織斑イチカの収束   作:monmo

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第十二話

 学年別トーナメント戦はラウラの事件の後、別日に学年生徒全員が最低限の試合だけを行って終了された。あの試合は生徒個人個人の評価を付けるための実践テストでもあったからだ。

 トーナメント終了後、しばらくクラスの中が張り詰めていたのを覚えている。事件の当事者であるラウラが事件後普通に登校していたのも緊張の原因だと思うが、それ以上に箒やセシリア達……果ては隣のクラスの鈴までも、全員がなぜだか悔しそうにしていたのだ。クラスメイトからさりげなく聞き出そうとしたが、全員が全員「トーナメント戦が潰れてしまったから」と答え、結局それらしい情報は得られなかった。俺の思い過ごしなのか、それとも俺の知らない所で何か別の事件が残っていたのだろうか。こちとらラウラとシャルの事で頭が限界だったもんだから、何かあったらそれはそれで気になるのだが。

 そんな中、クラスの中でずいぶんとご機嫌が良かったのはシャルロットだった。トーナメント以来、彼女は毎日といっていいほど寮の食堂では一緒に食事を取り、ISの実践訓練や整備の時は合同で行う。他のヒロイン達の視線も気にもせずに。

 理由はわかってる。事の始まりは数日前に寮の食堂で会った山田先生から、浴場が俺にも開放されたのを知った時の事だった。

 まさか男が一人しかいない俺のためだけに、入浴時間を1時間も割いてくれるとは思わなかった。男の風呂なんか10分もあれば充分なんだが、それなら部屋のシャワーだけで間に合ってしまう。山田先生はゆったりと風呂に浸かって日頃の疲れを癒してほしいと言っていたので、俺は彼女の優しさを素直に受け取る事にしたのだ。

 そんな事はともかく、さっそく大浴場に行ってみようと洗面具&着替えを持って廊下を歩いていた所で通りかかったのが、IS学園の個別室から開放されてぐったりしているシャルロットだった。女である事がバレて山田先生に連行されていくのが数時間前に見た彼女の姿だったが、無事に解放された様だ。

 すぐさま彼女は俺の洗面具を見るなり、どうしたのかと問い詰めてくる。適当にあしらってしまえばよかったのだが、風呂に浮かれていた俺は浴場が開いた事を話してしまったのだ。

 

 その時だった。比喩とか、そんなんじゃなく、彼女の目が光った気がした。

 

 俺は、入ってくるなよ、と言った。どんだけ自意識過剰なんだと思いたかったが、確信した。

 

 彼女はやってくる。間違いなく。浴場に。

 

 そんな憶測など微塵も表情には出さず、少し動揺したシャルロットと別れた俺は急ぎ足で脱衣所の中へ入る。ここに入るのは始めてではないが、ここは入るたびに雌の匂いがどっぷりと充満している。それこそ、嗅いでいるだけで自分が発情しているのがわかるくらいに。

 そんな感想はひとまず置いておいて、俺は手早く服を脱いで置いてあるカゴの中へと入れる。そして、待機形態の白式と洗面具を持って、大浴場の中へと入った。

 中へ入ると、そこは男子禁制だったにも関わらず、すっかり見慣れた大理石の床とだだっ広く綺麗な風呂が正面に構えてある。

 で、そこへ入るなり俺は洗面具を風呂場の隅に置いて、出入り口の死角になっている壁に張り付いた。

 

 しばらくして、脱衣所の方で物音が鳴った。

 

 人の歩く音、そして服の擦れる音とカゴが動く音が聞こえる。

 

 そして、その音が静まった直後に浴場の出入り口が開き、小さめのタオル1枚で前を隠したシャルロットが入ってきた。

 ひたりひたりと数歩ほど歩いた彼女は、存在する相手を探そうと、顔をキョロキョロと見回していた。隠れている俺に気づかず。

 

「入ってくるなと言った筈だが?」

 

「キャ!? いいいいい一夏っ!!」

 

 俺が声をかけた瞬間、悲鳴と共にシャルロットの身体は勢い良く飛び跳ねた。タオルが捲れ、形の良い尻がぷるんと揺れる。

 

「ななな、なん、ななん、なんで、なんで!?」

 

 どもりながら俺の方へ振り返るなりシャルロットはまた小さな悲鳴をあげ、タオルを押さえていないもう片方の手で自分の視界を隠す。

 

「や、ヤダっ! 一夏!! ま、前ぐらい隠してよ〜!」

 

 それでも、目がこちらをしっかりと見ているのがわかっていた。だから俺は彼女にいたずら心を抱く。

 

「ヤダ」

 

 俺は勢いをつけて、風呂場の床を滑ってシャルロットの目の前まで近づき、彼女の肩を掴んで顔を近づけた。手の触れた両肩がびくりと跳ねる。

 

「ひゃっ!?」

 

「目ぇ合わせて。下は見るな」

 

「え? あ…………」

 

 俺の言葉をよく考えずに聞いてしまった彼女は、思わず見てしまった。完全な臨戦態勢になった、一夏のイチモツを。

 

「あ、あぁ……わぁ……」

 

 マジマジと逸物から視線を外そうとしないので、俺は足払いをかけて目を見開いたままのシャルロットを転ばし、両腕で受け止める。そのまま彼女をお姫様だっこして、スタスタと湯船の中へと連れて行く。

 

「あっ……! い、一夏! 僕……

 

「怖いか?」

 

「………………っ」

 

 その問いかけに彼女はコクリと首を頷かせ、潤んだ瞳で俺を見つめる。

 きっと彼女的には、こんな展開は妄想の内でしかなかっただろう。もしかしたら、俺にお礼でも言いたいだの何らかの理由を持ってここに来たのかもしれない。だが、あそこまで宣告して入ってきたのだ。言葉はいらないし……もう、何もしないで返すつもりはない。

 俺はシャルロットに顔を近づけて、髪のはだけた額に唇を落とす。びくりと体全体を震わせるも、顔を離せばそこには頰を熱らせて物欲しげな彼女の視線と目が合わさった。

 

 

 

 ・・・☆・・・☆・・・

 

 

 

 まぁ、色々と展開は違ったが、原作の流れ通りシャルは女子として再転入。ラウラにはキスされる事もなかったし、『嫁』宣言される事もなかった。万々歳だな。

 箒とはあのあと1回だけデートに付き合ってやった。なんせ彼女のヘコみ様が半端ではなかったので、土曜の午後に俺から唐突に誘ったのだ。その日は剣道の稽古があったらしいが、彼女は全てを投げ出してついて来た。

