織斑イチカの収束   作:monmo

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第十七話

 IS学園へと帰ってきた俺がまず始めに行ったのは、束に貰った茶封筒を開ける事だった。臨海学校の事件の後から手元に戻ってなかった上、福音事件のインパクトが強すぎてすっかり忘れてしまっていたが、彼女は寮に戻った翌日の休日に俺を自分の部屋へ呼び、そこで茶封筒を返してくれた。

 だが、中に何が書いてあるか入ってあるかは全く予想がつかないので、千冬はここで封筒を開けるよう命じてきた。俺としては一人でこっそり見たかったのだが、彼女の言った通り何かヤバいモノでも書いてあったり入ってたりしたら怖いし、束が俺に渡してきたのなら俺が見なければ意味はないのかもしれないという意図を千冬が汲み取ったのか知らんが、ここは素直に彼女の前で封筒の紐を解く事にした。

 二人で息を飲みながら封筒の中を取り出すと、そこには何故か南米のロケット工場の資料と、何故か何故かアメリカ海軍の戦艦の資料が束になって入ってあった。何でこんな物が入っていたのか、わけのわからなくなった俺達二人の前へ最後に出てきたのは、手書きで『ここに連絡してね♪』書かれた文字と、何処なのかも見当のつかない電話番号の数字が書かれた手紙が封筒の中からこぼれ落ちた。

 ロケット工場の資料は、一般的に配られていそうなパンフレットの様な物がほとんど。細かい英語で書かれている以外、特徴は見当たらない。

 だがアメリカ海軍の資料はデカい印鑑が何個も押されてあり、どう見ても一般に配られている様な代物ではなかった。何でこんな物を束さんが持っていたのかなんて知る由もない。

 

「いったいなんだと言うのだ、これは?」

 

「さぁ……ココに答えがあるんじゃないか?」

 

 俺が千冬に見せたのは封筒の最後に出てきた、電話番号の手紙である。ヒラヒラと動かして彼女の前に見せつけてみる。

 千冬は怪訝な表情でそれを受け取ると、書いてあった番号を携帯電話に入力して連絡を入れた。

 

「もしもし……ん、ぁ? ……あー、Yes,Yes……Chifuyu Orimura……」

 

「あぁ?」

 

 耳に当てた携帯で、突然たどたどしく英語で話し始めた千冬姉。通話先の声は英語の早口すぎてわからず、置いてきぼりにされる。

 しばらく千冬姉は電話先と会話をしていたが、俺が彼女の方を見るのも飽きてきたぐらいのタイミングで、電話を閉じた。

 

「南米に飛ぶぞ、一夏」

 

「ハァ?」

 

 電話の内容を纏めると、相手はパンフレットに載っていたロケット工場の社員であり、俺達が電話してくるのをなんと束本人から聞いていたらしい。そこからトントン拍子で話が進み、彼女からのご命令で俺達に是非とも見せたい物があるそうだ。

 俺はふと、臨海学校で白式を渡した時の束さんの会話を思い返す。

 

 

 

(いっくん…………今の世界は楽しい?)

 

 

 

 そこに何があるのかはわからなかったが、少なくともその基地には束さんの言った言葉の真意がそこにあるのだと俺は確信した。

 千冬は俺を海外に連れて行く事も、束の思っている通りに動く事も難色を示していたが、結局は俺の希望の前に折れた。

 日程やらパスポートの準備やらは追って示すと彼女に言われて、俺は部屋から追い出された。今日は休日だったので朝食前には解放されたが、頭では海外に行く事を考えてしまう。

 ひとまず食堂に行こうと廊下を歩き出した所で、背後からよく知る声が聞こえた。

 

「あ、一夏!」

 

「おはよ、箒」

 

 俺が声をかけた時にはもう箒は俺の隣に並んでいた。休日なだけあって服装は制服ではなく、半袖の速乾性がありそうなシャツにショートパンツとラフな部屋着だ。

 いまだからこそ言えるが、臨海学校の思い出はロクなモンではなかった。海辺では女どもにパシられるわ、原作でも見た事ない形態移行を見せたのに結局は白式に変化ナシだわ、軍用ISにはガチで殺されかけるわ、篠ノ之 束には唇奪われて箒が発狂するわ。

 しかし、その感想も最終日の夜明けの出来事を前にしては、薄れてしまうものである。俺と箒は正式に付き合っているうえ、数日前にはふたりきりのデートで新しいリボンを買ってあげた。だから今の彼女はすこぶる機嫌が良い。

 そんな彼女は、今し方俺が出てきた千冬の部屋の扉を一瞥する。

 

「……? 千冬さんと何かあったのか?」

 

「あぁ……ちょっとな。なに、大した話じゃない」

 

 ロケット工場の事はまだ誰にも言わない方がいいだろう。危険な予感もする以上、危ない目には遭わせたくない。福音の事件からまだ1ヶ月も経っていないのだ。行く日にはバレるかもしれないが、そこまでもたせれば問題ないだろう。

 箒は俺の言葉を疑わず、うつむいて両手を腰の後ろで組む。

 

「そうか。それよりだ……じ、実はな……今度、実家だった篠ノ之神社で夏祭りが始まってな……私も祭りの催しで参加するのだが……もっ、もしよかったら……私と……」

 

 これだけ魅力的な招待を受けては、断るという選択肢などハナから存在しないであろう。恥じらいながら必死に俺を誘おうとする可愛い箒をもう少しだけ見ていたかったが、俺は彼女の顔を覗き込んで台詞を遮る。

 

「箒、それって日にちはいつだ?」

 

「えっ!? えと、えっと……ひにちは〜っ……///」

 

 後になってわかる事だったが、聞き出した祭りの開催日が旅行の日程と被る事はなかった。安心して渡航する事ができそうだ。

 

 

 

 ・・・☆・・・☆・・・

 

 

 

 夏休みに入った初日に早速、俺と千冬は二人で海外へと飛んだ。人生初の海外渡航をこの世界でやる事になった。

 俺は外出する時のパーカーを羽織ったいつもの私服姿だが、千冬は学校にいる時と同じスーツ姿だ。私服がないわけじゃないはずだが、特に俺は何も言わなかった。

 千冬曰く、直で南米の目的地には行けないらしいので、アメリカの空港で一旦は降りてから別の空港を経由して行くそうだ。俺は適当に返事をしながら自分と彼女のキャリーバッグを押す。

 空港の改札を抜けてターミナルの前へと出ると、そこは看板もなにもかも英語で表記された未知の街。行き交う人々の顔立ちは自分達とは全く違い、そびえるビル群も今まで見た事がない。吸ってる空気まで違和感を感じる。

 俺は行き交う人々や周りの景色を見渡しながら、千冬に対して声を上げる。

 

「で、次はどこ行きゃいいの?」

 

「ここで基地の関係者と待ち合わせをしている。あぁ、来たぞ」

 

 基地の関係者という単語に耳を疑いながら、千冬が顎を振った先に目を向けると、まばらな人混みの奥から白い半袖のワイシャツに丈が長い水色のスカートを履いた金髪の女性が、こちらを見ながら早足で近づいて来ているのが見えた。

 近づいてくるにつれてすぐに彼女の顔立ちがとても美しい事に気がつく。プロポーションも抜群で出る所は出て、締まる所は締まる事でできあがったウエスト。同じ国籍のクラスメイトも良い身体しているが、彼女はまさに女優の様だ。

 そんな彼女は俺達ともう少しの距離で笑顔を見せながら手の平を振る。

 

「知り合い?」

 

「まぁ……そんな所だ」

 

 千冬がなんでどもったのかはさておき、俺は目の前までやってきたパツキンの美女にアプローチすべく行動を始める。

 

「Hallo. I,m Ichika. I am the only man in the world who can use IS. Nice to me you ?」

 

「なんで疑問符なんだ」

 

「いや、間違ってないかなって思って……」

 

 俺をジト目で睨んでくる千冬に目線を合わせないでいると、目の前の金髪美女は俺を見下ろしながら目を丸くして驚いていた。

 

「Excellent ! You can speak English too ! Bat……君と会うのは二回目だよ、一夏くん♪」

 

 ぁれ? 喋れるんかい。それに、2回目?

 俺が頭の中で混乱している中、彼女はクスリと笑ってみせると更に俺の前へと近寄る。

 

「私はナターシャ・ファイルズ。シルバリオ・ゴスペルの操縦者……だったのよ」

 

「え? じゃあ、あん時は……」

 

「そう。改めてお礼を言わせてもらうわ。あの子を、止めてくれて……」

 

 そう言いながら彼女は憂いを帯びた視線で俺の頬に顔を近づけたものの、眉間にシワが寄った千冬が手で制止してくる。いいじゃないか、キスぐらい。

 

「ご機嫌用、ナターシャ。車はどこだ」

 

「もぅ……千冬も相変わらずね。そろそろ弟離れしたらどうかしら」

 

「家庭の問題に首を突っ込めとは言っていない。私は車はどこだと言っているんだ」

 

 千冬を真正面からイジるナターシャは、それでも俺の腕を組みながら余裕のある笑みを彼女に向けている。千冬の方も慣れてはいるのか、半ば呆れ気味だ。もしここにヒロイン共がいたら、千冬の扱いに目を丸くするところだろう。

 一触即発の空気の中で、俺は人混みの中からスーツ姿の女性が小走りで走ってくるのを見つける。

 

「ナターシャ中佐。織斑千冬様、その弟様もこちらへ!」

 

 

 

 ※千冬と一夏とナターシャの3人が、3人以外と話している時の会話は英語で話しています。あしからず。

 

 

 

 やや早口で俺達を急かす女性に、ナターシャは俺の腕を組んだまま車の所へと案内を始めた。

 

「ついて来て。話は移動しながらしましょう」

 

「そうだな。まずお前は一夏から手を離せ」

 

「世界で唯一の男性IS操縦者よ? 軍人の私が守ってあげないとね♪ さぁ、あなた達が乗る車は……」

 

 千冬の意見も躱しながら、ナターシャは俺と腕を組んで悠々と歩く。時折、彼女の豊満な胸が顔に押し当たり、薄手のシャツ越しにその柔らかさと感じると同時に、これから先の渡航を想像して一抹の不安を覚えた。

 ターミナルから少し移動して俺達が乗せられたのは、黒光りするワゴン車だった。運転はナターシャ、助手席に別の女性。その後ろの座席に俺と千冬。ワゴン車の前後には軍用のジープが走っている。機銃こそ取り外されていたが、それ以外の部品は全て取りつけっぱなしで、見る者を威圧する。

 

「どこに向かってるんですか?」

 

「すぐにわかるわ。それより、お腹は空いてるかしら? どこか寄っていくわよ」

 

「真っ直ぐ目的地に行け。こんな車列でドライブスルーなんてできるか」

 

 そんな感じでジープに守られながら1時間程度走って着いたのは、俺の予想通り米軍の基地の中だった。

 フェンスで守られたゲートをナターシャの顔パスで通り抜け、そのままテントや資材の山の間を車で通っていく。

 

「ここは?」

 

「私のツテを使わせてもらった。向こうはこちらに借りがあるしな」

 

 借りというのは初耳だったが、大方は福音事件の事だろう。こんな事で返せる様な借りとはとても思えないが。

 到着して車から降りた俺は辺りを見回してみる。空は快晴で雲は僅か、地面はアスファルトだがどこか砂埃っぽい空気を感じる。遠くには背の高い山脈が連なり、基地のどこからかヘリや飛行機の飛んでいる音が聞こえる。そして周りは無数のプレハブ小屋と、無機質な建造物、体育館みたいな形をした大きなドック、そして大きな電波塔があった。

 

「すぐに次の飛行機を呼ぶ。それまでは、あそこの面会室でゆっくりしていってくれ」

 

 ナターシャの指差す先には砂埃色のプレハブ小屋みたいな建物があった。電線は繋がってるし、外に室外機が取り付けられているから、クーラーもありそうだ。

 

「売店見にいっちゃダメ?」

 

「アハハッ、そっちが気になるかい? なら私と一緒に──

 

「おい、観光じゃないんだ。それにここではお前も私も有名人みたいだぞ?」

 

 確かに、遠くの周りには迷彩服を着た軍人達が俺の方を見ている。背が高い上に筋骨隆々のヤツらはとてもイチカの体では敵いそうにもないのだが、それを可能にしてしまうISを俺は持っている。

 どんな風に見られているのかは知らんが、あまり良い反応じゃないってのはなんとなく感じた。

 

「ん?」

 

