黄昏より昏き以下略を貴様に唱えさせてやろう   作:充椎十四

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その9(オタクは感染する)

 きゃら◯ぃをメガホン状に丸め、甚爾は担当生徒に激励を送る。

 一学期には間に合わなかったけど、甚爾は二学期から呪術高専の体術担当になった――夏休み開けから在校生は走ったり実戦での訓練をしたり。

 で、庵歌姫は走ってる方。

 

「庵ー、へろへろ走るな、気合い入れろ気合いー冥冥を見習えー」

 

 メガホンにされてるき◯らびぃは十月放送開始のアニメが表紙だ。ツインテールの小学生がパンチラしながら「どうして魔法の呪文はリリカルマジカルなの?」と目で訴えてる――らんまで磨かれた甚爾にはパンチラ小学生は「おやおや元気だねー健康的(?)だねー」としか映らないけど、世の中には小学生相手に性愛を感じちゃってる層もいる。でも人間誰しも老いるもんで、永遠の小学生なんてものはいない。小学生女児にしか性的興奮を覚えない奴は「目の前にいる相手」じゃなくて「小学生とゆー概念」しか見てないんじゃなかろうか? パーツ萌えとか属性萌えの一種と言えばそーなのかもしれないけど……甚爾には理解できない分野だ。

 ちなみに十月開始のアニメで甚爾が観ようと考えてるのはジャぱん。

 

「ひぃーっ、ひぃっ、ひぃ……ぜぇっ、ひょーっ!!」

 

 校庭をぐるぐる何十週目になるか分からないくらい走り続けてる庵は目もぐるぐるにしながら不思議な叫び声をあげた。大声が出るだけまだ安心していいだろーけど……そろそろ終わりにしないとヤバいかもしれない。

 

「庵ィあとちょっと! あとちょっと走ればゴールでいいぞー。冥冥もそのゴールで上がれ」

 

 あと十メートルくらいで一応のゴール。ランニングのフォームを保てず酔っぱらいの千鳥足みたいな庵がゴールを越えてからは二人三脚みたく支えてしばらく歩き、ポカリの蓋を開けて渡してやる。

 腕が上がらないらしい庵が「おぇ」とか「あ゛ー」とか呻くから、甚爾は仕方なくペットボトルを口に突っ込んでやった。日差しで温くなってるポカリが庵の胃に消えていった。

 

 ――庵は二十リットルの水が入った袋を背負って、一周二百メートルのトラックを何十周か走った。背中でばちゃばちゃ揺れる水は走るのに邪魔だし、約二十キロあるから重い。でも除霊現場から巻き込まれた一般人を背負って逃げるなんてことはよくあるし、その一般人が錯乱してないとも限らない。それと比べれば水袋はギャーギャー耳元で騒がないからまだマシだ。代わりにチャポチャポ揺れて文句を言ってくるけど。

 されるがままの庵が背負うリュックのバックルを外し、腕を抜いてやればリュックがどすんと地面に落ちた。登山用のお高いやつだ……背中に当たる部分がメッシュになってて、袋は弧を描いているから背中が蒸れない。胸の上、胸の下、腹の三ヶ所にバックルがありリュック自体は体に密着するから、中身が暴れる水でなければ長時間背負ってられるだろう。

 

「伏黒先生……どうして走り終わってからも歩かせるんですか?」

 

 冥冥は庵より十周近く多く走ってるはずなんだけど、へろへろでボロボロな庵と違って汗すら爽やかだ。そろそろ冥冥の水袋を三十リットルにしてもいいかもしれない。

 

「俺も詳しくは知らんが、俺の師匠によると『急ブレーキをかけて止まるチャリはすぐに悪くなるけど、ゆっくりブレーキをかけて止まるチャリは長持ちする』っつー話だ。人間様より単純な構造のチャリでそうなんだから、複雑な構造をしてる人間なら余計にそうだろうよ」

