手厳しい千冬の授業を受け、昼食までの日課を終えたその日。彼女の言った通り、午後からはISの実践訓練が始まった。
俺もクラスメイトも全員、あの超薄着のISスーツに着替えて学園のグラウンドへと集合している。ISを飛ばす事を前提に設計してのだろう、見渡す限りの馬鹿に広いこのラウンドは、見ているだけでも意識が遠くなりそうだ。クラスメイトに話を聞くと、1周で5キロもあるらしい。
そんな場所に集まった俺達クラスメイトは、千冬がまだ来ていない事もあってか、きゃっきゃワイワイと騒いでいる。じゃれ合う彼女達のISスーツが擦れ合い、キュッキュキュッキュとゴムの滑る音が聞こえる。
セシリアと戦っていた時も少しは気になってはいたが、改めて見るとISスーツは際どい。旧型のスクール水着を模した外見はどう考えても設計者の個人的な趣味が混入している。しかも別の設計者の趣味も取り組んだのだろうか、股下五センチぐらいまでのニーソックスのオマケ付きだ。
俺のISスーツは丈の短い半袖シャツに、ローライズの短パン。丸出しの腹とヘソがなんともカガやかしい格好だ。くしゃみが出る。
セシリアの……と言うか、代表候補生のISスーツは全て特注らしい。彼女の身に付けているISスーツは、彼女自身が操るIS『ブルー・ティアーズ』と同じ、澄んだ青色をしていた。俺や他のクラスメイトの紺色の中では、よく目立つ。
箒も専用機を持っていない今はクラスメイトと同じ、紺色のISスーツを着込み、俺のそばで話す事もなく待機していた。自分の腕で胸や股ぐらを押さえている様子を見ると、やはりこの格好は恥ずかしいのだろうか。ただ、その腕で変曲した胸は余計に妖艶に感じる。
「どうした一夏? そんな神妙そうな顔をして」
「あ、いや……なんでもない」
「?」
あんまジロジロ見るのはやめよう。ISスーツは勃起したら一発でバレる。
彼女達の観察をやめた所で、授業開始のチャイムと共にようやく千冬がグラウンドへとやってきた。一斉に静かになった俺達クラスメイトは、声のデカい号令と軽めの準備体操をして、彼女の指導の下、授業に移る。山田先生は今はいない。当たり前か。
「ではこれより、ISの基本的な飛行操縦の実践を行う」
千冬の姿は上下白のジャージという、今の俺からしてみればなんとも羨ましい格好だ。手には片手サイズのタブレットを持ち、すぐそばには強く存在を主張するIS、2機の打鉄が待機形態で佇んでいた。
「まずは見本を見せてもらおうか。織斑、オルコット。ISを展開して飛んでみせろ」
「わかりましたわ」
「はい……」
千冬に呼ばれた俺とセシリアはクラスメイトの中から離れ、彼女の前へと移動する。普通、一番ISの上手いセシリアだけにやらせれば良いのに、なんでISド下手な俺まで見本をやらなきゃならないのだろうか。俺を見本にしたらダメだろう……。
とは思ったものの、白式を早く動かしたい意欲はあったので、俺は千冬に何も言わなかった。
程々に人から距離をとった所に立った俺とセシリア。彼女の片耳に取り付けられたイアリングが青く輝き、光は粒子となって彼女の体を包み込む。そしてその輝きの中から姿を現したのは、彼女の愛機である専用IS、ブルー・ティアーズを身に纏った彼女の姿だった。俺との決闘の時は大きく袈裟切りにしたが、特に傷跡などは残っておらず、彼女のISは新品同様の優雅な立振舞いをしていた。
いつまでも見ているわけにはいかないので、俺も白式を展開すべく、待機形態の姿である腕輪を手で押さえる。
「…………? ……??」
これが俺の初めてである、ISの展開になるのだが、白式は光る気配すら見せず、俺は困惑した。腕輪にはスイッチらしき物はついていない。何をどうすればコイツは動いてくれるのか、俺にはわからなかった。
反応を示さない白式にうろたえていると、そばで見ていた千冬が助言した。
「意識を集中しろ。心の中でイメージすれば、ISは応えてくれるはずだ」
要は気合論に近いらしい。息を整えた俺は、腕輪に手を押さえたまま目を閉じ、白式の姿を思い浮かべた。
鉛色の装甲と……刀剣の形をした雪片……色は鉛と紺色の……主人公機みたいな……そんなイメージ……
次の瞬間、真っ暗な視界が白く輝き、腕輪から放出した光が俺を包み込んだ。その中から現れた機械の断片が変形と合体を繰り返しながらISの……白式としての姿を現していく。
キュイイイイイィィィンン☆
カシャッ!
カチャカチャカチャカチャ……
ガチャン!
ジャキッ☆
ギュオオオォォォォォォ……
ギュイン!
ガチャ☆
シュウウウウゥゥゥ……
シャキーーン☆
ゴンッ!!
展開が完了し、白式を身に纏った俺が装甲に包まれた自分の手足に感心していた直後、近付いてきた千冬が自分の手にしているタブレットの角で俺の頭へ殴りつけてきた。ISのシールドのお陰で痛みはなかったが、衝撃は脳天まで響き渡った。
「お前は展開にいったいどれだけの時間を使うつもりだ? 今度からは10秒……いや、5秒以内に縮めてみせろ」
彼女がツッコみを入れるのも無理のないほど、隣りに立つセシリアと比べて俺のIS展開は、遅い。そんなにマズい事なのだろうか、セシリアは苦笑いを俺に向け、クラスメイト達の方からも失笑が漏れていた。
ISでの試合は最初から展開した状態で始まるのだから、展開が遅くても不便にはならないだろう。周りの笑いから推測すると、ISの展開が遅いと駄目な理由は見栄え的な問題なのだろうか。
ただ、個人的な意見としては、パパッと何が起こっているのかわからないまま一瞬で変身してしまうよりも、ISの芸術的とも言える変形と凛々しい勇姿をゆっくりと見せつけた方が……何と言うか、その……カッコイイじゃん?