 不意に、俺の白式のレーダーにISの反応が表示された。ソイツは真っ直ぐ俺のいる所に向かってきやがる。

 すぐにどこからともなくジェット音が聞こえてくると、遠くの方から日の光で機体を瞬かせたISの影が俺目掛けてすっ飛んできた。すぐその存在に気がついた千冬もそれを見上げる。

 

「あれは……ISか?」

 

「……デカいな」

 

 その言葉通り、俺の白式よりもひと回り大きなサイズのISがこちらに向かって飛んでくるのが見えた。白式を半展開させて視界をズームして確認してみると、ラファール以上に分厚い装甲に身を固め、ひとつで2基ものブースターが付いた浮遊ユニットを両肩側へ並べている。機体の色は砂漠の砂みたいな色と、ちょっと色の薄い焦げ茶色のタイガーストライプの迷彩だった。

 

「まさか……」

 

 すぐ後ろでナターシャがそんな呟きをしたが、それを気にかける暇もなくデカいISは俺達の立っている場所から十数メートルの場所目掛けて、ブーストをやめて着地をしてきた。重量級のISがけたたましい音を立てて着地し、砂埃が舞って地面が揺れる。

 

「うぉ!?」

 

「くッ!」

 

 俺も千冬も怯む中、地鳴りを響かせて俺達の目の前へと着地したISがすぐさま膝立ちでしゃがむと、ISの配色と同じ色合いをしたバイザー付きのヘルメットを被った、タイガーストライプのISスーツの女性がISから地面に降り立ち、そのバイザーから首を引っこ抜いた。

 外れたメットから露わになったのはベリーショートが外に向かってハネている金髪に、左後ろには小さなおさげ。耳には銀色の小さなピアス。ラテンアメリカ特有の健康的な褐色肌に、キリッとした翡翠色の瞳が瞬く美人な女性だった。

 

「Hey ! テメーがオリムライチカだな?」

 

 見た目に合わせた強い口調で俺を指差した女性はズカズカと俺に歩み寄ってくる。その俺の後ろではナターシャが大きなため息を吐いた。まるで面倒事が舞い込んできたかのように。

 

「……確かに俺は織斑イチカだ。で、お前は誰だ?」

 

「『イーリス・コーリング』だ。アメリカ特殊作戦軍対IS部隊隊長……おっと、副隊長だ。よろしくな」

 

 真っ白い歯を剥き出しにした笑顔で手の平を差し出す彼女と、俺は気圧されながら握手をした。少しガサガサな彼女の手が、力強く俺の手の平を掴む。

 

「イーリィ、仕事は?」

 

 イーリィとあだ名で彼女を呼んだナターシャは、おそらくは親しい間柄なのだろう。だが、俺の後ろから聞こえるその声は呆れているように聞こえた。

 

「男のIS操縦者が来るこんな素晴らしい日に訓練なんてやってられないねッ!! それに、その後ろには人類最強のブリュンヒルデまでいるじゃないか! なんだッ、姉弟揃ってアメリカに鞍替えでもするのかい!?」

 

 握手していた手を離して俺は千冬の方を見たが、彼女は気難しい目でイーリスを見ているだけだ。つまり、面識はないのだろう。

 

「冗談が過ぎるわよ。仕事サボってこんな所に来てるなら、目的もわかってるつもりでしょう?」

 

「さぁねぇッ、アタシにはどうでもいい事さ」

 

 そう言いながらイーリスはナターシャに向かって鬱陶しいように手をヒラヒラ振ると、俺に向かって指差した。

 

「それよりもだ、イチカ! 折角のアメリカなんだろ? 思い出作りにアタシと勝負しろよ。いいな?」

 

 何度か問い直したくなる内容だったが、残念ながら一回で認識してしまった。俺は後ろの彼女達に助けの視線を向けると、すぐにナターシャが前に来てくれた。

 

「イーリィ、時間がないの。お遊びは今度にしてちょう──

 

「時間がなきゃ作りゃいいだろ〜、どうせヒマなんだろ? ちょっとぐらいいいじゃないか!」

 

 彼女の言葉を遮ってイーリスは俺に更に近寄ると、腕を肩に回して密着してくる。

 

「世界最強の合衆国代表と手合わせ願えるのは大歓迎なんだが……悪いけど、今は時間がねぇ」

 

「おや、お世辞が上手じゃないか! でも、手加減は一切してやんないからね♪」

 

 どうやら、俺が余計な事を言ってしまったらしい。俺は更に後ろの姉に助けを求めた。

 

「どうする千冬姉?」

 

 千冬は苛立たしく腕を組んで、ナターシャに目をやる。

 

「ナターシャ、飛行機はどうなんだ。すぐ来るのか?」

 

「……まだ少し時間がかかるわ」

 

 少し考え込んでいたが、ナターシャはそう呟く。すると千冬はもう一度俺の方を向くと、吹っ切れたかのような口調でこう言った。

 

「なら……一夏、せっかくの良い機会なんだ。国の代表とやらの実力に揉まれてこい」

 

「え、いいの?」

 

「ッッッしゃあッ!!」

 

 気の抜けた俺の返事に対して、有頂天で喜ぶイーリスが飛び跳ねる。そのまま俺に飛びついてくるんじゃないかってぐらいの勢いだ。

 1番驚いているのはナターシャだ。千冬に迫るその表情はかなり動揺している。

 

「ちょ、ちょっと千冬!?」

 

「なんだ? 日米、親交を深めるいい機会だろう?」

 

「……こんな言い方は悪いかもしれないけれど、最新鋭機だった私のゴスペルを仕留めてるのよ。あのISの性能は計り知れないわ……ッ!」

 

 そんな会話が小さな声で聞こえてくる。後ろで喜んでいるイーリスには聞こえてないようだが、どうやら彼女は福音事件の俺の白式を、大いに警戒していたらしい。確かにあのバケモノじみた力を身をもって体感したら、そりゃあ危険視するに決まっている。

 だが、残念ながら今の白式にそんな力はない。彼女の心配は盛大な勘違いとなって終わる。あのデカいISには勝てないだろう。

 

「一夏、来い」

 

 千冬に手で呼ばれて、俺は彼女とナターシャのすぐ目の前まで近寄る。背の高い美女2人が綺麗な瞳で俺を少しだけ見下ろす光景に、少しドキドキする。

 

「たぶん勝つ事はないだろうが……向こうは借りがあるとはいえ、迎えから移動まで全て手続きしてくれたんだ。それなりの礼はしてやれ」

 

「いいの? 勝手にIS起動して」

 

「この基地内ならいくらでも飛ばして構わないよ。それよりも……」

 

「大丈夫だナターシャ。今の白式にそんな力はない」

 

「え?」

 

 唖然とする彼女をスルーして、千冬は俺を覗き込んだ。そして悪巧みするように口元を曲げる。

 

「なぁに、相手は国の代表……ましてや世界最強の合衆国だ。向こうは苦戦すら論外だろうよ」

 

 その言葉を聞いて俺は彼女と同じように口元を歪ませる。血の繋がっていない姉弟の意思が、この時は確実に通じ合っていた。

 

「おーい、いつまで会議してんだ!? 時間稼ぎのつもりかい!?」

 

 俺達の後ろでイーリスが地団駄を踏みながら、声を上げる。それに対して千冬は彼女の苛立ちに触れる事なく、手を振って呼びかけた。

 

「あー、すまなかったな。初めていいぞ」

 

「よしイチカ! アタシについてきなッ! 場所を──

 

「10分よ」

 

 速やかにISへ飛び乗ろうとしたイーリスの言葉をせき止め、ナターシャが歴然とした態度で言い放った。だが、その額には僅かに汗が滲んでいる。

 

「飛行機の準備に時間がかかるから、10分間だけあげるわ。それ以上はなし。だから──

 

「ヘイ、イチカ! ついて来なッ!!」

 

 彼女の言葉が終わる前にイーリスはISに乗り込むと、メインブースターを一気に噴かして勢いよく飛び立つ。凄まじい推進力の勢いで砂埃が舞い上がり、俺達は咳き込んだ。

 

「ゲホッ……じゃあ、行ってくる……」

 

「あぁ……白式はもう少し離れて展開しろ」

 

「すまないねイチカくん……コホンッ! 少しだけ付き合ってあげてくれ……」

 

 埃を被った俺は苦笑いで見送る美女2人から背中を向けて、走る。もう手の平よりも小さくなって飛んでいくイーリスのISを目で追いながら、俺は少し躊躇しつつも白式を展開して飛んでみせた。

 砂を吹っ飛ばし、快晴の空へと飛び上がった俺はすぐにイーリスの後を追う。こちらに振り返る事なく爆走する彼女を追って着いたのは、IS学園のアリーナとよく似た吹き抜けのフィールドだった。

 彼女はフィールドの中心まで来ると、そこで停止して俺の方へと振り返る。俺が中に入るとアリーナからエネルギーシールドが広がって、ドーム状に包み込んだ。

 

「へぇ〜、それが白式かい? ブリュンヒルデと同じ、零落白夜の単一仕様能力を備えた、第三世代……アタシの相手にはピッタシだなッ!」

 

「そのゴッツイISは初めて見た。それがアメリカの量産型か?」

 

「『ファング・クエイク』ってんだ。アンタのと同じ、第三世代の最新鋭機さ。量産型ってのも間違ってはねぇが……これはアタシ用にカスタムされてるオリジナルだぜ!」

 

 ISを展開したイーリスはバイザーがついてるので表情は顔の下半分しか見えてないが、その表情は自信に満ち溢れているかのようだ。

 

「ルールは、え〜っと……エネルギーが半分切った時点で負けな! それ以外は……なんでもアリだ!!」

 

 大雑把なルールを聞き流しながら俺は片手に雪片を展開して構える。向こうはこちらの単一仕様能力を知っているし、白式が雪片しか武装がないのも知っているのだろう。対して俺は彼女のISも戦い方も知らない。

 状況は不利だが、そもそも勝つつもりもない。この10分間でどれだけあのISの性能を見れるか、それだけに集中しよう。

 

「準備はいいなッ!? アメリカ、テキサス州代表候補にして合衆国代表……イーリス・コーリング、行くゼェ!!!」

 

 そう言い放った直後、クエイクの両肩にある浮遊ユニットのブースター4基に光が充填されていく。機体全体からブースターの音が鳴り渡る。

 

「最高の10分間にしてやんよッ!!!」

 

 そう言い放った次の瞬間、ファング・クエイクの4基のブースターの内1基が爆発的な光と発したと同時に、彼女は急加速して俺に鉄拳を仕掛けてきた。

 

「ッ!!!」

 

 咄嗟に俺は真上にハイブーストで上昇し、ファング・クエイクの握り拳を回避する。だが、彼女が俺の真下に来た瞬間、ファング・クエイクのブースターがまた1基、閃光を発して俺の逃げた真上に急激的な方向変換と急加速をしてきた。

 

「くッ!?」

 

「くらいなッ!!」

 

 そのまま彼女は再度ファング・クエイクの握り拳を俺の顔面目掛けて放つ。俺は雪片の刀身で拳を受け止めたが、衝撃波は雪片を伝って体全体にまで響き渡った。

 

「ぐぉッ!」

 

 俺は受けた勢いを利用してクエイクから更に上方へ宙返りし、距離をとった今度は落下に合わせてブースターを噴かし、雪片を縦に振り下ろす。

 だが、俺の全身全霊の縦一文字はすぐにクエイクのイグニッション・ブーストによって横に躱された。

 

「あぁッ!?」

 

「ハァッ!!」

 

 回避された事を認識した次の瞬間には、クエイクはもう俺に殴りかかってきていた。俺は白式のスラスターを噴かして体全体を捻らせると、金属の塊みたいなクエイクの拳を顔のスレスレで躱し、そのまま彼女の浮遊ユニットの片方を蹴っ飛ばした。

 

「うぉッ!」

 

 イーリスの驚く声を微かに聞いて、俺は蹴った反動でクエイクの後方に飛び退く。しかし、地面に着地してきた所を狙って再びクエイクが別の浮遊ユニットの光を発光させて、イグニッション・ブーストで突っ込んできた。

 

「まだまだッ!」

 

「チィッ!!」

 

 隕石の様にISの質量に任せて突っ込んできたクエイクの体当たりを、俺は白式のイグニッション・ブーストで真横に回避する。クエイクは再び間髪入れずのイグニッション・ブーストを発動して俺との距離を詰めようとしたが、その移動距離は白式の方が上だった。

 と、思ったらクエイクの別のユニットのブースターが瞬き、更にもう1発のイグニッション・ブーストで彼女は俺との距離を詰めてきた。

 

「ふんッ!」

 

「ぐぅッ!」

 

