織斑イチカの収束   作:monmo

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第二話

 朝になった。外にはまだ日が昇っておらず、豆電球の明かりだけが部屋の中を照らしている。

 目が覚めた俺はベッドから起き上がって大きな欠伸をすると、真っ暗な部屋を数回見渡してから、視線を自分の手の平に落とした。そして、ぼんやりと映るその手をゆっくり、自分の顔へと滑らした。

 やはり未だに違和感の感じる他人の手の感触。やっぱり夢じゃなかった。終わらなかった。この『俺』という全く別の存在、意識が此所に居るまま、此所に有るまま、この物語は続いていた。

まぁ……今更、絶望する気も湧かないのが現状なのだが。それにしても、昨日の夕食のカレーは美味かった。うん、軽く現実逃避してみました。

 気持ちを切り替えてベッドから下りた俺は、真っ暗な机の上を手で探り、スタンドライトのスイッチを入れた。ほんの微かな音と共に、一気に視界が眩しくなって、俺は手で目を覆いながらスタンドの明かりを調節してその場から離れると、今度は洗面所へと向かった。

 鏡の前で寝惚けたツラをした『織斑 一夏』を一瞥してから、顔を洗って眠気を吹き飛ばし、俺はまた明かりの灯った机へと戻る。さすがに今度は眩しくはない。机の椅子に着いた俺は、そばにほっぽっておいたISの参考書に手を取り、始めの1ページから順にゆっくりと読み進めていった。

 しばらくして喉が渇いたので、俺はキッチンの方にある冷蔵庫から、昨日の内に寮の外にある自販機で買い溜めておいたペットボトルのお茶を、氷を入れたグラスと一緒に持って、机の上に置いた。椅子に着いた俺は、茶をグラスに注ぎ、参考書を読み進めながら、グラスのお茶を口の中へと傾ける。本当は煙草が吸いたかったが、灰を落とす場所がなかったし、箒がすぐそばで眠っているので諦めた。

 午前五時半近くの光景である。周りからはグラスの氷が揺れる音と、隣りのベッドで寝ている箒の寝息しか聞こえない。この身体になってから、自分が一番落ち着いていられた時間だった。

 

 ふと、箒の寝息が止まる。

 

「……ん……? ……ふぅ……? …………いち、か……?」

 

 モゾモゾと布団が動いて起き上がった彼女は、少しまぶしげな表情で俺の方を呆けたまま見ていた。髪型は、昨日のポニーテールをほどいた、清楚なロングヘアだ。服装も制服ではなく、和服の寝間着。和服が私服ってずいぶんと珍しいよな? ちなみに俺は下着だけ取り替えてあとは朝と同じ、パーカーにジャージ姿だった。

 

「箒……? あぁ、悪い……起こしちまったか?」

 

「いや、いい……私も剣道の朝練がある時は……このくらい……」

 

 そうは言っても、寝惚け眼の状態でウトウトしていては説得力はない。さすがに朝練でもこの時間には起きないだろう。彼女はまだ眠そうだ。

 

「いいって……眠いだろ?」

 

「だ、大丈夫だ……気にするな…………何を読んでいるのだ?」

 

「ISの参考書。必読のヤツ……」

 

「あぁ……アレか……」

 

 そこまで言って箒は手を口元に押さえながら欠伸をすると、モゾモゾとベッドから降りて、俺と同じく洗面所へと向かった。

 洗面所のドアが閉まると、服の擦れる音が聞こえて、次にシャワー室のドアが開く音が聞こえた。勢い良くシャワーの水が流れ出す音と、玉になった水が激しく飛び散る音。箒の朝シャンのBGMを聞きながら、俺は参考書のページをめくっていた。6時ぐらいになったら、俺もシャワー浴びようと思った。

 しばらくしてからシャワーの音が止まって、シャワー室のドアが開く音と、タオルの擦れる音と慌ただしいドライヤーの音がしばらくの間聞こえていた。やがて衣類が擦れる音が聞こえて、洗面所のドアが開き、和服の帯を少しだけ緩めた寝間着姿で、少し顔の火照った箒が出てきた。

 

「ん? 一夏……もうそんなに読んだのか!?」

 

「あぁ?」

 

 箒に言われるまま参考書をちょいと横に向けて、読んだ厚さを確認してみると、分厚い参考書はもう半分近くまで読み進んでいた。元々、本読むのは早い方だから、あんまり気にはならなかったが、彼女は驚いていた。

 

「あぁ〜……俺、本読むの早いし、こんなもんだろ?」

 

「いや、それでも私はずいぶんと早いと思うぞ……」

 

「まぁ、理解してるかは別だけど……」

 

「おいっ……!」

 

 そんな会話をしながら、箒は自分のベッドの近くにある備え付けのタンスを開き、そこからIS学園の制服を取り出して着替え始めた。ジッと見ているわけにはいかないので、俺は彼女に背を向けたまま参考書を読み進めていった。服の擦れる音が、鳴ったり止んだりするのが少しイライラする。着替えるなら俺の方見てねえで一気に着替えろや。

 

「……もう制服着るのか?」

 

 着替え終わった箒に話しかけた。彼女はもうロングヘアーを束ねて、いつものポニーテールにしている。髪ほどいてた箒はちょっと色っぽかったが……言っても仕方ないな。動きのジャマだろうし。

 

「え? あぁ……眠気もとんでしまったし、平日の朝の寮の食堂は制服で入るのがルールだからな」

 

 へえ、そうだったんだ。危うく私服のまま食堂に行くとこだったじゃねえか。

 

「そういえば、お前も制服を届けてもらったのだろ?」

 

「あぁ、そこの荷物に入ってる」

 

 俺は参考書に目を向けたまま、自分のベッドのすぐ近くに置かれたボストンバッグを指差すと、彼女は少し遠慮した様にこう言った。

 

「なら……その……着てみてはくれないだろうか……?」

 

 要は見てみたいんだろ。男物のIS学園の制服と、それを着た俺の姿を。まぁ、制服は俺も少々気にはなってるから、気持ちはわからなくもない。

 

「6時になったら俺もシャワー浴びっから、そんときまで待って」

 

「そ、そうか……」

 

 でもって空に太陽が昇り始める6時になった後、俺は読み終えた参考書を机に置きっぱなしにしてスタンドの明かりを消すと、シャワー室へと向かった。洗面所で服を脱いで、『織斑 一夏』の体を一瞥してから、熱いシャワーを浴びる。

 昨日も嫌になるほど見たのだが、一夏の体は……まぁ普通だ。運動部で剣道をやっていた事もあってか、筋肉もある。でも、そんなムキムキというわけでもない。腹が微かに割れている程度。身長も高い方だと思うが、俺よりもぜんぜん小さい。視点が低いと、こんなにも違和感を感じるとは思わなかった。

 

 視点が低いと、物のスケールが大きく感じる。あと、教室や寮のドアとかくぐる時、頭を下に向けて上に当たらない様にする事とか、寝る時は布団に対して体を少し斜めに寝っ転がる事とか、完全に習慣のレベルになっている。一夏の体でやれば変だってのはわかってるけどさ……慣れるしかないか……。

 

 憂鬱なままシャワーを浴び終え、パンツとシャツだけのままで洗面所から出ようとしたが、箒がいるから仕方なくジャージも穿いてから部屋に出た。彼女はもう鞄にノートなどの荷物を入れて、登校する準備を始めていた。

 

「一夏、あまりのんびりするな。食堂はもう開いているぞ?」

 

 寮から校舎まで10分もないし余裕はあるのだが、腹は減ったので俺もさっさと着替えるべく、自分のバッグを開けた。昨日は色々とありすぎて疲れてしまい、さっさと寝たかったから下着以外あんま見てないけど、今日は違う。

 最初に取り出したのは折り畳まれた制服の上下で、次は真っ白なワイシャツだった。とりあえずワイシャツを着てから、制服に手を伸ばした。

 上下の制服をそれぞれ広げてみると、それは肩から腕を伝う様に赤い線の模様が入った、真っ白な制服だった。女子の制服を見てるときは何とも思わなかったが、これってコーヒーとかこぼしたら終わりじゃね?

