翌朝、久しぶりに朝飯を抜いて俺は学校へ向かった。大した理由ではない。パーティーに戻った後で食いすぎたのだ。ほかにも、終始いがみ合っていたセシリアと鈴をなだめたり、どさくさ紛れて誘惑してくるクラスメイトをあしらったり、それに嫉妬する箒をまたなだめたり。胃袋がすんごい忙しかった。ホント、平和すぎて……
昨日はやや早めの10時ぐらいに布団に入って7時に起きたのだが、まぁ眠い事眠い事。千冬に叩き起こされながら午前中の授業を終えた後、いつも通り箒と食堂に向かおうと机を立ち上がろうとしたが、そこへ珍しくセシリアがやってきた。
「織斑さん、ちょっとよろしくて?」
話しかけ方といい何かといい、最初に声をかけられた時を思い出す。そん時と違うのは、口調と立ち振る舞いが高圧的じゃない事ぐらいか。
「んぁ、どうした?」
「わたくし今日の放課後、第四アリーナでブルー・ティアーズのBTの反応調整トレーニングを行いますの。それに、あなたも付き合ってほしいのですわ」
なぜか機嫌の良いセシリアの勧誘を、俺は真っ向から疑う。コイツの事だから何か面倒臭い事でも考えているんじゃないかと思ったが、彼女のISの技術能力は代表候補生の名に恥じないほど優れているし、クラス代表戦は勝ってもらう為に俺の訓練を協力すると言ってるのだから、断る気にもなれなかった。普段なら放課後は箒と剣道だが、テキトーに言い訳でも作っとこ。
「ん〜……わかった」
「約束ですわよ? ふふっ……」
用件を聞き入れただけでなぜか機嫌の良さそうなセシリア。そんなに嬉しくなる様な事を俺は言ったのだろうか、妙に気にかかる。
そこへ、間を割って入ってくる幼馴染みが一人。ずいぶんとご立腹の箒が俺の座る机を叩いた。上に乗っていたペットボトルが揺れ動くぐらいの力で。どうやら今の会話を漏れなく聞いていた様だ。
「い、一夏! 私との特訓はどうする!? お前もいったい何のつもりだ!」
箒は俺だけではなく、セシリアまでくってかかる。こいつは昨日の会話を聞いていたのか、疑わしくなった。
「あら篠ノ之さん。わたくし、前にお話ししましたでしょう? 彼に協力します、と」
対してセシリアはずいぶんと落ち着いた口調と立振舞いで箒を尻目に俺へ頬笑みかける。
「ふふ、それに織斑さんは喜んで承諾してくれましたわ。あなたが口を挟む筋合いはなくって?」
「うぅ、それは……」
ここまでだな。言葉に息詰まってしまった箒は、助けを求めるかの様に俺の方へと視線を投げかける。「お前も何か言え」と。お前はもう少し成長してくれ。
「箒、別に辞めるワケじゃねえから…………それに、俺言ったろ? 時間…………無いって……」
顎に手を当てたまま、少し厳しめの視線を投げつけて、俺は箒に言った。
「一夏…………仕方……ないな……」
「?」
「あー、こっちの話」
訳がわからず困惑するセシリアを適当にあしらって、話を誤魔化した。もし、彼女に恋愛フラグなり何なり建っていたら話を追求してきたかもしれないが、彼女は興味なかった様に話題を戻した。
「と、とにかくこれで話は決まりましたわね! まったく、話の最中に横から割り込んでくるのはやめてほしいですわ」
「す、すまん……」
箒が素直に謝ったよ。お前はもう少し落ち着こうぜ。
「では織斑さん、また後ほど。篠ノ之さんも、よろしければ…………ま、わたくし達の邪魔をしないと言うのでしたら、練習風景を眺めるくらいの事は許してあげますけど」
優しさのないフォローだ。余裕たっぷりの卑しい笑みで箒を見下し、セシリアはこの場を去ろうとしたが、「待て」と箒の一言が足を止めた。
「…………私も協力する。お前ではなく、一夏のためにな」
ややうつむき気味で箒はそう言った。視線は俺ではなく、セシリアの方を見抜いている。
「協力するったって、お前ISが……
だが、彼女の言った事には当然疑問がつきまとう。俺がそれを指摘しようとしたとこで、間をセシリアが遮った。
「お言葉ですけど、ISのないあなたがいったい何を協力しますの?」
「それなら問題ない」
途端、箒は悠長に自分の席に戻って机の中を漁ると、1枚のプリント紙を取り出して俺達の前に突き出した。飾りっ気のない白黒印刷で書かれた内容は、打鉄の貸し出し使用許可証。俺はそれを凝視した。
「お前……よく借りれたな……」
「そんな……もう許可が下りるなんて……」
セシリアは目を丸くしてその紙を見ながら、動揺している。
前にアリーナの真ん前を通った時、ISの貸し出しを設けてる受付を見た事があったが、そこに並んでいた行列が入り口まで伸びるほどのえらい長蛇になっていたのを思い出した。箒はあのうんざりする様な行列を並んでISの許可証を受け取ったのだろう。それだけ彼女は必死なのだ。まぁ、主に一夏とのためなんだろうけど。
「これで私もISを使う事ができる。野次を飛ばすだけとは言わせないぞ」
そのどっしりとした物言いに、セシリアは仕方のなさそうに溜め息を吐いた。
「ハァ……仕方ありませんわね…………いいですわ。くれぐれも、わたくしの邪魔をしませんようにッ」
そう言ってやや不機嫌に踵を返そうとした彼女を、今度は俺が呼び止めた。
「あっ、セシリアどうせ食堂だろ? 具体的に何やるのか教えてくれよ。協力するんだからさ」
遠回り、一緒に食事しようって事である。もう少し、具体的に何をやるのか詳しく聞きたかったし、意外に彼女とは話が合う。クラス代表決定戦以来しばらく妙な関係か続いてきたが、ここら辺で落ち着いた。彼女とはIS仲間。それだけだ。
セシリアは俺の提案を納得した様に受け入れた。内容が内容だからか、箒も文句は言わなかった。
俺、箒、セシリアの3人でISの話をしながら廊下を歩く。練習の内容は気難しそうだったが、俺達がやる事は単純だったから良い。箒とセシリアもいがみ合ったりせずに話をしていたから、俺は少し安心していた。食堂の入り口を潜った瞬間、鈴の甲高い声に呼び止められるまでは。
「待ってたわよ、一夏!」
どーん! と気の抜けた効果音でも鳴りそうな雰囲気で、彼女は食堂の券売機の真ん前で仁王立ちしていた。箒が警戒し、セシリアの機嫌が悪くなっていくのがわかる。彼女から見た鈴の印象は最悪だからな……。
「ぁ……何やってんだ? お前……」
「何って、『待ってた』って言ったでしょ! もう少し早く来なさいよ!」
「言ってる事無茶苦茶だぞお前……って、お前コレ昨日も言ったぞ…………ホラ、はよどけ……券買えねぇ」
「う、うるさいわねっ。わかってるわよ!」
少し反論しただけなのに、癇癪を起こしながら鈴は券売機の前から位置を譲る。食券を取る俺の後ろに並んだセシリアが嫌味ったらしく呟いた。
「全く……迷惑だって事が気付いてませんのかしら……」
内容は本人には聞こえていなかった様だが、何かブツブツと言っているのは気付いたのか、鈴はセシリアを見ると首を傾けてこう言った。
「……誰?」
「なっ……!? 昨日わざわざ名乗りましたでしょう!!? わたくしは『セシリア・オル──
「アハハハハ! 冗談よ、イギリスの代表候補生さん。同じ代表同士、これからは仲良くしましょ?」
何の悪気もなさそうに笑う彼女を前に、手玉に取られてわなわなと拳を握り締めているセシリアの後ろに並んでいた箒がぼそりと呟いた。
「……ならその態度を改めるべきだと思うが……」
