織斑イチカの収束   作:monmo

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はじめましての人も、お久しぶりの人も、こんにちは。monmoです。


プロローグ

 瞼を開けると、知らない天井が見えた。

 

 

 

 グルグルと歪みを帯びた視界。目を擦ろうと顔に持ってきた手に触れた瞬間、皮膚そのものから感じる妙な違和感。それだけじゃなく、体を起こそうとして手に押さえたシーツも、捲り返した羽毛布団も何かいつもと感覚が違う。つか、俺の布団にシーツなんかないハズなんだが。

 

 

 

 何だこれは?

 

 

 

 布団から上半身を起こすと、軽い頭痛がした。ついでに吐き気も少々。視界も、まだ焦点が合わない。

 飲み過ぎただろうか。昨日はそんなに飲んではいないと思うが……いや、覚えていないって事は、覚えていないぐらい飲んだって事か……

 

 

 

 触れるもの全てが、気色悪い。

 

 

 

 目の裏っ側から小さな痛みがぴりぴりと伝わり、無意識に頭を右手で押さえ付け、体を引きずるようにしてベッドから下りる。安物に見える無地のカーペットの上に両足をつけ、自分が寝っ転がっていたベッドを一瞥すると、次に周りへと視界を移した。

 

 

 

……どこだここ?

 

 

 

 茶色いドア。コタツにもできそうなちっこいテーブル。小学校の頃に買ってもらったのを未だに使い続けている雰囲気が拭いきれない、ニスの剥がれたボロい木製の勉強机。タンスは部屋に備え付け。近くに引き出しの台がひとつ。上にはアンティークの代わりなのか、一眼レフカメラと、写真の入った写真立てが飾られていた。そして、その写真にはセーラー服を着た若い女と、ランドセル背負った小さなガキが写ってる。

 

 

 

 ハッ……誰だよ。

 

 

 

 その他、観葉植物一個。テレビなし。ベランダへと直結している大きな窓には、薄生地の白いカーテンがかかっているが、それでも電気をつける必要性を感じさせないくらい、部屋はほどほどに明るい。カーテンの間からは、色の薄い青空が見える。

 フローリングの床、白い壁、白い天井に囲まれたそこは…………あまり生活感を感じられない、自分の全く知らない部屋であった。

 

 

 

 あぁ………きっとこれは、なんかの夢なんだろう……

 

 

 

 遠くで小鳥の鳴き声が聞こえた。でもすぐ静かになって、次は耳鳴りが俺の聴覚に食い込んできた。

 ぼんやりとした、なんとも言えない気分の悪さ。言葉にできないこの絡み付く様な脱力感。そのふたつが重なり、俺は吐き気を催すが、かろうじて踏みとどまる。

 

 

 

 舌が苦い。違う、苦いのは唾液だ。クソッ、喉が渇いた…………あぁ、でもタバコも吸いたい。

 

 

 

 とにかくここから出よう。もとい、脱出しようと、口元に押さえていた手を離し、俺は勉強机の上に置かれていた黒い長財布に手を伸ばした。

 磁石式の留め金を外し、音も立たずに開いたその財布からは沢山のレシートやら何かのポイントカードやらがボロボロとこぼれ落ち、床へ舞い落ちる。整理しとけよ……

 ゴミは無視して財布の中を調べようとすると、一番最初に見えたのが『福沢諭吉』だったから、俺はそこで長財布を閉じ、自分が着ている服に注目する。白い無地の長袖の上から、半袖の水色に和柄の入ったパーカーを着込み、下は紺色のユルいジャージだ。全部、俺の買った覚えも、着た覚えもない服だった。