 文句を言っても仕方ないので、後ろめたさを感じながらもその制服を身に付けた。靴下も履いた。ネクタイは入ってなかったから、着ける必要はないのだろう。箒も着けてないし。

 とりあえずこれで朝の食堂にも、IS学園にも堂々と入れる姿になった。身体的に違和感はない。そりゃそうだ、一夏のサイズに合わせて作られる筈なのだから。

 ただ、着込んでから改めて見回してみると、こんな赤い線に首元と裏地が黒の真っ白な制服なんざやっぱり現実で見た感想は『変』の一言に尽きる。心境はまるでコスプレ衣装でも着た様な感覚だ。コスプレ衣装の感覚など知らんが、たぶん大差ないだろう。

 

「ダセぇな……」

 

「そんな事はない、似合っているぞ、一夏!」

 

 俺の独り言に、箒が反応してくれた。でもやっぱりダサい物はダサい。慣れる日は来るのだろうか。制服も、この体も

 

 

 

この世界も……

 

 

 

 着替え終わった俺は、バッグの中に残った替えの下着を取り出して、ベッドの上に山積みにした。食堂に行ったらそのまんま学園の方に行くつもりだから、帰って来てから整理するつもりだ。

 

「ほら、行くぞ一夏」

 

 箒に急かされながらバッグを空にし、勉強用具の入った鞄と学校の上履きの入った袋を持って部屋から出た。先に出ていた彼女が鍵をかけ、廊下を一緒に歩く。通り過ぎる寮のドアの中からは、慌ただしい女子の声が色々と聞こえた。まだ時間あんだから、そんな急ぎなさんなって。

 

「あっ織斑くん、おはよ!」

 

「あぁ、おはよ……」

 

「………」

 

 俺や箒と同じく目覚めの早い女子と何度か通りすがって、挨拶を交わす事になった。その度に箒がこちらを睨んできた。本当に嫉妬深いんだな、お前……

 

「ずいぶんと顔が広いではないか……」

 

「いや、ほとんど知らねえ奴らから挨拶されんだが……」

 

「えっ? ……そうなのか?」

 

「なんか向こうばっか俺を知ってるみたいで怖いんだけど……」

 

「ま、まぁ……実際、お前はこの学園の中じゃ注目の的だからな……仕方がないと言えば仕方がないがな……」

 

「正直…………勘弁」

 

 そんな会話をしながら、ほかの女子との挨拶を繰り返しながら、ようやく寮の食堂に到着した。夕食の時も見たんだけど、ここも近未来的なデザインが強く目立つ場所だ。今日のおすすめのメニューとか立体モニターに映ってるし、フロアの丸くて太い柱には、アクアリウムの映像が3Dの360°モニターで映ってる。最初、本物かと思って驚いたら、周りの生徒や食堂のおばちゃんに笑われ、一緒に笑われて真っ赤な顔をした箒に叩かれた。やっちゃいけないレベルの失態だったと思う。

 今日はそんな事にもいちいち驚いたりせず、俺と箒は食堂の受付でトレーを受け取り、料理が並んでいる所へと移動した。ちなみに、学園と違って寮の食堂はバイキング。しかも学園と同じ、タダである。こっちはデザートもだ。食事時以外の午後や休日はカフェにもなるらしいから、女子は万々歳だろうな。

 朝食は箒と同じ、和食にした。深い理由はない。寝起きは食いモンがあんま腹に入んないタイプの俺だが、さすがにウン時間も経てばその気も薄れていた。

 適当に料理を選んでいったつもりだが、俺と箒の取っていった料理はほとんど同じ。真っ白なトレーの上に乗っているのは、茶碗に入ったご飯と、小鉢に入った納豆。ちなみにご飯は俺の方がどう見ても量が多い。納豆は、箒は小粒で、俺はひきわりだ。その時に彼女と、納豆は小粒かひきわりかでケンカをしたが、超下らないので割愛する。

 トレーの上にはそのほか、長方形の平たい皿に焼き鮭の切り身と少々の大根おろし。焦げ茶色の椀にはワカメと豆腐のみそ汁。それともうひとつの小鉢に漬け物が入ってあった。それと、俺のトレーにだけ平皿に卵焼きがある。なんか……立体モニターに映っていたのを見てたら、無性に食いたくなったんだ。

 俺と箒は朝食の乗ったトレーを運び、数人は椅子がかけられるテーブル席へと料理を置いた。ソファーの方はもう目覚めの早い別の女子達で埋まっている。仕方ないか。

 

「飲みモンとってくる。茶ぁ、熱いのでいいよな?」

 

「あぁ、すまんな」

 

「別に謝る事でもねえだろ?」

 

 そう箒に言い捨て、二人分のお茶を取りに向かう。ここの飲み物はお茶や水など、単純な飲み物はセルフサービスである。ジュースとかソーダになると受付に並ばなくてはならなくない。たまにメロンソーダとか飲みたくなるクチなんだけど、今は関係ないや。

 飲料のポットが並んでる所に着いて、俺は湯のみをふたつ取り、そこへ茶を注いだ。

 手が少し熱いのを我慢しながら、そのふたつを持って箒の所へと戻る。彼女はまだ料理に箸を付けていなかった。待ってくれた様だ。

 

「あ、ありがとう……」

 

 彼女のトレーのそばに湯のみをひとつ置くと、彼女はちょっとだけ頬を火照らして、慣れてない様な口振りでお礼を言った。

 

 お前はガキかよ…………あぁ…………ガキだよ……

 

「ん……あぁ……」

 

 そんなこんなで俺と箒は無難に「いただきます」と挨拶して、ようやく朝食へと箸を伸ばした。俺も箒も同じく、最初のひと口目はみそ汁をすすっていた。

 納豆をかき混ぜている俺の隣りで、一通り料理に箸を付けた箒は、みそ汁をすすり終えてから、綻んだ表情で呟いた。

 

「うん……夕食も時も思ったが、ここの料理はどれもこれも美味しいな……」

 

「だな。あんなトコロにまでカネかけてんだ。マズかったらウソだ」

 

 俺は箸と納豆ご飯を含んだ口を動かしながら、立体モニターの方へと指を差した。あんな所ばっかハイテクで飯が不味かったら、笑い話にもならねぇ。食い物に金かけろや、ていう話になる。この飯は美味いんだから、そこまで考える必要ないけど。

 箒は俺の指を差した方を見ると、今度は苦笑いで俺の顔を見てきた。俺が視線を合わせようとすると、素早く顔を戻してしまったが。

 実際、飯は美味い。ご飯は見た目からして炊きたてだし、みそ汁は塩分が丁度良い。そしてワカメの量も丁度良い。切り身の鮭は箸でつっついて簡単にほぐれるし、卵焼きは色、甘さ、柔らかさ、最高だ。今までの卵焼きで一番かもしれない。隣りに座る箒からは、漬け物をパリパリと噛む、良い音が響いていた。

