決闘当日。俺と箒は山田先生に案内された場所、IS学園内にある馬鹿にデカいドーム状の建物、第3アリーナのAピットに待機していた。曜日は土曜。天気は快晴。なのに俺の心境は曇りも生温い、暗雲状態だった。
ここまでの数日は箒に徹底的に鍛えられたり、山田先生の補習を毎日受けたりと、プライベートな時間など全くもってない、忙しい日々を過ごしていた。
それは別にどうでもいいのだ。心境が真っ暗になるほど問題だったのは、今日の今日まで俺はISに触れていない事。触ろう触ろうと思ってはいたのだが、何度も箒にジャマをされ、最終的には整備室のISは全て他の生徒に貸し出され、ISを見る事すらできなくなっていたのだ。
だが、意外な収穫はあった。
アリーナのピットは武骨な金属の床や壁が広がっている。床はアリーナの砂埃や何かを引きずった様なキズでボロボロだが、目を凝らすと箒のスカートが床に反射してパンツが見えそうで見えない、ギリギリの光沢を保っている。
壁に寄りかかっている俺のすぐ隣には、ISを緊急で修復するためのセッティングやら装置やらが取り付けられており、その向こうにはISを運ぶ為の搬入用エレベーターの扉がある。カタパルト先のゲートはまだ閉まっているが、数十カ所の照明があるからピットの中は昼間の様に明るい。
だが、そのゲートはあと数分も経てば開く事になる。それまでの間、俺はゲートの先にいる敵──すなわち、セシリア・オルコットの専用IS『ブルー・ティアーズ』を、両手持ちサイズのタブレットで観察、確認をする事にしていた。
ちなみに、今の俺の姿は制服ではなく、ISに乗るヤツが着てる様な体にフィットするあの下着みたいな服。いや、服と言えるのかどうかも難しい、あのISスーツだ。腹回りスースーするし、これ絶対に冬場寒いだろ。個人的にはいただけない。
「…………」
「これが専用機……」
俺の隣りから神妙な顔つきでタブレットを覗き込んでいる箒が呟いた。タブレットのウインドウには、空中で制止してスコープ付きのレーザーライフルをぶっ放している青いISと、それを操縦しているセシリアの姿が映っている。俺達が見ているのは、『ブルー・ティアーズ』の戦闘データ。そう、俺が手に入れた収穫だ。
なんでそんな物を持っているのかというと、それは俺がISに触れようと放課後の整備室に行った時まで時間はさかのぼる。整備室のドアが開いて最初に迎えてくれたのは、立ったまま資料とにらめっこをする布仏さんだった。
(あっ、おりむ〜だ〜)
(こんちわ……って、アレ? ISは?)
俺は挨拶を返しながら広い広い整備室を見渡すが、そこにいつもは数台で並んでるISが全くない事に気付くと、そばにいた2年の先輩が急に謝ってきた。
(あ、ゴメ〜ン織斑くん! 今、IS全部貸し出しちゃったの!)
(えっ、貸し出したって……全部?)
(そーなの! 最近2〜3年が活発でさー、ここんところ毎日修理や調整で大変……って違う! とにかく、今ここに貸し出す分のISはないのよ……)
(そーすか……)
(まぁ、IS自体は1台あるっちゃあるんだけど……)
そう言って先輩は部屋の片隅に目を向けた。俺も彼女の向いた方を見ると、そこには整備室の片隅で一番端っこの台座の上に、色違いの打鉄が待機状態で乗せられている。そして、その傍には椅子に座って立体型ディスプレイを開き、黙々と作業をしている一人の女子生徒がいた。
これは俺が初めて整備室に来た時も見ていた光景だ。俺が整備室に来ると、彼女はいつも決まった場所で作業をしている。俺はおろか、他の女子とも一切の会話をせず、ただひたすらにディスプレイのキーボードを打ち込み続ける後ろ姿は、人を寄せ付けない雰囲気が醸し出されていた。
そして、この日も彼女は黙々とキーボードを打ち続けていた。
カタカタカタカタ……
(あ〜……あれは、ちょっとね……)
先輩も彼女の雰囲気には馴染めないのか、困った表情で俺に愛想笑いした。
(いや、邪魔しちゃ悪いですし……また今度、日ぃ改めて来ますよ)
この場に触れるISが無いのなら、ここにいる理由はない。早くしないと剣道場で待つ箒に怒られるのだから、俺はとっとと整備室を出る事にした。
(ホントにごめんね〜)
何度も謝ってくる先輩をなだめて、俺は整備室を出ようとしたが、そこへ布仏さんが俺を呼び止めた。
(おりむ〜。せっし〜との決闘、大丈夫?)
せっしーとはセシリアの事だろう。見栄を張っても仕方がないので、俺は彼女に本音を漏らした。
(……正直ヤバいよ。俺も専用機用意されるけど、勝算なんか無いに等しい……かな?)
(そんなおりむ〜に……ハイ、これ!)
布仏さんは喋りながら、自分の座っていた椅子の近くに置いてあった機材から何かを取ると、それを俺の目の前に差し出した。彼女の指に摘んであったのは、1枚のメモリーカードだった。
(ぁあ……何だこれ?)
曖昧な返事をして、差し出されたメモリーカードを手の平で受け取ると、彼女は中々ボリュームのある胸を張って答えた。
(そこにはなんとぉ〜、せっし〜の専用機『ブルー・ティアーズ』のデータが入ってま〜す!)
(えっ?)
(まぁ、せっしーがここでISの調整をしにきたとき、サンプリングのためにコピーしたものだけどね)
俺は彼女の話を聞きながら、メモリーカードを凝視した。ISの情報、しかも代表候補生の専用機ともなると、ネットで調べても名前ぐらいしか出てこない程、情報が密閉されているものだ。いざとなったら国を守るための抑止力にもなるらしいのだから、開示して良いわけない理由もわかる。なのに目の前にいるのほほんとした女性が、そんな専用ISの超重要なデータをこの状況でいきなり手渡してきたら、驚くに決まっているだろう。国に干渉しないIS学園だからこそ、こんな事ができるのだと思うが、それにしたってアバウトすぎる。
だが、このデータひとつで勝機を見い出せた気はしなかった。これで敵を知る事ができても、向こうはISを乗りこなすベテランに対し、俺はまだISに触れた事もないただの人。技術能力の差が広すぎて話にならないのが現状だと、俺は思っていた。
けれども、彼女の優しさは喜んで受け取ろう。セシリアがここに来ている事も驚きだったが、出会ったら出会ったで面倒臭いのだから、ただのラッキーだ。この際どうでもいい。今は布仏さんに感謝する事が優先だった。
(いや、それでも十分だよ! ありがと布仏さん。これで勝つ事はできなくても、一撃ぐらいは叩き込めそうな気がしてきた)
(のほほんさんでいいよ〜。がんばってね、おりむ〜!)
(あぁ……!)
手を振る布仏さんに答えて、俺は整備室を出ようとした。扉をくぐろうとした時、俺はもう一度部屋の隅、真っ白な色違いの打鉄の方に目を向けた。女子生徒が相変わらず作業を続けているのを見届けて、俺は整備室を後にした。
というわけで、布仏さんから頂いた大事な大事なISのデータを、今こうして箒とふたりで観察を続けている。ここから、どうやったらアイツに一撃喰らわせる事ができるか、考え込んでいる所だった。
ガガッ、ピー☆
『お、織斑くん織斑くん織斑くんっ!!』
ピットの天井に設置された真っ黒なスピーカーから、大音量で俺の名前を何度も呼ぶ山田先生の声が響き渡った。
その声のデカい事デカい事……俺と箒はあまりの騒音に、耳を手で押さえた。
「な……なんすか先生? 声デカい……」
俺は音が遠くになっている片耳を押さえながら、ピットの壁に取り付けられた通信機を使って山田先生のいる、アリーナの管制塔に通信を繋げて返事をした。ちょっと怒気も声色に含ませて。
『あっ、す、すみません……えと、来ました! 織斑くんの専用IS!!』
ほら、また声デカくなってるって山田先生……俺と箒の耳はボロボロなんですが……。
ぐったりしていると、今度は千冬の声が聞こえてきた。山田先生とは違って落ち着いた、音量も耳に悪くない程度のレベルで。
『いいか織斑、今搬入口を開くから少し下がってろ。開いたらすぐに準備を始めるんだ。アリーナの時間は限られているからな』
彼女に言われた通り、俺はタブレットの電源を切って台の上に置き、搬入口の前に立つ。箒も同じ様に、俺の隣りに並んだ。隔壁の閉じられた搬入口の奥からは、大きなエレベーターがゆっくりと上がってくる様な音がしていた。
「一夏……とうとうだな」
「あぁ……」
そう単調な会話だけを彼女と告げ交わすと、圧縮された空気が抜ける音と共に、隔壁が重たい音を響かせながらせり上がる。空気の抜ける音が鳴った瞬間、予想以上だったのだろう音の大きさに驚いた箒がビクッと体を震わせたのは、見なかった事にした。
隔壁が徐々に上がっていくと、最初に見えたのは当然足下。セシリアのブルー・ティアーズの青とは違う、暗めの群青色の青でカラーリングされたISのつま先が現れた。
しかし、隔壁がせり上がるに連れ、そのISは青がメインカラーではないとわかる。つま先からの上の色は青ではなかったからだ。
「白い……IS?」
隔壁が上がりきった後、箒は目の前に全体を現したISを見て、率直な言葉を呟いた。
だが、俺はイマイチその言葉に納得できない。確かに、白と言われれば白だと思うのだが、どっちかっつーと白よりは灰色に近い色合いだ。銀色とはまたちょっと違う、濁った白……百円玉の色とも言える。メタリックの光沢で色合いが曖昧なのだが、ロボットの色合いとしては、武骨でステキかもな。群青色の部分はつま先と両手と肩の近くにくっついている浮遊固定ユニットに少しだけ。それ以外の場所は全てその灰色で塗り尽くされていた。
『これが織斑くんの専用IS……「白式」です!』
また山田先生のどでかい声がピットに響き渡ったが、今度はさほど気にならなかった。慣れたと言えばそれまでなのだが、今の俺は先生の声よりも目の前に佇むIS、『白式』に目を奪われていた。
「スゲぇ……」
打鉄やブルー・ティアーズと違って特徴と言える特徴は見当たらないが、そのシンプルでやや無骨なデザインのISは如何にも自分が主人公機である事を主張するかの様なオーラが滲み出ている。機体は当然、新品。カラーリングの汚れも掠れもなく、細かなパーツひとつひとつに彫り込まれたマーキングが輝かしい。
『織斑 一夏』はこのISを目にした時、何を思ったのだろうか。彼もきっとISのカッコよさに見惚れていたと思う。これから楽しくも可笑しくも、壮絶な運命が待っているとも知らずに。もちろん、俺もこの時はセシリアの戦いも忘れ、子供の様に胸を高鳴らせていた。
そんなところへ、千冬の厳しい声が割り込んでくる。
『動け織斑。時間がないから
その声で現実に戻された俺は、意を決して白式に歩み寄り、その機体に手を伸ばす。
が、その数センチ手前で俺は手を止めた。
「……………………………」
……ここまであんま考えない様にはしていたが…………もし動かなかったらどうしようかと今になって不安になっている。動かせなきゃそりゃもうパニックなんて騒ぎじゃなくなるし、間違いなく俺はIS学園から追い出されるだろう。『織斑 一夏』としては願ったり叶ったりだと思うけど…………箒はもちろん、これから登場するヒロインの事を考えれば、『俺』がここから離れる様な事があっては絶対にならないはずだが……
「……一夏? どうかしたのか?」
ISの前で急に手を止めた俺を不審に思ったのか、箒がすぐそばまで近寄ってきた。俺は体を動かさず、頭と目線だけを彼女の方に振り向いて、震えた声で答えた。
「いや……ちょっと緊張しちゃって……」
「ッ! 今更何を言っている!? さっさと起動しろっ!!」
なんとも情けない理由に怒った彼女は、俺の背中を突き飛ばした。避ける事もできず、衝撃で俺──の伸ばしていた腕は、そのまま白式の灰色の装甲に手の平をピタリとまんべんなく接触させた。
「あっ……!」
声を漏らしたその瞬間、俺の頭の中へISの情報が一気に流れ込んできた。視界がスパークして、まるで脳味噌にスタンガンを押当てられた様な、激痛を通り越す感覚を遠くに感じながら、俺の目の前は真っ白に染まった。
・・・☆・・・☆・・・
ひんやりとした水の冷たさを感じて、俺は目が覚めた。視界には、まばらに浮かんだ白い雲と、快活な青空が広がっている。
ここはいったい何処だ?