俺には聞こえたが鈴には聞こえない様に顔を背けて言ったため、これも本人には聞こえてはいない。そんな彼女は券を取った俺の袖を引っ張る。
「あっ、そういえば昨日はすっかり聞きそびれてたわ。一夏、紹介しなさいよ。その、もう一人の幼馴染みってコ」
「あぁ……こいつは、し、篠ノ之 箒ってんだ……」
とりあえず名前だけを鈴に教える。彼女はセシリアの次に券を取った箒に視線を向けた。
「ふ〜ん、篠ノ之ねぇ…………改めて、凰 鈴音よ。よろしくね」
「あぁ……こちらこそ」
お互い握手のない挨拶を交わした彼女2人を尻目に、俺は券を持って受取所の列へと並ぶ。その横に早足で鈴が並んだ。列に従えよ……
「それにしても、こうしてまたアンタと一緒に学校を過ごせるなんて思ってもなかったわ。ねぇ……どうしてISなんか動かしちゃったのよ?」
「……そう言えばお前、昨日……つか今日転校してきたばかりだろ? 自分のクラスの面子と顔合わせてきたらどうだ?」
「話を逸らさないでよ。あたしは一夏と話がしたいのっ。いいでしょ?」
「そーかい……」
クラスの中で孤立しないか、若干の心配が頭を通り抜ける。が、考えるだけ無駄だと見切りをつけた俺は受取所で飯を受け取って、先に受け取りを終えて座れる場所を探していたセシリアが見つけた丸く囲む事の出来るソファーの席に四人でついた。トレーに乗った飯は、俺は狸蕎麦、箒はブリの照り焼き定食、セシリアはサンドイッチ、鈴は醤油ラーメン。セシリア、サンドイッチだけで足りるのだろうか。
「でっ、どうしてISなんか動かしちゃったわけ?」
席に着くなり再度質問をしてくる鈴。誤魔化す事はできそうにもないので、俺は頭をフル稼働して原作の出来事を思い返しながら、大雑把に織斑 一夏の過去を答えた。
「あぁ〜……高校の入試試験がさ〜……武道館みたいな多目的ホールがいっぱいの所でさ〜……迷いに迷いまくったらいつの間にかIS動かしてたって事」
「全然わかんないんだけど……」
「後半、省略しすぎてないか?」
「とりあえず、多目的ホールで学校の試験が行われていたって事は理解できましたわ……」
物凄い言われようだが、俺が覚えてるのは精々これぐらいが限度だ。俺は話を止め、狸蕎麦のつゆを天かすと一緒にすする。
「まぁ、いいわ! こうして一夏とまた一緒にいられるんだから、細かい事気にしちゃダメね! そうでしょ、篠ノ之さんっ?」
「えっ? ま、まぁ………………そう、だな……」
同じ幼馴染み同士だからか、鈴は箒に話を振った。ブリのほぐし身を箸で摘んでいた彼女はオドオドしながら、やや言葉足らずに答えていた。
鈴はラーメンをすすりながら、また俺の方へ向き直る。
「そうそう、あんた専用機持ちでクラス代表なんでしょ? あたしん所の2組のクラス代表も専用機持ちになったから♪」
「え……? それは、つまり……」
箒の呟きに、今度は彼女の方へと体を向ける鈴。忙しい女だな。
「そうよ! 2組のクラス代表はあたしになったわ。クラスみんなを引っ張るんだもん。やっぱり、実力のある人がトップにならなくっちゃ!」
そう言って大きく意気込む彼女を、セシリアが睨んだ。このクラス代表がどういう目的で造られているのかは、千冬が話しているのだ。鈴のやった事は意図から外れている。
「1回戦敗退なんかしたらリンチだな……頑張れよ」
「なるわけないじゃない。あたし、強いんだから」
「じゃあ、俺と当たらない様に祈っとけ」
「フフン、ブースト飛行すらままならないらしいのに、よくも言ったわね。言っとくけど、手加減なんかしないわよ?」
「…………なんでお前が知ってんだ?」
「え?」
「その…………ブーストの事……」
「あぁ! クラスから聞いたのよ。あんたの決闘の事」
予想以上に素早く情報が回っていた事に、俺は少しだけ驚いた。新聞部のあの女の言葉が思い起こされる。女子校の情報網は広がるのも早いなら、伝わるのも早いってか。
急に鈴がラーメンのどんぶりを持ったまま身を乗り出して、俺に顔を近づけた。
「ねぇ……よかったらさぁ、あたしが教えてあげよっか? ISの事♪」
「待てっ! その必要はない!」
真っ先に反応したのはやはり箒だった。テーブルをドンと叩いた衝撃で、上に乗っていた物が揺れる。
「一夏は私との剣道と山田先生の補習……それとセシリアのISの特訓がある。放課後は埋まっているのだぞ!」
「そうですわ! それにわたくし達は1組であって、あなたは2組でしょう! 敵の施しは受けませんわ!」
箒に続いてセシリアも鈴を非難した。別にクラスが違うからって協力を受け付ける受け付けないは関係ないと思ったが、これ以上俺のスケジュールを詰められるのは勘弁してほしかったので、俺は何も言わない。
「あたしは一夏に聞いてんの。関係ない人は黙っててよ」
「か、関係大ありだ! 私や一夏にも予定というものがある!」
「彼は1組の代表ですから、同じ1組のクラスメイトが教えるのは当然の事ですわ! いくら織斑さんの幼馴染みといえ、後から出てきた分際で図々しさにも程が──
「後からじゃないしー、あたしの方が付き合い長いしー」
「そ、それを言うなら私が1番早いだろう! 一夏は家で何度も食事をしている間柄だ。付き合いも長い」
「食事って……あんたの実家も料理屋なの?」
「え? い、いや……私は家が剣道場だったから……一夏とは何度も剣を打ち合った仲だ。私の家に泊まった事もある!」
「ふ、ふ〜ん……」
「凰さんの実家はお料理のお店ですの?」
「あ……あはは〜、まぁ……そうなんだけどね……」
「「?」」
実家の事を尋ねられた途端、話を濁してきた鈴に2人は疑問を見せる。まぁ……俺知ってるからどうでもいいし、彼女は話さないから話す事もできない。
「それよりさ、一夏! 今日の放課後って時間ある? あるよね? 久しぶりなんだからどっか行こうよ。ホラ〜、積もる話とかあるでしょ?」
「ダメですわ、織斑さん!」
「一夏ッ!」
そう怒鳴らなくたってわかってる。最初から断るつもりだ。
「……鈴、悪いが今日は山田先生の補習……あぁホラ、俺ってISの事なんにも勉強してなかったから、補習受けてんだ。でっ、そのあとはこいつらとISの特訓だから……外出する暇なんかねーよ」
「そんなのサボっちゃいなさいよ。あたしとの時間の方が大事でしょ?」
「バカ、結構大事なんだぞ? この学園の中じゃ」
「もうっ! そんな大人ぶっちゃって……。じゃあ、それが終わったら来るから、時間あけといて。ちょっとだけでいいんだから。じゃあね、一夏!」
半ば強引に予定を詰められたが、鈴は具体的な事は話してくれなかった。いつの間にラーメンのどんぶりの中を空にした彼女は、機嫌の良さそうにトレーを持って去っていったが、それを見ていたセシリアが呆れた様に呟く。
「代表候補生の恥晒しですわ……」
あながち間違ってもいないだろうなと思いながら、俺は蕎麦をすすった。
・・・☆・・・☆・・・
でもって放課後。山田先生の補習を終え、第3アリーナの半分ぐらいの広さしかない第4アリーナに到着した俺の目の前、グラウンドの中には打鉄を纏った箒が静かに黄昏ていた。
「ん、どうした?」
「いや、別に……」
俺も彼女と同じ様に、白式を纏ってグラウンドに立つ。こうして見ると、一見似た様な形同士に見えるふたつのISは、かなりデザインの違いが感じられる。打鉄が武者鎧なら、白式は騎士甲冑とでも言おうか。雪片が十文字型の大剣ならもう少し騎士っぽく見えたかもしれないが、アレが反りのある刀みたいな形をしてるからわけがわからなくなる。
