数日後の放課後、俺とシャルロットは昨日のアリーナとは別のアリーナを訪れていた。
ここ第5アリーナは縦幅が細長く広がっており、射撃訓練に適している。ホログラフィックの的も出せる仕組みになっており、横一列に並んでドンパチやるのがルールだそうだ。
シャルルは準備として持ってくる物があるそうなので、俺はひと足先に射撃場であるアリーナのグラウンドに白式を纏って入った。
中に入るなり聞こえて来たのはバカにデカい銃声のアンサンブル。だがしかし、耳を塞ぐ必要性が感じられないのは聴覚が白式に守られているからだろう。アリーナは吹き抜けになっているが、防音性のシールドが張られているに違いない。じゃなかったらここの音は四六時中IS学園に鳴り響く事になる。
射場には俺のクラスメイトや他クラス他学年の女子生徒がISを纏って様々な銃をぶっ放していた。俺の存在に気づくと彼女達は射撃を中断し、俺に呼びかけて来たり手を振ったりと反応を示してくるので、俺も手を振り返す。彼女達の反応にもずいぶんと慣れたものだが、最近はかなり積極的なスキンシップをはかったりしてくる者も多い。それはそれで良いのだが。
数分後、リヴァイブを纏ったシャルロットが持ってきたのは、ドラム缶ぐらいの大きさはある円筒型の金属のボックスだった。
「何コレ、ビール?」
「ふふっ、ここを押すと……」
シャルは上蓋の真ん中にあるスイッチを押す。すると円筒のボックスはメカニカルな変形を始めて、開放した中から数種類の銃器とマガジンが飛び出してきた。
拳銃、散弾銃、狙撃銃、機関銃、突撃銃、おおよそ銃と呼べる代物が一式入ってある。全部持てばランボーかメイトリクスの気分にはなれそうだな。
「本当はバズーカやガトリングガンも出したかったんだけど……手続きがメンドくさくってね♪ だから僕のリヴァイブにインストールされてるのを使わせてあげる!」
意気揚々とした声色で話すシャルロットはえらく楽しそうだ。原作ではすぐ一夏に惚れて、あの手この手で気を引こうとする印象しかなかったので、こんな風にメカや銃器に目を輝かせる姿は新鮮だった。というか、彼女のこんな様相をテレビ画面で見た事は俺の記憶にある限り、無い。
たぶん『IS』はラブコメ路線の傾向が強いのでシャルロットのこんな設定はテレビの前では現れなかったのだろう。彼女はきっと、こうゆうのが好きなのだ。
「えーと、この端末でホログラフィックの的が出せる仕組みだから、最初はこのアサルトライフル《ヴェント》から撃ってみよ! 今、僕が調整するからちょっと待ってね……
彼女の長話を耳だけで聞きつつ、俺はオートマチック式の拳銃をISのマニュピレーターで掴み取った。妙に慣れない銃との距離感に、柄でもなくもたついてしまう。
マウントレイルにフラッシュライトとレーザーサイトの取り付けられた拳銃。フロントサイトとリアサイトまで付いてるが、ISでの戦闘に必要なのだろうか。まぁ、これがあれば計器のない白式でも狙いがつけられる。
とりあえずスライドを引いてみると、マガジンが入ってなかった。元の重さなど知らないし、そもそもマニュピレーター越しだと重心が伝わりにくいのだ。仕方がない。
「よし! 設定は終わったし、的も現れたし、準備オッケーだよ! 一夏、さっそく撃ってみよ……
ボックスから拳銃用であろうマガジンを取り出し、弾が入ってるのを確認してからマガジン導入部に押し込む。カチリと音を立ててマガジンが固定された。
左手でスライドを限界まで引いて戻す。気持ちの良い金属音とほんの少し手首が下がる僅かな勢いを感じつつ、俺は両手で包み込む様に握った拳銃を標的に狙いを定めてトリガーを引いた。
「え──
発砲。同時にフラッシュとリコイル。オートマチックの実銃と同じ、手首から伝わる反動はISのマニュピレーターで酷くコンパクトに抑えられ、ほとんどぶれる事なく次弾が発射できる。
計器の無い以上、目測でしか狙いを定められないのだから、深い事は考えずに俺は的を数発ずつ速射していく。それも、かなり短めの間隔で。
「いっ、いち──
装弾15発を全て撃ち尽くし、本来ならISのコンピューターがハンドガンと連動してマガジンを排出してくれるらしいが、この白式にそんな機能はない。ホールドオープンした銃口を前に構えたまま手動で空のマガジンを落とし、既に手を伸ばしていた替えのマガジンを滑り込ませた。
