織斑イチカの収束   作:monmo

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第十話

 (箒視点)

 

 

 

 な、なぜだ…………なぜ、こんな事になっている……

 

 

 

 学年別トーナメントが迫っている、ある日の放課後。私は重たい足取りで学校の屋上を訪れると、手すりにもたれかかった。

 鈴はいつものように訓練に行くらしい。セシリアはまたBTの調整がどうとか言っていた。シャルルは学校が終わってから見ていない。一夏は……まだ山田先生と補習だろう。ひとり残された自分の口からは、ため息しか出てこなかった……。

 

 数週間前、私は一夏に告白した。部屋が離れ離れになってしまったし、その前には凰の一件もあった。このままでは一夏がどんどん離れていっていまう。もうこれ以上、他の者に遅れをとる事は許されなかった。

 

 私の告白を、一夏は黙って聞いてくれた。間違いなく私の気持ちは一夏に伝わったのだ!

 

 なのに……なぜか今、クラス……いや、学園の中ではトーナメントに優勝すると一夏と付き合えるという情報が出回っているではないか!!

 

 なぜこのような事に…… 『学年別トーナメントの優勝者は織斑一夏と交際できる』 それは私と一夏だけの約束だっ!!

 

 一夏が言いふらしたとは考えられん……今にして思えばあの時の声はいささか大きかったかもしれない…………誰に聞かれてもおかしくはなかった……。

 

 それでも、一夏と直接約束を交わしたのは私だ! うむ!

 

 とにかく優勝だ! 優勝すれば問題ない!

 

 とは言ったものの、問題は専用機持ち相手にどうやって勝つかだ……。

 

 私は項垂れる。ISの訓練のために打鉄の貸し出し申請を送っても、予約が詰まってしまっては借りれず、日課である剣道にも気持ちが回らない。こうしている間にもほかの専用機持ちの連中は自分のISが使えて、一夏と訓練をしている。という事はそれだけ一夏と一緒にいられる時間が増えていくのだ。これでは不公平ではないか……。

 一夏との距離だけではない。ISの訓練も、自由に使える者達と経験の差が開く一方ではないか……。

 

 

 

 私にも……私にも専用機があれば……

 

 

 

 不意に、一夏と約束した時の台詞が思い出される。

 

(も、もし、私が優勝したら…………つ、付き合ってもらうっ!!)

 

(あ、あぁ……)

 

 小学高4年生の時に一度、今回と同じような約束をしたことがあった。私が剣道の大会で優勝したら、付き合ってもらうと約束した。一夏はきっと忘れてしまったと思うが、あれが私の一世一代の告白だった。

 が……私が一夏と付き合える事はなかった。優勝できなかったのではない、ましてや負けたわけでもない。大会当日、私は引っ越す事になり、大会そのものに参加することができなくなったのだ。不戦敗であった。

 そうなった原因は、私の姉『篠ノ之 束』にあった。

 

 『重要人物保護プログラム』

 

 束姉さんが発表した『IS』はこの世界の兵器のパワーバランスを変えてしまうほどの代物で、それを狙うありとあらゆる存在全てから保護するという名目で、私達一家は政府主導の転居を繰り返す羽目になったのだ。

 姉のせいで、私は一夏と離ればなれになった。約束も、結果も、出せず。

 

 

 

 あの日から……私は姉の事が、好きになれない……

 

 

 

 私の家、篠ノ之家は神社そして剣の道場を開いている。幼少の頃より剣を握っていた私は小学生にして5年〜6年上の上級生に対しても圧倒的な経験と実力を持っていた。

 それが姉さんのせいで道場を経営する事が困難になり、政府の命令で転居を繰り返す生活を強いられた。

 

 一度一夏から来た手紙も「居場所が第三者に知られるのは困る」という理由で返事を出すこともできなかった。私は一夏との繋がりを完全に断たれたのだ……。

 そして気がつけば両親とも別々の暮らしを余儀なくされ、しかも元凶である姉は行方をくらます始末。実の妹という事で、私は執拗なまでの監視と聴取にさらされた。

 

 ただひとり、残された私には剣しか残されていなかった。

 

 剣道を続けたのは、一夏との繋がりを失いたくなかったから。本人はなにもかもとっくのとうに打ち捨ててしまったが、私は剣に誇りを持っていた。大会で勝ち続けて注目を集めれば、また一夏に会える……そう信じて私は剣を振り続けていた。

 だが、勝つ事だけを求めた私は完全に剣の道を踏み外していたのだ。負けたくない一心で私は執拗に敵を攻め立て、完膚なきまでに叩きのめした。

 全てが終わった時、私の進んだ後には何人もの傷ついた人々が残ったのだ。私は自分の欲のために、何十人という同士達の夢を無残に切り捨てていたのだ。

 

 あの時感じた絶望感は二度と忘れない。私は今度こそ、本当の力を手に入れるのだ。

 それにここまで来てしまったが、悪い事ばかりではなかった。夢にまで見た一夏と再会できたのだから。けれども、私はあんな姿を一夏には見せたくはない。

 

 しかし、力を手に入れるにはISがなければ始まらぬではないか……

 

 携帯に視線を落とす。電話帳の中にあるひとつの連絡先、『篠ノ之 束』の項目を開いて私は指を止める。

 学園の量産機を皆で分けて使っていては専用機持ち達にはおろか、一夏にさえ追いつけない。私が足踏みをしてる間に……皆はどんどん前に進んでいってしまうのだから……

 

 姉さんに頼んで私にも専用機を作ってもらえば、彼女達とも互角に……同じ条件に並ぶ事ができるだろう。後は私の努力次第。そこまで辿り着ければ、私は誰にも負けるつもりはない。もちろん今度の約束はなんとしてでも果たしたい! 最初は姉の力を借りるのは卑怯だと思っていた。だが、今の私にはそんな我が儘を言う暇もなくなってしまった。

 

 

 

 そうだ……今回はあの時とは違う……ッ!

 

 

 

 この痛みは皆を出し抜こうとする罪悪感からなのか、一夏のそばにいられない苦しさからなのか……?

 いや……そもそも今まで姉さんには振り回されてばかりだったのだ。一度くらいわがまま言ったところで構わないではないか。

 

 これ以上あいつらに差をつけられてたまるか!