俺が打鉄に注目していると、白式のコンピューターが勝手にスペックを解析し始めていた。
打鉄の総エネルギー量は35000。俺の白式よりも、3000ぐらい多い。装甲の差だろうか、実弾防御も向こうの方が上。性能で白式が勝っているのは、ブースター諸々だけだった。
『皆さん、お集まりになりましたわね』
唐突にISの通信回線が開いて、セシリアの声が聞こえた。ステレオで聞こえたから近くにいると思ってISのレーダーを展開すると、彼女は俺逹の真上に浮いていた。青色のIS、ブルー・ティアーズを纏った姿で。
「訓練の内容は食堂で話した通りですわ。これからお二人にはBTの射撃をひたすら避け続けてもらいます。あぁ……お二人のISの稼働データも同時進行で取らせてもらいますから」
彼女がそう言うと、俺の顔のそばへ勝手に映像モニターが浮かび上がり、IS学園の整備室で見かけた人達とクラスメイト数名の顔が現れた。通話先はカタパルト前のピットの中の管制室から。どうやら、彼女逹はそこにいるようだ。
当然、そこには布仏さんの姿もあった。
『やっほー、おりむー!』
『よろしくね、織斑くん!』
「……あぁ」
「よろしく頼む」
2人で無難に返事をすると、俺はセシリアに指示を促す。回線から俺ばかり黄色い声が飛んで、箒が不機嫌になろうとしていたからだ。
「早速始めましょう。準備はよろしくて?」
「あ、あぁ……」
「問題ない」
「では、いきますわよ……」
その会話を最後に通信は終了し、和やかだった空気が一新。話すのをやめた彼女のブルー・ティアーズから4機のBTが起動し、一糸乱れぬ動きでゆっくりと旋回しながら俺と箒を包囲する。
周りからは女性の歓声がザワザワとグラウンドの中に響き渡る。いつの間にかアリーナの観客席はリボンの色を問わず、学園の生徒が集まって見物を始めていた。
唐突に嘶く閃光。この目で直視するよりも、俺と箒は同時にブースターで飛び上がっていた。地盤が少し凹んだのを白式の足の裏から感じた直後、俺と彼女の立っていた場所にBTの青白いレーザーが落ち、爆散する。爆風に押し上げられて高度が一気に上昇したが、俺はその風から逃れる様に真横へ回避行動を行った。
食堂の中でセシリアと話したトレーニングの内容とは、ブルー・ティアーズのBTのオールレンジ攻撃をひたすら避け続ける事だった。彼女の目的はBTを動かし続ける事で稼動データを取りつつ、自身のBTの操作技術を上げる為。つまり、俺達2人はただの動く的である。どうやら彼女にうまい事丸め込まれた様だ。
だが、この状況に俺も箒も文句は吐かなかった。彼女は一夏と一緒なら剣道でもISでも、何だっていいのだろう。ただ、幼馴染みの背中の後をくっ付くだけで向こうが振り向いてくれるとは限らないし、もう振り向く人間ですらない事を考えると、さすがに同情を禁じ得ないが。
俺がセシリアのトレーニングに付き合ったのは、他でもなく彼女に勝つ為だ。決闘でブルー・ティアーズとBTによる圧倒的な敗北を味わった俺は、口に出してしまったほどの悔しさを感じていた。まともな理屈でないのはわかってる。ただ男としてのプライドだろうか、いつか必ず彼女にリベンジを果たす。そのつもりだ。
『くッ…………あっ! キャっ!!』
繋げっぱなしだった回線の奥から箒の悲鳴が聞こえる。同時に、スキャンしていた打鉄のエネルギー残量が大きく減少していく。彼女の様子を確認しようとした俺の頬をBTのレーザーが掠り、慌てて白式に急加速をかけて回避行動をとった。
こいつの恐ろしい所は、1度攻撃を喰らい始めると2発3発と連弾を浴びかねない事。決闘の時に経験したが、初撃を喰らったらすぐにBTの包囲網から離脱しないと大ダメージに繋がる。つまり、残念ながら俺も回避に精一杯なので彼女を助ける余裕はない。特訓が始まる前にBTのクセだけでも伝えておけばよかった。
ぐわんぐわんとハチの様に空中で回転しながらBTのレーザーを回避していると、たまたまセシリアの姿が目にはいった。俺達よりも更に上空で静止している彼女は、真下で俺達がレーザーとのドンパチをやっている事に目もくれず、静かにその場で目を瞑っていた。BTの操作稼働率を限界まで上げる為、集中しているのだろう。今更だが、俺達のやる事はBTを避けるだけだから、セシリアには攻撃しないし彼女自身も攻撃はしてこない。この特訓はBTがメインだから。
「グッ……!!」
脇腹にレーザーが当たった。決闘の時と同じ、よく似た衝撃と熱が全身へ広がる。練習だからと言って、手加減などない。
ならばこちらも手加減する必要はないと、俺は雪片を展開して追撃のレーザーを防御すると、動きの鈍くなっていたBTを白式の脚で蹴っ飛ばした。
この数日の間、俺はIS学園の整備室とアリーナを交互に訪れていた。セシリアとの再戦の為もあるが、本当の目的はもちろんこの白式──ISの謎をこの手で解き明かすためだ。
というか、ぶっちゃけてしまうとIS学園というこの場所に生徒として縛られている俺には、こんな事しかやる事がないのが現状なのだ。基本的に寮の住み込みで学校に通うこの学園は休日ぐらいしか校外へ出る事ができないのだが、当然ながらここにはゲームや漫画など暇をつぶせる様な物は無い。学園のPCはネットに繋がるサイトが制限されているからどうしようもない。必然的にやる事なんざ限られてくるのだ。勉強や部活動、ISの特訓や整備などなど妙に真面目ぶった事ばかり。『俺』なら山田先生の補習とか。嫌な話、この学校は娯楽を縛って自分の仕事へと目を向けさせる様な仕組みになっているようだ。俺の考え過ぎかもしれないが。
とにかく、今はこの状況と施設を利用して、力……主に物理的な力とISの知識を蓄えるほかない。無理にここから逃げ出した所で、俺は『織斑 一夏』という高校1年生のクソガキでしかないのだ。逃げるアテなど無いし、不特定多数の女共に迷惑をかけるだろう。それに、まだ俺には一夏としてやるべき事がある。後味を悪くさせないために。
どう足掻いたって3年間は此所から出る事は叶いそうにもないのだ。今外に出たら、ISを動かせる唯一の男である俺は何処の組織からどんな目で見られるのかわかったものではない。一夏だって、ISが動かせる事が判明する以前から千冬が原因で危険な目にあっているのだ。
他にやる事もないし、目標のないまま生きるのも結構つらいし、こんな悶々とした日々を過ごすのは好ましくないが、俺が逃げるには今は時間を待つしかない。プラス、それ相当の力も必要だった。
それでも、ふと考えてしまう時がある。
逃げる場所なんて無いのかもしれない。
……ISが男にも動かせる様に……あるいはISを超える兵器が生まれない限り。
ひと通りセシリアからのBT攻撃を躱し続けた俺達は、一度ISのエネルギーの充電と休憩をする事になった。
先にエネルギーが切れたのは箒だった。一度だけとは言えブルー・ティアーズのBT攻撃をこの身で経験している俺の方が彼女のBTのクセをわかっている分、回避能力に差がある。といっても、俺の白式のエネルギーも10000を切っていた所だったが。主にブーストの燃費のせいで。
