織斑イチカの収束   作:monmo

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第十三話

 快晴の空の下、来たるべき日がいよいよもってやって来た。

 

 IS学園、臨海学校。そう、この『インフィニット・ストラトス』という物語の最終幕を迎える舞台であり、主演であるこの『織斑 一夏』という名をした俺の運命を変える、最後のターニングポイントでもある。

 俺が原作の史実として知っている範囲はここまで。その線を超えた先に何があるのかは、全くもってわからない。まさに未知の領域となる。

 もしかしたら、その先なんて存在しないのかもしれない。最後の日が終わったのと同時に得体の知れない神様が現れ、「ゲームクリアだ。君は完璧だ」と淡々と告げられる。そして何事もなかったかの様に元の世界へと戻り、いつもの日常が始まるのかもしれない。

 それも、ある意味アリと言っちゃあアリだ。この行く末も見えない世界から抜け出せるなら願ったり叶ったりだし、そこそこ楽しい思い出ができたと思う。未練といえば、山田先生を口説き落とせなかった事くらいか。

 

「一夏……? どうしたの……?」

 

「あぁ? どうしたって?」

 

 バスの中、俺の隣の席にはシャルが座っていた。反対側には布仏さんとクラスメイトのリアーデ。ラウラはひとつ前の席。セシリアは後ろ。箒とは距離が離れてて、顔が見えない。鈴はクラスが違うから、そもそもいない。

 

「一夏……なんか、怖い顔してた……」

 

「……そんな事ねーよ」

 

 無難にはぐらかしても、シャルは不安な表情で俺を見る。まだ驚異は訪れない。なら、今はこの平穏な時間を過ごす事にしよう。

 

 

 

 ・・・☆・・・☆・・・

 

 

 

 旅館に来たここまでは兼ね順調。ヒロイン共と別れた俺は千冬と同じ座敷に案内され、彼女と妙な距離をとりながら海に出る準備を始めた。

 ブルーハワイ色の水着にトロピカルカラーのアロハシャツ姿に着替え、ブラウンのサングラスを胸ポケットに引っ掛ける。原作の一夏じゃまずしないだろう格好に着替えた俺は、荷物を持って中庭の廊下へと出る襖を開けた。

 

 ガラッ

 

「………………」

 

 そして閉めた。

 

 ピシャン!

 

「ん……どうした?」

 

 千冬が俺を見ているのが背中からでもわかる。今の俺の姿にも凄まじい視線を向けていた彼女の眼力が、更に強くなったからだ。

 

「今宵の海は楽しめないな……」

 

「?」

 

 座敷に座っていた千冬は無言で近寄ってくると、俺が開けて閉めた襖をまた開けた。

 

 ガラッ

 

「「…………………」」

 

 視界の先、廊下の向こうに広がっているのは枯山水の様な吹き抜けの中庭。その砂利の地面の真ん中にウサギの耳……俗に言うウサ耳が埋まっているたのだ。そばにはちっこい看板まで刺さっており、そこには可愛らしい字で『引っこ抜いてね』と書いてある。

 

「どう思う……?」

 

「放っておけ。私は関わりたくない……」

 

 俺の疑問に千冬はそう言い捨てると、彼女は座敷に戻らずに廊下を歩いて行く。どこに行くのかと問いかけると、「お手洗いだ」と素っ気なく返された。

 ひとり残された俺は悩んだ。このまま無視するのも一興なのかもしれなかったが、俺はこのウサ耳の持ち主に用があった。聞きたい事が山ほどあった。

 座敷を出て、素足のまま枯山水に下りる。間近で見てみると結構大きいなと思いつつ、俺は両手で砂利に埋まったウサ耳を掴むと、ひと思いに引っこ抜いた。

 以外と簡単にすっぽ抜けたそこには、針金に付いた短冊で「スカ」と書かれていた。

 バカにしてやがると思った瞬間、俺の目の前で火花が飛び散った。

 

 

 

 パン! パン☆ パン! パン☆ パン!!

 

 

 

「うおおおぉぉぉぉおおお!!?」

 

 爆竹の音と白煙。光で視界がチカチカと暗転し、バランスを崩した俺は尻餅をついた。耳がキーンと遠のき、視覚と聴覚を同時に奪われたが、それでもうっすらと見えてきた目の前に、女性の人影が現れた。

 

「やっほ〜! 天才博士、篠ノ之 束さん! ただいま参上だよ〜〜ん!!」

 

 ぶりっ子じみた女の声。俺が引っこ抜いたウサ耳を頭に付け、おとぎ話に出てくる様なドレスを身に纏った女性が、ハイテンションで踊り出てきたのであった。

 

 

 

 『篠ノ之 束』

 

 

 

 この人が『IS』の創始者であり、箒の姉。そして、この世界では間違いなく『天才』と呼ばれている人物。

 ようやく出会う事ができた。『インフィニット・ストラトス』という物語を語る上で欠かす事の出来ない、最後のキャラクターが揃った。彼女がISの核心を知る存在なのだ。

 彼女は、座り込んでいた俺の両腕を掴んで、軽々と引っぱり起こしてきた。

 

「おひさ〜〜いっくん! 何年ぶりかなぁ〜? こんなに大きくなっちゃって、束さん感激!!」

 

 束さんはそう言いながら子供の様に、色白の手でぺたぺたと俺の体を触ってくる。まだ目と耳の感覚がハッキリとしなかった俺は、とりあえず愛想笑いした。

 

「ハハハ……何年ぶりでしょうね……」

 

「うふふふふ、ほーちゃんからいろいろ聞いてるよ〜。いっくんと会うのが楽しみだったんだから♪」

 