「なるほど」

 

 冥冥は大きく頷いた。甚爾の師匠――リタの比喩は分かりやすい。

 

「こうして頻繁に水分補給をさせるのも何か理由があるんでしょうか」

「そりゃ、呼吸するだけで水分消費してんのに、汗かいてる時に水飲むなーなんてバカな話あるか?」

「ふむ……」

 

 科学とゆーものは日進月歩だ。ついこないだまで64メガバイトのメモリーカードが高額で売られてたのに、二~三年経ったら256メガバイトがそれと同じ値段で売られてる……なんてことはザラにある。スタミナハンデ◯カムも始めは「(録画時間は)八時間だもん」っつってたのに、たった二~三年で「何で十二時間も録れちゃうの?」って歌うようになった。

 かがくのちからってすげー!

 

 そーゆー風に、昔の常識はいまの常識とは違うし、いまの常識はきっと未来の常識とは違う。いま「正しい」とされてるルールより、甚爾は自分が納得できる手法を選ぶ。師匠の説明が甚爾にとって納得のいくものだったから自分の担当生徒の指導方法として採用した――ただそれだけのことなんだけど、冥冥にとって興味深いことだったらしい。

 授業や任務で聞いたこととか知ったことについて、冥冥が甚爾に質問しに来ることが増えた。

 甚爾は体作りについての質問には教師らしく真面目にタダで教え――実家で耳にしたけど別に口止めされなかったし口止め料ももらってない話を、有料で冥冥に教えた。だってほら、実家がそれで困ろーが苦しもーが甚爾には関係ないもんで……。

 

 甚爾に懐いた(?)のは冥冥だけじゃない。

 

 高専にいるのはほぼ全員が呪力を持つ術師とか補助監督とかで、「呪力ありません術式ってなんですかそれ」ってゆー人は高専所属の術師の身内とかそんなのだけ。非術師と接触することが少ない高専の生徒の情操教育が云々とゆーとても学校っぽい理由により、体術を教える甚爾も嫁さんと子供を連れて高専の寮に入った。

 そんで分かったのは、寮の料理担当者たちより、伏黒妻の方が料理が上手いとゆーこと。持ち回りで生徒の食事を用意していた高専事務員の方々は「我々に特別手当を出すより伏黒さんを雇った方が安いし美味しいと思います!」と目を血走らせて雇用契約書を人事から強奪し、ご飯担当とゆー今まで存在しなかった仕事の雇用条件を書類にした。雇用保険、労災保険、健康保険に厚生年金も加入。日祝休みで額面十三万はいかがでしょうか。

 術師には屑が多いってのは学生でも同じで、うっかり微妙な味付けの料理を出すとグチグチと文句が煩かったらしい。料理するために高専に入ったわけでもないのに料理をさせられ、不味いだのなんだのと文句を言われる――かなりのストレスだったに違いない。

 

 寮の施設管理は総務がやってるから伏黒妻の仕事は昼食と夕食の用意だけ、それで日当だいたい五千円なのはさすが高給取りの業界。

 ちなみに朝食はパンか、各自で冷やご飯をチンしてインスタント味噌汁と目玉焼き。昨日の残りがあればそれを食べても良いし、他に何か欲しければ買い出しを頼む……と言っても、元々生徒数が少ないうえ、やれ任務だなんだと頻繁に高専を離れるからいつも前日の夕食が余る。自然とみんな朝食は前日の残りを食べるよーになった。

 日曜と祝日の食事はどーすんだって? 自炊するか外に食べに行ったらいいのだ、任務でお給料貰ってるんだし。

 

 美味しいご飯は心に余裕を生む。甚爾の赴任時は一年から四年までみんなカリカリした雰囲気だったのが、伏黒妻が飯担当になって半月もすれば和気あいあいとしたものに変わってきた。一般家庭出身の四年生(タカシ)が潤んだ目で「家に帰りてぇ……カーチャン……」と呟く回数も増えたけど。

