「あー……最悪だ。死ね、ホント死ね」
IS学園一年一組教室。今年から入学する新入生たちに用意された空間の一席で、少年は項垂れるようにして腰を下ろしていた。恨み言を呟いているその表情は鬱屈としたもので、周囲から浴びせられる鬱陶しい視線のせいでげんなりしているせいもあってか、死人のようにしか見えなかった。
数少ない――というか二人にしか確認されていない――男性IS操縦者の一人。それが今の彼に付きまとう今世紀最悪最低でクソッタレで不名誉な肩書きだ。
女性にしか扱えないパワードスーツ『インフィニットストラトス』を男性の身でありながら操縦することができる少年。世間一般からの認識はソレで、この学園でも扱い的には変わらない。
彼からしてみればISを起動させたことなど偶然で、しかもその事実はこの世界ではあまりにも危険すぎるから『隠し続けてきていた』ものだというのに、ある出来事をきっかけに世間に公表されてしまった。
以来、彼は自分がこの学園に来る原因となったもう一人の男性操縦者『織斑一夏』を恨んでいる。
(死ね、昔不注意でこけた挙句ISに触れた僕も、その事実を世界に教える原因を作った織斑一夏も、あの常識が欠損してる織斑千冬も、ISなんて下らないもの作った篠ノ之束も)
心の中に殺意の念を渦巻かせながら、彼は織斑一夏と接触しないように顔を伏せる。
切るのも切りに行くのも面倒だからと伸ばし続けてきた黒髪と、割と細身な体型のお陰で、服装にさえ気づかれなければ、彼は『一般生徒』と何ら変わりない風貌を持っている。顔つきも中性的だとよく言われているため、もしかしたら露出させておいても気づかれないかもしれないほどだ。
彼は是が非でも織斑一夏と口を交わしたくなかった。一応受けた編入試験のときに少しだけ姿を見かけたのだが、それだけで彼の直感が警告音を鳴らした。
『関わると絶対に録なことにならない』
己の直感を最優先に考えて生きてきた彼にとって、これほど信頼出来る情報はない。出来れば誰もいない場所に移りたかったが、それでは担任教師に気づかれる。
担任に怪しまれない程度に、なおかつ織斑一夏が容易に近づいてこれない状況の中に混ざる。その結果がこの視線の荒波に飲み込まれることだった。幸い織斑一夏と自分の席は比較的離れている。加えて向こうは一番前の一番中央だ、この気持ち悪い視線を全て受ける位置な上、そう容易く振り向くことすらできない。
(このままやり過ごしたい……、自己紹介とかどうでもいいから今すぐ消えたい。というか退学したい。……させてくれないかなぁ)
出来もしない無駄なことを考えながら、彼は自分の番を待つ。彼の苗字は後ろのほうなのでもしかしたら名乗らなくていいかもしれないと、そんな淡い思いを抱いていると、
「ってぇ!?」
スパァァァァンッ!! と爽快な音が教室中に響き渡った後、織斑一夏の悶絶するような声が聞こえてきた。
(な、なに!?)
