・今話には堕胎に関するたいへんセンシティブな表現が含まれます。
・障がいを持ってうまれることについて差別を助長する意図はありません。また、その家族や本人を差別する意図もありません。
・産む、産まないというそれぞれの人の決心を軽視する意図はありません。
以上ご確認、ご了承の上お読みください。
伏黒女史と甚爾の男女交際が始まったのは、伏黒女史の熱くしつこ~いアタックがあったからだった。
週に何度かパトロールなんてして抱きつき魔被害を無くそーーと頑張ってた甚爾は、運良くとゆーか運悪くとゆーか……抱きつき魔の被害現場にかち合った。それもその被害者が伏黒女史とゆーオマケ付き。不審者から颯爽と伏黒女史を助けて、迷わずPHSでお巡りさんを呼んで、警察署で調書をとられる時も堂々とした態度で、そして顔がいい――伏黒女史は恋におちた。甚爾さんは確かに無職かもしれないけど、それがなんだとゆーのだ。強くてカッコいいから良いじゃないか。
助けていただいたお礼に肉じゃが作ってきました。たくさん作ってしまって、私一人じゃ食べきれないんですけど、このビーフシチュー……貰っていただけませんか。最近唐揚げ作るのにハマってて、云々。押せ、押しまくれ、倍プッシュだ! なんて言わんばかりのアピールに甚爾は白旗をあげた。なんでってそりゃ、伏黒女史には裏がない。好きです貴方に恋してると目が語ってて、甚爾はその目にやられ……なんと伏黒女史のアタックが始まってからたった一ヶ月で陥落した。
……なにせ男子高出身の恋愛初心者だもんで、好きですって言われたらドキンとしちゃうのだ。こんな顔してウブでござる。
でもお付き合いするって言っても甚爾には呪いが飛んできてるわけで。甚爾と深く関わったら伏黒女史は呪い殺されてしまうかもしれない。ちなみに付き合いの濃さ長さで言えばマリリンとは二年の付き合いになるけど、彼女は呪いに手を出されてない。どーして彼女が無事かって理由は簡単、マリリンが水商売をしてるから。
血統やらお育ちのよさ()やらを誇ってる禪院家の皆様にとって
だけどその「例外」は伏黒女史に適用されない。
甚爾はここに至って、よーやっと重い腰をあげた。こんな自分を好いてくれる女を守りてえならプライドなんて捨てて、使えるものは全部使わなければ。
甚爾は『山』に電話をかけた。あの、師匠、話したいこととお願いしたいことがあって、はい、あの、すんません。連絡しなかったのはホラ無い便りは良い便りってやつで……はい。すんません。お土産にヨックモ◯クとひ◯こ饅頭と鳩◯ブレー? でもひよこって福岡土産じゃ……あっはい。畏まりました。買って帰ります。はい。
東京でも手に入るから買って帰ってこいと言いつけられたひよこ、シガール、鎌倉土産の鳩サ◯レーを抱え、三年近く離れていた京都へ帰省することになった。
「ってことで、明後日から一週間くらい東京を離れる予定っす」
「はいはーい。あたしも来週病院に行く予定でさぁ、明日から断酒のつもりだったしちょうどいいわ」
マリリンはそろそろ妊娠五ヶ月で、いまのところ検診は月一回。前回の検診で医者から「女の子だと思うよ。まだよく分かんないけど」と言われたそーで、「女の子だって! 女の子!」と大喜びで甚爾の背中をバンバン叩いてくれた。
伏黒女史にも里帰りのことを伝えて二日後、東京からのぞみに乗り込み京都駅。改札口前まで迎えにきた悟の突撃を難なく受け止めて私鉄で最寄り駅まで行き、『山』に入る。
『山』に一歩踏み入った瞬間、甚爾の全身に溜まっていた疲労と言う疲労が飛んでった感覚があった。なんか肩が軽い気がする――きっと気のせいじゃない。
『山』を登って、ざっと三年ぶりの家の居間でこれまで何をしてたのか全部ゲロって、呪いをどうにかしたいんだと師匠に頭を下げた。
「やっと頼ったわね」
え、と甚爾は顔をあげた。師匠が苦笑していた。
「独立したら頼っちゃいけない、なんてことないのよ。むしろ人を頼ることに慣れてかないと」
甚爾は大人になることを「一人で立てるようになること」だと思い込んで、自分の中だけで悩みをグルグルかき混ぜていた。頼るなんてみっともないし格好悪いから出来ないなんて頑なになってた。
だけど万能の天才なんて漫画の中にしか存在しない。誰にだって得意不得意がある。……高校のとき音楽の期末テストで四点を叩き出した天才なんてのもいた。
「自分には逆立ちしたって出来ないこと」についてウンウン悩んだって時間の無駄だ。出来るやつに頼ればいい。たとえば法律で悩みがあるなら法律家に相談するものだし、頭痛やらなんやらがあるなら病院に行くものだ。なんでもかんでも自分一人でできるようになんてムリムリ、いくら時間があっても足りない。それぞれの専門家にお任せした方がいい。