 白式よりひと回りも大きな剛腕から放たれる拳のラッシュを、スラスターを小刻みに動かしてスレスレで避け続ける。思えば、どう見ても接近戦は不得意そうな重量型であるハズなのにこれだけの格闘性能を誇るのは、ある意味では脅威なのかもしれない。それに彼女はまだ武装の類いを一切展開していないのだ。まだ全然本気じゃない。

 雪片の柄でクエイクの拳を弾き、後ろ蹴りを叩き込む。こちらだって格闘は負けてはいないのだ。よろめいたイーリスの隙を見届けて、イグニッション・ブーストで後退して距離をとった。

 

「グッ…………フ〜ン、以外とやるじゃないか! まだまた物足りないって感じだなッ!」

 

「欲しがりなんでな。まだ本気じゃないだろ?」

 

 たたらを踏んで地面に着地した俺は手元で雪片を一回転させながらイーリスを挑発する。彼女は蹴りを受けた機体も気にせずに笑うと、クエイクの浮遊ユニットでは順番ずつエネルギーが充填されていく。

 どうやらあの浮遊ユニットは、イグニッション・ブーストのために充填したエネルギーをストックしておく事ができるようだ。連続して鋭角な高速移動ができたのは、あれのお陰だ。エネルギーの充填はイメージ・インターフェースによる、半自動システムなのだろう。さすがは第三世代だ。

 だがしかし、通常のブースト移動はラウラのレーゲンぐらい鈍重だ。おまけに連続で動けるそのイグニッション・ブーストも俺の白式に比べたら、へでもない速度。スピードなら圧倒的に勝っている。

 

「イイぜぇ、イチカァ……本番はこれからだッ!!」

 

 そう叫び上げながらイーリスはクエイクの右腕にバズーカ、左腕に6連砲身のガトリングガンを展開すると、そのまま俺に向けてぶっ放してきた。瞬間、けたたましい音を立てて弾丸がシールドに降り掛かり、地面が大小様々な爆発で見えなくなる。

 

「チィッ!」

 

 俺はすぐ白式を上昇させ、イグニッション・ブーストで左右に避けながらクエイクと距離を詰める。シャルロットのリヴァイブ相手によく学んだ事だ。

 

「させるかよッ!!」

 

 その動きはイーリスもわかっていたようだ。彼女は嵐のような射撃をすぐに止め、クエイクの両背部にダンボールみたいな箱を展開させる。パカリと開いた箱の蓋の中にはビッシリとミサイルの頭が密集しており、直後には煙を上げて数十発のミサイルが発射された。

 

「ッ!!」

 

 だが、ミサイルに囲まれるのは今日が初めてじゃない。俺は冷静に束になって飛んでくるミサイルをバック・ブーストでギリギリまで引きつけ、イグニッション・ブーストで纏めて回避する。

 

「やるねェ! でもっ!」

 

 回避の軌道は読まれている。イグニッション・ブーストの終わりを見計らうかのようにバズーカとガトリングの弾が降りかかってくる。被弾して減速すれば、そのまま残りのミサイルに飲まれて大ダメージだ。

 だから俺は白式を急降下させて弾幕を回避すると、まだ追尾してくるミサイルを地面まで引きつけてクエイクから離れるようにイグニッション・ブーストを発動。俺を外したミサイルは地面に着弾し、巨大な砂煙となって舞い上がった。

 

「ッしゃあ!!」

 

「どした? 当たってねぇぞ」

 

「あぁッ!? クソっ、纏めて吹き飛ばしてやんよッ!!」

 

 俺を仕留めたと錯覚したイーリスは挑発に反応して苛立った声を上げる。砂煙の外から武器を収納して展開する音が聞こえた。

 次の瞬間、バズーカの発射と、バズーカによく似た発射音が聞こえた直後、俺の後ろで爆発が起こり、爆風で砂煙ごと白式が前のめりに吹っ飛ぶ。

 

「ぬぁッ!」

 

 思わず声が漏れたが、俺はすぐクエイクを確認する。空中で静止したまま俺に向かって射撃を続けるクエイクの武装は、バズーカとグレネードガンに変わっていた。

 それを見た俺は速やかに白式の体勢を吹っ飛ばされながら立て直すと、雪片を振りかぶりながらイーリスに向かってイグニッション・ブーストで突撃した。

 

『行け、ー夏!』

 

『イーリィ! ミサイルッ!!』

 

「あぁヤベッ!!?」

 

 通信から千冬の激励とナターシャの怒声が交錯する。イーリスが交換する武器を間違えた事に気づいたが、白式はトップスピードでみるみる内にクエイクとの距離を詰める。微妙にブレながら飛んでるからバズーカとグレネードの弾丸は当たらない。そして彼女にはラピッド・スイッチの様な技術はない。

 

「クソガキィ!!」

 

 ナターシャの声に従うまま、再びイーリスはクエイクの両背中からミサイルを乱射する。真っ直ぐ俺を狙って飛んでくるミサイルの束だが、その時にはもう俺の白式はミサイルが最高速度に達する前の距離まで到達していた。

 零落白夜を発動し、そのエネルギーを一気に最大値まで引き上げる。シールドエネルギーが一気に減り始めるが、刀身の峰から溢れ出るエネルギーが雪片そのものを包み込み、全体がひと回り以上も大きくなった雪片で初速の遅いミサイル群を横薙ぎに叩き斬る。ミサイルの大きさは500mlの缶よりひと回り大きいぐらいのサイズだから、当てるのは飛んでる蚊を仕留めるより簡単だった。刀身はもちろん、零落白夜のエネルギーに巻き込まれたミサイルはその場で爆発を起こし、ほかのミサイルを巻き込み爆炎と煙になって消えていく。

 

「なッ!?」

 

「ラアッ!!!」

 

 切り返した雪片で残りのミサイルを薙ぎ払い、目の前まできたイーリスのクエイクに雪片を振り下ろす。彼女は持っていた武器て防ごうとバズーカとグレネードガンを目の前で交差し、手放すと同時にイグニッション・ブーストで後退した。

 

「チッ!」

 

 俺は邪魔な武器をぶった斬ってイグニッション・ブーストでイーリスに飛び込もうとするも、すぐ彼女は貯めていたイグニッション・ブーストで俺に接近し、クエイクの拳で殴りかかる。その腕にはブルドーザーのシャベルの部分の様な形をした鉄甲が展開されていた。

 

「くらえェッ!!」

 

「ッ!!」

 

 俺は構わず雪片を鉄甲にぶつけて、イーリスを迎え撃つ。刀と鉄甲の接部でエネルギーの粒子が飛び散り、お互いのシールドがボロボロと剥がれていく。

 お互いに力押しになっていたが、勝っていたのは零落白夜を発動している雪片だ。クエイクの突き出す鉄甲のドーザーはすぐに亀裂が走り、壊れ始める。

 

「まだまだァ!!」

 

「なッ!?」

 

 だが、その時間を狙っていたのか、イーリスはクエイクの左腕にも鉄甲を展開すると、それまで圧をかけていた右手を曲げながら前進し、左手で殴りかかってきた。右手を受け止めていた雪片でも取り回しの悪い距離まで詰められてしまった。

 咄嗟に出たのは雪片を手放した左手、でもなく脚部の足の裏のブーストで放った膝蹴り。ちょうど鉄甲の部分を蹴り上げたクエイクの左腕は明後日の方向まで大きくブレた。

 

「がぁッ!?」

 

「くッ!」

 

 零落白夜を叩きつけたかったが、発動しっぱなしでエネルギーが半分を切りそうになっていた。仕方なく零落白夜を止めて雪片を上空に放り投げると、クエイクの右手にある壊れかけの鉄甲を掴み、背負い投げの要領でブン投げた。

 

「うおッ!? ……とっ!」

 

 まるで空中で受け身を取るかのような動きで柔らかに体勢を戻したイーリスだったが、俺は落ちてきた雪片を片手で掴み、彼女のクエイクに切りかかっていた。

 クエイクは後ろ蹴りで白式を止めようとする。雪片で防いだが、衝撃までは受け止められず、俺は後方に吹き飛ばされた。

 

「ぐうぅッ!」

 

 クエイクから距離を離された直後、イーリスはクエイクにイグニッション・ブーストを連発させて距離を取った。俺は吹き飛ばされるまま地面に着陸すると、雪片を構え直した。

 

「へへっ、さっきはちょっと焦ったぜ」

 

 イーリスは鉄甲を収納し、今度はガトリングガンとアサルトライフルを展開したが、突然彼女のISから大音量のアラームが鳴り響いた。

 

『イーリィ、10分経ったわよ。おしまい』

 

「ちぇッ、やっぱ10分じゃ全然燃えねえなァ……」

 

 しぶしぶイーリスは両手の武器を収納し、アリーナのシールドを解除して地面に着陸すると、ISを解除して俺の元へと近づいてくる。

 

「操縦のスジは完璧だな。センスも良い。アンタが女だったら、即アメリカにスカウトしてやったよ!」

 

「どうも。そっちこそ、今まで戦ったヤツの中で最強かもな」

 

「へへんッ! 伊達に最強の名は語ってないさ。ありがとよ!」

 

 お互いに健闘を称え合いながらISのマニュピレーターで握手をした。

 

『一夏、飛行機の用意ができたぞ。早く戻ってこい』

 

「わかった、今行く。イーリス、悪いけどお別れだ」

 

「あぁ、この続きはいつか必ずつけるからな。また会おうぜッ!」

 

 そう言って彼女はクエイクを浮かび上がらせると、また砂煙を撒き散らして飛び立っていった。

 俺も白式で飛翔すると、千冬とナターシャのいる飛んできた方向へと戻る。2人が待っている滑走路には自家用サイズの小さなジェット機が停まっていた。

 降下しながら白式を収納して地面に着地した俺は2人の元へと駆け寄る。ほんの少しだか千冬はどこか上機嫌で、ナターシャは安堵したかように息を吐いていた。

 

「お待たせ。ソイツ?」

 

「あぁ。とっとと乗るぞ」

 

「……少々予定がズレたけれども、行きましょう」

 

 再び飛行機に乗り込んだ俺達3人は、目的地である南米の駐留軍基地へと飛んだ。

 今度の飛行機の中は少し狭いが、ファーストクラスぐらいのスペースはある。飛行機は別の操縦者が運転しており、俺と千冬とナターシャは同じ部屋でくつろいでいる。ご丁寧にテレビや冷蔵庫も付いていたが、それを使用する気もなかった俺は白式を撫でつつナターシャの方を見る。

 

「あんたが隊長?」

 

「え? ……えぇ、そうよ」

 

 イーリスは自己紹介の時に訂正して副隊長と言っていた。あの会話を聞く限り、隊長とはナターシャの事だろう。

 

「いや……それももうすぐ過去の事になる。あの子を失った今、私はイーリィには敵わないからね……」

 

「福音は実験機だったんだろ? 元々あいつに乗って最強だったワケじゃないだろ」

 

「アレは元々アメリカ代表の専用機《シルバー・チャント》だったのよ。それを対IS用に改造したのが……福音よ」

 

「対IS用って……」

 

「イスラエルと協力して、より実戦的な改装を施すハズだった。それが、あの事件で全部白紙になり、福音自体も封印になったんだ。危険すぎる、という理由でな」

 

「……あぁ、わかるかい? 私達はアラスカ条約を最初から信用してなどいなかったんだ……。いつかあの子達を正しくない使い方をする者達が現れるというのを見越して、私達はISを軍用化させていた」

 

「なるほどねぇ……てか、代表だったの?」

 

「あぁ、イーリィの前はね。なんで私がこれほど君に興味を持つのか、理解してくれたかい?」

 

 最後にナターシャは艶っぽい流し目を俺に向けてきたが、すぐに千冬の視線を受けて冷静に戻された。

 そんな事を話している間に、飛行機は目的地の空へと到着していた。

 

「もうすぐ着くわよ」

 

 ナターシャにそう言われて俺が飛行機の窓から覗いたそこには、ロケットのパンフレットでも見た景色がそのまま広がっていた。

 基地は沿岸部と窪んだ湾全体に作られており、軍艦や潜水艦が何十隻か泊まっている。湾内にはデカいドックもあり、ヘリポート付きのデカい建物もある。そんな駐屯地の反対側にはこれまたクソデカいパラボラアンテナに、ビルでもないのにやたら背の高い建物が数軒と、ロケットの発射台らしき施設が見えた。

 飛行機は基地の滑走路に着陸して、降りたそこには迷彩服と作業服を着た人だかりができていた。ナターシャが先に降りると、彼等は慣れた動作で敬礼をして早口すぎる英語で話を始める。せっかく南米まで来たのだから観光にでも行きたかったのだが、そんな暇すら与えてはもらえなさそうだ。