「っ!!」
スライドを戻し、再度発砲。あまりの反動の少なさに両手で持つ必要性も感じられなくなったので、残る的には片手撃ちでマガジン内の弾丸を全て撃ち尽くし、俺は息を大きく吐いた。
勝手に空間投影ディスプレイに打ち始めてからのタイムや採点やら何やらが表示される。得点はともかく、的には全弾命中したのだから満足だった。
そんな気分で後ろへ振り返れば、シャルロットや周りにいた他の生徒達全員がこちらを見ていた。
「「「「「「「「「「………………」」」」」」」」」」
普段なら銃声が際限なく飛び交う射場を、無音の空間が包み込む。
「あー、えーっと……」
『「見事な射撃だ」』
その空間を突き破ったのは通信回線と肉声の合わさった声、ラウラの声だった。
首を少し動かして声のした方向に顔を向けると、そこにはラファールよりも分厚い装甲を漆黒に染めたISを身に纏っているラウラが、マニュピレーターの手で拍手をしながらアリーナの縁に立ってこちらを見下ろしていた。
自己紹介以来の対面。彼女はどこか嬉しそうに、俺の分析を始める。
「射撃の反動をISの制御だけでなく、姿勢で上手く受け止めている。リロードにも動きに全く無駄がない。まるで人間サイズの実銃を持った事があるみたいだ」
向こうは素直に評価をしているのか、えらく感心した態度だ。
「そりゃどうも。あんたも混ざるか?」
ラウラの目的はなんとなくわかっているつもりでいたが、俺は社交辞令の代わりに拳銃を差し出してみせる。
「今はそんな事に興味は無い。私が興味あるのは……織斑 一夏、お前だ」
その意味深すぎる発言にシャルロットのみならず、周りのギャラリーまでざわつき始めた。
ラウラがこんなキャラだったかどうか疑問に思ってしまったが、俺には悠長に考える暇はなかった。彼女の言葉と同時に、彼女のISの肩部から連結されている、リボルバーのシリンダーとマガジンの付いたカノン砲が重々しい音を立てて俺に砲門を向けてきたからだ。
「織斑 一夏、私と戦え。お前の力を私に見せろ」
有無を言わせない口振りで俺にカノン砲を突きつけるラウラに対し、俺は渡そうとしている銃を片手で器用に持ち替え、彼女に向けた。
「面倒いから嫌っつったら?」
その応答にラウラは口元だけを姑息に歪めると、カノン砲の照準を俺から少しずらして躊躇なく発砲した。
ISの真っ黒な銃身に青い稲妻が走り、デカい閃光の様な弾丸が発射される。アレもレールガンの類な様だ。
「ッ!!?」
当たらないとわかっていても避けてしまった。周りの悲鳴と炸裂音が交錯する。濁流の様な砂埃を真正面から被った。
目の前に着弾した弾丸は、地盤ごと吹き飛ばして底に穴を開けていた。咄嗟にブーストを吹かして小ジャンプし、膝をついて着地した俺の足下に一升瓶ぐらいの大きさはある薬莢が転がってきた。
「拒否する権利はなっ、ッ!?」
彼女の言葉は俺の後ろから聞こえた銃声で途切れた。ラウラに向かってアサルトライフルの弾丸が彼女のすぐ真横を通り過ぎる。
振り返ればそこにはアサルトライフル2丁を構えたシャルロットが、きりりとラウラを睨みつけていた。
「……こんな場所でいきなり戦闘を始めようとするなんて、ドイツの人はビールだけじゃなくて頭もホットなのかな?」
「ふッ、フランスの
「未だに量産化の目処も立たないドイツの
ラウラはシャルロットを鼻で笑い、今度はカノン砲の照準をシャルロットのリヴァイブに向けた。
やはり、彼女との衝突は避けられそうにもない。空の拳銃を置いて雪片を展開しようとした、その時だった。
『そこの生徒! 何をやっているんですか!』
スピーカーのハウリングと厳しい怒声。このアリーナを管理もとい監視している教師に見られていた様だ。タイミングはもう少し早い方が良かったが。
「フンッ、興が醒めたな。日を改めさせてもらう」
鼻で笑ったラウラはそう言うと、ISを装着したままアリーナの縁から外へと飛び出していった。
彼女の姿が見えなくなって、真っ先に動いたのはやはりシャルロットだった。
「一夏、大丈夫?」
「あぁ……」
