黄昏より昏き以下略を貴様に唱えさせてやろう   作:充椎十四

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その8(引きずり込め!魔道師さん!)

 だいたい千年前、リタ・ギニョレスクは生まれた世界を離れ、異界に転移した。異界への道を探しだしたのは赤眼の魔王・シャブラニグドゥの配下……の生き残り。

 地球という星であること。大陸が六つあること。大きく分けて白人、黒人、黄色人種の三種類の人種がいること。ほぼ単一民族で構成された日本という国があること。そーゆー情報だけで『地球』を見つけ出した高位魔族が凄いのか、それとも探せば案外簡単に異世界が見つかるものなのか。そこらへんのことはリタには分からないけど――高位魔族が地球を見つけられたってのは事実なわけで。

 

 そんで高位魔族のはしくれなゼロスが異世界である地球と行き来してたら、始めは獣道だったものが千年後には天下の大通りになってました、なんて別におかしな話じゃーない。

 でも、いくら道が通りやすくなったところで他の魔族は地球に来ない。とゆーのも、ゼロスによると他の魔族たちは「ただの人間だったくせに魔王の欠片を吸収して魔王もどきになったリタ・ギニョレスクがいるんだから地球は地獄の世界だ。間違いない」とか「リタ・ギニョレスク(あのおんな)って魔族を踊り食いしてるんでしょ? やだ無理、こわーい」とか「あの悪夢みたいな(シャブ吸いしでかした)女をせっかく円満に他所へ追い払えたんだ。こっちから会いに行くわけがあるか」とか言ってるらしい。いくら破滅願望があっても流石に踊り食いされるのはごめんだ、って言って道に近寄りもしないそうな。

 リタの口はそれほど大きくないとゆーのに失礼な奴らだ。

 

 とゆーよーに、天地がひっくり返っても絶対に魔族は通らない()だけど……たゆたいし王こと上司L様はその限りじゃあない。年がら年中ぷかぷか揺れて暇を持て余してるL様だ、高位魔族が頻繁に行き来している先――地球に興味を持つのもとーぜんと言えばとーぜんの話。

 この頃(※この数十年)頻繁にこっちの様子見に来てるなーと思ってたらあの世界が舞台のラノベが発表されるわアニメ化するわ漫画が何冊も出るわ、一般市民の皆様が「日本語」でとはいえ混沌の海によびかけまくるわ、地球はL様の気配が年々強まっていった。

 

 地球が爆発しよーが賽の目切りにされよーがどーでもいいゼロスはともかく、リタはそれを危険視していた。L様ってほら寂しがり屋だし……自分の支配する世界だけじゃなくて、別の世界も取り込もうとするかもしんない。

 「私に還りなさい」って魂のルフランを仕掛けてくるL様をどーやって止めるのか。地球は異世界です別の神の管轄です諦めてくださいとお願いしたって無駄だろーし、L様を前にしたら部下Sその2でしかないリタは無力だ。地球は混沌の海とゆーLCLに還りました~完~

 

 ~完~じゃー困る。ハッピーエンドならまだしもバッドエンドはホントに困る。どうしたもんか逆立ちしたりブリッジしたりして悩んだけど答えは出ず、リタはだんだん悩むのが面倒になって考えるのをやめた。

 悩んだところで答えなんか出ないし。

 

 さて、時は2003年。中国でSARSが流行し、スク◯アとエニ◯クスが合併して会社名が長くなり、ヒトゲノムが全て解読され、八月には火星が大接近して一昨日には自衛隊のイラク派遣が決まった。――そして、あと十日ほどで伏黒家のぷりちーエンジェル恵くんは一歳になる。ついでに弟分の悟くんも四日前に十四歳になった。

 出産したばかりの奥さんを動かすのもまだ首が据わらない乳児を長距離移動させるのもリタがストップをかけたから、恵が生まれてから甚爾が京都に帰省するのは今日が初めてだ。もちろん向かうのは実家なんかじゃなく――『山』に帰るのだ。

 

 甚爾は帰省の前、呪術のことも実家のことも『山』に住む魔王とその配下のこともほとんど全てのことを妻に打ち明けて、自分の話を証明するため簡単な魔術も見せた。『山』にいる間は安全だが市街では実家の連中から襲撃されるかもしれねぇ。俺から離れるなよ。

 離婚されるのも覚悟の上で話した甚爾に、彼の妻は真面目な顔で「スレイヤーズ、ツ◯ヤでビデオ借りてくるね。勉強しないと!」と言った。違う、そうじゃない。いや世界観とか魔術の種類とかはその通りなんだけど、そーゆー話じゃない……はず。きっと。

 