「まあいい、次だ。飛べ」
「「はい」」
千冬は溜め息を吐きながら、やや投げやりに命令を下した。彼女は俺を叩いたタブレットの画面を指でなぞると、俺の視界……グラウンドの上空数百メートル彼方、気の抜けた電子音と共に赤い逆三角形の矢印が現れた。要は、あそこに行けって事だろうか。
千冬に返事を返したセシリアは、すぐブルー・ティアーズのブースターを起動させた。金属の塊であるISと彼女の体がふわりと浮かび、スラスターから吹き出す炎は物凄く安定している。俺の白式とは大違いだ。
彼女は体制を整えると、見えているのだろう矢印の先へと飛び立った。ブースターが一気に火を噴き、そばに立っていた俺は砂煙の爆風を被る。
むせ返りながら空を見上げると、みるみる小さくなっていくセシリアの姿がブースターの発光でキラキラと輝いている。彼女の後を追うべく、俺も白式に火を付けようと、膝を少し曲げて飛び立つ構えをした。
「…………」
ふと、視線を横にずらすと、俺からある程度距離をとっているはずのクラスメイト達が更に数十メートル引き下がったのを確認した。彼女達はセシリアとの決闘で俺の白式のブースト移動がどれだけぶっトんでいるのかを知っている。怖いのはわかるし、俺自身何も言えない。俺がやるべき事は、暴発しない様にブースターを起動させるだけだ。
千冬は黙り込んだ俺に対して何も言わなかった。というか、彼女も数歩下がってた。
深呼吸を1回。俺は白式に神経を集中させる。淡い起動音と共にスラスターの噴出口がぼんやりと光る。それと同時にISがゆっくりと重力から解放されていくのを感じる。
足の裏が地面から離れた。ここまでは出来て当然、予想通りの範囲内。問題はここらかだ。
背中のメインブースターに火を灯す。周りの皆は無言のまま俺の背中を見つめる。ISは後ろの視界が見えるのだ。
気にかけたのが間違いだった。俺が気を逸らした途端、ブースターは爆炎を吐き出し、体勢も安定しないまま空へと舞い上がった。
「うおっ!? ッ……とと」
クラスメイト達から軽い悲鳴があがったが、冷や汗をかきながらスラスターで調整した俺の白式は地面に墜落する事なく、空中で留まった。それでも、ギリギリだったが。
再び深呼吸を1回。俺は上空の赤い矢印とそれを目指しているセシリアの尻を見遣って、再度ブースターを噴かした。
自由に空を飛ぶ感覚というのは、人間の日常生活ではまず得る事のない感性だ。近いと思ったのが飛行機……それも戦闘機のパイロットだと考えたが、あれは自由にとは言えないし、乗る事も日常とは言い難い。
そんな事を言ったら、今俺が……それも『織斑 一夏』と言う人間ではなく、『俺』と言う個人、『IS』と言う物語と全くもって関係性のない存在が、今こうして白式を動かしている事態そのものが非日常を通り越して異常である。ISが俺に反応してくれるのは奇跡に近い。
話がズレた。こうやって空を飛ぶのは結構楽しいのだ。PICによって重力から解放された感覚と、風を切る音は心地良い。金属の塊であるISを悠々と浮かすブースターと360°自由自在に動く事のできるスラスターで空を舞うのは、本当に宇宙の中にいるみたいな感覚だ。宇宙の中なんて知らないが、このISを作った人間は少なくともIS本来の目的を果たそうとはしていたのだと感じる。
本当にそう感じるのだ。
『遅い。何をやってる? スペック上の出力は白式の方が上だぞ』
通信回線から千冬の声がとんだ。飛ぶ感覚はなんとなくは理解出来たのだが、スピードを上げる感覚はまだイマイチわからん。『もっと早く』と願っても、白式は何も応えてはくれない。山田先生や布仏さんに聞いても、早くなる事をイメージするか、エンジンの出力を調整するしかないと言う。本当にそうだろうか。
そんな事を愚痴っていると、セシリアが聞いていたのか通信回線から彼女の声が聞こえた。
『織斑さん。所詮、イメージはイメージでしてよ? ISの操縦は自分のやりやすい方法を模索する方が建設的ですわ』
俺よりも先に赤い矢印の場所へと到着した彼女は、その場で停止すると180°の華麗なターンで振り返り、俺の方を見下ろしていた。
遅れて目標に到着した俺は、待っていたセシリアに質問した。通信ではなく、ちゃんと耳で聞こえる距離から。
「なぁ……それって、どーやるんだ? その……クルッて回転するヤツ」
「コレ……?
少し疑問気味に声を上擦らせた彼女は、俺の目の前でクルクルとスケート選手の様に回転してみせた。日差しを浴びた輝かしいブロンドヘアが緩やかに流れてゆく。
今彼女は何気なくやってみせたが、これができないのだ。俺がやろうとすると、どうしても車の転回みたいな機動をとらなきゃいけなくなる。
「簡単ですわ。ブースターを一度止めてから、スラスターを噴かしつつ体をひねって回転させるだけですもの」
そう、彼女は答えた。俺は苦笑した。今俺がブースターを止めると、白式はスラスターだけで体勢を支える事となる。
これだけでは白式は落下する事はないが、ここから体をひねる──つまり整えられている体勢を乱し、向きたい方向に体を向けた後、そこから素早く体勢を正さなくてはならない。スラスターも不安げな人間のやる事ではないのだ。
下を見る。高度300メートル上からグラウンドを見下ろすと、あれだけ広く感じた場所が小さく見えるし、千冬やクラスメイトの姿に至っては米粒よりも細かすぎてもうわからない。目を凝らそうと注目すれば白式が拡大してくれるが、肉眼ではもう見える距離ではなかった。
とにかく、此所でターンの練習をする必要性は断じてない。高所による恐怖はISがある程度拭ってはくれるのだと思うが、ISは高所恐怖症の人間が乗っちゃダメだと思う。
俺とセシリアの近くに浮いていた赤い矢印が消えた。直後に千冬の通信が入った。
『着いたな? オルコット、急降下と完全停止をやってみせろ。織斑、お前は……急降下だけでいい。スピードを落として地面に着地するんだ』
そして今度はグラウンドの方に赤い矢印が現れた。セシリアよりはハードルを下げられたが、果たして俺にできるかどうか……
「了解しましたわ。では織斑さん、お先に……」
セシリアは返事をすると、今度は体を斜め下に向けて一気にブースターを噴出させ、急降下した。それを眺めていた俺は、ぐんぐん小さくなっていた彼女の姿がグラウンド間近で停止した様子を見て、冷や汗を流した。
「スゲぇな……」
完全停止を終えた彼女は、自分の髪の毛を緩やかにかきあげると、俺の方を見上げていた。今度は俺の番だ。