 高校生のデートなど、買い物してメシ食って終わりなものだ。最近のガキはマセてるって言うが、性格から察するに箒はそっち側の人ではないだろう。事実、デート中は終始しどろもどろだったし、不意に俺が手を繋いだり寄り添ってあげただけで顔を真っ赤にする始末。人生の初デートが初恋の相手でよかったな……

 

 シャルロットの今後も不安だったが、彼女が代表候補生ではない事が功を成した。世界的にほとんど存在の知られてなかったシャルロットは男性IS操縦者ではなくて、ただ男装が好きなだけのIS操縦者として認知するように学園が仕向けるつもりらしい。それでいいのかIS学園……

 だが、とりあえずはシャルロットが世界から非難される事はなくなった。人騒がせだと恨まれるかもしれなかったが、それで何かちょっかいをかけられる事はないだろう。あとは、これを知ったデュノア社かどう動くのかが問題だったが、それはまだまだ先の事だろう。

 

 事件の詰まりも解消され、今は日曜日の休日。山田先生と補習の予定もなかった俺は、白式のデータを整理するために朝早くからIS学園の整備室を訪れていた。

 ここ数日は実践続きだった事もあって、ISのバンクの中には莫大なデータが算出されている。少々手がかかりそうだったが、寮の朝食の時間までには間に合うだろうと適当な見切りを決め、俺は作業を始めた。

 まずはISを置く台座の上に俺が乗り、腕の白式を起動する。腕輪が瞬き、光が全身へ広がった後に残ったのは、ISとなった白式を纏う俺自身だ。

 その白式を解除してISから飛び下りた俺は、抜け殻みたいになった白式の脚をしっかりと固定し、オープンされた胸部を閉じる。これでISのセッティングは完了した。

 次に台座に備え付けられたデカいPCから数十本のケーブルの束を引き伸ばすと、白式の装甲を取り外しつつ内部機械の該当する接続部にひとつひとつそれを繋げていく。正直、コレが一番面倒くさい。浮遊ユニットとかは本体から完全に独立して動いているのだから仕方ないとはいえ、もう少し纏める事は出来なかったのだろうか。

 文句垂れつつ全てのケーブルを繋ぎ終えた俺は、ようやくPCの電源を入れた。機材や画面の光源が一気に増え、淡く発光する空間投影型のディスプレイが目の前に複数浮かび上がる。近未来溢れるその光景は、何度見ても胸が高鳴ってくるのを感じていた。

 

 

 

 じー……

 

 

 

 ひと息ついてディスプレイを見やすく調整し、最初はまず白式の全データの抽出。それからデータの種類に合わせ分類、解析。そしてそこから厳選された上、俺の手によって細かな微調整を施されたデータプログラムを白式に着床させていく。

 全て布仏さんに教えてもらった事だ。まだまだ覚えなくてはならない事もあるが、

 

 

 

 

 

 

 じー……

 

 

 

 

 

 

 整備室の中は俺一人。スポットライトひとつだけを白式の台座の上に落とした静かな部屋の中で、キーを押す小さな音だけが鳴る。

 遠くの方から運動部の朝練が聞こえた。どちらも俺の気を散らせる様な煩わしい事ではない。環境音だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 じー……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただ、あえて指摘するというのなら、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジー……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんでラウラは俺の後ろでこっち見てんだ?

 

 ディスプレイの灯る部屋の中で照らされた白式に彼女が写った。整備室の扉の前、物陰から顔を覗く様にラウラは立っていた。

 いや、コミュニケーションが取れないガキじゃねぇんだからさ、そんなまどろっこしい事してないでこっちに来たらどうよと考えたものなのだが、そういえばコイツはコミュニケーションの取り方を知らなかった気がすると察した。親も知らず、家族も知らず、友達も知らない。戦う事でしか自分を表現できない。それがラウラ・ボーデヴィッヒという女の子なのだ。そうやって考えてみれば、彼女には同情できなくもない。

 でも、このまま後ろに立たれていても気が散るだけなので、俺はすぐ隣にあったキャスター付きの椅子を引き寄せ、顔も見ないで彼女を呼んだ。

 

「ラウラ、ウザい。こっち来て横座れ」

 

「………………」

 

 唐突に呼びかけて驚いたのか返事はなかったが、しばらくすると後ろから歩く音が聞こえ、ラウラは何も言わず椅子に座りついた。その様子だけ見て、俺は作業を再開した。

 蛍光灯の明かりがひとつしか点いていない整備室の中で、ディスプレイの電子音とキーボードを叩く音だけが反響する。俺は集中しているし、ラウラはなんだか居心地悪そうにモゾモゾとしているだけで会話が発生しない。

 彼女がなんで俺の所に来たのかはわかっている。病室の時はシャルと山田先生が乱入してきたせいでそのまま終了してしまったが、この一件はもはやうやむやにする事は不可能だ。俺としてもすぐ話してやりたいが、冷静になってみればこの学園の中だと誰が聞いているのかわかったものではないので、話せない。

 一難去ってまた一難。この学園に来てからロクに自分の時間が貰えず、苦労ばっかするようになった。織斑一夏に全部丸投げしてしまいたいのだが、本人が俺なんだから仕方がない。

 くそったれ。俺と一夏が別だったら、こんなに苦労する事はなかったのだ。

 

 ふと思った。もし……もしも俺が『俺』としての存在でこの世界に立っていたら、どうなっていただろうか。

 女だらけのIS学園。1年1組の教室に座るのは唯一……いや唯二の男、一夏と俺。クラスメイト達は俺にも関係を図ってくるハズだ。

 

 篠ノ之 箒とは、織斑一夏との恋愛相談役。

 

 セシリア・オルコットとは、一緒に訓練を行う間柄。

 

 凰 鈴音とは、たぶん顔見知り以下。

 

 シャルロット・デュノアとは、こいつも一夏の恋愛相談役。

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒとは……もしかしたらシカトされるかもな。

 

 織斑 千冬とは、ただの教師と生徒の関係。

 

 布仏さんとは、今の俺と大して変わりはないだろう。

 

 山田先生も然り。ただ、一夏の体じゃないんだから、もう少し積極的に攻めてもアリかな。

 

 そして織斑 一夏とは、男の話し相手がアイツしかいない以上、必然的とも言える絆を結ぶだろう。

 彼の主役としての軌跡を見届けながら、俺は山田先生とイチャつく毎日を過ごすのだ。そうやって考えてみると、俺という存在はこのIS学園……いや『インフィニット・ストラトス』にとってとことん邪魔なモノだというのがわかる。

 