 『山』の最寄りの駅で下りれば、なんとなく顔に見覚えがある親族の連中や他家の奴らがあちらに一人、そちらに一人、二人、三人四人五人その他たくさん。唇を食い千切らんばかりに噛み締めて睨んでくる彼らに「べろべろばー」って目を剥いて舌をヒラヒラさせてやりながら甚爾は『山』へ入る。性根のできた奥さんは「ダメでしょ」って怒ったけど知ったことじゃーない。恵の教育に悪くてケッコーケッコーコケコッコー、脳みそが腐りきった呪術師の連中にお行儀よくする必要はないんだとお父さんが体を張って教えてるだけだ。俺は悪くない。

 

 だけど三人が『山』に入ったとたん、麓まで迎えに来てたリタが真っ白な顔で崩れ落ちたのには驚いて飛び上がった。

 

 地面に無様に這いつくばった師匠に慌てて駆け寄り「おい大丈夫か師匠!」と肩を掴むも、肩を捕まれた本人はふっかぁい溜め息を一つ。

 おろおろと困ってる甚爾の嫁の案内は悟に任せ、おまけに四日遅れの誕生日プレゼントも押し付け、甚爾はリタが復活するのを待った。

 

 詳しい話は家に着いてからねってことで、居間にはリタと甚爾と恵の三人――奥さんはギニョレスク家の料理を教わるとゆー名目でゼロスや悟と台所だ。悟は簡単な手伝いと味見要員。もちろん甚爾だって長いこと一人暮らししてたから料理ができないわけじゃない……たんに甚爾より奥さんのが料理上手で遣り繰りも上手いのだ、適材適所。

 熱い煎茶がすっかり冷える時間、リタはL様降臨の可能性があることを説明した。L様が来ちゃったらみんな仲良く赤い海になるかもしれない。……あとね、これが本題なんだけどさ、あんたの息子L様に唾つけられてるわよ。まだ一歳児なのにお気に入り扱いなんてL様ったら気が早すぎじゃない? もしかしてショタコン? でも一歳児はロリショタじゃなくてペドだし、ショタコンよりもっとヤバい。L様はペドフィリアだった? なにそれこわい。

 

「は? 恵が?」

 

 目を剥いてる甚爾にリタは大きく頷く。

 

 甚爾は呪力を全く持たないとゆー天与呪縛でもって、人間捨ててるレベルの五感やら身体能力やらを得た。もちろん天与呪縛の内容は人それぞれで、逆に呪力が無尽蔵になるとゆー恩恵の天与呪縛もある……代わりに半身不随とかになるけど。

 つまり断ち物の一種が天与呪縛。

 

 甚爾は血統から(・・・・)言えば(・・・)絶対に(・・・)持っている(・・・・・)はずの呪力の一切を奪われている。代わりに得たのが五感と身体能力――はっきり言おう、奪われたものと得たものの価値に差がありすぎる。たったこれだけ(・・・・・・・)の恩恵では甚爾は損をしている。

 呪力がなければ呪霊を倒せないのに甚爾の呪力はゼロ。呪術師としては四肢をもがれたに等しい。どないせぇ言うんや、って頭を抱えたくなるよな酷さだ。

 だけど甚爾は魔力を得た。魔王が作ったヤバい石を一年掛けて自らの体に取り込み、魔王と高位魔族の指導の下で魔術の腕を磨いた。

 

 ――甚爾の天与呪縛は単純明快、呪力の一切を無くすことによる他の(・・)才能や能力のかさ上げ。

 

 甚爾には魔道師としての才能があった。やる気もあって、努力を欠かさなかった。一般の学校に通いながら部活動をして……定期試験や受験勉強だってあった。高校は私立を狙ったから試験前の数ヶ月は修行出来なかった。

 魔術だけに注力できる生活じゃーなかったのに、高三になる春にはもう、リタが教えられる全てを身に付けていた。

 魔力も割と多い方だ。

 

 だから分かる。甚爾とゼロスの間には文字通り桁が違うレベル差があり、そしてリタはゼロスの万倍はヤバい。

 七分の一でしかないリタでこれ(・・)なのに、七分の七シャブラニグドゥその他を創造したL様なんてどんだけヤバいか。――そのL様が、一歳になるかならないかとゆー赤ん坊に唾をつけた。信じられない……信じたくない。

 

「どうして、恵に」

 

 どーやって恵に接触があったかなんて、どーして恵が選ばれたかなんて、L様ではないリタたちに分かるわけもない。

 分かるのは恵の将来が波乱万丈間違いなしってことだけだ。

 

 ここまで来たらもうL様と会話できる人員を増やすしかない。現状では、L様の腕にすがり付いて泣き喚きながら地球の助命嘆願できるのはリタと甚爾の二人だけ……。こうなってはもう仕方ない、悟を巻き込もう。

 悟くん十四歳は思春期、無傷の腕に包帯を巻いたり物もらいでもないのに眼帯を付けたりノートに羽根の生えた十字架を描いたりしたくなっちゃう年頃だ。――その思春期特有の情熱を、まだ柔軟な脳みそを、混沌の言語習得に使わせる。