 

 私は覚悟を決めて視線を手元に落とす。握られた携帯画面に表示されている姉さんの電話番号に指が触れようとした、その時だった。

 

 不意に大きな爆発音と地響きが起こり、咄嗟に私は手すりにしがみついた。砂と火薬の混ざった強風に煽られ、思わず咳き込んだ。

 素早く顔を上げると、見えていたアリーナの中から激しい砂煙が巻き起こっているのを私は凝視した。

 

 ずいぶんと激しい練習だとは思ったが、その直後に爆煙の中からセシリアのブルー・ティアーズと凰の甲龍……そして、それに向かって攻撃を続ける真っ黒なISと、それを身に纏ったラウラ・ボーデヴィッヒを見た瞬間、私は一大事が起こっているとすぐに判断してアリーナへと走った。

 

 

 

 ・・・☆・・・☆・・・

 

 

 

「織斑く〜ん? どうかしました?」

 

「あっ……いえ……」

 

 今、俺は放課後いつもの様に山田先生とじゃれあいという名の補習を受けているところだった。が、俺はいつもの様にじゃれあっていられず、別の事を考えていた。

 

 シャルロットの様子がおかしい。

 

 ここ最近、シャルロットが急に訓練に対して消極的になったのだ。普段の武器トークはもちろん、ISの勉強はおろか放課後の訓練にすら理由を並べられ、付き合ってくれなくなった。遠回りに悩み事などを問いただしてみるも、彼女にはぐらかされてしまう。ちなみに、今日も彼女はいない。ほかのクラスメイトに呼ばれているとかどうとか言って、どっかに行ってしまった。

 シャルロットに対しての言動を思い返しても、彼女の正体を示唆させる様な事は冒していないつもりだった。少なくとも、この時の俺は。

 考えても答えは出ず、どこか惚けたその様子を山田先生に心配された時、廊下から聞こえてくるクラスメイトの騒ぎ声に耳を傾けた。

 

「ねぇ、聞いて! 今、アリーナで代表候補生が対戦してるって!」

 

 どうやらシャルロットどころではなくなってしまったようだ。

 それを聞いた時にはもう俺は机から立ち上がって山田先生の言葉も聞かず、逆に適当なこじつけを言ってアリーナへと向かった。

 何のイベントなのかはすぐわかってしまった。向かう途中の外廊下から見えたアリーナに爆発と黒煙が上がって見えて、俺は更に足を早めた。

 クラスメイトや野次馬をかき分け、入り口の階段を駆け上がって観客席に繋がる扉を開けた瞬間、俺の目の前へ鈴の甲龍が飛び込んできた。

 

「うわッ!!!」

 

 こういう時こそISを素早く展開させる事がISの操縦者として求められる技術だろう、たぶん。

 残念ながら反射的にしゃがみ込んでしまった俺は、アリーナの防護シールドに守られて、事なきを得た。

 頭に抱えていた腕をほどいてアリーナを見上げると、シュヴァルツェア・レーゲンを纏ったラウラが地面に落ちた甲龍の鈴と、その横でブルー・ティアーズを纏った姿で膝をついていたセシリアの二人を見下ろしていた。

 

『衝撃のみを発射する第三世代用の特殊兵装か……私の停止結界では止められんな…………しかし、ロクにチームワークも組めない相手など雑魚にも劣る』

 

「イタタ……相性は有利なハズなのに、なんでこうも当たらないワケッ!!?」

 

「くっ……狙えない相手ではありませんのに……ッ!!」

 

 観客席のすぐ真下で二人の悔しがる声が聞こえた。その彼女達に向かってレーゲンのカノン砲が発射される。

 

「「ッ!?」」

 

 イグニッション・ブーストの音が重なり、セシリアと鈴はそれぞれ反対方向へと回避する。俺が尻餅をついて立ち上がった時にはもう、再び戦闘が始まっていた。

 

「一夏! こ、これはいったい……っ!?」

 

 後ろから駆けつけてきたのは山田先生かと思いきや、箒だった。アリーナの騒ぎに駆けつけてきたのだろうが、今は彼女を気にしている時間はない。

 俺は箒に一言も告げず、アリーナのグラウンドへと続く非常用通路を目指して観客席沿いを走る。グラウンド内を見れば、セシリアと鈴がラウラに向かっていった。

 

「ちょッ!? 凰さんッ! 射線上に入らないでくださいませッ!!」

 

「きゃああああああッ!!? ああああアンタどこ狙ってんのよッ!?」

 

 セシリアは遠距離からレーザーライフルで狙撃しようとするが、甲龍がラウラの周りをトリッキーに飛び回るせいで狙いがつけられない。そんな状態で放たれた光線が鈴の顔の横を擦り、思わず彼女は悲鳴を上げる。

 2人が言い争っている間に再びラウラのカノン砲が発射された。セシリアと凰は左右に分かれて回避したが、続いてレーゲンの肩と膝から発光するワイヤーの様な物が発射され、執拗すぎる追尾性能を発揮しながら2人に迫り来る。

 

「ちょ!? 何よコレっ!!」

 

「くっ……!」

 

 セシリアは素早くレーザーライフルでワイヤーの先端部を打ち抜き、軌道をずらして回避した。しかし、鈴は青龍刀でひとつのワイヤーを防ぐ間に、別のワイヤーが甲龍の脚部に絡みついた。

 あのワイヤーは薄く発光しているが、触れても問題はなさそうだ。本当に触れてはならないのはワイヤーよりも更に強く光る先端部だろう。刃の付いたアンカーの様な形してるし。

 

「しまっッ!

 

 鈴が気付いたのと同時にワイヤーは一気に彼女を引っ張り、叫び声と共に甲龍が空中で弧を描く様にブン回されていく。

 

「隙を見せましたわね!!」

 

 その反対側でセシリアが空中で停止してレーザーライフルを構えた。鈴に意識が向けられた今がラウラへ攻撃のチャンスだと捉えたのだろう。

 しかし、それをやや離れた位置から見ていた俺は白式の装甲を展開させず、エネルギーバリアと通信機能だけを起動させる半展開(俺 命名)を行うと、セシリアのプライベート・チャンネルに合わせて叫んだ。

 

「違うセシリア! 鈴を助けろッ!!!」

 

『えっ!!?』

 

 だが、急に通信を入れてしまったのがマズかったか、セシリアが動揺した直後には彼女の纏うブルー・ティアーズに、ワイヤーで拘束された凰の甲龍が空中で激突した。

 

『『きゃあぁあッ!!!』』

 

 観客席のここからも聞こえる悲鳴が重なり、鈍い金属音が響き渡る。赤紫と青い装甲が火花を纏って飛び散り、落下する鈴とセシリア。そこに残り5本のワイヤーブレードが絡まり、ISごと彼女達を拘束して目の前まで引き戻したラウラは、彼女達に向かってシュヴァルツェア・レーゲンの武骨な拳を叩きつけた。

 

『うぐぅッッ!!』

 

『いやッ!!』

 

 回線から重たい音が鳴る度に二人の痛々しい悲鳴が聞こえる。アリーナの通路に駆け込んだ俺に彼女達の様子は見えず、自然と足が速くなる。そこへ突然、山田先生の放送が流れた。

 

『やめてくださいボーデヴィッヒさんッ! あなたのやっている事はISの運用を大きく逸脱しています!!』

 

『………………』

 

 おおよそ俺の後を追ってこのアリーナの残状を目の当たりにし、管制塔へと駆け込んだのだろう。放送はラウラに呼びかけているものの、彼女からの反応は一切ない。回線からは更に一方的な蹂躙が続いていた。