 

「箒、卵焼きいる?」

 

「ん……いいのか?」

 

「美味いよ♪」

 

「なら、お言葉に甘えて……」

 

 そう言って箒は俺のトレーに乗った卵焼きに箸を伸ばして、空いている手を添えながらそれを口へと運んだ。卵焼きを口に入れた瞬間、彼女の表情は更に綻んだ。

 

「うん♪ 柔らかくて、甘さも丁度良いな……!」

 

「だろ? 今までの卵焼きの中で最高だと思うんだわ、コレ」

 

 そんな卵焼きの会話で盛り上がっている中、俺と箒の座るテーブルの向かいに、料理の乗ったトレーが置かれた。同時に聞き覚えのある声が、俺に話しかけてきた。

 

「今日は……ちゃんとした制服姿ですわね?」

 

「え……?」

 

 俺も箒も声のした正面へ顔を戻すと、俺の目の前の席に座ったのは、セシリアだった。パツキンのロングヘアは、今日も見事な縦ロールを描いている。

 

「お席、よろしいかしら?」

 

「あ、あぁ……」

 

「………」

 

 よろしいも何も、もう座ってんじゃねーかと心の中だけでツッコんで、俺は目の前の席に座った彼女にテキトーな返事をした。箒は彼女の事を睨むだけで、何も言わなかった。

 彼女のトレーの上には、白の丸い平皿にひと口……いやふた口サイズぐらいの小さなパンが3個。何種類かのジャムとバターがプラスチックの容器にそれぞれ別々で入っていた。もうひとつの平皿には瑞々しい野菜のサラダと、ベーコンとスクランブルエッグが少量ずつ。飲み物は白いティーカップに注がれた紅茶だった。さすが英国人。何がさすがなのか自分でもよくわかんねーけど。

 そのセシリアは慣れた様な手つきでパンを指でちぎり、その断面にバターを塗る。パンは焼きたてなのか、断面からは湯気が立ち、そこにクリーム色のバターはみるみる溶けて、パンにしみこんでいく。

 

「わたくしの事はお気になさらなくてもいいのですわよ?」

 

 そうは言っても、俺の目の前に座られちゃあ、何もしないと視線がそっちに向いちまうのだから、どうしろって言うのだろうかこの女は。ほら、箒も警戒した様な視線を向けている。

 

「でも、こんなところで与太話をしているヒマ、あなたにはあるのかしら?」

 

 そう語りかけながら、セシリアはバターを塗ったパンにジャムを乗せると、小さな口を開けてそのパンを頬張っていた。

 確かにアンタとは争わなければならない関係になったが、今は急いでいてもしょうがないだろ。それに……

 

「残念ながら、優秀な教官が敵に回っちまったんでな……」

 

「あら、確かに今のあなたとわたくしは敵対する者同士ですが……まぁ、私は優しいですし、今の弱いあなたを一方的に虐める趣味もございませんわ」

 

 パンを飲み込んだセシリアは、そう言って紅茶をすすった。八割型ウソだね。じゃなかったら、わざわざ決闘なんて面倒くさい事になんか持ち込まなかったはずだ。

 

「……ですから、あなたがもし望むのなら……そう、土下座してお願いしてくるのなら、このわたくしがあなたにISでの基本的な操縦を教えてあげてもよろしいd、

 

「その必要はない……」

 

 彼女の言葉を遮って、会話に入り込んできたのは箒だった。目線はセシリアを睨んでいるが、湯のみを持ったままじゃ迫力も半減だな。

 

「一夏のISの訓練は私…………と、山田先生がやると決めているのだ」

 

 おぉ、お前に教わる予定は全くもってなかったが、山田先生の事もちゃんと言ってくれたから、ツッコまないでいてやるよ。

 彼女に睨まれたセシリアは、それ全く気にせずに紅茶のカップを持ったまま、箒の事を鼻で笑った。

 

「フフン……どこの誰かは知りませんけど、山田先生はともかく、代表候補生ですらないあなたにどうやってISの訓練、操縦を教えるつもりですの?」

 

「そ、それは……」

 

 箒が言葉に詰まったので、俺は彼女達の会話を区切らせようとしたが、それよりも別の方向から俺の言葉を遮る者が現れた。

 

「お、織斑くんっ。隣……いいかな?」

 

「おりむ〜おはよ〜」

 

 聞き慣れた声が聞こえて俺も二人も声の方を向くと、そこには昨日、俺を整備室まで連れて行ってくれた布仏さん達の三人組であった。三人ともそれぞれ両手で朝食の乗ったトレーを持っていた。

 会話をしながら食事をして時間が経ったせいか、食堂も少し込み合ってきていたので、俺は断る事なく彼女達を受け入れた。箒とセシリアも席が混み混みなのはわかっているのか、何も言わなかった。

 

「「やったあ〜♪」」

 

 最初に話しかけて、俺の隣りの席に着いた相川さんは、お礼を言いながらトレーをテーブルに置いて安心した様に溜め息をつき、布仏さんともうひとりの子はお互いにガッツポーズしながら、彼女の隣り隣りへとトレーを置いて席に着いていった。箒とセシリアは昂ぶりが治まってしまったのか何も喋らず、二人は会話を止めて彼女達の様子をチラ見しながら食事を再開していた。

 

 

 

 ヒソヒソ……   ザワザワ……

 

 

 

「あぁ〜っ、私も声かければよかった……」

 

「まだ二日目だよ。大丈夫、焦る段階じゃないわ」

 

「でも昨日のうちに部屋に押しかけようとした子もいるとかいないとか……」

 

「なんですって!?」

 

 食堂が込み合い始めてから、ちらほらと聞こえていた女子の会話も増してきた。内容もほとんど俺に対するものばかり。一日経った程度では、『織斑一夏』と言う存在はまだまだ注目の的らしい。仕方ないと言っちゃあ仕方ないか……

 

 以下、それまでに俺が聞き取った会話である。

 

 

 

「あっ、織斑くんだ」

 

「ねぇ……隣りにいるの誰?」

 

「あの子、織斑くんと相部屋らしいよ……」

 

「本当にー!? いいなぁ……代わってほしいなぁ……」

 

「ひょっとしたら、何か関係があるんじゃない? 確かあの子って……篠ノ之博士のt、

 

「見て見て、同じ料理取ってる〜」

 

「仲よさそうだね……私も早く動かないと……」

 

「あっ、お茶とってきたんだ〜、篠ノ之さんの分も」

 

「やっさし〜ぃ」

 

「いいなぁ、卵焼き分け合ってて……」

 

「ねぇねぇ、彼がウワサの男子だって〜」

 

「なんでも千冬お姉様の弟らしいわよ」

 

「えー、姉弟そろってIS操縦者かぁ。やっぱり彼も強いのかな?」

 

 

 

 以上。隣りに座っている箒が少しだけ不憫に感じた瞬間でした。

 

「わ〜、おりむ〜朝はすっごい食べるんだー」

 

 そう言いながら首を傾けて俺のトレーを覗き込んできたのは布仏さん。彼女のトレーの上には小鉢に入った生卵と、俺と箒と同じ平皿に焼き鮭の切り身、で……それを薬味のかかったご飯と一緒に混ぜてお茶漬けにしている。彼女が茶碗を掻き込むたびに、ずぞぞぞぞ……と凄い音が響いていた。

 別に俺は朝だから一杯食べるわけではない。寝起きは食い物が腹に入らないだけだが、どうも答え方が曖昧になってしまった。

 