 

 悟は五条家の麒麟児だ。生まれながらにして豊かな呪力や強い術式を持ち、それを十二分に伸ばす才能もある。実家と折り合いの付かない甚爾と違い悟は一族の期待を一身に受けて育てられ、家の者が課す修行で手一杯だ。だから今までリタたちは悟に魔術を押し付けることがなかったし、悟にとっての『山』は家の面倒な勉強や修行から逃れられる場所だった。

 でも、L様が地球に興味津々っぽいからには呪術界の天才児をのんびりさせてる猶予なんてものはない。一歳のベビーがL様の大暴れに巻き込まれる過酷な運命を抱えているんだから、十四歳のボーイはむしろ自ら率先して巻き込まれるべきだ。なぁに大丈夫だ、厨二心があれば混沌の言語なんて楽々身に付けられるさ。なんせ五条悟くんは呪術界にその名が轟く天才少年なんだし、まあ三日くらいあればペラペラになる。間違いない。君ならできる。

 

 でも正面から頼んだところで天の邪鬼な悟が頷くわけがない……とゆーことで、リタと甚爾は二人で悟に発破をかけることにした。煽るとも言う。「えーマジ(魔術に関して)童貞!?」「キモーイ」「(魔術について)童貞が許されるのは小学生までだよねー」「キャハハハ」以下略。嫁がうさみちゃんみたいな目で見てくるのも構わず、甚爾は弟分をからかいまくった。甚爾は愛する息子のためならエロ本の真似だってできる。

 

「だああ!! むかつくことばっか言いやがって、甚爾にできることなら俺に出来ないわけないだろーが! おーおーやったらぁやったらぁ、あとで吠え面かくんじゃねーぞ!」

 

 甚爾は満面の笑みを浮かべそうになるのを頑張って我慢し、鼻で嗤う。

 

「お前には無理だよ」

 

 ――それから二ヶ月。悟が混沌の言語を習得したと聞いた甚爾は愛の巣で拳を天に突き上げた。有難う天才、愛してるぜ天才。ちゅーしてやろーか。

 レンタルビデオ店で借りてきて毎日一話ずつ見てるスレイヤーズのアニメが流れる居間ではママの膝の上に座った幼児がキャッキャとご機嫌に笑っている。この幸せな家庭を守るため、悟には魔術も身に付けてもらわねばならない。

 そういえば、むかし甚爾の胸に埋められたあの赤い石。一体あれは何だったのか。もしかしてこのグローブのデーモンを召喚できるコレと同じものだったりとか――真実とは時に残酷なものだから、知らない方が良さそうだ。甚爾は名探偵じゃないから「いつも一つ」な真実なんて知らなくても構わない。考えないようにしよう。

 ちなみに甚爾は探偵モノならホームズよりコロンボが好きだ。安楽椅子に座ったヤク中はちょっとなぁ。

 

「頑張れよ悟……」

 

 リタの話によるとだけど、2008年にはまたスレイヤーズの新作アニメが放映されるらしい。なんでそんな未来のこと知ってるのか謎だが……リタが断言しているからには間違いない。

 悟には才能がある。魔力に目覚めればきっと魔術もスルスルと身に付けるだろう。そして師匠の力を借りる魔術も学んで――そして絶望するのだ。術式を持つ悟は高専に通うことになる……同年代の子供は新旧作アニメを見てたり原作を知ってたりするだろう。そいつらの目の前で竜破斬を使ってみろ、影で「好きが高じて術式にまで高めた歴戦のアニオタだ、近付いたら引きずり込まれるぞ」とか「あの年して魔法の呪文とか恥ずかしくないのかしら……」ってヒソヒソ噂されたり、人の話をちゃんと聞かない(アニメのアメリアみたいな)バカに絡まれたりするんだ。

 

 最高じゃねぇか、その絵面。

 甚爾はにっこり笑んだ。悟は今十四歳だから、高専に入るのは来年の春。――そうだ、来年の春からはフリーランスを辞めて定職に就こう。

 ケータイを取り出してアドレス一覧から番号を探す。選択して、発信。

 

「あ、俺俺」

 

 軽い口調のせーか詐欺の電話に聞こえる。

 

「前にあんた勧誘してきたろ。今でもアレ有効か?」

 

 電話の相手は驚いたよーに声をあげる。それに甚爾はふはっと笑って目を閉じた。

 

「高専の仕事なんざ儲からねぇしごめんだと思ってたが、興味が湧いた」

 

 なってやろーじゃねえか、体術教師。




前話、恵の誕生年をミスりました。明確に何年かの表記はしてませんが、2001年生まれとしてしまっていました。恥ずかしながら計算間違い……恵の誕生年は2002年……!

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