 全部、有り得ない事だとわかっている。もし、俺自身がこの世界に存在したとしても、俺はISを動かす事など出来ないだろう。

 ISの存在しない世界から此処に来た俺は、いったい何を目的に生かされているのだろうか。答えは出てこない。

 ISの存在する世界に『俺』が生きていたら、どんな人生を歩んでいるのか。つい、嫌な事を考えてしまう。

 そんな事を考えている間にデータの整理が終わった。ケーブルの引き抜きと整理をラウラに手伝わせ、俺は白式を纏って起動させる。各種ブースターの点検を終えて、待機形態へ収納した。

 

「終ーわり。じゃあな」

 

 彼女に背中を向けて手を振りながらその場を去ろうとするも、すぐさま呼び止められる。

 

「ど、どこに行くのだ?」

 

「今日は出かけんだよっ。買う物あるし、映画も観たいし」

 

 呼び止められても俺は歩を止めず、背中を向けたまま返事をした。

 

「そ、そうか……」

 

 ラウラは引き下がる。そこには鈴と違って図々しさはない。だが、このままでは尾行でもしてくるだろう。

 

「来るなら来いよ……」

 

「え?」

 

 俺は立ち止まり、振り返る。

 

「知りたいんだろ……? 俺が……『何』なのか……」

 

 

 

 ・・・☆・・・☆・・・

 

 

 

 朝食後、久々の私服姿でIS学園のモノレール駅のホームに立った俺は、待ち合わせをしたラウラが来るのを首を長くして待っていた。ここに来るまでにヒロイン共の何人かとすれ違い、ホームでもクラスメイトやほかの学園の生徒と戯れた。多分、誰かさんにはツケられてはいるが、向こうから接触してくる事はない……と思う。

 それにしても、食堂で見かけたアイツの様子は印象的だった。食べる事自体が初めてだったのか、未だかつてない美味だったのか、新食感だったのかは知らんが、朝食のかき揚げ蕎麦に目を輝かせながらかき揚げにかぶりついていた姿を見た時は、ウインナーを刺していたフォークを落っことしそうになった。他のクラスメイトも彼女の様子に、異星人でも見るような目で彼女を送っていたのだ。本人は全く気づいていないみたいだったが。

 戦う事以外に関してはまるっきり子供、それが俺から見たラウラの印象だ。きっとその精神を豊かにするのはシャルロットの仕事だったと思うのだが、なんやかんやあったせいで俺の仕事になってしまった。

 仕方がない、ラウラは『俺』を知ってしまったのだ。面倒だが、彼女の世話はひとまず俺が肩代わりするとしよう。

 

「待たせたな」

 

「………………」

 

 そんな事を考えている間に後ろから、某伝説の傭兵よろしい言葉で現れたラウラ。しかし彼女の姿を見て俺は脱力する。

 

「ん、どうした?」

 

「ラウラ……お前、私服とかないの?」

 

「ない。制服と軍服だけだ」

 

「着替えは?」

 

「これと同じ物があと5着ある」

 

「部屋着とかは?」

 

「制服を着ている。必要ない」

 

「寝る時は?」

 

「全裸だ」

 

「…………ワイルドだなぁー」

 

 そこまで堂々とされると、この真夏日に長袖のTシャツの上から半袖のパーカー羽織った俺が馬鹿みたいに思えてくる。IS学園の制服姿の彼女を見て真っ先に決めた目標は、コイツの私服を買う事に決めた。

 

「でも、お前この学園で暮らしてる内は自分用の私服買っとけ」

 

「なぜだ?」

 

「目立ち過ぎる。俺も、お前もな」

 

「心配はない。実戦経験は私の方が上だからな、お前の事ぐらいは守ってやる。いざとなればISを使うだけの事だ」

 

 そう言って鼻を鳴らしたラウラの頭を、俺は容赦なくデコピンでぺちんと小突く。

 

「なっ、何をするッ!」

 

「そうゆう事じゃねぇよ、バカ。その危険思想どっかにやれ。国際問題になる」

 

「IS学園は国から独立した組織だ。どこぞのバカがけしかけたとしても、私達が正当防衛すれば非があるのは向こうになる」

 

「俺だったら非があっても殺しにかかるさ」

 

 その言葉にラウラは一瞬だけ目を広げて、言葉を詰まらせてしまった。

 

「それに……ヒマな時間ぐらい、ISの事は忘れたい……」

 

「何……?」

 

 それ以上は答えず、丁度やって来たモノレールに俺はラウラと二人で乗り込んだ。後から入ってくる生徒達に揉みくちゃにされながら、俺は今日一日の予定を立てる。

 仕方ない、ひとまずラウラの服装をなんとかしてしまおう。ついでに部屋着と水着も選んでやるから感謝しやがれ。

 

 

 

 ・・・☆・・・☆・・・

 

 

 

 モノレールから降りてホームを抜ければ、そこはもう湾岸の都市部が露わになる。普段はIS学園の中で生活していると、こうして一週間ぶりに街へ戻ってくるだけでも、新鮮な気分になる。シャバの空気はこんなにも美味いのだ。

 しかし、制服姿のラウラと一緒ではそれも半減だ。いらん注目を浴びる前に彼女を着替えさせねば。

 

「お前、金持ってるよな?」

 

「もちろんだ。このカードの中に入ってある」

 

 ドヤァと財布の中から真っ黒いカードを俺の前に掲げるラウラ。どうやら心配は必要なさそうなので、俺は彼女を連れてラウラの年代が好みそうな服屋の中へ連れて行った。

 ちょっと物静かな雰囲気の明るい照明に包まれた店内。服も落ち着いた色合いが多く並んでいた。

 

「いらっしゃいま……

 

 ラウラを見て固まった店員の挨拶を素通りしながら、俺は飾られている衣服の棚や上半身だけのマネキンを物色しつつ、緊張しているラウラと話す。

 

「なんかリクエストある?」

 

「な、何でもいい……」

 

「あそ。センス悪かったらゴメンよ」

 

 事後承諾でもよかったのだが、一応確認だけとった俺はすぐそばのハンガーラックで並べられていた白い肩紐のワンピースを取って店員を呼んだ。

 

「すんません、これの黒のヤツありませんか? このレースの付いたの……」

 

 俺の注文に店員はなにやら大急ぎで持ってきてくれたワンピースを受け取り、それをラウラに持たせて試着室へ放り込んだ。

 

「それ着たら、出てこい」

 

「わ、わかった……」

 

 程なくして黒のワンピースに身を包んだラウラが試着室のカーテンを開ける。

 

「ど、どうだ?」

 

「あ〜、似合う似合う。でも、これだとブーツは変だな……」

 