俺と箒とセシリアは同じピットに戻り、整備室の面子と集合した後、空調の効いた管制室の中で彼女達も囲んでの話し合いをする事になった。
そこそこ広い管制室の四角いテーブルに俺、箒、セシリア、布仏さん、それとクラスメイトの鷹月さんと岸原さんの6人が席に座った。
「はい! おりむー、コレ」
そう言って布仏さんが渡してきたのは、ペットボトルサイズの黒い水筒だった。数本で用意されているのを見て察するに、部活動やISで訓練する人達用の物だ。どこで用意しているのかは知らんが。
箒が意味ありげな表情で俺を見た。
「お、おりむー……?」
「あぁ、おりむー……」
その一言で納得させようと、俺は彼女を見ながら水筒を口につけた。そう言えば箒は布仏さんが俺につけたあだ名聞くの初めてだったな。彼女は俺の事あだ名じゃなくて、一夏と呼ぶんだろうけど。
水筒の中は紅茶だった。程良く冷えて、飲みやすい。管制室の中を見回すと、IHコンロとヤカンとティーパックが置いてあった。もしかしなくてもセシリアのリクエストなのだろう。
そんな彼女は紅茶を飲みながら、ゆっくりと話を始めた。
「篠ノ之さん。初めてBTを前にしたにしては……動けた方ですわ」
「そ、それは褒めているのか……」
普段はいがみ合っているせいか、褒められた事に戸惑う箒。というか俺が見てる限り、彼女の方が一方的に噛み付いてきてるだけなのだから、セシリアは本音だと思う。
「織斑さんは……やはり直線的な動き……と言いますより、予測の容易い軌道が多すぎますわ。
マイナス評価とは言え、自覚のあった俺は無言で頷く。クロス・ターンは知らんがゼロ・ターンは見た事があった上、さっきのBTの嵐の中で試した。完璧とは言えなかったが、あの転回は初歩的な技能らしいから、案外簡単に覚えそうだ。
「それと……ッ……!」
更に言葉を続けようとしたその時、セシリアは急に頭を押さえて目を瞑ると、苦痛を受けた様な声を漏らす。同時に彼女の水筒がするりと手の平から滑り、重い音を立てて床に落ちた。
「セシリア!?」
「セシリアさん!?」
「せっしーっ!?」
「セシリア……!?」
「どうしたッ?」
俺を含め、その場に座っていた全員がセシリアを呼び掛ける。彼女は頭を押さえたまま一息を吐くと、やや窶れた様な口調で返事をした。
「……なんでもありませんわ……ちょっと頭痛がするだけ……ここまで長時間BTを動かしたのは久しぶりですから……」
彼女の言葉に耳を傾けながら、足下に転がってきた水筒を拾う。蓋は閉まっていたから中身が零れる事はなかった。
だが俺はセシリアに渡そうとした水筒の手を、途中で止めた。
「……ん? ちょと待て。頭痛とBTに何の関係がある?」
「そ、それは……
彼女は一瞬だけ口元をもたつかせたが、やがて言葉を選んでいく様にゆっくりとBTの特性について話し始めた。
「BTはブルー・ティアーズの操縦者から発せられる信号……つまりは第三世代型ISに導入された
「脳波コントロールか」
「「「?」」」
「いまいちピンと来ないのだが……」
「要は念波だろ? 『こうゆう風に動けー』っていう」
「なるほど……ISで空を飛ぶのと同じか」
「いや、違うと思う……」
「まぁ……ISの動かし方は人それぞれだから……」
「えぇ……ですけど、実は全てをわたくしの意思だけで動かしてるわけではありませんわ」
「「「え!?」」」
「「何?」」
「このブルー・ティアーズのヘッドギアには脳波を強める特殊な装置が付いておりますの。具体的には脳そのものに微弱な音波を送って思考速度を上げ、脳波の加速……繊細化を行っていますわ」
「へ〜」
「ほ、ほとんど無理矢理ではないかッ!」
「おいおい……どんな音聞いてんだ?」
「いいえ……音波自体は人間の耳で聞き取れるレベルではありませんわ。けれども、BTを動かしている間、わたくしの頭は音波で常に圧迫され続けますの。無理がある方法とはわたくし自身もお思いになりましたが、今イギリスではこのブルー・ティアーズのBTを全面に推し出してますから……」
「え?」
「推し出す?」
「誰に? いや、何処に?」
「今、
「データを集めて頭痛を軽減できる物を作るにしても、まずはコレを我慢して付けなきゃいけないってか……」
「えぇ、BTを4機同時に動かすにはこの装置は必要不可欠ですの。装置が無ければ…………わたくしとて、ひとつ浮かす事が精一杯ですわ。それに……
「それに……?」
「……この装置を合わせ、イギリスのIS操縦者の中でBTへのイメージ・インターフェイスの操作適性が最も高かったこのわたくしがブルー・ティアーズを操縦しても…………BTの最大稼働率はスペック上の精々30%が限度…………それ以上はとてもではありませんけど、装置の負荷で頭が耐えられませんわ」
「代表候補生ですら3割……」
「無茶苦茶な設計しやがる…………オートモードとかないのか?」
「一応、自動で操作してくれる形式もありますわ。でも自動操作のBTは動きが単純で低速過ぎる上、できる事も限られてしまうせいで、ただの的にしかなりませんの……」
「レーザーが撃てるなら、揺動になるだけでも十分だと思うのだが……」
「イギリスのお偉いさん方か技術者はそれだけじゃ納得しなかったワケか」
「えぇ。伊達に代表候補生の名を受け持っている身ではありませんわ。少しは見直してくださいましたか?」
「あぁ……」
「…………」
一通りBTの事について話したセシリアは、受け取った紅茶をひと口付けると俺の方へ体を向けた。
「話を戻しますわ。織斑さん、あなたは近接戦闘しか攻撃方法がない以上、一刻も早く『
「あ、あぁ……」
イグニッション・ブースト。通常のブーストと違い、ブースター内でエネルギーを圧縮してから一気に放つ事で、一時的……つか一瞬だが爆発的にスピードを上げる技。攻撃の回避は勿論、雪片みたいな近接攻撃をする時に敵との間合いを瞬時に詰めるなど、用途はかなり広い。覚えていて損のない……と言うかセシリアの言った通り、俺には必須の技能だった。
「織斑先生も、イグニッション・ブーストが出来れば現役の代表候補生とも渡り合えるって言ってたわ」
「クラス代表戦までまだまだ時間あるから、覚えるっきゃないね!」
鷹月さんと岸原さんの2人がセシリアの意見に賛同する。クラス代表戦までに間に合うのかは俺の技術次第だが、やるしかないか。
「だな。何か見本とかあると覚えやすいと思うけど、なんかない?」
俺の問いかけに、岸原さんが手を挙げた。
「あっ……私、織斑先生がモンド・グロッソに出てるDVD持ってるけど、見る? 凄すぎて参考にならないかもしれないけど……」
「あぁ〜〜……ソレ見たい。参考にならなくてもいいから」
実際、ISは内側で動かすものだから、外から見ても技能や技術はわからない。ただ、あれだけ皆から尊敬されている千冬の活躍がどんなものだったのか、この目で見ておきたかった。
寮のテレビでDVDは見れたかどうかと話して一息ついていると、箒が壁に掛けられたデジタル時計と夕焼けに染まり始めた空を眺めて、口を開いた。
「一夏、この後はどうする? まだ時間は余っているが……」
「グラウンド戻ったら軽めにターンやって……その後でイグニッション・ブーストだな……」
「私もブーストの練習がしたいな。できれば回避もやってみたいが……BTでは難度が高すぎるぞ……」
そう言って箒はチラリとセシリアの方を見たが、彼女は何の問題もなさげに人差し指を立てる。