教室の凍りついたような空気に触発されて、少年は驚愕に表情を彩りながら、前髪の間から『外』を見る。
まず目に入ったのは前の女生徒の背中だがこの際どうでもいい。その背中の向こうに、頭部を抑えながら机に突っ伏せる織斑一夏と、それを見下ろすようにして出席簿を持つ女性『織斑千冬』の姿が映ったからだ。
「織斑先生だ馬鹿者」
凛とした声。周囲の女生徒の中にはたかがこの程度のセリフで頬を赤く染めている者もいたが、彼にとってはただただ不快な雑音でしかなかった。
(……終わった、教壇に立ってる先生は優しそうだけど……よりにもよってこの人が担任か……、あー、終わり終わり。さようなら僕の高一の学園生活、ようこそ地獄)
寝よ、と彼は小さく呟くと、本格的に周囲の全てを遮断し始めた。視界の色も聴覚に届く音も何もかもが消え去っていく。
意識が薄れかけ、安眠に入ろうとした時に、彼の頭部にとてつもない痛みがはしった。
「――ッ!?!?!?!?!?」
鈍器で殴られるよりもよっぽど重く苦しい一撃。安眠に入る前で油断しまくっていた彼はその激痛に叩き起され、目を白黒させながら周囲を見渡した。
何度もキョロキョロを見渡して、一番色濃く残ったのは、真っ黒な人影。視線を徐々に上へと上げていくと、冷徹な眼差しでこちらを見下している(ような表情の)織斑教諭が見えた。
「……あ、どうも」
「どうもじゃない。……まあいい、自己紹介しろ、百瀬」
「……えーっとですね、僕の番はまだ当分先だと思うんですよ。ほら、今織斑の『お』なんでしょう? 僕は『も』ですよ、このクラスは一気にそこまで飛ぶんですか?」
「腐るほどいる女生徒よりも、珍しい男子生徒の名前の方が重要だ」
「ようはさっさとしろってことですか……」
「分かってるじゃないか」
何だこの暴君。「ふざけんな」と言いたい少年ではあったが何とか喉の奥で堪え、平常心を保ちながら起立する。織斑一夏を含めたクラスメイトの視線を一斉に浴びることになったが、もうどうでもいい。
自己紹介は基本的に自分の趣味や特技などを発表してクラスメイトと関われる機会をより多くするためにするものなどだろう。
しかし彼はこの学園で『友人』を作る気など微塵もないし、『恋人』なんてもってのほかだ。
だから名前を名乗るだけでも構わないのだが、それでは後々質問攻めにあいそうだし、何よりそれではこの心に溜まった負の感情も収まらない。
名前以外に何か、と思っていた矢先、視線の先に織斑一夏の姿が映った。
(ああ、そうだ。元はといえば君のせいでここに来ることになったんだっけ……)
理由の半分は自分の不注意であろう。しかしそれでも、最終的に織斑一夏の存在が少年を表舞台に引きずり出してきたのは事実だ。
思い返すだけで腹が立つ。来たくもない場所に連れてこられ、欲しくもない肩書きを与えられ。
いい加減限界が来るというものだ。
だから。
この場を借りて言わせてもらおう。
「……
無感情で無機質な声が淡々と、まるで予め用意しておいた台本のように、言葉を連ねていく。あまりにも異質で不気味で歪なその言葉に、周囲の温度が何度か下がった。
女生徒たちの表情が恐怖と困惑に彩られていくのが手に取るように分かった。視線に混じる色が徐々に黒く、そして拒絶していくのが分かった。
ただ一人、織斑一夏だけは困惑しか持っていなかったが。
(……ま、これでいいかな。さて、残りの時間は睡眠にでも――)
着席し、そのまま寝ようとしていた少年の頭部を、またあの一撃が襲った。しかも先ほどよりも威力が何割か増している。
「な、んですか……織斑教諭」
「随分とふざけた自己紹介文だな、舐めているのか?」
「自分の本心語っただけじゃないですか。なんです? それとも本心ひた隠しにして『僕みんなと仲良くしたいんだ!』なんて気持ち悪い台詞吐いて、仮面でもかぶって生活しろっていうんですか? 嫌ですよそんなの」
もうやけなのか言いたい放題言い始めた少年――改め、湊。その脳天を三度目の衝撃が襲うのは言葉を言い終えた直後だった。
ドゴオォッ!! と、鉄か何か仕込んでいるような音と共に湊が沈む。