 束さんはそう言うと、今度は俺の周りをグルグル回りながら、一人で勝手に踊り始める。これがこの人のデフォルトなのだろう。いったい箒はどんな対応をしているのか、ちょっと気になった。

 感覚が戻ってきた。俺は服の砂を払い、頭をかき上げて、未だに楽しそうに踊る束さんに言葉を返した。

 

「えぇ……俺も、あなたに会えるの、楽しみにしてましたから……」

 

 俺がそう言った瞬間、踊っていた束さんの動きが急にフリーズした。

 「束さん……?」と俺が声をかけるよりも早く、束さんは俺の頭を掴んで自分の胸元へ埋め込むと、そのまま抱きしめてきた。

 

「まーー、いっくんったら! 束さんをおだてたって何も出ないわよ〜〜! 米国の核ミサイルのパスコードぐらいしか、出てくるものなんてないのよ〜〜♪」

 

 世界を掌握してんじゃねーか。胸の柔らかさの中で、冷静にそんな事を考えてしまった。

 どうやら彼女は、俺の思っていた以上に型破りな人間の様だ。胸も箒よりデカい。山田先生とタメ張れるぐらいある。

 しばらく彼女のぱふぱふをされるがままに受け止めていたが、唐突に束さんは俺を腕と胸から解放すると、首を傾げて尋ねてきた。

 

「そいえば、ほーちゃんは?」

 

 そういえば、箒の姿を旅館に来てから見ていない気がする。つか、アイツ原作でもこの時間中、どこにも出ていなかった様な気がする。

 

「その辺にうろついてると思う……?」

 

「まぁ、どこにいても私のほーちゃん探知機ですぐ見つけるけどね。今の私はほーちゃんが優先なのだーー!」

 

 束さんはそう叫ぶと、懐から針金をL字型に曲げた物を二本、それぞれ両手に持つと俺に背を向けてノロノロと歩き始めた。アレって、水脈とか探すやヤツじゃなかったけ?

 

「あっ、そうだ! いっくん!!」

 

 ふと、何かを思い出した様に言葉を発した束さんが俺の方へと振り返った。

 

「白式あとで診てあげるから! またねいっく〜ん♪」

 

 それだけ告げてきた彼女は自分の歩く方向へ向き直ると、今度は手元の針金を持ったまま走り出し、旅館の廊下の曲がり角へ消えていった。あとでって……いつだよ……。

 てか、旅館来てから箒の顔マジで見てねえんだけど、アイツホントにどこいったんだ?

 ここで考えていても仕方がないので、ひとまず俺は海へ向かう事にした。足の裏を擦り合わせ、枯山水から廊下へと戻る。

 

「わ、ミカって胸おっきー。また育ったんじゃないの〜?」

 

 襖の向こうから聞こえた声だ。この旅館は部屋と部屋を繋ぐ所は壁になっているが、廊下と部屋を遮る物は襖しかないのだ。和室の本来の趣が、少し残っている事が窺える。きっと冬場は廊下に雨戸を立てるのだろう。そうじゃなきゃ寒過ぎる。

 

「きゃあっ! も、揉まないでよぉ〜っ!」

 

「ティナって水着だいたーん! すっごいね!」

 

「そう? これぐらい普通だと思うけど?」

 

「ねー、下の毛処理してきた?」

 

「とーぜん! ホラ!」

 

「見せんでええ!!」

 

「ヤバい…………私、忘れてた……」

 

「誰かカミソリ持ってない!?」

 

 そんなモラルも上品さもなんにもない話題が襖の奥で平然と飛び交っている。もし今、俺の歩く隣の襖が開かれたら、大変な騒ぎになるだろう。彼女達との好感度を考えれば許してくれるかもしれないが、変なトラブルは起こさない方がいい。

 やや早足で旅館の出入り口に向かう途中で、セシリアとばったり出くわした。腰巻きの付いた青い水着、たぶんパレオだと思うそれを身に付け、折り畳みのビーチパラソルを持ったセシリアが、俺と目を合わせるなり慌てながら話し始めた。

 

「あっ、織斑さん! 今、うさぎの耳を付けた変な方が……!」

 

 どうやら、束さんとすれ違ったらしい。

 

「あ〜……大丈夫。アレ、箒の姉……うん……」

 

「えっ!? 篠ノ之さんのお姉さんって……まさか!?」

 

「そーだよ……」

 

 セシリアの動悸は治まらない。そりゃそうだ、束さんは『IS』の重要参考人として、各国から指名手配をくらっている人物なのだから、なんでそんな人がこの旅館にいるって話だ。

 

「どどど、どうしましょう……! 織斑先生に連絡を取った方が……」

 

「やめとけ、話がややこしくなる……」

 

 彼女は箒に用があるようだったし、今はこれ以上関わる事はないだろう。俺はなんとかセシリアを説得して、放っといてやる事にした。

 

「あっ、一夏!」

 

 そこへ廊下の奥から鈴やら布仏さんやら、クラスメイトとその他のよく知らない他の組のヤツらがゾロゾロと大挙をなしてやってきた。

 

「わっ、織斑君だ!」

 

「う、うそっ! わ、私の水着変じゃないよね! 大丈夫だよね!?」

 

「おりむ〜アロハシャツ、いーなー」

 

「織斑く〜ん、あとでビーチバレーしようよ〜」

 

 セシリアを押しのけて俺に詰め寄ってくる彼女達は、全員水着姿。それもほとんどがビキニという、バンドゥやローライズ、紐ビキニなど中々に大胆な者が多い。中にはブラジルの水着みたいに最低限しか隠していないマイクロビキニやスリングショットのヤツまでいる。ハイレグやワンピース水着も可愛らしい物から背中が丸見えの物まで、様々だ。生徒がグローバルな事もあって、そこそこ整ったプロポーションに容姿端麗な彼女達を見渡すと、興奮よりも圧巻だった。

