織斑イチカの収束   作:monmo

12 / 20
第十一話

 トーナメント当日。えらく晴れ晴れとした気分で、俺とシャルロットは目覚めた。

 身支度と食事を手早く済まして学校に集合し、山田先生と千冬の短いHRを聞き終えた俺とシャルは、これまた素早く更衣室に移動して着替えを始める。

 今日は朝から各国のお偉いさんが集まっており、学園全体が非常に慌ただしかった。普段ならまず見る事のない『男』の警備員もいる。姿は防弾ベストにヘッドギアと膝&膝のサポーター、武器はサブマシンガン(もちろん対人用)と拳銃で完全装備。『IS島(俺 命名)』の周りの海には無骨な船舶が数十隻、それとヘリコプター数機が警戒に回っている。おおよそ何かの大会が始まる光景ではなかった。

 それでも会場となる対戦用の各アリーナには学園のクラスメイトや関係者はもちろんの事、敷板で区切られた観客席にはテレビのスポンサーやメディア関係者、それとおそらくISの会社やその他諸々の役員の姿があった。

 そんな外の様子がISアリーナの更衣室に設けられた大型モニターから流れてくる。

 

「すげー、人」

 

「3年には政府や企業からのスカウト、2年には成長の確認にそれぞれ人が来てるからね。1年には今のところ関係ないと思うけど、トーナメント上位入賞者にはチェックが入ると思うよ」

 

 気がつけばいつのまにか着替えを済ましてISスーツに身を包んだシャルロット。中途半端に上半身だけ着替えた俺は、手を止めてモニターに映る外の景色を観察していた。

 一際目立つのが一般の観客席とは少し敷居の離れた所、管制塔の近くに設けられているVIP用の席。あそこが各国の政府やお偉いさん方々の席なのだろう。手すり付きの豪華や黒椅子に、水分の置かれた小さなテーブル。周りには黒スーツにサングラスのガードマンが目を光らせていた。

 そこにフランスのデュノア社の御方々は座ってはいない。そりゃそうだろう。もしそこにデュノア社の関係者が座ってたら一夏も行動ぐらいは起こしているはずだ。たとえ千冬に止められたとしても。

 フランスよりも妙に感じたのはラウラの御国、ドイツだった。椅子に座っているのは他の国と同じ、中年の偉そうなオッサンだったが、気がかりだったのはそのすぐ隣に立つ男。付き人か何かはわからないが、黒のフェイスマスクに赤と黒のツートンカラーの軍服姿で真っ赤なベレー帽を被ったそいつはここから見てもかなりの異彩を放つ。周りにはサングラスをかけた如何にもなガードマン数人が目を光らせているが、彼らの服装もお偉いさん方の服装も皆背広な分、一人軍服のそいつは場違いにも見える。

 

「………………」

 

「どうしたの、一夏?」

 

「いや、なんでもない……」

 

 もしかしたらラウラのISに搭載されているあのシステム絡みの事だろう。どうせ原作に絡んでくる様な事でもなかったので、そこまでで考えるのをやめ、俺は試合の方に意識を向ける。

 モニターが暗転して今度はトーナメントの対戦表が映し出された。初戦は俺&シャルVS箒&ラウラ。運命は俺の意思など知ったこっちゃないかの様に史実を告げる。

 下半身の着替えも終えて、俺達は急ぎ更衣室からピットの方へと移動した。

 ピットのハッチはすでに開かれており、快晴の空と人がひしめき合う観客席が見える。管制室の窓からは見慣れたクラスメイト達が俺とシャルロットに向かって黄色い歓声を上げていた。本来は関係者以外立ち入り禁止だし、ここからだとアリーナのカメラでしか俺達の戦っている姿は確認ができないはずなのだが、きっと好き物の集まりなのだろう。相川や鷹月までいるし。

 などと考えている内に山田先生の放送でトーナメント第1回戦の合図がかかり、俺とシャルロットは管制室に手を振ってISを展開した。

 光に包まれ、現れる白式。前日に最終調整を行ってから動かしていないので、コンディションは万全である。それはリヴァイブを纏ったシャルロットも同じだ。

 

「行くよ、一夏」

 

「あぁ、絶対勝つぞ」

 

 お互い少ない口数で気持ちを合わせ、ピットのカタパルトにISの脚を接着させる。そして試合入場の放送と同時に俺達はピットから飛び出した。

 急加速からの急上昇。ジェットコースターの様な慣れた感覚で舞い上がった俺は、スラスターを使って難なく空中に停止する。遅れてシャルロットが隣に並んだ。

 響き渡る歓声の中で俺の視界の先にはゆっくりと、それでもISとしての速さでシュヴァルツェア・レーゲンが浮かび上がる。そしてそれを纏ったラウラ・ボーデヴィッヒも。

 彼女のシュヴァルツェア・レーゲン。今こうして見ると、その重厚すぎる装甲と大口径のレールカノンは、対峙する者を圧迫する。つか、総エネルギー量約65000ってなんなんだよ。俺の白式の倍以上はあるじゃないか。

 

「待っていたぞ、この時を……」

 

 そう低い声で俺を威嚇するラウラに遅れて、打鉄を纏った箒が彼女の横に並ぶ。右手には刀型の近接ブレード『(あおい)』を握り、左手にはハンドガン『LARE(ラーレ)』を持って。自分だけ専用機でないせいか、その表情は暗い。

 

「い、いち……」

 

「初戦で当たるとは、待つ手間が省けたというものだ」

 

 俺に話しかけようとしてラウラに遮られたのはわかった。彼女に向かってウィンクで返すと顔を真っ赤にして慌てていたが、先程よりは多少マシな顔ヅラになった。そーだよ、お前に暗い顔は似合わねーよ。

 

「……チッ、時代遅れの旧式機に接近戦しかできない欠陥機。まとめて私が倒してやる」

 

 俺がまともに話を聞いていない事に気がついたか、ラウラは舌打ちをしてレーゲンのカノン砲に弾丸を装填した。俺の隣ではその台詞に苛立ちを覚えたシャルロットがゆっくりと武器を展開する。

 

「へぇ……ドイツ人ってもっと厳格で慎み深いと思ってたんだけど、ずいぶんと傲慢なんだね」

 

「そりゃアイツだけだ。アレを他のクラスメイトと一緒にしたら、可哀想だぜ」

 

 俺の耳打ちに怖い笑顔で応えたシャルロットが展開したのは、ショットガン『レイン・オブ・サタディ』と重機関銃『デザート・フォックス』だった。

 

『試合開始まで5秒前』

 

 秒読みが始まり、俺も雪片を展開する。片手で軽く振り回し、構える。

 

『……3……2……1』

 

 カウントが切れてアラームが鳴り響いたと同時に、俺とシャルロットは二手に分かれて散開した。

 

「叩きのめすッ!!」

 

 そう叫んだラウラが狙いをつけたのはやはり俺、レールカノンが俺に狙いを定めてきたが、その途中で彼女の悲鳴と同時にロックオンが外れた。

 

「ぐぁッ!?」

 

「させないよ!」

 

 首を向ければ、ラウラがシャルロットの重機関銃とショットガンで集中砲火を受けている。

 先手は取った。ここから零落白夜でラウラを一気に決めてやろうとしたが、その最中に俺のすぐそばを弾丸がすり抜ける。

 

「うぉっ!?」

 