 彼女の履いていた軍靴を一瞥して「ちょっと待ってろ」と一言告げた俺は、店内から丈の短いミュール……って言うかほぼサンダルを探そうとすると、既に店員が用意してくれていたのでそれを受け取ってラウラの前に戻る。

 

「おい、コレ履いてみろ」

 

「う……うむ」

 

 足を上げたラウラの足に用意したミュールを履かせる。少しキラキラとした装飾の入った薄黄色のミュールは、都合よくサイズがピッタリだった。

 

「履きづらいか?」

 

「う……んん?」

 

「ちょっと歩いてみ」

 

 両足に履かせたミュールで少し歩かせてみる。

 

「どう?」

 

「こ、これは走りづらい……」

 

「まぁ、走る靴じゃないからな」

 

 なんとも言えない感想を述べられて困ったが、本人はそれほど嫌そうにもしていなかったので、今ラウラが身につけている服を私服の1セットとして決定した。

 

「これで次に……」

 

「バカ、あと2種類ぐらい買うぞ。そ〜だなー」

 

「えぇっ!」

 

「あったりまえだろ!? 1着だけだと、お前それ毎回着るだろうがッ」

 

 そんなわけで次にラウラに着せたのは灰色のデニムのショートパンツ。上は襟と裾に模様が入ったTシャツ。それと頭に大きめのベレー帽みたいな帽子をかぶせた。

 

「どう?」

 

「こ……この帽子は必要なのか?」

 

「うん」

 

 隣で店員もウンウン頷いているので、これもひとセットとして購入。この店でのファッションショーは終わらせて、会計に移る。

 

「あっ、コレ今着せちゃうんでこっちの制服、袋に入れてくれませんか? あ、ブーツも」

 

 ラウラをワンピース姿に戻して、IS学園の制服も店の袋に入れてもらった。店を出る時、店員は俺に写真をねだってきたので、仕方なく応じる。ラウラも他の店員に揉みくちゃにされていた。

 

「服の買い物は疲れるな……」

 

「最初だけだ。ホラ、次の店行くぞ」

 

「えぇっ!? なぜだ、なぜ最初の店で全部買わなかったのだ!」

 

「来ればわかる!」

 

 次は服のジャンルを変えるため、少し派手目な店に入ってみる。白の生地に金色の金具がついたオーバーオール。ダメージの入った黒のチノパン、五分袖の灰色のブラウス。ほどほどにフリルの付いたスカートと、金型固定する簡単なネクタイの付いた半袖のワイシャツ。他にも着せるだけ着せて全部購入してしまった。

 一気に荷物が多くなってしまったので、近くのコインロッカーに買った物とラウラの制服を入れた。彼女は制服を手放す事にえらい動揺を示していたが、無理矢理納得させた。

 次に、映画館に行って映画の予約を済ます。見る内容に文句を言われても困るので、彼女にはタピオカミルクティーで餌付けさせて適当な所に待たせる。

 その時にラウラがロリコンにナンパされていたらしいが、軽く捻ってやったとの事。ご愁傷様だ、南無。

 目的の映画の上映までまだまだ時間はあったので、俺は今の内に自分達の水着を買う事に決めた。

 

「映画まだやってないから、先に水着買いに行くぞ」

 

「あ、あぁ」

 

 映画館から場所を移動して今度は水着売り場に行く。周りには大小形様々な水着と、季節に合わせているのかキャンプ用品も売られていた。

 

「リクエストあるか?」

 

「待て」

 

 服屋では散々好きにさせてくれたのに水着になった途端、即答で止められた。俺がラウラを見ると、彼女は服のポケットから真っ黒な携帯電話を取り出していた。

 

「私の部隊にこういった服を選ぶのにとても詳しい部下がいた。彼女に聞いてみるとしよう」

 

 水着を選ぶ専門家がなんで軍隊にいるのかは疑問だったが、えらく張り切りながら電話をかけるラウラだったので、俺はツッコむのをやめた。

 

「#$%&☆? ◎♭♪#&<▲♨★〆*$%……

 

 おおっと、びっくりした。おそらくでもなくドイツ語だろう。聞いてたって何を話しているのかわかるはずないので、俺はラウラの電話を小耳に挟みながら彼女に似合いそうな水着を眺めていた。

 

 

 

 (日本語訳)

 

 

 

「もしもし、クラリッサか?」

 

「た、隊長……? はい、クラリッサ・ハルフォーフ大尉です」

 

「すまないな……急に電話などかけてしまって……」

 

「いえいえ! 何かご用件でしょうか?」

 

「あぁ、実は相談があるのだが……」

 

「相談、隊長からのご相談ですか……私めで答えられるのであれば、喜んで協力いたしましょう」

 

「そうか……なら早速質問なのだが……」

 

「はい!」

 

「私に似合う水着はわかるか?」

 

「はい?」

 

「私に似合う水着を、教えてほしいのだ……」

 

「……時に隊長、今は何をなされていますのでしょうか?」

 

「あ、あぁ……今、水着を買いに来ているのだ。IS学園の臨海実習で必要になってしまったのでな」

 

「それでその水着を買う為、私めに相談を?」

 

「あぁ、そうだ。かなり前だが、お前はこういった分野が得意だと言っていたからな。……迷惑だったか?」

 

「な……何を言っているのですか! 隊長の為ならお任せください!! 電話越しだろうと、私には隊長に似合う水着など、手に取るようにわかりますとも!!」

 

「おぉ! それは頼もしい! それで、いったいどんな水着が私に似合うのだ?」

 

「そうですね……私は隊長のイメージカラーである黒色まで想像はできてますが……隊長からは何か要望はありますか?」

 

「そうだな…………大人っぽく……一夏に見られても、おかしくない様な物がいいな」

 

「い、イチカ……?」

 

「あ、あぁ……一夏とは織斑教官の弟だ」

 

「きょ、教官の弟ォッ!?!?」

 

「そ、そうだ……どうした?」

 

「い、い、いえ! なんでもありません! そっ、その、教官の弟に水着を見せたいと……っ!」

 

「そうだ。さっきからずっと彼に買う物を任せっぱなしだからな。水着ぐらいは……」

 

「ま、ま……任せっぱなし?」

 

「あぁ……今、一夏と買い物に来ているのだ」

 

「ぇえっ!? なななな、なぜ教官の弟と!?」

 

「そ、それは…………おっお前には関係ないだろうッ!」

 

「す、すみませんっ! ぇと……教官の弟と買い物に来ているのですね……っ!」

 

「そうだ。初めて私服なる物を買って着ているのだが、その私服も彼が決めてくれたのだ」

 