心配そうな声をかけ、彼女の手が俺の肩を優しく掴む。俺はシャルロットに顔を向けず、目の前に転がっていたラウラのカノン砲の薬莢を掴む。
おそらく次の戦いはセシリアや鈴の様に、行き当たりばったりの戦い方では勝つ事はできないだろう。ラウラのあのイベントも上手くやらねばならない。
そこまで考えてから、彼女の決闘を引き受ければよかったと後悔し、俺は薬莢を力任せに握り潰した。
・・・☆・・・☆・・・
ラウラが手を引いたので、その日はシャルロットと様々な銃をぶっ放して、訓練を終える事ができた。
アリーナの更衣室に戻り、俺が着替えようとするよりも早くシャルロットがこう告げる。
「それじゃあ一夏、僕は先に寮の部屋に戻るから、一夏はここのシャワーを使ってて」
いつもの様にひとりお先に帰ろうとするシャルロットを、俺は珍しく呼び止めた。
まさか、イジワルをするつもりはない。ただ今日はちょっと用事があるだけだ。
「あ〜、俺このまま整備室行って白式ちょろっといじったあと、そのまんま寮に戻るつもりだから、ここのシャワー使ってていいぞ」
「えっ……でも一夏、汗びっしょりだよ? いいの?」
「そんな時間かかんないからいいって。お前も汗だくのまんま寮まで戻るの嫌だろ?」
「じゃ、じゃあ……お言葉に甘えさせてもらうよ。ありがとう、一夏」
「んぁ」
その会話を最後にシャルロットと別れた後、俺は自分で言った通り整備室でささっとデータの抽出と整理をし、更衣室には戻らず寮を目指す帰路を辿った。
日の暮れ始めた夕方の帰り道を歩いている途中、人工池のそばにある喫煙所……休憩所から数時間前に聞いた声が聞こえてきた。
「教官、どうかドイツに戻って来てください! こんな所で教師など!」
休憩所から見えてきたのは、やっぱりラウラ。その隣に対面していたのは、やっぱり千冬だった。
……つか、このイベントって今日だっけ? というか、シャルロットとISで闘った時点でもう原作と流れが変わっている様な気もするが、あまりにもイベントが起こりすぎてついていけないのが、現状だった。
「やれやれ……何度も言わせるな、私には私の役目がある。それだけだ」
「この様な極東の地で何の役目があるというのですか!」
千冬は面倒事をあしらう様な口調でラウラに背を向けるが、ラウラは更に彼女へと詰め寄る。
「お願いです教官、我がドイツで再びご指導を。ここでは貴方の能力は半分も活かされません」
「ほう」
「大体、この学園の生徒など教官が教えるに足る人間ではありません」
「なぜだ?」
そう言って振り返った千冬の表情からは、僅かな苛立ちがうかがえた。ラウラは気がつかない。
「意識が甘く、危機感に疎く、ISをファッションか何かと勘違いしている! そのような程度の低い者達に教官が時間を割かれるなど……
そこで唐突に言葉が途切れたのは、ラウラが千冬の静かなプレッシャーに押されたわけではない。
「っっ!! ……お前」
そばに生えている木に隠れもせず、仁王立ちのまま話を聞いていた俺に彼女が気がついたからだ。
「「「………………」」」
三者の睨み合いが続き、やがて痺れを切らしたラウラが何も言わずに寮の方へと逃げ出した。
残った俺は逃げていくラウラを眺めながら千冬の元へと歩いていった。
「ずいぶんと思い切りの良い盗み聞きだな」
「声がデカかったもんで……」
俺は悪気など微塵も見せず、千冬の隣に並ぶ。こうして二人きりで話すのは、少し久しぶりな気がした。
「こんな所で油を売っている暇があるのか?」
「息抜きだって必要さ。それに、ISの訓練だって順調だぜ」
「えらい自信じゃないか。だが、慢心は足元を掬われるぞ」
「大丈夫だって、それより……アイツの事、いいの?」
俺はラウラが逃げていった方向を指差した。
「……元々人と関わる事を知らない人間だ。それが、ISを得てからは力だけが全てだと思っている」
千冬の表情はいつもの仏頂面から変わっていないが、それでも僅かに顔がうつむいていた。
「私を追ってきたのも、もっと力を望んでいるのか、あるいはその力を私に認めてもらいたいのだろう。そんなものを教えたつもりは、なかったのだがな……」
俺は黙ったまま彼女の言葉を冷静に聞いていたが、後々になって千冬が弟である俺に本音を零すのはかなりイレギュラーな事だと思い返した。