「でしたら、わたくしの
それで解決かと思いきや、箒はまだ心残りでもあるかの様に唸っていると、何か思い出したのか、声を上げた。
「う〜……あっ、ISでの近接戦も試してみたいのだが……」
「それではわたくしの出る幕がなくなってしまいますわ!」
セシリアは反対の声を荒げた。確かに、遠距離での射撃戦を想定しているブルー・ティアーズで近接戦闘をやるのは酷だろう。
だからって、それはお前の操縦技術の欠点なんだから、そこは我慢しろよ。鍛えればもしかしたら、今度また決闘をした時に俺に接近を許しても、もう少し上手く立ち回る事が出来るかもしれないだろ。
「セシリア、BT付き合ってやったんだから、こっちの都合にも少しは付き合えよ。つか、お前ビームサーベルの展開あのまんまだとまた織斑先生にどやされるぞ」
「『ビームサーベル』ではなくて『インター・セプター』ですわ! 確かに……叱られるのは嫌ですけど、近接戦闘はどうしても苦手で……」
「苦手なものなら、克服するしかないのではないか? いくら射撃とBTでカバーしても、それでは臭い物に蓋の原理だろう」
箒のごもっともな意見を言われてしまったセシリアは、不安げな表情のまま口をつぐませた。が、
「仕方ありませんわね…………お手柔らかにお願いしますわよ……?」
と、俺の方を見て彼女は近接戦の訓練に賛成してくれた。俺と箒は剣道場で竹刀を打ち合っているが、俺は鬼ではないから最初はお手柔らかく雪片を振ってやるつもりだ。箒は……どうするか知らんが……彼女の性格上、手加減が出来るのか怪しい。余りにもスパルタだったら止めよう。
丁度その話に区切りがついた所で、ISの充電を終えた事を知らせる通信が管制室の中、モニターへ浮かび上がった。
「さぁて……やるぞ〜」
気だるい口調で俺がテーブルから立ち上がり、箒やセシリアもそれにつられて席を立つ。
「引き続き、データの収集お願いしますわ」
「はいはーい♪」
「布仏さん、終わったら整備室で……いいよな?」
「うん!」
「一夏っ、早く来ないか! 時間はあまりないのだぞ!」
「はいはい、今行くよ」
「頑張ってね、織斑くん!」
「あぁ!」
「せっしーも気をつけてね〜」
「せ、せっしー!?」
お喋りタイム終了。アリーナのピットへと向かった俺達3人は充電の終わったISに乗り込むと、カタパルトで再びグラウンドへ飛び出した。
まず最初にターンの練習だが、これはゼロもクロスも1回で成功させる事が出来た。地面にしっかり脚を付けてから、徐々に空中へと登りつつ試した安心感故の結果だ。セシリア曰く、基本中の基本のひとつらしい。意識しないままやるには慣れが必要そうだが、ひとまずはこれで区切りを付ける事にした。
問題はイグニッション・ブーストだった。
地面から数センチ浮いた状態で、俺と箒はISを制止させる。一度手本を見せてくれたセシリアがレーザーライフルで俺達に狙いをつけてきた。
そう……彼女もイグニッション・ブーストが使えたのだ。ブルー・ティアーズの戦法上、弾丸の回避程度にしか滅多に使う事がないらしいが、もし決闘の時に使われてたら、俺は終わっていたな。
ロックオンされた事を警告するアラートがやかましくて、腕のデバイスで音を切った。ちなみに地面や壁への衝突を警告するアラートはとっくのとうに切っている。あの音は心臓に悪い。
「準備はよろしくて?」
「「あぁ」」
セシリアの声をふたつ返事で応え、俺は意識をブースターに集中する。少し離れた所に立つ箒の方をチラリと見ると、彼女は目を閉じていた。彼女の纏った打鉄のブースター口からは、小さな火花が散っていた。
「いきますわよ……」
その一言を最後に、セシリアはレーザーライフルのスコープを覗く。俺は脚のブースターを吹かして緩やかに地面を移動しながら、肩のユニットのブースターにエネルギーを集中させた。
ユニットから真っ白な光の粒子が溢れ、引き攣った様な感覚が肩へと伝わる。外そうとすれば外れてしまいそうだが、これを外した瞬間、何が起こるのかは重々承知していた。
刹那、ブルー・ティアーズのライフルの銃口が、光った。
同時、ブースト移動していた進行方向とは逆のブースターの痼りを、外した。
途端、凄まじい爆音と爆風が肩を伝わり、俺の意識は一瞬、トんだ。
「ぐわああああァァぁあああァああアアァああアアぁぁぁアアアあアアァぁアアァァぁぁぁアアアああぁァアあぁぁぁぁァ!!!!!?」
レーザーは避けれた。だが想像以上の急速に意識ごと吹っ飛ばされた俺は、白式と共にアリーナの壁へ激突した。
「一夏っ!!!」
「織斑さんッ!!!」
箒とセシリアと、管制室にいるクラスメイトの声が一斉に俺の名前を叫んだ。俺は上下逆さまになって壁にめり込んでいた。
『おりむー! ……生きてる〜?』
やや気の抜けた布仏さんの声が回線から響く。
「大丈夫……大丈夫、どこも壊してない……」
体勢を元に戻し、装甲に付いた土埃を払いながら俺は彼女に答える。ISで事故る事に慣れてしまったせいか、俺はやや的の外れた返事をしていたが、誰もそれにツッコミを入れる者はいなかった。と言うか、俺も変な事言った事に気付いていなかった。
その後、何十回とエネルギーの続く限りイグニッション・ブーストを試してみたが、どうしてもブースターが逸れたり、ブーストが強すぎたりとまるで上手くいかず、そのまま俺の白式のエネルギーは切れてしまい、訓練はお開きになった。
試行の末、俺はどうもイグニッション・ブーストの練習の仕方が間違っている様な感覚を受けた。間違っているというかは……何かが足りないとか……そんな感じなのだが……
俺と同じ練習をしていた箒は「無駄な動きが多すぎるからバランスを崩すのだ」と指摘されたが、まぁ……白式で空中をブースト移動する事すらまだ危なっかしい時がある俺には何とも言えないけれども、ヨロヨロブーストで振り回されていたお前の言う事を素直に飲み込むのも気が引ける。それなら1回、俺の白式とお前の打鉄を交換させてほしい。絶対に他のISに比べてこの白式はブースターの馬力がキチガイじみている気がするのだ。調べる方法を知らなかったので確証はまだなかったが、俺は確信していた。
ともあれ今は白式の稼働データが早く見たかった。整備室に行って布仏さんと再会する前に制服に着替える事にした俺は、ひとまず1人でアリーナ内の更衣室へと向かった。
こりゃ、上手くなるには相当の時間がかかりそうだ。果たしてクラス代表戦まで間に合うのだろうか、俺は微かに不安を感じていた。
・・・☆・・・☆・・・
ピットを抜けて更衣室に入ると、そこには鈴が立っていた。
「お疲れ、一夏♪」
「おい、ここ男子更衣室だぞ」
「いいじゃない。男はあんたしかいないんだから♪ ハイ、タオルとアク◯リアス」
理由になっていない理由を何の悪気もなさそうに言い捨てて、鈴はどこから持ってきたのかわからん青のタオルと黒のデカい水筒を俺に投げ渡してきた。汗はあんまかいちゃいないが、喉が渇いていたのは助かった。わざわざ水筒に入れ替えて持ってきたのだから、中はキンキンに冷えているだろう。そう言えば、スポーツ飲料なんか何年ぶりに飲むんだろうか。そんな事を考えながら、俺は水筒の中身を勢い良く喉に流し込んだ。
途端、想像と違う舌の感覚を受けて、俺はすぐさま喉を止めた。
「んぐッ……!?