「うーん…………とりあえず、後で写真をお願いします」

 

「ん、わかった。では話を戻すが、……このままだと水着も彼が決めてしまう。彼に任せっぱなしも悪いと思ってお前に電話したのだ」

 

「なるほど……色々と頭が混乱しましたが、何とか話が読めてきました…………えーと、IS学園の水泳着は確か日本の旧式のスクール水着でしたね?」

 

「その通りだが……そちらの方が良いのか?」

 

「うむむ……隊長ならそちらの姿も捨て難いですが、それでは……」

 

「それでは……?」

 

「色物の域を出ません!!」

 

「っ!?」

 

「いいですか、確かに隊長は体で男を籠絡するタイプではないでしょう。しかし、そこに甘えているようではあざとらしいのです! 自分の身体を利点だと思ってネタに走ってしまうようでは『気になるアイツ』から脱却する事はできません!」

 

「そっ、そうなのか……? なら、どうすればいい……?」

 

「1人の女性として見られるべき物を選びましょう! 幸い、日本の女性はそこまで体型がグラマラスと言った感じではありません。隊長の様な体の人でも大人用はあるハズです。形はもちろんビキニ。紐で結ぶタイプがよろしいでしょう」

 

「わかった、とても参考になって助かったぞ! ありがとう、クラリッサ。またな」

 

「失礼します! あっ、隊長! 写真は必ず送っ──

 

 ピッ☆

 

 

 

 (日本語訳終了)

 

 

 

「……向こうは何て言ってた?」

 

 携帯をしまったラウラに俺はあくびをしながら問いかける。

 

「学園の水着を使うのも悪くはないそうだが、それでは色物の域を出ないらしい。それに、私は男を籠絡できる体つきではないので、1人の女性として堂々できる水着……ビキニとか言うヤツが良いそうだ」

 

「……ラウラ、今度その電話相手に会わせてくれ」

 

「ん? 彼女が気になるのか?」

 

「ううん、説教する」

 

 結局、ラウラが選んだのは白黒のゼブラ柄のビキニだった。紐の部分にも装飾がされているのが大人っぽいからだそうだ。俺も彼女に似合うと思ったので、特に止めるような言葉はかけなかった。

 俺の水着は……説明しても誰得なので省略する。

 

 そんなこんなで時間が過ぎて、やってきましたもとい戻ってきました映画館。何を見るって? ロボット物である。なんでロボット物なんだって? ISの参考になれば幸いである。

 そんな心構えで来た俺の心境を無視するかの様にラウラは恋愛物の映画ポスター興味津々に見てるけど、観ないからな。

 

「何を見るのだ?」

 

「アレ」

 

 そう言って俺が指差したポスター、馬鹿デカいロボットがカイジュウに向かってグーパンしている絵のポスターを、ラウラは凝視していた。

 

「ぱ……『PACIFIC RIM』……?」

 

「そうだ。ホラ、入るぞ」

 

 そういえば誰かと映画を見るのは初めてだと思いながら、俺はラウラを引き連れて映画館の中へと入っていく。もう少しだけ時間に余裕があったので、ちょっと薄暗い感じの売店の中で飲み物とポップコーンを調達する。ついでにラウラにチェロスでも買ってやろう。

 

 

 

 ・・・!・・・!・・・

 

 

 

 映画は何事もなく、終わった。

 

 嘘だ。何事もないワケがなかった。いや、厳密に言えば本当に筆頭する様な事件は起こらなかったのだが、今まさに映画を観終えた俺達のテンションが「何事もなかった」と言わせてくれないのだ。

 何を言っているのかわからない? 安心しろ。俺も何を言っているのかはわからない。

 ダイナミックな映画のシーンと重厚なBGMを思い返しながら、俺は映画館から出た。すっかり暗闇に慣れていたせいか、太陽の光がとても眩しい。

 隣に並んで立ち尽くすラウラの顔は……普段なら色白なんてレベルじゃないくらい真っ白なのだが、その彼女の顔が火照っている。その表情は形容しがたい。たぶん、俺も彼女と同じ顔をしてるんだと思う。

 彼女は上映が始まる前までずっとソワソワしていた。ポップコーンとチェロスと飲み物で餌付けさせていたが、彼女にとっては未知の世界だったのだろう。時間通りに真っ暗になる会場、慣れない大音量、それに驚きつつも大画面に映し出されるロボットと怪獣に、口を開けて見入るラウラ。

 

「ISにロケットパンチって付けられるかな……?」

 

「試す価値はある。腕を増やすという考え方も悪くない」

 

 彼女はついてきた事に後悔などしていないだろう。ヘタすれば俺の話を聞く要件すら忘れているかもしれない。それを利用するつもりはないが、今のラウラの様子は人生初の衝撃に打たれたかの様に、キラキラと目を輝かせて呆然としていた。

 

 こいつ……ディズニーラ…………夢の国に連れていったらどんな反応するんだろう……

 

 俺達はしばらくの間は呆然としていたがほとぼりが冷めてきた所で俺から腹の虫が鳴り、どこかで昼食を取る事に決めた。

 その前に映画館の売店まで戻ってパンフレットを購入したのは、ラウラだった。

 

 時間的にレストラン街はとこもかしこも行列が出来上がっている。俺はラウラと腹の虫と相談しながらどの店がいいか歩き回っていると、ふと……どこかで聞いたような声が人混みの中から聞こえてきた。

 

「なー蘭っ、こんなに買ったって着るワケねーだろ!?」

 

「お兄ぃはわかってなーいッ! これは今年の夏こそ一夏さんをオトすための準備なんだからっ!!」

 

 人混みから現れたのは幾重にも重なった買い物の荷物の箱を持つ、赤っぽいバンダナ頭の男と、その前を先々と歩く、男と雰囲気の似た美少女。

 

「だからってこんなに買う事ねーだろ!?」

 

「違うわ! これにはちゃんと順番があるのよッ!! ①普段の水着 ②勝負水着っ ③超勝負水着ッ! ④超超勝負水着っ!! ⑤超超超勝負水着よッ!!!」

 

「それって②〜⑤は全部同じだよな」

 

「ふえ? えッ!? い、一夏さんっ!?」

 

 間を割ってツッこんでやったその声に反応し、俺の姿を見て慌てふためくのは。前にも会った、五反田 蘭だった。

 その後ろで荷物の影から覗き込む様に弾が顔を出す。そして、俺の事にすぐ気がついた。

 

「一夏じゃねぇか! こんなトコで会うなんて奇遇だなー!」

 