 

「織斑くん、どこ見てるの〜?」

 

「きゃー、えっちぃ〜♡」

 

「おりむ〜はきょにゅーが好きなんだよね〜」

 

「えっ、そーなの!?」

 

「オトコの子だもんね、シカタないもんねー♡」

 

「ホラぁ♪」

 

「もっとじっくり見ても、いーよ♡」

 

「チラッ☆」

 

「じゃ〜ん!」

 

「ホレホレ〜♪」

 

 徐々に会話と見せるモノが際どくなっていった中、セシリアが俺の手を引っ張って旅館の玄関へと歩き始めた。

 

「織斑さんっ! 行きましょう!」

 

「あー! せっしーずるい!」

 

「織斑くん独り占めは禁止って、みんなで決めたじゃん!」

 

「え?」

 

 お前ら、俺の知らない所で何決めてんだと言いたかったが、今はこのままセシリアと逃げた方が良いだろう。後で洗いざらい吐いてもらうが。

 俺は彼女の腕を逆に掴んで、今度は彼女を引っ張っる様にして走り出した。

 

「え、おっ、織斑さん!?」

 

「あっ、逃げた!」

 

「追えー!」

 

 旅館の廊下をドタドタと、粗相もへったくれもない大爆走で廊下を走り抜ける。後ろから怒濤の様な足音をBGMにして館内を駆け抜けた俺とセシリアは、荷物に用意していたビーチサンダルを履いて旅館を出ると、目の前に広がる海岸の砂浜へと飛び出した。

 水平線に広がる海に、足跡ひとつない砂浜。どうやら俺達が一番乗りだった様だ。

 

 

 

 ・・・☆・・・☆・・・

 

 

 

 その後、彼女達と海で遊び、旅館に戻って夕食を終えた俺は、着替えを持って温泉に向かおうと、旅館の廊下を歩いていた。

 

 いやー、彼女達と戯れるのは楽しかったが…………疲れた。

 海ではセシリアのパラソルの中に入れてもらってのんびりしていたのだが、いきなり彼女からサンオイル塗るのを頼まれたり、まぁ……入れてもらってるワケだから拒否るのアレだろうとそれに応じてやったら他の女子大勢にも塗るハメになったり、約束されていたビーチバレーでシャルと布仏さんの二人と連戦したり、ラウラがなぜかミイラ姿で浜に来たり、鈴が溺れかけたり。そして、水着姿の山田先生と千冬に再会した。あの人の紐ビキニを見てしまった後は、他の女子が霞んで見えてしまったのは誰にも言わないでおこう。

 夕食の時は馬鹿に広い宴会場で、豪勢に小鍋と刺身が出た。出たのは良かったのだが、シャルが本わさびそのまんま食って悶絶したり、セシリアがグズグズの箸の持ち方で苦戦してたり、鈴が箸移しで俺に食べさせようとしてきたと思ったら、それを千冬にどつかれて阻止させられていたり、そんな喧騒の中でラウラは黙々と箸を巧みに動かし、目を輝かせながら料理を賞味していたりと、海の時と負けず劣らずの中々にカオスな時間だった。

 そいえば、旅館に来た時から行方不明だった箒は、夕食の時には居た。俺の座敷よりも遠いとこで黙々と食事をしていた。

 おそらく、束さんには会ったんだと思うが、心境がどんなモノかはわからない。結局、声をかける事もできず、俺は彼女を眺めるだけに終わった。

 彼女の空白の時間は、もう考えるのはやめておこう。学園に戻って聞いてもいいが……もう、戻れない可能性もある。そう考えると、この楽しかった時間が、最後の晩餐の様にも思えてきた。

 

 俺は腕に付けている白式を見つめた。一次移行もしていないこの白式であの事件に介入すれば、原作の展開よりも更にハードモードになるって事は火を見るより明らかだ。最悪、俺だけでなく箒達まで死ぬかもしれない。

 それが嫌だから、俺は今の今までISの知識を取り入れ、必死に体鍛えてきたんだ。この物語の終点が近付いてきても、俺はやる事を成すだけだった。

 ふと、人の気配を感じて中庭を見ると、枯山水の岩の上に飛び乗った束さんがこちらを見ていた。

 

「いっくん、おっはー!」

 

「束さん、もう夜です」

 

「ナぁ〜いす、いっくん! 束さんはそのツッコミを待っていたぁ!」

 

 束さんは俺に指をさして元気良く叫ぶと、岩から廊下へと軽やかに飛び移ってきた。本当に元気な人だ。

 

「箒には会えましたか?」

 

「ううん。ほーちゃん探知機やっぱ使えないや」

 

 そう言って、彼女は懐から取り出したL字の針金を、庭にポイッと投げ捨てた。そして俺がそれに注目する隙もなく、彼女は満面の笑みを帯びた顔を近づけてきた。

 

「そ・れ・よ・り・も! お待たせしたね、いっくん! 白式を診てあげるから、束さんについてきて〜」

 

 彼女は俺の返事も聞かずに背を向けて、俺を旅館の外へと案内し始めた。

 途中、中庭を渡って、木の柵を飛び越え、束さんに付いて行った先は、人気のない岬だった。落下防止用の柵も何もあらず、下を覗けば穏やかな波が断崖を打ち付けている。

 そんな危険な場所に案内した束さんは、ようやく俺の方へと振り返った。

 

「さぁ、いっくん、白式を出して。束さんは興味津々だよ?」

 

 俺は黙って彼女に言われた通り白式を展開して、飛び降りた。そこへ束さんは、何やらISの様な物を展開すると、そこから大小様々な太さのケーブルやコードを触手の様に伸ばし、白式へと連結させた。