スラスターでほんの一瞬だけ勢いをつけ、セシリアと同じく体を下へと向けて急降下を始める。ブースターにゆっくりと勢いを送り出し、俺の体はスライダーを滑るかの様に滑走を始める。
だがスピードが速すぎたのか、唐突に白式が地面の衝突を警告する『Danger!』のモニターがアラートを鳴り響かせ、俺は集中していた神経を崩された。
「あぁッ!! 待て待て待てまてマテッ!!!」
慌ててしまった事で余計なブースターに力を入れてしまった俺の体はぐわんぐわんと白式自身に揺さぶられながらなす術も暇もなく墜落した。スピードはそれほどでもなかったからグラウンドにクレーターが広がる事はなかったが、地面に滑り込むかの様に墜落した俺の体は7〜8回のバウンドを起こしゴロゴロゴロゴロと千冬のそばまで転がると、そこで止まった。
「馬鹿者、ブースターを噴かすタイミングが遅すぎる。それじゃオルコットのやった完全停止と同じ流れだ」
彼女の溜め息と罵声が降り掛かる。クラスメイトの遠慮した様な笑いが、重い……。
振り返って自分の事故った跡を眺めると、白式の背中のパーツが地面に転がっていた。俺の後ろで布仏さんが項垂れた様な気がした。
「大丈夫ですか、織斑さん? お怪我はなくて?」
「あぁ……何とか……」
白式に付着した砂や泥を払っていると、セシリアが心配してくれた。千冬とクラスメイトに冷たくされた分、余計に彼女が優しく見える。
もうこれで見本は終わりかと、俺はISを解除しようとしたが、千冬に止められた。まだ何かやるらしい。
「次だ。織斑、雪片を展開しろ。さすがにそれぐらいはできるだろ?」
やや疑問気味に下された命令を聞いて、馬鹿にされた気がした俺は素早く両手を腰の辺りに構え、抜刀の要領で振り抜いた。
刹那、手の平から現れた白い粒子が一瞬にして刀の形を成すと、それは雪片へと変わっていた。零落白夜も発動していない、だだの金属の刀剣としての状態だったが、その刀身は太陽に煌めき、クラスメイト達の方からは溜め息混じりの喚声が漏れる。
「……っと」
調子に乗った俺は片手に握った雪片を更に数回振り回し、千冬の前に突きつける。少々のドヤ顔も添えて。
彼女は顔こそ無視したが、その口元は微かな笑みを見せていた。
「ふむ、0.4秒か……だが、まだまだ早くできるぞ」
お厳しい事で何よりです千冬先生。その笑みだけはお褒めの意味として受け取る事にする。
彼女は次にセシリアの方へと体を向けた。
「次、セシリア。ライフルを展開しろ」
「はい」
セシリアは右手を大きく振り上げながら前に突き出すと、彼女の腕の周りから現れた粒子が一瞬爆発的に大きく光り、その閃光が彼女の武装、レーザースナイパーライフルの形を成して光の中から現れた。
やはり、展開のスピードは彼女の方が早い。刀という棒きれと違って幾分複雑な形をしたライフルだが、彼女がそれを悠々と構える姿は様になっていた。
「さすがだな。よし、次は近接用の武装を展開しろ」
「えッ!? あ、はっ、はい!」
千冬に珍しく褒められて鼻を鳴らしたセシリアだったが、その次の命令を聞いた彼女は一瞬だけ大きく戸惑いを見せた。
レーザーライフルを粒子に戻し、今度はその光を手の平の中に小さく収めようとするセシリア…………だったのだが、いつまで経ってもその光が形になって現れない。
無言のまま、気まずい時間が流れ始めた時、千冬が口を開いた。
「まだか?」
「もうすぐ、ですわ……あぁ、もうっ! 『インター・セプター』!!」
自分自身に業を煮やしたのか、セシリアは半ばヤケクソ気味に叫びながら、手の中で空回りする光を集中させる。叫んだ言葉は、どうやら武器の名前のようだ。たちまち彼女の手の平に柄だけの刀剣が現れ、そこから青い光の刃を伸ばしたが、彼女は歯を噛み締めながら溜め息を吐いていた。
間髪入れず、千冬のお叱りがとぶ。
「……いったい何秒かけている。お前は実戦でも相手に待ってもらうつもりか?」
「じっ、実戦では近接の間合いには入らせません! ですから、問題ありませんわ!」
「ほーう。決闘の時は案外簡単に懐を許していた様に見えたが?」
「うぐっ……あ、あれは、その……」
失態を突かれたセシリアは言い返す事も出来ず、ビームサーベルを収納して押し黙る。そんで俺の方を睨んできたが、真正面から受け止めたら彼女は逸らしてしまった。自分の勝手な因縁だって事に気付いただろうか。
「さてと、二人はもういいとして……今からお前らには見てもらった通り、ISに乗って水平飛行と軽めの上昇、下降。それと、武器の展開までをやってもらう。打鉄は2機しか借りれなかったから、手早くいくぞ」
「「「「「「「「「「はいッ!!」」」」」」」」」」
調子の良い千冬の口調と、俺とセシリアを除くクラスメイト全員の返事で、本格的に授業が進んでゆく。見本から解放され今度こそISを収納した俺は、実践を始めるクラスメイトの所から少し離れた場所にへたれ込んで、彼女達の授業風景を眺めた。
視界の先ではクラスメイトが悠長に打鉄を動かしている。彼女達のIS操縦は手慣れたものだ。確か、この学園の生徒は中学の頃から専門の講師やら講義やらでISの事を学ぶと山田先生から聞いた。俺と違ってこの非常識的な金属の塊に慣れているからこそ、彼女達はISに馴染むのだ。何にも知らないペーペーの織斑 一夏が彼女達に技術で追い付いたのは、都合の良い天才設定だからこその賜物だったのだろう。一見トロそうな布仏さんですら、打鉄を纏った動きは水を得た魚の様に素早い。
「上手いもんだな……」
千冬の命令でクラスメイトが代わる代わる打鉄を操縦し、彼女達は空中を自由自在に泳いでいく。女ばっかだからだろうか、まるで人魚の様だ。その度に圧倒的とも言える技術能力の差を見せつけられ、俺は溜め息を吐く。数人しどろもどろになって、千冬に叱咤されているのもいたが。
「ふふ……あなたもすぐ、あれくらい動かせる様になりますわ」
ふと、機嫌を取り戻したセシリアが隣りに並んだ。足に砂を付けたくないからか、彼女は立ったままだ。
「本当に?」
「ええ、そうでなくては困りますもの」
空を泳ぐ人魚達を眺めながら、頭の中で自分と織斑一夏のスペックを天秤にかけて、俺はぼそりと呟いた。
「そうかなぁ……」
「弱腰になるな一夏。クラス代表戦は優勝してもらわねばならないと言うのに、お前がそんなんでどうする」
キツめの口調で会話に割り込んできたのは箒。胸を張った仁王立ちで、しゃがんでいる俺を見下ろしていた。顔を見上げた先、ISスーツに引き締めらた彼女の股間部が、酷く淫猥だ。
「篠ノ之さんの言う通りですわ。代表候補生であるこのわたくしが協力すれば、すぐに上達しましてよ」
「だ・か・ら、それは私の役目だ! 私が直接、一夏に頼まれているのだからな」