自分に出来ないことを人に頼むのは恥じゃなくて、普通で当然なことだ。目から鱗が剥げた気分だ。
「ぷぷー、なんでも一人で出来るって思い込んでたとか甚爾ダセーの」
「うっせぇわ。黙ってひよこ食ってろ」
「ひよこばっか四つも食ったら飽きたぁ。なあ、鳩サブ◯ー開けていい?」
「師匠に聞きなさい」
許しを貰った悟が歓声をあげて紙袋に突進する。黄色い缶を持ち上げて「でけー。これ何枚入り?」と上下をひっくり返し、「四十八枚入ってんのか。二週間は保つな」と頷いた。全部悟一人で食べる計算だ……食欲魔神ならぬ食欲魔王の存在を忘れてるんじゃなかろーか。
で。呪いをなんとか出来ないかとゆー相談について。師匠は「実はね」と声のトーンを落とす。
「術式を持たない子が呪霊や呪いをぶん殴る時には普通は呪物を使うもんなんだけど、うちにそんなものないわ」
「ああ、そうだろうな……」
師匠やゼロスは呪霊の捕食者だ。呪霊と同じフィールドでどったんばったんやって切った張ったの世界を作り上げている術師とは違うから、わざわざ呪霊を倒す道具やらなんやらを用意する必要がない。
分かってたけどやっぱりショックだ。甚爾は肩を落とし溜め息を吐きかけて――
「とゆーことで、作ってみました」
「え? 作った?」
お膳の上にぽんと置かれたのは二つ。一つはワニ革っぽい革製の一双の指貫グローブで、拳頭部分に赤い石が二つずつ並んでいる。もう一つは側面に赤いラインが走るトンファー。
「ほら、あたしって七分の一とはいえシャブラニグドゥを吸収した女じゃない? あたしが成功してからもう千年経ってるし、シャブラニグドゥ膾切り封印事件から八千年になるし、ホントならあたしみたいにシャブ吸いに成功する魔道師が現れてもいーはず。なのに現れない! 気配すらないのよ!」
「シャブ吸いって表現やめません? 我々としては成功されるのは困るので、第二第三のリタ様が現れなくて万々歳ですけどね」
ゼロスの言葉なんてまるで無視して師匠は肩を竦める。
「なんでだろーな、あたしでも出来たのになーってずーっとずーっと考えてた……この千年くらい。そして出会った言葉がこれ……『逆に考えるんだジョジョ』。つまり、シャブ吸いは『あたしでも出来た』じゃなくて『あたしにしかできなかった』んじゃないかってね」
師匠は人差し指をピンと立て、真剣な顔で――言った。
「それで色々と試してみたわけ。そしたらやっぱ、あたしってば何かを食べるとか取り込むとか、そーゆー
思考回路も魔術の才も食欲に偏ってるとはなんとも……ブレない人柄ですねとゆーべきか、食欲に支配されてるのは思考回路だけじゃなかったのねとゆーべきか。
そんでこのグローブはどーゆー道具なのって話に戻る。なんとこのグローブ、負の感情を食うんである――グローブに付いてる石は呪霊の体を構成する負の感情を吸収するとかで、とりあえず「殴ればいい」らしい。トンファーは赤いライン部分がグローブの石と同じものだそうで、それで殴り付ける以外に、防御で使っても負の感情を削り取れる。
「へえ、じゃあこれは
「んーん、これ低級魔族」
「ん……?」
甚爾は自分の聴力を疑ったけど残念ながら聞き間違いじゃなかった。
頭がおかしいリタ・ギニョレスク曰く、負の感情を吸収する呪符を作るのは面倒くさそうだから魔族を作って石に押し込んじゃえばいーやと思った、とのこと。消化吸収が得意な魔族になーれと唱えながらコネコネしたらしい。何を捏ねたんだろーか。
絶体絶命の危機のときは石を一つなと二つなと砕けばいいわ。そしたら石の中の魔族が解き放たれるから、そこらへんのムカつく知り合いとか敵対してる相手とかに憑依させなさい。そしたらその場の全員の視線がレッサーデーモンに釘付け……現場が混乱してる間に逃げるとか態勢を整えるとかできるわ。――笑顔でそうのたまう師匠に、甚爾は何も言わずとゆーか何も言えずとゆーか、「そーですね」とだけ答えた。やっぱりこの女は鬼か悪魔だ……魔族も鬼と似たようなものだし。
この「消化吸収が得意な下級()魔族」が世に解き放たれてみろ。負の感情の醸造物たる呪霊の天敵なのは良いとして、術師の力も負の感情によるものだから――呪術界は終わる。
実家からの呪いはグローブを持ち歩いてれば
――これを身に付けてたら、伏黒女史に呪いは届かない。それでいいじゃないか。石の中に魔族が封じ込められていよーが、石を砕いたら敵さんがレッサーデーモンになっちゃおーが、呪術界が阿鼻叫喚になろーが、いいじゃん。甚爾には関係ない業界だもの。