 

「データ見せてね〜、うりゃ〜」

 

 彼女の両手にふたつのキーボードが浮かび上がると、束さんは凄まじい速度でキーを打ち込み始める。俺が情報を処理する時よりも遥かに早く、おびただしい数の空間投影モニターが増えていく。

 

「うわぁッ!!? 凄いね〜いっくん! 初期状態の白式をほとんどハイパーセンサー使わないで動かしてるの!? それに、こんな細かなPICの微調整……これって全部いっくんがいじったんでしょ!? もう束さん、驚きの連続だよ!!」

 

 デバイスを広げながらますますテンションを上げていく束さんは、子供の様にキャッキャとはしゃいでいる。もう彼女が何をやってるのかは頭が追いつかなかったので、俺はそこら辺の岩に腰を下ろすと、懐ろに忍んでおいた缶ビールの蓋を開けた。千冬の荷物から掻っ払った物だ。

 

「ハイパーセンサー切ってると、飛んでる時の感覚が鮮明になるんすよ」

 

 そう言って俺は缶ビールを喉一杯に流し込んだ。麦の香りと喉越しを感じ、体がじんわりと暖かくなる。束さんはそんな俺を咎める事もせず、唐突にひとつの質問をしてきた。

 

「……いっくんは空を飛ぶのが好きなの?」

 

「そう……っすね……」

 

 断言はできなかったが、ISで飛ぶ感覚は悪くはなかった。ヘリや飛行機とは違う、空中を自由自在に飛び回れるのは、魅力に感じた。

 

「いっくんは宇宙に行ってみたい?」

 

 その質問は、ISの本来有るべき姿を俺に想像させる。宇宙なんて画面の向こうでしか見た事のない俺には想像するのも難しかったが、きっと楽しいに決まってる。

 俺は束さんに質問を質問で返した。

 

「出来るんですか……?」

 

「ううん。それは束さんでも無理。努力はしたんだけどね〜……」

 

「そうすか……」

 

 彼女はわざとらしくおちゃらけると、少しだけ悲しそうな苦笑いを俺に見せて、また顔を画面に戻してキーを叩く。その言葉に、嘘偽りは感じられなかった。

 

「でも……宇宙に行けたら……きっと楽しいと思います」

 

 なぜか俺は言葉を選ぶのに慎重になっていた。彼女の機嫌を損なわないようにしているつもりはなかったが、なんだか彼女には心を読まれているような、そんな不思議な感覚を覚えたのだ。

 

「だよね〜! 束さんも宇宙に行ってみたいよ。何の分け隔ても無い、無限なる成層圏の先に……」

 

 束さんはキーボードを叩きながら、星空を見上げていた。その表情は伺えなかったが、とても寂しい声をしていた。

 

「いつか……行けますか?」

 

「……まっかせなさい! 束さんに不可能なんてないんだから! でも、今はじっくりゆっくり研究を重ねましょ♪」

 

 そう言って束さんは俺を見ながらウィンクする。彼女の想像する未来が、ちょっとだけ気になってしまった。

 

「あと束さん、俺の白式、形態移行しないんですけど……故障ですか?」

 

「今調べてるよーん。うーん……メインコンピューターに異常は見られないね〜、バグも無いし〜、原因はISには無いと思うよ? でも、これだけ手動で調整がされてたら一次移行してるのも同じだよ、あくまで一次移行は操縦者の性格や癖に合わせるための調整だし。そ・れ・に! いっくんの白式は束さんが作ったんだから、ちょっとやそっとの事じゃ壊れないからねっ!」

 

 原因はISにはない、ISを作った本人が言うのだから間違いはないのだろう。やはり『俺』というおかしな存在が、白式に悪い影響を与えてしまったのかもしれないという想像が濃くなった。

 

「あれ、この白式は日本の物だったって事でいいんですよね?」

 

「うん。欠陥機としてポイされてたのを束さんが動くようにいじっただけだけどねー。でもそのおかげで初期状態から単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)が使えるでしょ? 元々そーゆー機体だったらしいよ、日本が作ろうとしてたの」

 

「え?」

 

 それを聞いて俺は、整備の時に布仏さんと話していた事を思い出した。

 確か日本は第三世代のISの開発を断念し、現在は第二世代の装備や特殊兵装を増やす研究を地道に行っていると聞いている。

 この白式は第三世代。束さんの言った通りだとしたら、日本も第三世代のISを開発していた時に使われたのはこのISではないのか。そして日本は開発を断念し、それをどういう経緯か束さんがまともに使えるように直した。そういう事なのだろう。

 でも、こんな近接格闘しかできないISを第三世代で作るつもりだったのだろうか。だとしたらソイツは相当なロマンチストだ。それか千冬に相当惚れ込んでいるかだ。

 

「白式に後付装備の容量が無いのも、それが原因ですか?」

 

「かもねー。もしかしたら容量を使わないで戦えるISでも作ろうとしたんじゃない?」

 

 装備を後付装備にするのは、ラファールの様に多種多様の武器を格納するため。そうすれば武器の積載量を考える必要がなくなる。ただ、これの欠点は格納した武器を展開〜収納するのに時間がかかる事。

 装備を外付けにすると積載量を考えなければならなくなる上、攻撃で破壊される恐れもある。利点は、展開するよりも素早く武器が出せる。雪片の抜刀などが良い例だ。

 武装を外付けオンリーにして、わざわざ開けた容量を何に使うか。俺だったらありったけの弾とISのエネルギータンクでもぶっこむが……

 

「まっ、ISだって自己進化するように作ったし、色々あると思うよ〜」

 

「形態移行しないのも進化の一部ですか?」

 