「ん? あぁ……」

 

「お、男の子だねっ?」

 

 何、その意味深すぎる言い方……返しに困るんだが……

 

 布仏さん以外の、2人の女子のトレーに目をやると、確かに俺と比べて食べる量はかなり少ない。トースト1枚に、目玉焼きかソーセージか……で、デザートのフルーツポンチが少々。食べ物の面積よりも皿の面積の方が広く感じる。まぁ、最近の都会の女子高生は朝しっかり食べる子なんて少ないんじゃないか? 箒みたいに運動でもしていない限り。

 

「ごちそうさまっ」

 

「んむっ……もう食べ終わったのか?」

 

「あぁ」

 

 最後の一口に残しておいた卵焼きを飲み込み、みそ汁をすすり終えて俺の朝食は終わった。箒はまだ食べている途中だった。セシリアや布仏さん達も言わずもがな。

 彼女は箸を早めようとしたが、俺は止めた。

 

「いいよ箒。俺もう一杯お茶持ってくるから、待っててやるから」

 

「す、スマン……」

 

「いいって」

 

 そう言いながら、俺は綺麗に平らげた朝食のトレーを持って、食器を回収する所へと向かった。

 帰りに回収に出さなかった湯のみにお茶を注いでからテーブルに戻ると案の定、箒とセシリアが口喧嘩をしていたが、直後に食堂にやって来た千冬に止められ、怒られていた。

 

 すっげえ戻りづらいんですけど……

 

 

 

 ・・・☆・・・☆・・・

 

 

 

 食事を終えた後、俺と箒は寮を出て学校に向かう。相変わらず女子の視線は俺に注目していたが、コレたぶん……俺が物珍しいからだけじゃねえな。男物のIS学園の制服が珍しすぎるんだ。ただでさえ、ISは女しか動かせないはずだったし。

俺、この制服着て学園の外出るの、絶対やめといた方がいいな…………下手したらどっかの誰かもわからん奴等に(タマ)狙われる可能性もあるし……

 俺は下駄箱まで持ってきた上履きに履き替え、教室に着いてからしばらくしていると、山田先生と千冬が来てSHRが始まり、そして少しの休み時間の後、授業へ移っていった。

 最初の教科はまたいきなり『IS』 担当はもちろん山田先生……と千冬だ。

 

「というわけで、ISは宇宙での作業を想定して作られているので、操縦者の全身を特殊なエネルギーバリアで包んでいます。また、生体機能も補助する役割があり、ISは常に操縦者の肉体を安定した状態へと保ちます。これには心拍数、脈拍、呼吸量、発汗量、脳内エンドルフィンなどがあげられ……」

 

 誰かクラスメイトが手を挙げたのか、山田先生はそこで読むのをピタリと止めると。俺の後ろ側の席から、声が聞こえた。

 

「先生……それって大丈夫なんですか? なんか、体の中をいじられてるみたいでちょっと怖いんですけど……」

 

 不安げな声色をした女子が、山田先生に尋ねる。つか何、ISってそんなヤバい感じのシロモノなの?

 

「そんなに難しく考える事ではありませんよ。あくまで私達のサポートをしてくれるだけであって、それで人体に悪影響が出るという事はないわけです。サポートの程度にもよりますが……」

 

「サポートの程度?」

 

 山田先生の説明は聞いていて安心する。質問をした女子は、疑問に残った言葉を返した。

 

「はい。例えば……皆さんはブラジャーをしていますよね? あれは自分に合ったサイズを選ばないと型崩れしてしまいますから……」

 

 山田先生の言葉がまた止まった。今度はいったい誰が……

 

 ゴズン!!

 

 そう思った途端、脳味噌を揺らすほどの強い衝撃が俺の頭に叩き込まれた。

 

「zzzっっでえ!!! ッ……!」

 

 机に突っ伏していた頭を起き上がらせると、すぐそばに無言の圧力で俺を睨んでいる千冬と目が合った。ハイハイ、寝てて悪かったよ、起きますよ……。

 頭の痛みに手を押さえている俺を無視して、千冬はオロオロしている山田先生に代わって、質問をした女子に答えた。

 

「要は操縦者である自分を守っているだけにすぎない。こちらからいじくり回さない限り、ISは操縦者にサポートを合わせてくれる。安心しろ、すぐに慣れる」

 

「はっ、はい!」

 

 千冬の答えに、彼女は気持ちの張った声で返事をして席に座った。

に座った。

 聞いた限り、体に悪そうなものではない様だ。もしもISの操縦を鍛えたかったら、サポートを弱めればいいのか……?

 

「山田先生、邪魔をした。授業の続きを……」

 

「あっ、はいっ!」

 

 そう言って千冬は俺から離れ、教室の後ろへと戻っていった。山田先生は少し焦りながらも、授業を再開した。

 

「そ、その生体機能の補助と共にもうひとつ大事な事は、ISにも意識に似た様なものがあり、お互いの対話……つ、つまり一緒に過ごした時間でわかりあうというか……ええと……操縦時間に比例して、ISも操縦者の特性を理解しようとします。それによって相互的に理解し合って、より性能を引き出せる事になるわけです。ISは道具ではなく、あくまでパートナーとして認識してください」

 

 山田先生がそこまで言ったところで、また別の女子の声が先生に質問を投げかけてきた。

 

「せんせー、それって彼氏と彼女の様な感じですかー?」

 

「えっ!? そ、そそ、それは、その……どうでしょう……? 私には経験がないのでわかりませんが……」

 

 山田先生がどもったのを皮切りにして、周りの女共は先生に恋愛について質問したり、きゃあきゃあと男女交際の事について話し始めた。箒は会話に入らず膨れっ面。俺は二度寝。山田先生がモジモジと慌てふためき、千冬の溜め息を吐く声が聞こえた。酷いカオスだ……。

 

 つか、山田先生って経験ないんすか? 巨乳で童顔で女教師で処女なんすか? ……笑っていい?

 

「お、織斑くん、何かここまでで質問はありますか?」

 

 なんとかして女子達の質問から逃げたかった山田先生は、俺に話を振ってきやがった。机に突っ伏していた顔を上げると、そこには少し涙目になっている山田先生の顔。そんな顔を見ては無視する訳にも行かないので、俺はかなり真面目な質問を彼女にフォローとして投げかけてあげた。

 

「あぁ〜、その……ISは確か操縦者との経験値が一定の割合を超えると、形を……変えるんですよね?」

 

「ええっと〜形態移行(フォームシフト)の事ですね?」

 

 周りは女子の話し声でごった返しているので、声を聞き取るために顔を近づけて話さなければならなかった俺と山田先生。少し頬を染めた先生の表情は、見ててちょっとドキッとする。

 そんな中、千冬が手を叩いて教室を静かにさせた。なんでぇい、このままでよかったのに…………やるならもっと早くやれや。

 心の隅で悪態を吐きながら、俺は山田先生と話し合いを続けていた。静かになってしまったので、距離は離れてしまったが。

 

「はい。で……それって一般の量産型ISにも起こる事なんですか?」

 

「良い質問ですね♪ 量産型のISでも形態移行は可能です。ですが、この学園にあるISは全て全校生徒が使い回していますし、軍に配備されている物もごく少数で大勢の操縦者が動かしているので……」

 

「ISが次から次へと操縦者の特性を読み込むものだから、一向に形態を移行しないと……」

 

「ハイ……ですから、量産型のISには卓越した能力よりも、どんな操縦者でも安心して使える、安定した性能が求められているんですよ?」

 