「私を忘れてもらっては困る!」

 

 弾が飛んできた方向に目を向ければ、そこにはハンドガンを乱射しながら突っ込んでくる箒の打鉄が迫っていた。

 

「はぁあああっ!!」

 

 ハンドガンを収納して両手で刀を振り抜く箒に雪片を合わせる。重い金属音が鳴り響き、火花が目の前で飛び散った。しかし箒はその火花をも斬り裂き、連撃を仕掛ける。部活の剣道では剣道のルールに沿って戦い、それでも彼女は強かった。そのルールがなくなっている彼女の強さは、近接戦闘なら随一だろう。この先、最強の専用機が送られてくるのかと思うとゾッとする。

 

「戦いの最中に考え事か! そんなものでは私には勝て、ッ!?」

 

 叱咤を飛ばしながら刀を振り下ろそうとした箒が、ぶれた。

 

「何っ!?」

 

 目を凝らせばいつのまにかラウラのレーゲンから放たれたワイヤーブレードが箒の打鉄の脚に絡み付き、引き戻したのだ。そのまま遠心力の弧を描いて飛んでいった箒は、シャルロットへとぶつけられた。

 

「「あぁッッ!!」」

 

 空中で衝突した2人は体勢を立て直すも、突然の事に混乱している。そこにラウラがレーゲンのカノン砲をシャルロットに向けていた。イグニッション・ブーストで俺がラウラに向かって飛び込むも、彼女は嘲笑うかの様な顔で左手の手の平を俺に向ける。

 

「いッ!!」

 

 咄嗟にブレーキをかけてラウラから離れる。AICの範囲は見当がついているが、このままでは手の平を突きつけられただけで抑止力になってしまう。近接武器しか持っていない白式なら尚更だ。

 

「フフフ……やはり怖いか。まぁ、近接武器しか持たない貴様では、仕方あるまい」

 

 そう言って嘲笑いを納めず、ラウラはカノン砲を俺に向け、間髪いれずに発射した。

 

「ッ!!」

 

 悟られない様に溜め込んでいたイグニッション・ブーストで、カノン砲の弾丸を肩スレスレで避ける。

 更に数発弾丸が発射されるが、これもギリギリのところで避ける。あんなもの1発でもくらったら致命傷なのだ。集中力をすり減らし、白式のエネルギーを考慮してでも避けるべきだった。

 

「クッ、ちょこまかと……ッ! だが、これは躱せるか!」

 

 そう叫んでラウラは4本のワイヤーブレードを俺に向かって射出した。

 滑る様に俺を追尾してくるワイヤーブレードの先端部を雪片で弾く。だが、弾いただけではワイヤーブレードはまた俺を追ってくる。そしてその処理に手こずっているとカノン砲が飛んでくる。

 

「くっ!」

 

 2発斬撃くらった。まだ残りエネルギーに余裕はあるが、油断できないのが白式だ。

 俺がラウラに近づけていない一方で、シャルロットと箒の2人がアリーナのグラウンドで戦いを繰り広げていた。

 

『相手が一夏じゃなくてゴメンね』

 

『なっ! 馬鹿にするな!!』

 

 心を乱された箒の袈裟斬りを悠々と回避したシャルロットはショットガンを収納し、アサルトライフル『ヴェント』を展開する。もう片方の手の重機関銃も構え、箒に向かって連射した。

 咄嗟に箒は刀で防ごうとしたが、数発が打鉄の装甲に命中する。砂煙と火花が彼女を包み込むもすぐさま煙の中から姿を現したのは、鉛色にギラつく鉄板を繋ぎ合わせただけの無骨な物理シールド『(あけぼの)』を構えた箒の姿だった。

 

「えっ!?」

 

「はぁあアァ!!」

 

 重機関銃とアサルトライフルの発砲音すら、彼女の発声にかき消される。火花を撒き散らしながら人外用の弾丸を防ぎつつ、箒はシャルロットに向かってシールド越しの体当たりを決めた。

 

「うわぁッッ!!」

 

 歪な金属音が鳴り響き、シャルロットのリヴァイブの手から重機関銃とアサルトライフルが手放される。そのまま後ろに倒れ込む彼女を突き飛ばし、シールドを収納しながら上空へ飛び上がった箒が刀を縦一文字に振り下ろした。

 

「はぁああアァ!!!」

 

「ッ!!」

 

 脳天目掛けて飛び込む箒に対し、倒れた事で一瞬意識がトんでしまったシャルロットはイグニッション・ブースト……ではなく、両手に形成すら間に合っていない武装で彼女の斬撃を受け止めた。

 

「何ッ!?」

 

「やるね。でも、これからだよ!」

 

 リヴァイブのブースターが起動し、振りほどかれる箒。グラウンドの地面を背中で削りながら脚で着地して体勢を立て直したシャルロットが持っていたのは、箒の物とは形も大きさも違う物理シールド『ヘキサグラム』とデカいカッターナイフの様な近接ブレード『アイアン・カッター』だった。

 

「近接戦闘を私に挑むとは……自信はあるのか?」

 

「もちろん。一夏に鍛えられてるからね」

 

「甘いな、一夏を鍛えたのは私だ!」

 

 箒は少し嬉しそうに叫んでシャルロットに斬りかかる。盾で斬撃を逸らしてスキを突こうとするシャルロットだったが、ブレードを振る速度は箒の方が圧倒的に早い。いとも簡単にシャルロットの構えを崩して刀身をリヴァイブに叩き付ける。

 

「あっちゃ〜、やっぱり分が悪いみたい……」

 

「フンっ!」

 

 わざとらしく狼狽えるシャルロットに向かって、箒の更なる連撃が繰り出される。

 

「余所見をしているヒマがあるのか?」

 

 箒とシャルロットの2人に見とれている途中で4本のワイヤーブレードを弾きながら、時折飛んでくるカノン砲を躱す。ラウラとの戦いに慣れてきた俺だったが、このままでは反撃できない。

 シャルロットが箒を倒すまでまだ時間がかかるだろう。ラウラが攻めに出る前に、こちらから仕掛けてみるか。

 

「ふんッ!」

 

 俺はイグニッション・ブーストでラウラに突撃する。ワイヤーブレードもいとも簡単に振り切った。

 

「猪武者だな。ヤケになったか?」

 

 ラウラの言葉も無視して接近を止めない俺に対し、彼女は余裕の表情でAICを発動させた。

 瞬時に俺はイグニッション・ブーストでスライドし、ラウラの側面に回った。

 

「なっ!?」

 

 すぐさまAICを解除しようとするも、次のAICの発動よりも俺がラウラを蹴っ飛ばす方が早かった。

 

「ぐぁアっッッ!!!」

 

 ラウラを蹴飛ばして宙返り。雪片で戻ってきたワイヤーブレードを払っている間にレーゲンから残りの2本のワイヤーブレードと両手首からレーザーブレードが展開される。

 

「きっッッ、サぁマぁァああアッ!!!」

 

 振り下ろされるレーザーブレードと至近距離で発射と収納を繰り返すワイヤーブレード。雨霰の様な猛攻を雪片で受け流しながら素早く交代すると、シャルロットの方で爆音が鳴り響いた。

 

「ぐぅうううッ!!」

 