「う〜ん……こういう事もあるんじゃない? でもいっくんはISには嫌われてないよ〜。じゃなきゃ動かないだろうし」

 

 どういう理屈だと言ってしまいたかったが、前に山田先生が「ISは意識の様なものがあります」と言っていた事を思い出す。今まで散々な扱いをしてきた覚えがあるが、俺はまだ白式には嫌われていないそうだ。

 そんな事よりも聞いてみたい質問が浮上した。

 

「束さん……何で俺はISを動かせるですか?」

 

「それはね……ヒ・ミ・ツ」

 

 秘密という事は、少なくとも知っているのだろう。もしくは、なんとなく予想がついているのだろう。どうして一夏にISが動かせるのかを。

 

「束さんからも質問いい?」

 

「……はい」

 

「いっくん…………今の世界は楽しい?」

 

「……わかりません」

 

 自分のいた世界とはIS以外は同じ風景。そこで生きている自分自身を想像して、俺はビールの缶に視線を下ろした。

 

「でも、俺はいつか……コイツが宇宙に行けたら良いと思ってますよ」

 

 そこまで言った瞬間、急に束さんが振り返って俺の手に持っていた缶ビールを奪い取ると、顔を上に向けてそれをイッき飲みし始めた。

 

「ゔあぁ〜〜……チッ」

 

 息を吐く彼女は、完全にオッサンだった。舌打ちまでかまして俺にビールを返すと、何事もなかった様にまた作業を始める。ビールは500mlあったのに、半分以上を飲まれ、手元の缶は軽くなった。

 

「ねぇ、いっくん?」

 

「はい……?」

 

「白式、今夜だけ預かるね……」

 

「……はい」

 

 束は結局それ以上は何も言わず、黙々と作業を続けた。

 俺は白式を彼女に預け、ひとり旅館へと戻った。

 

 

 

 ・・・☆・・・☆・・・

 

 

 

 (セシリア視点)

 

 

 

 夜、夕食と入浴を終えたわたくしは、突然織斑先生に電話で呼び出されました。

 いったい何事かと思いながらわたくしが急いで織斑先生の部屋へ入ると、そこには先生以外にも、箒さんや凰さん、シャルロットさんとボーデヴィッヒさん、普段よく織斑さんと交流の深い方の面々が集まっていました。なぜか、部屋が一緒のはずの織斑さんの姿はありませんでした。

 わたくしは他の4人と同じ様に、用意されていた座布団の上に座りました。

 

「あの……先生。織斑さんはどちらに……?」

 

「ん? 一夏は今さっき風呂に行ったよ。あいつは長風呂だからな、当分の間は戻らんぞ」

 

「そ、そうですか……」

 

 つまり、織斑さんには秘密にしたい話があるという事はわかりました。ですが、その話をなぜこの5人と話さなければならないのか、織斑先生の意図は全く読めません。

 先生はわたくし達にお金を渡すと、自販機で好きな飲み物を買ってくるようにと指示してきましたので、わたくしはペットボトルの紅茶をジャンケンで負けた凰さんに頼みました。ちなみに箒さんは緑茶、凰さんは炭酸水、シャルロットさんはフルーツジュース、ラウラさんはコーヒーでした。

 数分後、好きな飲み物を持ったわたくし達が座布団の上に並びましたが、相変わらずわたくしも他の方々も何を話したら良いのかわからず、黙ったままでした。

 

「おいおい、葬式か通夜か? いつものバカ騒ぎはどうしたんだ?」

 

 織斑先生は呆れた様な溜め息を吐きました。確かに、この面々が集まると普段は会話が止まらなくなります。ですが、それはいつも一夏さんがそばにいたからである事をわたくしは思い出しました。

 

「あ、あの……」

 

「お話とは……なんでしょうか……?」

 

「それに……教官とこうして話すのは、ええと……」

 

「はじめてだから……」

 

 たどたどしい言葉が皆で協力されて織斑先生に投げかけられます。

 

「まったく、飲み物まで奢ってやったというのに、仕方のないやつらだ」

 

 そう言いながら織斑先生は自分のそばに置いてあったバッグの中から銀色で星のマークがついた缶を取り出すと、プルタブを開けて堂々と飲み始めました。

 

「「「「「…………」」」」」

 

 あの規律と規則に厳しい織斑先生が、生徒の前で堂々と規律を乱している。全員が唖然としてそれを見ていました。ボーデヴィッヒさんなんか何度も瞬きをして、目の前の光景が現実なのかと確認していました。

 

「あの……先生?」

 

「それってお酒じゃ……」

 

「ん? なんだ、私がオイルでも飲む女に見えたか?」

 

 織斑先生はそう言って缶のビールを見せつけるように手を動かしました。

 

「い、いえっ。でも……」

 

「今は仕事中じゃ……」

 

「堅い事言うな、それに口止め料は払ったぞ」

 

 そう言われて、わたくし達は自分の持っている飲み物に目を落としました。数人が「あっ」と声を漏らして、先生はまたビールを飲んでニヤリと笑っていました。

 

「さて、前座はもういいとして……本題に入るとするか」

 

 先生はあぐらを組み直すと、わたくし達と目線を合わせてはっきりとこう言ってきました。

 

「お前ら、あいつのどこがいいんだ?」

 

 『あいつ』…………織斑先生の言っている人はすぐにわかりました。他の方々もすぐにわかったようです。もちろん、織斑さんしかいませんわ。

 

「わ、私は別に……以前より剣の腕が落ちているのが悔しいので……」

 

 篠ノ之さんは照れ臭そうに緑茶のペットボトルの先端を指でなぞっていました。

 

「あ、あたしは……ただの腐れ縁なだけだし……」

 

 凰さんも同じ、炭酸の缶を指でなぞっています。

 