 今はもういいや。とにかく、今の自分の身なりは外に出ても大丈夫そうだったので、俺は財布をジャージの中に突っ込むと、部屋のドアを開いた。

 廊下の壁に手を這わせ、ゆっくりと移動する。手の平に伝わるざらざらの感触が妙に安定して、酷く安心する。

 その手を滑らせながら廊下を歩き、一段一段と階段を下りて細い道を進むと、キッチンと一体になっている広い部屋、居間らしき場所へと辿り着いた。

 が、その部屋の中に入った瞬間、他人の家に上がったときによくある馴染み慣れない異臭を感じ取り、気持ち悪くなった俺は素早く部屋を後にした。そして、見えた先にあった玄関へと走った。

 土間にあるのは、一対のスニーカーだけ。この家の住人は一人暮らしなのだろうか。いや、一人だとしてもサンダルとか、ブーツとか色々あるだろうよ。 

 他の履き物を探すのは面倒だったので、俺は目の前にあるスニーカーにかかとを潰しながら素足を突っ込んだ。真っ黒な運動用のスニーカーは、つま先がぴったりと足に合った。

 玄関を開けると太陽の光が目に刺さり、思わず利き手で眩しさを遮らす。空の色からして、なんとなく朝日だって事はわかった。吹く風は少し寒かったが、パーカーとジャージ姿だから体を震わせるほどじゃない。

 鍵も閉めずに玄関を飛び出し、真っ黒な鉄柵の扉を押し開け、アスファルトの路上へと出る。

 振り返って自分が出てきた建物を見ると、そこには自分が思っていたよりもずいぶんとデカい家があった。赤茶色の屋根に白い壁のセンスはどうかと思ったが、普通の二階建て住宅より一回りも大きさの違う邸宅が俺の目の前にその佇まいを見せていた。

 

 ふと、俺は鉄柵の横の石壁に張りつけられている、高価そうな石に彫られた表札に目を向ける。

 

 

 

 『織斑』

 

 

 

 おり……まだら……?

 

 

 

 読めねえよ。

 

 

 

 舌打ちをひとつ。さっさと解読に諦めをつけ、さっきの家と同じ大きさの邸宅が並ぶ住宅街を歩いた。山を開拓して作った住宅街なのか、国道沿いのなだらかな坂道を下る時、ずいぶん高い場所に建てられていたんだなと、妙な感心をした。

 ずいぶん歩いただろうか。長かったハイキングコースを下り終えると、そこにはもう絵に描いた様な大都会が広がる場所だった。高速道路やらジャンクションやらが連なり、更にそれらよりも身長の高いビル群がズラズラと林立。片側三車線ある道路は、車の往来が止まらない。

 そんなどこかで見た事ある様なそうでもない様な都市の中を適当に歩いたものの、凄い場所に出たとは思っていたが、俺は同時に落胆した。

 なんせ、煙草が買えない。こんな大都会じゃ自販機で煙草買うのにも、あの邪魔臭い認証装置が必要になる。中学の頃、シャッター通りにぽつんと建っていた駄菓子屋が懐かしい。あそこは楽だった。おせっかいばかりくどくど言いながら煙草を売ってくれた店主のおばあちゃんが少し鬱陶しかったが、あの人は優しかった。甘かったとも言うが。

 そんな思い出を朧げに振り返りながら、目の前にあった認証装置付きの煙草の自販機を蹴っぱぐり、再び徒歩を進める。すると、反対車線の奥に原色ばかり目立つ大型雑貨店が見えた。どっかで見た事ある建物だった。

 

 

 

 ……ド◯キのペンギンって……あんなに可愛かったっけ……?

 

 

 

 まぁいいや。ともかく、ようやくニコチンが吸える。そんな喜びだけを胸に、俺は六車線に及ぶ横断歩道をルンルン気分で渡り、店の方へと走った。

 だが、その途中。急に路地の曲がり角から人が現れた。咄嗟に俺は体を傾けてそれを避けようとしたが、浮かれすぎていた足が上手く動かず、その路地から出てきた女性と肩が接触した。

 

 ドンッ!