そう主張した箒は、俺の上でセシリアと口喧嘩を始める。五月蝿いから静かにさせようとしたが、
「おい箒……
「篠ノ之、さっきから何度も名前を呼んでいるが、評価0にされたいのか?」
突如として更に割り込んできた千冬に、彼女達の声は止んだ。先程から授業風景をずっと眺め続けていたが、まだ箒のヤツは実践を受けていなかった様だ。
「あっ! ごっ、ごめんなさい!!」
首根っこを掴みながら箒を連行する途中、千冬は俺の方に顔を振り向いた。
「織斑、そこで駄弁ってる暇があるなら、ISでも動かしてろ。こっちに迷惑かけない程度にな」
それだけ言って、彼女は何事もなかったかの様に箒を掴んだんだまま再び歩き出す。セシリアは箒が気の毒に見えたのか、はたまた面倒なヤツがいなくなってせいせいしたのか、苦笑いで彼女の姿を見ていた。
さておき、授業はまだ始まったばかりだったからこのまま風景を眺めていても退屈だし、せっかく隣りにお世辞無しで凄腕の代表候補生がいる事だし、俺には果たすべき事が沢山あるのだ。千冬に許可も貰った今、迷惑をかけない限り思う存分にISを動かす事ができる。なら、やるだけだ。
遠くに見える、千冬が激をとばす姿としどろもどろに打鉄を動かす箒の背を見ながら、俺は立ち上がった。
「うっし……やるか」
「お手伝い、いたしますわ」
なぜか不敵な笑みを浮かべながら俺を見るセシリア。俺はそれを鼻で笑って返した。
肌色の地面と快晴の青空が広がるグラウンドに、蒼と白の光が輝く。飛び立つブルー・ティアーズの後ろ姿を、白式で追いかけた。
・・・☆・・・☆・・・
今日の実践で俺にはISでやる事がごまんとあるのを知ったが、その本格的な訓練に入れそうなのは数日後の様な気がする。
いつもの様に山田先生の補習を受け終えた放課後、俺は箒の待つ剣道場ではなく、布仏さん達のいるIS研究室に足を運んだ。やる事は当然、俺の白式の調整。あと先の授業で破損したパーツの修理。魔改造なんて余裕はない。なぜか一次移行すらしていない、ある意味まっさらな状態とも言える白式を手動で調整させる事で、一次移行になるべく近い状態にさせる。まぁ、それよりもあのじゃじゃ馬ブースターをなんとかしなければならないのが当面の目的だが……。
本当は決闘の翌日の日曜日に持っていきたかった。が、色々あってこの日から始める事になってしまった。白式が手元になかったから仕方がなかったのだが、これでスケジュールが更にカツカツになったのかと思うと、頭が痛くなる
布仏さん含む研究室の人達、正しくはIS学園整備学科の生徒達は喜んで俺と白式を受け入れ、調整や整備に協力する意思を示してくれた。ただ、それを彼女達に任せっぱなしにするのはさすがに気が引けるし、微調整は自分自身で体感しないと大変だと思うので、自分一人で白式……ISを弄くり回せる技術を教えて欲しいと、俺は布仏さんに頼んだ。毎日、購買のお菓子の献上で交渉は成立した。布仏さんらしいと言えば布仏さんらしかった。
とにかく、今の俺は慌ただしい。セシリアも朝のSHRて豪語した通り、俺の特訓には協力してくれるらしいが、今日は箒と剣道の練習を約束したから、今回は整備室で白式のスペックデータのサンプリングだけして、それを借り物のタブレット端末で確認しながら剣道場へ向かっていた。研究室から剣道場までの道のりは結構な距離があって面倒だったから、俺は上靴のまま外廊下から外に出ると、夕暮れの日差しを浴びてオレンジ色に輝く並木が連なった、アリーナの前の道路を駆け足で横切る。
ふと、なんで俺はこんなにも自分を急かす様な真似をしているのだろうかと疑問に思った。たぶんこの先、間近で実感する事になるだろう、死ぬかもしれないという恐怖故なのかもしれなかったが、その思考は突如として俺を呼び止める声に遮られた。
「一夏!? いーーちかーー!」
俺の事を『一夏』と呼び捨てる人間は相当限られてくる。そして今俺の耳に聞こえた、やや子供っぽい甲高さの残る女の声に心当たりのあった俺は、声のする方へと振り返った。
「一夏ぁーー!」
視線の先、学園の正面玄関に続く道から走ってきたのは、小柄な少女だった。IS学園の制服ではなく、半袖短パンの動きやすそうな私服姿。その少女が駆ける度に、頭の高い所で結ばれたツーテールが大きく揺れ、彼女の活発的な印象を強く表している。
やや中国人寄りの整った顔立ち。俺より頭ひとつ分小さな身長に、体格相当の貧相な胸。一見年下に見えるが、彼女は俺……つまり『織斑 一夏』と同い年であり、箒と同様の幼馴染み。
『
そんな彼女は俺のそばまで駆け寄ると、嬉しさで胸いっぱいの表情を輝かせながら、元気な声を発した。
「おっっひさしぶりーー!! 元気だった!?」
「まぁ……な…………」
「?」
いや……正直、このテの女は苦手だ。箒の時もそうだが、彼女は『織斑 一夏』だった頃の記憶を知る者であって、彼女達はそれを当然として話をする。箒は誘導すればなんとかなるが、彼女は押しが強い分、会話を選択しないとボロが簡単に出そうで危ない。
「あぁ、いや……な、何年ぶりだっけ?」
「えっ!? 1年よ! 1年ッ!! もう忘れちゃったワケ!?」
ほら、もうボロが出た。笑顔から一転、頭から煙を出さんばかりの勢いで怒り出す鈴を、両手を広げて宥める。
「悪い悪い……ここん所、色々と振り回されてウンザリするほど、大変だったからな……」
「もうっ! せっかくあたしが政府に頼んでこの学園に入ったんだから、もっと喜びなさいよ!」
彼女がIS学園にやって来た理由……それは俺こと『織斑 一夏』に会うため。今の言葉を聞く限り、それだけの理由でしかないのだろう。だから俺の素っ気のない返事に彼女が怒るのも無理はない。
「って、何? お前まさか、この学園に来る予定なんかなかったのか?」
「そうよ。こんな所、興味も何にもなかったけど、一夏の事知って慌てて飛んで来たんだから♪ ホント、あんたの顔がテレビに映ったの見た時はびっくりしたわ。何IS動かしちゃってんのよ!」
まるで開き直ったかの様な口調で鈴は喋った。そして俺の体を馴れ馴れしくバシバシと叩く。一夏がこの女とどんな関係だったのかは、なんとなく理解できる。彼女に腕を掴まれ振り回される、情けない男が目に浮かんだ。
「……お前、結構いいかげんな理由でこの学園、来たんだな……」
「いいかげんって何よ! あたしだってそれなりの理由でここに来たんだから!」
「へー、それなりって?」
「そっそれは、その…………、……い、色々よッ! まぁ、あたしにとっては母国よりこっちの方が故郷に近いし、戻って来るには良いタイミングかなぁ……って」