 

『うぅッ! あぁッッ!! いっ、一夏さんッ!!!』

 

『いやぁッ! 痛い、痛いッ!! 助けて一夏ぁ!!!』

 

 二人が俺の名前を呼んだのとほぼ同時にアリーナの非常用通路からグラウンドに飛び出した俺は、そのまま駆け抜けながら白式を起動した。

 放出されていく光の粒子が、踏み出した俺の左脚に集まる。踏み込んだ瞬間に白式の装甲が形成されてグンッと背丈が一気に伸び上がり、次に踏み込もうとした右脚が粒子と機械を纏い、展開が完了した浮遊ユニットと両脚のブースターで俺はアリーナの空へと飛び立った。同時に空中で大きく振りかぶってブン投げた雪片が、セシリアと鈴を拘束するワイヤーを断ち斬った。

 乱入者に気付いたラウラを無視し、俺は素早くワイヤーの拘束から解放されたセシリアと鈴の元へ向かう。突進ばりの勢いでボロボロのブルー・ティアーズを纏ったセシリアを体全体でキャッチし、腕に抱えてすぐさま甲龍を纏った鈴を助け出そうとするも、唐突に響き渡るロックオンアラート。ラウラのカノン砲が俺を狙っていた。

 

「チッ!!」

 

 落ちていく鈴の方向へイグニッション・ブーストを発動して彼女をグラウンドの地面スレスレで捕まえ、再度イグニッション・ブーストでラウラのロックオンから逃げる。ついさっきまで俺のいた空間にカノン砲の弾丸が通り、地面に着弾した。

 着弾で発生した砂煙の中に紛れ込み、俺はふたりを抱えて自分が出てきたアリーナの非常口へと飛び込んだ。

 薄暗い廊下の壁に傷ついたセシリアと鈴を降ろす。このまま外に逃げ出したかったが、ラウラが後で何をしにくるかわかったものではない。不本意だが、今は彼女達をここに置いておくしかない。

 

「い、いちか……」

 

「無様な所をお見せしましたわね……」

 

「いい、気にすんな……」

 

 ボロボロのISを纏ったまま、今にも泣き出してしまいそうな鈴と、まだ立ち上がろうとするセシリアをなだめ、俺は立ち上がる。2人をここに残すのは致し方ないが、今はラウラにどうやってお灸を添えてやろうかと考えていた矢先、俺の後を追ってきたのか息を切らせながら現れた箒がすぐに倒れた2人の元へ駆け寄る。

 

「ひどい……、一夏……どうする?」

 

 彼女の問いに対し、俺は雪片を抜刀しようとしてさっきブン投げてしまった事を思い出し、白式のマニュピレーターで腕を鳴らした。

 

「ちょっと、本気出してくる」

 

 箒の顔を見ずにそう答えたら、少しだけ間が空いて彼女が答えた。

 

「っ……そうか。私もISがあれば加勢したのだが……仕方ない。2人は私が診ている。行ってこい、一夏!」

 

 俺は彼女へ背中越しに手を振って、アリーナのグラウンドに歩み出る。未だ立ち込める砂煙を切り払って、空中に静止する真っ黒なごっついISとそれを纏ったラウラを見上げた。

 

「何のつもりだ……と言いたい所だが……フッ、まさかお前が来るとはな。ちょうど良かった。準備運動にも飽きていた所だった」

 

 そう言いながらラウラはISのカノン砲の馬鹿デカいマガジンを交換してリボルバーのシリンダーへと装填する。果たして弾倉からシリンダーへ移す意味はあるのだろうか。

 

「織斑 一夏、私と戦え。お前の存在を、私は認めないッ!!」

 

 その言葉が言い終えた瞬間に向けられたカノン砲から爆音と同時に弾丸が発射された。

 

「……ッ!!」

 

 カノン砲の狙いは俺の脳天をピンポイントで捉えていた。反射的に起動させたブースターで躱したのだが、まるでスローモーションの様に飛んできて側頭部スレスレを通っていった馬鹿デカい弾丸に、心臓が強張る。

 メインブースターで飛び上がった俺はグラウンドを滑空して一直線に雪片の所へ向かう。ラウラがもう一度カノン砲を発射したが、ロックオンから発射されるまでの時間を読んでいた俺は、イグニッション・ブーストで難なく回避した。

 

『チッ……!』

 

 ラウラの舌打ちを耳に挟み、俺は拾い直した雪片を片手で軽く弄んで、構える。いつの間にか観客席に集まっていた野次馬が黄色い歓声を上げるが、俺はそれを右耳から左耳へ受け流した。

 

「お前の武器はその近接ブレードひとつだけだと聞いている」

 

 ラウラはカノン砲のリロードを行わず。俺を見下ろす。

 

「教官の弟とは言え、あの方以外にそんなISを使いこなせる人間などいない!」

 

「それはどうかな?」

 

「ッ! 減らず口を……叩くなッ!!」

 

 苛立ちから声を荒げたラウラから、再びカノン砲の弾丸が発射される。しかし今度はイグニッション・ブーストで躱しながらラウラへと接近した俺はすぐさま零落白夜を発動。イグニッション・ブーストの切れ目から一気にメインブースターをフルスロットルで発動し、彼女のシュヴァルツェア・レーゲンの分厚い装甲をぶった切ろうした瞬間、彼女の突き出された左腕からぐにゃりと空間が歪み、突撃していた白式がテレビの一時停止の様に止まった。当然、俺も静止していた。

 これが、ラウラが『停止結界』と呼んでいた攻撃、『AIC(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)』だ。俺達のISを浮かす『PIC』を戦闘用に発展させた代物……だと思う。まるでねじ曲がった空間の中だけ、慣性を止められてしまった。

 余裕がある内にこの技をくらっておこうと思っていたのだが、これは思った以上に厄介な代物かもしれない。対策を練らなければ。

 白式じゃなくて体そのものを動かそうとするも、金縛りにでもあったかの様に体が動かない。そんな俺を眺めながらラウラは嘲笑すると、悠長に俺の目の前でカノン砲のリロードを行う。

 

「直線的すぎる動き……フンっ、バカの極みだな」

 

「じゃあ、こーゆーのはどうだ?」

 

 唇1センチすら満足に動かなかったが、筋肉である喉と呼吸ぐらいはできた。顔をしかめた彼女が俺の顔面の斜め前にカノン砲の銃口を向けた瞬間、俺の背中で爆発が起こった。

 一瞬だけ見えた銃口の中のオレンジの光。直後に発射された弾丸は俺の後頭部を通り過ぎていった。俺とラウラは頭突きを起こし、彼女の頭は大きくぶれる。

 

「クッ……!! イグニッション・ブーストを暴発させて無理矢理停止結界の中を通り抜けるとは……無茶苦茶をするッ!!」

 

 彼女は後退しながら6本のワイヤーブレードを俺に向けて発射。俺が6本をいなす間に距離をとると、再びカノン砲を向けてきた。

 