わけのわからなかった俺は、とりあえず仰向けになっている自分の体を起こし、首を振って周りを見渡す。
自分の腰を下ろしているそこは、デカい水溜りとでも言えばいいだろうか。透き通るほど清らかな水が地平線へ果てしなく広がり、青空が反射されて水色に見える。遠くの方には色彩のない真っ黒な山々が連なっている。
そこはまるで……どこかのおとぎ話にでも出てきそうな、不思議な世界だった。
片膝に手を当てて立ち上がろうとすると、水を吸った制服がどっしりと重くなって、俺はバランスを崩しかけた。気がつくと衣服も体も髪の毛も水でぐしょ濡れ。顔が無事だったのは、この水の水位が仰向けになった俺の顔まで届いていなかったからだろう。立ってみると、水は俺の靴と足首までしか浸かっていない。
そしてその水は流れる事なく、俺の足に留まり続けている。風が一切吹いておらず、波もない。湖なのだろうか。
あぁ……それにしても、寒い。まだ4月だぜ? 初夏ならまだしも、今の季節じゃ水浴びは早すぎる。
そもそも、何で俺はこんな所に……
そこまで考えていた時、顔に水滴が垂れてきたので、目を閉じて髪の毛と水滴を両手で一気に掻き上げ目を開けた。
すると、さっきまで地平線だけが広がっていた水面に、いつの間にかひとりの少女が立っていた。
俺は驚いて言葉を失った。体が緊張して、まともに動かせたのは眼球だけだった。
少女は真っ白だった。不健康に感じるほどの色白の肌。腰まで伸びている白髪。着ているワンピースも白。真っ白で縁の広い麦わら帽子からは、視線も表情も窺う事ができない。
なによりも異様だったのは、少女の足下。小さな素足が水面の上にあった。彼女の足下には岩や地面の代わりになる物は何も見えない。少女は水面に浮いていたのだ。
そんな彼女からは何か言葉にできない、人間と違う様な雰囲気を放っていたが、不思議と恐怖感はわかなかった。思考がゆらりと巡れてゆく。
あぁ……俺は知ってるぞ、このちっこい女。でもこれって結構最後の方じゃなかったけ?
唐突に、少女の口が開いた。
「あなたはだあれ?」
あどけなさの残る幼い声が、空間に反響した。
「……俺は…………」
言葉を返したかったが、声が出なかった。いや……答えられなかったのだ。
目線を水面に向ける。
映っているのは『織斑 一夏』の顔。
『俺』ではない。
だが彼を見ているのは『俺』
つまりここにいるのは『俺』
だが体は別の人間。
だが精神は違う。
『彼』の記憶は此所にはない。
あるのは『俺』の記憶だけ。
ついでに言えば『彼』の未来も知っている。
だが此所に居るのは『俺』
『俺』にISを動かせるかはわからない。
『俺』は……
「誰、なんだろうな……」
無い脳味噌を振り絞ってでも考え抜こうとした自分の口からは、空気の掠れる様な、こんな呟きしか出てこなかった。
俺の答えに彼女がどんな反応をしたのかはわからない。気付くと、いつの間にか姿が消えていたのだ。
次第に視界が遠くなって、俺の意識は水面に映る、『織斑 一夏』の中に消えた。
・・・☆・・・☆・・・
……ぃカ! ……イチカ! 一夏ぁ!!」
ぐわんぐわんと体を揺さぶられて目を覚ますと、視界に見えたのは箒の顔のクローズアップだった。いつもの落ち着いた立振舞いが嘘の様な、酷く動揺した表情で俺の肩を掴みながら、何度も名前を叫んでいた。
「ぇ、ぁあ?」
「い、一夏!? だっ、大丈夫なのか!?」
俺が反応を示すと、彼女は俺の名前を更に叫ぶ。どうやら、俺は彼女に抱きかかえられているらしい。
いったい何が起こったのだろうか。状況のわからないまま、俺は彼女の腕を放してヨロヨロと立ち上がった。立った瞬間、ズキリと後頭部が痛み、思わず片手をそこに押さえつける。箒が俺の肩を介抱する様に掴んできたのと同時に、ピッドのスピーカーから慌ただしい声が聞こえてきた。
『織斑くん!? 織斑くんッ!!』
『一夏!? 一夏ッ!! どうした! 何があった!?』
今まで聞いた中で一番デカい山田先生の声と、俺の事を『一夏』と叫びながら状況を求めてくる千冬の声が大音量でピッドの中に反響する。スピーカーが声の大きさに耐えきれず、ハウリングを起こしていた。
その爆音に目がハッキリと覚めた俺は、箒に話しかけた。頭に押さえていた手を両耳に移しながら。
「な、何があったんだ……?」
「何って……お前、ISに触れた瞬間、そのまま倒れたのだぞ!?」
箒の言葉を聞いて、俺は手を下ろした。ズキズキと頭が痛むのはこの金属質の床にぶっ倒れて、頭を打ち付けたのだろう。それと、どうやらあの異世界で白い少女と話した時間は、ほんの一瞬の出来事だったらしい。
「そうか……だ、大丈夫だ。ちょっと、ビックリしただけ……」
彼女にそう言って、俺は今一度白式の方を見遣る。さっきと違ってソイツは機械の起動音を静かに鳴り響かせ、周りからは微かにエネルギーのオーラが波紋の様に溢れている。腰を固定するパーツの部分が開放して、操縦者が乗り込むのを今か今かと待ち続けていた。
あの異世界の出来事はなんだったのだろうか。少女との邂逅がいったい何を意味するのかはわからないが、とにかく『俺』にISは動かせた。なら、考えるのは後にしよう。今の俺は成すべき事を成すだけである。
だが、白式に歩み寄った時、箒が俺を止めた。
「ま、待て一夏! やるつもりなのか!?」
「あぁ、アイツが待ってるしな……」
俺はタブレットに映っていたセシリアとブルー・ティアーズを思い出す。今ここで戦わなければ、彼女は絶対に納得してはくれないだろう。それに俺自身、今すぐにでもISを動かしてみたいという欲求に強く煽られていた。だから彼女の言葉に対して、俺は何の迷いもなかった。
そんな会話の間に、スピーカーから山田先生の声が、ピッドに響き渡る。
『先生っ! この決闘、中止にした方が……』
千冬は先生の主張を聞いて、何かを考えている様に唸り声を漏らしていたが、ほどなくしてやや吹っ切れた軽い口調で俺に話してきた。
『……一夏、無理にやめろとは言わない……お前がやれると言うなら、私は止めん』
「りょーか〜い。無理しない程度に頑張ってみせるよ。千冬姉」
『学校では織斑先生と呼べと……っ!』
千冬の言葉が途中で途切れたのは、俺の事を素で『一夏』と呼んでしまっている事に気がついたからだろう。スピーカー先のアリーナの本部の方では、今頃彼女は赤面しているに違いない。そして、それを山田先生が見て笑って、シメられているに違いない。
そんな想像を思い浮かべながら、薄ら笑いで俺はもう一度白式の前に歩み寄り、腰を固定するパーツの部分に恐る恐る手を触れ合わせた。
「ッ………………」
今度は特に衝撃が身体の中を走る様な事は起こらなかった。感じるのは白式の内側から響き渡ってくる機械の稼働する振動とほのかな熱気だけだ。一安心しながら俺は数段の段差を上がり、白式の腰回りのパーツに背を向けて密着させる。スピーカーから千冬が装着の仕方を教えてくれた。
『あぁ、そんな感じでいい。腰掛ける様にしてみろ』
カシャ☆ ギュィィィィィィィン……
「うぉ……っと」
すると腰のパーツがどこぞの仮面ヒーローの変身ベルトの様に閉じると、俺の腰を押さえたまま宙に浮き始めた。山田先生に習った、空間慣性システム『
うん、初めてISに乗ってみた……というよりは装着してみた感想だが、特に違和感はない。腕は操縦桿を握って、足はフットペダルを踏んでいるだけなのだが、緩めてもずり落ちてくる様な心配はない様だ。どうゆう仕組みなのかはわからんが。
浮遊ユニットと呼ばれる、肩から数十センチ離れて微動だにしないまま空中で静止している羽の様なブースターのパーツに目を向けていると、いつの間にか変形音と共に後頭部辺りからカチューシャの様なパーツが伸びて、俺の耳を覆い隠した。中からは千冬の声が聞こえた。
『どうだ一夏、気分は悪くないか?』
耳元から囁かれるのは久しぶりに聞く、千冬の優しい声だ。この世界に来てからかれこれ数週間ばかり経った俺から見る彼女の印象は最初と変わらず、普段は厳しすぎておっかない教師だが、いざという時は本気で一夏の事を心配する、心配してくれる、優しい姉だと痛感した。だが、本来この優しさは一夏に向けられているものだと考えると、少し空しい。
願わくば、なるべく彼女の『ブリュンヒルデ』の称号は汚さずに終わらせてやりたい。それに、山田先生や箒は俺の為に一心で協力してくれたし、布仏さんに約束した言葉もある。せめて一撃だけでも彼女に叩き込むつもりだ。
ここに来てから、俺はすっかり周りの人達に意識を向ける様になってしまった。原作のキャラなんかどうでもいいと思っていた少し前の自分が見たら、何て思うだろうか……
頭を振り、今は余計な考え事を止めた。白式については問題ない。よくわかんないが、とにかくやれそうな気がした。
「大丈夫だ、問題ない」
『そうか。今アリーナの入り口を開けるから待ってろ』
そう言って彼女との通信が切れると、ピットの警告灯が甲高い音を響かせながら、アリーナのグラウンドへと直結する大きなゲートがゆっくりと開いてくる。同時に会場の方から山田先生のアナウンスが聞こえた。