一夏に会う事しか頭になかったヤツが今更何を言っているんだか……と思ったが、彼女にとっては自分の国よりも一夏と過ごした時間の方がよっぽど大切なのだろう。セシリアと同じ立場であるはずの代表候補生なのだが、こいつはたぶん自国なんかに誇りなんざ持ち合わせちゃいない。原作の彼女とウマが合わないわけだ。
「それでわざわざ政府に無理申し込んで来たってわけか……大したもんだ……」
「フフン。今のあたし、結構偉いのよ?」
「褒めてねぇよ……」
鼻を鳴らして自慢した鈴を一蹴した。こいつのワガママに付き合わされた政府には同情する。ISが世の中を独占した今、こんな子娘の言う事に付き合わされた奴は溜まったモンじゃなかっただろう。もしかしたらISを恨んですらいるかもな。そしてISの設計者も。
「なにそれ。一夏、眉間にシワ寄ってるわよ。偉そうな大人みたい」
俺は眉間に指先を滑らせ、そこに刻まれた皺を伸ばす。それを見て、彼女は二ヒヒと嬉しそうに笑っていた。確かに、お前よりは数年長く人生歩んでいるよ。でも偉そうって何だよ。
「ねぇ、一夏はあたしとまた会えて嬉しい?」
「あぁ……もう少し大人びていたらな」
「どこ見て言ってんのよッ!!」
握り拳で放たれた鈴の右フックが、鼻先を掠める。別にどこも見ちゃいない。ただ、その子供っぽいその性格、もう少しどうにかならないのかと指摘したんだ。たぶん、それが彼女と言うキャラの魅力なんだと思うが。実際に接してみるとウザいだけなんだよなぁ…………ただ、それは俺の主観であって、彼女と親しい一夏なら素の状態である今の彼女を、悪意の無い笑顔で受け止める事ができるんだろうけど。
「あ〜あ、せっかく感動の再会になるかと思ってたのに……」
「……悪かったな」
「そうよ! 全部あんたのせいよ、一夏! 連絡もちっともよこさないし! たまには怪我とか病気ぐらいしなさいよ!!」
「言ってる事無茶苦茶だぞお前」
無難なツッコミを返して、会話を区切らせる。思えば、彼女と一夏が再会するのはもう少し後、彼女が学園にやって来た後日の事だ。今となってはもう、どうでもいいか。
「ところでさぁ一夏〜。あたし、この学園の総合事務受付ってトコ探してるんだけど、あんたここの生徒なんだからわかるわよね?」
「あぁ? あぁ……この道すぐ行っ──
「説明しなくていいから、そこまで案内しなさい。それで許してあげる♪」
許してくれるらしい。いや、何をだよと問い詰めてやりたかったが、理由なんざ俺にはわかりきっている。案内なんてしたくなかったが、これ以上彼女の機嫌を損なわせるのは別の面倒を引き起こすかもしれなかったから、仕方なく俺は学園の受付前まで彼女を連れて行く事にした。待ち惚けの箒が何を言ってくるか、頭の痛くなる思いだったが、この女を放っておく事もできん。購買に頭痛薬は売っているだろうか。
そう思いながら目的地へと振り返った矢先、受付の建物とその先の剣道場の方へと続く道から人が歩いて来る。その怒り混じりにズカズカとした足並みは、剣道着を着付けた箒の姿だった。そして彼女は叫んだ。
「一夏ッ! いつまで経っても来ないと思えば、そんな所で道、草……を……」
俺の陰に立っていた鈴が体を傾ける。俺に近づきながらそこに視線を移した箒の怒声が徐々に弱まって、止んだ。
次に口を開いたのは鈴。表情の固まったまま、声色だけを凄めて彼女は尋ねた。織斑一夏と二人きりの時間を邪魔してきた目の前のよくわからん女に向かって。
「だ、だぁれアンタ? ずいぶん一夏と親しいみたいだけど」
ややぶっきら棒気味に鈴は言った。その言い草が癇に障ったのか、箒はキツい口調で言い返す。
「そ、それはこちらの台詞だ! その身なりからしてお前、この学園の者ではないだろう! いったいどこから忍び込んだのだ!!」
「ハァ? そんなの正門から堂々と入らせてもらったわよッ! それに、今日からあたしもこの学園の生徒だから、部外者じゃないわ。そっちこそ誰よアンタ!! 一夏の何なの!?」
箒は一瞬だけ躊躇するも、声をひねり出した。少し顔も赤らめて。
「わ……私は一夏の……お、幼馴染みだ!」
「えっ……あ、あたしだって一夏の幼馴染みよ!」
そして、鈴も彼女と同じ様に赤らめながら、言葉を返した。お前ら本当は仲良いだろ。ワザとやってんじゃないのかと疑いたくなる。まぁ、大体の原因は俺……一夏なんだが。
「「「…………………………」」」
言い返す言葉が見つからないのか、二人はしばし無言で互いを睨み合う。だが、今度はこの状況から未だに一言も話していない俺を睨み付けると、2人同時に怒声を叫んだ。
「「一夏ッ!! この女はいったい誰なんだ!!!」何なのよ!!」
パシャ☆
「「「?」」」
唐突なシャッター音と淡いフラッシュ。場の雰囲気を崩された俺達一同は、光が焚かれた方を見た。
道路の並木の影。暗い緑色が目立つ茂みの中に、カメラを構えた女が潜り込んでいる。とりあえず学園の生徒だって事は、制服でわかった。
「フフフフフ、良いわねぇ〜♪ 1人の男を奪い合う2人の乙女……っ! 来週の新刊の表紙はこれで決まりねッ!!」
こちらまで聞こえる独り言をブツブツと呟きながら、得体の知れない彼女は再度フラッシュを焚く。隣に立っていた鈴が、俺の袖を掴んだ。
「一夏……何アレ……」
「……変質者」
俺は思ったままの事を言った。
「バッサリと言い切ってくれたわね〜! ウワサ通りの男の子だわ。織斑 一夏君」
茂みに潜っていた女は、そう言いながらガサゴソと立ち上がる。脱色した髪を後ろで纏めた頭髪が小さく揺れ、細いフレームの眼鏡が夕焼けに反射してキラめいた。片手には一眼レフ。制服の襟に結ばれた黄色いリボンは、2年生である証。そして女はスカートだってのに大股開きで茂みから出ると、眼鏡を掛け直して俺の前でウインク。頭に葉っぱを乗せたまま、次に視線を鈴と箒にずらした。
「それと……篠ノ之博士の妹さんに、中国代表候補生、凰 鈴音さん?」
「なっ、なんであたしの名前ッ!?」
「フフフフフ、この学園の情報網舐めちゃダメよ〜♪」
本人はいたって楽しそうだが、端から見れば嫌らしい笑みを浮かべながら、眼鏡女は鈴を見下ろした。今の会話を思考する限り、彼女がこの学園に来る事を知っているのは学園の関係者のひと握りだけで、生徒に情報などまだ流れていないのだろう。その自分の存在があっさり知られているのだから彼女は驚いたのだ、きっと。
そばで困惑した表情を浮かべている箒が、恐る恐る女に声をかける。
「あの……」
「あっ、紹介が遅れたわね。私は2年の