「やべッ」

 

 すぐさま適当な方向へイグニッション・ブーストで弾丸を回避し、俺はラウラのカノン砲から逃れようとレーゲンの周りを旋回する。

 

「イグニッション・ブーストは大したものだ。が……逃げてばかりでは勝てないな!!」

 

 ワイヤーブレードが四方八方に伸びて俺の飛行を妨害してくる。絡まれたらひとたまりもないので俺は白式の速度を落として、回避に専念する。

 しかし、速度が遅くなるという事は、ラウラがカノン砲で狙いやすくなるという事だ。ロックオンアラートが鳴るよりも早く、俺はすぐにイグニッション・ブーストを溜め込もうとしたのだが、やろうとしたら目の前に真っ赤なウィンドウが浮かび上がった。

 

「げっ!?」

 

 メインブースターに異常が出ていた。さっきイグニッション・ブーストを暴発させたのが原因か。AICの弱点を早くも突破したかと思っていたが、この戦法は使えないな。

 マニュアルコンピュータのウィンドウを突っついてメインブースターを応急的に修復させる。だがその結果、出力が2割も落ちてしまった上、イグニッション・ブーストが使えなくなっていた。

 

 明らかに動きが鈍くなった白式に、ラウラは疑問を抱きながらもワイヤーブレードを集中させた。

 

「くッ!」

 

 飛びかかってくるワイヤーブレードを雪片で叩き落とすも、一本のブレードが白式の脚を削った。バランスを崩され逆さまになって墜落する俺の視界の先に、カノン砲を構えたラウラの姿が写り、ロックオンアラートが鳴り響いた。

 

「くらえッ!!」

 

 イグニッション・ブーストは使えない。メインブースターを今吹かしてももう遅い。俺は咄嗟に持っていた雪片で防御しようとしてしまった。

 

 白光、爆音、そして今までに感じた事のない、ブルー・ティアーズのレーザー以上の衝撃が身体を走った。

 

「ぐあぁッッ!!」

 

 正面から雪片で受けた俺はそのまま吹き飛ばされ、逆さまになってアリーナの壁にけたたましい音を立ててめり込んだ。

 まともに防御のできる弾丸じゃない。エネルギーシールドごとぶち破ってきやがった。

 

「一夏ッ!!」

 

『織斑くんッ!!』

 

 壁から剥がれ落ち、地面に倒れ込んだ俺の耳に箒と山田先生の悲鳴の様な叫び声が聞こえた。それがなんなのか俺も理解していた。アラートが警告を響かせる。

 

「ぐぅっ……ッ!!」

 

 無我夢中でメインブースターで飛び上がった俺の真下に、ワイヤーブレードが何ヶ所も地面に突き刺さる。しかし視界に入らなかった2本のワイヤーブレードが白式の肩に刺さり、俺を引っ張ろうと巻き取り始めるも、零落白夜を発動させた雪片で切り捨てた。観客席のシールドの上に着地し、肩にくっついた先端部を抜き捨てている俺を前にして、悠長にラウラは伸びていた6本のワイヤーブレードをレーゲンの両肩と左右の脚部2箇所に戻していく。

 

「やはり敵ではないな。この私とシュヴァルツェア・レーゲンの前では、貴様も有象無象のひとつでしかない。消えろ」

 

 そう言って再びワイヤーブレード6本を発射し、カノン砲を構えたラウラだったが、その視界の前にイグニッション・ブーストの応急修理が完了した報告のウィンドウが開いた。もしもの時の為に白式のコンピューターに組み込んでおいて、良かった。

 ワイヤーを引きつけてからイグニッション・ブーストを発動し、グラウンド内に突っ込む。白式の肩にカノン砲の弾丸が掠れ、地面の爆発に巻き込まれて一瞬視界が遮られた。

 

「またイグニッション・ブーストとは……芸の無い奴だな」

 

 砂煙の中に紛れ込み、俺は反撃の作戦を練る。

 ISは鈍い、バズーカは小回りが利かない、ワイヤーブレードは癖こそ強いものの軌道は大体が決まっている。俺が為す作戦は決まっていた。

 砂塵の中から飛び出した俺は、ラウラを誘き寄せる様にブースターの出力をちまちまと落とし、カノン砲の発射を誘発させる。1発ごとに冷や汗モノの威力が飛んできたが、直撃はしていない。数発目にカノン砲の弾倉が落ちたのを見計らい、俺はラウラに突撃した。

 

「甘いな。弾切れを狙っている事がわかっていないと思ったか?」

 

 不敵に笑う彼女の肩と脚部から6本のワイヤーブレードが発射される。さながらミサイルの様な軌道で飛来するワイヤーの1本をブレードの部分を狙って弾き返し、ラウラに向かって飛ばすも、すぐに巻き取りが始まってレーゲンに収められる。

 ラウラのワイヤーブレードは全てISの背面側に装着されている、その軌道は対象の外側から回り込む様に発射され、相手をワイヤーもしくはアンカーで拘束しカノン砲の直撃に繋げる設計なのだろう。

 外側から回り込む以上、俺を捉えるのには直進距離よりもラグがあるのだから、速度が速くても躱す方向は決まっている。接近するとAICが怖いが、あの兵器はセシリアのBTと同じ、集中しなければ機能しない。

 俺は体を捻ってISをジャイロ回転させながら突撃し、迫り来るワイヤーブレードの集中放火をくぐり抜ける。数本のブレードが白式の装甲を捉えるも、回転していた白式の動きに阻まれて傷を付けるだけに終わった。

 

「抜けたッ!!? クソッ!!」

 

 カノン砲で狙う隙も、PICを発動する隙も与えず、俺はそこでイグニッション・ブーストを発動。威力は平常時よりも断然低いが、ラウラとの距離を一気に詰める事に成功する。彼女はレーゲンの両手首からワイヤーブレードの先端と同じ紫色のレーザーブレードを展開して、接近戦に持ち込む。

 だが、近接戦であのクソ鈍重なレーゲンと俺の白式どっちが有利かって言われたら、答えるまでもなく白式に軍配が上がるだろう。レーザーブレード二刀流に雪片一本で挑むも、俺の方が優勢だった。

 

「このッ!!」

 

 この距離でレーザーブレードをしまって何をやるのかはわかっていた。

 PICを発動しようと手を前に突き出そうとしたラウラのレーゲンの太い左腕を雪片の峰で弾き返す。反射的に伸びてきた右腕も叩いた反動で素早く外側に弾き飛ばした。

 

「ぐッ!! しまっ──

 

 両腕を弾かれて守るものがなくなったラウラ。あとは零落白夜で縦一文字にして地面に叩きつけようと雪片を真上から振り下ろした瞬間、一発の銃声と同時に俺の雪片が手元から吹き飛んだ。

 

「「ッッ!!!?」」

 