「わたくしはIS操縦者として、親交を深めたいだけですわ……」

 

 わたくしはペットボトルを握ったまま、思った通りの事を伝えました。

 

「ふむ、そうか。なら、一夏にはそう伝えておこう」

 

「「けっ、結構です!!!」」……す」

 

 織斑先生の突拍子もない言葉に二人はギョッとして声高々に詰め寄ると、先生は笑いながらまたビールを飲んでいました。

 わたくしはなぜか、自分の言葉を否定していました。どうして正直な事を言ったはずなのに否定してしまったのでしょうか。IS操縦者として親交を深めた先の事を、わたくしは今になって考えていたのです。

 

「僕……わ、わたしは……優しいところが好き、です……」

 

 普段言っている一人称を変えて、デュノアさんは告白にも近い思いを織斑先生に伝えました。先生はふたつ目の缶ビールを開けながら、悠々とこう答えました。

 

「ほう、だが、アイツは誰にでも優しいぞ」

 

「そ、それは……ちょっと悔しいですけど…………そんなところも全部含めて、わたしは一夏が好きです」

 

 デュノアさんは引きませんでした。隣に座る篠ノ之さんや凰さんが羨ましくも悔しい表情で彼女を見ているのがわかります。そして、わたくしにもその姿が非常に羨ましく感じられました。

 わたくしは……織斑さんの事が、好きなのでしょうか? ふと、考えたのは自分と彼がISで決闘をしている時の光景。武装も性能も差があるISで挑みかかってくる彼の姿に、わたくしはなぜか心が落ち着かなくなりました。

 

「そうか。で、お前はどうなんだ?」

 

 わたくしが織斑さんの事を考えている間に、ビールを飲みながら織斑先生が話を振った相手は、まだひと言も会話に参加していないボーデヴィッヒさんでした。

 

「私は………………………………」

 

「…………っ、なんでそこでだんまりなのよッ。なんか言いなさいよ!」

 

 言葉を詰まらせてしまったボーデヴィッヒさんを、見兼ねた凰さんが指摘しました。彼女はまだ何か考えていたようですが、急かされて言葉もままならないまま、答えました。

 

「私は……あの男の強さに憧れました……」

 

「いや、あいつは強くないだろう」

 

 にべもなく、当然の様に答える織斑先生でしたが、ボーデヴィッヒさんは納得しませんでした。

 

「いいえ、織斑イチカは強いです。私達よりも、全然……」

 

「そうかねぇ? 一夏は言っていたぞ、お前等専用機持ちは強すぎるってね」

 

 そう言いながら3つめのビール缶を空にしてテーブルに置いた織斑先生でしたが、ボーデヴィッヒさんは首を横に振りました。

 

「それは機体の性能差と、彼が本気を出していないからです」

 

 ハッキリと断言した彼女の言葉に、織斑先生の眉間が動きました。新しい缶のプルタブが開いて空気の抜ける音が鳴ります。

 

「ほう、本当にそう言い切れる理由はあるのか?」

 

「私達が負ける時、イチカはいつも私達を策に嵌めて勝利しています。それは、いつも1回限りの使い捨ての戦法ばかりです。だから彼は普段、正面から正々堂々と戦う事しかできない。本当は私達を倒せる策を、あの男は普段から頭の中に常に保有し続けているのです」

 

 ボーデヴィッヒさんの理由を聞いて、わたくしは一夏さんと戦っていた時の事を思い返していました。確かに彼女の言う通り、わたくしが負ける時はいつも不意を突かれたり、BTの特性を逆に利用されていました。

 この前なんて、BTの射撃する順番の癖を見抜かれて、BTの流れ弾を別のBTに当てるなんて離れ業を見せられましたのよ。間違いなく彼は強いですわ。

 

「だから、ここ一番の戦いの時なら、一夏が一番強いと?」

 

「はい、私はもっと強くなりたい。織斑イチカと一緒なら、私は強くなれる。そんな気がするのです」

 

 ボーデヴィッヒさんの主張に篠ノ之さん達も感心を示したように納得していました。織斑先生もウンウンとうなずきながらビールを飲んでいました。

 

「それに……あの男と一緒なら……私は戦い以外の事も学べる」

 

 え、戦い以外の事? そう疑問が浮かびましたが、織斑先生はそれを問いかける事なく、話を進めてしまいました。

 

「そうかい。強いかどうかはともかく、あいつは良い男だ。家事もできるし、マッサージも上手い。最近は、してくれなくなったが……」

 

 織斑先生は少しだけ寂しそうでした。なぜかラウラさんまで寂しいような顔をしていたのが、印象に残りました。

 

「あいつと付き合える女は得だ。どうだ、欲しいか?」

 

「「「はい!!!」」」

 

 即答したのは箒さん、凰さん、シャルロットさんでした。

 

「やるか、馬鹿者」

 

「「「えぇ……」」」

 

 わたくしの思った通り、これも即答でした。三人は肩を落として不満げな声を漏らしています。

 

「私を超えられるぐらいの女じゃないと、一夏は振り向かんぞ?」

 

 それを聞いて更に尻込みし、表情が苦々しくなる篠ノ之さんと凰さんでしたが、唯一デュノアさんだけは平然としていました。

 

「わかりました」

 

 そのひと言に篠ノ之さんも凰さんは驚き、織斑先生はビールを飲もうとしていた手を止めました。デュノアさんは強い意思を感じさせる目で、先生を見遣っていました。

 

「わたしは……あの人が好きです。先生が拒否しても、奪い取っていきます……!」

 

「私も同意見だ。男を口説くのに他の女の許可は必要ない、と私の同僚も言っていたからな」

 