 弾は荷物を人通りの端っこに置いて俺に近寄るが、その隣に無表情で立っている銀髪の小さな美少女、ラウラに言葉を詰まらせた。彼女の存在には蘭もすぐに気がついていた。

 

「あ、あの……一夏さん……こちらの人は……」

 

「あぁ、俺のクラスメイトだ。名前はラウラ・ボーデヴィッヒって言って、ドイツのIS操縦者だ。言っとくけど、代表候補生だからな」

 

「クラスメイトっ!?」

 

「代表候補生ッ!?」

 

 簡単にラウラを紹介したが、俺の口から出た単語に、蘭と弾は大いに驚いていた。弾は彼女を見下ろして驚き、蘭は尊敬の眼差しで目を輝かせていた。

 そんな二人は無視して俺はラウラに二人を紹介する。

 

「ラウラ、俺の親友で五反田 弾ってんだ。隣はそいつの妹の蘭」

 

「親友……一夏の……」

 

「あぁ」

 

 親友と説明すると、ラウラは不可解な顔で俺と二人を交互に見る。親友を演じている、俺の姿を見る。

 

「初めまして、親友がお世話になっております。自分は五反田 だ──

 

「初めまして、私は一夏さんの親友の五反田 蘭って言います! 今は中学3年生で、高校は一夏さんが通っているIS学園を志望しています!」

 

 無難に失礼な挨拶をかまそうとした弾を押し飛ばし、蘭が俺との関係も交えた自己紹介をする。その中の単語のひとつに、ラウラは反応する。

 

「IS学園だと? ……適正は」

 

「Aです!」

 

「Aか、なるほど……一夏、お前の周りは退屈しなくて良いな」

 

 彼女のIS適正を聞いたラウラは俺を見ながら、少し面白そうな笑顔でそう答えた。

 ISの話で置いていかれそうになった弾が二人の間を割って俺に話をかけてくる。

 

「そ……そういゃあ一夏、鈴とかはどうした? 一緒に来てねえのか?」

 

「いや、来てねぇ」

 

「なんだ、アイツの事だからてっきり一緒かと思ったのに。じゃあ、誰か別のヤツとかと来てんのか?」

 

 えらい鈴の事を聞いてくるが、そういえばコイツは鈴と親友みたいな関係だったという事を改めて思い直す。

 本人は今、俺の事を尾行しているだろう。本当なら教えてもいいのだが、今はラウラとの用事があるから合流すると面倒だ。言うのはやめた。

 

「……いや、俺とラウラの二人っきりだ」

 

「はっ? お前、まさか……デートか?」

 

 一瞬驚いた弾だったが、その直後に質問をしてきた顔はまるでおちょくっているかのような顔だったので、俺はあえてふざけた。

 

「あぁ、デートだ」

 

「はぁ!?」

 

「え……」

 

 その一言で弾は素っ頓狂な声を上げ、蘭は心の中で何かが砕けてしまった様に生気を失い、石の様に動かなくなった。

 ちょっと可哀想だったので俺は言葉を付け足す。

 

「嘘だ。日本の事全然知らないから、ちょっとこの辺の街を紹介してるだけだ」

 

「なっ、なぁんだ! 驚かすなよっ!」

 

「そっ、そうだったんですね! あ、アハはハっ!」

 

 訂正すると、屈託のない豪快な笑顔を見せる弾と、無理に繕った笑顔を見せる蘭。これ以上こちらの関係を詮索されても困るので、俺は会話の主導権を握ろうとした。

 

「で……蘭はいったい何をあんだけ買ったんだ?」

 

「えっ!? いえ! えっと、その……あの、…………い、一夏さん! 私まだまだ用事があるのでこれで失礼しますッ!!」

 

「えっ!? ちょッ、蘭!? おいっ!! 一夏ワリぃ、鈴のヤツにもよろしくなー!」

 

 俺が弾の持っていた大量の荷物の箱を指差して蘭に問いかけると、彼女は顔を真っ赤にして走って逃げ出し、それを追いかける弾を見届けた。ラウラも黙って、二人の背中を見届けていた。

 

「…………」

 

「騒がしい兄妹だろ?」

 

「兄妹……そうだな。あれが……兄妹か……」

 

 ラウラは少しだけ、二人を不思議そうに眺めていた。その事に対し俺は、何も言わなかった。

 

 二人と別れた俺とラウラはあらためてお腹が空いている事を思い出し、昼食を取る店を選ぶ事にした。

 選んだ店はそこそこ名の知れたチェーン店のレストランだ。わざわざ30分近く待って、店の中に入った。昼時のレストランの中は客の話し声でごった返しており、時折赤ん坊の泣き声とかも聞こえる。これだけ騒がしければ、誰かに盗み聞きされる事もないだろう。

 とは言え、最初は昼食を頂く。俺が選んだのはトンカツ定食。ラウラはナポリタンだった。

 せっかく買ったばかりの私服をケチャップまみれにされるのは気に食わん。初めて見るナポリタンを食べるラウラに、口元を紙ナプキンで拭き取らせる。

 飯は普通に美味しかった。良くも悪くも普通のファミレスの味だ。ひと段落した所で、俺は唐突に話した。

 

「俺の世界に……ISなんて物は無かった……

 

 その一言から語り始めた途端、彼女の目の色が変わっていくのがわかった。

 

 

 

 ・・・☆・・・☆・・・

 

 

 

 昔、親父が会社潰して女と逃げやがった。

 

 家には毎日借金取りが来て、母親は止むを得ず働き口を掛け持ちして生活費を稼いでいた。

 

 俺には突然、父親を見なくなったぐらいの認識しかなかったから、その時はまだ状況をよくわかっていなかった。いつも行ってた保育園に行かなくなって、俺は日に日に放置されていた。

 

 母親は専業主婦だった。昼も……夜も休みなく働いてた。しばらくぶりの労働と人間関係でストレスが溜まっていたんだろう。

 

 母親は俺に暴力を振るう様になってきたんだ。

 

 いつも優しかった父親が急に消え、いつまでも帰ってこない。いつも甘やかしてくれた母親が急に怒り狂いながら俺に拳を振るい、食事も満足に出してくれなくなる。俺の精神に衝撃を与えるには、十分な威力だった。

 

 でも、俺は凶変してしまった母親を見て恐怖は湧かなかった。むしろ、身も心もボロボロになっていく母親の姿が、とにかく悲しかった。朝も夜も体を酷使して、間違いなく母親が壊れていくのが、俺にはわかったんだ。

 

 だから俺は母親を止めようとした。子供の俺にはその小さい体で玄関に立ち塞がる事しかできなかった。

 

 でも、母親は俺を押し飛ばして仕事を続けた。やはり無力で、俺にできる事なんてなかった。

 