「ふーん、なるほど……」

 

 山田先生の説明を聞きながら、俺は昨日の整備室で見たISを思い出していた。

 この学園にある量産型ISは2種類。世界シェア2位の『打鉄』と3位の『ラファール』だ。

 じゃあ、なぜかこの学園には置いてない第1位は何なんだと必然的に気になった俺は、ISの事じゃ一番詳しいであろう、布仏さんに聞いてみた。

 答えは簡単に返ってきた。彼女に画像で見せてもらったそのISは、ラファールを一回りスケールダウンさせて、色も鮮やかなネイビーカラーから泥臭そうな緑に変わった──言ってしまえば、ソイツはいかにも弱そうな姿形をしたISだったのだ。名称は『ラファール』……のみ。聞いての通りラファール・リヴァイブの前、第二世代中期の頃に作られたそうだ。

 そんなザコ丸出しみたいなISがなんで世界シェア1位なのかと言うと、どうやら現在のISの技術の進歩でこのランキングが変動しようとしているから、らしい。つまり、このランキングは今日で使用されているが、古いものなのだそうだ。

 原作の知識から推測する限り、ISはそれ相当の技術によって作られた時期で世代分けされている。本来は宇宙利用だったISを軍事利用へと転換させた第一世代。その兵器となったISに後付けの武装を足して、戦闘の用途の多様化を目指した第二世代。操縦者とISとの意思の疎通によって効果を発揮する特殊兵装を装備した第三世代。そして今現在は机上の空論とされている、ISの武装を換装せず変形機能だけで戦闘に多目的な能力を維持させる第四世代。どれもこれも馬鹿げた戦闘能力と変態機動を備えている、兵器だ。

 でもって現在、各国が躍起になって開発を進めているのが、第三世代。なんでもこの第三世代、エネルギー効率や運動性能、その他特殊兵装の効果云々が操縦者の適性によってかなり大きく上下してしまうらしい。量産型を開発するに至っては痛い問題である。もしこの問題が解決したら、第二世代はお役御免だそうだ。

 ちなみに打鉄は純国産の第二世代。ラファールも第二世代だが性能上、限りなく第三世代に近い第二世代らしい。

 で今、アメリカが第三世代の量産化に成功して、一歩リード。他の国が必死に追いつこうとしているそうだ。まぁ、中には第三世代の量産化を諦めて、専用機の性能に特化しようとしている国もあるが……何処とは言わない。とにかく、第三世代の量産化が成功したので、第二世代が登り詰めていたこのランキングは、そろそろ崩れ去ると言われているのだ。

 ついでに補足。日本は第三世代の制作自体、放棄しているのか、打鉄の基本スペックの底上げや後付けの武装を増やしたりと、競争に参加する気が感じられない。この学園にも絶対に裏から企業のカネとISの情報が回っているはずだが、もう財力が限界なのだろうか。だとしても、いまいちハッキリしない話だが……。

 そんな事を考えていた所で、山田先生が人差し指を立てて、俺の視線を注目させた。

 

「ちなみに、国家にライセンス登録された量産型のISは、コンピューターの操作で最初から一次移行(ファースト・シフト)にする事ができます。元のスペックが定まっている物ですから、当然ですね」

 

「へー、ほかのISは?」

 

「まずスペックがハッキリと定まっていませんので、操縦者がISの能力を引き出す必要があります。専用機ともなれば人も限られてしまうので、操縦者の地道な努力だけがISの能力を左右させますね」

 

 そこまで山田先生が話したとこで、俺の座っている席の左後ろ側で、ガタッ! と大きな音が鳴った。振り返ってみると、セシリアが席から立ち上がって腕を組みながら俺の事を蔑んだ目で見ていた。

 

「ですがその努力を超えた先には、量産型とは比べ物にならない性能が専用機にはあるのでしてよ。このわたくし、セシリア・オルコットの専用機、『ブルー・ティアーズ』の様に……」

 

 そう俺に語りかけながら、彼女は組んでいた自分の腕を外すと、その片手を自分の耳元へ滑らす。そして自分のもみあげが巻き込まれている縦ロールの金髪を払い除けると、耳に取り付けられている、ずいぶんとお飾りの宝石のサイズが大きな青いイヤリングをこちらに見せつけてきたのだ。真っ青と言ってしまっていい程のイアリングは、光を浴びてもいないのに、キラキラと小さな青白い光を放っていた。

 あれが、彼女の第三世代の専用機。今はあんな形でしか見る事ができないが、もうしばらくしたらその真の姿を見る事になるし、戦う事にもなるのだ。

 

全くもって、勝てる気がしないな……

 

 セシリアがイアリングを見せびらかすと、周りの女子は彼女に注目して、羨ましそうに声を漏らした。だが直後、すぐ後ろへとやって来た千冬が彼女の頭を片手で鷲掴みにすると、そのまま彼女が座っていた椅子へと勢いよく押し戻した。ガタン! と大きな音と共に、セシリアの尻は椅子に直撃。彼女は小声でヒィヒィと悶えていた。

 俺が心の中でセシリアをあざけり、周りの女子は若干引いている中、千冬はそれを全く気にしないまま俺の方に向いた。

 

「ところで織斑、今『専用機』で思い出したが……お前のIS、学園で専用機を用意する事になった」

 

「え?」

 

 あまりにも唐突すぎる会話と内容に、俺は思わず声が漏れた。同時に、静まり返っていたクラスがまたざわつき始めた。

 

「せ、専用機!? 1年の、しかもこの時期に!?」

 

「つまりそれって政府からの支援が出てるって事でしょ〜?」

 

「いいなぁ……私も専用機が欲しいなぁ……」

 

 周りの女子が俺に注目する中、とりあえず適当にうなずいてみせたが、千冬はその周りを静かにさせると、ついでといわんばかりに言ってきた。

 

「ちょうどいい織斑。教科書の6ページ、音読しろ」

 

 面倒くさいが断る程の事でもないので、とりあえず彼女の言われた通り、机の上に開きっぱだった教科書の始めの方を開いて音読した。

 

「えぇっとぉ? ……現在、世界中にあるISは467機。その全てのコアは『篠ノ之束』博士が作成したもので…………そのコアを作る技術は一切開示されておりません。あ〜……しかし、博士はコアを一定以上作る事を拒絶しており、各国家、企業、組織、機関では、それぞれ割り振られたコアを使用して研究、開発、訓練を行っています…………終わり……」

 

 内容はISの現状みたいな事だった。それにしても、467機しかないのか。結構少ない数だと記憶には残っていたが。

確かこの学園に配備されているISは30〜40機ぐらいだと布仏さんから聞いた。そこに今、学園にいる専用機持ちの機体とこれから登場するキャラクターの専用機、そしてこれから俺や箒が手に入れる専用機を合わせたら、50機は越えるのではないだろうか。国家に支配されず、10分の1近くのISを抱えるIS学園。間違いなくこの数値は高いと思う。だから何だって、他の話に発展するわけでもないのだが。

 

「故に、専用機は本来、国家や企業に属する人間にしか与えられない。代表候補生などがいい例だ」

 

 一文を読み終えた俺に千冬がそう付け足すと、さっきまで尻の痛みで悶えていたセシリアが鼻を鳴らして胸を張った。アンタ、懲りてないの?