 俺もラウラも何が起こったのかわからず、その間に静止して辺りを見回すと、俺達から数百メートル離れた所にIS用の大口径のアサルトライフルを構えた千冬が、片膝をついてこちらに銃口を向けていた。

 

「やれやれ……全く次から次へと問題を起こしてくれる……」

 

 スケールのアンバランスなライフルを投げ捨て、肩を回しながら近づいてくる千冬。不可能ではないとは言え、生身の人間が使う物ではない物を撃って、よくも無事でいられるものだ。この時ばかりは俺もラウラも、観客席にいた山田先生と箒も唖然としていた。

 

「模擬戦をやるのは構わん。が、大会に支障が出るまで暴れては本末転倒だろう。この戦いの決着は学年別トーナメントでつけろ」

 

「教官がそう仰るのなら……」

 

「織斑、お前もそれで良いな?」

 

 有無を言わせない千冬の口調に、俺は口を半開きにしたまま、黙って頷いてしまった。

 こうしてラウラによって始まったISバトルロワイヤルは、生身の千冬のライフル射撃によって終わりを告げた。

 

 

 

 ・・・☆・・・☆・・・

 

 

 

「で、お前らなんで喧嘩したんだ?」

 

 あのあと、俺は野次馬だったクラスメイトと協力して、負傷した二人を保健室へと担ぎ込んだ。ISは一旦取り外し、整備科の人と協力して整備室に運び、後を彼女達に任せた。そして、今はなんとか体力は回復した二人と看病をしていた箒と保健室で集合した。

 鈴がラウラの喧嘩を買ったってのはわかるが、気になったのはセシリアだ。

 俺は原作に逆らおうとした結果、原作以上の好意を鈴から明確にぶつけられた。だが、セシリアとはクラス代表の決闘ではボロボロに負けた上、そこまで惚れられる様な行動も起こしていないはずだ。

 気にかかった俺はさりげなく二人に問いただした。結果、

 

「な、なんでもないわよ!!」

 

「そ、そうですわ!!」

 

 と2人とも顔を赤らめてシーツを顔に引き寄せてしまった。

 オイオイオイ……俺はいつセシリアにフラグを建てた? 一緒に仲良く過ごしてるだけで惚れるとか……この女ちょろすぎるだろ?

 と、まで考えたが、そのセシリアと鈴に巻かれた包帯に目を落として、俺は箒に二人の容態を聞いた。なぜか彼女からジト目で睨まれていた。

 

「怪我はどうだって?」

 

「内傷はないが、打ち身と打撲が少し酷いと言っていた。応急処置で冷やしはしたが、回復には時間がかかるそうだ……」

 

 保険医にそう聞かされていたのだろう。スラスラと答える箒に耳を傾けながら、俺はセシリアと鈴の怪我を確認する。体に巻かれた包帯の端っこから青紫色の痣が見えている。肌が綺麗な分、症状は倍に感じた。

 

「これはもしかしなくても、学年トーナメントは無理だな」

 

「そ、そんなッ! 心配ご無用ですわ! 先ほどはほんの少し油断しただけ……そう! 凰さんがいなかったら勝っていましたのよ!!」

 

「ジョーダンじゃないわッ!! 今度こそあのペタンコ娘をギッタギタに……ッ!!」

 

 呆れる箒の前で懲りずにギャーギャーわめく二人を見た俺は、おもむろに二人の腕を掴んで軽く握り締めた。

 

「あぁっッ!!!?」

 

「いいっッッ!!?」

 

 その瞬間、素っ頓狂な声をあげながら身体をビクつかせて悶える二人に俺は告げる。

 

「こんな状態で出れるワケねぇだろ。余計、笑い者にされるだけだ、バカ」

 

 そう台詞を吐き捨てて二人の腕を放した俺は元の立ち位置へ静かに戻る。二人は痛みに顔をしかめつつも、俺を恨むかの様に睨みつけてきた。おーおー、威勢だけはいいですこと。

 

「あ、一夏? 学年別トーナメントの事なのだが……」

 

 威嚇してくる二人を尻目に、箒が思い出したかの様にトーナメントの内容を俺に告げてきた。

 

「今回の学年別トーナメントはクラスメイトとの信頼や自分よりも強い相手に対しても勝つ事のできる連携能力を高めるため、2人組でのタッグバトル形式で行うそうだ」

 

 唐突に告げられてきた、かなり重要なトーナメントの詳細。大方、前回のクラス代表戦で襲撃してきた不明ISに対抗するための訓練を行う事にしたのだろう。だとしても、唐突すぎるが。

 そして、それを聞いて黙ってはいられないのが2匹。

 

「一夏ッ!! あたしと組みなさい! 攻撃型のあたし達が組めば敵なんかいないわ!!」

 

「織斑さんッ!! 近接戦闘には援護が必要不可欠ですわ! わたくしの援護があればk、

 

 よし、もう一度腕を掴んでやろうと手を伸ばした直後、保険室の扉が開いた。

 

「ダメですよ。おふたりのISはダメージレベルが限界を超えていますから」

 

 入ってきたのは山田先生だった。手に持ったタブレットを胸で支えている。

 

「しばらくは展開も危険ですので、修理と整備に回してくださいね。ISを休めるという意味でも、トーナメント参加は許可できません」

 

「そ、そんな!?」

 

「あたしは平気ですッ! だから……」

 

「ダメです。ISに無理をさせては、後々になってそのツケを払う事になりかねません。肝心なところでチャンスをムダにしてしまうのは、とても悲しい事なんですよ?」

 

 きっぱりと告げる山田先生。曲がりなりにも教師である以上、こうなってはさすがの二人も頷かざる得なかった。

 

「うぅ……」

 

「仕方……ありませんわね……」

 

「わかってくれて、先生嬉しいです! みなさんにはまだまだ時間がありますから、焦らずにISの事を学んでください」

 

 そう言って喜ぶ山田先生を見ていると、怪我人でもISを壊してもいない箒が俺の服の袖を掴んだ。

 

「い、一夏……そ、その……よかったらなんだ……わ、私と組むのは〜、どうだろうか……その、タッグを……」

 

 その瞬間セシリアがあからさまに不機嫌な表情で箒を睨みつけ、鈴は獣の様に歯をギリギリと鳴らし、山田先生がなんかキラキラした視線で俺の方を見てきた。

 だが、残念ながら今は箒の厚意を受け取るわけにはいかない。

 

「あぁ〜……俺はシャルルと組むつもりだから……」

 

 そう答えると、箒の目が悲しくなるのを見て取れた。ここまで勇気を出してきたのは賞賛したいのだが仕方がない。今はシャルロットの方が重要なのだ。

 また今度、機嫌直しを考えるとしよう。

 

「そ、そうか……シャルルか……」

 

 諦める箒の後ろで鈴が安心したかの様に息を吐く。山田先生は少し複雑な顔をしていた。

 

「仕方ない。私と戦う事になっても、手加減は無しだからな?」

 

「いいさ。決勝で待つよ?」

 