『え〜、もうすぐ織斑 一夏君が入場します! みなさん、もう少し待っててくださいね〜』
まるで運動会の入場の様な喋り口で山田先生は声を張っていたが、俺の事が気がかりなのだろうか、僅かに声が震えている。けれども彼女のアナウンスが響き渡ると、会場からは程々の歓声が響き渡ってくる。俺が思ったよりも、観客は多いようだ。それだけ、世界で唯一ISを使える男は注目の的になるらしい。俺が他人事の様に言うのも変な話だが。
ゲートが開ききるとピットの照明が消え、太陽の光が直射しない程度に差し込んできた。俺達のそばまで強い風が流れ、箒はスカートを押さえる。……うん、白か。
彼女のパンツは頭の隅へと押しやり、俺はゆっくりと白式の右足を上げ、一歩を踏み出した。
ガション! と重たい音を立てて、右足は地面に着いた。少し足が重たく感じるだけで、それ以外は苦もなく白式は素直に動く。肩のスラスターで飛行する方法も何となくわかるし、その調節の仕方もなんとなくわかる。これもISの能力だろう。本当になんとなくでしかわからないが、今はそのなんとなくが確信の様にも感じた。
俺はそのまま数歩歩き、カタパルトの接着部分に両足をつけた。目の前に発射するコンソールの立体モニターが現れ、それを白式の指で操作しようとした時、箒が俺を呼んだ。
「い、一夏……!」
「ん……?」
「その……ISの事……なにも教えられなくて、すまなかった……」
「いいさ……トレーニング、ありがとな」
彼女が言葉を返す前に、俺はコンソールを操作してカタパルトの機動ボタンをタッチした。慌ただしく警報が鳴り響き、カタパルトのレールの部分が発光する。
遠くの方で山田先生が観客に何か言ってんのが聞こえる。箒はISの発射に巻き込まれない場所に避難すると、何か言いたそうな表情で俺の事を見ていた。
他人に気をかけるのはひとまずここまでにして、俺は自分のやる事に集中した。モニターに表示されている絵の通りに膝を曲げ、体勢をかがめる。どこぞのロボットアニメの発射体勢もこんな感じだったのを思い出す。
『はい、たいへん長らくお待たせしました! 間もなく織斑 一夏くんの入場です! 拍手で迎えてあげてください!』
山田先生の声を耳に挟みつつ、俺はかがんだ体勢で金属製の床を睨みつけながら、頭の中でイメージトレーニングを繰り返す。カタパルトから発射された後は白式で飛ばなければならない。失敗すれば地面に真っ逆さまだ。
そうならないために何度かトレーニングを繰り返していると、発射の準備が整った事を知らせるモニターが現れた。いよいよISでの初めての戦闘が始まると思うと、妙に胸が高鳴って鬱陶しかった。
心の中の緊張を振り払ってモニターに手を滑らそうとしたが、少しだけ箒の事が気になったので俺は彼女の立っている方を見た。不安げな表情の彼女と視線が合ったが、俺は何も答えず、ただ手を振るだけの動作を彼女に見せて、モニターに映るカタパルト発射のスイッチをタッチした。
するとモニターに『Ready』と書かれた文字と、四つの光の灯っていないランプが横一列に並んだ画面が映り、甲高い音と共に端から青く発光し始めた。それを見て全てを理解した俺は、画面を睨みつけながら舌を噛まない様に口元をしっかりと閉じ、発射に構えた。
ピ……ピ……ピ……ポー!☆
最後の赤いランプが発光し、一際甲高い音が鳴った次の瞬間、モニターの『Go!』という文字が浮かび上がったのと同時にカタパルトの固定具が外れ、俺と白式は体の前面に衝撃を感じながら、カタパルトのレールを凄まじいスピードで滑走。一瞬にして視界が一点に集中した視線の先は、レールの先端。俺は固定された白式の足が解除されるのと同時に折り曲げていた膝を勢い良く伸ばし、アリーナのグラウンドへと飛び立った。
青空と太陽の下、背筋を伸ばして飛び出した俺は心地の良い浮遊感に身を任せていた。カタパルトの発射は完璧だった。まさかここまで上手くいくとは思ってもいなかった。アリーナの観客席には大勢の女子が俺の姿を見て歓声を上げている。俺はその中に布仏さんを見つけた。粒程の小さな姿だったが、ISは操縦者の注目した物を拡大する機能が備えられている。手を叩きながら大声で俺を呼んでいる彼女を見つけるのは簡単だった。そして、俺はそんな彼女の声援が福音の様にも聞こえていた。
だがその直後、俺は地獄を見る羽目になった。
カタパルトから発射された俺の白式はブースターを点火していなかった。飛び立った時の浮遊感は消え、ゆっくりと落下が始まる。だから俺は白式に火を吹かそうとした。教科書で見たISと同じく、空中を自由自在に飛行しようと思ったのだ。
飛ばなかったらどうしようと、一抹の不安が頭によぎったが、白式の脚の裏と背中から火を噴き出した事に、俺は安心した。ところが、そのブーストの出力で白式は飛ぶどころか、アリーナのグラウンド目指して突っ込み始めたのだ。
「あああああぁぁぁぁああああああぁぁぁあああああぁぁあぁああああぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!!??」
地面の衝突を警告するアラートが鳴り響く。落下する速度と加速が加わり、どんどんどんどん地面が近づいてくる中、俺は必死にもがく様にして白式で飛ぶイメージを繰り返した。が、その想像が現実に反映する事なく、そのまま俺と白式はアリーナのグラウンドに激突した。
ヘッドスライディングの様に斜めから地面に突っ込んだ俺は、直前に腕を交差して衝撃に備えるも、衝突と同時に思いっきり頭を強打し、硬い大地を白式と転がる。衝撃で体が何度もバウンドする度に、何度も地面に叩き付けられていく感触を遠くに感じながら、俺はアリーナの観客席真下の壁に激突。白式はそこでようやく止まった。
凄まじい砂煙が捲き起こり、観客の歓声が悲鳴へと変わって会場に響き渡る中、俺はひしゃげた金属製の壁からヨロヨロと立ち上がった。かなりあちこちを死ぬレベルで強打した筈だったが、ISに乗っているだけあってか、骨折も出血もない。だが、衝撃までは守る事はできないのか、動いただけで体中の筋肉と骨が軋み、頭の中が転がった時の気持ち悪さで吐きそうだった。おまけに地面を転がったおかげで、俺も白式も砂と泥に塗れて、ドロドロでボロボロの状態だ。
砂煙を振り払いながら辺りを見渡すと、白式のパーツらしき物が転がっている。転倒して転がった拍子に壊れてしまったのだろう。そんな事を考えていると、カチューシャから耳元に通信が入った。我を忘れた様な声で叫ぶ山田先生の声が俺の鼓膜を直撃する。
『織斑くん!! 織斑くんッ!! 聞こえますか!!? 返事をしてくださいッ!!!』
俺は通信回線の音量を絞らせてから、山田先生に返事をした。方法は白式の左腕の装甲をパカッと開き、中にあるコンソールをいじるだけ。白式から送られてくる情報で知った事だ。慣れれば、思うだけで勝手に操作してくれるらしいが……
「……大丈夫です……ッ……生きてます……」
『っ!! ……あぁ良かった……大丈夫ですか!!? ケガしていませんか!!?』
片手でカチューシャを押さえながら話している内に砂煙が晴れ、太陽が俺を照らした。山田先生は俺の姿が見えたらしい。管制塔の横長に連なっている窓に注目すると、通信用のマイクを握りしめながらこちらを見て叫ぶ彼女の姿が見えた。
「心配しないでください先生……ちょっと、タイミングをミスっただけですから……」
俺がそう伝えても、山田先生は必死になって俺の事を心配し、試合の中止を呼びかけてくれた。
正直、嬉しかった。体中が痛くて嫌になっていたし、自分のISの操縦がこんなにも酷いとは思わなかった。ワガママを言ってしまうのなら、仕切り直しにしたいくらいだった。
けれども、俺はそのワガママを口には出さず、喉の奥に押し込んだ。頭の中で布仏さんと箒の顔が思い起こされる。彼女達が俺のためにしてくれた事を考えれば、引く事はできない。
それに、山田先生の言葉に答えるほどの余裕はなかった。彼女と俺との通信に、セシリアが割り込んできたからだ。
『ずいぶんと大胆なご登場ですわね……』
セシリアはタブレットで見ていた時と同じ、背中には四枚の細いシールドの様なユニットが浮かび、濃い青色の半透明なガラス質の装甲が目立つISをまとった姿でアリーナの上空に浮遊していた。片手には身の丈を超える大きさのレーザースナイパーライフルを握り、もう片方の手を腰に当てながら俺を見下している彼女は、もう勝ち誇った様な笑みを見せている。
「逃げずに来たのは褒めてさしあげますけど……そんな操縦でわたくしに勝てると思っていますの?」
「うっさい……ちょっとしくじっただけだ……」
俺は腕を軽く回しながら、上空に浮遊するセシリアを見上げた。砂がISの関節に入ったのか、ギチギチと擦れる音が気持ち悪い。彼女は俺を小馬鹿にする様な煩わしい口調で、言葉を続ける。
「強がらなくてもいいのですわよ? このままあなたと戦っても、一方的な勝利を得るのは自明の理。ですから、ウォーミングアップの時間くらいは差し上げますわ」
「そりゃ、どうも……」
情けないが、時間は貰えた。俺は意識を集中して、もう一度白式で飛ぼうとした。が、
「うわッ!!!?」