のちに俺は理解する。千冬は俺にラウラの事を賭けたのだ。女尊男卑に染まりつつあったセシリアを変えた様に。
一度、原作の知識を整理してみよう。
千冬が愛しい弟である一夏を置いてまでドイツに飛んだ理由は、ある事件がきっかけで借りた貸しを返すためだ。
その事件とは、千冬がISの世界大会である『モンド・グロッソ』の第2回目に起こった、織斑一夏誘拐事件の事である。
事件当日。モンド・グロッソが決勝戦を迎えようとしていた時だ。選手である千冬は決勝戦まで順調に勝利を続けていたらしい。彼女は第1回目の大会で優勝している身。そん時の圧倒的なまでの強さから、その年の大会も彼女の優勝が囁かれていたそうだ。
ところが決勝の直前、何をしていたのか知らんが一夏は何者かに誘拐されてしまう。それをどこからか聞きつけた千冬は決勝を放棄し、一夏を助け出すために政府へ協力を求めたが、肝心の一夏の誘拐先がわからなかったらしい。
その時、彼女に情報を提供したのがドイツだったそうだ。どうして日本よりドイツが情報を先に握っていたのはわからないが、とにかく彼女はその情報のおかげで一夏を助け出す事に成功したのだ。
後になって学園のPCで調べてみたのだが、この事件……世間には公表されていない。千冬の棄権した理由は別の適当なモノに変えられていた。何でそこまでして大会を継続させたかったのかは、わからないが……
その後、千冬はドイツに呼ばれて、1年間そこでISの軍事教官を務める事となったわけだ。目的は世界最強のIS乗りである彼女のデータだろう。千冬の性格からして、彼女は借りをそんまんまにする様な女じゃない。断る事は出来なかったのだろう。
そん時に出会ったのが、あのラウラ・ボーデヴィッヒだ。彼女はISの適性がイマイチだったのか軍の中の落ちこぼれだったのが、千冬に指導されてからは一気にその才能を開花させたらしい。彼女は千冬に感謝以上に心酔している。だから彼女は一夏を許せないのだろう。俺がいなければ千冬は何事もなく決勝を勝ち抜き、優勝をしていたはず。その彼女の晴れ舞台を潰した俺は、アイツの目からしてみれば汚点にしか見えないのだ。
一方、一夏は姉に助け出されて以後、守られてばかりの自分に嫌気がさし、彼女の様に力を得る事で強くなりたい、誰かを守りたいと言う欲求に固執する様になったわけだ。確かこんな感じだったと思う。
ラウラが俺こと一夏を恨む気持ちはわからなくもない。かといってそれをそのまま受け止めるほど俺は受け身にはなれん。向こうは正面から戦う事を期待しているのだ。このまま史実通りに時間が進めば、俺は彼女と戦う事になる。現役軍人のIS乗りに一般人がどこまで対抗できるかは全くわからんが、こっちだって日頃の生活はほとんどISに注ぎ込んできたんだ。やってみるさ。
それよりも今はシャルの方をなんとかした方がいい。彼女の正体が発覚するイベントを起こすつもりのない俺は、彼女に悟られない様に上手い事暗躍する必要がある。早くしなければ、ここを出た時に後味が悪くなる可能性が高い。
しかし、デュノア社の内情を調べようとしたものの、IS学園の生徒でしかない俺は一般人とほぼ変わらない存在であって、情報収集手段があまりにも少なすぎる。本人に聞くのはあまりにも不審だ。
だが目の前にいる千冬なら、何か情報を集めるだけの力を持っているかもしれない。とにかく、一人で抱え込んで解決に到れる話ではなかった。
「織斑先生、ちょっと真面目な話……いいっすか」
有無を言わせない俺の言い草に、千冬は無言無表情で視線を合わせてきた。少したじろぎそうになったが、ビクビクしてはいられなかった。
・・・☆・・・☆・・・
(シャルロット視点)
織斑 一夏。世界で唯一ISを動かせる男性にして、世界最強のIS操縦者『ブリュンヒルデ』こと織斑千冬の弟。
私の目的は彼に接触し、専用機である白式と彼自身のデータを収集してデュノア社へ持ち帰る事。可能ならば、彼をフランスの代表候補生へと勧誘する事。
もし、こちらの正体がバレてしまった場合は最終手段として、彼を篭絡。彼の遺伝子を入手し、持ち帰る事。『母親』からは「胎内でも構わない」と言われた。寧ろ、その方が都合が良いって……
私に選択権なんてなかった。