 ここが箒の魅力であり、俺と気が合う理由なのかもしれない。お互いに健闘を期待し、俺は独り言の様に周りに話す。

 

「さーてと……そろそろ飯だし、シャルルとタッグの作戦練らないといけないし。というわけで先帰る」

 

「む、そういえば私も山田先生が来るまで二人の看病、と保険の先生から任されていたのだ。私も戻るとしよう」

 

「そ、そんなっ!」

 

「一夏〜、あたしを寮まで運んで〜」

 

「待ってろ、リアカー持ってくる」

 

「ちょっと!? ヒドい! 荷物扱いって!!」

 

「先生、私と一夏は一緒に寮に戻ります」

 

「はい、さようなら♪ オルコットさんと凰さんは職員の方で運びますからね」

 

 後ろからギャーギャーやかましい女子二人の声を聞きながら、俺は箒と保険室を後にした。

 帰り道、さりげなく箒をデートに誘った。と言っても、その約束が果たされるのは、学年別トーナメントが終わってからかなり日を経たす必要があったのだが。

 

 

 

 ・・・☆・・・☆・・・

 

 

 

 (シャルロット視点)

 

 

 

 あれから何日か経った。

 

 未だに向こうは、僕に真実を問い正そうとはしてこない。

 

 ちょっとした事で僕の正体が明るみにならない様に、極力彼との接触を避けているが、それも長くは続かないだろう。

 

 それとも、ここの教員が知ってしまった今、もう裏ではIS学園が動いているのだろうか。

 

 僕の知らないところで、僕とデュノア社を捕まえる準備を整えているのだろうか。

 

 だとしたら、僕にはもう逃げ場がない。生きる道もない。

 

 デュノア社にこちらの素性がバレてしまった事を伝えても、僕は切り捨てられて終わりだろう。

 

 どの道、僕はもう終わりだ。

 

 あまりにも呆気ない結末に、悲しみも怒りも湧いてこない。

 

 楽しかった母との思い出も、今は全て嘘だったかの様に見える。

 

「やっぱり帰ってきてたのか」

 

 唐突に男の声が部屋に響き、部屋の電気が明るくなる。

 

 振り返れば、そこには一夏が怪訝な表情で僕を見ていた。

 

「お、お帰り……」

 

「どうした、電気もつけないで」

 

「ご、ごめん……ちょっと、ボーとしてただけだから……」

 

「ふーん……」

 

 彼はそれ以上、僕を問い正そうとはしてこなかった。

 

 それがまた僕は怖かった。

 

 わかっているはずだ。向こうは僕の正体と目的を。

 

 それなのに、数日経った今も彼は僕を問い詰めようとはしてこない。それどころか、編入してすぐのいつもの態度を崩そうとしなかった。

 

 間違いなく、僕はカマをかけられている。

 

 油断すれば……終わりだ。

 

「飯行った?」

 

「……うん」

 

「シャワーは?」

 

「……浴びた」

 

「アレ聞いた?」

 

「うん……え?」

 

「今度の学年別トーナメント、二人一組のタッグで戦うんだって」

 

「え……」

 

 僕は絶句した。そんなルールに変わっていたなんて知らない。

 

 ほかのクラスメイトとも関わりを避けていたせいで、情報が遅れていたのだ。

 

「で、俺はお前とタッグ組むってもう言ってるから」

 

 言葉が出なかった。

 

 視界が一瞬暗転する。かろうじて踏みとどまる。

 

 やめて

 

 正体を知っているのに、僕と組むの?

 

「ど、どうして?」

 

「ん、お前もそっちの方がやりやすいだろ?」

 

 やりやすいって……もうやる必要なんてないんだよ。僕には。

 

 それに、なんで僕を動かせようとするの?

 

 や め て

 

「だから、今から作戦会議始めるから」

 

 作戦? 本当に僕と戦うの?

 

 怖い

 

 なんのために?

 

 や  め  て

 

「あ、その前に……ほら、コレ……」

 

 彼は僕の前に手の平を差し出す。

 

 その上にはメモリーチップがあった。

 

 怖い

 

「え……これって……」

 

「ここに俺の白式の戦闘データが入ってるから。前に欲しいっつってただろ?」

 

 や   め   て

 

 目眩がする。吐き気がする。

 

 確かに僕は言った。

 

 でも、全てを知られてる今、彼はこんな物を渡してくる様な人じゃない。

 

 怖い

 

 間違いなく、これは罠。

 

 でも、受け取らなければ、逆に怪しまれてしまう。

 

 や    め    て

 

 震える手を堪えて、チップをつまむ。

 

 僕に何をさせたいの

 

「いいか、ラウラを倒す為だからな。必要なモンは──

 

「……………………………………………………め……て」

 

 怖い!

 

 いったい何を考えているの

 

 

 

 や     め     て

 

 

 

 やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて

 

 

 

「やめてッッ!!!!!」

 

 

 

 ・・・☆・・・☆・・・

 

 

 

「シャ、シャルロッ……ト……?」

 

「ふふ……やっぱり知ってたんだね。僕の……本当の名前……」

 

 口元だけの笑みを見せる彼女に「あっ」と俺は油断した。シャルルは偽名であって、今俺がシャルロットと呼ぶのはおかしい。

 それでも彼女は動じなかった。瞳には涙が溜まっているのだが、光が無く、虚ろだ。焦点も合っていない。まるで精神が壊れてしまったかの様だった。

 俺は思い出す。シャルロットはデュノア社にとっては操り人形でしかないのだが、彼女は嘘の上手い人間ではない。

 彼女が耐えられなかったのだ。ずいぶんと後になって本当の事を本人から知るのだが、この時の俺はそう思っていた。

 

「悪かった……」

 

「ううん……本当に謝らなきゃいけないのは、僕なんだ……」

 

 平謝りする俺に対し、目を瞑り、ゆっくりと首を左右に振るシャルロット。視線は合わない。

 

「ごめんね、一夏。僕は君を騙すために、フランスから送られてきたんだ……」

 

「あぁ……だと思ったよ」

 

「なぁんだ……その様子だと、全部わかってるみたいだね……」

 

「あぁ。お前と親父の仲が『空っぽ』ってのも、その親父の『今』の嫁のガキじゃない事も、デュノア社の経営がヤバいってのもな……」

 

「ふぅ、全部お見通しか…………じゃあ……僕がどうしてこの学園に来たのかも、どうしてこんな姿で来たのかも、一夏はわかってるんだね……」

 

 俺は無言で頷く。やらざるを得なかったとは言え、ここで彼女の悪事を言うのは酷だろう。

 たから俺は素早く話を逸らした。

 

「あぁ……全部お前の意思じゃないってのもわかってた」

 

「え?」

 

「だから、なんとかしてお前のバックに探りを入れるつもりだったんだが……悪かった。苦しい事、させちまったな」

 