 俺はそんな様子を眺めながら飛行機のステップから飛び降りると、座りっぱなしだった体で大きく背伸びをした。

 後ろで千冬も降りてくると、体を少し動かしてナターシャの方へと向かう。背伸びを終わらせた俺は、彼女の後を追った。すでに人だかりは散り散りになっていた。

 

「さぁて、束さんの見せたい物はどこなんだ?」

 

「彼に案内させる。この基地の工場技師兼スタッフだ」

 

 ナターシャの前に立っていたのは、褐色に日焼けした肌に金髪の地毛をボサボサに伸ばし、作業服を着た全身から油や鉄の匂いがする、一夏と同じぐらいの年代に見える青年だった。

 

「初めましてッス! オレここのスタッフ『ユージン』と申しまッス。よろしくッス!」

 

 やけに元気の良い挨拶を受けながら、俺は『ユージン』と名乗った彼と握手をする。軍手を外した彼の手は汚くなかったが、年齢にそぐわないガサガサの手だった。

 

「あなたがイチカさんッスね! 会えて嬉しいッス!」

 

 ユージンは腕をブンブン振りながら、俺に会った事を全身で喜んでいる。その後ろでナターシャは携帯で誰かと連絡していると、俺と千冬の方を交互に見た。

 

「じゃあ、私は基地に報告があるから先に行ってて。終わったらすぐに合流するわ。ユージン、案内お願いね」

 

「了解ッス!」

 

 そんなやりとりだけを彼として、ナターシャはデカいビルの様な建物の方へと歩いて行ってしまった。

 

「それじゃ早速案内するッス。ついて来てくださいッス!」

 

 ナターシャと別れた俺と千冬は、ようやく手を離してくれたユージンに基地内を案内されていく。先導するユージンの後ろを俺が歩き、その俺の少し離れた後ろを千冬が歩いている。

 

「ここの工場は秘密保全上、技術スタッフや軍人ごとに行ける場所が仕分けされてるッス。自分はロケットも軍艦も作ってるんで大体の所には行けるんスけど、おふたりはあの束博士の許可を貰ってるんで、どちらにも行けるようにしてるッス!」

 

 見た目は若いが、スタッフの中でもかなり凄そうな立場にあるらしい。俺の後ろから千冬の声が飛ぶ。

 

「じゃあ、君は技術士官の中でもかなり地位が高いんじゃないのか?」

 

「その通りッス! 自分が入れないのは女子トイレと女子更衣室だけッスね!」

 

 悪ふざけの様な返答だが、彼の話した事に誇張は感じられない。どうやら案内人としては大丈夫そうだ。

 そんな事を話しながら彼の案内で連れられてきたのは基地の湾内にある、カマボコ型の馬鹿デカいドックが並ぶ軍港だった。ドックは巨大な扉で閉じられており、中の様子は見えない。隅にある小さな金属の扉から、中へと入った。

 

「ここにあるのは極秘中の極秘ッスよ〜!」

 

 揚々と話す彼に中を案内されてふたつ目の扉を開ける。最初に目に映ったのは、灰色の装甲に包まれた見上げんばかりの巨大な戦艦。それも空母だった。

 

「コイツはナターシャさんの部隊が入る予定の、レールキャノン搭載型ステルス航空母艦《アークエンジェル》ッス!」

 

 ユージンが名前諸々色々説明してくれるが、俺はその空母の大きさに圧倒されるだけだった。

 

「ステルス?」

 

「その通りッス! しかも、ただのステルスじゃないッスよ! コイツは船体の周囲に特殊な電磁バリアを張って、外からの視認を完璧に誤魔化す事ができるッス!」

 

「それは凄いな」

 

「まだまだ未完成の部分が多いんッスけど、レールキャノンとステルスバリアはもうほとんど完成してるッス! 実戦投入まであともう少しッス!」

 

「で、これと束に何の関係があるんだ?」

 

「ああっとッ! この戦艦自体は関係ないんッスけど、コイツに搭載してるレールキャノンに束博士が協力してくれたッスよ!」

 

「レールキャノンに?」

 

「そうッス、そうッス! 説明するなら一緒に見た方が良いッス。俺についてくるッス!」

 

 そう言って彼は先々空母へと駆け足で行ってしまう。それを俺が引き留めようとした、その時だった。

 

「ん?」

 

 空母の鎮座するドックの隅、IS学園でも見たISの整備用の台とよく似た物の上にISが佇んでいた。

 

「なぁんじゃこりゃ……」

 

 だが、そこに佇むISは今までに見た事のない姿形をしていた。

 上半身は普通のISの通りに人型のアーマータイプなのだが、下半身には脚がない。代わりにホバーモビールの様な、キャタピラのない戦車の下の部分の様な物がそのまま付いていた。まるで下半身が戦車、それも戦車とは言い切れない流線のあるフォルムをしたその姿は、一足セットのハイヒールが下半身に付いてるように見えた。

 俺の反応にすぐ気がついたユージンは、案内を止めてISに近寄りながら説明をし始めた。

 

「コレッスか? ロケットエンジンの試験用に作ったISッス。俺がアーキテクトしたんッスよ!」

 

「何ッ!?」

 

「えっ? お前が!?」

 

 千冬すら驚く俺の目の前で、ユージンは自慢気に鼻を鳴らしてISに触れる。もちろん、ISは彼に反応を示さない。

 

「脚部そのものをロケットブースターにしてるッス。試験時は背中と脚部の後ろにロケット付けて飛ばすんッスよ。あぁ、もちろん備え付けのブースターで飛行する事もできるッスけど……あんまり得意じゃないッスね」

 

「いや、それよりも……お前が作ったってのは、本当か?」

 

「ええ! オレじゃ動かせないんで、細部の調整はパイロットに乗ってもらいながら組み立てたッスけど、フレームやエンジンの組み立ては全部オレが1から設計して作り上げたッス!」

 

 できればすぐに乗ってみたい上に是非とも組み立ての詳細を知りたいところなのだが、今は束さんの作った物が優先だった。

 

「もうISはいいッスか? それじゃ次はレールキャノンに案内するッス!」

 

 ISから離れた俺達は再び空母に近寄ると、側面の1箇所にあったタラップから空母の艦内へと案内された。

 傾斜のある上に潮でベタベタするタラップの階段を上りながら、俺はユージンに呼びかける。

 

「いいのか? 俺達みたいなのが乗って」

 

「イイッス、イイッス! 見せたい物はこの上にあるんッスから!」

 

 問題ないと言わんばかりの笑顔で先導していくユージンを追って、俺達は空母の中へと入る。中は電気さえ点けば明るかったが、狭い金属の通路の中を縫う様にすり抜け、崖みたいな傾斜の階段を上がって彼について行くと、不意にドックの中の景色が見えた。空母の上へと出てきたのだ。

 

「こっちッスよ〜っ!」

 

 艦上を見回してみると、ひと際目立つ馬鹿デカい艦橋に無数のアンテナ。端っこには迎撃ガトリングのCIWSや対艦ミサイルのハープーンランチャーもある。ただ、当然だが飛行機は1機も乗っておらず、白線の塗り広げられた硬い地面だけが広がる滑走路はひどく殺風景だ。

 そして、駆け寄ったユージンのすぐ隣に鎮座しているのは、灰色のビニールシートに覆い隠されたISよりも圧倒的にデカい砲台だった。

 

「コイツが束博士が協力して開発してくれた、IS射出用レールキャノン《ランドグリーズ》ッス!!!」

 

「「IS射出用ッ!?」」

 

 俺と千冬はほぼ同時に声を上げていた。

 

「そうッス! コイツでISを射出すれば、どんな所にでもISを即時展開する事ができるッスよ!! もちろん、普通の砲弾も撃てるッス! 最高速度はマッハ7を超えるッスけど、ISのシールドバリアがあれば問題なしッス!!」

 

「こんな物でISをどこに飛ばすつもりなんだ?」

 

 その質問に、ユージンはドックの天井に向かって指を高く指した。

 

「宇宙ッス」

 

「何?」

 

 

 

「コイツの威力を調整して宇宙に向けて撃てば、ISを宇宙に射出する事だってできるッスよ! まぁ……肝心のISが宇宙空間に対応してないんスけどね……」

 

「束はいったいなんのためにコイツの開発を協力したんだ?」

 

「そいつはッスね〜……元々これはレールキャノンですらなかったんス」

 

「え?」

 

「ほんの2〜3年前の事なんスけど、当時自分達はロケットの開発部門でロケット以外の新しい、宇宙進出方法を探してたんッス。軌道エレベーターとか〜空間転送とか〜そんな感じのをッス」

 

「夢物語と言いたいところだが、IS乗ってる俺の言えた義理じゃないな。続けて」

 

「そんで新しく開発がスタートされたのは、レールキャノンでロケットを飛ばして大気圏を突破する衛星発射装置ッス。燃料も宇宙ゴミも出ない、自然に優しいロケットを作ろうとしたんスよ」

 

「ふむ、それがなぜ発射装置じゃなくてただのレールキャノンになったんだ?」

 

「あっ、そうそう、元々ここは基地じゃなくて、ただのロケット工場だったッス。兵器のためのミサイルも込み込みの工場ッスよ。まぁ、衛星を打ち上げる実験の研究所でもあったんスけど、当時はまだ軍事基地じゃなかったんスよ」

 

「? ますます状況がわからないな……」

 

「話を戻すッス。開発はレールキャノンは案外簡単に作れたんッスけど、問題は発射したロケットを宇宙空間で止める方法がまだ考えていなかったんス……しかも開発当局は、無人じゃなくて有人で衛星を飛ばせるのを作れって言ってたんス」

 

「無茶苦茶な注文だな」

 

「オレ達はISを分析して試行錯誤しながらも、開発は難航してたんス。でも、そこへやってきたのが束博士だったんス! 博士はここに居候するのを秘密にさせる条件で、オレ達の衛星発射装置の開発に協力してくれたんッス!」

 

「なに、あの束がかっ!?」

 

「そうッス! 博士との協力で開発した新しいPICで、有人飛行に耐えれるレールキャノン用のロケットは完成したッス! しかも、博士はオレ達にISを宇宙空間に進出させるための資料と、非公式にナンバリングされてないISのコアまで俺達に渡してきたんス!」

 

「何!? じゃあ、さっきのISは……」

 

「その通りッス! あのISは束博士から貰ったコアで作ったISッス!」

 

「束はそのあとどうした? ほかに何かやったか?」

 

「博士は協力が終わった後はいつの間にか勝手に出て行っちゃったッス。でも、博士のお陰でプロジェクトは大いに進んだッス! 本当だったらもう実験の最終段階まで漕ぎ着けてたんッスよ! 120%成功する確信もあったんス!」

 

「本当だったら、か……」

 

「しつこいが……なんでその装置が空母にくっ付いたんだ?」

 

「……そこに目を付けてきたのがオレ達の軍ッス。アイツらはオレ達の作った衛星発射装置……レールキャノンを、戦艦に取り付けろと言い出したんッス。それも秘密裏にッス。わざわざ海軍が衛星発射装置を兵器に転用させる為、ここを在留基地に改装までしたんスよ」

 

「それでここは基地と工場があるのか……」

 

「なるほど……と言いたいが、お前らは納得したのか? 俺だったら絶対にしないぞ。折角宇宙開発に向けた発射装置だってのに」

 

「そりゃあ、最初は反対したッス。でも、オレ達も一介の軍人ッス。命令には逆らえないッスから、渋々レールキャノンをこの空母に取り付けたんすスよ。プロジェクトは完全に凍結。俺らは元の兵器開発部門に戻されたッス」

 

「レールキャノンに目が眩んだのは聞かなくてもわかるが、別にレールキャノンならお前達の国でいくらでも開発できるハズだ。なんでわざわざコイツを欲しがったんだ?」

 

「このレールキャノンの有効射程は約3000km。ミニマムエナジー軌道から発射してディプレスト軌道で飛ぶッスから、終末誘導さえすれば地平線の向こうからでも目標を正確に撃ち抜けるッス。そして、そんなレールキャノンは地球上でまだコイツだけッス」

 

「ハハッ……なるほどね……」

 

「そのあと、レールキャノンは対IS用に向けて精度の調整を何度も繰り返したッス。実際にISを飛ばして、架空の弾丸で当てる実験なんかもしたッス」

 

「対IS用だと!?」

 

「確かに……これだけ巨大なレールキャノンからの弾丸なら、ISもタダでは済まないな…………だが、それは本来の使い方じゃないハズだ。もう宇宙のために使うのは諦めるのか?」

 