 視線を向けると、そこではシャルロットのガトリングガンの乱射をシールドに縮こまって受け止める箒の姿があった。

 自身を限界まで丸くし、シールドを少しずつずらしながらガトリングガンの旋回射撃を防いでいた彼女だったが、それに対して何もしないシャルロットではない。もう片方の手に展開されたバズーカの弾丸が箒のシールドに直撃した。

 

「うあッ!!」

 

 爆発と同時に彼女の叫び声と会場のどよめきが上がる。物理シールドだった鉄の板がひしゃげ、宙を舞った。

 

「やりすぎちゃった、かな……?」

 

 箒の打鉄の残りエネルギーはまだあるが、今のは操縦者もそれなりの衝撃をくらっただろう。少し心配したシャルロットに向かって、砂煙の中からシールドの柄の部分が投げつけられた。

 

「ッ!?」

 

 顔面に向けて投げつけられた柄を間一髪で避けたシャルロットだったが、箒はもう行動を始めていた。展開した刀を右手に持つと、左手にISサイズの脇差『(さえずり)』を展開し、逆手に持って構えた。それと同時に打鉄のブースターが唸りを上げる。

 

「覚悟ッ!!」

 

「わっ!?」

 

 ハイ・ブースト。空間を踊る様な動きで跳躍し、刀を振り回す箒の斬撃にシャルロットのガトリングガンとバズーカが切断された。

 

「あぁ!!」

 

「まだまだぁ!!」

 

 手元の武器を壊されて丸腰になったシャルロットへ、更に二刀流の連撃が箒によって叩き込まれる。ほんの数秒の間にラファールの装甲が斬撃の跡だらけになっていた。

 

「ぅうッ!!」

 

 マズい。あそこまで接近されたらあの箒をシャルロットでは止められない。

 そう判断するなり俺はラウラの最後のワイヤーブレードを受け流すと、握り直した雪片を振りかぶって箒へぶん投げた。

 

「何っ!? ぐあッ!」

 

 箒に命中して宙に舞う雪片をすぐさま回収し、俺はすぐラウラへと意識を戻す。一直線に飛んできたワイヤーブレードを弾き、観客席のシールドの上に着地した。

 

「クッ、無駄に器用なヤツだ……!」

 

「あ、ありがとう一夏!」

 

 ラウラの悪態とシャルロットの感謝が回線の中で交錯する。もうシャルロットを助ける隙はラウラからは与えられないだろう。今度接近されれば助ける事はできないかもしれない。彼女にはなんとしてでも箒を倒してもらいたいのだ。

 

「思った以上にやるね。さすがは束博士の妹かな?」

 

「あの人は関係ない、これは私の本気だ!」

 

「……わかった。なら僕も本気でいかせてもらうよ!」

 

 そう言ってシャルロットが展開したのは、サブマシンガン2丁だった。同時にスラスター部分から十数発のミサイルを展開し、箒に向けて発射した。

 

「ッ!?」

 

 思わず箒は後退しつつ囀を収納してLAREでミサイルを迎撃しようとするが、連射ができないハンドガンでは無理な話だった。2、3発は撃ち落とせたものの、残りの数十発が箒に迫る。

 更に遅れて発射されたサブマシンガンの弾丸がミサイルを爆破し、それは箒を巻き込む大きな爆発となった。

 

「うわぁああッッ!!!」

 

 爆炎の中から吹き飛ぶ様に姿を現した箒はすぐ体勢を立て直してシャルロットを探すが、彼女が目にしたのは再びミサイルを展開したシャルロットのラファールだった。

 

『ゴメンね』

 

 そう一言、回線の中で呟いた彼女のラファールからミサイルが一斉発射される。その狙いは全て箒に向けられていた。

 

『ぐっ……ッ!』

 

 回避行動を取らず、拳銃を展開するでもない箒は悔しそうにラファールから放たれたミサイルを見遣っていたが、次の瞬間俺のよく聞くブースト音と同時に彼女の姿が大きくブレた。

 

「「ッ!」」

 

 すぐサブマシンガンで爆発が起こったのでシャルロットはわかっていなかったが、俺とラウラは彼女達の戦場からは離れてたので、何が起こったのかは理解していた。しかしそれでも、驚きだった。

 

 箒が瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使ったのだ。

 

 俺と訓練する時にはそぶりすら見せなかった。つまり、この大会まで隠していたのだろう。サプライズが過ぎるが、この時は俺のみならず箒も口元をニヤつかせた。

 

「いっ、イグニッション・ブーストッ!?」

 

 いつの間にか爆発から逃げ出している箒の姿を見てすぐ状況を理解したシャルロットだったが、その時にはもう箒の2度目のイグニッション・ブーストが発動し、彼女との距離を一気に詰めた瞬間だった。

 

「はぁッ!!」

 

 イグニッション・ブーストの終わりざまに居合斬りを叩き込み、空中で大きくバランスを崩したシャルロットに向かって箒の二刀流の斬撃が繰り出される。俺のウィンドウの中でラファールの残りエネルギーが9割を切った時のアラートが鳴った。

 

「これで終わりだッ!!」

 

「くぅッ! ま、まだ……ッ!!」

 

 地面に叩き落とす様にして斬り下された箒の葵をブースターで受け止めたシャルロット。鈍い音を立てたラファールのブースターは耐えられなかったか、根元の部分からボロリとちぎれ落ちる。シャルロットはアリーナのグラウンドに舞い落ち、そこを更に追撃しようとする箒の打鉄が迫る。

 しかし、地表まであと数メートルの所でシャルロットは手の中から何かを手放した。それは箒の目の前まで流れて来た瞬間、気の抜けた音と同時に勢いよく煙を噴き出し始めた。

 

「なっ!? クソッ……だがしかし!」

 

 煙幕手榴弾によって瞬く間に箒の姿は見えなくなったが、彼女はすぐに煙の中からシャルロット目掛けて飛び出していた。

 それも見据えたかの様にして、シャルロットは飛び出して来た箒に向かって展開していたグレネードランチャーを数発、発射した。

 

 なるほど、俺もああやってやられたのか。

 

「あっ」

 

 シャルロットに向かって葵を振り上げていた彼女に、すぐ目の前まで迫っている弾丸は防げない。

 打鉄を纏った箒の姿が、再び爆炎に飲み込まれた。

 今度は叫ぶ暇すら与えられなかった。爆発に煽られて地面に落ちた打鉄と箒はなんとか着地するも、ウィンドウに表示されていた打鉄の残りエネルギーは0になっていた。

 

「くっ……、…………」

 

 悔しそうに空を見上げた箒だが、すぐ予備エネルギーでアリーナのカタパルトの上へと避難を始める。

 とにかくこれで箒は倒した。しかしシャルロットのラファールはもう残りエネルギーが限界だ。そして、それを狙わないラウラではなかった。

 

「フンっ、見事だが……終わったな」

 

 レーゲンのワイヤーブレードが俺を翻弄し、その隙にカノン砲がシャルロットを狙う。ブースターを潰されている今のラファールじゃ避けるのはほぼ不可能だ。

 だが、このままやらせはしない。俺はすっ飛んでくるワイヤーブレードをいなしながら、白式の通信画面を開いて素早く文字を入力すると、それを彼女に送った。

 

「シャルッ!!!」

 

 とっさに強く叫んでシャルロットに通信の存在を気付かせる。カノン砲から逃げようとする彼女が俺の声に気が付き、視線が合った。

 

「ィい一夏ぁあッッ!!!!!」

 