味は間違っちゃいなかった。スポーツ飲料独特の甘いんだか酸っぱいんだかよくわからない曖昧な味わいだったのだが、それがあまりにも温かった。全く冷たくなかったのだ。
「おい、これ……温いぞ?」
嫌がらせのつもりなのか、半ばキレ気味に俺は鈴に告げたが、その言葉に彼女は目を丸くしながら大口を広げて答えた。
「えっ? あんた中学の頃言ってたじゃない! 疲れた体に冷たい物なんか一気に飲むと体に負担がかかるから、緩い方が良いって……」
「っ………………」
あ〜、えっと……
なんじゃそりゃ、て言いたいところだったが俺はぐぐっと押し黙る。織斑一夏が公言してたんじゃ、真っ向否定するわけにもいかない。どうやら一夏は健康オタク気質でもあるようだ。
俺はそんな細かい事を気にするような人間じゃないし、どっちかというとだらしのない部類に入る。体が丈夫だったせいか、健康面なんざ考えた事もなかった。
美貌なんざ死んで魂だけになっちまったらみんな同じ。コツコツ貯めた財産なんかあの世には持っていけねぇし、そもそも使い道がねぇ。
今、この瞬間を楽しむのが人の正しい生き方だ。ウン十年先の事がどうなってるのかなんざ、わかったモンじゃねえ。そんな事考えられるのは人生に余裕があるヤツだけだ。こっちは今日をどう生きるか考えるだけで精一杯だっての。
「あぁ〜〜言ってたな、そんな中二臭い事。……忘れて」
俺は自虐するフリを見せながら、鈴に答えた。当然だが、彼女が『俺』に気づく事はなかった。
「フフン、いいわよ。あたしもそんな一夏の方が……す、好きだし……」
「………………」
ダイレクトな直球が投げられたが、聞こえるか聞こえないかぐらいの小声だったので、俺は彼女を無視してISスーツの上から制服を身につける。一夏だってこの距離じゃ聞こえていないはずだ。
デートは他の皆を誘い始める。愛の告白は至近距離で聞き逃す。周りが世話を焼いても、なんで自分のためにそこまで尽くしてくれるのかがわからない。それが『織斑 一夏』というキャラであって、人間なのだろう。救いようのないヤツだ。別に救う気もないが。
「ねぇ……一夏は私がいなくて寂しかった?」
制服姿になって着替えや荷物を纏めていた俺に、しばらく黙っていた鈴がまた口を開く。俺は荷物を纏めたバッグを背負いながら、彼女の方へと振り返り。一言告げた。
「……あぁ」
「ほかには?」
「他にって……」
「アンタねぇ……久しぶりに会った幼馴染みなんだから、色々と言う事があるでしょう!」
心当たりなら、ある。
でも、それを言ったところで俺がお前を好きになる事は絶対ないし、俺自身原作の記憶が曖昧だからお前ともあんま関わりたくない。だからここは黙って様子を見ようとしたのだが、
「例えばさぁ……
「一夏! ……って、何でその女がいるのだっ!」
鈴の言葉を遮って更衣室の出入り口である自動ドアから現れたのは、言うまでもなく箒だ。こいつら男子更衣室に入ってくる事に抵抗なさすぎだろ。俺、たまにパンツ一丁でここウロつく事あるから、やめてほしいんだけど。
「今つまみ出そうとしたところだ…………セシリアは?」
「自室のシャワーが浴びたいから寮に戻るそうだ。お前はどうする?」
「どうするって……お前どうせ先シャワー浴びんだから俺は……整備室に顔出すから、いいわ。いつも通りで」
「そうか……あまり長居するなよ?」
「ん」
その一言だけを箒に返して、俺は更衣室の出入り口へ歩もうとしたが、当然の如くそれは鈴の怒声によって押し止められた。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!!」
無視して歩こうかとも思ったが、そんな事したらぶたれても文句は言えないので、俺は渋々と彼女の方へと振り返る。視線の前の鈴の顔は照れているのか怒っているのか焦っているのか、真っ赤に染まっていた。
「あっ、あっ、あんた! ど、どうゆう事よ!! 『シャワーが先』って!!」
どうやら声をかけたのは俺ではなく箒だった様だが、鈴は俺に向かっても叫びつけてきた。
「一夏! あんたも説明しなさいよ!! 『どうせ』って何よ!? アンタ、アイツとどうゆう関係なのよ!!!」
俺と箒はほぼ同時に答えた。だが言葉は全くバラバラだった。
「あ〜、俺が箒と同じ部屋だから」
「ふふっ、私は一夏と同じ部屋だからだ」
何が「ふふっ」だ、箒コノヤロウ。
「もういいだろう。私は先行くぞ、一夏」
「おう、鈴もまたな」
「ちょ、ちょっと待──
とっとと話を切り上げて退散しようとした俺を捕まえようとしてきた鈴だったが、その丁度、自動ドアがタイミング良く閉まり、彼女を遮った。ドアは手をかざして開けるセンサー式のヤツだから開けるのは簡単なはずなのだが、鈴は一向にそこからドアを開けようとはしなかった。
少し強くあしらいすぎただろうかと思ったが、彼女は押しが強い分、これぐらいしないとこちらの勝手は押し通す事ができないのだから、『俺』の存在を隠すためには仕方ない。
整備室へと足を歩ませながら、そんな楽観論を考えていた。箒が少しバカを言ったかとはいえ、俺は一夏の様に鈴との相部屋を許す様な言動はしていないのだから、鈴は大きな行動など起こさないだろう、と。
・・・☆・・・☆・・・
そんなワケなかった。
整備室で布仏さんからデータを受け取り、俺は彼女達と寮で別れて自分の部屋へと帰ってきたのだが、そのドアノブを握った瞬間、中から女が言い争っている声が聞こえてきた。
中で何が起こっているのかは察しがつく。物凄い開けたくなかったが、俺はノブを回した。
「巫山戯るな!! なんで私がそんな事をしなくてはならないのだッ!!」
ドアを開けた瞬間、飛び込んでくるかの様な箒の憤慨する声に俺は耳を塞ぎそうになる。
その次に聞こえたのは、彼女の怒声とはうって変わって機嫌の良さげな鈴の声だった。
「ほらぁ、篠ノ之さんも男と2人で同室なんてイヤでしょ? 気ぃ使うし。のんびりできないし。そこんトコ、あたしは平気だから替わってあげようかなって思ってさ」
「べ……別に私は嫌ではないし、そんな事をする必要性もない!」
2人は俺が帰ってきた事に気付いておらず、言い争いを続けている。
「何やってんだお前ら」
「「一夏っ!」」
仕方なく声をかけて間に割って入った俺に、鈴が寄り付いてきた。
「ねぇ一夏、あたし、今日からここで暮らすから。よろしくね」
「勝手に決めるな! お前も反対しろっ!」
「……とりあえず、落ち着け……」
猫撫で声で話す鈴と頭に血が上りっぱなしの箒を落ち着かせた俺は、疲労でもう休ませたい頭の中を動かす。とにかく、さっさと鈴を追い出さねば。
「……そうだな……どうせあと数日でちゃんとした部屋割り決まるだろうし……そしたら俺、個室だから……」
「い、一夏!!」
「じゃ、じゃあ──
「別に……誰が入ってたって変わんねぇんから箒のままでいいだろ。面倒だし」
「大丈夫よ! あたし、荷物これだけだから」
そう言って、引き下がるまいと鈴は背中に引っ提げたボストンバッグを俺に見せつけてくる。彼女の濃い性格を表したかの様な、赤紫色のくどいバッグだった。
「そういう問題じゃねえって。箒が大変だろうが」
「そうだ! 私がそんな事をする義理はない! 出て行くのはそちらだ!」
「イヤよ! あたしだって一夏と2人で暮らしたいもん!!」
箒がもっともな言い分を鈴に告げたが、彼女には通用しなかったようだ。もう……段々とメッキが剥がれ始めているじゃねえか。今、本音が出てたぞ。
「とにかく、今日からあたしもここで暮らすから! 寮長にも許可とるつもりだし」
「ここの寮長、千冬姉だぞ。たてつけんのか?」
「うっ……」
俺の言葉を聞いて、鈴は身をぶるっと怯ませた。彼女も千冬の恐ろしさは身に染みて覚えがあるらしい。
つか、お前……許可とるって、今の口振りからして寮長脅すつもりだったろ。たまげたなぁ……
「これでわかっただろう。とっとと自分の部屋へ戻るんだな」
「ところでさ、一夏。さっき聞きそびれちゃったんだけど……約束、覚えてる?」
「む、無視するな!」
箒の叫びはさておき、俺は鈴の台詞にどきりと嫌な動悸を起こす。
約束とは、国に誇りすら持っていない彼女が、なんとしてでも一夏に会いたいがためだけにこのIS学園へ編入してきた理由の事である。織斑一夏はなんとなく受け止めてたっぽいが、俺は彼女の情事になんか関わりたくないし、機嫌を損なわせない様に言葉を選ばなければならない。一歩間違えれば彼女からビンタが待っている。
「えっ? あ、あぁ…………す、酢豚の事?」
「そうそれ! 覚えてる? 1年前の事なんだから覚えてるわよね!?」
最も重要なのだろう単語を口にした瞬間、身を乗り出す様にして俺に迫る鈴を落ち着かせる。そして今一度、俺は慎重に言葉を選んだ。
「えっと、お前の料理の腕が上達したら、酢豚を〜……
「うんうん♪」
「……作って……食べてくれる…………だよなぁ?」
「そう! それよ!!! 一夏、大好き!!」
たどたどしく言葉を繋げ終えると、鈴はこれ以上ないというぐらい元気溢れる声と表情で、そのまま俺に飛びついてきた。
自分の中の廃れていた記憶が当たっていた事にホッとして、俺は彼女の包容を止めなかった。だが、すぐ箒の冷たい視線が突き刺さり、俺は鈴を引き剥がそうとした。
「あぁ、あー……わかった、わかったんだから今日はもういいだろ? 早く自分の部屋に戻んな……」
「……それだけ?」
「は?」
その一言がマズかったのか、鈴はさっきまでの嬉しそう様子が嘘みたいな形相で、俺に怒鳴りかかってきた。
「それだけって言ってんのっ!! ほかに言う事があるでしょう!!!」
「た、楽しみに……してるよ?」
「違うわよッ!!!」
目をきつく吊り上がらせている彼女は、どうやら本気で怒っている様なのだが、俺には何が原因なのかわからなかった。
そう、わからなかったのだ。
「え? 俺……約束、間違ってるのか?」
「約束は合ってるわ。でも、違うのよ!!」
全く逆の事を言われ、意味がわからなくなった俺は鈴を問いただす。約束は合っていたのだ。いったい何が間違っている?