彼女はそう言って、俺達3人にずいぶんと字線の密集した名刺を配ってきた。白い厚紙に印刷された字は、パッと見じゃ何て書いてあるのかわからない。何とも面倒くさそうな名前だ。
「フフフ、でも今日はラッキーだったわ〜。写真の現像した帰りにこんなスクープに出くわしちゃうなんて!」
もらった名刺を一瞥して財布にしまう中、彼女はウキウキとした口調で一方的にしゃべり続けてくる。興味なかったが無視するわけにもいかないので、適当に相づちをうつ。早く終わんねーかなと。箒も鈴も、彼女を睨んでいる。
「まあ、今は取材道具もないから質問はまた今度にするわ。その代わり、今夜あなたのパーティーにお邪魔させてもらうから、そのときはよろしくね?」
「え?」
『パーティー』と聞き覚えのないし身に覚えもない単語に、俺は何の事だと彼女に問い尋ねた。
「あら、知らなかったの? 今日、夜に1年の寮の食堂であなたのパーティやるのよ。クラス代表就任のお祝いですって」
「あぁ……」
俺は同じクラスメイトである箒を見た。彼女は居心地の悪そうに視線を逸らし、俺を見なかった。どうやら、そういう事らしい。こっそり企画して、サプライズか何かのつもりだったのだろう。
「そういう事。だから寮でまた会いましょう。たっぷり取材してあげるから。じゃ〜ね〜♪」
軽く手を振りながら、彼女は寮の方へと続く道を走り去っていく。それにテキトーな返事を返し終えた俺と、終始彼女の勢いに押され、無言だった鈴と箒はその場に立ち尽くした。
「「「………………」」」
すっかり激情の治まってしまった彼女ら二人。このままでは一向に話が進みそうもないので、仕方なく俺が会話の切り口を開いた。
「鈴。学園の総合事務受付は、このアリーナの向こう側にある本校舎の中だ。入り口デカいから、たぶん行けばわかる。ただ、そろそろ正面玄関が閉じる時間だから、面倒な事したくなかったら早めに行った方が良いぞ」
「わ、わかったわよ! そのかわり……また後でねッ! 逃げるんじゃないわよ!!」
「何からだよ……」
早く行けと鈴を急かし、彼女は受付の方へと走って行った。これで俺は箒と二人きり。
「さて一夏……どういう事だか説明してもらおうか……」
ようやくと言わんばかりに強張った表情で詰め寄ってくる箒に、俺は弁解を始めた。その日の剣道の稽古がいつもの数倍厳しかった事は、言うまでもないだろう。
・・・☆・・・☆・・・
(箒視点)
あの女の名前は凰 鈴音と言うらしい。私が小学校四年の頃、重要人保護プログラムのせいで転校してしまった時の入れ違いで転入してきた、2人目の幼馴染みだそうだ。
なぜそういう事を私に話してくれないのかと怒ったが、まさかまた出会えるとは思わなかったのだろう。私だって、また一夏と過ごせる日々が始まるとは想像してもいなかったのだから。
だがそれでも、あんな風に一夏と密着して楽しそうに会話をしていたのが羨ましくて、一夏も満更でなさそうな顔だったのが悔しくて、ついカッとなってしまった。
今になって思い返せば、あれは嫉妬だったのだろう。一夏と特別な関係であるのは私だけだと、勝手に思い込んでしまっていたのだ。だから、一夏にあんなにも馴れ馴れしく触れ合おうとする凰と言う女に、強く当たってしまったのだと思う。彼女から見る私の印象は、最悪だろうな……
とは言え、私には一夏と剣道の稽古という特別な時間があるのだから、私の優位は変わらない。そんな安心感と充実感を持っていた私は、いつも通り一夏と剣道の稽古を行ったのだ。
そして剣道場で厳しく一夏を指導した帰り。寮の部屋へと戻った私達は荷物を下ろし、私は一夏を連れて食堂へと向かった。なんせ、もうパーティーの時間は始まっていたのだからな。
本当は一夏を驚かせたかったから、一夏以外のクラスメイトだけで計画していたのだが、あの2年の新聞部の女がバラしてしまったからな……情報が漏れるとは思っていたが、一夏にまで伝わってしまうとは……
「あっ、織斑くん来たー!」
「織斑く〜ん。こっちの席座って♪」
食堂はすでに集まっていたクラスメイト達でひしめき合っていた。よく見ると別のクラスや、先輩達まで集まって、ずいぶんと大所帯となっていたが、みんな楽しそうにしている。
その中に入るなり彼女達に引っ張り凧にされていく一夏。空気を読もうとしているのか、わざとらしく驚いた顔をしている。優しい男だ、一夏は。
ただ、状況に流されてばかりでなく、もう少しシャキッとしてほしいぞ。
クラスメイトに連れられ、一夏は料理と飲み物の並んだテーブルの席に座る。私は素早く移動し、一夏の隣りに腰を下ろした。
そして、テーブル越しに彼の前に立った女子が、一夏に話を始めた。
「……というわけでっ! 織斑くん! クラス代表、おめでとう!!」
「「「「「「「「「「おめでと〜!!!」」」」」」」」」」
手元に用意していたのだろう、周りで一斉に弾けるパーティークラッカー。破裂音と共に、髪の毛の上まで飛び乗ってきたカラフルな紙テープを、私と一夏は手で払い除ける。パーティーのスタートだった。
「いや〜、これでクラス対抗戦も盛り上がるねぇ」
「ほんとほんと。せっかくの男の子だもん。アピールしていかなきゃ!」
「ラッキーだったよね〜。織斑くんと同じクラスになれて」
パーティーが始まって、周りのクラスメイト達は飲み物を片手に、食べたり騒いだりと賑やかだ。
なのに一夏はなんだか苦笑いのまま、そんな彼女達を眺めている。やはり、クラス代表が不安なのだろうか。だから、もう少しシャキッとしてほしいぞ!
「でも大丈夫? 織斑くん、ISあんまり慣れてないみたいだったけど……」
「それは大丈夫ですわ! 代表候補生であるこのわたくしが指導してますもの。今日の訓練だけでも、彼は強くなりましてよ」
当然だが食堂の中にはセシリアもいる。ただおかしな事に、いつもに増して機嫌が悪く感じる。何がそんなに不愉快なのだと、私は辺りを見回した。
「へー、一夏。あんた強いの? もしよかったらさ、あたしも……
途端、聞き覚えのある声。できればあまり思い返したくのない声が、喧騒の中すぐ近くから聞こえてきたのだ。
「ンンンっ! ところで……」
私達の座るテーブルの前に来たセシリアが大げさに咳き込んだかと思うと、片手を腰に当て見下す様な視線で一夏の隣り……私の反対側に座っている女子に向かって顔を合わせた。
「あ・な・たは、どちら様でしょうか?」
「ん? あたし凰 鈴音。明日から2組に入るから」
あぁ、やっぱりだ。一夏の反対隣には数時間前に出会った、凰が座っていたのだ。あの新聞部が言ってしまった内容を、彼女が逃すわけがない。乱入してくるとは思っていたが、まさかこんな所にいたとは…………セシリアがさっきから苛立っていた原因は彼女だったようだ。