 女とは思えないぐらいの馬鹿デカい声で叫びながら、シャルロットは右手に展開が始まって形にもなっていない粒子の塊を、俺に向かってぶん投げた。

 光を撒き散らしながら形成を続けて俺の元へと飛び込んでくるそれを、白式のマニュピレーターで難なく掴み取ったのと同時に、塊は展開を終えた姿を見せる。

 俺の手に握られているのはケースレス式六発のシリンダーが付いたグレネードランチャー。数分前にシャルロットが箒にとどめをさした時の物だった。

 

 その直後、彼女のラファール・リヴァイブにシュバルツェア・レーゲンのカノン砲の弾丸が直撃した。

 

「ああぁッッ!!!!!」

 

 悲鳴と共に大きく吹き飛ばされたシャルとリヴァイブが地面を転がり、グラウンドの端で止まった。同時に俺の白式に映っているリヴァイブのエネルギー数値が0になり、ウインドウが赤に染まった。

 

「大丈夫か!?」

 

『イタタ…………う、うん! 僕は平気。それより一夏、絶対に勝ってね!』

 

 思わずプライベート・チャンネルで叫んできたシャルロット。カノン砲の直撃を見た時は寒気がしたが、大丈夫そうだ。

 俺は彼女から受け取ったグレネードランチャーを左手に掴みなおしてグラウンドに降り立つ。視界の先ではラウラの乗るシュヴァルツェア・レーゲンが威圧するかのように浮遊している。

 

「これで1対1だな。チームプレイもできなくなった今、お前に勝ち目などない!」

 

「そうかな? 『あの時』千冬姉が止めなきゃ、俺の勝ちだと思ったんだけどなぁ……そうだろ?」

 

「クッ……減らず口をッ!」

 

 俺を見下すラウラの表情が歪み、ワイヤーブレードが一斉に射出される。

 それを認識するなり俺はブレードからランチャーを守りつつ、彼女のレーゲンに向かって正面から突撃した。

 

「っ、馬鹿な男だ」

 

 猪突猛進にも見えただろう俺をあざ笑うかのような表情で、ラウラはカノン砲を真っ直ぐに構える。対し、俺はそれを遮るようにして雪片を正面に構えた。

 爆音、閃光。正面から一直線に飛んできた弾丸は俺の目でもゆっくりと動いているかのように捉えられた。

 衝撃、振動。ジャイロ回転しながらレールガンの要領ですっ飛んできた弾丸は、直撃すれば白式の装甲なんざ一瞬にしてスクラップになってしまうだろう。

 一度くらった恐怖もある。だが、今度は同じにはならない。

 シュヴァルツェア・レーゲンのカノン砲から発射され、俺に向かって直進したその弾丸は、

 

 

 

 雪片に拒まれて明後日の方向へと飛んでいった。

 

 

 

「なっ……防いただとッ!!?」

 

 この時、状況を理解したのは千冬だけだった……らしい。防御したのではなく、受け流しやすい角度からくらって、弾き飛ばしたのだと……

 1000ぐらいのダメージにはなった。だが、直撃を貰うよりは余程マシだ。おまけにラウラはカノン砲の弾丸を弾いた事に驚いている。これは二度とないチャンスだった。

 俺は雪片を収納し、白式のブースターで突進しながらグレネードランチャーを構える。そして狙いをラウラ本体に絞り、引き鉄を引いた。

 勢い強く空気が抜ける音と、手堅い衝撃が肩に伝わり、緩やかな放物線を描いて発射されたグレネード弾、2発。そのふたつの弾丸は、未だに回避行動をとろうとしていないラウラの目の前で爆発…………せずに停止した。彼女の突き出された腕からAICが発動されたのだ。

 

「無駄だ! この停止結界の前では、実弾兵器など意味を成さん! わざわざグレネードを借りてまで挑んで来たからには何か策でもあると思ったが、やはり貴様は馬──

 

 彼女の言葉には耳も貸さず、俺はランチャーを構えたまま3発目の弾丸を発射した。狙いはラウラよりも少しだけ手前。AICの範囲外のすぐ目の前。

 発射音と共に慣性を奪われる事なくグラウンドへと着弾した3発目のグレネード弾は、土の地面を吹き飛ばした。爆炎に煽られたのか、彼女の手の中で止まっていた二発のグレネード弾も炸裂し、AICを発動していたラウラは身を屈ませることもできず、爆炎の中へ飲み込まれていった。

 

『ぐああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!?』

 

 それだけではなかった。ラウラの発動していたAICはグレネード弾の爆炎は通したが、グラウンドの土や砂埃は彼女の手の平の前で静止する。それは瞬く間に彼女の目の前へ砂粒の壁を作り上げ、俺の姿を肉眼から隠してくれた。

 

『なっ、これでは……っ! っく、クソ!!』

 

 回線の中からは焦りに焦ったラウラの声が聞こえた。このままではレーダーでしか俺を確認できない上、AICを発動しっぱなしの今、自分は動く事もできないまま無防備な姿を晒している様なもの。

 だから彼女はまず、AICを解除するだろう。俺が接近しているのは彼女はわかっている。ワイヤーブレードとレーザーブレードで接近戦を想定しているはずだ。

 そこまで予想していた俺は、残弾1発残っているのも構わず、邪魔なランチャーを投げ捨てた。残った1発も全部撃ち込んでおけばよかったと後悔したが、もう遅い。

 考えは隅に押しやり、秒速で雪片を展開した俺は素早く剣の柄を片手で包み込む様に持ち方を変え、脚のブースターで地面を滑りながら大きく振りかぶった。

 同時、AICの半透明なオーラが消え、砂の壁が慣性を取り戻した直後、俺は砂埃の隙間を見計らって雪片をぶん投げた。狙いはラウラの…………片側の浮遊ユニットだ。

 ブースターのスピードが合わさり、ほぼ一直線に牙突した雪片は、狙い通り彼女のユニットを突き刺し、爆散した。

 

『うぁあああぁぁあッッ!!?』

 

 見えたのは一瞬だけだが、爆発の煙の中から彼女の悲鳴が聞こえたから、深く確認する必要はない。すぐさま次の行動に移る。

 俺は白式の脚をグラウンドの地面に亀裂がはいるぐらいの勢いで踏み込み、メインブースターの勢いに合わせて跳躍した。

 ブースターの推力も合わさり、十数メートル近く飛び上がった俺の視界の下では、砂煙の中から6本全てのワイヤーブレードが煙を切り裂きながら飛び出した。

 

「い……いないッ!? そんなバカな!!? ……ハッ!!!!?」

 

 そうだ。俺の姿は正面じゃない。

 

 きっとラウラの視界には、白式の脚がでっかく映っていただろう。俺はどこぞのライダーの如く、白式の脚を大きく突き出しながらイグニッション・ブーストを発動。

 瞬時的超加速の中から放った飛び蹴りが、彼女の腹部へと直撃した。

 

「ぐがああぁぁぁァァァアアアアア!!!!!」

 

 重量級のISであるシュヴァルツェア・レーゲンの黒い巨体が、風に煽られた紙細工の様に吹っ飛んだ。観客席からは驚愕の歓声が巻き起こり、会場を響かせた。

 だが、これだけやってもシュヴァルツェア・レーゲンの残りエネルギーは半分を切っていない。俺は蹴りつけた勢いで宙返りし、スラスターで緩やかに着地して地面に転がっていた雪片を回収すると、ブースト移動で速やかに距離を離す。蹴り飛ばされて地面を転がり、うつ伏せに倒れ込んだラウラは1機しかなくなったメインブースターでなんとか立ち上がるも、その顔はレーゲンと同じく砂埃に塗れ、眉間には皺が寄り、瞳孔が開いていた。