背中で爆弾が爆発した様な凄まじい勢いで、ブースターが火を吹いた。俺とISは宙に浮いたが、白式が機能してくれたのはそこまで。放物線を描く様にして、もう一度地面に墜落した。
前のめりになって転んだ俺の耳に、セシリアと観客席にいるヤツらのため息が幾重にも重なって聞こえる。そして彼女は立ち上がろうとしていた俺に、レーザーライフルの銃口を向けていた。
「仕方ありませんわね……手伝ってあげますわ」
俺の視界に『CAUTION ! 』と書かれた真っ赤なウィンドウが、危機迫ったアラートを鳴り響かせながら浮かび上がる。
俺は咄嗟にISを動かして、と言っても今度はブースターは動かさず、ただの運動性能だけに任せて、右へと飛び跳ねた。直後、俺が立っていた場所に、青々と光るレーザーが着弾する。ISのおかげか、鼓膜がぶっ壊れる様な事は起こらなかったが、爆風の捲き起こった跡には直径2メートルぐらいのクレーターができあがっていた。
ISを身に付けているのだから、もしアレに当たっていたとしても、死ぬ事はないのだろう、たぶん。
けれども、あんな威力のあるレーザーを体にくらう事は想像したくなかった。カタパルトから落下した時ですら、立ち上がるのが嫌になる程の衝撃なのだから、あんなものが直撃したらどうなるのかわかったもんじゃないし、知りたくもない。
俺がクレーターを見遣ったのは一瞬の間だけ。視界に映るロックオンのウィンドウと、やかましいアラートはまだ消えていなかった。
地面に着地した足腰をバネにして、更に2歩、3歩と、まるで小さな足場を渡っていく様に俺は連続してジャンプする。ブースト移動はともかく、IS自体は何の問題もなく動く。『織斑 一夏』の肉体と『自分』の運動神経が合わさらなければ、ここまで動かなかったと思う。俺は冷や汗をかいているハズなのに、安堵していた。
と思ったらセシリアの奴、俺の動きを先読みする様にレーザーを撃ってきやがった。当然といえば当然だ。向こうは機械じゃない。
「ッ……!」
着地しようとしていた場所にレーザーを撃ち込まれ、爆風の巻き上がる中へ俺は飛び込む。砂煙で視界ゼロの中を抜け出したそこに、レーザーが飛んできていた。
「あッ!!」
動いても間に合わないと思った俺は、反射的にブースターを機動させてしまった。
瞬間、俺の想像通りに白式は暴走。物凄い力で振り回され、俺はアリーナの壁を滑る様な機動で駆け上がった。
アリーナの観客席には、ISとの戦闘で流れ弾やISそのものがぶっ飛んでこないように、強固な電磁シールドが張られている。このグラウンドの上空にも、ISがエリアアウトしないように、ドーム型のシールドがアリーナ全体を包み込んでいる。シールドそのものは見えないが、ISを身に付けている今の俺の視界には、シールドの境界線である編み目状の骨組みの様なものが目に見えていた。
壁を駆け上がった俺は、観客席のシールドにへばりつこうとしたが、無理だった。白式のブースターに引っ張られ、擦り付けられるかの様にシールドの上を暴走する。スラスターもまるで言う事を聞かない。
観客席にいるヤツらは悲鳴をあげていた。いくらシールドに守られているとしても、暴走しているISが近くに飛んでたら怖いに決まってる。しかもそこにセシリアが俺を狙っているレーザーライフルの外れ玉が飛んでくるんだから尚更だろう。俺もそこにはいたくない。
急にブースターが出力を弱め、俺はシールドの上からずり落ちた。グラウンドまでの高さはかなりあったが、受け身をとるだけの余裕はあった。
落下しながら空中で回転し、地面に転がり落ちる。ISは関節がほぼ丸出しだから、可動範囲は広い。前転程度、お手の物だ。
だが、俺が静止した直後、セシリアはタイミングを合わせていたかの様に、俺の所へレーザーを狙い撃ってきた。今さっき嫌になるほど体感した通り、もうブースターは吹かしたくない。俺は一直線に飛来してくる青筋の閃光に向けて、手の甲を振り抜いた。
閃光が手に触れた瞬間、凄まじい衝撃と猛烈な火花が俺の甲に集中した。飛散した火花が俺の体を滑り、消えていく。それを振り切った後に残っていた白式の腕はじんわりと熱くなっていた。腕がイカれたかと思った。
「レーザーを裏拳で弾くなんて……無茶苦茶な人ですわ……」
彼女の小さな呟きがISを通して俺の耳に伝わる。普通では絶対に聞き取る事はできない距離だが、俺が意識を彼女に集中させると聞こえてくるのだ。
それだけじゃなく、集中すれば彼女との距離や高低差などが、俺の視界に見えくる。そして、公的試合だからか、彼女の纏うブルー・ティアーズのエネルギー残量も確認できる。
俺は白式のエネルギー残量を確認した。視界の邪魔にならない様、おでこの部分に数字が現れる。
最初ピッドで起動した時は32000近くあったエネルギーが、最初のカタパルトからの墜落と、今の裏拳が原因か、今は30000を切っていた。今この瞬間も、ISを起動させているからエネルギーは徐々に減少している。これが0になったらISは動かない。俺の負けである。
対して、セシリアのエネルギー残量は約36000。俺がまだ一撃もダメージを与えていないのだから、これだけの差があるのは当然なのだが、稼働エネルギーの減少は俺と比べれば驚くほど遅く、ゆっくりである。何か別の機能でもついてるんじゃないかって思うぐらいだ。
300時間も動かせば、あんな風に変われるのだろうか。少し疑わしくも感じてしまう。
「それにしても、ようやく少しは動けるようになりましたわね……」
本気で賞賛しているのだろうか。たぶん、テキトーな事を言っているだろう、セシリアの言葉を聞いて、俺は素早く立ち上がった。ロックオンのアラートはいつの間にか消えていたが、嫌な予感も、この次に何が来るのかも、予知していた。
「……ですから、ここからは本気でいかせてもらいますわよ!」
彼女がそう叫び上げると同時に、ブルー・ティアーズの背中側に浮遊していた、四つの細長い盾の様な青い浮遊ユニットが、まるで意志を持ったかの様に動き始めた。その動きはとても予測のしづらい、羽虫が飛んでいる様な不規則な機動を描きながら、俺の周りを包囲してゆく。
「さぁ、踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる
これが彼女のIS『ブルー・ティアーズ』の特殊兵装。機体名と同じ名前を有する、イギリスの最新技術の塊。自律機動兵器、通称『BT』 『ビット』と呼ばれているらしいが……『俺』からしてみれば『ファンネル』と言った方が馴染みが深い。
だが、今俺の周りを飛び回っているBTは、俺の知っているファンネルの様な鋭角機動ではない。あれはきっとニュータイプだからこそできる技なのだと、このBTを見てるとつくづく思う。
とは言え、これで避けなければならない攻撃が5倍に増えるのだから、脅威である事は間違いない。これ以上はもう逃げる事すらできなくなるかもしれないので、俺はここでようやく白式の武装を確認する事にした。
と言っても、この白式に内蔵されている武装はひとつしかないし、それがなんなのかも重々承知している。俺は腕に投影されたディスプレイから白式の、たったひとつの武装を呼び出した。
ディスプレイは消え、腕の周りから現れた白く輝く微粒子が俺の右手に集中する。それはやがて日本刀の様な柄、鍔、刀身をかたどると、ひと振りの片刃の剣を形成した。
俺は数回、その鉛色の刃を振るい、構えた。近接ブレード、名称『
「中距離射撃型のわたくしに、近距離格闘装備で挑もうだなんて……笑止ですわ!」
彼女は俺を見下しながら鼻で笑うと、レーザーライフルを持っていない片手を力強く振り上げた。
それがBTへの攻撃命令なのだろう。俺の周りを旋回していたBTがピタリと静止する。青い装甲に包まれた先端部分の間からは、銀色に光る銃口がギラリと輝いた気がした。
俺が雪片を持ったまま跳躍した途端、四方から一斉にBTのレーザーが集中。大爆発が起こった。
「うわッ!!」
爆風に煽られ、俺と白式で百キロは超えている筈の機体が吹っ飛ぶ。BTのレーザーは個々の威力は弱いが、集中するとレーザーライフルのレーザーよりも威力は高いようだ。
吹き飛ばされた俺は、転がった拍子で素早く立ち上がり、逃げようとしたが、その直後にレーザーが後頭部を直撃した。ハンマーで殴られたかの様に頭の中が揺れ動き、俺は前のめりになって転倒した。
頭が痛む。ロックオンのアラートは止まない。咄嗟に俺は横に転がった。さっきまで自分が地に伏していた場所にレーザーが落ち、地面が爆散する。それをじっくり見る暇もなく雪片を杖代わりにして立ち上がり、ブースターを起動させた。暴走するのは怖かったが、これを使わなければBTの攻撃を避ける事は不可能だと思ったのだ。
思っていたよりブースターは素直に機動し、体がふわりと数メートル浮き上がる。思いっきり吹かすのは危険すぎるため、小刻みに動く様に意識を集中させた。
右、左、右、左。どこからロックオンされ、どの方向から攻撃が来ているのかは、白式が全て音と視界で教えてくれる。あとは当たらない様に移動すればいい。