「いいえ、オレ達は諦めていないッス! レールキャノンに射出装置としてのシステムは組み込みっぱなしですし、今はISを宇宙空間に対応させるための開発を極秘で行ってるッス!」

 

「お前……」

 

「そんな事を私達に話して良かったのか?」

 

「いいんス! 束博士も、おふたりには真実を全部伝えてほしいって言ってたんスから!」

 

「束が、か……」

 

「………………」

 

「ちなみに、束博士の事を知ってるのは基地でもひと握りのスタッフだけッス。ナターシャ中佐もこの事は知らないッスから、勝手に喋っちゃダメッスよ?」

 

「え?」

 

「どおりでナターシャと電話した時に話の認識がズレたワケだ……」

 

「じゃあ、あのISはどうやって誤魔化してんだ? 丸出しだぞ」

 

「あぁ〜、最初はEOSって誤魔化してたッスけど、基地になった後に開発顧問がこの基地に配備されてる兵器のリストを改竄させて、オレ達が発射装置開発のために実験用のISを1台保有してるって事にしたんス」

 

「無茶苦茶だな……」

 

「以外とバレないもんッスよ。このISの事だけは技術スタッフ全員で暗黙の了解になってるッス。風の噂じゃ、束博士の気まぐれなプレゼントとかも言われてるッスよ!」

 

「プレゼントね…………よっぽど気に入られてるんだよ、お前達は……」

 

 

 

 俺と千冬は熱く語るユージンに振り回されっぱなしだった。千冬は束が人と協力しているのが余程衝撃的だったのか、今まで見た事のないような顔で驚いていた。

 唐突にユージンの持っていた携帯の音が鳴った。彼は電話に出て少し話をすると、すぐ俺達へと向き直った。

 

「あっ、ちょっと呼ばれちゃったッス。すぐ戻ってくるんで、しばらく自由に見学しててくださいッス!」

 

 そう口早く説明した彼は俺達が出てきたドアへと走って行ってしまった。

 千冬と2人きりになった俺は、レールキャノンから離れて対艦用の小さな……それでも俺より全然巨大なレールキャノン、おそらく対艦用か対地用の物が取り付けられる予定の砲座を見上げる。砲身のないそこには台座に窪みがあるだけで、何もない。

 

「千冬姉、束さんは俺達に何を理解してほしかったのかわかる?」

 

 彼女はしばしの無言の後、何事もなかった様に答える。

 

「さあな。あいつの考えてる事など宇宙の様に計り知れん」

 

「嘘でしょ」

 

 俺は彼女の答えをバッサリ切り捨てる。千冬の顔が少しビクついた様な動きでこちらを見てきた。

 

「コレだけ見せつけられたら、答えのひとつやふたつぐらい想像つくでしょ。少なくとも俺はそこそこの確信のある答えが出てるよ」

 

 また少しの無言の後、彼女はため息を吐いた。もう俺に誤魔化しは効かないと悟ったのだろう。

 

「……ISの元々の運用は知ってるな?」

 

「あぁ」

 

「あいつはまだ諦めていないのかもしれんな……」

 

「そもそも、最初から諦めてなんてないんじゃない?」

 

「かもな。私はあいつの夢を叶えるために全てを賭けた。それでも、まだ果たせてない……。私はとっくに諦めたつもりだったが……あいつはまだ自分の夢を叶えようとしているんだ…………例えそれが世界を巻き込む結果になったとしてもな……」

 

 俺はドックの天井を見上げた。当然空は見えないのだが、その先に続く遠い宇宙を想像して、俺は白式の付いた左手を伸ばす。

 

「無限の成層圏へか……」

 

「一度は見向きもされなかった技術の癖に、今はこれだ。私だって……恨むに決まってる……」

 

「ただ、それでも束さんは……ここの人達に可能性を賭けたんだ……」

 

「あぁ……まさか、こんな事をしてるとはな……」

 

 そこまで話している最中に艦橋のドアが開いてナターシャが現れた。彼女は手を振りながらこちらはと歩いてくる。俺と千冬は一度だけ互いに目を合わせた後、何事もなかったかの様に振る舞いながら彼女の方を見る。さっきユージンの言っていた言葉を思い返しながら、俺は頭の中で言葉を整理していく。

 目の前で来たナターシャは辺りを見回す。案内役がいなくなってるからだろう。

 

「ユージンはどうしたんだい?」

 

「なんか急用で呼ばれたぞ」

 

「まぁ、すぐ戻ってくるって言ってたから、私達は特に止めなかった」

 

 俺と千冬の答えに、彼女は納得したようだ。

 

「そうか。で……どうだね、我々の技術は」

 

「いや、ビックリしたよ。男のIS整備士がいるなんて」

 

 敢えてレールガンの事には触れず、俺は率直に思った感想を先に告げる事にした。

 

「ISは動かせる人間が決まってる以上、本来なら女性の方が都合が良いからな……だが、工場のスタッフは彼の才能に目をつけたようだ」

 

「へぇ……そいえば、出身は?」

 

 それを聞いた途端、ナターシャは一瞬だけ言葉を詰まらせるも、少し顔をうつむかせて答えた。

 

「あの子は……ソマリア内戦の生き残りさ……」

 

「は?」

 

「モガディシュ以来の介入でね……まだアラスカ条約が締結する直前の時期だった。軍は秘密裏にISを実戦投入したんだ。その戦闘力を推し量るためにね」

 

「………………」

 

「結果は圧倒的だった。エネルギーシールドを破る事のできない民兵を相手に、ISは一方的な破壊力で蹂躙していった。内戦が終結するまで、大した時間はかからなかった……」

 

 ナターシャの視線は、俺達には合わなかった。ただ遠い虚空を見つめる彼女を見て、俺は彼女がその戦場にいた事を悟る。

 

「その時だ。ユージンに出会ったのは…………彼は敗残兵の1人で、偶然ISに乗った私達に出会ってしまった」

 

「待て。アイツ肌白いぞ。なんでソマリアなんかにいたんだ?」

 

「彼はテロリストに拉致されて、兵士にされたのさ。別の国からね……元々どこの国出身なのかも、彼にはわかっていないんだ……」

 

 彼女の話を聞きながら、あの笑っていたユージンを思い返す。不幸のフの字も知らないような顔してただけに、その過去との差に俺は思わず顔をしかめた。

 

「彼に会った時はもう戦争は終結してしまっていた。初めは証拠隠滅の為に殺すつもりだったのだが、私達を見て恐れるどころか目を輝かす彼をどうしても殺せなくてな…………迷いに迷った挙句、彼にアメリカの国籍を与えて、ここの技術士官に所属させた。以来、彼は軍の技術部門では欠かせない存在になったんだ」

 

「アラスカ条約を作ったのはお前達の国だってのに……よくもまぁ、そこまで好き勝手やってくれたわけだな」

 

 若干呆れ気味に話す千冬。だが、その視線には静かな怒りが含まれていた。

 

「あぁ、それもその条約も今、改正されようとしている。そうなったらもう、ISの開発は歯止めが効かなくなる……」

 

「それが進めば兵器の削減……とやらにもならないだろう。冷戦時代のロケット開発競走が、今度は世界中で始まるぞ」

 

 ISが軍用化されたところで兵器は減らない。むしろそのISを倒すための兵器を作り出すに決まってる。

 

「問題なのはISの開発じゃなくて、IS用の兵器の開発だ……」

 

 俺はまたレールキャノンを見上げる。コイツに撃たれたら白式を纏っててもただでは済まないと、考えるまでもなかった。

 

「対IS用の兵器もな。このレールキャノンもだ。ロケットのスタッフ達はこんな事のためにコイツを作ったわけじゃないだろ」

 

「わかっている。だが、技術と軍事は表裏一体さ。それに、これが上が決めた事なら、私達には逆らえない……」

 

「わかっていたなら何であんたは──

 

 

 

 俺の言葉は爆発に煽られて、最後まで話せなかった。

 

 

 

 聞いた事のある様なない様な、篭った爆発音。船の上だからか地鳴りは感じなかったが、ドック全体が大きく揺れた。壁や天井から金属の軋む嫌な音が、衝撃波の如く響き渡り、思わず両手を耳に押さえながらしゃがみ込んだ俺は、千冬に向かって叫んだ。

 

「千冬姉ッ!!!」

 

「ッ……!!」

 

 パラパラとドッグの砂埃やら破片やらが頭に降りかかる。その直後には風を切り裂いてゆく音と、止めなくしばき倒す音。ヘリと戦闘機が飛ぶ音が聞こえる。

 しゃがんでいるナターシャが、胸元から取り出した小さな無線機に向かって叫ぶ

 

「こちらナターシャ。外で何が起こっている!」

 

『しゅ、襲撃ですッ!! 所属は不明! ドックと格納庫を狙っていますッ!!』

 

 続いて小さな爆発……それでも大きいと思うが、先程よりは規模の小さな爆発が数回連続して聞こえた。基地全体にまで響き渡るほどのサイレンが鳴り響く。

 俺の白式のレーダーが警告を鳴らした。2つのIS反応が現れたからだ。

 

「IS反応……!!」

 

「一夏ッ! ISが来る! 施設内で暴れられたら被害が増えるどころじゃなくなる!! 海側まで誘き寄せろ!!」

 

「くっ、了解ッ!!」

 

 返事をしたその直後、俺達のいるドックの天井で爆発が起こった。炎と同時に吹き飛ばされた大小様々な鉄骨が金属の音を立て、槍の雨になって上から降り注ぐ。

 

「くッ!」

 

「危ねッ!!」

 

 咄嗟に俺は白式を展開し、千冬とナターシャをしゃがませて上から覆い被さるようにして彼女達を抱きしめると、そのまま生身である2人の負担にならない速度で飛翔して艦上から飛び降りる。飛び出した直前の場所には、人間なら即死サイズの鉄骨が落下し、歪な音を立てて戦艦の床を凹ませる。

 すぐに俺はドック内の鉄骨の降ってこない床に着地して2人を降ろすと、そこからの行動は早かった。

 

「一夏ッ、さっき言った通りだ! 行けッ!!」

 

「私もすぐ向かう!! それまで持ちこたえてくれッ!」

 

 ナターシャと千冬はドッグの外へと走っていった。

 俺は白式で飛翔すると穴の空いたドッグから飛び出し、レーダーの反応の先を見遣る。目標のISは空中で静止していた。

 

「……ッ!」

 

 レーダーの示した通り、ISは2体いた。だが、その機体の姿形は学園の中、各国の資料、ましてや『俺』がテレビ画面でこの世界を見ていた時にすら見た事のないISが、海風の乱れる空の中に並んでいた。

 

 片方は、セシリアのブルー・ティアーズよりも更に色の濃い青で塗装されたISだ。昆虫を模した細身な逆関節の脚と背中から四方に大きく広がった蝶の形をした浮遊ユニットのブースターを付けていた。ISの身の丈を超える大きさのライフルを右手だけで構え、触覚付きのバイザーに隠された顔は下半分しか伺えないが、その口元は僅かに笑みを浮かべている。そして、そこから窺える顔つきはラウラよりも幼く見えた。

 

 もう片方のISは、一方より随分と派手な印象を受けた。まず装甲全体の色がメタリックの金色なのだ。巨大な両腕の手の甲の部分に合体している浮遊ユニットらしき物には禍々しい赤紫色をした大きな球体が中で溶岩が流れているかのように光り唸っている。鉤爪の付いた両手足と長い尻尾には金の装甲板が鱗の様に繋ぎ合わさって、まるで縞模様の蠍に見えた。バイザーは頭から顎まで真っ黒で表情は窺えないが、機体とほぼ同系色をしたISスーツの身体つきから察するに20〜30代ぐらいの女性だった。

 

 白式が勝手に2機のISを解析するが、視界の画面には『Unknown』と表示されるだけ。つまりあのISはこの世界の公式の記録にも存在しない機体のようだ。

 

『初めまして、織斑 一夏くん。会えて光栄よ』

 

 変声機を使っているのか、若干ノイズのかかった女の声が金のISから聞こえた。本当に初めましてなのかも怪しかったが、嘘は言っていないような気がした。

 俺の名前を知っている事に関してはそこまで重要じゃない。これでも全世界に名は通っている自覚はある。

 問題は相手の目的は何なのか。狙いはこの基地か戦艦か、俺か千冬か。生け捕りにするのか、それとも殺しに来たのか。そして、この襲撃は束さんと関係があるのかどうかだった。

 

「そりゃどうも。で、俺にいったい何の用なんだ? それとも、目的はこの基地か?」

 

『両方♪ フフッ、でも私達のする事に手を出さないのなら、貴方に危害は加えないわ。貴方の姉にもね』

 

『なッ!? どういうつもりだスコールッ!!』

 