 シャルロットは動揺していた。騙そうとした自分ではなく、その後ろにいる黒幕を探そうとしていた自分に。

 なんでその事をそこまで知ってるのかは言わないし、説明できないが、とにかく自分は恨んでいない事をシャルロットに伝える。

 

「ど、どうして……」

 

 そう言われても、彼女に史実を伝えるわけにはいかない。

 こんな美少女をみすみす見捨てる様な事『俺』ができるわけないのだが、それをバカ正直に伝えては台無しだ。

 

「お前、ISや武器の話してる時とか、結構『素』だったろ?」

 

「? ……うん」

 

「だから」

 

「え?」

 

「だから、お前は悪人なんかじゃないと思った、そんだけ」

 

 ちょっと卑怯だったかもしれなかったが、今の俺に彼女を納得させる方法は、これしか思いつかなかった。

 

「ほ、本当に……? たった、それだけで……?」

 

「そんだけありゃ十分だ。それで騙されたら、そん時はそん時だ」

 

 それ以上、シャルロットは問いかけてこれなかった。まるで呆気にとられてしまったかの様に息を吐いて、へたれこんでしまった。

 

「そうだったんだ…………ははっ、あはは……」

 

 その笑いがなんだったのかはわからないが、何かが吹っ切れた様な笑い声だった。

 

「本当はね、もし性別がバレたら僕は君を襲うつもりだったんだ。既成事実を作るためにね」

 

「え、今からお願いしていい?」

 

 思わず言質を取ろうとしてしまう俺。

 

「ゲッホ! ゴッホ! う、うぅん!! で、でも……一夏は僕がどうして男装しているのか、どうして君と既成事実を作ろうとしているのか、全部わかっていた。だから誘惑ももう通じないし、助けを求める事もできなかった……ううん、それだけじゃない」

 

「うん…………ん?」

 

「僕は……一夏に、嫌われたくなかったんだ……」

 

「そ、そうか……」

 

 そこそこの爆弾発言に、俺も受け身になってしまった。

 更にシャルロットの爆弾は投下される。

 

「一夏と過ごしている内に、このIS学園の楽しさを僕は知っちゃった。ISで対戦したり、2人で整備している時が、僕はなによりも充実していた。任務なんかどうでもよくなっちゃうぐらいに……」

 

 そう言って静かに、シャルロットは目を閉じる。その楽しかった記憶を思い返すかの様に。

 

「でも……任務を果たさなきゃ、僕の運命は決まっている。それまでの楽しかった思い出も、僕の正体と目的を知らされれば手の平を返して僕を非難するだろうね」

 

 

 

「僕は……怖かったのかもしれない……」

 

 

 

「……迷惑でも何でもよかった。お前の頼みなら、手でも足でも貸してやったさ」

 

 ありのままに答えるも、彼女から帰ってきたのは疑問だった。

 

「どうして……?」

 

「え」

 

「どうして、そこまで僕を助けてくれるの?」

 

 真っ直ぐに俺を見上げてくるシャルロットに対し、俺は少し恥ずかしくなったが我慢して、彼女の前にしゃがみ込み、目線を合わせる。

 

「助けて欲しかったろ?」

 

「っ? ……うん」

 

「助かりたかったろ?」

 

「っ! ……うんっ」

 

「だから、助けたんだ」

 

 織斑一夏の顔でこんな事言うのもアレだが、誤魔化すつもりがなぜか俺まで照れてしまった。チラリと彼女の方を見ると、シャルロットは頰を真っ赤に染めて、それでいてどこか嬉しそうに微笑んだ。

 

「ふふっ♡ 優しいね、一夏は……」

 

 それは原作でも織斑一夏に言っていた台詞だったかもしれない。実際は、俺とヒロインどものやり取りを普段から観察していたシャルロットから放たれた言葉だった。

 

 妙に人気の高かった彼女の理由が、わかったような気がした。

 

 だがこの時、俺はシャルロットに敢えて話していなかった。いや、厳密には話せなかった事がある。

 もし、千冬のあの一言さえなければ俺は全てを話すつもりだった。

 

 

 

 たった、あの一言さえなければ……

 

 

 

 数日前、俺は確かに千冬へシャルロットの正体を伝えた。

 

 そこから時間は今日の昼休みにまでさかのぼる。

 

 

 

「織斑、ちょっとこっちに来い」

 

「んぇ……なんすか?」

 

「いいから来い」

 

「………………」

 

「シャルル・デュノアについてわかった事があった」

 

「……っ!」

 

「本名『シャルロット・デュノア』 デュノア社の社長『アルベール・デュノア』の……愛人の子だな」

 

「へぇ……血縁は?」

 

「ある。だが、面識自体は殆どない様だ。彼女がデュノア社に身を置くようになったのも、高いIS適正値を買って呼ばれただけらしい」

 

「へぇ……シャルロットの本当の母親は?」

 

「『シャノン・デュノア』 向こうでは田舎だがそこそこの土地を持つ領主だったそうだ」

 

「だった?」

 

「アルベール・デュノアと婚姻してから、彼女は全ての土地と遺産をアルベールに相続させている。デュノア社自体にはなんの利益もないはずなのに、だ」

 

「デュノア社には……か……」

 

「その後の記録上では、シャノンは病死になっている。時期は、シャルロットが6歳になる頃だな」

 

「彼女はデュノア社にはほとんど関わらなかったのか?」

 

「あぁ。アルベール・デュノアが関わらせようとしなかったらしい。シャノンの遺産にも、手はつけなかったそうだ」

 

「わかんねぇ…………じゃあ、そっちの正妻の方は?」

 

「今のアルベールの妻はデュノア社の社長秘書『ロゼンタ・デュノア』 正妻と言っても、当時の彼女はまだ愛人だったらしいがな」

 

「ん、て事は……」

 

「元々はシャノン・デュノアが本妻だった様だが彼女が亡くなる前に、秘書だったロゼンタが彼の正妻に変わったそうだ」

 

「生きてる間に本妻が変わったって事は、なんだ……ギクシャクしてたのか……」

 

 

 

「いや……夫婦の関係は良好だったらしい」

 

 

 

「えっ?」

 

「まだISが公にもなっていない、10年以上前の事だ。当時、デュノア社はまだ重機工業と軍用兵器開発が主体の子会社だった。ISが台頭してからはその技術能力を買われて、ISの専門分野に移り変わったそうだ。ロゼンタ・デュノアはそのIS関連の代表として、デュノア社に入社したそうだ」

 

「じゃあアルベール・デュノアはどこでシャノン・デュノアと出会ったんだ?」

 

「わからん。一説ではISの操縦者だった事が考えられるが、真実はまだ解明できていない」

 

「闇の中か……シャルロットがなんでこんな無茶苦茶な作戦でここに編入されたのかも、ハッキリとわかんねぇし……」

 

「だが、事の解決は急いだ方がいいな。ロゼンタ・デュノアは国際IS委員会の役員でもあるからな」

 

「ソコ一番重要な情報じゃね?」

 

「調べていく内にデュノアの内情は察したが、彼女を助けるのは容易ではない。フランスの企業、ひとつと戦うことになるぞ?」

 

「それなんだよなぁ…………シャルロットだけ助け出すには、もう敢えてデータを渡すのも手じゃないかと思いますよ? 発信機なりウイルスなり、足跡が残る様に改造したヤツで。そっから調べた情報で脅しをかけるってのも……」

 

「随分と彼女の肩を持つな。惚れたのか?」

 

「……そうだったら千冬姉どうする?」

 

 ゴン!