 その言葉に間を挟んだボーデヴィッヒさんは、まるでISで戦っている時の様に笑っていました。織斑先生ですら珍しく驚いたように目を広げていましたが、すぐ口元に笑みを浮かべていました。

 

「ふっ、大した度胸だ。それぐらい積極的なら、一夏の相手でも問題ないかもな」

 

 そう言ってまた缶ビールを喉を鳴らして飲み始めたのです。

 なんと、織斑先生から高評価を受けて驚いているデュノアさんとボーデヴィッヒさん。篠ノ之さんも凰さんも驚いていますし、わたくしも驚かされました。

 きっと篠ノ之さんと凰さんはとても悔しかったと思います。織斑さんと一緒に居た時期は誰よりも長いはずなのに、出会って数ヶ月も経っていないデュノアさんに、自分の思いをハッキリと好きな男性の姉に告げてしまったのですもの。

 ボーデヴィッヒさんは満足したような笑みを浮かべていました。彼女の織斑さんを思う気持ちは、好意とはまた少し違うような気がしましたが、本人はそれを理解しているように見えたので、わたくしは何も言いませんでした。

 

 唯一、ほかの方達と違って織斑さんとは一定の距離を測りながら交流を深めていたわたくしは、まだ彼の事を考えていました。

 ブルー・ティアーズのBT攻撃を初めて突破されて以来、彼とわたくしはお互いに相性の良い訓練相手です。確かに、毎回訓練の度に織斑さんと交流を行う間柄ですので、最近はわたくしも男性を見る態度を少し改める事ができたと思います。

 ですが、例えわたくしが彼を好んでいるとしても、わたくしは彼とは付き合えません。もしわたくしと一夏さんが付き合えば、世間は一夏さんがイギリスに籠絡されたと騒ぎ立てるに決まっていますもの。自国としては男性IS操縦者の情報が手に入りやすくなるので、それでもいいのかもしれませんが、一夏さんもわたくしも、世間にそんな風に見られるのは我慢できません。純愛なら尚更です。

 それでも、わたくしが彼と戦っている時は、非常に胸が高鳴ります。食事をご一緒しながら会話を交わしている時は、心が落ち着きます。もしかしたら、このIS学園以外で出会えたら、わたくしは考えてしまったかもしれません。彼と一緒に人生を歩む選択肢を。

 

「セシリア、お前はどうなんだ?」

 

「はっ、はひっ!?」

 

 唐突に織斑先生に呼ばれ、わたくしは声を裏返してしまいました。そんなわたくしを笑いながら、先生は言葉を続けます。

 

「お前も一夏が気になるクチだろう。知ってるぞ、ラウラに襲われて助けを求めた時、普段は織斑さんと呼んでいるのを『一夏さん』と叫んだのは」

 

 急にその時の記憶が蘇りました。隣で凰さんが「そう言えば……」と呟いているのが聞こえました。でも、わたくしにはそんな事どうでもよかったです。あの時ばかりは自分の気持ちが露見してしまい、恥ずかしかったのです。

 

「いっ、いいえ! 違いますっ! わたくしは織斑さんをライバルのひとりとして見ているだけですわ!」

 

「……ふぅん、一夏をライバルか?」

 

「はい、一夏さんはわたくしのBT攻撃を誰よりも回避する事ができますわ。ですから彼と訓練をすれば、わたくしはもっとBTの高みを目指せますの」

 

「なるほど、お互いに高め合っているのだな。それもいいだろう。これからも弟を頼むぞ」

 

「は、はいっ!」

 

 急に織斑先生に任されたわたくしは、思わず驚いてしまいました。

 そんな彼女達を眺めて織斑先生は空になったビール缶をテーブルの上に並べると、またバッグの中を漁っています。まだ飲む気なのでしょうか? わたくしも飲んだ事はありませんからよくわかりませんが、ずいぶんと飲むペースが早いような気がしましたわ。

 

「ま、学園生活はまだまだある。せいぜい自分を磨くんだな、ガキ共…………ん?」

 

 そうしてわたくし達に笑いかけようとしていた織斑先生でしたが、急に朗らかだった表情が固まり、バッグを探っている腕がピタリと止まりました。

 

「「「「「?」」」」」

 

 疑問に思ったわたくしが声をかけようとすると、織斑先生はバッグを広げて中を両手で探り始めました。それを止めると今度は部屋の備え付けの冷蔵庫を開けて中を確認していましたが、すぐにそれも止めて座布団に座り直すと先生はため息を吐いて頭を押さえました。

 

「ハァ……やられた。あいつに缶ビール持っていかれた……」

 

 

 

 ・・・☆・・・☆・・・

 

 

 

 (箒視点)

 

 

 

 千冬さんによって始められた会議が終わり、皆はそれぞれの部屋へと戻っていった。

 

「………………」

 

 私は部屋に戻る気になれず、ひとり旅館の中庭の廊下に座っていた。

 

 

 

(わたしは……一夏が好きです。先生が拒否しても、奪い取っていきます……!)