 それから俺は、ただ黙って母親からの暴力に耐える事にした。

 

 この苦しい生活を乗り越えたら、もしかしたら、あの頃の幸せな生活が待っているんだと思っていたんだ。

 

 でも、これは映画でもドラマでもない。現実は違う。

 

 数ヶ月経って俺は気づいた。母親の洋服が日に日に増えている事に。俺を育てるために売っぱらった指輪やイヤリングが、別の新しい物に変わって母親の手元に戻っている事に。昼間の仕事をいつのまにか辞めていた事に。

 

 日に日にやつれていたハズの母親の顔に、艶が戻り始めた事に。

 

 どうやら母親は俺の存在が邪魔になるような場所で、自分の居場所を見つけてしまったんだ。

 

 結局、俺は養護施設に捨てられた。俺を施設に送ったのは母親を子飼いにしていた男。最後に母親を見たのはその数日前だった。

 

 俺は悲しかった様な……それでも何故か嬉しかった様な気がした。

 

 俺をようやく手放す算段がついて清々とする母親の嬉しそうな表情を見て、少なくともあの頃のボロボロの姿をもう見なくなって、安心してしまったんだ。

 

 まぁ、それからはずっと空虚なままだ。両方の親に見捨てられ、段々とまともな物心が付き始めた俺は、絶対にあんな屑共と一緒にはなりたくなくて、腹が立って腹が立って仕方がなくて、とにかく自立する道を選んだ。

 

 失う物なんてなかった。俺を馬鹿にする奴は男でも女でも容赦はしなかった。ヤクザの息子だろうと金持ちのお嬢様だろうと腹ただしい奴は徹底的に叩きのめした。

 

 権力に縋る様な奴もそれにヘコヘコする様な奴も大嫌いだった。

 

 世の中は結構な不条理や理不尽だらけだ。道理のない暴力や結構多いし、何もしていないのに事件に巻き込まれる人間だって大勢いる。

 

 だから、俺はその理不尽や不条理を破壊する方法が欲しかった。

 

 その答えが力だ。

 

 まともじゃないモノに、まともに対処する必要などないのだ。理不尽を破壊するのは、それ以上の理不尽だ。

 

 その力こそ平等だ。

 

 絶対的な暴力に怯える屑。これが世の中のあるべき姿だと思った。

 

 でも、周りはそんな俺を恐れて避けていた。俺と一緒にいれば理不尽な思いなどしなくて済むのに、なぜか俺を避けようとする。

 

 俺にはそれが、理解できなかったのだ。

 

 結局、こんな考え方しか頭になかった俺にはまともな未来など待っておらず、底辺のどん底を歩く様な進路しかなかった。

 

 ただひとつ幸運な事に、そんな俺に価値を見出す者達が現れた。

 

 気がつけば俺は刺青を背負わされて、母親が見ていただろうモノと同じ世界で、生かされていたんだ。

 

 愛も情も、全てを拒絶し、最後に望んだのは絶対的な力だったんだよ……俺は。

 

 

 

 ・・・☆・・・☆・・・

 

 

 

 時間にして数十分。ラウラは黙って俺の話を聞いてくれた。

 

「……と言う事だ。だから俺は織斑 一夏じゃないし、ISなんてモノすら知らなかった。だから俺とお前にあり得ない様な差異があったって仕方ないんだよ、わかるな?」

 

 最後にそう言って、俺は氷の溶けきったアイスティーに口をつける。薄い苦味が、喋り疲れた喉を潤す。

 ラウラは表情を固めたまま、ただ俺の事を見ている。なんと言ったらいいのかわからない、そう言いたげな彼女の眼は怯えている様にも見えた。

 

「当然……俺は『千冬』を姉だとも思ってはいない」

 

 尊敬している相手を躊躇なく呼び捨てると、ようやくラウラはたどたどしく口を開いた。

 

「お前は……不思議な男だ」

 

 彼女の予想外な答えに、俺は少しだけ首を傾げた。

 

 

 

「それだけ異常な運命でありながら、お前は周りに慕われている。クラスメイトにも、教官にも」

 

「あぁ、意外とバレねぇモンだよ。それに、なんでか知らねぇが、この顔は女ウケが良い。お陰で、モテすぎて困っちまうぜ」

 

「この学園に残っているのは、女をはべらせるのが目的か?」

 

「フンッ、それもある。前世じゃ苦労したんだ、少しぐらい贅沢したっていいだろ」

 

「元のお前はどうなってしまったのだ? ……死んだのか?」

 

「知らねぇ。殆ど死んだ様な人生だった…………まぁ、悪くはなかったけどな」

 

「お前は……元の体に戻りたいのか?」

 

「どうだろうな…………今はちょっと戻る気にはなれないけどな」

 

「なぜ?」

 

「……言ったろ。モテすぎて困っちまうって」

 

「ハァ……結局は女か……」

 

「ラッキーだったぜ。こんなバカみたいなモン動かせるのと、女だらけの学校にぶちこまれるハメになるとは思わなかったがな」

 

「随分と酷い言い草だな。そんなにISが嫌いか?」

 

「……こんなモン、争いの種にしかならん」

 

「だが、お前はそれを手放そうとはしていないな」

 

「あったりめぇだろ。自分を守れる最強の武器だぞ? タダで手放せるかってんだ」

 

「ISは自衛のためか」

 

「あと、逃げる為でもな」

 

「なら、お前はどうしてIS学園に居るのだ!? 自分の身体ではないのなら自由に生きたって構わないだろう?」

 

「…………俺はもう此処には居ない。此処に居るのは『織斑 イチカ』っていう名前の、ただのクソガキさ」

 

「それは……どういう事だ?」

 

「逃げる場所なんか無いんだよ…………今はな」

 

「なら……お前はこれからどうするのだ?」

 

「どうするもこうするも、そんなん俺の勝手だ。せっかくこんな面白そうな世界にやってきたんだ、好き勝手に楽しませてもらう。その代わり、俺の邪魔する奴は……」

 

 

 

「ぶっ潰してやる」

 

 

 

 ・・・☆・・・☆・・・

 

 

 

 (ラウラ視点)

 

 

 

 帰りのモノレールではお互い、終始無言だった。

 

 私は外の景色も見れず、なぜか緊張していた。外出にしては帰る時間が早いからだろうか、今座っているこの車両の中は私と彼のふたりしかいない。

 クラリッサに言わせてみれば、こうゆう時にはキスをする絶好のチャンスなのだろう。だが、私と彼は付き合っているわけではないから、キスはできない。疲れた風を装って肩を寄せる事しか、今の私にはできなかった。