だが、それは言うほど簡単な事ではない。動かしていたユニットにレーザーが当たり、当然の如く暴発したブースターは方向も定まらないまま、一気に加速し始めた。
「お、落ち着けッ!!!」
言って止まるなら、苦労はしないだろう。つか、落ち着かなきゃいけないのは自分だ。
白式はひとしきり暴れたかと思うと、観客席のシールドにぶつかって地面に転がった。体中に痛みが走り、リバース&ブラックアウト寸前だったが、ISは操縦者を守るため、そうゆう事は起こらない様に肉体そのものを制御されている。でも正直、気絶した方が幸せだったかもしれない。
残りエネルギー24000強。俺は立ち上がろうと腰を上げた瞬間、装甲のない胸元にレーザーライフルのレーザーを狙い撃ちされた。肋骨がへし折れるんじゃないかってぐらいの衝撃に、俺は叫び声もあげられないまま吹き飛ばされ、アリーナの壁に叩き付けられる。
前と後ろから衝撃を受け、内臓が押し潰される感覚が生じ、俺は酷く咳き込み、むせ返す。口の中に血だまりの味を感じたその直後、視界の先にはセシリアによって操られる青のBTが一斉にレーザーを発した。
避けなければならない事はわかっていた。だが、一度直撃をくらった俺は、衝撃と反動でもう動く事すらままならない。そのまま2発、3発と俺は体中にBTのレーザーを打ち込まれた。青い閃光と爆風と砂煙に体が包み込まれ、俺は更に攻撃を喰らい続ける。
不意に雨あられの閃光による乱撃が止み、グロッキー状態から開放された俺は、ガクリと膝を落とした。血ヘドでも吐きそうな気分と同時に、意識が朦朧とする。
「そういえば、聞きましたわよ。あなたも入試試験の教官、倒しているそうですわね」
セシリアの声が耳元から聞こえる。俺は雪片を地面に突き刺し、体の支えにして息を吐いた。そう言えば、俺は入試試験の事は彼女に言っていなかったな。いったいどこで知ったのだろうか。
「でも、今のあなたを見ると……本当に倒せたのかどうか、疑わしくなりますわ」
織斑 一夏は入試試験の時、どうしたんだっけ? その辺そんなに印象に残ってなかったから、覚えていない。それに今はもう思い出す気にもなれなかった。だから、
「ぁ、クぅ……つッ……こんなのにやられたんだ。やられたヤツはカスだ……」
彼女にそう答えてやった。
このとき、山田先生はショックで涙目になって落ち込んでいたらしい。千冬談。あとで謝りました。
『フフフ……哀れですわね……せいぜい足掻いてくださって?』
不敵な笑みを見せるセシリアが手をかざすと、BTが再び機動を始める。俺は息を落ち着かせて立ち上がり、今一度、ユニットのスラスターを点火した。両足が地面から離れ、ゆっくりと体が上がってゆく。空中に浮く程度なら安定する様になった。問題はここからだ。
試合開始から5分経過。まだ5分しか経っていないのか……
・・・☆・・・☆・・・
(千冬視点)
「織斑先生! もうやめましょう!! このままじゃ……ッ!!」
管制塔の中。モニターに映っているオルコットのブルー・ティアーズと、そのBTによる波状攻撃になす術もなくいたぶられている一夏を見て、山田先生が私の方へと振り返り、悲痛な声を上げた。
あいつのワガママっぷりには腹を立てていたから、少し反省するにはこの試合が丁度良いかと思っていたが。まさかここまで動かせないとはな…………あいつはISにほとんど触れていないから仕方ないとはいえ、あそこまでブースターに振り回されるのはどうもおかしい。
それに、時間はかなり立ったはずだが……一向に
原因は……白式の方か……? 束に少し話を聞く必要があるな……
私は溜め息を吐いて、山田先生に答えた。
「止められるなら、もうとっくに止めている……」
そう言って、私は白式のバイタルと、一夏の姿が映っているモニターを交互に見る。そろそろ一夏もBTの特性に気づくと思っているが…………いや、気づいてはいるが、あのブースト移動とスラスターの調整をなんとかしなければ、攻撃する事もままならないか……。
もしここで試合を止めたら、オルコットは納得しないだろう。彼女は代表候補生だ。わざわざ試合に持ち込んだのも、一夏の自分に対する態度を更生させたいがため。そして、IS学園という組織に入っている事に自覚を持たせるため。言ってしまえば、彼女なりの優しさなのだろう。だから私はこの決闘を認めてやったのだ。
しかし、一夏のヤツ……私と山田先生の通信回線を切っているな…………馬鹿め……
このまま戦闘が続けば、じきに一夏の白式のエネルギーが尽きて終わりになるだろう。だが、通信を拒否していると言う事は、試合を止めてほしくはない様だ。その暴走気味で浮遊もままならないブースターと近接武器の雪片で彼女とどう戦うのか……見せてもらうぞ。
「山田先生……織斑はまだやれます」
「で、でも……っ! こんな一方的なの……ッ!」
「感傷的になり過ぎです……あいつの目を見てください」
そう言って私は山田先生を一夏の映るモニターへと向かせる。私と山田先生が見遣るモニターの先に映る一夏の目はまだ死んでなどいない。むしろ炎が灯っているとでも言った方がいいだろうか、しっかりとした目つきでオルコットの方を睨んでいた。
「あいつはまだ諦めていない。私にはわかる」
・・・☆・・・☆・・・
『……13分。もう少し楽しめるかと思っていましたが……残念ですわね』
俺はBTのオールレンジ攻撃を受け、地べたに這いつくばったまま、セシリアの声を聞いていた。
白式のエネルギーは残り3000ちょい。左手と右足、両肩の浮遊ユニットはパーツが破壊され、火花と電流が飛び散っている。所々を地面や壁にぶつけ、土埃で汚れた今の白式の姿は、初めて見た時の新品で威厳すら感じていた姿が嘘の様な状態だ。
この数分間の中でブーストの水平移動は少しだけマシになった。だが、セシリアにはまだ一太刀も攻撃を報いていない。彼女が浮遊、飛行している数百メートルの高度まで白式を飛ばす事ができていないのだ。
いや、厳密には彼女のいる高度まで浮遊する事はできる。だが、その途中でブルー・ティアーズのBTとレーザーライフルに撃ち落されているのが現状だった。たぶん、これが彼女のISの特性を活かした戦法なのだろう。苛立たしい戦法だが、やはり代表候補生の肩書きは伊達ではない。
『そろそろ
次の攻撃で終わりにするつもりだろう。完全に勝ち誇った笑みを見せる彼女が腕を払うと同時に、4つのBTが波を滑るかの様な軌道で俺に接近してきた。
さっき気がついたのだが、セシリアはBTを円運動……惑星の軌道の様な動かし方をしている。軌道を重ねない限りぶつかる事がないから、BTみたいな物を一度に動かすのには効率の良い動きなのだろう。
だが、俺が逃げ回って上空に上がろうとすると、段々とその機動はメチャクチャになって、最終的には空中に静止したまま俺に向かってレーザーを撃ち続ける砲台と化している。たぶん、逃げる俺を追い狙う事で円運動の中心点をずらさなきゃいけないからだ。彼女は機動を保ったまま中心点をずらす事ができないのだ。やはり、これが人間の限界なんだろうな。
オールドタイプのセシリアは頑張ったと思う。もしも彼女がニュータイプだったら、俺は試合開始から1分も耐えられないはずだ。
さて、どうする……BTをセシリアから引き離せば、彼女に接近して攻撃するチャンスはあるはずだ。ブースターは細かな回避機動はダメでも、直進だけならなんとかなるかもしれない。けど、砲台となったBTとレーザーライフルから蜂の巣にされる可能性が……
いや、機動によっては当たらないかもしれない。BTより上に上がれば、砲台のレーザーは止まらなければ当たらない。残っているエネルギー量は僅か。チャンスは一回だけ。迷う時間は、なかった。
ブースターの水平移動でアリーナの端から端へと一気に移動する。途中、ジグザグに動いてレーザーの雨を躱しながら、機動砲台達を引きつけた俺は、アリーナの反対側の壁へとたどり着いた。ダメージは受けていない。
『もらいましたわ!!』
後ろからセシリアの声が聞こえる。先程から、彼女はBTで俺を撹乱した後に、高威力のレーザーライフルをぶっ放してくる。今、移動をしている俺の目の前に見えるのはアリーナの壁だけ。彼女は俺が右か左に行くかで悩んでいるだろう。
だが、そんな運には身を預けたくない。俺は出せるだけの出力でアリーナの壁に接近すると、大股開きで壁を駆け上がった。
『なっ!? いいえ、これで……っ!!』
彼女に俺の行動は予想外だっただろうか。だが、この行動で俺の行く先はアリーナの観客席だと予想し、レーザーライフルを観客席に構えたに違いない。
だが、俺はアリーナの壁を数歩駆け上がると、シールドの張られている場所近くで大きく踏み込み、サマーソルトキックの要領で体を回転。頭上に地面が広がり、足下が空になったタイミングで、ブースターの出力を一気に開放、突進した。集中するのはセシリア、一点だけ。それと同時に、観客席のシールドにレーザーライフルのレーザーが落ちて、爆発した。
『ッ!!!?』
一瞬にして攻勢に出た俺に、セシリアは言葉に出せないほど驚いていた。すぐさまBTで俺を狙い撃とうとしたが、距離を離されて動きがままならないBTを避けながら、高度を追い越すのは簡単だった。