 

(私も同意見だ。男を口説くのに他の女の許可は必要ない、と私の同僚も言っていたからな)

 

 

 

 デュノアとラウラ、二人の言葉が頭の中で思い返される。自分の気持ちを正直に口に出せる彼女達が、私は羨ましくて……悔しかった。

 ずっと一夏の事を思い出していた。IS学園で再会してから、毎日私は一夏と会話するようになって、部屋で同衾する事もできてしまい、気がつけば一緒にデ……デートに行けるような関係にまで発展した。

 でも……そんな私ですら、まだ一夏には自分の気持ちを伝えられていない。自分から伝えるのが恥ずかしいという気持ちもあるし、こうゆうのは男の一夏から言われたいという願望もあった。でも、一夏はきっと私が好きでもIS学園にいる限り、自分から告白はしないだろう。

 ひょっとして、あいつの事だからまだ何にもわかっていない可能性もあったが、今の一夏には昔のような恋愛に疎い唐変木の姿はどこにもない。私が告白しても変な勘違いなど起こらず、聞いたままの事を理解してくれるだろう。

 だからこそ私は不安だった。今の一夏がデュノアや凰に本気で告白されてしまったら、一夏は勘違いなどせずに受け入れてしまうのではないかという可能性が強くなったのである。前に一夏は凰に「今は誰かと付き合っている場合じゃない」と言っていたらしいが、それでもと彼女達が一夏にしがみついたら彼は拒否しないのではないかと考えてしまった。

 そもそも、一夏はISを動かせる唯一の男。そんな男がISの生みの親である姉の妹と付き合っていたとしても、各国は一夏を無理矢理に奪い合うに決まっている。現に、IS学園にいる間も一夏はクラス学年関係なく、様々な国の生徒から言い寄られていたのだ。

 一夏は賢いから、国の言いなりになる事などないだろう。私が怖かったのは、一夏がそれを避けるためにどこかへと逃げ出してしまう事。このままIS学園を出た一夏は私の知らない遠くに行ってしまうのではないかと、考えてしまったのだ。

 そんなの絶対嫌だ。どんな過酷な運命が待ち構えていようとも、私は一夏のそばにいたい。そのためには、一夏に私の思いを伝えなくてはならない。

 でも……一夏に告白。そんな事を考えると顔が熱くなって、足がすくんでしまう。混乱していた私は、後ろから近寄ってくる足音にすら気がつかなかった。

 

「おい」

 

「っ!?」

 

 ぶっきらぼうな声をかけられて驚いた私が振り返ると、そこには先程まで想像していた表情と同じ顔をした一夏が立っていた。

 

「い、一夏……」

 

「どうした、そんな所に座って」

 

 一夏はゆっくりとした動作で足を動かし、私のそばまで歩いてくる。私は廊下の縁から立ち上がり、彼と向き合う。今なら告白のチャンスではないかと考えた。が、それは速やかに頭の外へと蹴り出された。こんな雰囲気でもない所で、ましてや誰が聞いているのかもわからないような場所で言うものじゃない。

 それに、近寄ってくる彼を見て思った。一夏の様子が普通ではなかったのだ。体はユラユラと揺れているし、頰も赤い。おまけに目は普段以上に細まり、座っている。

 原因はすぐわかった。わかっていた。一夏の右手に持っていたのは、ついさっきまで千冬さんが飲んでいた物と同じ、銀色のラベルに星のマークが付いた缶ビールだった。

 

「お前、酔ってるのか?」

 

「なんだ、酔ってたら悪いか?」

 

 そう言いながら一夏は手に持っているビールの缶を口に当て、ゴクリと喉を鳴らす。立ったまま飲んでいるその足取りがフラフラとおぼつかない。

 口元から缶を離した一夏は大きく息を吐いて、口元を腕でぬぐいながら舌打ちをした。

 

「チッ、この体は酒に弱すぎるぜ……」

 

「?」

 

 言っている意味がわからなかった。きっと、酔っ払って自分でも何を言っているのかよくわかっていないのだろう。

 普段からタバコを吸っていたのでなんとなく想像はしていたが、まさか酒までやっているとは…………これもおそらくどれだけ言ったとしてもやめる事はないだろう。また、私の知っていた一夏が遠くに感じてしまった瞬間だった。

 

「千冬さんに怒られるぞ……」

 

「そうだなぁ〜、このまま帰ってもアレだし、しばらくお前んトコにかくまわせてくれや」

 

「なっ!? な……馬鹿言え! そんな事できるか! そんな……」

 

 しかし、これは二度とないかもしれないチャンスだった。同室の者が邪魔……何と言うかわからなかったが、もしかしたら一夏とようやく臨海学校での思い出を作る事ができるかもしれない! そこまで考えた時だった。

 

「その必要はない」

 

 さっきまで聞いていた声に、私は冷や汗を垂らす。一夏もすぐ声のした方へおぼつかない足取りで振り返った。

 一夏の背後、廊下の影から浴衣を着崩した千冬さんが幽霊の様にスルリと現れたのだ。月明かりに照らされている顔はほのかに赤くなっていたが、その見下ろしてくる瞳は冷徹そのものだった。

 

「人の荷物を勝手に漁り、あまつさえ中の物を盗むとは、随分と良い度胸をしてるじゃないか」

 

「あぁ? 生徒の模範であるべき教師のカバンから、ぅんなモン出てきちゃったら、立場なんかないよなぁ〜?」

 

 千冬さんの凄みを帯びた声にも怯まず、一夏は面白そうにビールの缶を彼女に見せびらかす。

 それを見た千冬さんは眉間をヒクつかせながら、一夏に手を伸ばした。

 

「面白い。部屋に戻るぞ。私に楯突いた事を後悔させてやろう」

 

「上〜等。吠え面かくなよ?」

 

 そう言い放った一夏の浴衣を掴んで引っ張ろうとする千冬さんも、酔っ払っている様だ。だって、力がまるでこもっていない。一夏はそんな千冬さんの腕をほどくと、彼女の肩に腕を引っ掛けた。そのまま二人は酔っ払っいの千鳥足で歩きながら、肩を組んで歩いて行ってしまった。

 完全に置いてきぼりにされた私は、一夏を部屋に匿わなくてよかったと安堵の息を漏らした。もし、あの部屋に酔った千冬さんが来たら何が起こったかは想像がつかない。

 そんな事を考えていると、唐突に私の携帯電話が鳴った。最初は同じ部屋の誰かからと思ったが、違った。

 

 電話の相手は姉さんだった。

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