 

 カーチャンはカーチャンでも恵くんのカーチャンである伏黒妻は先ずそーして高専生の味覚を掴み、「美味しいご飯を作ってくれる姉ちゃん」としての地位を得た。なにせ美味しいご飯の前では術師だとか非術師だとかって不粋な枠組みは存在しない。姉ちゃんが作る飯は美味い――だから姉ちゃんは正義。

 遊びに行ったら美味しいおやつを出してくれる姉ちゃんと丸いほっぺが可愛い恵くんがいる伏黒家の部屋に生徒が入り浸るよーになるのは早かった。その二人の旦那でパパである甚爾も引きずられる形で株価が上昇、クリスマス前には「みんなが慕う伏黒センセー」が誕生し、恵くんは盛大に二歳の誕生日を祝われた。

 

「伏黒さん、なんでいつもアニメ流してるの?」

「スレイヤーズ見てる理由? ああ、めぐくんの将来のために流してるのよ」

「将来……ほほーん?」

 

 甚爾の出生が禪院だということを生徒みんな知っている。流出したの伏黒女史。家出した若かりし甚爾と伏黒女史の運命的出会い、ロマンチックな再会、(伏黒女史による)情熱的なアタック、そしてゴールイン……とゆー彼女のノロケ話はもちろん、「え、あの人の前の名字? 禪院っていうの。私はよく知らないけど、なんか有名な名前なんだってね?」とゆー会話……個人情報がガバガバだ。

 で、生徒の中には禪院家の現当主の術式を知ってるやつもいる。御三家に近しい分家とかそーゆー生まれの生徒だ。

 

 禪院家当主、禪院直毘人(ぜんいんなおびと)の術式は投射呪法という。自分で予め設定した動きをトレースするとゆー「え、なんて? もっかい言って?」な術式だ――分かりやすく説明しよう。

①自分がしたいと動きを決める。ちょっとくらいなら物理法則を無視した動きでもいい。

②セルアニメみたく一秒を二十四分割したコマによって構成されたものと見立てて、①で決めた動きをその二十四分割のセル画に当てはめる。

③まあ、なんということでしょう、②のとおりに体が動くのです。

 つまり、自分の肉体を使ったセルアニメを現実に映写する術式。

 

 さてここで伏黒家の話に戻ろう。姉ちゃんは、恵の母親は「めぐくんの将来のために」アニメを家で流していると言った。

 御三家に近い家柄の生徒はこの言葉を誤解した。――伏黒恵の生得術式は禪院直毘人のそれに類似しているんだろう。まだ幼いからどんな術式を持って生まれたのか詳しくは分からない状態だけど、恵の父親である甚爾は「恵は当主に似ている」と感じたのだ。きっと。それで間違いない。

 

 その誤解が高専生の共通認識になり、家族に伝わり、御三家に――禪院直毘人の耳にも届いた。

 

「ほう、あいつの息子が」

 

 いま禪院が欲している相伝術式は十種影法術、手で印を結び影絵を作ることで特定の式神を召喚するものだから……伏黒恵が禪院直毘人に似た術式持ちなら、甚爾の息子は()()()()()()()()()()()()()()()()

 甚爾から漏れた情報であればブラフの可能性を疑ったが、情報源が()()()()()()()()妻の方。ある程度は信じて良いものと考えられる。

 

 だから――()()()()()()()()()()()()()()()()。これが禪院家の総意になった。

 

 噂とゆーやつは本人の元にはなかなか届かない。悪い噂ならすぐ届くんだけど、良い噂やら良くも悪くもない噂やらはなかなか本人に到達せず、本人の周囲をぐるぐる回る。だから甚爾が息子の術式についての噂を聞いたのは三学期末、二月の終わりだった。