『実の母』がこの世を去ってから、まるで待ち構えていたかの様に私の元に届いた一通の連絡。顔もほとんど覚えていなかった父親に呼び出され、私はデュノア社を訪れた。
入るなり待ち構えていた正妻の母親に叫ばれ、頰を叩かれた。地面に崩れ落ちた私を職員が止めてくれなかったら、私はもっと酷い目に遭わされていたんだと思う。
激情する正妻の母親がほかの職員に引きずられていって、痛みも治らない私は職員に社長室へと案内された。
父親の顔を、私は覚えていなかった。自分から数メートル先の社長席に、デュノア社の社長……私の実の父親だと言う男が椅子に座った姿のまま、無表情で私の事を見ていた。その隣にはついさっきまで私を叩いた正妻の母親が、怖い顔で私を睨みつけていた。
父親は私の事も、私の母の事も、何も聞いてはこなかった。ただ一言、有無を言わさず私をISへと乗せる命令だけを告げた。
幸か不幸か私のIS適正は高く、データの採取のために私は様々な稼働テストや訓練に駆り出された。毎日朝から晩まで身体を酷使され、様々な知識を覚えさせられた。逆らえば楽になれたのかもしれなかったけど、どうしても死ぬのが怖かった私に逆らう気力は無かった。そんな事も忘れてしまおうと、私もISにのめり込んだ。こんな事しか、させてもらえなかったから。
両親と違って職員の人達は私に優しくしてくれたが、それでも私の居場所はなかった。彼らの生活を支えているのはデュノア社であって、社長である父親には背けない。それに、人の見えない所で私は母親から嫌がらせを受けた。私は確実に疲弊していた。
私がテストパイロットになってすぐ開発されたラファール・リヴァイブは国産の第二世代型ISとして高い評価を受けたが、その数年後、新たに始まった第三世代型ISの開発でデュノア社はつまづいた。一向に開発の目処が立たず、国際IS委員会とフランス政府の圧力を中、経営難に追い込まれたのだ。
そして唐突に父親から告げられた、IS学園へ編入と言う名の潜伏。拒否権なんてあるはずない。どうせ両親達にとって自分はどうでもいい存在なのだ。むしろ好都合だった。ここから出ていけるのならなんでもよかった私は、逃げるかの様にフランスを飛び出し、IS学園へとやってきたのだ。
外に出られたのは何ヶ月ぶりだっただろうか、久しぶりの自由を感じていたが、そんな有意義な時間に浸る暇もなく、私は目的の男である織斑 一夏と対面した。
思っていた通り、彼は普通の男性とは違った。近接武器ひとつしか武装のないISで、私のリヴァイブを追い詰めてみせた。それどころか、慣れていないはずの銃の発砲も完璧だった。
ISの整備や調整も彼は自分で行う。当たり前の様にISの勉学も忘れていない。もしも彼が女性だったら、『ただ』の天才IS操縦者であり、ブリュンヒルデの再来と呼ばれていたのかもしれなかった。
ただ、時折見せる彼の視線に、私は僅かな緊張を覚える。全てを見透かされている様な、あの視線に。
射撃訓練が終わったその日、彼は私に気を使ってくれたのか、アリーナのシャワーを使わせてくれた。一緒にシャワーに入る事は絶対にできないのだから仕方がないとはいえ、汗塗れのまま寮まで戻るのは辛かったから、私は嬉しかった。
彼の好意を受け取り、シャワーで汗を流し終えた私は、夕陽に染まった寮への道を歩く。火照った顔に当たる夏風も、今は涼しかった。
デュノア社からの連絡は、遅かれ早かれ来るだろう。今日の訓練中もリヴァイブのカメラからデータを採取する事ができた。このまま彼と白式のデータを集め続ければ、デュノア社のIS開発は見違えるものになると思う。
それが終われば……私はどうなるのだろうか?
そこまで考えた時だった。学園から寮に続く道の途中、噴水のある池の前で織斑先生と一夏のふたりが並んでいる所を見てしまったのは。
「…………と…………の……盗み……だな」
「声…………った……で……」
声が聞こえたから、何かを話し合っているみたいだった。この先、一夏の事を知る為のカギになる様な情報が得られるかもしれない。そう思った私はゆっくりとふたりに気付かれない様に近くの木の陰に近付き、悪いと思っていたけど恐る恐る耳を澄ませた。
「本当か……?」
「間違いありません。シャルル・デュノアは、女です……」
……え?