「じゃあ何が違うんだよ!?」
「そ、それは……」
「酢豚……毎日……? ……………… 味噌汁を…………あッッ!! いっ、一夏ッ!!!」
急に鈴が言葉を詰まらせた途端、ここまでボソボソと静かにしていた箒が、急に声を荒げて俺の名前を叫んだ。
「その、なんだ……お、お前の言った約束が正しいのだから……その通りの意味ではないのか……?」
かと思ったら、なぜか彼女まで妙にたどたどしい……言ってしまえば箒らしくない口調で俺に納得の催促をよこしてきた。
「? だよなぁ……」
「違う違う違う!! ジャマしないでよアンタッ!!」
「わ、私は別に邪魔など……」
箒の口調には若干の疑問を覚えたが、考える前にまた二人が口喧嘩を始めようとしたので、俺はもう一度彼女達を落ち着かせた。
「待て待て待て、意味わかんねぇ。約束は合ってんだろ? 何が違うんだよ?」
「約束の意味が違うのよ!!」
「意味?? 意味なんざ……酢豚を作ってくれる事だろぅ?」
「違うわよ! 違わないけど、違うのよ!!!」
言ってる事無茶苦茶だぞ。お前と出会ってからこのセリフ何回言っただろう……
「まるで話が噛み合わんな……」
遂には呆れた様にため息を吐き、ベッドへと腰を下ろしてしまった箒のもっともすぎるその一言に、俺はうなずいてしまった。
「あぁ……もういいよ鈴。なんかどーでもよくなってきたし……」
「えっ……?」
そろそろ怒りも少しは治まってきただろう鈴に、俺は一度言っておくべきだろう言葉を彼女に伝える事にした。これは彼女のためを思っての説教だ。躊躇などしなかった。
「だいたい鈴。お前、代表候補生になったからって我が儘に度が過ぎないか? セシリアも代表の恥晒しつってたんだから相当だ。なぁ……もう高校生になったんだからさぁ……いい加減少しは大人になったらどう──
そこまで言った瞬間、頰にいつかのよく似た衝撃を喰らい、俺はよろめいた。
千冬の時よりは弱かった。だが脳天まで響いた威力のあるビンタに、俺は片手を当てられた頬に押さえて恐る恐る体勢を戻すと、怒っているのか泣いているのか感情の定まらない鈴の顔と目が合った。その深緑色の瞳には微かに涙が浮かんでいるのが見えたが、きつく結ばれた口元とわなわなと震えた腕がそれを零れ落とさぬとしている。
「バカ…………何よ……どうでもいいッて……ッ!! 何よ……大人になれって……何が大人になれってのよッ!!!!!」
怒声と悲鳴。二つの相対する感情が混ざり合ったような大声を至近距離で浴びて、俺は一歩たじろぐ。箒も動揺しているのか、ベッドから腰が上がろうとしていなかった。
「バカぁ!!!」
最後にそう一言叫んだ鈴は、俺の真横を通って部屋から飛び出していった。
「「……………………」」
先程まで睡眠妨害になるくらいうるさかった部屋の中が、異様なまでに無音の空間となる。痛みの引いた頬を手で擦り、俺は座りっぱなしの箒を睨んだ。
顔を合わせた彼女は、バツの悪そうに俺から目を反らす。「馬に蹴られて死ね」とでも言ったらぶん殴ってやろうかと頭の片隅に思っていだが、今の彼女の口から何か言葉が出るとは思えない。
俺は鈴の出て行った部屋のドアの方へと振り返る。蹴破らんばかりの勢いで彼女は飛び出し、乱暴に閉められていったが、ドアは何事もなかった様にその佇まいを見せていた。
数歩近づいて、俺は部屋の壁に頬を押さえていた手を当てると、その手でやや力強く壁を殴りつけた。箒がビクリと動いたのが、音でわかった気がした。
「何だってんだよ……」
どうしようもない怒りの漏れた俺の呟きに、答える者は誰もいなかった。
・・・☆・・・☆・・・
(鈴音視点)
もうっ、バカ! バカバカバカバカ、一夏のバカッ!!! 死ねッ!!!
自分の部屋に戻るなり、あたしはベッドにうずくまる。閉じたまぶたの裏に憎たらしい一夏の顔を思い浮かべて、その腹にパンチした。
ボスッボスッとこもった音が鳴っただけ。気持ちも何も晴れないから、殴るのを止めたあたしはベッドから顔を離して…………グシャグシャになった白い毛布を見下ろした。
なんでこうなっちゃったんだろ……
もっと感動の再会になるかと思っていた。あたしと一夏は約束を誓い合った関係だった。恋人同士の関係になるまであと一歩だと思ってた。それなのに……
目を閉じれば、思い出すのは中学校の頃。放課後、一夏と二人きりで話しをしたあの景色。料理の腕が上達したら、毎日酢豚を食べてくれるというあの約束。
あたしはあの時の一夏の顔を忘れなかった。思い返さなかった日も一日となかった。約束を誓ってくれた一夏の優しい笑顔と、明るい瞳があたしは大好きだった。
でも、今の一夏は違うッ!!!!!
今の一夏はアイツらと同じ…………大人達と同じ目をしてたんだから……
昔から、歳をとってるだけで偉そうにしている大人が嫌いだった。男っていうだけで偉そうにしている男子はもっと嫌いだった。
でも、そんな憂鬱な日は、あたしが子供だった頃に終わりを告げていたわ。
幼稚園生の頃だっただろうか。世界中の軍事ミサイルがハッキングされ、日本へ墜落しているという一大事件が起こった最中、まるでヒーローの様に『ソレ』は現れた。
『
このひとつの機械が女性の肩身が狭かった世の中を大きく変える事となる。
ISの兵器としての有効性が知れ渡ってから一転、世界は女性を尊重する社会へと変化した。
当然だった。ISは女性にしか扱う事ができないのだ。だから政府は女性に対して優遇する制度を作り、みるみる内に女性が中心となった社会を形成していった。
そしてそれは、あたしの住んでいた中国にもすぐ浸透した。男が中心だった世の中は終わったのだ。
今はもう、男の腕力は稚戯。女のISこそ正義。それもまた気分が良いし、そんな世の中があたしは好き。だって凄く居心地が良いんだもん。
そう思うようになって数年後。中国から日本へと転居して、あたしは転入した小学校で一夏と出会った。
最初は女性の立場が上になったこの時代で媚を売る、誰にでも良い子ぶる様なイケ好かないヤツだと思ってたんだけど……その優しさが心の底からの本心なんだって知った時、あたしは一夏の事が好きになった。
それは、あたしと一夏が中学校へ上がったすぐ後の出来事だった。
当時、あたしは「リン」って呼ばれてたんだけど、男子のだれかが「パンダみたい」って言ったせいで、あたしのあだ名は「リンリン」になってしまった。
あたしはその呼ばれ方が嫌いだったのに、どれだけ言ってもみんなからは「リンリン」と呼ばれて、段々と気が滅入ってた。
そんな時に、偶然一夏と話をする事があったんだけど、一夏はあたしをパンダって呼ぼうとしなかった。
たまらなくなって理由を聞いてみたら、一夏はあたしがパンダと呼ばれて嫌がってるの、わかってたみたい……
でも、あたしにとって衝撃的だったのはそれだけじゃなかった。一夏ってあたし知らない小学校の頃、ケンカ騒ぎで教師からの日当たりが悪くなっていたらしいの。だから、わかってても何も言えなかったってワケ……って、一夏はなんにも悪くないのに謝ってきたわ。
あたしはそれを聞いて、一夏の印象を改める事になった。こんな優しいヤツが虐げられる世の中を変えてやりたくなったし、こんな優しいヒトが自分の彼氏になったらどれだけ幸せになれるのかな? って。まぁ……好きになっちゃったんだけどね……
それからというものの、あたしは一夏へ積極的にアプローチをかけた。学校にいる時はいつも一緒。それだけじゃなくて、あたしの家の中華屋で一緒に食事した事もあるし、夏休みの間はバイトって名目で一緒にお店の手伝いとかもやったんだから。
まぁ……その時に一夏の友達の五反田 弾ってヤツとバイトの事で言い争いになったんだけど、それは別の話……
一夏と一緒の時間は楽しかったよ? でもね…………あたしがどれだけアプローチしても…………な〜んか一夏はわかってないっぽいのよね…………
でも、あたしは諦めたくなかったし、一夏も一夏であたしに尽くしてくれるとこ……あったんだから……。そのバイト代でデートしたりとか……あったのよ!