それでもは機動砲台はただの砲台となってレーザーを発射したが、よけるまでもない。
一射目、BTのレーザー。俺の真下を通過。
二射目、BTのレーザー。左足を掠るが、スピードは落ちない。
三射目、BTのレーザー。全然違う方へ飛んでいった。
四射目、BTのレーザー。当たりそうだったが、裏拳で弾いた。
まさか全てハズれるとは思わなかっただろう。セシリアは驚愕し、慌てながらレーザーライフルを構え直し、俺に狙いをつけた。ロックオンのアラートが響き渡るが、俺は彼女のレーザーライフルの銃口だけに意識を集中していた。
『なっ……!? しぶといですわね……けれど、これで終わりっ!!』
五射目、レーザーライフルのレーザー。長い銃身から放たれた青白く光る太い光線は、俺を目がけて一直線に放たれた。
だが、見えない場所から三次元機動で撃たれるレーザーと、正面から自分に向かって撃たれるのがわかっているレーザー、どちらを躱すのが簡単かと言えば、ニュータイプでもない限り後者である。まぁ……この時は躱す事もできなかったが。
俺は雪片を横一文字にしっかりと構え、そのレーザーを受け止めた。火花が飛び散り、押し返される様な衝撃を貰ったが、白式の出力の勢いの方が断然上だった。
衝撃を押し切り、ついにセシリアとの距離が10メートルを切ろうとしていた。俺は握り締めた雪片を振りかぶり、彼女に狙いをつけた。
だか、おかしかった。狙いをつけた時に見えた彼女の表情は微かに笑みを帯びていたのだ。
「残念、惜しかったですわね…」
セシリアが呟いたその直後、彼女の腰の後ろ側で対になっていたパーツが外れると、2機のそれはBTと同じ様な軌道を描きながらそれぞれ1発ずつ、計2発の真っ白なミサイルを発射したのだ。
俺はすっかり忘れていた。BTは6機あった。
眼前にミサイルが迫って来る。回避行動をとらなければ間違いなく直撃して負けてしまう。意識を集中し、ひとつ目のミサイルは体を捻り、紙一重で躱したが、もう1発のミサイルは俺の腰に直撃。目の前が爆炎に包み込まれ、真っ赤に広がった。ズタボロの白式の装甲が吹き飛び、耳の遠くでエネルギーが尽きた警告音と勝敗の決着を決めるブザーが鳴っている。セシリアは今度こそ勝利を確信しただろう。
しかし、俺は突進を止めなかった。否、もう自分で制御していなかった。この時の俺は諦めが悪かったのか、それともキレてしまっていたのか、まだ敗北していたとは思っていなかったのだ。
そして白式は、まだ落ちてはいなかった。ISの決闘と言っても所詮は競技に過ぎない。たとえ敗北しても、ピッドへと戻るだけの予備エネルギーは残されているのだ。だからそのエネルギーを使えば…………わかるな?
「ぅうぅううぉおおおぉおおおおぉぉぉおおおおおぁぁあああぁぁぁあああああぁぁああああ!!!!!!!」
爆発の煙の中から飛びたした俺は、喉がイカれるほどの叫び声を発しながらセシリアに雪片を振り下ろした。刀身の鎬が変形し真っ白なエネルギーの光を帯びた雪片の一閃は、彼女の肩を袈裟に切りつけたが、ISの絶対防御が発動し、彼女の体が切断される事はない。
突進の勢いは止まらず、俺はセシリアに白式のボディで体当たりすると、そのまま一直線にアリーナの天井、シールドの壁へと叩き付け、止まった。
セシリアは体当たりした時に瞑った目を恐る恐ると開けると、目の前にいる俺と視線を合わせ、見開いた。雪片を押し付けたまま、フーッフーッと息を荒げて自分の事を睨みつける俺が怖かったのかもしれない。後の戦闘記録で見てみたら、息を荒げながら彼女と視線を合わせた俺の顔は、今からセシリアをレイプしようとしているかの様にも見える、大変危険な状態だった。
けれども実際はそんなはずもなく、俺は満身創痍だった。
セシリアに与えたダメージはなんと10000強。近接ブレードからの体当たり、からの壁ドンでここまで削れるとは思わなかった。
だが、結果は見ての通り。千冬の弟という名声も、彼女の『ブリュンヒルデ』の称号も地に落としてしまったに等しい。彼女は怒るだろう。箒と山田先生には申し訳がないが、布仏さんに言った事だけは果たせたから、何かもう……それで十分だった。
あぁ……それでも、その……なんだ……
「悔しいな……」
そう呟いたのと同時に、ボロボロになった白式の装甲が真っ白な微粒子に変化して、消失していく。機体を浮遊させるためのブースターが消え、ISから開放された俺の体は重力に従い、ブルー・ティアーズの機体を滑り落ちる。まだ消失しきっていなかった右手で彼女の足のパーツにしがみついてみせたが、自分の体を支えるほどの体力はもう無い。ガリガリと白式の爪が彼女の青い装甲を引っ掻き、白っぽい跡が残るだけ。
その最後の支えも失い、俺はアリーナのグラウンドへと落下した。
薄れゆく意識の中、視界に見えたのは、ただ黙って俺の事を見つめる、セシリアの姿だった。
・・・☆・・・☆・・・
目を覚ますと、知らない天井が見えた。
「やっと起きたか、この大馬鹿者め」
すぐそばには千冬が座っていた。足を組み、膝の近くに手を重ね、緩んだ表情で俺の事を見下ろしている。
開眼一番、罵声を受け、俺は視線を彼女に移す。横向きの視界。どうやら仰向けで眠っていたらしい。
「……どこココ?」
「ここは学園の保健室だ。まぁ……お前は覚えていないのも無理はないが……」
「……どれくらい、寝てた?」
「2、3時間ぐらいだな……」
そう言って千冬は俺を見て、鼻で笑った。窓の方を見ると、夕日が差し込んできている。決闘から丸一日寝込んでましたとかいう展開ではないらしい。安心した。
「まったく……無惨にボロボロにされたのはまだしも、至近距離でミサイルを喰らってエネルギー0にされたにもかかわらず、攻撃をするとはな……それも、雪片の零落白夜で……呆れを通り越して笑ってしまったよ」
怒っているのか、馬鹿にしているのかよくわからん千冬の口ぶりを聞いて、頭の中にセシリアとの戦闘が思い返される。落ち着いて考えてみれば、よくあんな無茶苦茶やったと、俺は自分の中でも驚いていた。
「だが、BTをおびき寄せてから一気に攻勢に出た事と、零落白夜の発動タイミングは見事だった。やるじゃないか」
急に、口ぶりはそのままで褒めてくる千冬に、少し驚いたが、俺はさっきから彼女の口から出てくる単語が気になって、思わず声に発した。
「零落……白夜……?」
「あぁ、お前の乗る『白式』とその近接武器『雪片』に内蔵されている
「へぇ……」
「だが、強力な力にはデメリットもある。その零落白夜は使用エネルギー料が膨大でな、使用するには自分のシールドエネルギーも転化して使っている。言わば、諸刃の剣だ」
「ん……ちょっと待て。シールドエネルギーを転化するっつったって……俺は確かミサイルくらった時点でシールドのエネルギーなんか残ってなかったハズ……」
「ハァ……言っておくが、零落白夜が喰らうのはシールドのエネルギーだけじゃない。絶対防御のためのエネルギー、各種ブースター、果てはISそのものを形成、維持するためのエネルギーも吸収する。操縦者の意思に関係なくな……」
「……まるで妖刀だな」
「あぁ……私もその能力で何度か自滅した事がある。しかし、その威力は全ISの武器の中でもトップクラス。間違いなく……最強の武器だ」
「最強か……」
「まぁ、使いこなすにはそれ相当の訓練が必要だからな。この試合でお前は身をもってわかっただろう。努力しろよ?」
千冬が横になっている俺の頭を撫でてくる。ウザいから振り払ってしまいたいのだが、今の彼女は弟を思う姉としての気持ちで慰めてくれているのだという事がなんとなくわかったから、俺は何も言わずに頭を撫でられ続けた。
やがて、撫でるのをやめた千冬は椅子から立ち上がった。
「さて、お前が目を覚ました事だし……私は仕事に戻る。一段落ついたら迎えに来てやるから、まだ寝てろ。ミサイルのダメージが体の方まで及んでしまったからな」
さっきから体の節々が痛いのは、どうやら疲労のせいだけではないらしい。ISの絶対防御も完璧ではないのは知っていたから仕方ないとは言え、シャレにならない問題だと思うのだが……
「とにかく、今日はもうおしまいだから、今は休め。また後でな」
千冬は俺にそう言い聞かせて、保健室を出ていった。話す相手がいなくなり、部屋の中が静かになる。風も吹いていない無音の空間の中で、俺は布団を被って目を瞑った。
けれど、全然眠くないので寝るのは諦めた。だが、彼女が戻ってくると言ったのでここに留まるしかない。明日はどうしようか。とりあえず整備室行って、布仏さんに白式を診てもらおうか。そんな事を考えていると、保健室のドアが開く音がした。
「……?」
「い……一夏?」
入ってきたのは箒だった。だが、いつもの凛とした態度と違って、その声はなぜか弱々しい。
「どうした?」
「いや、心配だったからッ……いや! お前がいつまで経っても寮に戻ってこないから迎えに来たのだッ! ……ただ、それだけだ……」
どうやら、俺こと『一夏』の事が心配でここへと来たらしい。て言うか、こいつ……千冬が部屋から出るまで外でスタンバってたのか?