 

「が、お前の場合は状況が状況だから、データ収集の目的で専用機を用意するそうだ。わかったか?」

 

 千冬は有無を言わせない言い草で、俺の事を睨んできた。ただ、その目からは厳格な態度は感じられなかった。

 ISを動かす事のできる男が俺しかいないのだから、なんとしてでもそのデータを収集したいって気持ちはわからなくもない。でも、俺のデータの結果で他の男でもISに乗る事ができるようになってしまったら、いったいこの世界はどう変わっていく? 

 

 

 

 何だか嫌な予感がしてならないが……

 

 

 

 現状、俺にはIS以前にこの世界についてわからないことが多すぎる。少し調査が必要だった。

 

「連中は俺をモルモットにしたいだけさ……」

 

 俺が千冬から目を背けて言い捨てると、たまたま箒と視線が合った。ほんの少しだけ瞳を見開いた彼女の表情は、なんか悲しそうだった。

 箒だけじゃなかった。山田先生も彼女と同じ、悲しみの視線を俺に向けていた。そんなに惨い事、言ったつもりじゃなかったんだが、それだけこの世界の現状は結構危なっかしいのだろうか。あと俺も。

 

「なに、ここは政府の干渉などほとんど受けないし、いざとなったらISを持ってるお前の方が強い」

 

 それって、いざとなったらISを使ってでも国に逆らえって事ですよね、千冬先生? でも、『織斑 一夏』も政府のペットなんざまっぴらゴメンだろうし、俺もカンに障るから、抗う方針でいくよ。なるべくそんな厄介事には遭いたくないし、遭わないようにしたいと思うけど。

 

「りょーかい。廃棄処分されない様に、せっせと芸を学ぶとしよう」

 

 その言葉の返しが面白かったのか、数人の女子生徒が笑った。俺も山田先生の表情を明るくさせるために、わざと作り笑いした。先生は俺に優しく笑い返してくれて、俺もその彼女が可愛くていつの間にか素で笑っていた。視線を横にずらせば、箒が安心した様に溜め息を吐き、その口元は緩んでいた。

 

 

 

 これで……良いんだよな……

 

 

 

 そんな笑いがひとしきり教室を包み、ようやく授業へと戻ろうとした時、ひとりの真面目そうな女子がためらいを見せながらも千冬に質問をした。

 

「あの〜先生? ……篠ノ之さんって、篠ノ之博士の関係者か何かなんですか?」

 

「そうだ。篠ノ之はあいつの妹だ」

 

 彼女の質問に千冬は何のためらいもせずにそう答えると、またクラス中が一斉にざわつき始め、その視線は箒へと注目していった。個人情報なんだからそんなサラッと話すのもどうかと思ったが、たぶんここで言わなくてもいつかバレるのだから仕方ないかもしれない。が……

 

「ええええーっ!!?」

 

「すごぉーい! 有名人の身内が二人も!!」

 

「篠ノ之博士って、妹がいたんだー!!」

 

「ねえ、篠ノ之さん! 今度わたしと一緒にISの操j、

 

 

 

「あの人は関係ないッ!!!」

 

 

 

 周りの席の女子から一斉に話しかけられた箒は、まるで嫌な物でも振り払う様に、怒気の含んだ大声を叫んだ。急に発せられた怒声に、話しかけていた女子は言葉を詰まらせていた。

 

「……大声を出してすまない……だが、私はあの人じゃないんだ。教えられる様な事も何もない……」

 

 自分が何をしたのか少しだけ我に帰ったのか、箒は小さな声でそう言って、俺に視線も合わせずに窓の方へと顔を向けてしまった。一瞬だけ、彼女の悲しみを帯びた表情は、もう見えない。

 女子達は彼女の反応を見て、困惑の表情を顔に表したまま、大人しく席へと座り直した。

 

 

 

 キーン コーン カーン コーン♪

 

 

 

 タイミングが良いのか悪いのか、そこで授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。

 

「あっ、えっと……次の時間では空中におけるISの基本制動をやりますからね……」

 

 山田先生はそれだけ言ってから、いつもより声の小さい号令をかけて、授業を終わらせた。休み時間となった女子達は、数人のグループに集まりながら話をしているが、そのときの視線は昨日の様に俺に向けてではなく、箒へと集中していた。何か思い詰めた様に机の上を睨んでいる彼女に、俺は声をかけられなかった。

 

 

 

 ・・・☆・・・☆・・・

 

 

 

 それから午前中の授業まで、箒は思い詰めた表情をしていた。時折、勇気のあるクラスメイトが話しかけていたが、彼女は無愛想にそれを追い払って、自分から孤立していた。

 いい加減なんとかしなければと思ったので、覚悟を決めた俺は昼休みになってから箒を昼飯に誘った。少し抵抗するかと思ったが、以外にも彼女は素直についてきてくれた。だが、その表情は暗いままだ。

 彼女を連れて食堂に来ると、彼女は和食の定食、俺はきつねうどんを注文して、座れる場所を探そうとウロウロしていると、

 

「織斑く〜ん♪」

 

「おりむ〜こっちこっちー」

 

「いっしょに食べよー!」

 

 布仏さん率いる3人組に誘われ、彼女達と一緒に食事をとる事になった。朝も一緒だったし、箒も何も文句を言わなかったので、俺達2人は彼女達3人の座るソファーの席へと腰を下ろした。

 食事をしながら彼女達とテキトーな会話をしていたが、箒は会話には参加しないまま、たまに俺の事を睨んで食事を続けている。話しかけられても、必要最低限の言葉しか返していない。

 俺はうどんをすすりながら、対面して食事をしている彼女に何を話そうか考えていると、俺の隣りに座っている谷本さんが話題を変えてきた。

 

「ところでさぁ、織斑くんって篠ノ之さんと仲いいの?」

 

「同じ部屋って聞いたけど……」

 

 その質問に、ビクッと震えて箸に摘んでいたマグロの刺身を落としたのは箒。視線がチラチラと動いて動揺してる。

だが、咄嗟に『幼馴染み』という単語が思いつかなかった俺は、そんな彼女の様子を観察しながら、こう答えた。

 

「あぁ、えーと……友達以上恋人未満ってところか?」

 

「ええぇー! いいな! いいな!」

 

「いっ、一夏ッ!!」

 

 俺の答えに布仏さんが驚く中、箒が大きな声をあげた。思えば、これが食事を始めてから彼女がまともにしゃべりだした瞬間だった。

 

「べ、別にそんなモノではない! 小学校が同じで……道場も同じで……そこで一緒に剣を学んだだけだ……」

 

 彼女は俺を叱りつける様に関係を否定していたが、その顔は頬が赤く染まり、口元もわずかににやけていた。それを見ていた布仏さん達は、油揚げにかみつく俺と彼女を交互に見ながらにやけていた。あぁ……マズい事言ったかもしれない……

 

「いいじゃんいいじゃん、友達以上恋人未満! アニメみたい!」

 

 

 

 アニメだけどね…………いや……ラ、ノベ……ってヤツか……?