口元から、声が零れた。私は両手で押さえる事も、できなかった。
「ハァ……フランスのデュノア社から渡された書類に目を通した時からきな臭いと思ってはいたが……わざわざ男装なんざさせて送り込んでくるとはな……」
そ、そんな……
衝撃だった。向こうはこちらの正体をほとんど判明させていたのだ。織斑一夏もIS学園も……
「目的は……『俺』かと……」
彼は最初からわかっていたのだ。白式と自分自身を狙っている事に気付き、油断していた私を誘い込んでいたのだ。
私の運命はあっさりと終わってしまった。正体がバレた場合にこちらの素性と事情を話し、同情を誘って最終手段に乗り出す事も、もはやできない。
これからどうすればいいのだろうか。デュノア社の命令に従うのか、IS学園に全てを話せばいいのか、全く考えられなかった。
私は震える脚をなんとか奮わせながら、その場から逃げ出した。
・・・☆・・・☆・・・
「本当か……?」
「間違いありません。シャルル・デュノアは、女です……」
ハッキリと告げられた事実に対し、千冬は無言のまま俺を見下ろした。
「………………」
「………………ッ」
一抹の苛立ちを覚えた直後、彼女は大きくため息を吐いて頭に片手を当てた。
「ハァ…………フランスから渡された書類に目を通した時から既にきな臭いと思ってはいたが……まさか男装なんざさせて送り込んでくるとはな……」
「男装してきたって事は……目的は『俺』ですよね……」
「自惚れおって……お前を調べたところで大したデータなんざ取れん。目的は白式の方じゃないか?」
「あぁ……まぁ…………うん……」
「フッ、冗談だ。とにかく、彼女には気を付けた方がいいな。この事は他言無用だぞ。学園だけならまだしも、政府に知られたらパニックでは済まなくなる……」
「もし、漏れたら?」
「デュノア社は政府からスパイ容疑をかけられるかもしれないが、シャルル・デュノアを切り捨てて終わりにするだろう」
「いや、終わりって……シャルルだけ切り捨てて終わる問題か? デュノア社の子だって事はもう政府に知られてんだろ?」
「そうだな、最悪政府から国際IS委員会に強制捜査を委託され、真実を明るみに引き出される。デュノア社は欧州連合からISを取り上げられ、製造のライセンスも外されるだろうな」
「シャルルはどうなる」
「さあな。だが、スパイ行為の実行犯である以上、まともな運命は待っていないだろう」
「………………」
「かと言って、彼女をこのまま泳がしておくメリットは無い。白式のデータを盗もうものなら、取り押さえるしかない」
「……ですよね」
「さて……それはそれとして、お前はどうするつもりだ? わざわざ私に話してきたんだ。何かあるのだろう」
「……俺、今シャルルがデータを盗みにきたの前提で話してますけど……どうもシャルル自身にやる気が感じられないんですよ。なんか、遠慮してるってゆーか……」
「元々、犯罪に手を染める様な性格ではないだろうが……距離をうかがっているにしても積極性がないという事か」
「まぁ……そんな感じ。俺もそこはかとなくシャルルにデュノア社の事とか聞いたりしたんですけど……情報が足りないんです。シャルル……デュノア社について調べてくれませんか? あいつの方は俺が様子見ておきますんで……」
「……フッ、IS学園に関わる事だ。生徒であるお前に危険がある以上、調べないわけにはいかない。だが、なぜそこまでデュノアの肩を持つ? 敵なのかもしれない彼女に」
「………………」
「……惚れたか?」
「まぁ……そんな感じ……」
ぺチン!
「あつッ!?」
「適当な事を言うな、全く……最近のお前はクラスメイト達とえらく仲睦まじいと職員室で評判だぞ。乳離れするのかどうか不安な弟がようやく異性に興味を持ってくれたのは、姉として喜ばしい限りだがな」
「ち、乳離れって……」
「仕方ない……デュノア社は学園の方で洗う。お前はシャルルを見張っておけ。気を付けろよ、彼女が本当にデータの収集だけでお前のそばに近付いたとは、まだ断言できないのだからな」
「お、おう……」
「返事は『はい』だ」
「……はい」