「…………フフッ」
「なっ、何がおかしい!」
我慢できなかった。想像するとちょっとおかしかったのだ。健気だとは、わかっていたが。
「箒……俺を笑っていいよ……」
「え?」
俺は笑うのを止めて、箒にゆっくりと話し始める。彼女は戸惑いながら、黙って聞いてくれた。
「勝つためにお前と特訓したし、試合も全力を出したつもりだったけど……やっぱセシリアにはかなわなかった。代表候補生は格が違うな……」
「そ、そんな事はない!お前の最後の一撃は見事だった! それに……」
「それに……?」
「今回はISを動かす訓練ができなかった事も原因だと思うのだ。だから……これからはISの訓練も入れないといけないな」
そう言いながら箒は感心したかの様に首を振って、柄でもなく俺の事を励ましてきた。まるで、自分に悪い原因でもあったかの様に。
こいつ、もしかしてISの操縦を教える事ができなかったの、まだ根に持ってるのか? 俺もお前もIS持ってないし、借りる事もできなかったから、仕方がないと思っていたんだが…………こいつもなんやかんやで優しい女だよな…………一夏には勿体無いほどの。
「さあ、こんな所でいつまでも横になっていないで、寮に戻るぞ。もう食堂が始まってしまった」
箒は俺を起こそうとベッドの裾を掴んだが、俺はそんな彼女に軽く手を振り払った。
「あ〜悪ィ……俺、千冬……姉が戻ってくるまでここで寝てろって言われてるから」
未だに千冬に姉と付けて呼ぶ事には慣れない。兄弟なんかいない俺には姉なんてものは未知の存在だ。俺としての疎外感なのか、彼女に姉と付けて呼ぶ度に口の中がムズムズする。
「そ、そうなのか……ならば仕方がないな……」
俺の言葉に珍しく素直に納得した箒。まぁ、千冬からの命令は逆らいたくないからな。
でもまぁ、このままここで横になってるのは退屈だったし、腹も減ったし。別に千冬はそれほど怖くない俺は、ベッドから飛び起きた。
「と思ったけど……寝るのも飽きたから、俺も行くわ」
「なっ! ……いいのか? 後で何を言われても私は知らんぞ……」
「後でケータイに連絡入れとくから大丈夫だよきっと。それより明日、白式を一回整備室に持っていって……
ISの訓練に関しては賛成だが、その前にあの暴れ馬みたいな白式をまともに動かせる様、調整しなくては訓練どころではない。もしかしたら、白式があそこまで暴走する理由がわかるかもしれない。ただ、整備室で調べてわかるような問題ならいいのだが……。
保健室を出て、廊下を箒と歩きながらISの事を考えていた俺は、セシリアとの決闘と原作での出来事を思い返していた合間。ふと、気がついた。
そういえば……白式、一次移行してなくね?
・・・☆・・・☆・・・
(セシリア視点)
これは恋なのでしょうか?
頭の中ではこの質問が、さっきから何度も何度も復唱されている。
彼との決闘の後、わたくしは寮の自室に戻ってシャワーを浴びていた。熱めの温度で頭から水を被れば、今日の事などどうでもよくなる……決闘の勝利は必然だったと思いたいのに、それがどうも頭の中でモヤモヤとして離れない。
今日の試合、思い返す度にフラッシュバックするのは、彼の眼。レーザーBTを撹乱され、一気に接近してきた彼に、私は奥の手として至近距離からBT5号機、6号機のミサイルを彼に向けて放ちました。
ひとつ目のミサイルは躱され、わたくしは息を呑みました。けれども、次の2発目のミサイルは直撃し、彼の姿は爆発に飲み込まれ、引き締めていた気を緩めましたわ。彼のIS、白式の残りエネルギー量は僅か。今のミサイルで完全に削り切ったと、わたくしは自分の勝利を確信していたからですわ。
ですが、その確信はすぐに砕かれました。
爆炎と爆風の煙の中から、彼は現れたのです。嘘の様な光景を見たわたくしは回避に移行するだけの思考が追いつかず、そこから飛び出した彼は、空気が震えるばかりの叫び声を上げながら、片手に握った近接ブレードで斬りかかってきました。
その眼光は凄まじく、強く、恐ろしく、狂気的で、それでも勇ましい……まるで悪魔の様な、殺意の籠った眼差しを真っ正面から受けてしまったわたくしは、殺されるかもしれないという恐怖に、身動きが取れませんでした。
そのまま振り上げられた白銀の刃はわたくしへと叩き付けられました。身体が大きく揺れると同時に、肩から胸にかけて鋭い痛みが走る。ISの絶対防御に守られているとは言え、神経情報として送られてきた痛みは慣れないものですわ……
更に、彼は突進してきた勢いをそのまま利用して、わたくしに体当たりをしてきました。全身に大きな衝撃を受け、吹き飛ばされたわたくしはアリーナのシールドに叩き付けられ、そこでようやく止まりましたわ。
痛みと衝撃で閉じていた眼を開くと、目の前に彼がいました。息を荒げ、憤怒の形相でわたくしを睨みつけていた彼と目が合った時はどうなるかと思いましたわ。
でも、わたくしと目の合った途端、彼は恐ろしい形相をふと止めると、悲しみと悔やみの混ざり合った様な眼で、わたくしの事をジッと見つめていました。
どうして、そのような目をわたくしに向けていたのかは、わかりません。悔しいならまだしも、なぜあんな悲しい表情をしていたのでしょうか。
「悔しいな……」
思考が交錯する中、わたくしと視線を合わせたまま、彼は呟きました。
それと同時に彼のISはゆっくりと形状崩壊を始め、粒子になって消えてゆきました。浮力を失った彼は、まだ形の残っていた片手でわたくしのISにしがみつきましたが、もう体力は残っていなかったのでしょう。重力に逆らう事のできなくなった彼は、わたくしの一部である青い装甲を爪で削りながら、滑りながらグラウンドへと落ちてゆきました。
そして、そんな彼をわたくしはただ黙って見つめていました。数秒前まで彼の向けていたあの眼が頭の中で何度も思い起こされます。恐ろしくも、『わたくしを倒す』という一心の思いが伝わってきた時、わたくしは彼に怯えていたのではないのかもしれません。
でも、どうしてあんな眼でわたくしを見つめていたのかと考えていると……
『オルコットさんッッ!!!』
突然、耳元から聞こえてきた山田先生の叫び声に、わたくしは深く深く潜っていた思考から、一気に目を覚ましました。
ここは地上から100メートル以上も離れた、アリーナの空中。そんなところからISの解除された、生身の人間が落下すればどうなってしまうのかなんて、想像するのは簡単ですわ。
わたくしは素早くISで降下し、彼に手を伸ばしました。でも、わたくしが彼に見とれていた瞬間は思っていたよりも長く、彼の手を掴み取るには距離が足りなかったのです。
(間に合わない……ッ!!!)