 

「き……ッ!! 貴ッ様ァァアあああ"!!!」

 

 今までに聞いたことのない声で叫びながら俺を睨みつけるラウラは、一度巻き戻したワイヤーブレードを再び俺に向かって全て発射した。

 完全に頭にきたようだが、怒り狂えば正常な判断はできなくなる。今の俺からすれば対処が楽になっただけだ。

 俺はある程度ラウラから距離を取ると、自分に向かって飛んできたワイヤーブレードを白式の腕へと巻き付かせた。

 

「ハハハっ!! 捕まえ──

 

 嘲笑するラウラを無視して俺は素早く雪片を地面に深々く突き刺すと、巻き付いたワイヤーを塚の部分に引っ掛けてそのままイグニッション・ブーストを発動した。

 

「何ッ!!?」

 

 ワイヤーを巻き付かせた右腕の装甲が締めつけられ、ビキリと嫌な音を立てて変形し、生身の腕が一気に引き攣る。だが、一気にワイヤーを張られたラウラのシュヴァルツェア・レーゲンは勢い良く頭から地面に衝突し、その巨大な機体をもう一度転がせた。

 

「ぬぁああぁぁぁっッ!!?」

 

 レーゲンがすっ転ぶ瞬間を見届けた俺は緩んだワイヤーブレードを腕からさっさと解くが、ワイヤーそのものは白式の手に握ったまま。今度は勝手に巻き戻っていくワイヤーに身を任せ、ルート上の雪片を引き抜きながらラウラに急接近した。

 

「ぐっ……クソ……ッ!?」

 

 ヨロヨロと立ち上がったラウラはワイヤーにしがみついている俺に気がつくも、咄嗟に向けたのは取り回しの悪いカノン砲。その時にはもう俺と白式は雪片の攻撃範囲内に彼女を捉えていた。

 ワイヤーを手放し、狙い通り俺は零落白夜を発動。眼前に向けられていたカノン砲の砲身をバターみたいに易々と斬り飛ばし、振り返した刃でAICを発動しようとしていた左手を彼女の生身が入ってない部分だけ切断した。

 

「あッっ!! がっ!!!?」

 

 主兵装と片手を失ったラウラだったが、それでも彼女は俺を捕まえようと残った右手でAICを発動するために俺へ向けて手を伸ばす。こればかりは雪片で斬りつけるよりも彼女のAICの方が早い。

 だから俺は零落白夜を止めて雪片を収納しつつ、ブーストを合わせたジャンプでラウラの真上に飛び上がる。直後すぐに発動された停止結界が白式の足を捕らえてしまったが、上半身は結界の中から抜けていたため慣性は止められていない。

 

「しまっ──

 

 俺を捕まえきれていないことに一番最初に気づいたのは、もちろんAICを発動した本人。ソイツへ俺は初めて威嚇するかの様に獰猛な笑みを送りながら白式の両手でAICを発動している右手を掴みこむと、そのマニュピレーターを文字通り、握り潰した。

 

「なっっ……ッ!?」

 

 ぐしゃりと金属の潰れる音が手の中から響き、紫電と火花が散る。同時に拘束されていた空間が薄れ、慣性が戻り始める。

 潰した彼女の手を掴んだまま、慣性を取り戻して地面に降りた俺は、ラウラの頭の整理がつく前にその掴んだ手を腕に回し、白式のブースターとスラスターの勢いを合わせた一本背負いで、彼女ごとシュヴァルツェア・レーゲンをぶん投げた。

 

 

 

「「「「「「「「「「!!?!?!???!??!!」」」」」」」」」」

 

 

 

 重量級のISの巨体がまたしても空中へ吹き飛ばされる光景に、観客からは歓声が途絶えた。時間の流れが遅くなってしまったかのような感覚を受けながら、俺は雪片を展開して宙を舞うレーゲンに連撃を叩き込む。

 そこから一気に湧き上がった観客席の声に押され、俺はひたすらに雪片で無防備なレーゲンを斬りつける。零落白夜も発動せず、タコ殴りのようにレーゲンを雪片で滅多打ちにして、最後に白式の足で後ろ蹴りを決めて地面に着地した。

 あれほど堅牢だったシュヴァルツェア・レーゲンの装甲がボロボロに壊れ、60000以上あった残りエネルギーが1000を切っている。あと1回雪片をそのまんま叩きつければ終わる量だった。対して俺の白式は右腕がひしゃげただけで、エネルギーも零落白夜を使うだけの余裕がある。もう試合の勝敗は決まっているようなものだった。

 

「ハァ……ハァ……、あ、ありえない……っ、こっ、この私が……こんな、ッ!」

 

 蹴り飛ばされて3度目の地面にローリングを決めたレーゲンが立ち上がる。ガクガクと関節が壊れたかのようなぎこちない動きで火花を発しながら、でかい両足でなんとか自身を支える。泥まみれに加え転がった時に打ち所を誤ったのか、ボロボロのラウラの額には青痰が滲んでおり、狐の耳のような形をしていたカチューシャの片耳が欠けていた。

 ふと足元に目をやると、そこには数分前に自分が投げ捨てたグレネードランチャーが転がっていた。

 俺はおもむろにランチャーを拾い、シリンダーを確認する。残弾1発、両手のAICを潰された今、彼女が実弾を防ぐ手段はない。

 

「ぉおおおぉぉおおりりぃいぃむぅううぅらぁぃいちぃかああぁぁぁぁぁああああああぁぁあああぁああああああ!!!!!」

 

 俺は叫ぶラウラに狙いを定めて、トリガーを引いた。

 

 

 

 ・・・☆・・・☆・・・

 

 

 

 (シャルロット視点)

 

 

 

 あっという間の畳み掛けだった……

 

 『グレネードランチャーを貸せ』

 

 乱戦の最中に渡された一夏の文章通信には、簡潔にそう書かれていた。彼がいったいどんな作戦を考えているのかはわからなかったけれども、それでも僕は一夏を信じて文の通りの行動に移した。

 

 結果として僕は倒れる事になったが、一夏は勝利したのだ。あのラウラ・ボーデヴィッヒに。

 

 グレネードランチャーの最後の一発がラウラとそのシュヴァルツェア・レーゲンに命中し、彼女の叫び声が爆発で途切れたと同時にISのウィンドウに表示されていたレーゲンの残りエネルギーがゼロになった音が鳴り、試合終了のアラームが大音量で会場に響き渡る。

 一斉に沸き上がる観客席から賞賛の声と拍手が溢れ、僕はようやく安堵して一夏のそばへと寄り添った。予備エネルギーを使ったラファールを動かして。

 

「やった! やったあ、一夏っ!! 僕たち勝ったよっ!!」

 

「あぁ。ありがとな、シャルル」

 

 僕と目を合わせた一夏はそう言って、持っていたランチャーを僕に返してきた。

 

 あれ? 僕のこと、シャルって呼ばなかったっけ? まぁ……それは後ででいっか♪

 

 そんな事を考えているうちに、会場のアナウンスが僕たちの勝利を告げた。

 