 意外にも優々とこちらの目的を答えてきた金のISの女。名前は『スコール』と言うらしい。隠す気などないのだろうか、それとも偽名か。原作では聞いた事のない名前だ。

 しかし、彼女の言葉を聞いて、隣の蝶のISの少女が激昂する。まるで最初から話など聞いていなかったかのようだ。

 

『エム、私達の作戦を忘れちゃ駄目よ? まだ……その時じゃないんだから』

 

『だがッ…………クッ!』

 

 『エム』と呼ばれた少女は口元をギリリと噛み締めると、ライフルを持っていない左手に青白い粒子を集結させてガトリングの様に銃身がいくつも並んだ武器を展開する。

 向こうが何を考えているのかはわからないが、この出会いは偶然ではなさそうだ。そこまで判断して俺は直立不動のまま右手に雪片を展開し、静かに構える。

 

「悪いが、ここには俺と姉以外の関係者もいるんだ。黙ってるつもりはないな……!」

 

 俺はそう宣言したが、視界の隅に映る白式の残りエネルギーを見ながら、さっきのイーリスとの戦闘を思い返していた。ここに来るまでかなり本気で暴れてしまった事に後悔しても、もう遅い。スコールは呆れた様に、それでもどこか機嫌の良さ気な口調で話す。同時に彼女のISの周りから火の粉の様な赤い粒子が舞い始める。

 

『なら……残念ね。いいわ、世界で唯一の男の実力……見せてもらおうかしら♪』

 

『覚悟しろ……お前を殺して……やっと私は……ッ!』

 

 エムは持っている二丁の銃口を俺に向けて、不敵に笑って見せる。その懇願にも似ている口振りは、まるで俺に個人的な恨みでも持っているかのようだ。

 

『エム、彼の身体には利用価値があるわ。確実に生かしておきなさい』

 

『フンッ、言われなくてもわかっているさッ!!』

 

 最後にエムがそう吠えたその瞬間、彼女の蝶のISがイグニッション・ブーストで俺へと突進してきた。俺の白式や、箒の紅椿と互角に追いつく凄まじい速度でだ。

 

「ッ!?」

 

「喰らえッ!」

 

 俺も咄嗟にイグニッション・ブーストで距離を離そうとするが、蝶のISはそのままイグニッション・ブーストの向きを捻って方向変換すると、再度のイグニッション・ブーストで突進しながらその手に握っていたライフルとガトリングガンを俺に向かって乱射した。

 

「は……ッ?」

 

 その一瞬の衝撃的な操縦技術に俺が驚愕した直後、幾重もの光線が俺と白式に降りかかる。奴の左手に持つガトリングガンから放たれているのは実弾ではなく、閃光の瞬く青白い光線。ガトリングでレーザーライフルのようだ。

 そのぶち撒かれた光線の弾幕を突破する推進力は白式にはない。

 

「ぐっ、ぁッ!!」

 

『どうしたッ! もうお仕舞いかッ!!?』

 

 弾幕で吹き飛ばされた俺はスラスターで身体を捻って体勢を立て直し、再び降り注ぐレーザーの弾幕を回避しようとするが、エムはISで三次元旋回しながら偏差射撃を当ててきやがる。明らかに操縦技術の差が向こうは上だった。

 

「グッ! クソッ!!」

 

 レーザーを受けながら無理矢理発動させたイグニッション・ブーストで大きく回避しようとするも、すぐにエムは俺の動きがわかっていたかの様に照準を俺に合わせてくる。しかも高速で移動しながらだ。

 俺は先程の彼女が行っていた、イグニッション・ブースト中に身体を捻って方向変換する真似を実行した。

 

「ぐぅッ!! ぅおォォッ!!!」

 

「んっッ!?」

 

 身体が千切れるかな様な不快感を覚えたが、一瞬だけエムの気を逸らす事に成功していた。俺はそのまま零落白夜とイグニッション・ブーストを同時に発動させて、エムを斜め一閃に叩き斬る。

 

「ラァッッッ!!!」

 

「ぐぅッ!!?」

 

 手応えはあった。しかし、俺が雪片で捉えたのはIS本体ではなく、ISの装備していた二丁の銃身だった。無理矢理イグニッション・ブーストで身体を捻って突進するなど、慣れない事をしたせいで手元が狂ったのだ。

 斬り裂いた二丁の銃はエムが投げ捨てた数秒後に爆発し、破片となって落ちていく。それを見届けた彼女は上機嫌で振り返ると、俺の方を見下す。

 

『フンッ、やるじゃないか。こうじゃなきゃ張り合いがないからな』

 

 ニヤニヤと口元を歪めるエム。向こうはまだ本気を出していない事に、俺の焦りが募る。

 エムはさっきとは別の大型なレーザーライフルを展開して両手で持つと、彼女のISの羽の部分からブルー・ティアーズのBTよりもひと回り小さなユニットが6基、四方八方に展開して放たれた。

 

「オイオイ……冗談だろ?」

 

 思った事がそのまま口に出ていた。その動きといい何といい、ブルー・ティアーズのBTそのものだ。しかも彼女は6基。今の攻撃にBTまで加算されたら勝算はほぼない。

 

『そうだ……もっと私を楽しませてみせろ……ッ! お前の悲鳴を聞かせてみせろォッッ!!』

 

 エムが叫び上げたその瞬間、彼女のBTモドキはセシリアのBTとは比べ物にもならないぐらい、複雑過ぎる鋭角起動を描き始めた。

 一直線に高速移動し、一瞬だけ停止した後、再び同じ速度で別方向に移動。その軌道はまさにファンネルそのもの。

 

「なっ!?」

 

『死ねッ!!』

 

 呆気に取られた時にはもう俺はBTモドキに取り囲まれ、四方八方からレーザーによる射撃を受けていた。

 

「がッ……ぐぉッ!!?」

 

『フハハハハハッ!! 手も足も出ないかっ!』

 

 上下左右どの方向に逃げてもレーザーが命中する。BTモドキの動きは早すぎて雪片で斬りつけるどころか、ロックオンで捉える事すらできない。ブースターに攻撃を受けているせいでイグニッション・ブーストする隙も貰えない。

 瞬く間にボロボロになっていく俺に対して、エムは高笑いをしながらBTを操作してる。セシリアですら動かしている最中は口数が減るってのに、明らかに異常だ。

 BTモドキの性能が狂っているのか、それともあの女の頭が狂っているのか、両方を考えながら、俺は四方八方から飛んでくるBTを回避しようとする。スラスターで螺旋回転しながら、足の裏と浮遊ユニットのメインブースターをフルスロットルで噴射し、さながらドリルにでもなったかのような動きで、エムより上に舞い上がる。飛び交うレーザーが命中しても、回転している白式の装甲に弾かれてダメージは軽減されている。そして、その合間にイグニッション・ブーストの溜め込む事に成功した俺は、回転を緩めてエムに狙いを定めたと同時にイグニッション・ブーストを発動させた。

 

「らァッ!!」

 

 今度は俺がエムへと猛突進するも、彼女は回避する素振りも見せずに嘲笑した。

 

『ハッ、BTを使っている間は無防備だとでも思ったかッ?』

 

 そう言って彼女はBTモドキのレーザーを止めると、持っていたレーザーライフルでレーザー発射した。

 放たれたのはレーザーライフルを超えるような爆音と鳴動、通常のレーザーライフルの倍以上の太さを誇る、稲妻を纏った光線だった。

 速度も凄まじく、回避する隙もなかった俺はモロに極太レーザーの直撃を受けて、意識がトんだ。大爆発と同時に無防備に大きく吹き飛ばされる白式と俺。だがそれでも雪片は手から離さなかった。意識が戻った俺はそのまま空中で後転して再びイグニッション・ブーストでISに急接近を仕掛けた。

 

「アぁぁあぁァァッッッ!!」

 

 零落白夜を発動し、雄叫びを上げてエムに斬りかかる俺だったが、彼女は真っ直ぐ捉えた俺をほんの少しの後退で雪片の斬撃を避ける。そして俺が再度斬りつけようと動かした雪片を掴む白式の腕を、エムのISは絡み取っていた。

 

『甘いな。ハアッ!!』

 

 そのまま彼女は俺と白式をスイングすると、最後に上空へと放り投げる。俺が空中で静止して彼女の方向を見た時にはもう、彼女は俺の背後に回り込んでいた。そして、ISの脚とイグニッション・ブーストの合わさった勢いで、思いっきり蹴り飛ばされていた。

 

「ぐあぁぁぁッッ!!」

 

『行ったぞ、スコールッ!!』

 

 蹴り飛ばされた先には、それまで戦闘に参加していなかったスコールのISが待ち構えており、彼女のISの尻尾の先端が五方に開いたかと思うと、それは大きな返し刃の付いた鉤爪へと変形したのだ。

 

「ッ!!?」

 

 それを見た俺は咄嗟に後退して回避しようとしたが、巨大な掌の様に伸びた尻尾は白式と俺をガシリと捕まえた。

 

「んーー!! ンん〜〜〜!!!」

 

 無我夢中でイグニッション・ブーストを連発するも、鉤爪は装甲の隙間に喰らい付いて全く離れない。そのままぶん回される様に俺は黄金のIS操縦者の前に引っぱり出された。

 

『捕まえた♪ エムにあれだけ抵抗できたのは、アナタが初めてかもしれないわね』

 

 眼前で拘束された俺の首元を撫で回しながら、スコールは嬉しそうな口調で俺を覗き込む。真っ黒なバイザーに目と鼻の先まで近づいても、表情は見えなかった。

 

『フンッ、世界で唯一の男も大した事はないな』

 

 エムはライフルを収納し、BTモドキを羽に格納しながらスコールの隣に並び、勝ち誇った様に腕を組んで俺を見下す。すでに白式はズタボロだが、まだ負けたつもりはない。なんとしてでもこの鉤爪の拘束から抜け出そうと、俺は握っていた雪片の零落白夜を自身に接触している状態のまま発動した。

 鉤爪の間から白式そのものが白光しているかの様に光が溢れ、白式の装甲と金色のISの鉤爪が粒子に飲まれてボロボロと壊れ始める。

 

『あらっ?』

 

『なッ! 悪足掻きのつもりかッ!』

 

 だが、蝶のISはBTモドキを起動させると俺の後頭部と腕や足へ正確にレーザーを撃ち込む。焼けつく様な痛みで、集中力を切られた零落白夜の発動が無理やり停止させられ、白式の光が消えていった。

 

『往生際の悪いヤツだ。スコール、さっさと終わらせろッ!』

 

『そうね。じゃ、おやすみなさい♪』

 

 笑みの混ざった声色で彼女がそう言った次の瞬間、彼女のISの尻尾の中心からゼロ距離で発射された真っ赤な熱線が鉤爪ごと俺を包み込んだ。

 高温なんてレベルじゃなかった。シールドバリアを通過した灼熱が、俺の吹き出した汗を一瞬にして蒸発させ、肌が一気に焼け付いた。

 

「ぁあ熱い!! ぁ熱い!! 熱い、熱い!!! 熱い熱い熱い!!! ぁあああぁああぁぁあああああぁああああ!!!!!」

 

 俺の叫び声も炎の中に飲み込まれた次の瞬間、一発の銃声と同時に俺に喰らい付く鉤爪の抵抗が消えた。目を開けると、黄金のISの尻尾は真ん中辺りから千切れていた。

 

『ッ!?』

 

「ッ!!?」

 

『なッ!? どこからだッ!!?』

 

 俺はすぐさま目の前のスコールの纏うISを蹴りつけて距離を離すと、高温になった鉤爪を身体から引き剥がし、落下しながら海に投げ捨てた。そのまま宙返りして海へ向かって落下しながら、俺は鉤爪を撃ち抜いた正体を探す。そこに白式から無線が流れ込む。

 

『一夏くん!!』

 

 海面を切る様にして滑走しながら俺のもとに近づいてきたのは、ついさっき格納庫で見たハイヒール型のISを身に纏ったナターシャだった。そのISの片手には大型のスナイパーライフルを構えている。

 俺は白式の体勢を直してメインブースターを噴かし、突進するかの様に滑走するナターシャと並走する。

 

「遅れてすまない……大丈夫か?」

 

「ッ……ハァ、ッ……ハァ……だ、大丈夫です。ベストタイミング、ッ……ですよ……」

 

 息を整えながら俺は彼女にサムズアップを見せる。向こうがどう受け取ったから知らんが、少なくともまだやれる事は意思表示した。

 

「そうか、頼もしいな。相手の様子はどうだ?」

 

「狙ってるのは俺とこの基地って言ってました」

 

「会話したのか!?」

 