 

 

 

「箒さん、織斑くんのとっておきのエピソードない?」

 

「私も聞きたい!!」

 

 布仏さん達は一斉に箒へ話しかけていったが、友達以上恋人未満が嬉しかったのか、今度は嫌そうなそぶりは見せなかった。ただ、布仏さん達の話す勢いに押されて、しどろもどろになっていたが。

 まぁ、とりあえず彼女の機嫌がなおってよかったと安心しながら、俺はうどんをすすろうとすると、

 

「ちょっといい?」

 

「え?」

 

いきなり全く知らない女子の声が、俺を呼んだ。

 

「君ってウワサのコでしょ?」

 

 うどんを掬った箸を止め、そこへ顔を向けると、制服の襟に赤色のリボンを結んだ女子が腰に手をあてて立っていた。箒達も会話を止めて、突然やってきた訪問者に顔を向けていた。

 この学校は襟のリボンの色で学年分けされている。赤が3年、黄色が2年、青が1年だ。ちなみに俺はリボンをしていない。荷物に用意されていなかったし、男が俺しかいないのだから、着ける必要もないんだろう。

 

「え? あ、あぁ……たぶん……」

 

 とりあえず言葉を返すと、彼女は俺と真向かいの箒を遮るかの様にテーブルの上に腰掛けた。

 

「代表候補生のコと勝負するって聞いたけど……ホント?」

 

「はい……」

 

「でも君、素人だよね? ISの稼働時間どのくらい?」

 

「さ、さあ……」

 

 まだIS自体触れていないのだから、これは言い様もない。

 

「あら、なんにも知らないのね? ISって稼働時間がモノをいうの。その対戦相手、代表候補生なんでしょ? だったら軽く300時間はやってるわよ」

 

 300時間も何をするんだよと思っていると、彼女はテーブルに腰掛けたまま腰をひねり倒し、俺と顔の高さを合わせる。そして、そのまま俺に顔を近づけて、囁いた。

 

「でさァ……私が教えてあげよっか? ISにつ・い・て♪」

 

 ……ここまで色んな意味で気分の良い誘惑をしてくる女は初めて見た。3年なのだから経験や知識も上だからこそ、この自信なのだろう。

 だけど、今の俺には山田先生と……一応、箒──優秀な講師が2人いる。これ以上は必要ないし、俺は目の前にいる彼女を信用できなかった。ぶっちゃけ、怪しかったのだ。

 

「いえ、結構です」

 

「ぇ?」

 

 キッパリと断った俺の耳に、動揺した箒の声が微かに聞こえた。眼前に迫る女性の瞳が大きく見開いた。

 

「あら、遠慮しなくていいのよ?」

 

「いえ、本当に結構です。俺……今、先生に補習受けてますし、結構忙しいんで……」

 

 理由になっていなかったかもしれないが、俺は彼女と目を合わせながら適当な言葉を並べていった。やがて諦めたのか、彼女はテーブルから立ち上がった。

 

「そう……なら仕方ないわね。それじゃあ、ISの事が知りたくなったら私の所に来なさい? 何時でも待ってるわ♪」

 

 そう言って彼女は自分の名前とクラスを紹介すると、「またね」と言いながら手を振って食堂から出て行った。最後の最後で名前を教えてくれたが、ISを動かす時にはもう忘れているだろう。事実、翌日の朝の時点で覚えていなかった。

 風というよりは通り雨みたいな女だったと思いながら、うどんをすする俺をぽかんとして見ている布仏さん達だったが、そこから真っ先に話しかけてきたのは箒だった。

 

「い、一夏?」

 

「ん?」

 

「そっ、その……どうして断ったのだ?」

 

「今言ったろ? 山田先生の補習あるし、それに……」

 

「それに……?」

 

「剣道もやり直したいしな……」

 

 俺はそう答えて、箒を見た。彼女はもう笑顔になっていた。

 

「そ、そうか……そうか! なら今日の放課後、剣道場が開くからすぐ来い。もう一度、わ……私が叩き直してやる!」

 

「まっ、その前に山田先生の補習があるけどな」

 

「うぅ……と、とにかくそれが終わったら来い!」

 

「ハイハイ……」

 

「あ、私も行っていい?」

 

「む? 入部希望なのか?」

 

「いや、それはちょっと……」

 

「おりむ〜剣道できるのー!?」

 

「いや……昔の事だからもう……」

 

「わ、私も見に行っていい?」

 

 剣道の話で一気に盛り上がった、お昼休みの食堂。剣道はあくまで『つもり』の筈だったのだが、こりゃあ本格的に彼女にしごかれてしまいそうだ。山田先生の補習はサボるつもりなど毛頭無いし、ISにも触れとかないといけないんだよな……

 

 

 

 ・・・☆・・・☆・・・

 

 

 

 (箒視点)

 

 

 

 6年ぶりに再会した幼なじみを見た時、私は困惑した。

 

 酷いものだった。入学式が終わって教室へと案内された時、一夏はすでに席へ座っていた。だが、その姿は私達と同じ制服姿ではなく、まさかの私服。おまけに上半身は猫背になって机の上へと突っ伏している。そして、枕代わりに組まれた腕の隙間からは、ぐうぐうと入り口からでもわかるほどの寝息が聞こえ、周りのクラスメイトはそんな彼を見て、まるで愛らしい物でも見るかの様な視線で笑っていた。私は動揺した。

 叩き起こしてやりたい衝動はあった。でも、そのときは私と一夏の関係を他の誰かに探られたくなかったから、知らぬ振りをして席に着いた。担任の山田先生が来るまで、一夏は机に顔を埋めて眠ったままだった。

 私は緊張しているはずだった。大好きな一夏とこれからまた一緒に過ごせると知った時は、嬉しさが込み上げてどうかしてしまいそうだったが、それでも私は自分らしさを守るため、彼に私の大人びたところを見せるべく、凛とした態度を保つつもりだった。

 

 だが、目を覚ました一夏を見て、それもぐらついた。

 

 山田先生に起こされた一夏は不機嫌そのもので、眉間に皺を寄せながら睨みつけた視線を彼女に向けていた。今まで私の見た事のない一夏の表情だった。

 その視線が怖くて、私はふと向けられた彼の視線を見れず、顔を背けてしまった。元に戻して様子をうかがってみると、一夏はもう山田先生の方だけを見て自己紹介をしていた。

 その様子もおかしかったのだ。自分の名前を言うのもしどろもどろになって、かと思えば急にハキハキと山田先生に話をしている。恐ろしい存在であるはずの千冬さんに対して反発してみせた時、私は絶句して、吐く息も出なかった。

 その後、休み時間になってから、一夏は机の端末を開いて、必死に何かを調べていた。周りの視線も気にせず黙々と……私が声をかける隙間もないくらいに……。

 やがて調べ物を終えたのだろうか、電源を切った一夏は机から立つと、女子達がたむろっている廊下へと歩き出したのだ。女子の歓声が幾重にも聞こえていたが、私は一度も一夏と視線が合わなかった事が不安になって残っていた。

 

 そして、ふと思った。

 

 

 

 一夏は……私の事を忘れてしまったのだろうか……?