そんな凰の姿は、放課後の時に見た動きやすそうな半袖短パンの私服姿ではなく、IS学園の制服。それも、オルコットと同じく、オーダーメイドにアレンジを繕った改造制服だった。スカートを短くして、袖の部分に切り込みを入れて肩が露出する様にしたのか、動きやすそうな分、やや派手すぎる制服だ。
「聞き覚えがありますわ。凰 鈴音……あなたは確か、中国の代表候補生でしたわね!」
腰に手を押さえ、彼女に向けて強く指をさしたセシリアの言葉に、新しい転入生に驚いていた周りのクラスメイトは、更に声を大きくして驚愕している。特に私達の周りからは少し離れた、2組らしき生徒が特に騒いでいた。
「今更ながらのこの時期に……わたくしの存在を危ぶんでの転入ですの? そもそも、なんであなたが織斑さんの隣りに座ってますの!?」
「それはあたしと一夏が特別な関係だからに決まってるからじゃない。てゆーか、あんた誰?」
前半の質問は無視して、凰はなんと一夏に腕を絡めながら、さも当然の様な口調でセシリアに答えた。そして彼女に質問を返したのだ。
「なっ!? わ、わたくしはイギリスの代表候補生、セシリア・オルコットでしてよ!? ご存じありませんの?」
「うん。あたし他の国とか興味ないし♪」
そう言って凰は彼女から視線を離して、テーブルの平皿に並んでいたひと口サイズのケーキを摘んで、口の中へと放り込んだ。話をあしらわれたセシリアは頭にきたのか、顔を真っ赤にして彼女に告げる。
「なっ……い、言っておきますけども、わたくしあなたの様な不躾な方には負けませんわ!」
「ふーん。でも、戦ったらあたしが勝つよ。悪いけど、あたし強いもん」
「い、言ってくれますわね……」
そのハッキリとした物言いに、彼女は口元をひくつかせ、拳を握る。凰の言い方には嫌みこそ感じられなかったし、彼女の実力がどの程度の物なのかはまだわからないが、それにしたって自信過剰だ。一夏も苦笑いをしている。いったいどこからその自信は湧いてくるのだろうか。
セシリアに興味は尽きたのか、彼女は一夏に向き直った。
「そういえばさ、一夏。あんた専用機、貰ったらしいじゃない」
「あぁ、コイツ」
そう言ながら一夏は片手を前に伸ばす。瞬間に白い光が腕を包み、中から真っ白な金属の装甲が現れ、腕となった。
ガシャ、ウィィィィィン、ガチャ☆
「ふえ〜〜! 凄いじゃない、一夏!」
実習で見た時と相変わらず展開のスピードは遅かったが、取り乱した様子もなく安定したISの操作に、思わず私は一夏に目を見張る。凰だけではなく周りにいたクラスメイトみんなが一夏を見て驚いていたが、中でも一番驚いていたのはセシリアだった。
「なっ!? 織斑さん! あなた、もう部分展開できますの!?」
「え? あ、いや……」
彼女の発言に、一夏は妙に言葉を詰まらせていた。一夏が自分の専用機『白式』に触れたのは先週の土曜日。セシリアとの決闘から、まだ3日しか経っていない。ISの展開速度が人間の反応を超えないとは言え、生身とISでは体格の寸法に差が生まれているのだから、慣れるには相当の時間がかかるはずなのだが……
そこまで私が考えていた時、カメラのシャッター音と淡いフラッシュが起こると、また聞き覚えのある声がクラスメイトの人混みの中から現れた。
「はいはい、新聞部でーす! 今話題の新入生、織斑 一夏君にインタビューをしに来ましたー」
あの新聞部の女だった。私達のテーブルの前に立った彼女は、カメラを片手に一夏の前でウインクする。さっき出会ったばかりなのだから驚きはしないが、一夏を見つめるその視線に私は微かな苛立ちを感じる。
「ではでは織斑君! クラス代表になった感想をどうぞ!」
彼女はそう言って、もう片方の手に持った録音マイクを一夏の前に差し出す。それを受け取った一夏は、少しだけ口ごもりながらも話を始めた。
「え〜と、奇跡……ウソ、今のナシ。まぁ、俺の為に協力してくれる人達がいるから……ん〜、そいつらの期待は裏切らない様に頑張ります……」
「うんうん! でももうちょっとコメント欲しいなぁ〜。オレに触れたらヤケドするぜ! とか」
ずいぶんと前時代的な台詞を推されて、一夏は戸惑っていた。最終的には一夏が嫌がって、そのセリフは聞く事はなかったが……一夏の口からそんなセリフも……聞いてみたかった。かな?
「じゃあ次、セシリアちゃんもコメントちょうだい」
「わたくし、こういう事は苦手をしておりますけども、仕方ありませんわね……」
次にマイクを向けられたのはセシリア。口ではそう言いつつも、咳払いをしてみたり、髪を整え直したりと、満更嫌でもなさそうな様子でマイクを受け取る。話し口調は一夏と違って、ずいぶんと悠長だった。
「ではまず、どうしてわたくしがクラス代表を辞退したのかといいますと、それはやはり──
「あぁ、長くなりそうだからもういいや。写真だけちょうだい」
「さ、最後まで聞きなさい!」
あっさり彼女にマイクを取り上げられ、腹を立てるセシリア側目に、私は一夏を見る。その口元が少しだけ笑っているのを確認して、ホッと安心した。さっきから表情の変わらなかった一夏はパーティーがつまらないのかと、私は思ってしまったのだ。
問いただしてしまいたかった。だが、みんなが楽しんでいるこの場所で聞くのは、さすがに気が引ける。だから後で話そうと思っていた。
その後、先輩が新聞部の記事にしたいとの事で、クラスメイト全員で記念写真を撮る事になった。もっとも、最初は代表候補生の一夏とセシリアの2人だけで撮影するつもりだったらしいが、皆が次から次へと撮影に割り込み、記念写真になってしまったのだ。当然そこには私の姿もある。ズルいではないか……専用機持ちだけなどと……。
その記念撮影を終え、テーブルに戻って一休みしていると、セシリアと凰が一夏の隣りの席を奪い合っていたが、唐突に一夏は席を立とうとした。
「……ちょっとトイレ行ってくる」
周りにそれだけ言って一夏は席を抜けると、食堂の扉から廊下へと出ていった。だが、
スッ……
目で追っていた一夏の背中は、トイレのある方向とは反対の方に歩いて行ってしまった。だが、一瞬だけ見えた一夏の視線と歩む素振りに、間違えている様子は感じられなかった。
いったいどこに行くつもりなのか。私は席から立ち上がり、お手洗いと言って食堂から飛び出した。そして、見失ってしまった一夏の姿を探したのだ。
ふと思う。そもそも女子寮のここには女子トイレしかないというのに、一夏はどうやって用をたすつもりだったのだ?