 

 最初に彼の話を聞いた時は、怖かった。隣に座るこの男が本当に別世界からの訪問者だと言うのなら、彼の精神は常軌を逸している。赤の他人である肉体を纏い、その者と同じ言動を演じているのだ。本当の織斑 一夏を知る者達に、気づかれないように。並みのスパイでも、できる行為ではない。

 なにより、彼の世界には存在しなかったというISを整備までこなせるほど熟練させ、戦闘技術は私を圧倒している事実に、私は精神的に打ちのめされた。

 

 でも、私は今こうして彼に肩を預けていた。ぶっきらぼうで欲望に忠実な性格はともかく、その精神力は単純に軍人として羨ましかった。そして、その強さも。

 彼にそんな話が理解されるわけない。視線が合わさっても、彼から先に逸らされてしまった。

 

 IS学園に着いて、私と彼は呆気なく別れた。色の薄い夕焼けに照らされた彼の背中が、とても印象に残っていた。

 

 私は一人、寮の部屋へと歩く。片手には外出用の私服と部屋着が数着、それと朝に着ていた制服と履いていたブーツ。それと……私が自分で選んだ水着の入った、かなり大きな紙袋を持って。もう片方の手には、色彩の奇抜な雑貨屋の中で買った黒いジャージと、兎の耳がついた黒いパーカーの入った袋……コレはたまたま店内を物色して、一目で気に入った物だ。それと、食事の後に寄ったゲームセンターの中で一夏に取ってもらった、大きな黒ウサギのぬいぐるみが入った大きなビニール袋を持っていた。さすがにこの量の荷物を両手で持つのは重たいが、鍛えてあるから辛くはない。

 

 出かける前と違って、寮の廊下を歩いていて他のクラスの者とすれ違う度、妙に視線を感じた。VT事件からはまだ数日しか経っていないのだから私の事を恐れているのも無理はなかったが、私と通り過ぎていった者達は私を見ながらコソコソと何かを話していた。

 

 のちにIS学園では私を愛でたいだけのファンクラブが設立され、それによって一夏が苦労する事件が起こるのだが、今はどうでもいい事だ。

 

 部屋に戻ると同室のシャルロットが私の服装を見るなり目を光らせて私を質問攻めにする。その有耶無耶を許そうとしない迫力に、私は少したじろぐ。

 私は話せるだけの範囲で今日あった事を単説に話した。話せる範囲というのはもちろん、今の織斑一夏が過去の人間とは別人であるということを省いてだ。

 

 その話を聞いているうちに、シャルロットの表情は段々とふてくされていく。「織斑 一夏が好きなのか?」と問うと、彼女は驚きながらも恥ずかしそうに頷いてみせた。なるほど、確かに今日一日の行動を思い返せば、彼が好きな者から見れば私は非常に羨ましい光景だったようだ。

 それにしても、同年代の女性に「可愛い」と言われたのは初めてだった。どうやら、一夏のセンスは女性にも通じる様だ。

 

 何だかよくわからないが、なんだか胸の辺りが暖かくなった様な気がした。

 

 最後にシャルロットは私の今の私服姿と、兎のパーカーを着た姿を写真に撮りたいと言ってきた。ちょうど都合が良かったので私はそれを受け入れ、ついでにクラリッサに送る用の写真も彼女に撮ってもらった。写真はすぐ転送したので返事はすぐ帰ってくるだろう。向こうの反応が気になるところだ。

 

 シャルロットは写真を撮ってひとしきり満足していた様子だったが、のちに私は彼女と外出する。一緒に買い物をした時に、この暖かな気持ちを理解するのだが、それはもう少し後の話だ。

 

 その後も中々に大変だった。一気に増えた新しい衣服の整理だったり、ぬいぐるみの置き場所は大いに迷った。最終的にはベッドの枕の横に置くことで落ち着いたがな。

 なによりシャルロットが今日一日、一夏と何があったかを細部まで聞いてくる。なんでも、次の機会の参考にしたいそうだ。次の機会とは……少し意味がわからなかったが。

 ここまでしてシャルロット……いや彼女だけではない。クラスメイトや学園のみならず、教官にまで好かれている今の一夏に惹かれるものとは、いったい何なのだろうか。それも彼の演技力なのだろうか、それとも元々の一夏の魅力なのだろうか。

 

 私は未だに彼の正体が掴めていない。酷く曖昧で説明する事すら難しい。もしかして、それも彼の思惑通りなのだろうか。

 そもそも一夏……いや、本当に『一夏』と呼ぶべきなのだろうか。『彼』は私に本当の名前を教えてはくれなかった。私が尋ねても「もう、誰かに呼ばれる事もない」と彼は言って、答えてはくれなかった。

 

 けれども、彼は自分の事を『織斑 イチカ』だと言った。これからもそうあるしかない、と答えた。

 だから今は私も、彼の事を『イチカ』と呼ぼう。少なくとも、いつか教えてもらうまでは。

 

 私と彼は良く似ている。己の力だけでしか自分を表現する事ができず、そこに終点と呼べる場所はない。それは彼の過去の話を聞く限り、私と同じだった。

 

 だからこそ、私は彼の行動が疑問だった。彼はずっと自分の力だけを信じて生きてきたはずだ。人との繋がりなど気にも留めない様な男が、なぜ今は女性に対してこんなにも大人しい男になってしまった? IS学園という女だけの場所に縛られただけで、彼が大人しくなったのだとはとても思えない。

 

 私は問いかけた。「なら、お前はどうしてIS学園に居るのだ、自分の身体ではないのなら自由に生きたって構わないだろう?」

 

 彼は答えた。「俺はもう此処には居ない。此処に居るのは『織斑 イチカ』っていう名前の、ただのクソガキさ」

 

 そう言って、結局は何も答えてくれなかった。

 

 嘘だ。逃げ出してもいいはずなのに、彼はこの学園に留まっているのだ。本当ならISを使って好きにできるのに、実行していないだけだ。

 

 私は何故と思考する。知り合いも家族もいないのなら、何のために彼はこの学園に残っているのだ? 

 

 シャルロットが女だという事にも、彼はかなり前から知っていたみたいだった。私がVTを暴走させた時も、彼は非常に冷静だったそうだ。

 

 

 

 おそらくイチカは……私にまだ隠している事がある。

 

 

 

 今日、彼から聞かされた事は誰にも言わずに、私の記憶の中に留めておく事にする。話したところで信じてくれる者などいないだろう。VTに捕われた常闇の中で、燃え上がる蒼い炎に映った『彼』の姿を見ない限りは……

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