『学年別トーナメント1年の部、第1回戦の勝者は! シャルル・デュノア、織斑一夏のぺ──

 

 その時だった。

 

 

 

「まぁぁだだぁぁああああぁぁぁあああああああああ!!!!!」

 

 

 

「「っ!!!??」」

 

 突然の叫び声にアナウンスが遮られ、僕と一夏は反射的に声のした方へ顔を向ける。

 

 そこには、あれだけ機体にダメージを負ったのにもかかわらず、立ち上がる満身創痍のシュヴァルツェア・レーゲンと、瞳孔が完全に開ききったラウラ・ボーデヴィッヒの姿だった。

 たぶん、グラウンドから退場するための予備エネルギーを使ったんだと思うけども、誰が見てももう戦える状態じゃない。それなのに、彼女は自分の敗北を認めていなかった。

 

「私は……ッ、負けん……、まだ……っ、負げでなどい゛ないィっ!!」

 

 そう宣言するラウラのレーゲンの右腕が震えながら動き、潰れた手の平から光の収縮が乱れたレーザーブレードが展開される。あれでは近接ブレードを受け止めることはできないだろう。

 

『ボ、ボーデヴィッヒさん! 試合は終わりです! あなたはもう──

 

「黙れェッ!!」

 

 慌てる山田先生の声を彼女は怒声で遮る。観客も予想外すぎる彼女の行為にざわついている。

 

「私は、私はァ! 私はァぁ……ッ!!!」

 

 こうなったら少し手荒でも彼女を止めようと、僕は一夏に返してもらったグレネードランチャーに弾を込めた直後、シュヴァルツェア・レーゲンが甲高い轟音と共に融解し始めたのだ。

 

「うぁぁあああぁぁあぁああぁぁあああああ!!!!!」

 

 驚愕とも痛みとも恐怖ともいえない叫び声を発しながら、ラウラはスライムのようにドロドロとうごめくシュヴァルツェア・レーゲンに包み込まれる。

 

「い、一夏ッ!? これって!!?」

 

「んんっ? あ、あぁ……わからん!」

 

「?」

 

 僕が一夏の顔を見た時、一夏はボーデヴィッヒさんとは全く別の方向を見ていた。かなり後になって聞いて見たら、一夏が見ていたのは観客席のVIP席。ドイツの代表がいた方向だった。

 一夏はきっと僕と同じようにどこかでボーデヴィッヒを怪しんで、政府を警戒していたんだって。

 

『お、織斑くん、デュノアさん!! 聞こえていますか!? 今すぐ避難してください!』

 

 慌てふためく山田先生の声がアナウンスから聞こえたかと思えば、いつの間にかラウラの叫び声が聞こえなくなった。ウネウネとうごめくアレを見るからに、彼女は溶けたレーゲンの中に飲み込まれていったのだ。

 気がつけばアリーナに非常事態を知らせる警報が流れ、観客席の非常用シールドが稼働していた。織斑先生が危険だと判断したのだ。

 

「で、でも先生! ボーデヴィッヒさんはどうすれば……」

 

『今はお二人の安全が優先です! アリーナのカタパルトは開いてますから、そこから逃げてください!!』

 

「そうもいかないみたいっすよ、先生」

 

 『えッ?』とアナウンスで山田先生が動揺すると、溶けたレーゲンからワイヤーブレードの形を模したような触手が何本も伸び、僕たちに襲いかかった。

 

「っ!?」

 

「ッ!!」

 

 咄嗟にグレネードランチャーを発射して触手を散らしたけども、爆発から逃れた触手が鞭のようにしなりながら僕たちに襲いかかる。

 その触手は一夏の雪片で切り払われたけれども、あのIS本体が止まる様子は見られない。

 僕は焦っていた。今までISで実践やテストを行ってきたけども、ISを纏ったままで非常事態に遭うのは初めてだったから。

 

「ど、どうしよう一夏!?」

 

 ラファールの空いていた手にサブマシンガンを展開し、ミサイルの発射態勢を整えたけれど、果たして今のあのレーゲンに効くのかはわからない。そんな不安を抱えた時、一夏と白式が僕の射線を遮るように立った。

 

「大丈夫だ。シャルル、お前はここにいろ。俺は……あいつにお灸を添えてくる」

 

「えっ!? ま、待って一夏! そんなの危険だよ!」

 

 お灸を添える。つまり、ひとりであの正体不明の物と戦うつもりだったのだ。

 

『お、織斑くん!? だ、ダメです!! おふたりとも早く避難してください!』

 

 僕と山田先生の制止を聞き流しながら一夏は雪片を展開して2、3回振り回すと、真正面にいる融解したレーゲンに突き付ける。急に甲高い音が強くなり、まるで一夏を威嚇するかように唸り声のような金属音が響き渡った。

 

「悪いが、どうやらアイツのご指名は俺っぽいからな。……下がってろ」

 

 『下がってろ』 その言い方にドキリと胸の鼓動を動かしてしまった直後、白式のイグニッション・ブーストの光が僕の視界を遮った。

 

「あっ!? 一夏っ!! 一夏ぁあああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 一夏の姿はラウラのシュヴァルツェア・レーゲンだったモノ…………光さえ吸い込んでいく様な黒い塊の中へと取り込まれていった。

 

 

 

 ・・・☆・・・☆・・・

 

 

 

 (ラウラ視点)

 

 

 

 認めたくなかった。

 

 認められる筈がなかった。

 

 相手は尊敬する教官、の弟。だが、IS操縦の天才である教官とは全く違う弟。それも、ISをほとんど知るはずのない男だ。私が負けることなどありえなかった。

 

 それが、どうした? いや、どうなっている!? 邪魔な荷物がいたとはいえ、私はヤツにロクな致命傷も与えられず敗北したのだ。それも、一方的に。

 

 初めて教官の弟を前にした時は、思っていたよりも腑抜けた男ではなく、顔が教官に少し似ている程度の認識しか感じなかった。

 

 座学は居眠りばかり。実習はそこそこ、これなら本気を出さずとも勝てる、私はそう思っていたのだ。

 

 結果、初戦の時はアイツの言う通り私は油断していた。教官に止めてもらえなければ、私は致命傷を追っていただろう。

 

 だから、次は本気で叩き潰すと決めていたのだ。遊ぶつもりもなく、実戦のつもりで私は全力でアイツを負かすつもりだった。

 

 トーナメント前にアイツはパートナーと入念にチームワークと作戦を練っていただろう。それを察知していた私は自分のパートナーをデュノアに当てがい、ダメージが積み重なったら先に始末する戦法をとった。戦法自体は想像通り、うまくいった。

 

 だが……アイツはまだ隠し球を持っていた。アイツがデュノアから倒れる前に受け取ったグレネードランチャーを使い始めた途端。状況が一転した。

 

 アイツはAICの範囲も弱点も理解していたのだ。

 

 気が付いた時にはもう遅かった。幾度となく地面を舐めさせられた私は、軍人としてのプライドも、教官に教育を受けた誇りも蹂躙され、叩き潰される側になっていた。

 

 怒りで抗う事もできず、私は敗北した。ISに乗ってまだ数ヶ月としか経っていない男に、負けたのだ。

 

 そんな事実を認める事など出来なかった。

 

 私は戦う為だけに作られた存在。

 

 家族も友もいない。自分を創り出した祖国の為、部隊の為に戦う存在でしかない。

 

 一度は失墜の彼方に叩き落とされた。ISの適正値を上げる手術に失敗し、私は出来損ないの烙印を押された。

 

 しかし、その少し後で出会った織斑千冬教官のおかげで、私のIS技術は手術後の想定値をも上回る実力を手に入れることができた。私は再び部隊に舞い戻る事ができたのだ。

 

 あの教官は偉大だ! この世で一番ISが強いお方であり、私はその人に直々に教育を受けたのだ。私は強くなった、部隊の誰よりも!