・・・☆・・・☆・・・
「こんな所にいたのか……」
火をつけた煙草を咥えながら声のした方に振り返ると、そこには箒の姿があった。日もすっかり暮れた寮の外、街灯と自販機の明かりに照らされ、怪訝な表情の彼女の顔が浮かび上がる。そして俺に近づきながら言葉を続けた。
「お前のためのパーティーだろう……」
「悪いな。どうしても…………なっ?」
一度口元から煙草を離し、指に挟んで箒の前にちらつかせると、彼女は大きくため息を吐いて俺を睨む。それを無視して、俺は自販機のそばにあったベンチに座り込んだ。箒も釣られる様に座った。
お互いに無言の空気の中、緩い夜風が俺逹二人を煽る。煙草の煙が流れたのか、箒がむせた。
「……1本吸ったら戻っから、先行ってな」
「いい…………お前と2人っきりになりたかったから……」
「部屋戻りゃ、いつだってランデブーだろ……」
「な、なっ!?」
ビクリとベンチから飛び上がって俺を見る箒。さすがに深く切り込み過ぎたか。つか、聞こえないとでも思ったのだろうか。生憎、俺には一夏と同じ難聴スキルは無い。彼女が何を言ったのか、ハッキリと耳に入った。
「それはそうと、一夏っ」
「あぁ?」
顔を火照らせながらしかめっ面で話を逸らしてきた箒は、やや声色を変えた。至極、真面目な口調で。
「今日のお前はいったいどうした? 食堂の時からずっと、不満げに黙っていたではないか!」
彼女はそう言って、俺を見つめた。苛立ちと戸惑いを帯びたその瞳に、しばし呆気に取られる。そして数分前までの自分の行動を思い返した。
考え事をしていたからか、確かに無頓着だったかもしれない。考え事だけが理由ではないと思うが、ほかのヤツらからは何も言われなかった。気づいたのは箒だけらしい。ホント、一夏の事をよく見てるよ、この女は……
「楽しくないのか……? パーティは……」
箒はゆっくりと、問い尋ねてきた。俺は彼女に視線を合わせず、答えた。
「楽しいよ……楽しいに決まってんだろ…………ただ……」
「ただ……?」
「……俺って、こんなトコいていいのかなー、って」
「え……?」
戸惑いを見せる箒に、俺は口元の煙草を離して笑いかけた。
「だってそうだろ? ISが動かせなかったら俺はここにいないんだ。ISは女にしか動かせない『筈』なんだから」
「そ、それはそうだな……」
「でも、俺はISを動かせちまった。たぶん、普通だったら吐くぐらい喜ぶんだろうな…………
「一夏…………そう、だな……私も……お前とまた一緒に過ごせる日々がくるなんて、思ってもいなかった…………それだけではダメなのか……?」
「いや(インフィニット・ストラトス的には)ダメってワケじゃねえと思うが…………色々と謎が残ってるじゃんか……」
「謎……?」
「そう……例えば、どうして俺はISを動かす事ができたんだーとか。それぐらいはハッキリとしておきたいんだ」
「そ、そうか……だが、どうやってその謎を解明するのだ?」
「それをこの学園にいる3年間の中で探すんだ。俺はISが動かせた事をただの奇跡で片付ける気なんかないし、それを『千冬の弟だから』という理由で納得するつもりもない。絶対に何か意味がある……と思ってる」
「その謎を解明して……一夏はどうする?」
「IS学園とその生徒が、あらゆる企業や団体に属せないのは聞いたよな?」
「? ……あぁ」
「俺達が他の国から守られている猶予は3年しかないんだ。もし、ここから卒業したら国なり組織なり、色んな奴等が俺にたかってくる事なんか見えてる。俺がISを動かせる謎を解明するために……(もしくはその逆か……)」
「謎の解明……」
「前に言ったよな。連中は俺をモルモットにしたい云々……って。俺は誰かの事情や都合のために生きるのなんかまっぴら御免だ。奴等はきっと俺がISを動かせた事に疑問を持ち、可能性も考えたはずだ。男でもISを動かせる可能性をな…………だから俺が解明させるんだ。実験動物にされる前にね」
「もし……その答えが現れなかったら……?」
「……(千冬のお望み通り)俺は白式を使って高飛びする。ISなんかなんにも関係ない世界に、逃げてやる」
そこまで話した俺は、もう一度煙草を咥えて紫煙を燻らせた。これ以上先は話す必要もないだろう。あまり深刻に考えても今は答えなんか出るわけないし、何より箒がパンクしちまう。俺の話を真っ当に聞いてくれた彼女は、未だに感情の纏まらない視線で俺を見つめる。射抜かんばかりのその瞳が何を考えているのかは、残念ながらわからない。
この無言の空間をどうにかするべく、俺は紫煙を吐いて煙草を指に挟んだ。
「あーの日、あーの時〜あーの場、所〜でIS触れなーかーったら〜……♪」
頭に思いついた、ちょっとした替え歌を歌ってみた。箒に変な目で見られるのは承知で。
「なんだ……ずいぶんと前時代な歌を……」
前時代って言われたよ。この歌も、もう前時代なのか…………この世界、今平成何年だ? そもそも今『平成』なのか?
話を戻す。実際その通りだ。ISに触れる事がなかったら一夏は此所に来る事もなかったし、箒や鈴と会える事もない。IS学園は女子校。しかもそこそこ……いや、かなり地位の高いお嬢様学校だ。本来なら一般の男なんざいくら手を伸ばしたって届くワケのない高嶺の花園。セシリアは元々、鈴も箒も。教師も生徒も美人美女。しかもほとんど良い所のお嬢様育ち。異性に免疫もないあいつらに毎日ちやほやされたらタマンねーっての……
また話がズレた。もし、一夏がこの学園に来る事が必然的だったとするならば、その答えも学園の中にあるかもしれない。俺はこの物語を客観的に観てきた人間だったが、『インフィニット・ストラトス』は確か明確な完結を迎えていなかった。と言うか、結構な量の未消化な出来事があったと思う。『一夏』の事だから、どうせこの学園から3年間経って卒業した後は、ため息が出る様なハッピーエンドになっているだろう。間違っても鬱になる様な展開は待っていない。こんなラブコメディに、ある筈がないのだ。こんな『俺』でなければ。
だが、俺が今からやろうとしている事は、この『IS』という物語の知る由もない核心の中の核心を突く行為だ。間違いなく運命が狂いだすのは、重々予感している。いったい誰が敵になるのか、何が世界に起こるのか、皆目見当がつかない。ただ『俺』の頭の中にベッタリとこびり付いたこの疑問自体が、俺自身を突き動かしているのだ。コイツだけは解決しなければならないと。コイツだけは解明しなければヤバいと。俺の運命が危ないと。
『織斑 一夏』は自分がISを動かせた事に疑問を持ったのだろうか。もしも、その疑問を抱えたままほったらかしにしてしまったのなら、アイツは相当な馬鹿だと思う。まぁ……事実、どんな苦難も気合いで乗り越えるぐらいの大馬鹿なのだが。
とにかく、現状に手掛かりは全く無いのだが、今は時間が経つのを待つしかない。白式をいじくり続けていれば何かわかるかもしれないが、作った奴に聞くのが一番良いだろう。この学園で時間を過ごしていれば、いずれ邂逅する事になる。ISの開発者にして、箒の姉。篠ノ之 束、博士に……。
果たして、あの女が素直に答えてくれるのかどうかは、また別の問題だが……それまでの間、俺は死んでしまわないように体とISを鍛えなければ。猶予は長い様で、短いかもしれない。
「寮に戻るぞ」
そう箒に言って、俺はベンチから立ち上がった。吸い殻を街路の石畳に吹き捨て、足で踏み潰す。箒は何も言わなかった。胸ポケットの中に入れたライターと、丸出しのメンソールを確認する。煙草の本数は残り少ない。なんとかして補充する方法を考えなくては。
そこまで考えていた時、箒の声が俺を呼び止めた。
「い、一夏ッ!」
俺は振り返る。表情も言葉も息詰まった彼女の姿が街灯の明かりに照らされた。
「もしも……もしもISが動かせた理由に私の姉さんが絡んでいたら……お前は……
「安心しな箒。俺はお前の姉さんを恨んだりはしない……たぶんな……」
彼女の言葉が言い終わる前に俺はそう返して、寮へ続く道を歩く。箒はそれっきり寮に戻るまで何も言わなかった。
彼女に言った事は本当だ。束博士を恨む以前に、俺は自分自身の運命を呪っているのだから。