 

「キャ!」

 

 ヒールを履いていた女性はぐらつきながらも倒れる事はなかったから、俺は適当に謝罪をしてまた走り出そうと足を伸ばしたが、その前になぜか俺はその女性に肩を掴まれていた。それはもう、握り潰してくる様な凄い力で。

 

「ちょっと! 謝って済む問題だと思ってんのッ!?」

 

 

 

 ハァ?

 

 

 

 なんだか凄い面倒臭そうな女に出会ってしまった様だ。確かに被害を遭わせてしまったのはこっちだが、ここまで怒られる筋合いはない。なんか嫌な事でもあったのか、この女。

 目の前の女はずいぶんご立腹な様子で、俺の事を引き止めると、物凄い勢いで叱りつけてくるが、俺の内心は早く終わらねえかと呆けた様にして、彼女の罵声を聞き流していた。早くしろよ……ニコチンが俺を待ってんだよ。

 

「大体……男っていうのはそもそも……っ」

 

 

 

 あぁ面倒くせえ!

 

 

 

 何かが吹っ切れた俺は、彼女の説教を無視して、ドン◯へと全速力で走った。後ろでまだ何か怒鳴ってるのが聞こえたが、そんな事はもうどうだっていい。あのハイヒールじゃスニーカーの俺には追いつけねえだろ。そのまま、煙草の待つ◯ンキへと俺は逃げ込んだ。

 店の中に入ると、そこは目がチカチカするほどの照明がちりばめられているのに、周りからは妙な薄暗さを感じさせる。そう、例えるなら夜の繁華街の様な、自分のよく知る雰囲気の充満した店内。その雑貨のごった返した狭い店の中をスルスルと擦り抜ける様に突き進み、俺は遂に煙草売り場へと到着する。

 とりあえず、いつも自分が吸っているメンソールの強いヤツをひとつ注文した。店員のお姉さんはいぶかしげにこちらを見ていたものの、さも当然の様に財布を開く俺を見て、結局何も言わなかった。

 ライターも持っていなかったので、カウンターの脇に並んであったライターに目をやる。そしてなんとなく目についた黒い百円ライターを手に取ってカウンターの上に置いた。煙草にバーコードを読み通していたお姉さんは、すぐにそれにもバーコードを通した。

 合計金額、数百円ちょい。ジャージに入れていた長財布を開くと、『福沢諭吉』の影に『野口英世』が隠れていたので、そっちを会計に出す。俺が煙草とライターをパーカーのポケットに入れる中、お姉さんはそれを受け取り、慣れた手つきでレジの小銭を集め、レシートと一緒に俺の手に添えた。俺は小銭だけを財布の小銭入れに流し込み、レシートはすぐそばにあったレシート入れに捨てた。

 店の中が暖かくて外に出たくなかったが、喫煙所は外にあったので仕方なく俺はそっちに戻る。店の中と外を区切る物のない店内を抜け、自転車の並ぶ駐輪所近くの喫煙所、車道よりも一段上の歩道よりも更に一段上のコンクリの段差に腰を下ろした。

 ジャージのポケットに手を伸ばすと……そこには煙草がなかった。 あれっ? と思って立ち上がると、身に付けているパーカーの中から軽い重量を感じた。

 

 

 

 そうだよ。俺……パーカーに煙草入れたじゃん。びっくりした。

 

 

 

 もう一度しゃがみ込み、パーカーの中からラッピングされた煙草の箱を取り出し、ビニールの包みを口で引ん剥く。包みは通り過ぎて行く車の風にあおられ、どこかへと飛んでいったが、どうだっていい。開閉式の箱を開き、銀色の紙を捲って、そこから一本のシガレットを口に咥える。箱はポケットに入れ、今度は黒いライターを取り出し、着火装置を指で押す。

 

 カチッ……

 

 カチッ……

 

 ……カチッ……

 