その直後に、SHR終了のチャイムが鳴り響いた。
「……これでSHRを終了する。次の一時間目に遅れないように!」
机に倒れふせる湊を一瞥した織斑教諭はそう告げると、もう一人の教師を連れて教室から出て行った。
後に残ったのは、百瀬湊を中心に漂う不気味な空気と、困惑と恐怖に彩られた生徒たちの空気が混じりあった仄暗い空気。
談笑に花を咲かせる生徒など一人もおらず、誰ひとりとして口を開こうとはしない。織斑千冬がいたときの張り詰めた空気よりもよっぽど現状の空気の方が怖いのか、口を開くタイミングすら測りかねない。
その中で一番先に席を立ったのは、その空気を作り上げた張本人である少年――百瀬湊だ。
痛いのか頭を押さえ、目尻に微かな雫を浮かべている彼は自席を立つと周囲から向けられる視線を無視して教室から早足で出て行った。
こうして、IS学園一年一組は始まった。
たったひとりの少年の、たかがちっぽけな自己紹介。それは周囲との溝を作るには十分な理由で、そしれそれが『百瀬湊』が作り上げた世界だった。
ここから始まる(?)、彼の学園物語。
インフィニット・ストラトス 不登校の男子生徒
百瀬湊、いろんな意味で特殊で普通な少年である。
それは態度にもはっきりと現れていた。
「……誰?」
「セシリア・オルコットですわ。先ほどの自己紹介には驚かされましたが、この一年、よろしくお願いしますわね」
「……いやよろしくする気なんてないんだけど」
割と淑女な英国代表候補生の差し伸べた手を握ろうとはせず。
「クラス代表は織斑一夏、セシリア・オルコット、それと……百瀬湊の三名から選出する。決め方はお前たちが決めろ」
「でしたら単純なチカラ比べでどうでしょう? 一週間後に第三アリーナで」
「俺もそれでいい、難しく考える必要ないからな」
「……僕はそもそも選ばれたくないんですが」
何故か決闘に巻き込まれ。
「織斑、そして百瀬、お前たちに政府から専用機が渡されることになった」
「……要らないからソレに費やした資金くれません?」
全く不必要な
「百瀬、お前にも織斑と同じ様に今日から寮で生活してもらうことになった。荷物は運んでおいたから安心しろ」
「……娯楽もなにもないうえ、アンタが勝手に運んできたのかよ。……横暴にもほどがある」
「何かいったか?」
「いえ、何も」
この学園生活唯一の楽しみすら奪われ。
「ああ、それと。急な部屋割り変更だったからな。少しの間は女生徒と同室だ」
「……つまりそれは織斑一夏と離れられるということですか?」
「まあそうなるな」
(……よしっ)
ほんの少し先延ばしになっただけという事実の見落として、目の前の小さな喜びに浸り。
「あ、えーっと……同室の方かな? 百瀬湊です、ベッドと部屋の敷地割りはそっちが勝手に決めてくれていいから、とりあえず名前だけ教えてくれないかな」
「……更識、簪。よろしく、……ね」
水色の髪をした女の子と同室になった彼は。
「……登校止めた」
不登校することを決意した。
これは彼の物語。何もかもが面倒になった彼は最低限の事以外では部屋から出ないことを心に誓い、学園生活を送ることを決心した。
「おい百瀬! 出てこい!!」
「絶対に嫌です、退学出来ないなら不登校になるだけです。というわけで退学届の紙、部屋の前に置いててください、書いて提出しますから」
「男性IS操縦者なんて希少な存在であることを自覚しているのかお前は!?」
「いや知りませんよそんなこと」
「湊、出てこいよ」
「帰れ、それか死ね。っていうか勝手に名前で呼ぶな、失せろ」
「お前俺に対する態度キツすぎねえか!?」
織斑姉弟と少年の終わらない戦いが幕を開ける!!
あんな環境にずっといられる精神のない設定で主人公にしてみよう、という考えから出来上がりました。
全く話が進みませんね、ハイ。
後半部分は嘘予告みたいなものです。
※主人公の名前があまりにも厨二的すぎたので、『黄泉影百合斗』から『百瀬湊』に変更しました。連載未定とはいえ衝動的に名付けるもんじゃないですね(笑)