面倒な話が終わったんならおれと遊べとタックルしてきた悟と『山』を走り回ったりゲームしたりして一週間、ふてくされた顔で「これからは定期的に帰ってこいよな」と言えるくらいに成長した弟分の白い髪をグシャグシャに撫でた。独立してから三年近い――悟は十歳だ。子供の成長の早さを感慨深く思いながら、甚爾は京都を離れた。
宇治抹茶入り煎茶やら八つ橋やら金箔付きあぶらとり紙やら抱えて東京に戻ったその足で伏黒女史のもとに向かい、狭いキッチンで甚爾のために料理をする彼女の背中を見ながらニヤついて、晩にはスケベなこともしてそのまま泊まって。……だけど東京に戻ってから一週間過ぎても、二週間過ぎても、マリリンからの連絡がない。
マリリンは電話を持ってないから、甚爾からマリリンに連絡する手段がない。どこに勤めてるかなんて聞いてない。本名も住所も知らない。
何か起きたんじゃないか。事件に巻き込まれたのか? 初めて会ったパチンコ屋、よく待ち合わせする呑み屋、そこから一番近い歓楽街――マリリンを探して歩き回った。彼女の無事を知りたかった。
マリリンから電話があったのは、甚爾が東京に戻ってから一月過ぎた頃だった。荒れた肌にくぼんだ目元、髪にはタバコの濃い臭いが染み付いている。
「心臓がさ、ちゃんと育たなかったみたいで」
胎児の心房と心室の間の弁が、血の逆流を防ぐ役目を果たしていなかったんだという。いつも昼間からうるさい店内なのに、タバコをふかしながら疲れきった笑みを浮かべるマリリンを見ていると……全ての音が遠くに感じられる。
「どうしますか、だってさ。どーしますかってそんなの産みたいに決まってんじゃん」
換気が悪い店内だから、タバコの煙が天井を覆って雲みたいだ。
だけどさ、大変な体を抱えて生きてかなきゃいけないのって、あたしじゃなくてお腹の子なんだよ。……そう考えたら産めなくなっちゃった。ずっと娘を側で支えてやれるわけじゃない、寿命で言ったらあたしの方が先に死ぬ。娘を途中で放り出して、あたしだけ先にこの世からオサラバしちゃうんだ。そんなの出来ないじゃん。
でもさぁ、だけどさぁ……。
「産みたかったなぁ……」
隈の刻まれた目元から落ちた涙がテーブルにひたひたと染み込んでいく。
――呪いのせいなのか? 甚爾の身近な人間が子供を産もうとしていたから、標的にされたのか。分からない……だって甚爾は呪いを知覚できるけど視認できない。祓う手段を持ってなかったから、呪いについて、呪霊について詳しくない。どんな呪詛が届いていたのか甚爾には知る術がない。
喉がカラカラだ。拳を握りしめてるはずなのに、指先に感覚がない。目の前がぐるぐると回る。世界が歪んでいく。
いつの間にか呼吸を忘れていたらしい。かは、と息を吐いた。
もし、呪いが原因だったなら。
もし、禪院の呪いがマリリンの子を奪ったのなら。
甚爾は自分を許せない。自分が呪われていると知っていて、それを放置していた自分が許せない。脳内に繰り返し響き渡るマリリンの声――あんたのせいだ。あんたがいたから。あたしの子を返せ。あんたが悪いんだ。
まだ何も食べてない胃から胃液が食道を逆流し、甚爾はすっぱい液体を吐いた。マリリンが目を見開いて隣のテーブルの女が「やだぁー!」と悲鳴を上げて店員が走ってきてそして、病院で目が覚めた。
――俺のせいなのか。
コメント欄にて質問がありましたので追記
Qパパ黒は呪いを知覚できてるのではなかったっけ。
A知覚できてるけど知覚仕方が違うので、矛盾しないと思います。
呪いの存在、呪霊の存在を「見える」のと同様に認識できることと、呪いがどのような目的を持っているかを知ることが出来るかは別だと考えます。
たとえばですが、術師は呪霊が「私きれい?」と言っているから口裂け女の呪霊だと判断します。しかし甚爾にはその声が聞こえず、また姿を視認できないため「人型の呪霊がいる」ということしか分からない。そのように解釈しています。
→訂正。
コメントで甚爾が口裂け女に対し「好みじゃない」と甚爾が返していた旨のご指摘を頂きました。その場面のことを忘れてました。すみません。
呪いがどのような性質を持つものなのかの判断は、1呪霊の見た目2呪霊の発言内容3術師が先達から教わる情報4術師の実務経験の四つによるものである、と解釈を変更します。指摘くださり有難うございます。後々に響くところでした。
Q下級???
A(ゼロスより)下級。相対評価では下級だから問題ない。絶対評価での級なんてそんなワハハ!