こうなれば地表に激突してでも掴み取らなければと、わたくしがISの速度を更に上げようとしたその時、視界の端から黒い何かが飛び出し、地表スレスレの所で彼を受け止めたのです。
わたくしは何が起こったのかわかりませんでした。ですがISを停止させ、その黒い何かに注目した時、わたくしは安心したと同時に驚愕しましたわ。
「やれやれ……この大馬鹿者め……」
落下した彼を受け止めたのは織斑先生でした。タイトスカートは太ももから腰にかけて大きく裂け、膝のストッキングは破れて、擦り剥いていましたわ。
ですが、それでも先生は意識の失っていた彼に苦笑いを掛け、その姿を見てホッと安堵したわたくしはその場に立ち尽くしてしまいました。
結果として、決闘はわたくしの勝利。ですが、完全に……とは言えなくなってしまいました。あのまま彼の武器で攻撃を受け続けていたら、わたくしが負けていても不思議ではありませんもの。
「織斑、イチカ……」
深い意味もなく、その名前を口に出してみる。すると妙な事に、何とも言えない違和感を感じます。どうも彼は、名前が合っていない様な気がしますの……
それでも、高鳴るこの熱い様な寒い様なこの思い……このIS学園に来るまで、あんな強い眼を持つ男性を見たのは初めてでしたわ。わたくしの父とは大違い……
わたくしの父は、母の顔色ばかり窺う人でした。
名家に婿入りとして入籍した父は、母にずいぶんと引け目を感じていたと思います。ISが世間に発表されてからは尚更で、いつも腰の低い父を見ていたからこそ、わたくしは子供の内から「将来、情けない男とは絶対結婚しない」と決めていました。
そんな父に対して、母は強い人でした。女尊男卑社会以前からいくつもの会社を経営し、数々の成功を収めている人でした。高潔で厳しい人でしたが、わたくしはそんな母が大好きで……憧れの人でしたわ。
けれども、そんな大好きだった母はもうこの世におりません。3年前、父と一緒に事故で他界しました。
いつも別々に過ごしていた筈の両親が、どうしてその日に限って一緒にいたのか。それはわかりません。もう……聞く事も、知っている人もいませんもの……
一度は陰謀説か何かが囁かれましたが、事故の状況を調べた警察は、あっさりとそれを否定しましたわ。
越境鉄道の横転事故。死傷者は100人を超える、酷い事故だったと聞きました。
子供だったその頃のわたくしに知らされたのは、両親の死という事実だけ…………とてもあっさりとわたくしの両親は帰らぬ人となりましたわ……
けれども、わたくしには悲しんでいる時間はありませんでした。わたくしの手元には莫大な遺産が残り、金の亡者からそれを守らなくてはならなかったからです。本当は、両親の死を知らされた直後は、わたくしの心はやつれ果て、家の事なんてどうでもよくなっていましたわ……。
ですが幸福な事に、わたくしには子供の頃から親しみ、信頼のできる人がすぐそばにおりました。彼女と協力して勉学に励み。名家を守るだけの力をわたくしは手に収めました。その一環で受けたISの適性テストでA+を叩き出しましたわたくしは、政府からの好条件を承諾し、第三世代装備ブルー・ティアーズの第一次運用試験者に選抜され、稼働データと戦闘経験値を得るために日本へと渡り、そして……
(ちょっとよろしくて?)
(あぁ? あぁ……)
わたくしは出会ってしまいました。織斑一夏と言う、今まで見てきた男達とは全く違う男性を。わたくし達、女性が優位に立ったこの世界でも、自分の意思を貫かんとする、強い男性を。
これは恋なのでしょうか? それとも闘争心?
……なんてものは自分には似合いませんが、もう一度彼と対峙したい……それも今度は、お互いに対等な力量を持ちながらも、わたくしの圧勝という結末で勝利を収めてみたい……そんな感想を受けたのは事実。
この胸の高鳴りはどう考えてもわかりそうにありませんから、今はそういう事にしておきましょう。いつか彼ともう一度対峙する日まで……
汗を流し終えたわたくしはシャワーの水を切り、浴室を後にしました。
・・・☆・・・☆・・・
月曜のSHR。俺は黒板に書かれた『クラス代表 織斑 一夏』という文字を凝視していた。
「じゃあ、一年一組代表は織斑 一夏くんに決定です。あ、『一』繋がりでいい感じですね〜!」
そう言って山田先生は嬉しそうな笑顔を向けるが、どう返していいかわからず、俺は自分の腕へと視線を逸らした。そしてその視線の所にある、右腕に取り付けられた『白式』を見て、山田先生から聞いた言葉を思い返した。
朝、寮の食堂でいつもの様に箒と朝食を取っている所に山田先生は現れた。そして俺に腕輪と、束になった書類を渡してきたのだ。
(えっと、今この状態が白式の待機状態なんですけど、織斑くんが呼び出せばすぐに
山田先生の手渡してきた白金色の輪の様なアクセサリーを受け取り、俺は彼女に従ってそれを腕にはめた。彼女はガントレットって言っていたが、俺としては普通に腕輪と言った方が……馴染む。ちなみに書類の束は、IS所有者に関する事項──まぁ……ルールみたいなのがびっしりと書かかれた書類だった。全部に目ぇ通しておけだとよ……。
果たして、ちゃんと展開できるのか不安になってはいるが、白式自体は動かせたのだからそんな不安にならなくても大丈夫だとは思っている。それより、これからはコイツにお世話になるのかと考えると、何だか頭でも下がる気分だ。
原作の『織斑 一夏』は白式をほぼ完璧に使いこなしていたと思う。俺はどうなんだ?
ふと、白式と触れた時に起こった、白い少女との出会いを思い返す。結局あれは、何だったのだろうか?
思考する俺のそばで、ひとりのクラスメイトがセシリアに話しかけた。
「でもセシリアさん? どうしてクラス代表、織斑くんに譲る事にしたの?」
あぁ、それも気になっていた所だ。原作の織斑 一夏はセシリアとの決闘では、彼女をあと一歩のとこまで追い詰めたものの、ISのエネルギー切れで負けていたが、そのあとなんやかんやあって彼女が一夏に惚れてしまった結果、クラス代表を譲るという展開だった。なんやかんやって何だよと言いたいかもしれないが、なんやかんやと言うしかない。あの展開についていけた奴はいないだろう。たぶん……。
俺も彼女の事は追い詰めたと言っちゃあ追い詰めたのかもしれないが、織斑一夏ほどカッコイイ立ち回りはできちゃいない。どちらかと言えば無様だ。彼女を見惚れさせた覚えもない。
ならセシリアは何で俺にクラス代表を譲ってきたのか。一体、彼女は何を考えている?
セシリアは椅子から立ち上がり、ご機嫌そうに鼻で笑うと、質問をしてきたクラスメイトの方へと振り返った。
「フフフ……決闘の結果はご存知の通りわたくしの圧勝でしたが、考えてみればそれは当然の事。ですからこのわたくしも大人気無かった事を反省いたしまして……
彼女は胸に手を当て、更に言葉を続けた。
……『織斑さん』にクラス代表を譲る事にしましたわ。ISの操縦には実戦が何よりの糧。クラス代表ともなれば戦いには事欠きませんもの」
セシリアはそう言いながら、俺の方へと視線を向けた。周りにいるクラスメイトらは彼女の言葉に同意し、まるでこれが本望だったかの様に、きゃあきゃあと騒ぐ。
で、彼女の意図に関してはイマイチ掴めない。言葉から察すると、俺に強くなってほしい様だが、どうもスッキリとしない。
それにしても『織斑さん』か…………いや、『イチカさん』なんて呼ばれる関係もゴメンだが。
クラスメイトらがセシリアを賞賛する中、彼女は息を整えて更に話した。
「オッホン! ……ですが、今の彼ではクラス代表戦、初戦敗退もありえるくらいISの技術力については問題があります。彼には強くなってもらわなければ困りますから……当然、わたくしが協力しますわ。この華麗にしてパーフェクトなわたくしがISの操縦を教えて差し上げれば、それはもう──
バンッ!!
彼女の言葉を遮るかの様に、机を叩いて立ち上がったのは箒だった。
「あいにくだが、一夏の教官は足りている。放課後は補習で山田先生……そのあとは部活で私……これ以上、時間を割る余裕はない」
彼女はそう言い捨て、セシリアを睨みつけたが、彼女はものともせずに視線を受け止め、嫌味ったらしい口調で箒に言い返した。
「あら、あなたはIS適正ランクCの篠ノ之さん。ランクAのわたくしが直々に指導して差し上げますのよ? あなたとの時間を削ってでもわたくしの指導を入れた方が、彼の成長のためでも効果的ではなくて?」
「ら、ランクは関係ない! そ、それに……
箒はまだ何か言いたそうにしていたが、そこへ教室に入ってきた千冬が2人の頭を出席簿で叩き伏せ、ぐるっと周りを一瞥する。
「やめんか馬鹿共。お前達のランクに大差なんかない。代表候補生でも一から勉強してもらうと前に言っただろう? 殻も破れていない段階で教師ヅラをするな」
世界最強の千冬に言われては返す言葉も出ないのか、2人は彼女に叩かれた頭を押さえながら、すごすごと席に着き直した。
山田先生がオドオドと様子を見る中、千冬は疲れた様なため息を吐いた。そりゃこんなクラス請け負ったら疲れるよ。
思い込みの激しい、弟の幼馴染み。高慢なイギリスの代表候補生。新人のドジっ子ロリ巨乳教師。本来なら更にここに、キングオブ朴念仁&唐変木の弟が追加されているわけだ。彼女の胃袋がストレスマッハでどうなるかは想像がつく。
更に更に時が進めば、絵に書いた様なツンデレの弟の幼馴染みその2。ドイツの天然、井戸の中の蛙。フランスの…………アイツはあんま悪い印象はないな……。
そんな事を考えている内に話は進んでしまったのか、ちゃちゃっと場を仕切った千冬が教室にいるクラスメイト達を纏めた。
「とにかく、これでクラス代表者は織斑一夏で決定だ。異論はないな?」
「「「「「「「「「「はーい!」」」」」」」」」」
俺を除く、クラスメイト全員の思い切りの良い返事が、教室に響き渡る。間違っても「いいえ」なんて言える空気ではない。クラス代表なんざ面倒なだけだと思うがな……。
「異論はないな?」
「……はい」
千冬の力のこもった眼光に見下され、俺もいやいや返事をする。この数週間で織斑 一夏が千冬とどういう関係だったのかはわかった。姉と弟は基本的、ボスと舎弟みたいな関係になるのは本当の事らしい。
とにかく、これで原作の流れと大して変わらない結果になってしまったが、セシリアとの関係が少しマシになっただけ、変なトラブルは減少するだろう。結果としては万々歳だ。
「さて、授業を始めるぞ。今日はISの飛行ブースターのシステムと、飛行移動の種類について説明する。午後から実践で飛行操縦の訓練もしてもらうから、よく覚えておけ」
そう言って千冬は黒板へと振り返り、授業を始める。聞く気になれなかった俺は、朝に山田先生に渡されたISの事項書を眺める事にした。ノートも広げてるから、勉強している様には見えるだろう……。
ゴスッ!
……俺も教科書を開く事にした。