 不良品でも掴まされただろうか。舌打ちをし、何も持っていない手でライターを覆いながら再度、着火装置を強めに押した。

 今度は問題なく火が点いた。指の隙間風で揺らめくオレンジ色の炎を素早く、自分の咥えている煙草へと移す。

 ようやく有り付けた煙草。俺は人差し指と中指の間で煙草を挟みながら、ゆっくりとそれを吸い込んだ……が、まるで肺が拒否反応を示したかの様に、一気に喉元へと押し返された。

 反射的に煙草を口元から離し、酷く咳き込む。なんか、始めて煙草を吸った頃もこんな感じだったなと、俺は苦しみながらも、いらん記憶を思い返した。

 呼吸を整え、もう一度煙草を咥える。今度は咳き込む事なく、肺に浸透させていった。メンソールのヒンヤリする感覚が心地良い。視界もさっきより良くなってる気がする。

 煩わしい頭痛も治まり、少し頭の中がスッキリしてきた俺は、目の前に広がる車の往来と、隙間なくビルの並び立つ都市の風景を眺めていった。

 

 

 

 へぇ……立体ビジョンってもう都市部じゃ普及してるんだ……

 

 

 

 たまたま視線の先に建っていた、他と比べて少し背の低いビルの上には、モニターのない立体の映像の様なものが見えた。そして、そこには色鮮やかさがよく目立つ、ロボットの手足の部分だけを体の四肢に突っ込ませた女性が、格好良さげにポーズをキメて映っている。

 いや、ロボットと言うよりは、パワードスーツだろうか。女性の腹回り辺りには装甲の様な物は見えず、代わりにきわどい水着の様な物を着ていた。パワードスーツならそこにも装甲が必要だと思うのだが……。

 何かのアニメなのだろうか。だとしたら、あのビルはアニメ会社なのだろうか。いや、アニメじゃないな。よく見ると、二次元じゃなくて三次元だ。じゃ、何かの特撮か映画なのだろうか。

 それにしても、あんなパワードスーツが動くアニメ、結構前に見た様な気がする……

 

 

 

 そうだよ、あれは確か……

 

 

 

 そこまで考えた瞬間、俺の目の前に広がる道路に、一台の真っ黒なスポーツカーが急ブレーキをかけて停まった。

 あっぶねーな、何考えてんだ? と俺が自分の記憶を辿るのをやめて、心の中でその車に苦情を漏らしている最中、その車の運転席が勢いよく開いた。

 中から現れたのは、二十代ぐらいの若い女性。黒いヒールに黒いビジネススーツを着込み、タイトスカートには片側に切れ込みが入って、そこから黒のストッキングに包まれた太ももを覗かせていた。その他、白いワイシャツ、緩めに結んだネクタイ。

 顔は美人。少なくとも、今日一日で俺が出会ってきた女性の中では一番美人。でも、ヒールで車を運転したのはいただけない。あぶねえよ……今さっきの停車の仕方がいい例だ。いや、悪い例だ?

 そんなに急いで何をド◯キに買いにきたんだと、俺は車から降りた女性を無視して、のんきに紫煙を吐いていた。

が、女性はさっきの勢いが嘘の様に落ち着いた調子でスタスタと歩き、煙草を咥えながらしゃがみ込んでいる俺の目の前に立ち止まった。そして間髪入れず、俺の口元に咥えていたシガレットをぶん捕ったのだ。

 突然の出来事にわけがわからず、俺はその女性を見上げようとしたが、次の瞬間、

 

 

 

 俺は強烈な平手打ちを、頬に喰らった。

 

 

 

 凄まじい破裂音と共に、しゃがんでいたはずの俺の体はほんの少しだけ中を浮き、そのまま歩道の地面へと、叩かれた方とは反対の頬が叩き付けられた。

 

「こんなところで何をやっている……ッ!!」

 

 爆発寸前の心頭した怒りを辛うじて押し殺した様な彼女の声が、両頬を痛めた俺の耳に響く。だが、このとき俺は全く別の事を考えていた。

 

 

 

 これは、夢じゃなかった。と……

 

 

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