 顔は怖いけど親切な夜蛾――呪術界の高倉文太と甚爾はこっそり影で呼んでたりする――彼が甚爾に差し出したのはビデオテープが入った紙袋だ。何かと思えば、映画製作のドキュメントビデオ。中古アニメグッズ専門店ならプレミア価格で売ってそーな美品だ。

 

「どうしたんです、これ」

「お前の息子の術式が禪院当主と似た術式になりそうだと聞いたのでな……映画のメイキングのビデオはコマ割りについて学ぶのに良いだろうと思ったんだ」

「はあ」

 

 誰だそんなウソ広めたやつ、と思ったけど口には出さない。恵はまだ術式のじゅの字も分からない幼児だぞ。いくらパパの目を以てしても恵の生得術式がどんなものなのかなんてまだ分からない。恵のお気に入りのおもちゃが何なのかは分かるけど。

 とはいえ、誤解を解く必要性をさして感じないし、誤解させておいた方が都合が良さそーだ。色々と考えて甚爾はニッコリそれを受け取った。

 

「あざまーす」

 

 紙袋抱えて愛する家族が待っているはずの部屋に戻れば、妻は不在で庵が寝転がってお腹の上に恵を乗せていた。

 

「あいつは? そんでウチで何してんだお前」

「伏黒さんは買い忘れたものがあったって言って買い物ですー。私は留守番とめぐくんの相手頼まれました。めぐくん大きい猫ちゃんみたいで幸せ……ずっとこうしていたい……」

「さよか」

 

 テーブルの横に紙袋を置いて、デッキにビデオを入れる。

 

「あ! 北斗◯拳のシン! の声の人!」

「あたるだよ」

 

 ジェネレーションギャップとゆーより趣味の違いか? だってあのアニメが放映されてたのは庵が生まれる前だし、ラムちゃんがブラウン管で「ダーリン浮気はだめだっちゃ」って言ってたのも似たよな時期だ。庵は特濃ソースな顔面が好きなのかもしれない。

 画面にはもっさいおっさんたちの音頭取りで一本の映画が作られていく様子が流れる。一枚一枚セル画を撮影していくなんてまあホント大変そーだ。まさか全部手作業だとは……。

 

「やっぱりめぐくんって禪院当主の術式と似た術式を持ってるんですね」

 

 凄いとは思うけど自分がするのはごめん被ると思いながらビデオを見てた甚爾に、ぽつりと零すように庵が尋ねた。

 「やっぱり」ってどーゆーことだ。もしかして変な噂の出所は高専なんだろーか?

 

「それ言い出したのが誰か知ってるか?」

「え、加野先輩ですけど……もしかしてまだ内緒にしておく予定だったんですか?」

 

 加野は加茂の本家に近い分家筋だ。加野の先代が加茂の先代の弟だったから、加野の当主は加茂の当主の従兄弟。そして高専四年の加野は当主の末の弟だ。

 何をどう誤解してそんな噂になったのか――ここまでウソ情報が流れてるとなると、恵の術式が判明したとき加野青年は大目玉で済まない叱責を受けるかもしれない。

 

「いや……まだ『そうかもしれない』って俺が疑ってるだけだから、恵がどんな術式を持ってるかはまだ分かってないんだわ。加野にもそう言っとけ」

「了解でーす」

 

 軽く返事した庵に「ちゃんと伝えとけよ」と念押しして、甚爾は庵の腹から恵を取り返す。

 恵がいないと胡座が寒い。




先日、我が家の棚から、二十年近く前のバッフ◯ローの60MBメモリーカードが発掘されました。
今じゃ60MBなんて逆にレアですよね。かがくのちからってすげー!

追記:
相伝以外は禪院でカス扱いだし、当主の術式も相伝では?
と指摘いただいて「ほんまや」となりましたので、一部修正しました。
前・禪院の相伝術式は十種影法術
  禪院の相伝を継いではいない

後・いま禪院が欲している相伝術式は十種影法術
  禪院が求める相伝を継いではいない
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