 

 

 

 私はいてもたってもいられず、一夏の後を追った。途中で通りすがった人から彼の後を追っていくと、どうやら一夏は購買へ向かっていると知って、私は更に足を速めた。

 必死だった。自分の大好きな人に忘れ去られるという事が、これほどにも恐ろしいと思った事はない。

 だから私は、曲がり角を曲がってきた一夏を避ける事ができなかった。まぁ、この時は誰にぶつかったのかもわからなかったのだが……。

 急いでいたところを邪魔され、私は怒ってしまいそうになった。

 

「! っと……悪い、大丈夫か?」

 

 だが、転んだ私の頭の上から聞こえてきた男の声を聞いて、私は狼狽した。この学園に男は一人しかいない。顔を上げると、そこには私に手の平を差し出す一夏が目の前に立っていたのだ。

 しかし、その声は子供の頃に聞き慣れた、生意気ながらも意志の強い少年の声ではない。歯切れの悪い口調で、僅かな威圧がこもった様な、低い声だった。

 

「あっ!? ……あ……だっ、大丈夫だ……」

 

 驚きで腰が抜けかけていた私は、情けなくも彼の手を掴んで立ち上がった。服をはたいて周辺を見回すと、そこには様々のものが散らばっていた。お菓子や飲み物はともかく、シャーペンやノートなどを見ると、忘れ物をしたという推測ができるが、その時の私にはそんな余裕はなかった。

 とにかく、とりあえず、自分の足下に転がっていた多色ボールペンを一夏に渡した。手が震えていたのは自分でもわかっていた。

 

「こ、これ……」

 

「あぁ……悪い……」

 

「あっ、あの! ……えと、あの……その……」

 

 「私の事、覚えてる?」……そう伝えたくて、思い切って声に出したのはいいが、そのあとに何て口にしたらいいのかわからなくて、酷くどもった。

 本当はすぐにでも話しかけて、一緒に話をしたい。でも今、目の前にいる一夏の雰囲気がそれをよしとはしてくれなかった。まるで、人を寄せ付けない様なオーラを放っていたのだから。

 それでも、私は意を決して彼に話しかけたのだ! 絶対に彼は私の事を覚えてくれていると信じて……

 

「久しぶりだな……箒……」

 

 だから、言葉を詰まらせた私に一言、一夏が私の名前を呼んでくれた時、それだけで私の心の中は束縛から解放された様に、落ち着く事ができた。それだけで私は幸せだった。

 名前を呼んでくれた。一夏は私の事を覚えていてくれたのだ! 嬉しかった……

 ただ、嬉しさのあまりにやけてしまいそうで、そんなはしたない態度を見られたくなかったから、私は心身を落ち着かせて、私はようやく一夏の目を見て話をしたのだった。

 入学式にいなかったのと、なぜ私服なのかという理由は、遅刻が原因だと知ったときには彼を叱ったが、久しぶりの恋人……お、幼馴染みとの会話に、私の緊張の糸は緩んだ。そしてこれから毎日、こんな日々が始まっていくのかと想像すると、嬉しくて仕方なかった。

 

 本当に……嬉しかった……♡ 無理矢理この学園に入れられた事も、今なら帳消しにしてお釣りがもらえる♪ 

 

 それからようやく、私と一夏の学園生活が始まったのだ。

 ま、まぁ……寮の部屋まで一緒だとは思わなかったが、これはこれで良い。まるで夫婦の暮らしの様だから。

 

 今度、一夏に料理でも作ってやるかな……

 

 そのほかにも色々な事を知った。

 あれだけ励んでいた剣道を辞めてしまったと聞いたときは驚いた。タバコを吸っている姿を見た時はもっと驚いて、頭ごなしに叱った。千冬さんに普通に抵抗しているところを見た時は、肝が冷えた。

 私の知らない一夏の姿が次々と見えてくる…………だが、いろんな感情が混ざり合ってうまく言い表せないけども、一夏は一夏だ。お互い、普通とはかけ離れた家庭で育ってきたのだし、人が変わったりするのも不思議ではないと思う。なにより……私だって一夏と会えなくなってから、暴走していた時もある……。

 でも、それに比べて一夏は落ち着いていると思うのだ。周りにいるのが女性ばかりだからという理由もあるかもしれないが、暴力的な印象は全く感じられず、怒っている時は静かな威圧が感じられる。大人びたと言うのだろうか? 私と比べれば全然、大人かもしれない…………昔はくだらん事を言うたびに竹刀で殴ったものだが、もうそんな事はできないかもしれん……いや、もしかしたら竹刀を避けられるかも……。

 

 そう思えてしまうのは……雰囲気があの人に似てきたからなのかもしれない。

 

 その……千冬さんに……

 

 そんな一夏が、クラスメイトのしかも代表候補生であるセシリア・オルコットとか言う奴と決闘する事になって、私は一夏に協力すべくトレーニングと言う名目で、辞めてしまった剣道をもう一度奮い起こす事にした。最初は断られたのだが、一夏は唐突にやる気を出してくれたのだ。

 理由はなぜなのかわからなかったが、これで一夏を剣の道に戻す事ができる上、一夏と一緒に過ごす時間も増やせた。まぁ、剣道場には部員もいる上、一夏の見物に来る女子も少なくないのだから、ふたりっきりと言うわけにはいかない。だが、私はそれでも良い。今はあの猫の皮を被った様な女を叩きのめす事が優先だ!

 放課後、山田先生の補習は一時間程度だと一夏から聞いたので、私は剣道場で適当なトレーニングをしながら待っていたが、一夏はいつまでたっても来なかった。

 不審に思った私が校舎内を散策すると、あいつはISの整備室へと向かっていたところを発見したのだ。一夏のヤツめ……約束をすっぽかすとは何事だ! 大体、今のおまえはIS以前の問題だろう!

 一夏はISをちょっと触るだけだと言っていたが、私はそれを無視して彼を引っ張り、剣道場へと放り込んだ。

 やっとこれで剣道を始める事ができる……と思っていたら、なんと一夏は道着の着る方法も防具の着け方も忘れてしまったと言うのだから大変だった。なんとかして仕方を教え、着付けたは良いが今度は立ち方さえ忘れているという始末だった。

 私は怒りを通り越して呆れてしまった。忘れたとは言え、まさかここまで酷いとは思わなかったからだ!

 こうして、一夏との最初のトレーニングは、なんと道着や鎧の着付けや礼儀、竹刀の振り方を叩き込んでいる内に終わってしまった。これではトレーニング以前の問題だ!

 

 本気で鞭を打たねばならないな……

 

 だけど……それにしてもなんだ……一夏のヤツ……剣道を辞めてしまったと言っていたが、筋だけはしっかり残っているではないか。それに、一度教えた立ち姿勢も、竹刀の握り方も様になっていた。6年前までは圧倒的なまでに強かった男だ。やはり体に染み付いているのだと思う。

 一夏に稽古を教えている最中。ふと、当時の頃の一夏を思い出した。強く、凛々しいと言うよりは無謀だが、とてもたくましくて格好良い男だった。

 それは、今この瞬間も変わらない。6年という大きな時間は姿も性格も変えてしまったが、それはお互い様だ。これからいくらでも……今度は自由にやり直せる。今の私はそれが一番嬉しかった。

 それから毎日、私は一夏に鞭を打った。一夏は文句ひとつ言わずに、私のトレーニングについてきた。相変わらず授業中に昼寝をしては山田先生に起こされたり、千冬さんに叩かれたりはしていたが、ISを動かすには知識よりもトレーニングの方が優先だと思っていたし、一夏はいつも朝の5時ぐらいに起きて自主勉強をしている。気にするほどではないと思った。

 でも……もし私が一夏の隣りの席なら、山田先生の様に優しく起こしてあげるのだが……。

それに……本当はISを動かすトレーニングだって行いたい。でも、私も一夏もISを持っていないのだから、仕方がないとは思っている。

 

思ってはいるのだが……

 

 そう言えば最近、一夏が山田先生に好意を持っているとかそんなウワサを聞く。まぁ、一夏が補習を受けているからだろうし、あの人はちょっと抜けた部分があるからだと思うが……警戒して損はないと思いたい。今の一夏に寄り付いてくる女など、腐る程いるのだからな……。

 

 それに、あの人の……む、胸の大きさなら……負けてはいないッ! 

 

 

 

……と思う……

 

 

 

 と、とにかくその前に! あの女との決闘の日が近づいているのだ。私は自分に出来る事の限りを尽くして一夏に協力しよう。

 ついでにおまえの錆びきった同門の名を、もう一度磨き直してやる!

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