 

 こんな温室の学園で教育を受けてきたような輩にも、ましてやISを数ヶ月しか動かしていない男などにも、私が負けるはずがないのだッ!

 

 それなのに……それなのに……ッ!

 

 何故…………何故だッ!!

 

 何故お前はこれだけの力があるのだ!?

 

 なぜこれだけの強さを持っているのだッ!!?

 

 なぜお前は…………これほどまでに、強く有ろうとするのだッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(お前は力なんか手にしてどうすんだ?)

 

「……ッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、揺るぎない意志の強さを感じる、男の声だった。

 

 色も何も感じられない空間の中でその言葉だけが響き渡り、私は思わず辺りを見回した。

 

 ひと昔前、ISと操縦者の同調率が最高潮に達するとISそのものとの意思の疎通や、操縦者同士で感覚の共有などが可能になるといった夢物語のような話を聞いた事があったが、今の私にそこまで考えるだけの余地などなかった。

 

「わ、私は……」

 

 なぜ力を求めるのか。国の為? 部隊の為? 

 

 違う。私が教官から貰った力はそんな事の為ではない!

 

 問いかけられた質問は、二度は返ってこない。私は思考の全てを答えへと回し、何処にいるのかもわからない声の主に向かって叫んだ。

 

「私は……あの方に認めてもらいたい! 織斑先生……いえ、教官と肩を並べる存在になりたいのだッ! その為にはまず、織斑 一夏……貴様を倒すッ!!」

 

 溢れ出すように出てきてしまった言葉を吐き出し、私は大きく息を吐く。そしてそれが自分の本音なのだと、深く認識した。

 

 そうか、私は認めて欲しかったのだ。モンド・クロッゾを、教官の晴れ舞台を潰した織斑一夏を認めたくないのと逆だ。

 

 私は自分の強さを教官に認めて欲しかったのだ。教官の弟よりも相応しい存在として、か……

 

 そこまでわかった途端、私の中でなんともいえない喜びが生まれた。親も友もない私だったが、感情をなくす事はできなかったようだ。

 

(………………………………)

 

「………………ッ、

 

 だが叫んだ虚空の中から、アイツの返事が戻らない。暫しの無音の空間が流れ、苛立ちを覚えた私が喋ろうとした瞬間、アイツの言葉が返ってきた。

 

(いい目標じゃねぇか)

 

「っ!!?」

 

 ほんの数分前には完膚なきまでにボロボロにされた今、大口を開けて啖呵まで切ったのにも関わらず、あっさりと彼は私の理由を受け入れてしまった。

 

 驚く暇すら与えられずに、彼は喋り続ける。

 

(誰かに自分の存在を認めてもらいたいってのは、人が持っていて当たり前のものさ。頑張れよ……)

 

 声援まで貰った。その消え入ってしまいそうな声を聞いて、私は焦った。

 

「ま、待て! 私の質問に答えろ!!」

 

 だからこそ、私は彼の力が気になった。

 

「お前の力はいったい何だ!?」

 

 その力を手に入れれば、私は彼に勝てる気がした。

 

「いったい何がお前をあそこまで強くさせているのだッ!!?」

 

 織斑教官に認めてもらえるような気がした。

 

「答えろッッ!!!!!」

 

 

 

 だが、彼から返ってきたのは言葉ではなかった。

 

 

 

「ッ!!!?」

 

 空間が闇に染まり、濁流のようにうねりながら私を飲み込む。

 

(ラウラ・ボーデヴィッヒ、お前は勘違いしている)

 

 声が出せず、私は無我夢中で闇を振り払う。まるで私を何処かへ押し戻しているかのようだった。

 

(俺はお前の欲しがる力なんざ持ち合わせていない。おまけに力を教える技術も持っていない)

 

 ISも展開できない。だが私はかすかに手応えのある闇をかき分け、彼の声がしているような気がした方向へ、押し寄せる闇とは反対の方へ突き進んだ。

 

(俺は……こんなフザケた世界でくたばりたくないから、コイツの技術を学んだだけさ)

 

 幾度となく闇をかき分けたその先には、急に一切の抵抗感のない澄んだ闇が広がっていた。

 

(お前の求めているものは、ここにはない……)

 

 闇の中心に、一人の男が立っていた。

 

(戻るんだ。今すぐに)

 

 後ろ姿だった。背の高い男だった。

 

(此処にあるのは……力と表現するには、あまりにも酷だ)

 

 私が近づこうとした途端、男の周りから蒼い炎が揺らめきながら広がっていく。それは勢いの留まる事を知らずに、彼を包み込む。

 

「お……お前は……

 

(此処にあるのは……力なんかじゃない)

 

 青白い業火の中で、男は振り返った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……誰だ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは『織斑 一夏』ではなかった。

 

(暇があったら教えてやる。でも、今は戻るんだ)

 

 その瞬間、私を睨みつける男の目から真っ赤な血が溢れ出したかと思えば、蒼い炎の勢いが一気に強くなり、思わず私は身を引いたその時、後ろから鉛色をした腕が6本、私の体を掴んで元来た場所へと引き戻そうとしてきた。

 

「なっ!? ま、待てッ!!」

 

(悪いな、そろそろ限界みたいだ。お前が)

 

 彼がそう言った直後、私は頭を撃たれるかのような頭痛と、噎せ返るような吐き気を感じて意識を失いかける。それを狙っていたかのように、掴む腕の力が強くなる。

 

「……ッ! お、前は……いった、い……ッ!?」

 

 6本の腕に引きずられながらも、私は遠くに確かに見える彼に向かって足を動かし、手を伸ばしていた。

 

 急に光が正面から差し込み、私は意識を失った。

 

 

 

 ・・・☆・・・☆・・・

 

 

 

 (まだラウラ視点)

 

 

 

 彼を追い求めたその先には、知らない天井が広がっていた。

 

「ここは……」

 

「目が覚めたか」

 

 視界の端から、私の尊敬する人が現れた。

 

「教官……」

 

「織斑先生だ」

 

 何度目になるのかわからないやりとり。周りは酷く静かで、落ち着く。どうやらここは医務室のようだ。

 思考が冷静になり、私は直前の事を思い出す。織斑 一夏の中にいた、あの男の存在を。

 

「ッ! 織む……ら……一、夏は?」

 

「ん? 一夏は隣のベッドだ。まだ眠っている」

 

 顔を反対側に向けてみると、織斑 一夏はそこに眠っていた。さっきまで私と戦っていた時とは違う、穏やかな寝顔だった。

 私は体を動かそうとしたが、まるで体だけ眠っているかのように、動かせなかった。

 

「全身に負荷がかかった事で筋肉疲労と打撲がある。しばらくは動けないだろう……無理をするな」

 