「えぇ。でも言葉は通じても、話が通じる相手じゃない!」

 

 不明IS2機を中心に距離を取るが、彼女達の視線はまだ俺達を見ている。エムのISが再び武器を展開して構え直した。

 

『チッ、邪魔が入ったか……スコール、目標に変更はナシだな?』

 

『えぇ。ハァ……簡単な作戦だったのに……今度は私も、手を出させてもらうわ!』

 

 2機は左右に分かれて俺達を狙い始めた。奴等との距離がみるみる詰められていく。

 

『テスト機が1機増えただけでは、私は倒せんなァ!』

 

 イグニッション・ブーストで俺達との距離を詰めながら疾走するエムの構えたレーザーライフルから、再び極太レーザーが発射された。

 

「捕まれ一夏くんッ!!」

 

「くっ!!」

 

 進行方向上の海面に着水したレーザーが爆発を起こし、俺とナターシャのISはサーフィンの様に大きく吹き飛ばされる。その最中に俺は彼女のISの背中にしがみ付き、ナターシャは吹き飛んだ勢いを利用してISを旋回させると、エムのいる上空に向けてスナイパーライフルを発射した。

 

『ぐぉッ!?』

 

 弾丸はエムのISのシールドをブチ抜き、羽の装甲に命中していた。ナターシャはそのまま旋回してまたエムに背中をむけて着水し、俺を背負ったまま海面を滑走する。

 

『クソッたれッ!』

 

「一夏くん、コレを!」

 

 エムの怒号が聞こえ、欠けた羽から再びBTモドキが射出される。それを見たのと同時にナターシャから中途半端に展開された粒子の塊を渡された。返事もしないで俺は雪片を収納してそれを受け取ると、塊は大型の機関銃へと展開されていった。

 俺はすぐ重機関銃を両手で構えてエムに向けて乱射するも、BTモドキにはまったくもって当たらずに散開される。そのまま多角的な鋭角軌道を描きながら俺の弾幕をいとも簡単に回避して、ほぼ真っ直ぐ疾走する俺とナターシャを取り囲んでいく。

 

「くっ!!」

 

「またッ!」

 

「くらえッ!!」

 

 叫び声と同時に一斉に発射された自律兵器からのレーザー。進行方向を妨害するかの様に撃ち込まれた光線を、ナターシャはスラスターを噴かしてISの軌道を変え、着弾スレスレで回避していく。

 

「どこまで持つかな!?」

 

 彼女の集中力にも限界がある。放たれるレーザーが機体を掠り始めた。俺も重機関銃の弾丸をばら撒き続けるも、BTモドキにはまるで当たらない。あんなモノ、ニュータイプにでもならなきゃ無理だ。

 

『BTばかり気に取られちゃダメよ』

 

「ッ!?」

 

「何ッ!?」

 

 その放たれるレーザーの間を抜けて並走するかの如く迫り来る、スコールの金色のIS。味方がBTで撃ち込んでいる中に悠々と入り込んでくる狂気と、それなのに一切レーザーは彼女に当たろうとしないエムの技術に、俺とナターシャは動揺を覚える。

 彼女はISの手の甲の球体を俺達に向ける。赤黒い球体から真っ赤な粒子が唸り上がり、彼女の掌に集結したそれは業火の大球となって俺達へと放たれた。

 

「うわッ!!」

 

「い、一夏くんッ!」

 

 海面を蒸発させながら飛んできた火球は回避したが、飛び上がってしまった俺は滑走していたナターシャと離れてしまう。重機関銃を落とさないように握りしめて追いつこうとするも、その俺の眼前をレーザーの凄まじい閃光と大量の水飛沫が遮る。

 

『死ねッ!!』

 

 エムが後ろからレーザーライフルで狙ってきていたが、俺は舞い上がった水飛沫の中に紛れ込み、そのままブースターを止めて水中に沈んだ。

 

『なっ、いないッ!? ハッ!!』

 

 彼女にカンづかれるのは早かったが、その時にはもう俺はイグニッション・ブーストで水中から飛び出し、展開した雪片を逆手に持って斬り上げていた。

 

「ラアぁぁぁぁぁッ!!!」

 

『グぅッ!』

 

 懐に飛び込みざまに放った斬撃は、レーザーライフルを切断してエムのバイザーにヒビを入れた。雪片の剣先が、ガリリとガラス質のバイザーを削り、破片を散らせる。

 切断されたレーザーライフルが青白い稲妻を放って爆散し、互いに吹き飛ばされる。

 

「だあぁッ!!」

 

『グあぁッ!! この……ッ!』

 

 エムは爆風に煽られながらもISをスラスターで反転させ、すぐさま俺に突撃しながら両手に青白いレーザーブレードを展開する。直刀の様に真っ直ぐ伸びた光を刃を交差させ、爆速で俺に迫る。

 

「くッ!」

 

 俺も吹き飛ばされて天と地を逆さまにしながら雪片を収納しつつ重機関銃を構えて乱射する。エムの方が動きが早かったが直線的だったから、射撃の良い的だった。

 野太い金属音と大口径の銃声を響かせ、白式全体を震わせるほどの振動を伝わらせながら機関銃が火を噴く。鉄のリンクと薬莢を海にバラ撒きながら放たれる秒速何十発の弾丸がエムのISを真正面から撃ち砕いた。

 

『ぬがぁぁぁぁぁぁあッッ!!?』

 

「死ねゴラァぁぁぁぁぁぁッッ!!!」

 

 爆音と爆発に飲まれた彼女のISはシールドを砕かれて弾丸が装甲に到達し、灰色の煙とオレンジの火花による小さな爆発を連続して起こす。このまま弾切れを起こすまでトリガーを引きっぱなしにするつもりだったが、それは横から飛んできた火球に機関銃ごと押し飛ばされて制止させられる。機関銃は爆発して、俺は爆炎に飲み込まれながら海面に墜落した。

 

『一夏くんッ!!!』

 

「ゲホッ! ゴホッッ!!」

 

 通信回線からナターシャの悲鳴が聞こえた。すぐに海中で意識を取り戻した俺は白式で海面から飛び出したが、そのすぐ目の前から真っ赤な炎の塊が蛇の様に唸りながら俺に迫っていた。

 

「うおぉぉッ!!?」

 

 身体を捻って炎の直撃を躱しながら雪片の零落白夜を一瞬だけ発動させ、炎をぶった斬って拡散させる。

 飛んできた方向には業火を纏わせた手を前に突き出し、空中で静止するスコールのISがいた。

 

『ごめんなさい。少し侮っていたわ、アナタの事』

 

 そう冷淡に言いながら今度は彼女の手の平から流動の爆炎が連続して放たれる。

 それを防いでいる間に、エネルギーシールドを貼り直してBTモドキを回収したエムがナターシャの隣に並ぶ。機関銃の弾丸が命中した装甲には弾痕が数発残っているが、まだ致命傷にはなっていない。

 

『エム、まだ動けるかしら?』

 

『フンッ、舐めるなよ。まだ擦り傷だ!』

 

 荒々しく答えながら再度両手にレーザーブレードを展開するエム。どうやら射撃武器はもう持っていないようだ。しかし彼女にはまだBTモドキがある。

 

『ふんッ!!』

 

 突っ込んでくる彼女の周囲から6機のBTモドキが放たれ、複雑な鋭角軌道を描いて俺を取り囲む。その奥からはスコールのISが炎の矢をバラ撒くが、ナターシャがスナイパーライフルで妨害する。

 

『クッ!』

 

「させないッ!」

 

 2人が沖合で互いに撃ち合いを始めた今、俺を妨害するのはエムのBTモドキだけ。アレを叩き落とすのは今の俺にはできないが、誘導する事ならできる。

 BTモドキから直線で逃げるには福音ぐらいの速度がなきゃ無理だ。それよりも懐に入り込んだ方が有利だと思っている俺は、イグニッション・ブーストで突進してくるエムに急接近を仕掛ける。

 

『喰らえッ!!』

 

「らァッ!!」

 

 レーザーブレードと雪片が激突し、互いに大きく弾かれても俺はエムに再度突撃する。これでBTモドキは撃ってくるタイミングを制限される。さすがの彼女も自分にBTモドキのレーザーを受けたくはないだろう。

 ナターシャはスコールの炎に翻弄されて動けない。だが、こちらは白式が一番得意な近接戦に持ち込めた。

 

「フンッ!!」

 

 鍔迫り合いになった俺は、スラスターの勢いと合わせて彼女を押し飛ばす。

 すると突然、バズーカの射撃音によく似た音と同時にエムとISが爆発した。

 

『グァッ!!』

 

「えっ!?」

 

 俺が素っ頓狂な声を漏らした直後、軍港の湾内に停泊していた駆逐艦が1隻、2門ある主砲を発射すると同時にミサイルサイロから次々と煙を上げてミサイルを吐き出す。白い線を描くミサイルはエムのISへと高速で飛び込んでいった。

 

「よせッ!! 無茶だッ!!!」

 

 すぐにナターシャは通信回線越しに叫んでいたし、俺も無茶苦茶だと思っていた。あんな鈍重で巨大な的なんかにISが撃ち落とせるワケなかった。

 

『ッ!! 雑魚が……邪魔をするなァッッ!!!』

 

 主砲の攻撃を喰らっても彼女のISは致命傷には至らなかった。激昂しながらエムはBTモドキで飛来するミサイルを撃ち落としながら後退軌道を描くと、動かしていたBTモドキを全て駆逐艦に襲い掛からせた。

 

「クッ!」

 

 俺はすぐさまエムに斬り掛かるも、彼女は悠々と俺の雪片を受け止める。その間にBTモドキは駆逐艦に接近しながらレーザーを放っている。

 駆逐艦から一斉にCIWSがバラ撒かれるもBTモドキにはまるで当たらず、瞬く間に艦の周囲を取り囲むと次々とレーザーが発射され、武装や艦橋を滅多撃ちにし始めた。

 

「あぁぁッ!!」

 

 ナターシャが悲鳴を上げた直後、駆逐艦は岸壁も巻き込んだ大爆発と同時に真っ二つに割れて海へと沈んでいく。

 

『ハハハハハッ!! あまりにも脆いなッ!』

 

 エムは吹き飛んだ駆逐艦を見て高笑いをしていたが、その隙を狙って俺がイグニッション・ブーストで斬りかかるも、スコールのISから放たれた炎に阻まれる。

 

「くッ!」

 

『エム、下よ』

 

「おっと!」

 

 俺に気がついていなかったのか、エムは見下ろしながら滑る様に降下してレーザーブレードを俺に振るう。BTモドキが離れた今が一番の攻撃の機会だったが、それはすぐそばまで接近されていたナターシャのISから振われた炎の鞭の様な武器に阻まれた。

 

「熱ッ!!」

 

 雪片に巻き付かれた鞭を零落白夜で無理矢理排除しつつ、エムからの容赦ない斬撃を紙一重で回避する。そうしている間にナターシャが援護射撃をしてくれたので、俺はイグニッション・ブーストで後退しながら滑走している彼女と合流する。お互いに一旦は距離を離し、体勢を立て直す。

 

「大丈夫かい、一夏くん」

 

「えぇ……」

 

 俺は平気を装ったが、白式から示されている残りエネルギーはもう8割を切っていた。もうイグニッション・ブーストも零落白夜もタイミングを考えるべき残量に、俺の焦りはもう隠せなくなっていた。

 

「相手はこちらよりも上だな。何もかも……」

 

 全くだ。2対2だってのに実力も性能もひと回り以上も差がある様に感じられる。それに向こうはエネルギーもまだまだ余裕がある様に見える。このままではエネルギー切れを起こすのは明確だった。

 俺はプライベート・チャンネルをナターシャに繋げる。

 

「ナターシャさん。白式のエネルギーが尽きそうです……」

 

「……イーリィとはしゃぎすぎたね。さっき別の基地からISの部隊を増援に要求してある。それまで耐えれるな?」

 

「はい、耐えてみせますよ」

 

 そこまで話していた直後、急に回線の中にスコールの声が紛れ込んできた。

 

『久しぶりね、ナターシャ』

 

「ッ!? ……何故私の名前を?」

 

 名前を呼ばれたナターシャは思わずISを静止させ、スコールの方を睨みつける。俺も通信回線を切って彼女との関係性を探る。

 

『覚えているわ……まだ貴方が士官だった頃から見ていたんですもの』

 

「貴様……何者だ……ッ!!」

 

 ナターシャは声を荒げるも、スコールは気にもせずただ不敵な笑い声を響かせる。

 

『フフフッ……自分のペースを乱されると本性が出ちゃうのも相変わらずね』

 