ほかに誰も一夏を狙ってる様なクラスメイトなんかいなかっなし、このままゆっくり進展させれば良いかなって思ってたわ。
だけど…………そんな楽しかった日が、急に終わってしまう日がやってきた。
あたしの両親が離婚する事になった。
あたしはお母さんの方に引き取られる事になったんだけど…………同時にそれは、日本を離れて中国に戻らなきゃいけない事でもあった。
当然、あたしは嫌だった。好きだった親が離れ離れになるなんて不安だったし、なにより一夏と別れなきゃいけない事が、凄くつらかった。
同時に、悔しかった。その時はまだただの中学生だったあたしにはアテも何もできる事なんかなかったから。自分が子供だって事を実感したなぁ……
でも、あたしは一夏の事を諦めるつもりなんかない。いつか必ず日本に戻る。
だから……一夏には約束をしたの。学校の放課後、ふたりきりの教室の中で。
(………………)
(どうしたんだ鈴、急に話があるって言いだして……)
(ねぇ……一夏?)
(?)
(もし……あたしの料理の腕が上達したら……毎日酢豚を食べてくれる?)
(えっ? いいぜ、もちろんだ!)
(ほっ、ホント!?)
(あぁ! でも、お前もう十分料理上手いじゃないか。今のままでいいんじゃn、
(いいの! それより約束よ!! わかってる!!?)
(あ、あぁ……)
(本当に!!?)
(あ、あぁ!! 絶対に忘れない!!)
(絶対に約束よ!! 忘れたりなんかしたら、承知しないんだから!!)
(わかったよ。楽しみにしてるからな、鈴!)
ちょっと熱が入っちゃったけど……あたしは嬉しくて笑っていた。一夏も笑っていた。
その翌日、あたしが転校する事がクラスに発表されて、一夏は悲しそうにしてたけど、あたしはそんな一夏に思いっきり笑いかけた。昨日の事を思い出してほしくて……
そしたら一夏も笑ってくれた。あたしの最後に見た一夏は、明るい笑顔の一夏だった。
約束はしっかりと結びつけた。後はあたしが料理の腕を磨いて……日本へ戻るだけの力を身につけるだけ……
方法は国に戻る前に考え終えていた。日本で政府が募集しているIS適性検査をこっそりと行い、高ランクの適正資格を獲得した私は中国に戻ったあと、すぐに中国政府に代表候補生になるための申し込みをした。
成人してまでゆっくり待つつもりなんか全くなかった。親の都合に振り回されるつもりもなかった。もちろん、国の言いなりになるつもりもなかったし、悪い男にはギャフンとやれるだけの力が欲しかった。それを求めた答えが、この代表候補生だった。
IS適正資格のおかげで、あたしは特に困難もなく代表候補生になるための専門の学習を受ける事ができた。わたしがその特別学校に通う事になってもお母さんは文句ひとつ言わなかった。それどころか、まるで自分の事みたいに喜んでくれたわ。
当然よね。代表候補生なんて力だけなら国のトップだもの。それ相当のお金も貰えるし、数世代先は安泰みたいなものよ。その時のあたしには、そんなのどうでもよかったけどね。
高いISの適正値を持っていたあたしは、すぐISの力に馴染む事ができた。ほかの候補生達がしどろもどろになっている中で、あたしだけが抜きん出てISの操縦に優れていた。あたしはもう、代表候補生になれる事を確信していた。
その一年後、とうとう国の代表候補生まで登り詰めたあたしは、たまたまテレビのニュースで一夏を見る事になる。
世界で初めて『ISを動かせる男性』が発見された。それが一夏だった。
そりゃあ……最初はびっくりしたけど、私はその驚きと一夏を見れた嬉しさで深く考えなかった。あの優しい一夏なら、ISを動かせたって大した問題なんかじゃない。これで一夏もあたしと同じ、ISを動かせる対等な立場になれたと思うと、嬉しくって仕方なかった。
あたしはパソコンで一夏がこれからどうなるのかを調べてみると、日本に設立されている『IS学園』へと送られる事がわかった。別に興味も何もなかった場所だったけども、一夏がここに送られてしまうのなら話は別。すぐにあたしもIS学園へと向かう……いえ、編入する事を決めた。
本来、学園に入学するには決まった時期にテストを受けなくちゃいけなかったらしいけど、代表候補生のあたしにそんな事は関係ない。ISで国を脅せばあっという間に話はついた。もっとも、国からも男性のIS操縦者である一夏との接触をはかってこいって通達されたけどね。
今じゃあたしは自分より何倍も年を重ねている政府の人からヘコヘコと頭を下げられる存在よ。一昔前なら偉そうな口しかきけなかったヤツらが今はこんな無様で情けない姿を晒している事が、あたしは痛快で仕方ない。あたしを邪魔するものは、もういないのだ。
こうして高校一年生になって、あたしは日本へと戻ってきた。そう、一夏の所へ……
少し右往左往あったけども、ISが生まれたおかげで世界は全て良くなってる! そしてあたしの人生も、全部うまくいく!! 一夏の事も何の問題もないって思ってたッ!!!
でも……でも……でも………………ッッ!!!
なんでこうなっちゃったの!!?
なんで一夏があんな大人と同じ目してんのよッッ!!!
あたしの……何が間違ってたの…………?
思い返せば、再会した時からそうだった。一夏はあたしと話している時、全然笑おうとしなかった。それどころか妙に話を逸らしたがるし、あの約束も……
中学校の頃に見た、あの優しかった一夏はもう、どこにもいない。
大人になるって、ああゆう事なの!? 冗談じゃないわよッッ!!!!!
あの箒って女もそう…………一夏の隣が自分の定位置みたいに寄り添ってて、一夏もまんざら嫌でもなさそうにしているのが憎たらしくて……悔しくて……
ハっ…………そうじゃん……まだ好きなんじゃん………………ずっと……ずっと一夏のためだけにがんばってきたんだもん…………
でも、その一夏もあんなんだし………………もうヤんなっちゃった。
これからどうしよう…………クラス代表、今からでも変えてもらおうかな……
ううん……それもムリ。だって前の代表の人に頼み込んでまで、あたしに変えさせてもらったんだもん。もうこれ以上、ワガママなんて言えない……
そこまで呟いたあたしの脳裏に、またあの優しい笑顔を浮かべる一夏と、今の感情の薄れた表情をした嫌な一夏の顔を思い出してしまった。
けれども、悲しみが治るのと同時に、今度はぶつけようのない怒りがあたしの中からじわじわと溢れ始めた。
どうしてあたしがこんなにつらい思いをしてるの? やっとISの力を手に入れられたのに……
あーもうっ!! こんないつまでもウジウジしてるなんて、あたしらしくないッ!!
それに……考えれば考えるほど、段々憎たらしくなってきたわ!! あの顔!!!
今まで積み上げてきたこの力を……全て一夏にぶつける。そうすればまた、あの優しい一夏が戻ってくる様な気がした。
そうよ! 一夏のせい!! 全部、全部……一夏が悪いのよ!!!
布団を掴んでいた手にじわじわと力がこもる。爪が突き立つぐらいに、強く。
覚悟してなさい一夏ッッ!!!
絶対に後悔させてあげんだから……っ!!