう。でもそれを誰に相談すれば良い? 師匠か? さんざん世話になって、独立するのを盛大に祝われ「あんたの夢を応援してるわよ」と背中を叩かれた。独立してからまだ数ヵ月しか経ってないのだ、師匠に泣きつくなんて出来ない。
高校の恩師や同級生は……駄目だ。頼ったら迷惑がかかる。
報復も考えた。でも禪院に手を出したら甚爾は呪詛師として追われることになるだろう。呪詛師になってしまったら……どんな顔をして『山』に帰れる?
アパートに引きこもって悩んでたら根が生えてしまうからと公園まで来たはいいけど、日は眩しいし雲は白いし鳥はうるさい。ベンチに寝転がってぼんやり過ごしていた甚爾の顔色は見るからに悪かったんだろう、どっかの会社の制服を着た女が、弁当の巾着片手に甚爾へ声をかけてきた。
「あの、大丈夫ですか? 救急車呼びましょうか」
いかにも親切そうな、人の良さそうな顔をした女の胸元には、伏黒と書かれた名札があった。
兄が猪鍋食ってきた翌日にこいた屁の臭さたるや、ここが地獄かと思いました。
・「とゆー」とか「そーゆー」とかを「と言う」「そう言う」では、と誤字修正報告してくれた方へ。
一話分全部やるの大変だったでしょう……。でも申し訳ない、これワザとなんです。スレイヤーズの原作小説っぽさを出したくてワザとこんな書き方をしております。ご理解頂けると嬉しいです。