 教官が毛布を整え直し、ガーゼの貼り付けられていた私の頰を押さえる。頭にも何か、包帯のような物が巻かれていた。

 

「……何が、起きたのですか」

 

「ヴァルキリー・トレース・システム…………知っているな?」

 

「はい……」

 

「お前のISに積まれていた。操縦者の精神状態、機体の蓄積ダメージ、そして操縦者の意志……いや、願望か。それらが揃うと発動するようになっていたらしい。現在IS学園はドイツ軍に問い合わせている。近い内、委員会からの強制捜査が入るだろう」

 

 淡々と事の顛末を告げる教官に、私は自分の心理状態を思い出す。

 

「私は……負けたくなかった」

 

「ラウラ、これは戦争じゃない。負けたのなら、また立ち向かえばいいさ」

 

 ドイツにいた時にも聞いた事のない、教官の優しい声に私は心が安堵する。きっと織斑 一夏は、生まれた時からこの声を聞いていたのだろうか。そう思うとなんだか胸がムカムカした。

 

「勝てますでしょうか? どれだけ力を求めても、私は……」

 

「そうだな。闇雲に力を求めては、私はおろか今の一夏にも勝てんよ」

 

 私が弱音を見せた事に驚いた教官は、それでも私の手を握って私の胸元へと置いた。

 

「重要なのは、ここだ」

 

「…………」

 

 ココか…………似たような感覚を、あの男の中でも感じた。あれを解明すれば私はもっと強くなれるのかもしれない。

 

 だが……

 

「さて、私はやる事があるからな。もう行くぞ」

 

 椅子から立ち上がり、医務室の扉に手をかけた教官を呼び止める。

 

「きょ、教か…………いえ、織斑先生……」

 

「ん、どうした。どこか痛むのか?」

 

 振り返った教官は私を見て、心配そうに声をかける。

 だが私は言葉を詰まらせた。あの男の中で見たものをどう説明すればいいのか、どう言ってみせれば信じてもられるのか、私にはわからなかった。

 

「……いいえ、何でもありません」

 

「そう言われるのが一番気にかかって困るのだがな……まぁいい。今はゆっくり休め、いいな?」

 

 その言葉を最後に教官は部屋から出て行ってしまった。やはり本人に直接問いただすしかない。

 

 いったい、彼は何者なのかを……

 

 

 

「ようやく起きたかクソ女」

 

 

 

「!?」

 

 唐突に響き渡った男の声。もう一度一夏の方へ体を向けてみると、そこにはさっきと体勢の変わらないまま、彼が横になっていた。ただ、その目は先程と違って見開いており、視線は天井を睨んでいた。

 

「起きていたのか……」

 

「……こんな状況で眠れるワケねぇだろうよ。普通さ、殺そうとしてきたヤツと殺されそうになったヤツ一緒に寝かすかね?」

 

 悪態を吐き続ける男に対し、私は黙って彼を見た。

 

「……なんだよ」

 

 気だるそうに首を曲げて、彼は私の方に顔を向けて、目を合わせた。

 

 あの男の眼と一夏の眼は、良く似ていた。

 

「お前は一体…………何なんだ……?」

 

 

 

 ・・・☆・・・☆・・・

 

 

 

 『誰』ではなく『何』か……

 

 真っ赤な片目で真っ直ぐに俺を見遣るラウラに対し、俺は冷静さを装いつつも内心で冷や汗を垂らす。

 

 ISと同調すると相手の深層心理がシンクロするとかなんだかって授業を山田先生から聞いた気がするが、どうやらシンクロした精神は『俺』の精神を反映しているらしい。つまりだが……この女は俺の本当の姿を見てしまったのだろう……。

 これは猛烈に面倒な事態になってしまった。

 

 さて、どうしようか。俺にはなんで俺が織斑 一夏になっているのかなんざ知らん。彼女がそれを信じようと信じまいと、俺には関係ない。

 問題なのはラウラがこれを身近な人間に言いふらす可能性だ。今は混乱していて説明がつかないだろうが、早めに口を塞がせる必要があった。

 だが、それだけじゃ彼女は納得しないだろう。彼女は俺の強さを興味の対象として見ているハズだ。ヘタに今後の関係に優位性を持たれても困るので、俺は今ある事実だけを告げようとしたその時、保健室の扉が勢いよく開かれた。

 

「……一夏ッ!!」

 

 俺は喋ろうとしていた息を詰まらせ、むせた。

 

「シ、シャル……るぉ、ト……?」

 

 入ってきたのはシャルロットだった。だが、その姿は上はいつものIS学園の制服だったが、下は女子生徒用のスカートを履いていた。

 

「っ!??? ……??」

 

 俺の驚きを無視してシャルロットは俺のベッドに駆け寄ると、横になっている俺の顔を自分の胸元へ引き寄せる。ラウラですら状況が理解できずに口を開けて惚けていた。

 

「よかった……ほんとうによかった……」

 

 箒ほどではないが、そこそこにボリュームのある胸の感触を顔で受け止めながら、俺はシャルロットに問い尋ねる。

 

「あぁ……でもシャルル、なんでスカートなんだ?」

 

「うん、僕ね……学園長先生に言ったんだ。自分の正体を、ここに来た目的を」

 

「え?」

 

 予想外な彼女の行動に、俺は言葉を詰まらせた。女である事をバラすならその情報は学園全体に広がると思っていたが、まさか先にトップに伝えるとは思ってもいなかった。

 

「最初は怖かったけど……僕の話を聞いた学園長先生は全然、僕を責めたりなんかしなかった。スパイでも何でも、ここにいて良いって……」

 

 薄々感づいてはいた。このIS学園は各国同士の情報戦も行われている。男装していたとはいえ、ここで暮らしている生徒の幾人かはシャルロットと同じスパイの人間がいる可能性も十二分にあり得るのだ。

 だから専用機持ちの代表候補生はこの学園で自分のISを育てる事が多いらしい。ISのデータは共有できても形態以降や単一使用能力はコピーが効かないからだ。千冬談。

 

「だからね僕、決めたよ。デュノア社と……お父さんともっとちゃんと話し合ってみる」

 

 ここでスパイがボイコットしても、学園は痛くも痒くもない。悲鳴をあげるのは国の方だ。国や企業からの手出しはIS学園が許さない。そこまで考えていた俺は、シャルロットの意見に賛成的だった。

 

「だから……手を貸して、一夏」

 

「もちろんだ。最後まで付き合ってやるよ……」

 

 協力すると言ったのは俺だ。もう拒否する事などできなかった。

 ラウラを世界の隅に追いやり、2人だけの空間になっていたシャルロットとおれだったが、突如扉をノックする音で俺は現実に戻り、彼女の胸から離れた。

 

 ガチャ

 

「あれ、デュノア『くん』……ですよね……?」

 

 部屋に入ってきたこの声は、山田先生だった。

 シャルロットを見たその慌てようから察するに、まだ先生には彼女の正体が伝わってはいなかったのだろう。シャルロット自身も唐突に出会ってしまったIS学園の関係者にワタワタと言葉を見繕うとしていた。

 

「あの、えっと、これは、その…………い、一夏──

 

「「……ZZZ」」

 

「ウソ寝なんかしないでよーーっ!!」

 

 疲れて面倒になった俺は全てを山田先生に任せ、狸寝入りを決めた。協力するとは言ったが、それは俺の管轄外だ。

 

 ラウラまで狸寝入りしていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。