 そこまで言われたナターシャは一度は言葉を詰まらせるも、すぐに冷静に話をし始めた。

 

「……私を士官から見ているという事は、貴様は軍の関係者だった可能性が極めて高い。なんとしてでも拘束する!」

 

『フフン、やってご覧なさい……できるものならねッッ!!!』

 

 そう言いながらスコールが両手を掲げると、そこにISを優に超える大きさの火球を作り出し、俺達に向かってブン投げてきた。

 

「ッ!?」

 

「ッ!!」

 

 俺とナターシャは左右それぞれの方向に回避して火球を躱す。海面に着弾した火球は海水を蒸発させながら大爆発を起こし、蒸気と炎が舞い上がる。俺は迎撃の体制に移ろうとするも、すぐエムのBTモドキが俺とナターシャに襲いかかってきた。

 

「クソッ!!」

 

「クッ、これでは……ッ!」

 

 ナターシャと俺でそれぞれ3機のBTモドキが、あっちこっちからレーザーを発射する。先ほどよりは攻撃の圧は低いが、それでも避けづらい事には変わりはない。

 もう一度接近して近接戦に持ち込もうかと考えた不意に、雑音の多い通信回線から知らない男の声が聞こえた。

 

『大尉っ! ナターシャ大尉、聞こえてますかッ!?』

 

「んッ!? 誰だ!?」

 

 俺はレーザーを回避しながら周囲を見回して発信源を探す。回線先はさっき轟沈した駆逐艦とは別の、湾外に停泊していた駆逐艦からだった。

 

『こちらミサイル駆逐艦《バーチェス》です! 貴方達を援護しますッ!!』

 

「はぁッ!?」

 

「よせッ! さっきの駆逐艦みたいになりたいかッ!!」

 

『貴方達が倒れたらこの基地は絶対に守れない! なら、今この瞬間に全戦力をぶつけるべきだ!!』

 

 向こうはもう腹を括っているようだ。しかももう駆逐艦はゆっくりと動き出している。

 

『今から送る座標の位置にあのISを引きつけてください!』

 

「無茶言いやがって……ッ! おらァッ!!」

 

「くッ!」(コイツ……BTの動きに追いついてきてやがる!?)

 

 BTモドキの攻撃を回避しながら、俺はエムに接近して雪片を振るう。送られてきた座標のデータが白式のイメージ・インターフェースで俺にもわかる様に視覚化される。地図にエリアが示され、視界の海に半透明の壁の様なものが見える。

 

「一夏くん、離れてッ!」

 

 そう叫びながらナターシャはISの背中に金属の箱の様なモノを展開すると、カパリと開いた蓋の中からミサイルを連続で垂直発射させる。海面を滑走しながら断続的に放たれるミサイルは空高く上昇し、エムとスコールを狙って飛来する。

 

『クソッ!』

 

『くッ!』

 

 エムは攻撃に回していたBTモドキを呼び戻してミサイルの迎撃に使うも、まだ俺は彼女に斬り掛かっている。ナターシャのISから放たれたミサイルがレーザーの迎撃をすり抜けてエムに接近するも、彼女は身体を捻って回避しながらレーザーブレードでミサイルを切断する。その半分が俺の白式の装甲を掠って飛んで行き、爆発した。

 

「一夏くんッ!!」

 

「わかってるってェッ!!」

 

 危ないのはわかってる。俺は最後になるイグニッション・ブーストを発動し、その勢いでエムを蹴り飛ばした。吹っ飛ぶ彼女を座標の範囲内に押し込んだのを確認すると、逃げ出さない様に残り僅かなエネルギーで更に追撃をかける。

 スコールはミサイルを迎撃している間に、自ら範囲内に入っていった。ナターシャはそこから彼女を出さないように、正確な狙いでスナイパーライフルを連射する。

 

『ぐぅッ!!』

 

「入ったぞッ!!」

 

 蹴り飛ばされてもレーザーブレードを落とさなかったエムは、すぐに俺に狙いを定めてBTモドキを動かす。身体の後ろから飛んできたレーザーをスラスターで回転させて回避しながら、回線に向かって叫んだ。

 そこからの駆逐艦の動きは早かった。

 

『目標を確認。攻撃準備始め!』

 

『目標の座標と距離を再入力』

 

『VLA攻撃用意!』

 

『射線方向クリア』

 

『用意よし!』

 

『全弾発射しろッ!!』

 

『撃て!』

 

 連続して聞こえる無線の最後に、駆逐艦の真ん中辺りの砲台から8発のミサイルが発射されるも、その軌道は非常に遅く、ゆっくりと放物線を描いている。しかも、スコール達に誘導していない。

 エムとスコールがミサイルに気付く前に範囲内から離脱した俺は、もう一度ミサイルの方に振り返って様子を確認する。そこでようやく彼女達はミサイルに気がついたが、自分達を全く狙っていない事に一瞬だけ油断をしていた。ナターシャはミサイルを見て疑問の声を上げた。

 

「アスロックッ!? 対潜ミサイルだぞッ!?」

 

『ミサイル全弾の発射を完了』

 

『2人とも離れてくださいッ!!』

 

『衝撃に備えろォッッ!!!』

 

「ッ!!?」

 

 回線越しに叫ぶ隊員の大声に、俺は本能的に白式を最大出力で噴かして範囲内より更に離れる。

 

『今ッ!!』

 

 瞬間、放たれたミサイルが次々と空中で大爆発を起こし、広がる衝撃波が後退していた俺とナターシャを煽った。

 

「うおぉおぉぉおぉおぉぉぉッッ!!!?」

 

「アスロックを空中で炸裂させるとは……!」

 

 ゴロゴロと空中を転がる俺の真下ではナターシャがスナイパーライフルで身体の正面を遮りながら、爆心地の方を見ようとしていた。

 

『攻撃効果を確認せよ!』

 

『どうだ、やったか?』

 

 暴風が吹き付ける海上で、体勢を直した俺とナターシャは煙に包まれたミサイルの爆心地を観察する。強力な攻撃だったが、今のであの2人がくたばったとは思ってもいない。

 

『それで終わりか? ……相手にならんな』

 

「ッ!」

 

 ノイズ混じりの通信が聞こえると、煙が晴れて姿を現したエムの周りにはレーザーとは別の2基のBTモドキが分厚いエネルギーシールドを張って彼女を防護している。スコールの周りには炎がIS全体を包み込むバリアとなって展開されていた。

 しかし、流石に衝撃波全てを防ぐのは無理があったのか、エネルギーシールドを展開していたBTは唐突に火花を散らして小さな爆発を起こし、展開していたシールドを消失させると、フラフラと安定しない軌道でエムのISの腰部へと戻っていった。スコールの炎のバリアも、役目を終えた様に消えていく。

 よく見ると2機の装甲には亀裂が入っており、完全にミサイルを防ぐ事はできなかったようだ。そしてエムの被っているバイザー、俺が雪片で削った部分から彼女の目が覗き見えた。

 

 俺や千冬と同じ、茶色の瞳だった。

 

 ふと、白式のレーダーに十数機のIS反応が現れた。それは真っ直ぐにこちらへと向かってくる。ナターシャが呼んでくれた増援だろう。それは向こうも感知していた。

 

『もういいわ、エム。データは十分よ。本当ならコアが欲しかったけど……これ以上は面倒な事になるわ』

 

 そう言ってスコールは高く上昇して沖に向かって飛行するも、エムはまだ動かない。バイザーの割れ目から見える視線は真っ直ぐ俺を見下しているのがわかった。

 

『このままお前を殺すのは容易いが……それでは私の気が治らん』

 

 強く歯軋りをする顔の下半分が憎悪で歪んでいた。

 

「お前は、私が完全な絶望に叩き落とし……殺すッ!!! ……それまで首を洗って待っていろ」

 

 そう言い放った彼女はレーザーブレードを収納してブースターをひと際大きく噴かせると、遠くに見えていたスコールと合流し、爆音を響かせながら瞬く間に海岸線の彼方へと消えていってしまった。

 

「まっ、待てッ!」

 

 ナターシャが後を追おうとしたが、向こうの方が速度が速い事を悟ると素直にISを停止させた。

 逃げ去っていく2機……いや、見逃してくれた2機がISのレーダーからも見えなくなったのと同時に、俺は息を吐いてその場で地面もない空間に膝をついた。直後、白式のエネルギーが完全に切れて生身の姿のまま落下する。

 

「一夏くんッ!」

 

「ぐッ……!!」

 

 すぐさまナターシャに抱き留められた俺は、2人が消えていった空の方を睨みつけるしかなかった。

 

 

 

 ・・・☆・・・☆・・・

 

 

 

 不明ISの襲撃事件はすぐに全世界へと晒される結果となった。襲撃してきたのは他の国の軍隊だって噂まで立っていた。

 あのあと、俺と千冬は丸々3日間基地内に軟禁状態にされ、アメリカ政府から取り調べを受けるハメになった。わざわざアメリカ本国に戻さずに取り調べを行なったのは、少しでも秘密を漏洩させないつもりだからだそうだ。

 ただ、放映されたニュースの中に俺と千冬の名前はない。いるだけでも面倒になる俺達の存在はアメリカ政府が揉み消してくれたのだ。そこには感謝してるし、取り調べは素直に受ける事にした。ありのままを伝えたら、特に不具合もなく穏便に終わらせる事ができた。

 後で自分で探った事だが、ナターシャはスコールの名前を知らなかった。つまりスコールとは偽名だろう。政府もスコールの事に関しては徹底的に調べるつもりのようだ。

 ユージンに至っては全くの無事だ。彼は襲撃時には作業着のままアサルトライフル持って、白兵戦をしていたらしい。襲撃後はすぐに合流できて再会を喜び合った。そして軟禁された間は彼にボロボロの白式の修理を依頼して、お礼に白式の運動性能のデータの共有も行った。彼なら悪い使い方はしないだろうし、悪知恵も働きそうだから軍には渡さないだろう。

 一瞬にして戦場と化したロケット工場だったが、特に空母の破壊や、データまたはISのコアの盗難など重大な被害はなかった。駆逐艦1隻の轟沈を除いてだが。

 非番だったとはいえ、死者は少なくない。こんな立場じゃ監禁部屋の中で黙祷する事ぐらいしかできなかった。

 勇気ある『バーチェス』の乗組員とは、残念ながら会う事はできなかった。ただ、自由に動けるナターシャに礼だけでも伝えてほしいとお願いしたので、感謝だけは伝わってるだろう。

 

 俺達的にはその後の方が大変だった。取り調べをしてる間に滞在期間の終わりが迫ってしまった。慌てて荷物を纏め、来た時と同じように飛行機を乗り継ぎ、日本に戻る。せっかくの海外旅行だったってのに、観光は一切ナシ。ほとんど海外を意識する事もなく帰ってきてしまった。

 予定よりも遅く日本に帰って来れたその日は篠ノ之神社の夏祭りの開催日だ。もう始まっている時間である。IS学園まで戻った俺は千冬と別れ、自室に荷物をぶん投げるとすみやかに準備を始める。

 部屋を出て外出のために寮の入り口まで来ると、久しぶりに聞くヒロイン共の声が後ろから聞こえた。

 

「あっ、一夏っ!」

 

「い、一夏さんっ!?」

 

「おかえりなさい! 帰ってたの!?」

 

「待て。こんな時間からどこに行くのだ?」

 

 振り返ればそこにいるのは鈴、セシリア、シャル、ラウラの4人。仲良く外出でもしていたのか、服装は私服だし何やらビニール袋や紙袋の荷物も持っている。

 

「箒の所。来る?」

 

 それだけ言って俺は彼女達が答える前に、寮から出ると白式を展開して飛び立つ。地面の距離がみるみる内に離れて、水平線の上にある夕陽が俺を照らす。都心側の空はもう夜になっており、ビルや街頭の灯りが敷き詰められる様に広がっている。

 箒の神社の場所は下見してあるから、おおむねわかっている。機体に風を受けながら目的地にインターフェースでマーカーをセットしていると、下のIS学園から4つの光が飛び立ち、俺に近づいてくる。

 

「ちょっと一夏ッ!?」

 

「勝手にISを展開したら怒られますわよ!」

 

「待ってッ、お祭りでしょ! 僕知ってるんだから!」

 

「祭り? 箒と何の関係がある?」

 

 コイツらには色々と話したい事がある。特にセシリアには。これから先、俺達に障害となるだろう組織の存在を。

 だが、今はもっと優先させるべき事がある。旅行を楽しめなかった分、美少女達と祭りを満喫するとしよう。

 

 さぁ、箒が待ってる。俺は彼女達を引き連れながら箒の下へと向かった。

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