 

「いってぇ!」

 

「織斑先生だっ、……全く。とにかく、彼女には気をつけろ。それと……あまり首を突っ込みすぎるなよ?」

 

 

 

 デュノア社の内情をここまで調べてくれた事には感謝したが、結局そこでは満足いく解答も出せず、千冬からはシャルロットは引き続き監視という体制になった。

 シャルロットに夫婦の関係や、デュノア社の裏に何かを臭わせる様な存在を伝えなかったのは、もし知ってしまったら彼女は俺達を置いてでも真実を知ろうとデュノア社に探りを入れると思ったからだ。ひとりではあまりにも無謀だ。今のシャルロットには事実に直面しても冷静でいられる精神と、信頼できる仲間の存在を増やすべきだと思ったのだ。

 

「シャルロット。これ以上、お前の過去に何があったのかは知ったこっちゃないし、俺はお前の良い様になるつもりもない」

 

「う、うん……」

 

 シャルロットはうつむいてしまうが、俺は構わず言葉を続ける。

 

「でも、俺はこのままお前が壊れていくのを見ていられなかった。それぐらい、追い込まれてただろ?」

 

「うん……僕はもうどうしようもなかった……ひとりぼっちだと思ってた……」

 

 声を震わせて答える彼女の目元には、涙が溜まっている。そこに嘘偽りはない。

 

「でも、今は少し楽だろう? ISを学ぶ事だけがIS学園じゃない。お前の事を理解してくれる相手が、ここには沢山いる筈だ。一緒に運命を背負ってくれる相手を、探すんだ」

 

「で、できるかな……僕」

 

「できるさ、お前可愛いもん」

 

「か、かわっ……!? そ、そんな問題かなぁ……」

 

「その程度の問題だよ。現に、こうしてひとり、簡単に出来たろ?」

 

「えっ? ……ふふっ、そうだね……。……ねぇ、一夏?」

 

「どうした?」

 

「僕ね、IS学園に来るまで学校なんて行った事なかったんだ。僕が小学校に上がろうとした時ぐらいにお母さんが天国に行っちゃって……そこからお父さんのデュノア社に入れられたんだけど、学校には不登校扱いにされてて、ずっと会社でISのテストパイロットをやらされてた。だから自分の事は自分でやらなきゃいけなかったし、誰かに助けを求める事も考えられなかったんだ……」

 

 ドッと溢れ出したシャルロットの言葉に、俺は目を背けない。

 

「僕はISなんかよりも、一夏と早く出会いたかったよ……」

 

「……俺との出会いは運命だったかもしれない。でも……そのきっかけを作ったのはお前だ……」

 

 俺は彼女の瞳をしかと見て、伝える。

 

 

 

「……人間は孤独に耐えられる様にはできてない。必ず心の何処かで温もりを求めてるもんだ……」

 

 

 

「そう、だね…………そうかも、しれない……」

 

「シャルロット、お前には問題が山積みかもしれないが……一遍に解決する必要なんてない。少しずつ、目の前の問題から片付けてけ。どうせIS学園に入っちまった以上、3年間は此処からは出られないんだ。そんだけの時間がありゃ、デュノア社とどうしたいかは自分で決められる筈だ」

 

「ほ、本当に……?」

 

「運命は過酷だが、逆らう事だって出来る。それに……背中押すぐらいなら、やってやるよ」

 

「で、できるかな……」

 

「あぁ、信じろ」

 

 その最後の一言でシャルロットは言葉を詰まらせたが、その目には確かに光が戻り始めていた。

 

「………………うん、一夏は僕を最初から信じてくれた。だから、僕も一夏を信じる……!」

 

 

 

 これが、シャルロットが初めて人を頼った瞬間だったそうだ。もちろん、この話を聞くのは彼女と時を過ごしてからかなり経った後の事となる。

 

 

 

「じゃあ、その前哨戦として……学年別トーナメントの優勝、頂くぞ」

 

 こうして腹の探り合いは一切無しの、トーナメント戦の作戦会議が始めようとしたが、その前にシャルロットが遮った。

 

「い、一夏! ひとつだけ教えてくれる……? いつ……気がついたの……僕が女だ、って……」

 

 些細な質問だった。俺は彼女の顔を見て、ハッキリと告げた。

 

「匂いだ」

 

「え?」

 

 一瞬キョトンとして、何を言われたのかわかっていない彼女に俺はゆっくりと顔を近付け、耳元で囁く。

 

「そう、匂い。雄にしかわからない、雌の匂い……」

 

「え、えっ……え、いっ、いっ……い、一夏!?」

 

「嘘だ」

 

 動揺する彼女に一言ハッキリ告げて、俺は顔を引く。「え?」と小さく呟いたシャルロットの顔はトマトみたいに真っ赤に染まっていた。

 

「男はこんなモノ持たない」

 

 今度はそう言って俺がポケットから摘み上げたのは、細長くて白っぽい袋に包まれたスティック状のあの、

 

「わっ!!? わぁぁあーーーー!!!」

 

 シャルロットは叫んだ。男を演じる事も忘れて力の限り叫んだ。摘まれた袋を奪還しようと飛びかかって手を伸ばすも、背伸びして腕を頭上に上げた俺の手には届かない。

 

「ちょっと! かえしてよー!!」

 

「そーだなー、どうやって使うのか教えてくれたら返してやるよ」

 

 俺の台詞にシャルロットは全身の動きをピタリと止める。

 

「えっ……ど、ど、どう使うって……そ、そんな……その……」

 

「そう、どうやって使うの?」

 

 俺は手に持った袋を彼女の視線の前に差し出す。

 

「そ、そそれは……」

 

「それは?」

 

 スティック状の片方の先を彼女の前に突きつける。

 

「ふ、ふ、袋を、やや、破いて」

 

「袋を破いて?」

 

 わざとらしく、破くそぶりを見せる。

 

「で、でで、そ、そそっち側を……」

 

「そっち側を?」

 

 もう片方の先端をつまむ。

 

「い、いい、い、い入れて……」

 

「挿入して?」

 

「そ、そうにゅ……っ!? い、一夏のヘンタイ……っ!」

 

 ぱしーん!

 

 力任せに放たれた彼女の平手打ちが、乾いた音を立てて俺の頰に命中する。

 それでも俺は笑うのを止めなかった。感情を混沌とさせつつも瞳に光の戻ったシャルロットが見れたからだ。

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